○栗山
委員 先ほど
戸叶委員から、外交方針の根本について御
質問があ
つたのですが、いかにも唐突な
質問のような感じがわれわれにしたところに
一つのつつ込むべきものがあるのじやないかと思うのです。
岡崎外務大臣は、それに対して占領下における外交官の心得のようなことを三項目述べておられるのですが、いずれもこれは義務のことであ
つて、占領下において、われわれは自分の
権利を
主張するとか、
利益を
主張するとかいうことよりも、これ従う、これ事なからんことを期して来たのでありますが、ここに
独立したわれわれとしては往年いわれたごとき、やれ積極外交であるとか、自主外交であるとか、こういうような言葉を振りまわすことは、今のデリケートな
国際情勢のもとにおいて、きわめて有害無益であるとは存じますけれども、われわれの心構えとしては、占領下におけるこれ守るというような考え方をも
つて今後の外交に当るべきものではないというような気が、
戸叶君の
質問、またあなたの答弁から私の脳裡に起る。
一つのある
意味での転換期を求めなければならないのではないか、これに対して外相の所見いかんということを詰め寄るほど私はやぼではないが、そういう気持で外務
大臣、外務省、われわれ外務
委員もや
つて行きたいと思う。新たな時代にわれわれは処するのだ。それから
日本の主権回復であるとか、今まで黙
つておつた
利益についても、
機会を得ればさつき
岡崎外務大臣が言われたように、逐次今後の問題について、建設的にわが
利益を積み上げて行くというような考え方を持ちたいものであると思いますが、この
質問に対するお相手を無理に迫るわけではございません。
それからそれと同じような考え方に基いて、なるほどソ連、中共に対して私どもは無言の抗議をする以外に、何も抗議をすることのできない現状ではありますが、その無言の抗議をいつまで続けるかという問題が起
つて来ると思います。これも
日本の
利益というような観点から考えて、何か転換すべき
機会をとらえなければならぬ、そういうことについて、ただ既設のレールの上を走るというだけでない外交を、私どもは考えなければならぬ。具体的に申すならば、なるほどモスクワの経済
会議、ソビエトの経済
会議には、私どもむろん與党のものとして、あのとられた
態度を是認いたしますが、しかし、かりに
日本政府なりもしくは
日本の実業界全体に対して、呼びかけがあつたような場合であるならば、若干
態度をかえてもいいじやないか。向うに
行つて向うの薬籠中のものになりそうな人だけ指名して来るから、いかにもおかしいので、われわれもその要請に応ずべきではないという感じを持つのでありますけれども、もつと角度をかえ、観点をかえて、向うが
日本の沈黙外交に対して、無抵抗主義に対して何かや
つて来た場合には、心してその
機会をつかむべきである。そういう外交の転機は、そういう問題についても考えなければならぬ問題であることをお互いが銘記しておきたいと思います。
それからいま
一つは、対米外交のことでありますが、駐米大使は財界出身者でなければならぬ——どの界の出身者もけつこうだろうと思いますが、財界出身者と指定する場合に、いかにも金借り大使のような印象をも
つて向うへ送るというようなことのまずさを考えなければならぬ心これと関連して、お互いに練
つておきたいと思うことは、たとえば学生などが今のような状態になる。共産党のバスに乗り遅れないように、東大あたりの学生たちがどんどんこれにぶら下
つて行くというようなことは、あすにも共産主義政治が行われ、共産党内閣ができるかもしらぬというような、共産党各位の御宣伝にみな乗つちや
つておる。それほど
日本の国防というものは不安であるかどうかということ、不安ではないのだということをはつきりしなければならない。はつきりするといつた
つて、自分に力はないのだから、これは結局
アメリカが
日本の国防については、リツジウエイ大将あたりも言明しておるけれども、どこまでも責任を負うのだ。けれでも
アメリカの政策がこの五年のうちにも二度かわ
つております。今後数年のうちにまたかわるでありましよう。かわる懸念がある。その場合に、金借り大使でなくて、今のような
日本国内の動揺を来さぬような外交方針、または
アメリカの対日方針をじつくりと握り得るような人間を送らなければだめだ。そういう三点について、これは
独立国
日本として、やや転機的な外交を考えなければならぬという
一つの角度から、もし所見が言えたら言
つてください。しいて求めません。