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羽仁五郎君
只今の問題に関連しまして一言。
先ほど岡部
委員から戰争
犯罪に関係するかたがたの受刑の
状態についての御要望なり、御質問なりが
なつたのですが、それらの御趣旨に私いずれも賛成なんですが、同時にこの際に
一般の受刑者のかたがた、或いは拘置所におられるかたがた、こういうかたがたについての御配慮、
政府の配慮というものについても伺
つておきたいと思うのですが、私先日
法務委員会、参議院から派遣せられまして九州地方を見て参りました。その際の拘置所或いは刑務所の
状態というものはどうも甚だ
裁判及び
検察の目的を果す上に適当でないような
状態が多いように思う。これはまあ最も甚だしいのは東北にもあり、全国各地にあるわけですが、予算との関係もあるという御説明であ
つたのですが、あの現在の拘置所及び刑務所の中の
状態で、そごに收容されているかたがたが先ず第一に道徳的な
意味において自己の
犯罪を反省する、次に人間的な
意味において更生する、そういうことは殆んど望めないのではないかという
感じがするのであります。これは根本問題でありますけれ
ども、具体的な問題として第一に拘置所及び刑務所内における收容されているかたがたを拘置所の職員及び刑務所の職員が
取扱われる
態度が人間的でもなければ対等でもない。そうして
裁判及び
検察の効果を阻害すること甚だしい。つまり人は人間として扱われなければ決して人間として行動するものではない。動物として扱えば動物のようにな
つてしまうということは言うまでもないことですが、依然として旧時代の
考え方が強く残
つている。例えば食事なんかでも、その食事を運ぶ場合に、
自分たちの食事は決して地面なんかに置かないが、併し收容されている人
たちの食事は平気で地面の上に置くということを至る所でや
つております。これは
法務総裁でも、地面の上に置かれた食事をおとりになるということは恐らく愉快にはお
考えにならないだろうと思います。でこれは
一つの例ですが、こういう
意味で、やはり人間的に
待遇していない。これはどうも根本的に、この拘置所及び刑務所の職員のかたがたの教育に関係することでありますが、これについては、やはり或る程度の
待遇を與えなければ、これらの人々の教養を高めるということはできない。然るにこの
裁判行刑の効果を挙げるということは国の国務の中でも非常に重要なことでありますから、どうかこれらの点において個人的に、個人の
俸給を上げて行くということについてはいろいろな問題もありましようが、この刑務所及び拘置所の職員のかたがたの教養を高める
ための共同の設備というのであれば比較的費用を要しないで効果を挙げるということも随分できるのではないか。そういう点で、或いは図書室の設置だとか、或いはそれらの人々が勤務中に講習を受ける機会をできるだけ多くする、或いはラジオその他の設備をよくするとかという
方法がもつと活用されて然るべきだ。現在私
どもが見て来たこの二、三年間の視察の実情から見ますと、それらの点について殆んど何ら見るべきものがなされていない。これが第一であります。私の質問の第一は、
一般に拘置所や刑務所の職員の教養の向上の
ために、個人的な
俸給その他
待遇の改善のほかに、そういう共同の教養を高める
ための設備をもつとおやりになるお
考えはないか。又予算の上にもどの程度御努力にな
つているのかというのが第一。
次に申上げます。第二に、私
どもが非常に痛感をいたしましたことは、先ず端的に言いまして、食事のひどいことです。私は拘置所長、刑務所長に常にお願いしてここで御一緒に、收容されている人の食事を、お晝を御馳走になるなら、あれを一緒に頂きましようというふうに申上げるのですが、なかなかそれは賛成されるかたはない。併し私
どもは、少くとも我々が食べても食べられる程度のものでなければ人間の食事ということはできないのではないか。
法務総裁もどうか
一つそういう点、あの食事を、人間の食べられる食事であるかどうか、これは予算の関係なんという問題ではないですよ。あの人
たちは人間として扱わなければ決して人間として更生することはできないのですから、だから予算の上においても極めてウエイトの大きい点であろうと思う。若し必要ならば
法務総裁は池田蔵相をお連れにな
つて、それで刑務所へ行
つて、あれを一緒に食べてもら
つて、これが予算の許す限りの食事であるかどうか。現在例えば副食費については、拘置所は十三円――日に十三円五十銭、刑務所においては副食費が一日十五円五十銭、要するに一日十五円前後の副食費です。仮に十五円として一食に五円、一食に五円の副食費というもので人間の食い得るような食物があるかどうかということは、私は言わずして明らかであろうと思う。でこれに比較して国立療養所の一人当りの副食費というものは、少くとも四十一円くらいの支出がなされている。療養所の目的は刑務所の目的とは目的は違いますけれ
ども、併し療養所は栄養を支給し、刑務所は併しやはり栄養を無視していいということではないので、これらは予算を要することであると言われるけれ
ども、併し
裁判及び
検察の目的を果し、特に
法務委員会の主たる目的である
法務が適正に行われる
ためには人間的な扱いをしなければならん。その食事においても、少くともその普通の人間が食い得る、食べることのできる程度のものをやはり
給與しなければならん。この点は
一つ非常な御努力を願いたい。
それから第三の点は、受刑をされているかたが、これは先ほど岡部
委員から特にありましたように、戰争
犯罪に関係するかたがたなどの場合は特にそうですが、併し
一般のかたがたの場合にも、受刑者の知識的な要求というものをもつと考慮されなければならないと思うのであります。それで受刑者に対する受刑目的というものについて理論上いろいろの
考え方もありましようが、併しそれにしても差支えない程度の知識的な要求というものを禁ずるということは憲法の趣旨に反することであろうと思う。ところがずつと見て参りますと、殆んどこういう点において昔の時代と変
つていない。甚だしきに至
つては、先日これは週刊朝日で問題に
なつたことですが、仙台の刑務所では週刊朝日を読むことさえ禁じているというようなことがあ
つて、週刊朝日自身がこれを取上げております。こういう
一般の拘置所なり刑務所なりにおいて、法の許す限り
新聞なり雑誌なり、或いはその他読書の自由ということをまで奪うべきではない。又そういうものを奪うことによ
つてその人が人間的に更生することを妨げている。妨げているとすれば、
裁判所及び
検察に対する国の費用というものは全く無駄に使われていることになるのであります。金を惜まれる結果、却
つてその金が又無駄に使われるということよりも、成る程度の予算を以て、その金が無駄にならないように十分お
考えを願いたい。いわんや差支えない程度の
新聞、雑誌、図書というものを読むことができるという努力をもう少しなさるお
考えはないか。それでラヂオなんかの場合でもそうですが、もう少しああいうものを自由に聞くというふうにするほうが、人間として收容されているかたがたが更生するのじやないかと思うのです。例えばこれは私この間気が付いた。十一月三日の広島の
新聞を見ますと、山口刑務所の下関支所では、刑務所から高等学校の通信教育によ
つて高等教育を受けることができるように努力されされたということが、これが非常に珍らしく親切な場合として
新聞に報道されている。これは
一般に行われて差支えない。これは山口刑務所の名誉ではあるけれ
ども、併し全国
一般の刑務所にと
つては甚だ不名誉なことじやないか。こういう点はもつと御努力になるお
考えはないだろうか。
以上三点につきまして、これは特に戰争
犯罪に関係するかたがたに対するあれとの関係において、
一般のかたがたの
待遇が余りひどいということになると、これは又問題が生ずるということもありますので、
一般的な点においてどういうお
考えをお持ちか、又どういう努力を現在なさ
つており、特に食事の点などは今の
状態をいつまでお続けにな
つて行くつもりか、これでよろしいか、それとも最近の機会において御努力なさるか。是非これは大蔵大臣をお連れ下さ
つて、その食事を一遍食べて下さればおわかりになると思います。