○
松永証人 ただいま
委員長のお話の
通り、いろんな記録がすでに出ておりまするので、ことごとく申すことも困難であり、かえ
つて煩雑になりますから、
簡單に筋だけを申し上げます。あるいはお答えが直接にそれに当らぬことがあるかと思いますが、そのいきさつを少し申し上げます。
私は
自分として再
編成に臨むにあた
つて、まず電気の問題を一
通り知ることが必要である。案を立てる上について、人の話を聞いたというよりも、
自分自身の考えを一つ持たなければならぬ。また同時に持つということは、人の
意見を聞かなければ持てない。話が長くなりまし
ようが、その
意味が少し徹底くださると、なるほどああいうふうなことがああな
つたというこを御了解くださる元になろうと思います。むしろ座興とおぼしめして、しんぼうしていただきたいと思います。
私は昨年の十月まで遊んでおる間に、もうすでにこの再
編成の問題というものは、なかなかひんぴんとして私の耳に入
つておる。入
つておるというのは、その前から集中排除法によ
つて、政府にはポツダム政令による一つの命令が来ておる。それから持株
委員会というものは、すでにそれの実行に着手しておる。これをどうするかということは、外国人の方では方針できま
つてお
つたけれども、
日本の方ではむしろその命令を受ける方だろうと思います。まあ私どもそのころの
想像です。そこでいろいろのことを西洋人が言うておる。あえて西洋人のことを悪く言うとかいう
ような
意味じやありませんが、私どものくろうとの目で見ると、ずいぶん西洋人の言うことはむりがある。けれども
日本の産業の組織及び軍国主義の組織では、彼らがそう言うのもまたむりはない。また
日本の現在の制度というものは、御承知の
通りに何といいますか、戰時何とか法で、
配電会社の組織は軍国的命令でやられておる。産業的基礎を持
つたものと言うわけに行かない。それが産業的基礎を置くということになると、自然この問題は、相当産業的、合理的にせんならぬらいうことも当然である、ですから西洋人の言うことは少しむりだと
言つてみたところで、こちらがそのまま押し通すということもできない。
日本の利害のためにも不利益である。そうすると、ここによほど愼重に実行可能な道を考えない限りはだめです。両方とも実行可能たことは、昨年の三月、四月ごろ、あるいは七月ごろまでできておらぬ。その前に五人
委員会というふうなものがGHQの中にできて、それにいろんな人が来て、二度も
委員長などはかわ
つたはずです。それがいろいろなことを言うている。たとえば七分割以上の分割。それでその分割案というのがたまたま
新聞などに漏れるのを聞いてみると、
配電会社の人などはまことに困
つてしまう。分割の
方法がどうも
日本流にうまく
行つていないと思う。思うけれども、まさかそういうできもせぬ話は行われはせぬだろうというふうに、
配電会社の人は思うておる。それからまた
日発の方から言わすと、いや、今本気に
なつて、戰争も済んで、これから金さえあればうんと
日発はやろうと、力こぶを入れておるばかりのところを、いまさら分割しろとか何とか言うのはけしからぬ
——けしからぬとは思わないけれども、はなはだ不本意である。何とかこれをせずに、われわれの初志を貫きたいということを当然思うわけです。ですからこれは電気会社の
人たちも、ごめんこうむる。ごめんこうむるという方の空気ばかり強くて、どうせなくちやならない、それを引取
つて自分のものにするというふうには
行つていない。これは当然経験も浅いのです。何しろ十年間ばかりの空白の時代が電気にはあるのです。そこで古い、いろいろ知
つている池尾とか、増田とか、小林とかいう連中は、みなパージである。これは口を出すこともできず、考えることもできない。私はむろん隠居して何もできない。突然ですからその話を聞いて、今度出たときには、どちらもどうもできないということばかりじやだめだから、これは
自分でどうしても案を立てなければならぬ。なぜ案を立てるかというと、二つも三つもいろいろなことを考えてみた。一つは、それが議会になるべく
通りよい
ような案にする。
日本の議会が了承してくれる
ような案でないと困る。それから同時にGHQがまた了承してくれる案でないと、向うから出されて、
日本からも出して、向うと直角に突き当る
ような案では、とてもだめである。両方せり合
つて、そのうちに一本の糸となる
ような案を立てなければならぬ。そうすると、これまでの
委員会というものは、一体どういうふうなことを考えたのだろう。
日本の側ではどうや
つたのだろう。西洋人の側ではどうや
つたのだろうということを調べてみますと、そのころの
委員の人が全部帰
つておる。アメリカ人が帰
つておる。残
つておる人は下の方の役人は残
つておる。そこでこれの様子を聞くよりほかにないと思
つて、出かけて
行つて話を聞くと、なかなか責任を持
つて言わぬです。前の人がどう思
つたということはなかなか言わぬです。言わぬからこつちで探るよりほかない、それから
日本の側も、いわゆる大山
委員会などはどういうふうにこれを取扱
つたということを聞いて来
ようとい思ますと、これは私の考えかもしれませんが、どうもいくらかイデオロギー的に
なつていないかというふうに考えられる。つまり何と言いますか、自由経済的に資本を立て直して、構成して、それから能率本位にや
つて行くというふうなことよりも、何か公正な分配というふうなことで、能率という
ようなことよりも、むしろその方に重きを置いておる。ところがアメリカ人の希望を探
つてみても、あるいは
日本の経済の行き方を見ても、もう法だとか統制だとかいうことよりは、むしろ自立経済を立てなければならぬということは明らかである。そうでない案を立ててみたところで、またGHQにぶつかる。現に大山案というのは一向GHQは問題にしていない、調べてみますと、政府の手続も悪か
つたのでし
ようが、
委員長あたりは
委員の辞令をもら
つていない、あの案というものは、だれが受取
つたかというと、水谷商工大臣あたりがやめられた後あたりに出ておる。それを受継いで、通してしま
つたというものははなはだ不完全である。不完全かどうか、その当時のことは知りませんけれども、私か見て批評するとそう
なつておる。ですから
日本側のほんとうの輿論、ほんとうの
日本の時流から見たものはどうかということは、どうも空漠にして私に
はつかみどころがない、西洋人の意向もまたつかまえどころがない、ですからその間この二つのことを見るために、
委員長に
なつてから相当時間がかか
つておるというのは、何とかして合理的に、それから外国人も
日本の側も承知の行く
ような案を立てなければだめである。これが一つのねらいです。
次のねらいは早くしなければだめだというねらい、これはあとにも重複して申し上げるかもしれませんが、時間の遅速ということは、くろうとの者は非常に気にしますけれども、しろうとの方は平気なのです。たとえば政府というものも割合に平気です。GHQなりあるいは議会なりみな円満に行くがいい、これは当然輿論政治であり、民主政治であればそうであるべきでし
よう。ところが事業というものは時々刻刻需要の増加、あるいは貿易の変化、あるいは産業の動力を必要とする状態が、私どもくろうとになると、一日も一刻も争うことができない状態に追い込まれておる。早くこれを立て直さぬと外国資本も来ないことは当然である。乱れておるところに外国資本が来るはずがない、外国資本なくして、たとえば見返り資金もむろんでありますけれども、そのほかの資金の入
つて来ない限りは、
日本の今の貯蓄力で五年も十年も遅れた
電気事業、しかも
日本の工業が再建される場合のその動力をつくるということは、時間的に非常に困難であることはわか
つておるのでございます。早く再
編成の方針をイージーにできるだけ簡略に、できるだけスムースに仕上げて時間をかけない
ようにしなければならぬということが必要です。九つに分割したり、七つに分割したりいろいろりくつはあるだろうけれども、もうともかく今の九つにわかれておる
電力会社を中心にして、そうしてそれもどうせ解散されるのです。解散されるけれども、何年間に需用家に
電力を幾ら売
つたとか、メートルを幾らつけたとか、ちやんと数字を持
つております。それに
日発というものがどうせ分解される、そうして
配電会社を分割されるならば、九つのものの上にその
日発の計算を加えて行きさえすれば計算が非常に容易である、計算を容易ならしめる、すなわち成立を容易ならしめる、計算を紛乱させないということが、これが第二に考えられる。
それから次に考えなければならぬのは、
電力のバランスということです。
電力というものは、需用と
——需用というものは現在の需用、現在の供給しておる状態、たとえば大阪は将来どういう需用あるか、それが今どういうふうに大阪におもにどの辺の
電力が供給されておるかというと、たとえば大阪で言えば、大体庄川の
電力が供給されておる。あるいは今
中部配電区域は木曽川から供給しておる。これに送電線が
行つておる。大阪ではそれでも
つて需給が動いておる。
日発が一緒にや
つておりますけれども、結局大阪は大阪、東京は東京というそのあとのものが連絡しておるだけ、大体はそこの需給の状態はそのまま動いておる。ですからこれは需給のバランスというものを大阪なら大阪、東京なら東京、名古屋なら名古屋、北陸なら北陸、中国なら中国、
——九州、北海道、四国は独立した島ですから別ですが、この大陸と言いますか、本土というものは、そのバランスを失わない
ように考えなければならぬ、これは技術的であり、経済的に各方面に考えなければならぬ、そこでバランスをはかることになると、どうしても北陸に現在ある
電力でも現在大阪に供給しているものは大阪につけておかぬと、たちまち大阪という会社ができたところがかたわなものになる。このごろ
新聞は大阪が運動しておるということでありますが、それはそのはずです。私はそれのない
ように最初から
自分では考えたつもりでありますが、考えは考えです。
それから四番目に考えなければならぬのは、みながそれぞれ外債を背負
つておる。これはめんどうな話を申し上げると時間がかかりますが、むしろ
電気事業者の中でもこの外債についてはみな知らぬですね。私は外債をや
つた一人ですが、今は外債をや
つた社長は一人もいない。ですからこれをみな知らずにのんきに考えていて、これをやらぬと各自に会社を引受けたはいいけれども、外債の担保に
なつているやつがずたずたに部分に切られると
——それが一かたまりに外債の担保に
なつて、不可分の契約に
なつておるのですが、今の
日本の外債というものは戰時中に中断されております。いわゆるデホルトの形に
なつております。しかしそれは戰争のために中断されたので、契約そのものは死んでも何してもいない。それは国際的の問題でもあるし、当然処理したければならぬことになる。ですからわれわれの
仕事もそうであ
つて、金を借らずに済むならいいけれども
——こういうことを言うと品が悪い話ですが、しかし利害のために信義を滅するということを言うのじやありません。利害のために信義を守るということを言うのも一つですが、一つは実際の信義のためにも、何も知らないアメリカの債権者のものを、こつちでか
つてにずたずたに切るわけに行かぬことは当然です。それは行くものも出て来ますよ。九分割の間にも八割以上は元の担保にくつつける
ようにしておくことはこれは
日本人の信義です。これは将来に向
つて国際資金の信用の元なのです。これはGHQがどう言おうとも、
日本政府がどう言おうとも、私ども事業を知
つた者は、何人とも議論してその信義を守らなければいけませんということを言うのです。これはアメリカ政府に対する信義じやない。アメリカの債権者、個々の債権者に伺うわれわれ個々の借りた人の信義です。それがみなのりくつの
通りにするとぶつぶつ切りになるおそれがある。それをできるだけない
ようにするのには、やはり今の東京の関東
配電の区域は関東
配電で独立させ、大阪は大阪で独立させ、それから北陸あたりに抵当に
なつておるものは北陸を独立さす。そうせぬと一億万円なら一億万円の借金がかたわになるわけですから、担保物が
——これはもう当然技術的に、信義的に将来の信用上せんならぬ一
つたのです。しかしこれは非常に難関にぶつかりました後に
——難関にぶつか
つたというのは、
日本政府とぶつか
つたのじやない、GHQとぶつか
つたのです。それでとうとう私どもの
審議会までそれが通らなか
つた。これはあとで申しますけれどもそのくらいの難関にぶつか
つた問題でありますが、これを私は最初から考えた。そこですつと考えてみますと、
日本の今
日発のや
つておる
電力のつくり方、流し方というのは、これはこのままじやいかぬ、このままでは
日発の一貫主義でや
つて行くから方々どこも困らぬけれども、結局北陸、大阪、名古屋、東京あるいは東京から北陸、東北という間のカーレントの流れ方についていま一つ考えないと非常に技術上むだなものになる。これを技術的にどうしても処理しなければならぬ、これをひ
とつ考えなければならぬということをずつと考えますと、これまでの、只見川という大きなものをこしらえて、それからまた大阪方面に流すという計画
——このごろは
日発の人も
ようやくわか
つておると思いますけれども、その当時はわからぬで計画しておる。現に安本の計画も実際のところそう
なつておるのです。けれどもそれはできないことです。たとえば只見川でたくさんつく
つて、何百億の金で大阪まで持
つて来る
ような、そういう計画はだめなのです。ですからそのころの計画は当然やめて、只見川というものは
編成のほかに置くよりほかにない。なぜ置かんならぬかというと、その
編成のカーレントに入ればむだが多いということが一つでありますけれでも、一つは積極的な
意味で、
日本の貿易を振興さすのに、化学工業を非常に盛んにしなければならぬ、化学工業の源泉はないのです。たとえば大きなアルミニユーム工場をやろうとい
つたつてないでのす。住友などは現に持
つてお
つて遊ばしておる。現に新潟あたりに私が
行つてみると、あの辺にかけて化学工業をやろうというのに、十万キロも現に
電力が足らぬ。ありさえすればすぐにやれる。そういうものを大阪あたりに持
つて来る計画が立てられぬ。これは立てるのが間違いです。それはと
つておきにすればよい。そうして只見川だけは離すという考えを起した。しかしこれも大分難関がありますけれども、総理あたりの考えも大体そうらしか
つた。このころフロアーという人が
調査にや
つて来た。これ幸い、私はこれを外債の中に入る金、何十億万ドルでも、
日本の再
編成以外の金として、この金を
日本にとらぬ限りは、いわば貧血状態ですから、
日本の
電気事業は非常に大きな輸血をしなければならぬ。見込みがあるかといえば別にあるわけでも何でもない。けれども大体腹をきめなければならぬ。しからば只見川はどうかというので、幸い私は九月に視察しておりましたが、私が再
編成の
委員にな
つた時分にフロアーなどが
ちようど来ました。それでフロアーと会いまして、これは入れずにここで使う
ような考えにや
つて行く、おれはその腹でやる。それから
委員の方々にもあるいはGHQにもどうしても只見川だけは別に考える。そのほかまだあるだろう、北山川とかあるだろう、そんなのはとても間に合わぬ。せめて
日本で何百万キロを早くつくれ。それで現在の再
編成以外の手を打たなければいかぬ。つまり手が遅れておる。これが第五で、私の再
編成というのはこの
意味において
外資導入は今見返り資金以外の導入が頭にある。それがフロアーなどが来てごたごたや
つてお
つたときで、
ちようど私が
委員長にな
つたときです。ですからフロアーにも会いましたし、よく宣伝して、かれらの方針も相当や
つた。だからなかなか忙しいのです。だから
委員会はどうかといいますと、それで
委員会の形勢がわかります。
委員会というのはまたどうだれが言うたものか、稻垣君など
新聞などにそのころ書いて、自家用の、住友とか三池の
日本電産とか、ああいうもとの自家用を認める
ようなことを大臣などが大阪で演説したりなんかしておる。
ちようど私その
委員長に
なつておるときです。私はそれで稻垣君に苦情を言うた。君はおれを
委員長にしてまかしておいて、それで
自分でか
つてなことを言うては困るじやないか。いやあんなことを言うたが、あれは何とか……政治家ですから……。その他みな大阪あたりに行くと、実業家が寄
つて何とかしてくれ、何とか
委員長が今度はうまくやるだろう
——委員長がやるだろうと言わずに、私がやるだろうというふうにな
つたのだろうと、まあ冗談に
言つてお
つた。ところがそれを稻垣君が言わせられるほど、なかなか運動が強いのです。住友とか三井系統、何とかかんとかあるのです。それから毎日々々押しかけて来る。なかなか
委員会を開くどころの騒ぎじやない。し
ようがない。その陳情を受付けなければならぬ。
事務所があるのですけれども、その事業所に行
つたつて、向うは
会議をしたり何かするから、一週間に二へんくらいの
委員会のときは席が開いておりますけれども、私が
行つても
事務をすることができない。し
ようがなくて、困り切
つてお
つたところが、城南ビルに友人の中村が
事務所を持
つていて、あそこにお
つたつて困るだろうから、私の
事務所にいらつしやい、石炭も入
つているから温い、かぜをひいてはいかぬから、というので、そろそろ寒くなるし、そこでそこへ
行つてはそういう連中を受付けてお
つた。ところがときどきヒヤリングをせんならぬ。また
日発なども反対陳情をするとか何とかで、
日発の言うことも聞かなければならぬ。そのうちに前の大山
委員会の
委員長も呼んでヒアリングをせんならぬ。私は一方そういうことをずつとや
つてお
つた。ところが稻垣君
——と言うおかしいけれども、通産省あるいは資源庁の進藤君の方から、どうしても一月の半ばごろに議会へ出したい、それでないと、三月とか四月までになかなか案が通らない。そしてGHQも、ぜひ案を早く出してこの議会を通せとやかましく
言つている。審議を早くや
つてくれ。早くや
つてくれと言われても、ぼくはうろうろして、十二月にろくに何もできていない。いやそんなことでは困る。ともかく正月休まずにでも、一月の半ばごろまでに出してくれ。一月の半ばとい
つても、十二月が済みかか
つている。しかしとにかく急ごう。それからまたGHQに交渉に行く。交渉に行くと、どうでもよいから早くや
つてくれ。今度はレギユラトリー・ボデイというものを一緒にやるのだから、これはいわゆる
電気事業の民主化、つまり
電気事業者に独占で勝手にやらしてはいかぬ。これをコントロールしなければならぬ。コントロールという文字を使うと、支配ということになる。支配ということは民主的でない。そこで公益事業者というものは、やはり公衆のために働いているというのが信念で、利益のためにのみ働くのが信念ではない。それを支配するということはおもしろくない。だからレギユレートする、つまり公衆とその事業者との間もレギユレートする。またその事業者と他の官庁あるいは民衆、たとえば土地の買收とか、ダムをつくる場合の地方との折衝というときに、その利害あるいは
意見の対立がある時分に、レギユラトリー・ボデイがほんとうにそれをレギユレートして、緩和し、あるいは調整する。いわば産婆役みたいなものです。証券
委員会とか海事
委員会みたいな働きをする。つまりレギユレートする。コントロールでない。言いかえると、政府でなくて政府である。おもに議会、民衆に責任を持つ、そして総理大臣の指図でないというふうに考えている。それをしてもらわぬとモノポリーになる。分割しても、モノポリーになることは、そこに弊害を生む。だから料金その他を損させてもいかぬし、もうけ過ぎさせてもいかぬ。それをレギユレートしなければならぬ。始終計算をし、よく知
つて、これはもうけ過ぎている、これは高過ぎているというふうにやる。それで会社が不平があ
つたら、会社は訴訟してもよろしい。公聽会を開いてもよろしい。訴訟の権利もある。しかしこつちはレギユレートする力を持
つている。それでどうにかこうにか公衆と政府との間のレギユレートするものがないと、今度の分割というものが死んでしまう。これは非常に大事だから、それをや
つてくれ。さあむずかしい。これは皆さんも大分もうそれを御研究にな
つたろうと思いますが、私どもはその話を受けたときに、それはもつともだとはいうものの、いかにも私は、前にいわゆる官僚政治のもとにお
つた電気事業者が、今度その話を受けて、そういう考えに
法律をとりかえるという場合に、それを稻垣君などにも
言つたところが、それはとんでもない話だ、そんなことは
日本ではとても
通りはせぬ。それでなくとも人事院などは困
つているのだ。打明けた話ですが、そういうむずかしいものをこしらえてくれては困る。私たちのいうことをきかぬ
ようになる。と言うわけです。それで小池君が
法律の專門でし
よう。ところがこれも電気とか何とかを知
つているわけじやない。大体独法がおもだから、あまり英米法の気持がわからない。し
ようがないから、パブリツク・ボデイの研究をする。人に頼んで英語を読んでもらう。ごたごたする。それが十二月でし
よう。きめろきめろという間に、それをやらなければならぬ。し
ようがないから、私は三淵忠彦さんのところに行きました。あの人は小田原に住んでいる。私の大先輩であり、懇意な人です。あなた困るだろう。しかしどうも
日本の憲法の精神からい
つて、それはアメリカ人の
ように行き過ぎたことはやはり困るから、それはアメリカ人にひ
とつがんば
つてください。そのかわり官僚政治にならぬことを向うに言わなきやならぬ。要するにこれは人の問題ですけれども、ともかくしつかりや
つてください。それからあそこに何度行きましたか、ずいぶん足を運んで、三淵さんが
自分で人に調べさせてくれた。それを小池君に言い、小池君とも討論し、それからまたGHQに行
つた。どうにかこうにかやる。政府はそれでもなかなかか難色がある。ですからレギユラトリー・ボデイが十二月にきまらない。それじやとても一月までにはきまりはせぬ。それを一月十五日に
法律を出せとい
つたつて、出しもできやしない。それからGHQに行
つたんです。あなた方がそう急ぐならば、ほかのことはともかく、レギユラトリー・ボデイだけは
はつきり
日本政府の苦んでいることを承知してくれ。なかなかきかない。きかなければし
ようがないから、こつち流におつぽり出すよりし
ようがないと、覚悟はきめてお
つた。しかしできるだけGHQと折衝した。
日本政府は、西洋人に負けずにや
つてくれという
ような気分ですね。それで一月十五日に
なつてもできはしない。私は先刻申し上げた四つか五つの点から見て、一貫作業の会社をつくるというけれども、もうからぬ会社をつく
つたところが何もできない。一体もうかるのか、もうからないのか、そろばんをはじかなければならぬ。そこではじくとい
つたつて、資料も何もないでし
よう。資料は
電力局が持
つている。そこで
電力局の来ている連中に、君たちはぼくの言う
通りに九つにわけて見てくれたまえ、私は松永の腹の中にあるものをほぼ言うた。そうしたら、だめですよ、そういうわけ方は私どもは反対ですと言う。反対でも何でも、ともかくそれをせよ、大阪の関西配布は北陸につける
ようにする、これだけは北陸につける
ようにする。それに資本が幾らになるか、それで売
つたり買
つたり、発電と何と差引きして
経費を引くと、結局大阪が幾ら残るか、五箇年間にどういうふうに損益が出るかや
つてくれ。今からやるのですか。やるのだ。もう二十五日か六日で、とても正月だからできない。済まぬけれども、ひ
とつ休まずにや
つてくれ。ところがあまり賛成じやないでし
よう、どういうわけだか、
役所はそういうふうにごちやごちややることはね。しかも私は一体あまり役人さんにお世辞が悪いものだから、はなはだごきげんが悪い。非常にむりなことを頼む。そうして何か議論が違うと、君ら役人は
委員会におらぬでもいいじやないか。ぼくに言わぬで、か
つてに
発言してはいかぬ、という
ような、か
つてなことを言う。頼むは頼む。それで不精々々に、正月休みをやめてやろうというので、それではや
つてくれ。九つにわけたときの收支予算をと
つてもらう。そうせぬと、分割しても、もうかる会社ともうからぬ会社がわからぬ。借金を幾らすればよい、幾ら返せばよいということを計算しなければならぬ。それではし
ようがないから、手をわけてやろうというので、それが二十五、六日ごろ頼んだのが、正月の十二、三日ごろ概算ができましたかな。それから一方
配電会社、
日発に向
つては、何を頼んだのです。今の松永のこれこれで
日発はわけて持
つて行くのだ。それであとはいつごろ動力ができるとか、それから一方大阪なら大阪は、五箇年間にどう
電力が増すのか、それが出合うのか出合わぬのか、その
配電バランスの計算書をこしらえてくれ。いつまでこしらえるのか。それは君ら
配電会社と自発と協力して、十二月の末までにぼくの手に渡る
ようにしてくれ。それはむりです。十日しかない。いや十日あ
つたら徹夜してや
つたらやれぬことはない。こまかいことはどうでも、見当だけ
はつけてくれ。そうして東京ができ、九州あたりは多少遅れましたけれども、それは九州、四国は遅れてもかまわぬ、割合にわかれておりますから、計算しやすい。こつちはわけなければならぬ。それでずつとにらみ合せてみると、大阪だけが間に合わぬ。これも脱線の一つですが、いかに苦心したかということですが、正月の元日に、
ちようどあすこの何とかいう技師がむすこを連れて来ました。私のところが一番遅れたそうですが、
ようやくできました。こんな厚いものをこしらえましたと
言つて、大阪の
電力五箇年計画というものを持
つて来た。しかしいかにも
日発の方が材料をくれぬものですから、
想像もあ
つて、間違
つている。
ちよつと見ても相当ずさんです。ずさんでも、およそこれで見当
はつく。それは何かというと、それで私は一つは財政の見通しをつけますが、もう一つはGHQと
——言葉は悪いかしらないが、闘わなければならぬ。というのは、GHQはどうしてもそのころからいかんのです。
電力の分割の
方法が違
つている。これはアメリカのレギユラトリー・ボデイというのは、アメリカの州自身に独立してある。フエデラル、連邦の公益
委員会は、また別にある。ところが
日本はフエデラル一つしかない。アメリカは幾つもある。各州にレギユラトリー・ボデイがある。ですから川が両方にまたが
つたようなものは、その周囲は取扱わないのです。よそのところは、めんどうですからね。それですからレギユラトリー・ボデイをつくると、州が一体アメリカの法相及び人民の権利の中心ですから、それで公益事業というものは、人民の権益及び企業の権利を保護する立場にあ
つて、レギユラトリー・ボデイは、それを保護せんならぬ立場になる。それで北陸と大阪とまたがる
ようなことはいかんのです。どうしても北陸と大阪とを一緒にせよと言う。それはなるほど大阪の人はそれを喜ぶ。大阪から見るとなるべく多い方がめんどうがない。ところが私どもから見ると、もう九つにわけて計算をするのに、それは北陸は北陸の立地的條件があり、経済的條件があ
つて、大阪にくつつけたら悪いということは、それは東京の実業家をヒヤリングして調べましても、それの理由は
はつきりしている。しかしGHQの方から見ると、北陸の
電力は北陸でコントロールするのがいい。もしも北陸を置きたければ、大阪はそこからそれを買えばいいじやないかと言う。
日本では何でも所有権を重んずるけれども、アメリカでは契約権を重んずる。所有権を重んずる
日本とかドイツの
ようなものは、何でも
自分が握らなければならぬという所有欲が強いが、英米人の思想は、人と約束すると、その約束ということが非常な力になる。そこで北陸は北陸で独立するのはいいけれども、大阪はそこから現在の
電力を買えばいいじやないか。それはコントロールじやないか。じ
ようだんじやない。北陸の
ような小さいところで、あの大きな
電力を開発するとか、それをコントロールするとかいうことは、先刻申し上げた外債の
関係で、そんなことはできない、と
言つても、向うは承知しない。今、外債のことに触れてはいけない。
電力再
編成と
関係がない。それは
関係はなかろうけれども、これからやる
日本の若い人は皆
関係する。そんなことはお前干渉せぬでいい。しかし干渉せぬでいいと
言つても、私はそのためにや
つているのだ。それこそあなたは干渉してはいかぬ。あなたは
日本人が合理的であるならば、その
通りにしなければならぬ。アメリカの州の
法律通りせんならぬという
ようなことを
言つてもだめです。これを毎日言いに
行つている。それで寄り合うと、き
ようはレギユラトリー・ボデイでけんかする。次の週はそれでやる。
話はまたもどりますが、そういうふうで、ずつと計算をして、北陸は北陸、どこはどこ、
電力が分割された状態、そのころ、たこの足を出すと言われましたが、たこの足の出た状態の計算をつくり、
電力バランスをつくる。要するに二
通りできた。それを私がおよそできたものを英文に直して、GHQに持
つて行
つた。それはいつでしたか
——一月の十二、三日か十五日ごろです。この
通りです。私にまかせてくだされば、この
通り行けるのだから、どうしても私もこの案で
——分割は前の五人
委員会とか何とか、あるいはこのごろあなた方の考えておる
ような案じやどうしてもいかぬのです。一体それじやお前はそういう計算を
自分でか
つてにしたのか、それは
委員会全体の
意見か、
委員会全体の
意見なんだ。これはあなた方に対して、あなた方の
通りじや計算が立たぬし、また間に合わない、これだとちやんと分割して商売が成立
つて行くことを明らかに示す材料をつく
つて来たという
ようなことを
言つた、ところが一方ではとにかく
日発の反対がぼつぼつありました、これがまたなかなか運動とい
つてはおかしいが、私は
委員長ですからや
つて行く、
配電会社は私がやかましく言うたから、ほとんど目がさめたごとくな
つた。これまで
日発とどういうふうにしておるか。ただ買いさえすれば
——たとえばタバコ屋で言うと、小売店のばあさんみたいなことをや
つておる。タバコをつくるところから買
つて来て売るだけで、タバコを製造する原価がどうなるかは一向われ関せずえんで十年間も暮しておるから、元のところは
ちよつとも頭がないのに計算を命ぜられたものだから、不精々々それをや
つてみると、なるほどその方が二重の費用が減
つて、あるいはいろいろな能率がよくなる、原価を下げるというりくつがわか
つて来た、そこで
自分たちも前に言うた
ように、分割はやはり九分割がいいのだというふうなことにだんだん熱意が増して来た。それでずつと一月の初めころまではそう
なつて来た。およそ私も見当
はつき始めた。そこで今度は急ぐものですから、
審議会はもう月に二度か三度くらい増そう、増さなければいかぬ。一体
委員長は
自分でいろいろなことをや
つておるが、分割案についても一向われわれに案をお示しにならぬが、どういうわけです。どううわけとい
つたつて、一生懸命や
つておるのだから、そのことはときどきお話しておるつもりだ。ときどきの話じやいかぬ、われわれも
意見がある。
委員長は一体横暴独断だ。そうか、まあそうかもしれぬ。そうかもしれぬが、実にぢいさんへとへとに
なつて調べておるところで、やや見当がつきかか
つたところだ。まあ私がそういう案を出しまし
よう。早く出してあなた説明してください。それじや出しまし
よう、いつ何日に私の分割案の
意見を出そう。
ちよつと待
つてくれ、それではあまり行き過ぎる。それではわれわれが賛成しておる
ように世間は誤解する。ああそうですか、ぼくは賛成してもらえるかなと思
つた。それが間違いだ、あなたは一人でほとんど
日発というものを裸にしてしまう、そうして関東
配電とか何とかみなくつつける、そうすると今の
日発というものはま
つたくなくなるのです。けれども君GHQでも政府でもそう思
つている
ようだよ。それはあなたのか
つてです。大阪の経済連盟、東京の経済連盟、日経連の寄り合いでも、みな反対です。そうか、ぼくはどうもこのごろ……。いや、
委員長は一体時勢に遅れておる。あなたは昔の自由思想で、今はもうこういう思想ではいかぬ、よろしく輿輪を重んじなければいかぬ。そうかなあ、ぼくは輿輪がぼくの
通りに来るかと思
つたが、ぐあいが悪いかなあ。ともかくあなたの
委員長意見と言われてしまうと、われわれもどうにもならぬから、われわれの
意見も一緒に聞いてくれ、けつこうだ。そうやりまし
よう、
委員長の
意見と交換しまし
よう。よかろうというので、いつでしたか、日を忘れましたが、ぼくは
意見を出すというならば
——しかしほんとうはGHQにまだぼくの正式の
意見を出していない。これは感情の上から
言つても、
委員長意見を
委員会にこういうつもりだということは、政府やGHQにあらかじめ言うとかなければいかぬ。それだからぼくが言う日に君らと一緒にやろう、君らが早く言いたければいつでもきめ
よう。それではこつちも用意しますというので、高橋君を頼んだのです。それがその融通案なんです。約四割三分ばかり送電線
発電所を残すと言う。残すと言うが、根本に残すということは、ぼくはGHQにも、
日本政府にも通らぬと思う。通らぬでもやるというのかと言うたら、通る。通らぬ。いやしくも
委員会でや
つた以上は、
委員会の見識でやる。見識もいいけれども、通らぬことはわかり切
つておる。ぼくがくろうとの目で見て通らぬ
ような案を、めちやくちやに気ば
つてみたところが、ただこれは引延ばしだ。ところが
日本の
電気事業は引延ばすことを許さないほど切迫している、あなたは電気会社の立場から言うのだろう。われわれ需要家の立場から言うと、
電力が不足した上に、また不足しますぞ、そうして非常な格差金が起りますぞ、それはわれわれたえるところではない。電気というものは、一体
電気事業者のみで勝手にきめるべきじやない。それはわか
つておる、需要家と供給者は対立したものでありながら、実は利害が供通したもので、どつちもギブ・アンド・テーク、言いかえると同じものなんだ。
電気事業者が成立
つているのは、お客さんが成立つから成立つ。そういうふうに目色をかえると、あなたは電気屋をひいきする、われわれは需要家をひいきする、そんなことを言うと、公益事業とか、大きな動力供給事業は成立たない。これはお互いのものなんだ。私は後にこの
電気事業再
編成についてという本にも書いておきましたが、そんなことを言うても、なかなか聞かぬ。そこでたいへんな表や何やらできておる、君、これをおれに読めというのかいと
言つたら、それはもちろんだ。けれどもあなた方の数字を点検すると、今妙に
日発が反対の立場に立
つて、
日発のほんとうの数字を出してくれない。ぼくらには
日発の方から出された表というものは、つくり方でどうでもなる。何かの表が拔けてもかわ
つて来る。電気の受渡しをしたその日その日の計算をメモにと
つて締め上げなければならぬ。これがなかなか大ごとであ
つて、君方は前から用意しておるが、これは点検して間違
つておるとたいへんだ、しかし大体考えてみると、やりとりしておる区域というものは、何万キロかきま
つておる。そのうちにかりに一割君の
言つた通りに減
つたとしても、何キロじやない。しかるにそう大きな数字が出るはずがない。出るはずがないというと、表をつくるとそうだけれども……。