○
武野説明員 最近帰
つて参りました方に、実は私じかにお会いすればよか
つたのですが、私所用がありまして、このたびは会いませず、従来の例並びに特に私の方から人を派しまして調べた結果について若干御
報告申し上げたいと思います。主として舞鶴の援護局に入られました奥寺さんからの
情報でございまして、いずれ本
委員会で奥寺さんをお呼びの上、詳しいことをお聞きになることが一番いいことだと思
つておりまするが、この十九名の
方々は従来まで五年間非常な苦労をいたしまして、
帰国の
努力をして来たことは確かでございます。しかしながら、御
承知のように日本の技術者は非常に重用されておりまして、特に技術者は
相当程度の低い技術者でも
中共側の方では非常に重要視しておりまして、これを確保するためにあらゆる懐柔の
方法と、それから若干の手当の
増額とか、あるいは絶対にその
帰国について断念させるような
方法を講ずるとか、その確保にはやつきとな
つてお
つたようであります。特に今回の
引揚者は、今までその
帰国の
方法がわからなか
つたけれ
ども、意を決してこの四家族全部が留用機関の長、北京の方の
関係方面に
集団的に留用解除と
帰国の意思を発表いたしました。非常なる
努力の結果、この
帰国の嘆願書に
許可をもら
つたということが
報告されてございます。大体華北の方では、この留用解除に関しましてはある程度寛大のようでありまするが、それでも
帰国について何らか申し出たような場合には、非常な脅迫を加え、現実に減俸するとか、いろいろな
方法でこれをチエツクしてお
つた。ところで華北においてもそのような程度にチエツクされたけれ
ども、たとえば満州の方になりますると、若干でも
帰国の
言葉を言うと、それは反動分子として批判され、
帰国の念は悶々として押え得ないけれ
ども言うわけには行かないというような
状態で、満州
関係においては、嘆願書の提出とか嘆願書の
許可というようなことは、ほとんど考えられないということが伝えられておるわけであります。またこちらからのラジオ放送による
帰国の件も、最近は特に嚴重に
なつたようで、表面上は禁止はされていないけれ
ども、現実にはラジオ聽取を禁止されているような実際的な効果をもたらしておる。すなわちわれわれの同胞はラジオを聞くことはできない。短波のごときは聽取はできない。また日本人のみの集会は禁止されておる。こうしてこの
引揚げの問題についての残留しておる日本人相互間の
連絡も、きわめて祕密裡な
連絡方法しか許されていない。手紙のごときも、表立
つた帰国の問題というものが出ている場合には、没收されてしまうというような、きわめて不便な
状況のもとにおいて、この嘆願書の提出の
努力をしていたというふうに
報告されておるのであります。
従つて非常に惠まれた留用者につきましても、この程度に困難の情勢がある。それから一般の民間人の生活は、あるいは伝えられるように、非常に困難なものがあ
つて、これはとても
集団引揚げという
方法をも
つてするのでなければ救われない。たまたま
上海なりあるいは塘沽なりで拾われるようにして来る幸い僥倖の方もあり得るけれ
ども、大部分はとうていそのような
機会もない。
従つてこの
引揚げというものは、われわれ日本船がかりに自由に貿易船として
中共の地域に行けて、この日本船に対して日本側
政府の方も、また全
国民が救済の
努力を頼むというふうにすれば、非常に便利があるのでありますが、現在のところは何分にも外国船でございまして、われわれの方としては簡單にその救出方について御依頼もできないというような
状況もございます。
従つてこちらから
現地に残留している
方々に対する
連絡も困難であるし、
現地に残
つておる人々の間においても、
引揚げに関する
連絡情報の交換というものはきわめて制限せられておる。いろいろな
状況が重なりまして、われわれの方といたしまして気持ははや
つても、なかなか
連絡がうまく行かないというような
状況にあるわけであります。また先ほど
政務次官が言われましたように、われわれは懸命に
調査の方も進めておりますが、今度の十九名の者を私
どもで調べましたところが、十九名のうち届済みの者は十名ございまして、
あとの九名は実は届け出てない。今度帰
つて参りました四家族については、われわれ届けを得ておるのでありますが、その同伴いたしました子供——終戰後生れた子供も一人、二人ありましたが、その家族については届けがないのであります。
従つて確保した
人員には
相当こうしたアルフアーを考えなければならないということも言い得るのでありまして、こういうふうに帰還者によ
つてだんだんと
現地の情勢がわか
つて来るということは、われわれとして非常に幸いなんでありますが、何分にも
現地におけるいろいろな困難な情勢のために、こちらで考えるほどには、
現地の残留日本人の間には
帰国の
方法についての周知
方法が、思うように行かぬということが現実にございます。まとまりませんが、若干の
報告といたします。