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1950-02-28 第7回国会 参議院 文部委員会 第7号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十五年二月二十八日(火曜日)    午後一時三十八分開会   —————————————   本日の会議に付した事件 ○「元号」に関する調査の件   —————————————
  2. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) それでは只今から今日の文部委員会を開会いたします。  お諮り申上げますが、本日の議題は六件ございまして、第一から第五までは法律案関係しております。御異議がございませんければ議事の都合によりまして、第六の「元号」に関する調査議題といたしたいと存じます。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) では御異議ないものと認めまして、「元号」に関する調査議題といたします。  初めに御挨拶を申上げます。この元号の問題は、国民生活全体に非常な密接な関係がある問題でございまして、而も又その調査に当りましては特別の学識見識等を必要とする重大問題でございます。従つて委員会におきましても、この調査に当りましてはできるだけ周到を期し、各方面の有識者の御意見を伺うということが必要でございます。で、さよう趣旨を以ちまして、各方面の多数の専門の方々をお招きいたしまして、数日に亘りまして御意見を伺うことといたした次第でございます。今日はその第一着手といたしまして数名の方々に御足労を煩わしましたわけでございます。非常に御多忙中のところをわざわざお繰合せ頂き、殊に外国に御出張になる御予定の龜山博士わざわざお出で下さいまして我々の調査をいろいろお助け頂きますことは感謝の至りに堪えないのでございます。で、皆様方に対しましてあらかじめ厚くお礼を申上げます次第でございます。それでは只今から御出席の方々の御意見を伺うことといたします。甚だ申しにくいのでございますができるだけ詳しくお伺いいたしたいことはやまやまでございますが、多数の御意見を伺いますためにはやはり時間を止むを得ず制限して頂かなければならないような次第でございまして、十分乃至十五分くらいの見当でお話をお願いしまして、後は質問等によつてお答えをお願いいたしたいと存ずる次第でございます。  初めに簡單でございますが、かさねがさねお礼を申上げます次第でございます。それでは公報に載つております順序に従いまして、先ず宮内庁次長林敬三君から御意見を伺うことにいたします。
  4. 林敬三

    参考人林敬三君) 御承知よう元号につきましては、旧皇室典範第十二條に「踐祚ノ後元號ヲ建テ一世ノ間二再ヒ改メサルコト明治元年ノ定制ニ從フ」とございます。又登極令二條と第三條とにこれに基いての規定がございましたのでありますが、新典範制定に当りましては、元号皇室典範中に規定せらるべき事柄ではないという見解の下に、旧皇室典範第十二條相当する規定は設けられておらないのであります。尚申添えますと旧規定のありました当時におきましても新しい元号を定めます場合には、これは国の事柄として内閣総理大臣以下国務各大臣が副署をいたしました。当時の宮内大臣は、副署いたしておらない次第でございます。更に新憲法施行後の現在におきましては、特に宮内庁の所掌と相関する所がございませんので、従つて第一及び第二の問題につきましては、これはなかなかむずかしい問題とは存じますが、宮内庁といたしましては以上の外格別申述べることはない次第でございますので、この点御了承を頂きたいと存じます。  碕御質問によりましてお答えを申上げたいと思います。
  5. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 御異議がございませんければ、各御陳述になつた方々に対する質問は一応全部伺つた後にいたしたいと思います。と申しますのは、お急ぎの方もおありになりますのでさように取計らいましてよろしうございますか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  6. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) それではさように進行いたします。次に日本学術会議会長龜直人君にお願いいたします。
  7. 繭山直人

    参考人亀山直人君) 私は大体賛成であります。その理由一つは、大変勘定がし易いということでございます。第二番目には非常に国際的であるということであります。それから尚私のこの意見につきましては、別に宗教的である、キリスト的であるとかそういうようなことは何も考えないでいるのであります。考えない方がいいと思つております。  第一の勘定が便利だということは、これはもうすぐお分りかと思いますが、この一番勘定分り易いものは、年齢などでありますが、明治天皇大正天皇、今の陛下、それぞれ相当に高い年齢までお生きになつたものでありますから、まだ割合に簡単だと思うのでありますが、明治は四十五年も続きました。併し日本の歴史を見ますともつともつと非常に短い天皇がおられますので、我々一代の中にどうしても三つくらい改元されるのが自然だと思いますが、年齢の短い方で天皇でありましたらもつともつと数が多いかと思います。年齢勘定だけでも現在の制度でありますと大変に複雑であります。その外でも元が変じますと勘定が非常に面倒になる。そういう点で第一に勘定がし易い。  二番目に国際的であるということですが、これは世界は非常に交通が頻繁になりますし、それから又物理的にも非常に短時間で交通ができます。その中に日本だけ特別に隔離された島みたいになるということは精神的にも非常におかしいし、世界文化国家と一緒に日本が暮して行くのが適当だと思うのでありますが、それにもましてもつと実際的にも国際的であることが必要だと思います。例えば商品の輸出、輸入、それらの文書、或いは新聞、ラジオなどでいろいろ通信があり話があつた場合に、やはり国際的に通用されておる西暦の方が勘定がし易い。ただ精神的の意味でなくて実質的に世界各国といろいろ通信交通、それらの点でも今のそれぞれの年号よりも西暦の方が非常に便利だと、こういうわけであります。それから尚この西暦につきましてはこれがキリスト紀元であるというようなことでなしに、今は現実に世界で通用せられておる万国殆んど共通な年号勘定だと、こう思つておるのであります。尚これを改めますにつきまして国費がどのくらい要るか、或いは行政上どういう困難があるかということは私は分りませんのでありますが、併し今のままで非常に長い間置いておくことは困難かと思います。ますますこれから交通が頻繁になり、通信が頻繁になり、世界が小さくなるときに、いつかはそれだけの手数と金をかけて変えなければならんときがやがては来るだろう、まあ国の経済の事情によりまして多少数年くらいは変つても、とにかくいつかはやらなければならんことだと思うのであります。これが私の意見であります。
  8. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 有難うございました。次に教育大学学長柴治直君にお願いいたします。
  9. 柴沼直

    参考人柴沼直君) 学術に関しましての意見只今龜山博士からお話がありました通り、私も全く賛成でございます。又教育の而から申しましても、特にこの元号存続維持を図らなければならないということを主張する理由が必ずしも十分には出て来ないと思うのであります。このことは現に国定教科書の中にも相当大巾に西暦採用されていることから見ましても申上げることができると考えるのであります。併し只今申上げましたことは、実は元号のいわば実用性とでも申すべき方面からの話であります。元号はその外にも国民生活の全般に広く、又深く関係を持つておりますので、これを改めることがいいか、又これをどういうふうに改めたらいいかということは相当慎重に研究をしなければならない。又改めるといたしますならば、その手続についても相当愼重な態度をとる必要があるであろうというふうに考えられるのであります。ただ先程林さんからお話のありましたように、日本の国として元号を必要とする社会情勢からは、むしろ一歩遠ざかつておるというようなことも考えられまするし、又日本国際社会の一員として立ちます場合には、従前よりも通信交通の発達によつて、他国との関連が非常に深いということも考えられます。そういう見地から、若しこれが改善せられるならば、我々学術並びに教育の事に当る者にとつては非常に便利であるということを申上げることができるかと思うのであります。  ただ私個人のことに少し偏するのでありまするが、私共明治に生まれまして大正昭和と経て來ております者は、この年号によりまして国内に関することだけはいわば思考の節約を図つて来て参つたわけであります。ものを把握し或いはものを表現する際に、その意味の非常な便益を受けております。従つて個人としては相当愛着を持つのでありまするが、こういう個人的な愛着というようなことも、いろいろ皆さん方が御研究なさるに際しましては、国民一般の気持を察して一応はおとり上げ願えれば仕合せと考える次第であります。
  10. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 有難うございました。次に法務府法制意見長官佐藤達夫君。
  11. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) 私は本日のお呼び出し趣旨というものをはつきり了解いたしておりませんでしたので、心構えとして持つてつたところが多少この御趣旨と違うかも知れませんが、十分そこらのお時間を頂けるようでありますから、私個人でありますけれども、要するに法制の実務をやつております者の立場から見ましての元号というものについてのいろいろ気付きを申上げ、何らかの御参考に供し得たらと思う者であります。  先程も話が出ましたように、元の皇室典範廃止されました今日においての元号実態というものは、法律的に見ましてもいろいろむずかしいものがあるのでありますが、一口に申しますれば、これは少しよくない例であると思いますけれども、強いて申上げますれば、現在一般に用いられております当用漢字というものと一脈通じた性格を持つておるのじやないか、今日においてはそういう性格のものではないかというふうに考えます。今日法律成文のないものの例としては、例えば日本の国の日の丸の国旗であるのであります。或いは月、火、水、木、金、土というような七曜というものの制度というものには正面から成文をもつて規定した法律は恐らく今日ないという状態でありますけれども、国旗につきましては船舶法というようなもりでそれを当然あるもの、として引用しており、月、火、水、木、金、土については夏時刻というようなものでそれを引用しておるというようなことであります。併し国旗でありますとか、月、火、水、木、金、土というようなものと、この元号というものとは必ずしも同じようなものであるというようには私言い切れないと思いますから、今差当り当用漢字の例を手ごろな例として出したわけでございます。この当用漢字は、申すまでもなく内閣で告示いたしておりますと同時に、別途内閣訓令というものが出て、少くとも官庁内部についてはこれを使えというような御趣旨のお市会が出ておりますけれども、一般民間にこれは強制されておらないというわけであります。ただ戸籍関係では御承知よう子供が生れました場合には、戸籍出生届けをいたします場合に子供の名前は簡易な当用漢字でなければいけないというような特別の規定がありますから、その関係では民間に対する拘束力はあるということは言えます。それ以外については一般的な拘束力民間に対してはないということが言えると思います。  今日におけるこの元号というものも大体それと似たものである。例えば法律命令施行期日でありますとか、その他特定の年を示す場合におきまして、法令その他の公文書では元号一本で行つております。ただそれ以外は今日與謝野さんも来ておりますが、その他の外交関係文書では例外もございまして、これは旧憲法時代から、例えば御批准書というものにつきましては神武天皇即位紀元何年、昭和何年ということを一貫して旧憲法時代用いられておつたわけであります。又條本全権委員を出して調印したものでありましても、多数国の條約の場合におきましては西歴一本で使い、或いは日本と或る国との二国間の條約の場合におきましては昭和相手国年号とをちやんぽんに両方二本立使つた例もございますけれども、西歴本立になつてつたよう例む相当多数にございます。降伏文書という特殊なものが、特殊の事情からでありましようが、西歴本立になつておるという例外はあるわけであります。  以上はお役所の側の関係でありますが、一般民間につきまして元号を使えという法的の強制力は私もないものと見ております。ただ願書だとか或いは届書だとかいうようなものの類につきまして、その様式法令で決つておるものがあります。それを見ますと例えば戸籍届出の場合でありますとか、或いは立候補の届出文書様式というものが法令で決つておりますが、その中には届の日付のところは昭和何年何月何日と、わざわざ昭和という文字を使う様式が決つておるものがございます。届出書の生年月日のところは、勿論明治生れの人も大正生れの人もございますからただ年月日となつておりますけれども、特に届書日付の場合に昭和と書いたものも相当に見当ります。併しながらこれらのものは結局様式でありますからして、昭和ということを成るべく使えというような勧奨の意味に止まるものであつて、仮にその場合に千九百何十年と書いて届出をなさつても、それは違法であるとか無効であるとかいうことには私は今日としてはならないのではないかと考えております。勿論私が戸籍の吏員であるとすれば、そういう年号が付けられている届書も受付けるというふうに考えております。  以上が私の見ました現在の元号実態でございますが、このままで推移して行つた場合に、将来皇位継承が行われましたときに定めらるべき新たな元号の問題が生ずるわけであります。このままで行けばそういう問題が生ずるわけであります。今まで申しましたようなところからいいまして、只今昭和元号に関する法的の基礎と申しますか、法的の性格というものについてはいろいろの問題がございましようけれども、今あるその性格というものは、新たなる年号制定についてまでも一種の力を持つているものというふうには考えられませんし、殊に新憲法におきましては、天皇一般の使用のために元号をお定めになるという告示権は認めておらないわけでございます。から、誰が如何なる手続でそれを定めるかということは、全く新らしい問題と言わなければならないと存ずるのであります。そのためには何かの立法措置が必要である、従つて元号につきまして今後別段の立法措置がなされません限りは、実際の問題としては現在の天皇の御一代限りということになるのではあるまいかというよう感じを持つております。さような点から申しますと、仮にこの今の元号廃止するのにはその時期はいつだろうかという、いつがいいかというような問題があるといたしますると、その手掛りとしては今申しましたところから言えば現在の天皇の御一代の終ということが、一つ手掛りとして考えられはしないか、併しその手掛かりは外にもいろいろ考え方がございます。例えば仮にこれをいわゆる西暦に切り換えるということであれば丁度来年が手頃であるというよう意味一つ手掛りもありましようし、或いは又講和條約でも成立して我国が真の独立国として出発するというような時期がいいのではないかというよう考え方もあると思います。このようにこの元号を仮にやめるといたしました場合のその時期ということにつきましても、いろいろ考えようはあろうと思いますが、それは仮にこれを廃止するとして、代りに何を持つて来るかということになつて参りますと、大体勢のおもむくところというものは決つておるじやないかというよう感じがいたします。即ちいわゆる西歴というようなことに落着くのではないだろうか。大体この元号の問題の起りと申しますか、主眼点というものは元号そのもの存在が新憲法の下においてよろしくないということよりも、年の数え方を国際的な共通のものにするということが便利だ、これは尺貫法をやめてメートルにするというようなことよりも、もつと大きな一つの広い利益を持つておるんだというようなことが、恐らく主な観点であろうと思いますからして、そういう角度から申しますれば、いわゆる西暦ということに落ち着かざるを得ないのではないかと私は考えます。ただこのいわゆる西歴を採りますにつきましては、それが沿革的にキリスト教に結び付いておるというのではないかというようなことから、新憲法の政教の分離の原則、或いは信教の自由の原則見地からどうであろうかというような一応の懸念は起ることと思います。思いますけれども、これは例えば現在新給與法でありますとか、銀行法などで日曜日を休むということに決つておるわけであります。この日曜日を休むということは私はよく知りませんけれども、旧約聖書なんかにやはり手掛りがある、宗教的な色彩がないでもないように聞いております。そういうようなことと合せ考えればそう大して気にすべきことはないのではなかろうか。現在の西暦そのものでは宗教などということよりも、もつと超越した世界的な特徴、年を迎えるための符牒というよう存在として通用しておるものと思われますから、その点から見てもそれ程深い心配をする必要はないのではないかというように考えます。  最初申しましたように、ちよつと私の心の用意が皆様方の御要求と違つてつたかと思いますが、一応以上のようなことを申上げます。
  12. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 有難うございました。次に天文台長萩原雄和君はお差支のために御出席いたしてありません。わざわざ書面によつて意見を提出されました、調査員の方で一つ書面内容朗読を願います。    〔吉田調査員朗読〕   新憲法制定後、「元号」に関して御問合せに接しましたが委員会へは欠席いたしますので私見を申上げます。   一、「元号」は天文学的には関連がありませんから、政治的、社会的の方面から御考慮下さつてよろしい。   勿論天皇の一代において天災地変の際、改元の事があつた由ですが、これは天文学的には根拠がありません。   二、一世一元制度廃止後は現行暦の年と一致せしむる事。   昭和二十五年二月二十七日      東京天文台長 萩原雄祐
  13. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 次に統計委員会委員長大内兵衛君は遅刻されますのでお見えになつてから御意見を伺うことにいたしまして、外務省調査局長與謝野秀君。
  14. 與謝野秀

    参考人與謝野秀君) 私も先程佐藤長官の言われました通りに、お招きを受けまして考えましたことと少し心構えが異なつたような気がいたしますが、最初に先ず皆さんの方ですでに御調査になつたと思うのでありますが、諸外国では一体どういうふうになつておるかということを簡単に御参考までに申上げたいと思うのであります。  大体キリスト教国である文明諸国においては西暦採用いたしておりますことは申すまでもないのでありますが、この西暦もいわゆるキリストの誕生という点から申しますと、多少ずれがあるという説もあるのでありますが、それが特に質されることもなくそのまま用いられておりますのは、恐らく慣行上の便宜という点からではないかと思うのであります。ソビエト・ロシヤにおきましては革命キリスト暦は何ら問題とならずにそのまま採用されておるのでありまして、ただ紀元前何年というよう言葉に英語で言えばBC、後はADという符牒がございます。これがキリスト降誕前何年というのが、キリスト紀元前何年というふうに変えられて行くというところに差があるだけでございます。又マホメット諸国におきましてはそれぞれ国によつてニュアンスに違いがあるのでございます。大体回教暦というのと西暦というものを併用しておるのであります。ただ回教暦の方が公の場合には不可欠になつておる。トルコ、エヂプトでは同時に使われておりますが、新聞等回教暦を使つております。シリヤ、ペルシヤ等は大体西暦を用いております。ペルシヤは独自の年を日常生活にも用いられておりますが、日常生活では回教暦を用いております。タイ、カンボジア等仏教諸国仏教暦を用いて公文書等には西洋暦を用いられておられるのであります。又中国国民政府統治下民国何年という唱え方をしておつたのでありますが、今般成立した中国政府では公元何年という言葉を用いて西暦採用いたしております。又ナチスのドイツではそのままキリスト暦を用いておつたのでありますが、ファッシストイタリアでは、特にファッショ暦というものを用いまして西暦と併用しておつたのであります。私が申すまでもなくフランス革命時代に、フランスでは一時革命暦を用い余り長く続かなかつた例もあります。又現在の大韓民国では詳しいことはよく分らないのでありますが、檀紀何年、この紀元は私はまだ詳しく調べるひまがなかつたのであります。槽紀四千何百年ということになつておるので西暦よりも古い暦を用いておるようであります。  外国ではこういう例がありますけれでも日本ではどうかと申しますと、先程佐藤長官が述べられましたようにこの一世一元制度廃止という問題の裏には、西暦採用ということが表裏一体をなして考えられるのではないかと私は思うのでありまして、それ前提としてでなければ少し議論が立てにくいのであります。つまり一世一元制度採用されました明治制度というものは、過去の制度に比べますならば一大進歩、一大合理化されたものであつたろうと思うのでありまして、過去の時代におきましては社会の出来事によつて或いは和銅であるとか或いは養老だとか、そういうことで急に年号が改められた例は沢山あつたと思うのであります。例えば今で申せばアトミツク・エイジ第四年目、こういうのが昔の一世一元でない場合には当然あり得たと思うのでありまして、この場合一世一元制度はどうだと聞かれますならば、それは一つ合理化進歩であつたろうと思うのであります。先程から申されておりますよう日本は国際的の立場に立つております際に、やはり西暦というものを採用して参ることが、国際関係の上から見まして我々にとつて非常に便利であろう、従つて西暦採用ということは私は個人として大賛成なのでありますが、同時に日本の現在あります元号廃止するかどうかということにつきましては、諸般の事情から愼重検討して或る場合には当分併用するという制度をとる場合もよかろうし、或る場合にはさつさとこれを廃止してしまうということも必要だと思うのであります。直ぐ簡單に右から左に片付けなければならない程の重要問題とは私は考えておらないのであります。   尚外務省に働いております者の立場から、従来外交上の條約締結等の際にどうであつたかと申しまするならば、むしろ西暦一本であつたならば非常に便利であつたという場合も多かつたのであります。私もその締結の交渉などに携わつたことがあるのでありますが、相手の国に特別の暦がある場合には、日本は一歩も譲らず必ず昭和という字を入れろ、この昭和という字を入れるのに非常に肩身の狭い思いをしたこともないでもない。又三国同盟というような條約におきましては、イタリアがフアッシヨの暦を入れる、日本日本元号を入れるというようなことで、非常に体裁の悪いようなこともあつたようでありまして、消極的に元号廃止しても将来條約その他の点においては不便はなかろうと、こう考えておるのであります。御諮問の答にそのままならないかと思うのでありますが、一応私の意見を述べさして頂きました。
  15. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 有難うございました。次に教育刷新委員会委員安藤正次君にお願いします。
  16. 安藤正次

    参考人安藤正次君) 私は結論におきましては元号廃止賛成のものでありますが、私個人意見を申述べますに当りまして一言御了承を得て置きたいことがあります。私のお呼び出しにあずかりましたのは教育刷新委員会委員としてのことと存じますが、教育刷新委員会におきましてはこの問題につきまして会の性質上、会としてのまとまつた意見を持つては参りませんで、以下私の申述べますことは要するに私個人意見に止りますから、この点あらかじめ御了承をお願い申上げて置きたいと存じます。  それから私が個人といたしましては、元号廃止賛成であると申しますことは、この元号というものの性質に関する私の理解が根抵になつておりますから、一言申上げて置きたいと存じますが、我々東洋人といたしましては過去の教育の上におきましていろいろこういう問題に触れることを教わつて来ておるのであります。これが我々の感情を相当支配しておることと考えます。外の国の年号を使うとか外の国の年の計算の方法を採用するというようなことは、如何にもよその国の政策を奉ずるというようなことと一つになり勝ちであります。よその国の政策を奉じその国の紀年法を採用するということは如何にも我が国の独立性を傷つけるようなものであるかのごとく感じられますので、そういう感じ、国民的感情とも申すべきものを基準にして考えますと、元号廃止ということはよほどむずかしいことになつて参りますが、私の考えておりますところで元号というものは一つの紀年法であると考えております。年歴を計算する一つの方法である、こういうふうに考えますると、そういうふうな国民的感情というような趣きが可なり軽減されて来るのではないかと存じます。明治の初におきまして一世一元のことが決定されました場合にも、一つの問題になつたようにも伺つておりますが、御承知ように昔におきましては或いは辛酉革命説、甲子革命説などの影響も受けまして、いわゆる推移の方面から辛酉に当る年、或いは甲子に当る年には元号を改めるというようなことが專ら行われまして、或る天皇の御世には五年の間に七度も改元のことが行われたというような実例もあるのであります。こういうふうに常に或る一つ考え方から元号がしばしば改訂されるというようなことが若し将来において継続されるといたしますると、国民が紀年法の複雑なるのに非常に困惑することにも相成る次第でございます。将来におきましてはそういうふうな革命説や革命説の影響を受けてしばしば元号が変化されるということは恐らくあり得ないかと存じますけれども、今までの歴史的の事実を考えて見ますと必ずしもそのことは保し得ないと存じます。先程申上げましたよう元号というものは一つの紀年の法式であると考えますと、この際におきまして成るべく国民の精神生活の上において多くの便宜を持つ簡明な紀年法を持つということが恐らく望ましいことではないかと考えられますので、先程も申上げましたように、私個人といたしましてはこの元号廃止について賛成意見を持つものでございます。
  17. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 有難うございました。これでもつて大内兵衛君を除くの外各専門の方々なり且つ官庁方面の代表の方々の御意見を伺うことを終了いたしました。只今までの御発言がありましたところにつきまして委員の方うから御質問がございませんでしようか。
  18. 山本勇造

    ○山本勇造君 この元号廃止するとか廃止せんとかいう前に、一体日本の現在の法律年号規定がどうなつておるかということは真先に僕はこの委員会が知り同時に又国民が知らなければいかんと思うのです。その意味宮内庁の林さんとそれから意見長官の佐藤さんのお二人にお尋ねしたいと思うのでありますが、現在の新憲法の中には年号に対する規定が明瞭になつていないと思うのです。又先程お話がありました通り皇室典範の新らしい方にはそれが全然なくなつている。そういうことでありますると林さんにお伺いしたいのですが、大変仮定の場合で恐縮でありまするけれども、万一陛下が御退位になるとか或いは御崩御になるとかいうような場合のときに、現在のままであつたら例えば宮内庁としてはどういう御処置をお取りになりますか。それについてちよつとお伺いしたいと思います。
  19. 林敬三

    参考人林敬三君) それは仮定のことでございますが非常にむずかしいことでございます。先程佐藤達夫さんがおつしやいましたように、法制的にはそのときにどうするかという措置について書かれたものは何もないということになると思います。結局それまでに何かこう法制的措置を国でこれは講じて頂かなければならないものと思うのでございます。あと佐藤さんからでも附け足して頂きたいと思います。
  20. 山本勇造

    ○山本勇造君 同時に今のような問題ですね。佐藤さんのお立場からさつきの中にもちよつと触れていたとも思いますけれども、やつぱりはつきりさしておく意味で、現在のままであつたときに前のような問題が起つたらどうするかというようなことは、どうも現在のままでは法に不備がありはしないかと私考えられますので、その点について意見長官の御意見を……。
  21. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) 政府の意見として私まとめて出て参つておるわけではございませんからこの場での私の考えでございます、そのつもりでお聴取り願いたいと思います。先程もちよつと解れましたように、現在の元号の法的根拠というものについては、いろいろな考え方が実はあろうと思つて私自身迷つておるのであります。例えば明治元年に布告が出ておりますが、その布告は何らかの意味を持つて、まだ現在の元号のよりどころのよう意味を持つておるのではないかというような考えもありましようし、或いは現在の元号が富士山の名前のようなものであつて、事実上皆がそれを使つておるだけだというような考えもございましようし、これは実は私自身が迷つておるわけでございます。仮に一番法律的に手掛りを求めて、前の明治元年の太政官布告が仮にある形で生き残つておるといたしましても、それはいろいろな観点から見まして、法律的にこうせよとか、或いは又現在例えばこの昭和という元号に従えとか、或いは先程も触れましたように将来皇位の継承があつた場合に、必ず新らしい元号が出て行かねばならぬというところまでの力を持つて生き延びておるというところまでは、どうも言い切れないのじやないかという気持がいたすのであります。従いまして先程のようなことで結局仮にこのままで推移した場合に、新らしい皇位の継承があつて而もそのときに又新たな元号を設けねばならんということであれば、どうしてもそこに実際上の問題かも知れませんが、法的措置というものが必要になるんではないかというふうに考えております力、
  22. 山本勇造

    ○山本勇造君 もう一つお尋ねいたしますが、新憲法制定されまするときに憲法の中にもこのことがはつきりしておりませんようですが、併しながら日本にとつては大事な問題なのでありまするが、憲法になくてもそれならばこういうふうに行くんだというようなことは、当時として何かお考がありましたか、ありませんでしたか、その点も一つつておきたいと思います。
  23. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) これは私の経験でございますが、当時皇室典範を新たに起草をいたしまする時に必然的にその問題はあつたわけであります。で、我々事務当局といたしましては、元号というものを新たな憲法の下で法制化するならば、これは皇室典範の中に入れるべき事項でないだろうかということは一応の結論に達しました。その外にそれでは別建ての法律として何か必要ではないかということで、これは極く事務的のことでありますけれども、一応それを考えたことはございました。併し結果においては法制化されなかつたわけであります。御承知よう皇室典範が当時の帝国議会に御審議に付せられたときに、いろいろその点について御質問があつたわけであります。政府としては皇室典範に書くべき事項ではないから、新らしい皇室典範には入れなかつた、別途の法制措置は今日の問題としてでなしに、尚ずつと今後いろいろな観点から考えて行こうというような答をしておることを覚えております。
  24. 山本勇造

    ○山本勇造君 重ねてお問いいたしますが、そうしますと今の年号の問題につきましては、今のままであると法に不備な点があると、従つて立法府でそういうことが分つて来たとすれば立法する必要があると思うのですが、それはどういうふうな立法をするかは暫く別として、とにかくそういう点に不備があるということはお認めになりますか。
  25. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) はつきり表から書いた法律とか法制が今ないという意味では、これは不備だということになろうと思います。ただ現在我々が用いておるこの昭和元号というものが、政府や国家機関の單なる気まぐれ或はわがままと申しますか、慈意によつてこれが使われておるものではないという意味においては、そこに何らかの合理性と申しますか、正当性と申しますか、これはあると思います。
  26. 山本勇造

    ○山本勇造君 もう一つ聞いてもよろしうございますか…、それではもう一つ年号は支那から来たもので、そうして日本としては大化というのが年号の最初というふうに伺つておりますが、そうして多少の断続があつて大宝というのがありそれからずつと継続して来た、それからその年号に載つておらないもので私年号というものがありまして、この中には無論僞のもありまするけれども確実のものといたしましては、法隆寺の釈迦像の光背の銘の中にあるものや、或は道後の温泉の碑文等に法興という年号が明らかにあるんですな、それから又美術の上で白鳳というようなことを頻りに申しております。併しながらこの日本の公の年号の中には入つておらない。それから又南北朝というような場合のときに、南朝の天子も年号がある。北朝方も又年号があるというふうなことから言いますと、年号というものが皇室と非常に深い関係を持つておる。私の年号の場合は、皇室と関係がないためにそれはいわゆる日本の公の年号の中に入つておらない。ところが皇室でお建てになつた年号というものはこれは公のものである。そうして而も若し二つの朝廷でできたという場合には両方の朝廷で使うというふうでありました。年号というものと皇室というものは今までのところ離れ難いものだと思いますが、そうなのでありますと、こういう場合が皇室と離し難いというときに、今度の新憲法から主権が国民にあるという建前からしますると、その点どういうふうになりますか。今言つたよう年号が皇室と非常に関係がある、主権と関係があると思われるのですが、そういう点あなた方の方ではどういうふうに御解釈になりますかお伺いいたしたいと思います。
  27. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) まあ主権と関係は本質的な結び付きがあるということになりますれば、今使つております元号そのもの憲法違反とか何とかいう問題になるわけであります。当時私共が、私共というのは個人で、別に議論したわけではありませんが、頭に思つておりましたのは、元号というものは、天皇主権と申しますか、統治の権力というものと必然的に結び付いておるといえるのであるかどうか一概に言えないんじやないか。例えば卑俗なことで恐縮でありますけれども、幕府があつて殆んど実際の政治権力は幕府が持つてつたような頃からやはりあつたんじやないかというような気持も当時ありまして、要するに天皇の御在世というものとの結び付きは、これはあると思いますけれども、主権とか統治の権力というものと必然的に結び付いて初めて元号という観念があるのだとは言い切れないように思います。
  28. 左藤義詮

    ○左藤義詮君 佐藤さんに、西暦というものはキリスト教に非常に関係がる、これが憲法の政教分離と衝突しないだろうか、衝突しないのだという例に日曜というものをすでに使つておるということを御援用になつたんですが、日曜というものがあるのだから言まさか変らないというような御意見でもありますが、もう少しそこに憲法には全然抵触しないというふうのはつきりした根拠をお持ちになつておりますかどうかお伺いしたい。
  29. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) 日曜日自身についての本質的性格というものは、私自信を持つておりませんために実はただついでに申上げただけで、果たしてそうかどうかもそれは私は存じませんけれども、先程も触れましたように、西暦というものの起りは確かにキリスト関係に結び付けられておるということは言えましようけれども、もうすでにこの現在の段階におきましては、そういうことはもう單純なる起りである、その生じたきつかけということだけであつて、要するに年を数える一つの手段而も割合に世界の多数の国々に共通に使われておる手段ということで、宗教というようなものとはもう線が切れてしまつたのではないかというふうな気持で申上げたわけであります。
  30. 左藤義詮

    ○左藤義詮君 その切れてしまつたというところは、そういうふうの感じがなさるということであつて、それは別に憲法の何とかそういう深い根拠はお持ちにならないのですか。
  31. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) 結局その事柄についての認識の問題でございますから感じと正直に申上げた方がよろしいかも知れません。
  32. 左藤義詮

    ○左藤義詮君 與謝野さんに、今仏国或いは回教国においては必ずしも西暦を用いてない、併用或いは單独の暦を用いておるというお話を伺つたのありますが、そういうふうに別の暦を用いておりますそれぞれの国の理由は、どういうふうにお考えでございますか。
  33. 與謝野秀

    参考人與謝野秀君) それも私は自信を以てお答えする材料を今日用意しておらないのでありますが、これらの国々におきまして、過去において宗教上の争いというものが深刻であつた歴史を考えますならば、回教国はやはりキリスト教国年号をそのまま採択することを好まずに今日まで及んで来たり、又これらの国々がどちらかと申しますと後進国として至つております」ために、先進文明国の仲間入をするとう必要も特に感じなかつたのだろう、伝統的にそのまま習慣となつて使つて来たのだ、そういうふうに考えておりますが、これ以上詳しい材料を私持つておりません。
  34. 左藤義詮

    ○左藤義詮君 さつきの例の中にパキスタンはなかつたと思いますが、パキスタンは今どういうふうになつておりますか。
  35. 與謝野秀

    参考人與謝野秀君) さつき申しました例は実は今日は私個人のメモとして自分が調べて来たようなわけでありまして、詳しい調査をこの委員会の方に又差出しますときには、各国の例を洩れなく御参考に供したいと思います。パキスタンの例につきましては私残念ながら持つてつておりません。
  36. 梅原眞隆

    ○梅原眞隆君 ちよつと佐藤さんに一つお伺いをいたしたい。今山本さんの問われた意味でほぼ盡きておるような気もするのでありますが、どうもはつきり私は御意見を掴みとれなかつたので重複するか知れませんがちよつとお伺いしたい。この憲法を今度改正なさることに当りまして、年号のことは皇室令によるべきものではないというふうに考えて取り除いたというふうにお話になりましたね。そういうふうに聞いていいですか。そこでその次に山本君の質問にあつたと思うが、天皇と縁を切つたということは主権と豫を切つたというのかどうか、これに対しては必ずしもそうでないだろう、こういうお考えのようであります。その点を多少はつきりと一つ了解さして貰いたいのだが、この憲法改正になつて主権在民になつたということは言うまでもない。それに沿うて作られたことは言うまでもないが、天皇は国家の象徴としての一つの地位を持つているということも私、憲法で認識しておるのであります。その場合に皇室令に元号という問題を天皇から縁を切る、当然自明の理のようにあなたがおつしやつたようであるが、私にはその自明の理由を考えられない点があるので、何故天皇の皇室令の中に元号というものを規定するという項目を取除けたのか、という理論を一遍はつきり聞かして貰いたい。そこでそれが同時に、先程主権者でないことは言うまでもないのだが、象徴としては天皇が存立しておるのである。その国家の象徴としての存立しておる天皇によつて元号を決めるということも、何も考え得ないものではないのである。そこで天皇の地位が違つたから主権がなくなつたということは、議論の余地のないことであるのだが、主権がなくなると同時に元号規定するということの規定を当然なくすべきものだというふうに言つたのはどういう理由なのか、その私は理由を一遍聞かして貰いたい。
  37. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) 大体お尋ねの趣旨を分つたつもりでお答えいたしますが、後の分から先に申上げたいと存じます。私が先程申上げましたところをもう一度繰返してみますと、私の考えでは、元号というものは、天皇の主権とか天皇が統治権力をお持ちになつておるということと結び付いて初めて元号というものが成立つので、天皇がそういうものを、お持ちになつておらない場合においては、もう元号というものは成立たないのじやないかということは言切れないと思う。即ち只今お話にもありましたように、結局天皇との結び付きということは否定できませんけれども、その天皇が主権をお持ちになつていなくても、例えば今お話の出た、憲法において国及び国民統合の象徴ということで、天皇がちやんと憲法で認められておる。又皇位の継承ということも憲法で認められておる。従つてその天皇の御在世を一つのけじめとして年を数えるという意味での元号というものは、考え得る事柄ではないかというふうに私は申上げたわけです。それでお分りになつたと思います。
  38. 梅原眞隆

    ○梅原眞隆君 それは分りました。
  39. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) それから前の方の、皇室典範そのものの中になぜ入れなかつたかというお話でありますが、これは昔の皇室典範の中にはいろいろ純粋に皇室の内部のこと以外のことも実は入つてつて、学者辺りからは、これは皇室典範規定するよりも、もつと憲法そのものなり、或いは外のもので規定して然るべきではないかということが当時から言われておつたわけです。この元号の問題というものも、皇室御一家でお使いになる年の数え方ということならばこれは別でありますけれども、大体元号という今までの常識からいつて、政府も、できれば一般の国民も、一応それをよりどころにするというものであるならば、純粋の皇室関係のことを今度は新たに規定ようとしておる皇室典範からは除けた方がよいだろうということであつたのであります。
  40. 梅原眞隆

    ○梅原眞隆君 ちよつと佐藤さんにもう少しお伺いいたします。それでその問題は一応分りましたが、その次にこれは山本さんの方にお答えになつたようですがはつきり分らなかつたのですが、つまり元号に関する規定、立法はこれは当然なくてはならんと思う。併し今までの経過事実の上に、これは今までいろいろな事情でまだできておらない、こういうのであるのか。どこかに規定すべきものであるのだが、事情がこういう動乱期だから手がそこまで届いておらんとそういう意味なのか。いや別にこの規定は必要はないのだ、こういうお考えであるのか。法制局の方ではどういう御意見を持つておりますか、伺いたい。
  41. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) それは先程も申しましたように、私の考えではありますけれども、大体態度を決める締切りというものは、現在の天皇の御一代が終るという時が最後の締切りではないかという気持があるわけです。その間今日の昭和という元号をずつと使われて行くわけです。それに関して昭和元号の裏付の立法というものを一日も早くしなければならんというところまでの必然的の要請はない。併し大体現在の天皇の、先程申しましたように御一代の終り頃には何らか立法問題が起るという事実だけを並べて申上げるわけであります。
  42. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 只今統計委員会委員長の大内兵衛君がお見えになりましたので、御意見なり又その他この問題につきましての御知識をお述べ頂きたいと思います。
  43. 大内兵衞

    参考人(大内兵衞君) 御指名によりまして、日本国民が年を数えるのに元号即ち明治とか、大正とか、昭和とかによるのがいいか、そうでなくで例えば西暦によるのがよいかという問題につきまして、私の考えは元号を用うるのはよくない、西暦によるべきである、こういうのであります。その理由を、社会に関する学者即ち広い意味における歴史家の一人といたしまして、又特に政府の作る統計についての改善に関する委員会委員長といたしまして申上げます。  御承知ように、統計はあらゆる自然現象特に社会現象、詳しく申しますと人口、地理或いは商工業、農業、交通、財政、金融、教育、犯罪、疾病そういつたようなことを、すべて社会に起るすべてのことを数字を以て現わすというのが使命であります。その数字を以て現わすというのはただ現わすだけではなくして、その数字相互の或る関係の間に存する原理を知るということが目的であります。この原理を知りますと社会はこういうふうに動いている、こういう実情にあるということがはつきりと分るわけでありまして、それが即ち統計が政治なり政策なりの基礎になるということになつております。で、このことはつまり言換えればこういうことであります。あらゆる社会事象は時の経過とそれから場所の上にありますけれども、場所の上を一つにしてしまうというと、すべての事柄が分らなくなる。併しながら時の経過というものを一つの公分母としてあらゆることを現わして見ると、その間昔と今とにこういうことがあつたということの中に一つの連絡があるということで、つまり公分母ということが統計がよつて立つ理論であります。そこでつまり公分母というのが非常に必要なわけである。それはつまり時間の関係が公分母になつております。そこでその時間の関係世界一つであります。このことは決して偶然ではないので、太陽が一つであり地球が一つでもあるということと必然に関係しておるので、一週といい或いは一ヶ月といい或いは一年といい、これはすべて世界共通の單位である、一目瞭然とあらゆる事柄を現わすことができる。そこで初めてこの統計というものが、あらゆる地球上の場所の関係において異なつたる事項を、一つの問題として一つの原理の中に集約するということになるのであります。従つて統計がうまく行くか行かないかということは、一つのこの世界一つの單位とにそれを持つて行き得るかどうかということによつて決まるのであります。ところがこの目的のために元号で現わすのと世界一つの暦で現わすのとは大変な違いが生ずるのであります。というのは、元号で現わすというとどうしても百年の期間を三つとか四つとかに分けなければならないということが必然的に起るのみならず、その一年の中で或いは一つ或いは二つの区切りができるということが必然なんであります。そうすると、例えば百年間に起つた事実を一つ知ろうと思えば、必ず元号で現わした場合には数回の寄算をしなければ、たつた一つのことを我々の頭の中に画くということはできない、これがつまり統計を手掛けるオペレーションの上において、大変な手数になるのであります。それはつまりちよつとした統計上の仕事をいたしますのでも、使う数字は一つや二つではなくして何百何千という数字を使うのでありますから、その一つ一つについて二つなり三つなりの寄算をするということになりますと、大変に不便な非常に手数がかかるということになるのであります。これがつまり国民全体その国の人々が、統計的であるかないかということについて重大な関係を持つのであります。その国の国民が統計的であるかないかということが、即ちその国の政治及び政策が科学的であるか非科学的であるかということに、実に重大なる関係を持つのであります。  この一番簡単な例は、もうたびたび皆さんも頭の中にお画きになり、ここでも話に出ておることだろうと思いますが、例えば小学校、中学校の生徒さんが歴史を覚える、單に覚えるのみならず西洋と比較するという上における不便であります。これはつまり誰でも知つておる例でありますけれども、日本子供が西洋の事実と日本の事実と、或いは日本の事実と中華民国の事実とを連絡して、どうしても覚えにくいのみならず、覚えるのに大変な年間がかかるというのがその具体的な例であります。これは小学校、中学校の歴史を覚えるとか覚えないとかという問題でありますけれども、このことはたまたまそういう子供の問題についてそうなるのでありますけれども、我々は社会で学問をしておる、それをことに統計によつて数学的に操作して、その操作の中から一つの理屈を見付けようとする者にとりましては、その小学生の困難が数百、数千どころではなく、数万、数十万の数字の中に常に起つてくるのであります。一つの統計書を御覧下さいましても、その含んでおる数字は例えば統計年鑑のようなものでありましても数万に上つておるのであります。その一つ一つ必ず西洋やアメリカの諸国の一つ一つに該当するのであります。そうして又それが何百年前の或いは何十年前の事実に該当するのであります。その比較というものがつまり統計を生かす一つの方法であり、生かす理由なのでありますが、それが今申上げるよう元号で示されておるとしますと、二回三回の寄算引算をした上でなければ頭の中に画けないということになりますと、どうしても日本人の考えが抽象的になり、そうして具体的事実に関するしつかりとした基礎に立つということには、西洋人に比較しましては大変な困難を覚えるということになるのであります。  それを尚具体的に申しますというと、世界の大きな国では皆人口調査をやつております。日本ではこれを国勢調査と言います。併し人口のみならずいろいろなことについて、特に今年は一九五〇年というので農業センサスということもやりますし、又工業センサスということもやりますし、ここで申上げて置きますけれども今年の十月一日には日本の人口センサスもやるわけであります。一九五〇年は世界の統計のセンサスのコンファレンスが行われるわけでありまして、つまり今年日本がそれに成功するかどうかということは大変な世界の成績に関するわけでありますが、そのセンサスなるものは世界中どこでも五年十年という期限でやつておるわけであります。日本では大正九年に始まりまして昭和五年、昭和十五年、昭和二十五年というふうに行われるのでありますが、それが西洋では一九三〇年、四〇年、五〇年というふうに行われております。そうしますと、日本でつまり大正九年のセンサス人口調査の結果と今日と比べてどのくらいの差があるかということを勘定いたしますのには、どうしても大正昭和と数えなければならない。それが三十年前であるということは直ちには分らないのでありますが西洋の統計書を見ますと一九二〇年、三〇年、四〇年というふうに並んでおりますから直ぐに分るわけであります。そういうふうにしてつまり世界的なセンサスというものが、世界の約束によりましてやはり〇のついたとき五のついたときにやることに決まつて、事実日本もやつておるわけでありますが、たまたま大正とか昭和ということがついておりますからうまく行かない。殊に五と〇とがそれにうまく合わないということになりますと、勘定の上に非常な手間がかかることになるのであります。そこで近頃の統計書は日本でも皆大正何年、昭和何年と書く以外に、千九百何年ということを印刷するようになつて参りました。併しこのことは便宜方法としてやつておるようなわけありますけれども、大変な手間であります。統計書が一欄だけ殖えるということになるので、そんなことは何でもないとあなた方はお考えになるかも知れませんけれども、あの厖大な政府の統計出版物全部にそれを付けるか付けないかということは大変な違いでありまして、併しそれを付けていないというと西洋人は勿論のこと、日本人でも直ぐ頭に来ないということになるので、そういう意味におきまして、どうしても統計の上から参りますと元号なしに統計ができるように、即ち国民が元号なしに年を記憶しておるようにして頂きたいのであります。この前に統計を、それは使う方のことを一つ一つ申しましたけれども、作る方はどうかと申しますと、これもすべての人が一つ元号で記憶いたしておりますというと、例えば自分の生年月日、親の生年月日をそれで記憶いたしておりますというと、統計を作る方では大変便利なのであります。と申しますのは、つまり国勢調査に見ましてもそのまま直ぐ書き入れればいいということになりますが、それが二つ三つになつておりますと何歳は幾つである、いつの年に当るということを勘定するのは大変都合が悪いのであります。どうかその点につきましても統計を作る者及び利用する者の便宜のために、他に非常な差支がないならば是非とも元号廃止して太陽暦によつて一つの方針を、年を数えるという方向に決めて頂きたい、そう思うのであります。最後に一言、私のこれは統計委員長としての私見でなくして普通の市民としての考えを一応申しますが、この元号というのは私のかんがえではやはり天皇制と共にあるものであつて、非常に密接な関係を持つておると思います。特にこの天皇制につきまして、天皇が国民を率上の濱王土に非ざるなし、或いはすべての国民は天皇の御宝であるというようなそういう時代、そういう観念で作られておる社会制度の下においては是非必要であろうと思いますが、それはつまり天皇の御即位がすべての国民の生活の全部であるということを意味するという意味において、是非必要であろうと思いますが、今日は必ずしもそうでないと思います。つまり今日は天皇は国家の象徴でありますが、併しその象徴であるという意味は、申すまでもなく国民と共に、国民の中にお在りになるということになつております。そうするというと、つまり国民自身にはそれぞれ自分の生活がある、従つてそれぞれの生活の記録はそれぞれに保つていいということになるのであつて、必ずしも天皇の御の御即位を以て自分の生活が始まつたというふうに自分の日記をつけなくてもいいということになるのでありまして、そうではなくてむしろ世界の一人として他との関係において、一番便利な日誌のつけ方をすればいいということになるのだと思うのであります。若しこの天皇が御自身の年齢を標準にしてそしてこれに対して国民がすべてそれに従つて、自分達の日誌をつけなければならん、自分達の記録を作らなければならんというのは、それは私は民主主義でない、或いは人間天皇主義に反する、そう思うのであります。そういうことに今の制度はなつていないと思うし、又そういうことをすること自体は余り適当でないと思うのであります。そういうことは欠いたからといつて決して天皇に対する我々の親愛の情をどうとかこうとかいうのではなくして、そういうことに対する不便を我々が除くということが真に日本国民を民主化し、新らしい制度の下における天皇制を支持するゆえんであると、そう私個人としては考えるものであります。
  44. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 有難うございました。大内君の御陳述を含めまして先程からの質疑を継続いたします。どうぞ。
  45. 與謝野秀

    参考人與謝野秀君) 先程佐藤さんの御質問がございました印度とパキスタンの件でありますが、両国とも西暦を用いております。
  46. 岩間正男

    ○岩間正男君 これは今の大内さんのお話も非常に連関が出るのですが、先程天皇制と元号は法的には根拠がないと、こういうお話でありますが、併し法的でなくても非常に国民感情、国民生活の上にはやはり深い関係があつたのじやないかと、この点佐藤さんのお話では少し不明瞭だと思う、のであります。例えば昭和の聖代とか明治の大御世とかこういうことを言つたので、これはやはり元号と非常に深い関係があると、こういうふうに考えられる節があるのですが、佐藤さんこの点については如何ですか。
  47. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) 岩間さんは芸術家であらせられますので(笑声)そういうお話になるのでありますが、これはやはり芸術的な表現でしてですね、法律的に見て昭和というものを切り離す、或いは明治というものを切り離した場合は、そのお供がついておる場合とは又違うのではないかというふうに考えます。
  48. 岩間正男

    ○岩間正男君 実は佐藤さんはそういうふうに言われますが、今の芸術家というお話は何ですが、今度は與謝野さんに関してお伺いしたいのですが、與謝野さんの先のお話では、元号と一緒に西暦を併せて書かなければならんということは、非常に肩身が狭いというお話がありましたが、肩身が狭いばかりでなくいろいろ外交官とし不便を感ぜられた点、そういうことがありましたらお伺いしたいと思います。  それからもう一つ、これもやはり今の大内さんのお話と連関いたしますが、日本人の国際的連帯性といいますか、そういうところで日常生活の中でつまり国際的な西歴を用いておるということによつてですね、同時に国際的連帯性を日常生活の中ではつきり確立して行くという便宜が出て来るのではないかというふうに思われますけれども、元号というものは日本的にだけ用いておるために、やはりそういうような眼が開けなかつたというようなこういうような面を、外交的な今までの立場からお考えになつたことがあるかどうか。こういう点についていろいろな不便を感ぜられましたことがありましたら、その点をどうぞお願いいたします。
  49. 與謝野秀

    参考人與謝野秀君) 先程申しましたことは少し言葉が足りなかつたかとも思うのであります。実は相手の国が自分の国に特殊の元号を持つてつてそれを書く場合に、日本日本の特殊の元号を持つてつたならば併せて書くということは、別に肩身が狭い筈はないではないかという考え方は当然あると思いますが、やはり條約などというものは一刻を争う場合がありまして、その場合には昭和何年がこれが千九百何年にコレスポンドするのだということを相手方に納得させる場合に非常に困つたような例がないではなかつたのであります。過去におきましては多数の一般條約は勿論その他の條約におきましても勿論西暦だけを用いた場合もあつたのでありますが、特に昭和になりましてから後に一種のナショナリズムから、日本元号というものを承知させることが、国威の発揚であるというように考えられた傾向が私は確かにあつたように感ずるのであります。尚私が過去二十数年の外交官吏としての生活上不便を感じたという点は、まあ多々あるのでありますが、これも先程大内先生がおつしやつたように、統計等の問題と同じようなことがいろいろの面で繰返されるのでありまして、我々は常に何年何月に何事が起つたかということを考えるのでありますが、昭和六年は一九三一年なり、昭和二十年は一九四五年なりというところに目標の石を始終頭の中に植えつけて置かないと、そのことがすつと出て来ない、始終相手方と応酬の場合にも困るのでありまして、私は外交史などの意見を出されるのでありますが、常に明治何年は西暦何年なりという目標の石が頭の中に十ぐらい植わつておるから初めて人と応対ができるのでありまして、こういう点に多々不便を感じておるわけであります。
  50. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 他に御発言はありませんか。
  51. 山本勇造

    ○山本勇造君 天文台の萩原さんが御出席になれないようでありますが、代理の方がお出で下さつておるよろでありますから…先程お読みになりましたあの言葉は、ちよつと私不明瞭な気がいたしますから、あなたではつきりさせて頂ければ都合がいいと思つてお尋ねしたいのですが……。
  52. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) お答えできますか。
  53. 山本勇造

    ○山本勇造君 そんなむずかしい問題ではないと思います。ただこの文章がはつきりしないから、はつきりしたいと思いますが、天文台というものは元号とは関係を持たない、ただ政治的社会的な方でやるということが第一ですね。それから第二の方は、一世一元制度廃止後は元号暦の年と一致せしむることと書いてあるのですがね。この意味は、若し政治的、社会的の建前から一世一元制度廃止されたならば、この元号暦の年と一致せしむることというのは、今行われておるいわゆる西暦がいいという意味ですか。そこの所をはつきりさせておいて頂きたいと思いますが。
  54. 前山仁郎

    参考人(前山仁郎君) それは現行グレゴリオ暦のことを意味しておつたわけであります。西洋に一般に…。
  55. 山本勇造

    ○山本勇造君 いわゆる西暦ですね。
  56. 前山仁郎

    参考人(前山仁郎君) さようでございます。
  57. 山本勇造

    ○山本勇造君 分りました。
  58. 左藤義詮

    ○左藤義詮君 天文台長の代りの方がお見えになつておるというのでお尋ねしておくのですが、現存のグレゴリオ暦というものは天文学上最善のものと考えられますか。又新らしい閏年のないウイーク・デーとも合うたいろいろの構想がある、それに対してどういうふうにお考えになつておりますか。
  59. 前山仁郎

    参考人(前山仁郎君) 私は天文台長の代理として出席しておりますが、今の御質問には個人としてお答えいたしたいと思います。この問題は非常に重要な問題でございまして、簡単にここでお答えできないことと存じます。それは又いつかこちらの文部委員会でも多分お考えになるような大きな問題であろうと思いまして、ここでは簡単にお答えできないことを申上げておきたいと思います。
  60. 山本勇造

    ○山本勇造君 ちよつとお尋ねいたしますが、この第二の現行暦の年と一致せしむることと書いてあるのと、今の言葉とどういうことになりますか。
  61. 前山仁郎

    参考人(前山仁郎君) それは政府の方で、そういうことをお考えになるまでは現行暦の年を御採択になつて頂きたい、そういうお考えと思うのであります。改めて改暦のことが問題になりましたら又それはそのときのことと存じます。
  62. 左藤義詮

    ○左藤義詮君 これは非常に重要な問題だと思いますので、改めてお都合のいいときに天文台長のおいでを頂いて、これに対する責任のある意見一つ伺うようにお諮りを願いたいと思います。
  63. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) それでは尚学識経験者の御意見を伺うことは次の機会にございますから、お差支のない日に萩原天文台長の御出席を願つて、佐藤委員一の御質問の点につきましてお答えを願うことにいたします。どうぞそういうふうに取計らつて下さい。
  64. 堀越儀郎

    ○堀越儀郎君 大内さんにお伺いいたします。極く簡単なことで聞き損じましたのかも知れませんが、世界太陽暦ということをお使いになられましたが西暦のことですか。
  65. 大内兵衞

    参考人(大内兵衞君) そうです。尚私は暦のことを知りませんが西暦のことです。
  66. 堀越儀郎

    ○堀越儀郎君 これは一般に通用している言葉ですか。
  67. 大内兵衞

    参考人(大内兵衞君) ええそうです、太陽暦とか西洋暦ともいい…。
  68. 堀越儀郎

    ○堀越儀郎君 現在員九五〇年、太陽暦の一九五〇年ということはあり得るのですか、使われているんですか。
  69. 大内兵衞

    参考人(大内兵衞君) そうだろうと思います。
  70. 堀越儀郎

    ○堀越儀郎君 つまり西暦という言葉の代りに、そういうことを使つているんですか。
  71. 大内兵衞

    参考人(大内兵衞君) 常識です、詳しいことを知りません。
  72. 與謝野秀

    参考人與謝野秀君) 今のに関連して、ソヴイエツト革命までは旧暦を使つていましたが、革命の際に西暦採用すると同時に太陽暦を採用するという…。
  73. 堀越儀郎

    ○堀越儀郎君 世界太陽暦ということについて、一般に使われておるのか又それを使つていいのか。
  74. 與謝野秀

    参考人與謝野秀君) 現在は大体いずれも共通になつております。
  75. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 外に御発言ございませんか。
  76. 藤田芳雄

    ○藤田芳雄君 今の二の閏年に関することで佐藤さんにお伺いしますが、閏年に関する件というのが明治三十一年の勅令で出ているわけですね。これは現在法律としては生きておらないのでございますか、どうなんですか。
  77. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) これも実はむずかしい問題を含んでおりますが、私の考えでは、或る意味において生きている。或る意味と申しますのは、丁度告示と申しますか、いわゆる法律というような人を拘束するというような力のない一つの基準を示した告示、先程も当用漢字の例で申上げましたけれども、常識的に言えば大きく言つてそれに近いよう意味で、そうあつたものと思いますし、その意味で今日もあるというふうに考えております。
  78. 藤田芳雄

    ○藤田芳雄君 多分これは世界共通のとり方を出したものだと思うのでありますが、やはりこうしたものがどこかに根拠を出されなくちやならぬわけですが、いかがですか。
  79. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) こういう古い法令只今ような御疑念が起るようなものがあります。そういうものはやはり機会あるごとにはつきりした形に、新らしい形をお書き改めを願うことが望ましいことであるというように考えております。
  80. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 外に御発言ございませんか。
  81. 山本勇造

    ○山本勇造君 佐藤さん、今のは何ですか、明治元年のあのことを言つていたのですか。
  82. 佐藤達夫

    参考人佐藤達夫君) いいえ、三十一年のです。
  83. 山本勇造

    ○山本勇造君 そうですか。
  84. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 別に御発言もないようでございますから、それでに学識経験者の方々の御意見を伺うことはこの程度にいたしてよろしうございますか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕 委員長田中耕太郎君) それではちよつと御挨拶を申上げます。今日は極めて重要な元号制度の問題につきまして、各方面の権威の方々の御出席を得まして、この問題につきまして或いは判断の材料になりますところのいろいろな知識なり、又学術の御意見を承わらして頂きまして、我々この問題を愼重審議いたします上に極めて重要なる材料を得まして参考になることが少くなかつたのでございます。誠にお忙しいところをわざわざ御足労を願いましたことを重ねて厚くお礼を申上げます次第でございます。ちよつと速記を止めて下さい。    〔速記中止〕
  85. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) 速記を始めて下さい。  「元号」に関する調査につきましてはこの程度に止めまして、法案が教育職員免許法の一部を改正する法律案、その他三件ございますが今日は如何いたしましようか。
  86. 藤田芳雄

    ○藤田芳雄君 本日はこのあと重要な本会議もありますし、この程度で打切りまして如何でしよう。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  87. 田中耕太郎

    委員長田中耕太郎君) それでは御異議ないものと認めます。今日はこの程度で委員会を閉会いたします。    午後三時二十九分散会  出席者は左の通り。    委員長     田中耕太郎君    理事            若木 勝藏君            藤田 芳雄君    委員            河崎 ナツ君            河野 正夫君            岡崎 真一君            左藤 義詮君            大隈 信幸君            星   一君            梅原 眞隆君            堀越 儀郎君            三島 通陽君            山本 勇造君            岩間 正男君   事務局側    常任委員会調査    員       吉田  隆君   参考人    宮内庁次長   林  敬三君    学術会議会長  亀山 直人君    教育大学学長  柴沼  直君    法務府法制意見    長官      佐藤 達夫君    外務省調査局長 與謝野 秀君    教育刷新委員会    委員      安藤 正次君    統計委員会委員    長       大内 兵衞君    天  文  台    (編暦部勤務) 前山 仁郎君