○
吉川末次郎君
高橋委員にお尋ねもし、又いろいろ私達の希望を申述べたいと思うのであります。今日
地方行政調査会議から
高橋さんその他の方のお出でを
願つていろいろお話を伺うということは、我々
国会の
委員との間における
意見の
交換をするというようなことが、恐らくは
委員長がこの
委員会を招集された目的であるかと考えるのであります。それで
質問というよりも私の
意見を申述べましていろいろとるべきところがあれば御
参考に願いたいし、又
間違つておると思われるところがあれば御反駁を
願つて意見の
交換をしたいというようなことの動機から申上げるのであります。
只今の
高橋委員の
お話の中で、自分は
地方行政の
専門家でないからこの
委員に就任するということを御辞退したのであるが、た
つての
お話であ
つたので就任したいということのお
言葉がありましたが、実は私は
委員の一人に
高橋さんのような、
経済学史の大家であるいわゆる
高橋さんが言われる狭い
意味においての
地方行政の
専門家でないところの人がこの
委員会の
委員になられるということをむしろ非常に歓迎して、むしろそれを喜んだ一人であります。この五名の
委員の中で
高橋さんが恐らく
意味されたと思いまする
地方行政の
専門家といわれる人は、
教授においては東京
大学の
杉村教授だけくらいかと思うのでありますが、そういう狭い
意味の
地方行政の
専門家或いは
地方行政法の
専門家でない人が
委員になられることを私は非常に歓迎したのであります。と申しまするのは、今日におけるところの
日本の
地方行政の見方というものが、私見を以ていたしますれば非常に
間違つている、
基本的に再
検討しなければならないところの
段階にあると実は私は不素考えているものでありまして、実は今日まで多少そういうことに興味を持ち始めまして以来約三十年程の間、専らそういう点のことを指摘して参
つたのでありますが、
地方行政の権力の
中心である
内務省の
官僚の
諸君には多く認められなか
つたのであります。と申しますのは私の考えまするのに、大体において
日本の
地方行政というものが、
法律学としての
行政法の一部としての
地方行政、或いは
地方行政機構に関する、或いは
地方行政組織に関する項、例えば
旧来のものでありまするならば、
府県政であるとか、或いは市政、
町村政であるというような、そういう
地方自治体の
組織に関する
法律の註釈をするというようなこと、それ自身が直ちに以て
地方行政の
研究であるというように従来において考えられて来たかと思うのでありまして、例えば
大学等におきましても、
地方行政の
実体をなすところの、即ちアドミラストレーシヨンの
実体をなすところのものを特に
研究するのでなくして、
大学で
行政法というところの科目がありまして、そうしてそれをばただ
法律学的に註釈法学的な
立場から教えて行くということが、何かそれが
地方行政の
研究の全部であるかのように大体解釈されて、そういうような
法律学的教育を受けて来た者が
内務省の
役人になりまして、そうして或いは
地方自治体の
首脳役人になりまして、それで以て
地方行政の
能事畢れりとするように大体考えて、又そういうように
教育されて来た
傾向が非常にあ
つたと思うのであります。すべての
政治行政というものは
憲法が
法律的には
基本でありますから、その
憲法から離れて考えることができない。で而もそういうような
考え方においての
行政法というものは、いわゆる
公法学の、或いは
公法の一部として考えられているのであ
つて、
憲法の
基本とするところのいわゆる
公法の一部をなしている。ところが
日本の
憲法というものが、旧
憲法というものは、
明治初年以来その制定に際しましては、
伊藤公がそのために派遣されて専ら
政治的にはビスマルクを
中心とした
プロシヤの興隆に非常に憧れまして、そうして
ヨーロッパ諸国においては極めて
政治的にも経済的にも後進的であ
つた、即ち封建的な色彩が非常に強か
つたところの
国家主義的な
プロシヤの
憲法をそのまま模倣して
日本の
憲法にした。
従つて一般の
公法というものもそれと不可分のものでありますから、
基本的には
ドイツの絶対主義的な或いは君主専制的な或いは
国家至上主義的な、更に
言葉を換えて言えば神憑り的な中世紀的な思想を非常に含んだところのものが、一番多く
ドイツの
国家の
考え方或いはそれから発生するところの
憲法その他
一般の
公法の
考え方の
基本と
なつたものが、更に輪をかけたように
ドイツよりも
後進国であり、より封建的であ
つたところの
日本に輸入されて、そうして
日本の
憲法及び
行政その他
一般の
公法の
考え方の
基本にな
つて今日まで来たと思われるのであります。そういう
君主専制主義即ち極端なる
日本における神憑り的な
天皇崇拜主義、それから
国家を神格化して
国家を神様にまでゴッドファイしたような、
国家のために
生活の一切を拠つことが即ち
人間の最高の理想であるというような形の馬鹿げた、いわゆる超
国家主義的な
見解に
日本人全体が
教育されて来たのでありますが、その
基本をなしたところのものは即ち今言う
プロシヤの或いは
ドイツの
見解を輸入し、それが又
憲法の
基本になり又それを
基本とするところのいわゆる
公法、その一部としての
行政法の
中心をなして、そうしてその
見解で
日本の
政治が行われて行く。
政治が民衆の間に普遍化して行きますのは、これは結局
地方行政を通じてなのでありまするから、そういう
見解で
教育されて来たところの、
日本の
帝国大学を
中心とする
公法学者の
教育によ
つて、そうしてその
教育を受けた
人間が
内務省その他の官庁に入り、殊に
国内行政を司る、
地方行政を司るところの
内務省の
官僚の
中心にな
つて、そうして馬鹿げた超
国家主義と
天皇崇拜主義とを
国民の間に非常に普遍化して来たということが、今日の
日本をこういう悲惨なる敗戦をもたらしめたところの私は
最大の原因の
一つであると考えるのであります。そういうような誤ま
つたところの
プロシヤ的な超
国家主義的な
見解というものが、経戦後において完全に批判されて拂拭される方向に非常に積極的に順調に進んでおるかというと、私は実は十分にそのことが内省され、再批判されておらんと考えておるのであります。これが
日本の
国民生活全般の現
段階における私は大きな問題であると考えるのでありますが、特にそうした
国家行政というものは
地方行政を通じて行われるのでありまして、
国民の
日常生活の中には、そういう精神は
地方行政を通じて滲透化して行くのでありますから、
地方行政の面においても、これは極めて重大な問題であると考えるのであります。今言うように、それが十分に再批判されておらん、相変らず昔の
内務省の
官僚が、
国民を誤まらしめたところのそういう
ドイツ的或いは旧
プロシヤ的な
見解というものが深く
国民の心中に入
つて、又
地方行政の
首脳者の中にそれが滲み入
つて、再批判されていないということが、私は
最大の
日本の
地方行政が今日持
つておるところの欠陥であると考えておるのでありまして、そういう点から
一つ私は
地方行政調査会議が
日本の
地方行政の
基本的再
検討ということについて、深く思いをいたして頂きたい。そういう間
違つたことを教えて来たところの、又そういう間
違つたことが骨の髄まで滲み込んでおるところの、
高橋さんが
意味された今日までの狭い
意味においての
地方行政の
専門家ではこれはいけない、それは即ち
旧来の軍人が
学校教師になるのと同じようなことでありますから、そういう
意味において、我々は
高橋さんや、そうした狭き
意味の
地方行政の
専門家が
委員になられないことを希望いたしたのであります。
基本的にそれを再
検討して、私が申上げたことに若干の
真理性があるとお考え下さるならば、この
研究のテーマの中にも、
日本におけるところの
大学における
地方行政の
研究というものが根本的に
間違つておる、そういうことから、学問的な再
検討まですることが私は必要なのだろうと思うのであります。これは
公法全般、
憲法の
研究についても私は同様であろうと思うのであります。即ち
憲法につきましても、旧
プロシヤ憲法を
母法としたところの
憲法と全く
違つた新
憲法ができておるのに拘わらず、各
大学における
憲法の
先生というものは、相変らず昔の旧
憲法の
先生が
講義をや
つておる。四十、五十にもな
つて人間の頭の切替えなんということは、なかなかできるものではないのでありますから、ああいう
先生が
大学で相変らず新
憲法の
講義をしておるということは、ヤング・ゼネレーシヨン、これからの
日本の
国民を誤まらしめて行くことになるのでありまして、よろしくそういう
行政法或いは
憲法の古いプロフエツサーは皆一掃して、そうして新らしい人に変えて行くということが必要であると思うのでありますが、そういう
地方行政研究、
地方行政教育というようなものの問題から、先ず
基本的に
委員の
諸君が私は考えて頂くことが必要であると考えるのであります。それは詳しく申しますると長くなりますから、すべて省略いたしますが、
只今申上げたことにおいて大体御了解願えると思うのでありますが、例えば
日本の
地方行政というものは
地方制度であるというように今まで考えられて来た。即ちさつき申上げた
通りであります。それまでは、端的にこの
委員会の名称につきましても、曾て私もこの
委員会で申上げたことでありますが、それに現われておると思うのでありまして、今日我々のこの
委員会は
地方行政委員会という名にな
つておりますが、その前は、私が
岡本君の前に
委員長をいたしてお
つたのでありますが、治安及び
地方制度委員会という名称であ
つた。治安及び
地方制度委員会というものを
地方行政委員会という名に改めても、少しも
日本人は不思議とも思わないように、そういうさつき申上げたような
プロシヤ的
公法学の
研究によ
つて育成されて来ておる。
地方行政は即ちローカル・アドミニストレーシヨンなのでありますから、ローカル・アドミニストレーシヨンとそういう
地方制度ということ、
制度と
行政とは全然違うものである。ところが
制度を
研究することは即ち
法律を、或いはリーガル・システムを
研究するということである、重要なことは
行政の
実体を
研究することであるというように知らず知らずの間に
日本人は考えた。その一端を申し上げますと、そんなことも現われておると思われるのであります。これはフアンダメンタリーに
一つ地方行政委員会でそのことについて
研究して頂きたいと思うのであります。それが非常に
日本人を
地方行政を誤まらしめ、
日本国民を
地方行政を通じて敗戰の結果に陥らしめたことなのであると考えられるのであります。それが即ち今日までの
内務省の
官僚を
中心とするところの、
地方行政における
内務省官僚中心の
一つの
官僚主義を育成して来たと思うのであります。それは
ドイツの
公法学の
研究という、
ドイツのそういう
国家絶対主義的な、学問的に言うならば即ちヘーゲリアンの形而上学的な
国家論というようなものをば再批判して、そういうものを一掃する。そういうものを
基本としたところの
ドイツの国法学、或いは
ドイツの
国家学というものに対して嚴正な批判をする。
ドイツチエ・スターツレヒト・レーレというようなものが、今日までの
日本の
帝国大学を
中心としたところの
憲法学、
行政法の
基本的
見解にな
つておるのでありますから、そういうアナクロニズムな、
国民を誤まらしめる、而して今日
国民を、修憺たるところの敗北を喫して、世界の落伍国にな
つておるにも拘わらず、尚今日
日本の
憲法、及び
地方行政の
見解の上において、そうした時代錯誤的な敗戰国の
ドイツ式の考えが
基本にな
つて、それが十分に掃蕩されておらんということは、これは
教育の上から、学問
研究の上から、
地方行政調査委員会議は
基本的に
研究して頂きたいと思うのであります。
日本の
地方行政の見地が非常に
法律学的に偏して、その
行政の
実体を
研究しておらん。例えて申しますならば、
日本の官吏というものは、
大学において、註釈
法律学の
行政法の一部といたしまして
都市計画についての、
都市計画法というものを
研究して教わ
つて来るのであります。極めて薄つぺらな、そういう
法律学的な
行政法の中でそういうものを習
つて来るのでありますが、都市の
地方行政は……、即ち
地方行政の対象は都市と農村でありますが、都市
行政におきましては、
都市計画というものは極めて
基本的な、重大なるところのは極めて
基本的な、重大なるところの具体的な
行政でなければならんのでありますが、その都市
行政、
都市計画というものは、然らばどういうような見地からその
計画が樹立されなければならんか、その
計画はどういうように行われなければならんかというようなことは、これは社会学的な面からも、経済学的な面からも、いろいろそうした面から考えられて樹立さるべきことであります。そうしたことは
日本の官吏とというものは学校では教わ
つて来ないのであります。ただ
都市計画に関する
法律だけを習
つて来るのであります。そういう非常な註釈法学的な、
法律学的な偏固ね非常に偏よ
つた、間
違つたことを教わ
つて来ておる。これは英米等では、この
ドイツ学にありますような
行政法、フエルワルツングス・レヒトというものは特別にないのであります。それに
日本が何でもかんでもこの敗戰国である
プロシヤの真似をしたものでありますから、そういう間
違つたことが最近まで行われて来て、戰後においても
憲法も変り、
地方制度も変
つておる、ところが尚そういう
見解は少しも拂拭されておらんと思うのでありまして、そういう面についても
一つ再
検討をして頂きたいということをお願い申上げたいのであります。尚そういうことにも関連性があるのでありますが、当面の
地方行政機構の問題といたしまして、これは今
高橋さんが
お話になりましたところの
報告の中にも、それは取上げられておるのでありますが、この
委員会としては、いろいろ陳情等がありまして、
研究いたしておる問題として、例えばこの東京都制をどうするか、或いは五大都市に対する特別市制の制定ということが非常に運動せられておるのであるが、これをどうするかということ、東京都における旧東京市の地域にある、いわゆる特別区であります、特別区の
権限、自治権というものの拡大運動というものが起
つておるのでありますが、こういう問題等も我々も陳情は聞いておりますけれども、
高橋さんらによるところの
地方行政調査委員会議というものが、大規模なそうした
調査機関ができたのでありますから、そういうところにおいて十分
研究して貰
つて、それと相俟
つて我々の考えも進めて行きたいと考えておるのであります。そういう問題は当然に
日本の
地方行政機構におけるところの大きな問題として、たびたび今まで論議されて参りましたところの、いわゆる道州制の問題とも関連しておるのでありますが、これらも御
研究にな
つておることだろうと思いますが、先程申上げましたような
日本の
地方行政に対する
研究が
基本的に
プロシヤ主義であ
つて、或いは註釈法学的な面のみを見、偏
つたものであ
つて、非常な
間違いをしてお
つたということの上に立
つて、極めて広汎なる、遠大なるところの見識に基く
研究において、こういうものの解決を図るように努力して頂きたいと思われるのであります。でそれについて考えますることは、例えば特別市の問題でありますが、即ちこの五太都市が猛烈なる運動をいたしまして、一昨年、それはGHQの意思もあり、又片山
内閣もその意思を体しまして、それを阻止いたしたのでありますけれども、この運動は私の考えまするところでは、私の
見解の結論だけ申し上げますが、これは資本主義初期における初期的自由主義の運動であ
つた、都市の私はエゴイズムに即したところの運動であると考えるのであります。で当然に資本主義社会におきましては、都市は農村を、いわゆる農産物の鋏状価格差に基いて搾取するところの
関係に立
つておるのであります。即ち都市が農村よりもプロスペアースな富を余計集中するところの地域団体になることは当然なのでありますから、五大都市の特別市の運動の
基本をなしておりますところのものは、税金その他において五大都市が收納したところの財政力が農村地帶に流れて行くということは困る、横浜市が取
つたところの財政力を郡部地帶に廻されることは困るから、というところからその土台を成しておると考えるのであります。もう
一つは小さな都市と同じように、この二重監督になるのが困るというようなこともありますが、経済的には今のような都市の財政力が農村地帯に流れて行くことが困るということなのでありますが、これは私今言うように、資本主義初期時代における都市的エゴイズムの
見解であ
つて、
地方行政の普遍的な……、農村にも都市にもよい普遍化されたところの
地方行政が行われなければならんというところの
見解に立ちまするならば、殊にも私社会党の者でありまするから、社会党の見地からいたしますならば、
地方行政のゴールは、都市と農村との
生活を一切の
意味において、即ち経済的にも、社会的にも、文化的にも平均化して行くということが私は
地方行政の
最大の眼目でなければならんと考えておるのでありますが、そういう面からいたしまするならば、農村に都市の文化力、経済力が流れて行く。そうしてエクオーリゼーシヨンが行われて行くということが望ましいことなのであ
つて、私はそういう
見解に即しないで、極めて旧式な自由主義初期時代の
見解に即して特別市の運動が展開されておるということについては社会党の地方議員等には反省を実は私求めておるのでありますが、そういう点についての
高橋さんの御
見解はどうであるかというようなことも、この機会に承われれば承わりたいと思うのであります。
それから東京都内におけるところの特別区の運動というものも、それと共通点を持
つておるのでありまして、例えば千代田区であるとか、或いは中央区であるというようなところは、地方税收入が非常に多いのであります。で市と同じようなものにして呉れ、こういうことを言うのであります。そうするとそういう富裕区においては非常に財政力が豊かになるのでありますが、その半面におきましては、労働者、勤労大衆、無産階級というようなものが余計住んでおりまするところでは、收入が、財政力が非常に弱くなるのでありまするから、同じ東京都内の市街的な一団のコンミユニテイーの
生活をしております、即ち旧東京市の住民の間で以て、非常に
行政の凸凹を来しまして、或いは学校施設その他においても富裕区は非常に立派な学校施設を持つことができる。而も貧乏区においては極めて貧弱な学校施設しか持つことができないということになるのであ
つて、これは非常に
間違いであ
つて、又東京の都民というものは大都市の都住民として、いわゆる東京都
一つのコンミユニテイーとして共同
生活をしておるのであ
つて、夜は郊外の住宅、大田区であるとか、杉並区であるとか、世田ケ谷区のようなところに暮しておりましても、その人のビジネスの
中心は千代田区、或いは中央区であるというような……或いは中央区には非常に商店街が多い。例えば三越、高島屋のようなものがあるというので、それから来るところの事業税收入が非常に多い、即ち今度の税制が否決されましたけれども、附加価値税とか、それが非常に多くな
つて来る、附加価値税は……都税でありますが、仮に市と区が同じものになりますと固定資産税の收入が非常に多くなりますが、それは結局その区に居住しておるところの
人間のお蔭だけでなくして、東京都全体に住んでおるところの
人間のいろいろなお蔭を蒙む
つてその富裕区の財政力は豊かにな
つて来るのでありますけれども、
基本的にも、財政的に考えましても、社会的に見ましても、今日展開されておりますところの特別区の自治権拡大運動というものは非常な
間違いを私はや
つておるものであると考えるのであります。ところがそういうような誤謬に陥
つて、そのような分り易い誤謬をおかしながらもそれ程不思議に思わないというのも、これ又先程申しましたような
地方行政というものが註釈法学的に偏しておりますために
考え方が経済的、社会的に物を見ない、経済的社会的の基の上に立
つて地方行政を考えない
一つの結果であると考えられるのであります。又特別区の問題のごときも、世界の、東京に匹敵するところの大都市の例を見ましても、ロンドン、ベルリン、パリー、モスクワ、ニユーヨーク等におきましても、ロンドンだけがこれはああいう旧弊な非常にコンサーバテイブな国でありますから、これは
一つの特別市的な様相をなしておりますけれども、その他の大都市におきましてはいずれもこれは單なる
行政区に過ぎないのであります。でありますから、今日ロンドン等におきましてもそういうような各区は独立的な自治権を持
つておるということは、弊害が百出して各区の
行政の結果が非常に不平等を来し凸凹も来すのでありますから、これを
改革しなければならんというのはイギリスにおけるところの
地方行政組織上の
一つの大きな問題でありまして、殊に労働党は大
改革をしなければならないということを主張しておるのでありますから、現在の自治権の拡大運動というものは全く
間違つておると思うのであります。以上当面の問題といたしましての特別市の問題、道州制の問題、それから東京都制の問題、その一環としての特別区の自治権拡大運動等についての
高橋さんの
会議委員としての御
見解を承わることができれば承わりたいと思うのであります。
尚今日終戰後におけるところの新らしい
地方自治法を
基本といたしましたところの
地方行政の
見解につきまして、即ちこの
委員会には
事務の
配分というようなことを
研究することが非常に対象にな
つておるのでありますが、これについて
一つ私はお考えを願わなければならないと思
つておりますことは、地方分権主義の建前を
地方自治法が採
つたということは非常にいいと考えるのであります。ところがこの地方分権主義というものが、その地域的な分権が即地方分権であるというように、余りに固く考えられ過ぎておるということであります。ただこま切れのように
日本国内の地域というものをば細分して、こま切れのように切
つて行
つても、そうして細かく切
つたところのものが独立の自治権を持つ、そこに独立のローカル・ガバメントを、自治権を持つことが、即ちそれが
地方自治分権主義の実現であ
つたというように考えられ過ぎておると思うのであります。これはむしろ封建時代におけるところの中世紀的の地方分権主義でありまして、資本主義の発達と共にそうした地域
関係というものが横断的にな
つて来るのでありますから、そういう地域的な地方分権主義と相並んで、
行政にも機能的な地方分権ということについて考えられなければならんと考えるのであります。例えば
教育委員会の
制度のごときは、これは
一つの機能的分権のシステムであると考えられるのでありますが、そういう地域的分権と相並んで機能的な
行政のデイセントラリゼーシヨンというものが非常に考えられて行かなければならんと、このように私は考えるのでありますが、そういうことについて
高橋委員はどうお考えになるかということの
一つ御
見解を承
つて置きたいと思うのであります。
それから最後に、これは私は国務大臣の本多君にも個人的に実は話をいたしておることなのでありますが、
日本の
地方行政組織というものが一切の
意味において根本的な大
改革が行われなければならんわけであります。それには、地方財政の面におきましては先般シヤウプ使節団が来られまして、そうしてああいう立派な
報告書を出されて、地方財政の
改革の上において非常に大きな
政治力と
なつたと思うのでありますが、その使節団のレコメンデーシヨンの中には地方財政
組織の問題も掲げております。でありまするから、あなたが
委員におなりにな
つておるところの
地方行政調査会議のごときものもでき上
つたのでありますが、併し何と言いましてもシヤウプ使節団の目標に專ら地方財政のことのみに主眼点が置かれてお
つたと考えるのであります。ところが地方財政は
地方行政組織と不可分のものでありまするが、そうした
行政組織の面については、別にシヤウプ使節団と同様なる
政治力を持
つたミツシヨンを、アメリカのそうした
專門家によ
つて構成されて、そうして
日本に派遣して貰い、そうして先程来申しましたような、
明治初年以来
プロシヤ主義によ
つて教育されたところの
内務省の
官僚イデオロギーを
中心として支配されて来たところの
日本の
地方行政を、根本的に大
改革をするということのための適切なる批判をさせ、その
報告書を政府に提案し、
国会にも出して貰うというような運びをせられるということが、実際の
政治運営のやり方として、
一つの
政治技術として、極めてこの際
政治的に有効的なことではないかと考えられるのであります。そういう米国の使節団の派遣を要請して、そうしてそれを
政治力に利用するというようなことは、甚だ自主性を欠いたようにも考えられるという
意見もあるかと思うのでありますが、併し私は、そういうことを考慮いたしましてもこの際シヤウプ使節団と対応するところの
地方行政組織改革のための使節団を派遣して貰うということが、
地方行政調査会議がもつと、知られておるところの目的を
政治的に達成せられる上において、大きな
政治力になることができるかと考えるのでありますが、そのことにつきましての
高橋委員の御
見解等も承わることができればこの際承わりたいと考えております。尚申上げたいことが沢山あるのでありますが、非常に長くなりますから、これで私の
質問及び希望の開陳等は終ることにいたします。