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1950-02-01 第7回国会 参議院 水産委員会 第4号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十五年二月一日(水曜日)    午後一時二十三分開会   —————————————   本日の会議に付した事件漁船拿捕事件  (右件に関し証人証言あり)   —————————————
  2. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 只今から水産委員会を開会いたします。  今日まで中国の東海、韓国東南海上におきまして不当に拿捕された漁船が五十五隻に達しております。そのうち僅かに帰還されたものは七隻に過ぎません、又本年に入りましてから朝鮮東南海上におきまして不当拿捕されたものがすでに九隻に達しております。当水産委員会におきましては、二十五日に委員会を開会いたしましてこの拿捕事件を議題に供していろいろ討議の結果、本会議決議案を上程するということに相成りました。その決議案只今その筋に承認を求めておりますが、まだOKが参つておりません、OKが参り次第本会議上程の手続を取ることにいたします。本日はこの拿捕事件に関しまして証人を喚問いたしました。証人に対してちよつと御説明申上げます。只今から証言をいたします皆様に証言宣誓をやりますから御起立を願います。右の方から順次御証言を願います。    〔総員起立証人は次のように宣誓を行なつた〕    宣誓書良心従つて真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 小川 政市    宣誓書良心従つて真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人  門崎 進    宣誓書良心従つて真実を述べ、何事もかくさず、又何事もつけ加えないことを誓います。         証人  松本喜代次    宣誓書良心従つて真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人  中島 元成    宣誓書良心従つて真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人  荒井 正文
  3. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 証言を終りましたら着席を願います。証人の方は只今証言された通り何事も偽らず、ありのままの御証言を願いたいと思います。この証言を偽れば罰を受けます。三月以上十年以下の懲役に処せられますからして特に御注意いたします。但し民事訴訟法第二百八十條によりましてその証言を拒否することができる箇條があります。それを今朗読いたします。これはこの際必要ないかも知れませんが一応朗読いたします。民事訴訟法第二百八十條の内容であります。「証言カ証人ハ左ニ掲タル者ノ刑事上ノ訴追又ハ処罰招ク虞アル事項ニ関スルトキハ証人ハ証言拒ムコトヲ得証言カ此等ノ者ノ恥辱ニ帰スヘキ事項ニ関スルトキ亦同ジ  一 証人配偶者、四親等内ノ血族若ハ三親等内ノ姻族又ハ証人ト此等親族関係アリタル者  二 証人ノ後見人又ハ証人ノ後見ヲ受クル者」以上であります。これらに関しては証言を拒むことができます。それから証人に申上げますが、御発言になるときは委員長の許可を得て、自分の姓名を名乗つてから御発言を願います。これから順次証人発言をお願いたします。
  4. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 政府委員がどういう方が御出席であるか、あとで、この証言をする前に発表して貰いたいのです。それから第二にはこれは在外同胞引揚問題に関する委員会等の数次の経験によると、なかなかこれは時間通りに進行することが非常に困難である。故に予め委員長はどういうような順序でこの委員会運営するかについて一応その方針を述べて頂きたい。五人の証人の諸君が順次証言をして、それが済んでから委員質問をして行くのか、或いは一人の証人発言終つたのに対して各委員からそれぞれ質問をしてよろしいか、それらの運営の如何によつ託て非常に能率高く運営もできれば、又そうでない場合もあり得る。而して証言終つてしまつて我が水産常任委員会として、これに対するところの対策を本日の委員会において結論づけるかどうか、これらの明確なる一つ方針の下に、本委員会運営して尤も効果的にしたいと思うのでありますから、議事運営についての意見を申入れる次第であります。
  5. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 只今矢野君の質問に対してお答えいたします。本日政府委員の御出席を求めましたのは、運輸大臣それから農林大臣水産庁長官保安庁長官外務次官以下であります。水産庁長官はあいにく出張中でありまして今日見えません。
  6. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 只今出席している者を報告して頂きたい。
  7. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 只今農林次官坂本政務次官、それから運輸大臣外務次官は今直ぐ見えるそうです。それから水産庁長官代理山本次長が見えております。それから今日の議事順序証人証言を続いて五名お願いしまして、その証言が済んでから各委員からの質問をお願いいたします。質問が終了したら昨日の委員会において承認いたして貰いました陳情者、これは関係業者代表一名、地元業者代表一名、山口県県会代表一名、全日本海員組合代表一名、四名の人の陳情をお許ししてあります。その後で政府委員に対して各委員の御質問をお願いします。
  8. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 農林大臣は見えることになつておるのですか、おらんのですか。
  9. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 間もなく見えるそうです。
  10. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 只今陳情される四名の方を挙げられましたが、それ以上に陳情者のあつた場合におきましては、一つ委員会にお諮り願つて、でき得れば一人でも多い陳情者の声を聞きたいと思うのです。そうした点につきまして議事の進行を睨み合わせてお許しを頂くよう委員長から御配慮を頂きとうございます。
  11. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) これから証人証言がありますが、証言は或いは図面を見られるかも知れないが、図面を見られる場合には、ここへお出で願つても差支えない。それから出漁から拿捕前後に至るまでの経緯をお述べ願いたいと思います。小川政市証人からお願いいたします。
  12. 小川政市

    証人小川政市君) 小川政市本船昭和二十四年十二月二十一日午前十一時僚船第十二億広丸と福岡港を出港東支那海に向いました。翌二十二日午前四時大瀬崎並行針路ウエストサウス速力七・五ノツトによつて漁場に向い、二十五時間後二十三日午前零時投錨仮泊、翌六時操業開始東経百二十五度四十八分、北緯三十二度四分の地点操業をしておつたのであります。二十四日は東に曳網しつつ二百七十六区に漁場を変更しまして、一月の五月まで二百七十六区を中心として操業しておりました。同六日荒天のため操業中止、当時天候は曇りで風が非常に強くノースウエスト風力は七乃至八位の風でありました。翌七日同漁場において操業開始、八日二百七十五区に漁場を変更し、九日の午前十時三十分操業終了の上、漁具を片附け、針路イーストノースにて長崎五島広瀬に向つて帰航中であつたのであります。その引揚げ地点北緯三十二度三十五分、東経百二十六度二分推定位地であります。同日午前十一時、本船左舷前方ノースイースト方向軍艦らしきものを認めました。同十一時半頃逐次本船に近接し来たれるも航行を続けておりました。先ず第十二徳広丸に対し、機銃並小銃不法射撃を受け、当時船橋には当直の漁撈長及び船長船橋附近には数名の船員漁具片附け中なりしを以て、生命危險を感じ、右舷に旋回、危險を避けつつ針路を反転し、一時危險を避けつつ本船危險信号をなすを認めました。次いで本船射撃を加え来たれるを以て、両船全速力を以て約十分間程避航しました。第十二徳広丸に近接し最早進航不能の状態となれるを以て停船しました。当時本船等操業終了後、操業終了帰港の途中にあり、ライン嚴守の確信を有せしを以て停船し、その旨を伝えて円滿解決をする以外に方法はない。更に遁走するか、船体並生命危險を感じましたので、この射撃により、第十二徳広丸は、船橋並機関室の上部に相当の被害を受け、今述べることは後から軍艦兵隊に聞いたことでありますが、その時兵隊の話によりますと、両船に対し約八十発の機銃並小銃を射つたそうであります。軍艦停船したるを以て本船は該軍艦に横附けしつつライン内の航行なるに拘わらずなぜ射撃したかと聞きましたのですが、そういうことは全然聞き容れず、直ちに武装した兵が両船に五名宛乗り移りました。そうして船長それに機関長を船に残し、その他の船員軍艦に乗り移されたのでありまして、その時に十一号の方は本船接触のときに「あか」の途ができまして、海水が入ることができまして、相当航行困難に相成りました。全員軍艦に乗り移りますと、済州島の済州という所に向いました、北に位置したところであります。時に午後一時でありました。途中午後一時半頃無線室局長がおつたのであります。局長長崎無線経由でもつて軍艦拿捕せられたということを会社に無線を打ちました。そうして済州に入港したのが九時頃だと思います。それは時間が確実でないということは、拿捕地点より済州に至る間に、五名の乗組船員に、時計は全部、その他万年筆とか或いはたばこ、要するに向うの珍らしきようなものは略奪されたため、確実な時間は正確でなかつたのであります。  自認書、これは向う艇長が様式を書いて呉れまして、このような自認書を書けと言つて済州到着後書かされたのであります。「自認書第十一、第十二徳広丸は、一九五〇年一月九日午後一時二十分、東径百二十度、北緯三十二度五十五分の地点において、大韓民国海軍三〇九艇に拿捕せられたと共にマツクアーサー線を越境したることを自認す。」こういうような自認書を書いたのでありますが右の自認書を認たむるに先立ちまして、各責任者等本船拿捕地点は、マツカーサー線内農林漁区二百七十五区推定位置東経百二十六度二分、北緯三十二度三十五分の地点にて予定の操業を終え、すでに針路イーストバイノースにて帰港の途中なりしことは漁具を分解乾燥せるを見ても分ることを強調せるに、艇長は、貴船が漁撈をやつておらんことは本艦も望遠鏡により早くより認めていたが、本官の命ずるように従順に一先ず以上のごとき自認書提出すれば本官は好意を以て五日若しくは遅くとも一週間以内に船と共に釈放すると言明せしも、ライン嚴守を重ねて強調せしが聞入れず、若し自認せざる場合は生命危險を感じたるを以て止むを得ず右自認書を認ためたのであります。取調べ終了後は嚴重な監視の下に全員船内に止め置かれ釈放の日を待ち、九日、十日、十一日と船内にて三泊したのであります。この間本船漁獲物二千箱の中五十箱の鮮魚は艇長の命により済州島の陸戦隊食糧に提供を命ぜられました。又約二十箱は乗組員食糧として交換をせられたような次第であります。その間十日に向う海軍兵隊引率の下に入浴を一回許可されました。十二日の午前六時、命により三〇九艇監視の下に木浦に向いました。午後五時半頃木浦に着き、到着後十五日午後一時まで上陸を禁止され、乗組員拿捕当時軍艦接触の際に、船体の破損による海水の汲取り作業にと従事しておりましたが、又この間漁獲物数回に亘り約百箱隊長の命と称し、部下兵隊に供出を命ぜられました。この間乗組員はその漁獲物の中からたばこ一人当り二十本当てと、まんじゆうみたいなものを一人当りに二つ三つ分けて呉れました。十五日の午後一時、全員上陸を命ぜられ、木浦ホテルに收容されました。收容市艇長の命により、船長は三〇九艇に出頭を命ぜられ、先に提出せる自認書の書替を命ぜられたのであります。併し前回の提出自認書においてさえ不本意なことを強制されておるに拘わらず、これ以上の書替はできないと拒みましたが聞入れず、止むを得ず先のごとき自認書と書替をされたのであります。これは木浦で書いた二回目の自認書でありますが、十一、十二徳広丸は、西紀一九五〇年一月九日十三時二十分、北緯三十二度五十五分東経百二十六度の地点において大韓民国海軍三〇九艇に拿捕されたると共に、十一億徳丸は西紀一九五〇年一月九日一時より七時までマツカーサー線を越境して、二回漁業に従事したることを自認します。右のごとき自認書を三〇九艇長宛に作成せるも、右を自認せざる場合は、密航船又は共産党援助の嫌疑により、二三年は釈放できん。但し操業を自認すれば二三日中に釈放するを理由として、強制的に作成させられた次第であります。  前述せる自認書提出の翌十八日、木浦憲兵隊に召喚せられ、重ねて取調べを受け、聽取書を取られ、押印がなかつたため拇印で以て代用しました。十八日以後三十日午前九時木浦発までの期間において、船内の備品中機関部品、又は海図とか定規、晴雨計、寒暖計、無線受信機、その他漁具、そういうようなものの借用書向うが作成して私のところへ持つて来て、とにかく右のような品は、これは憲兵隊へ移つたら我々の手に帰らないのだから、一先ず借用書を入れてわしに貸して呉れと言つて借用書を書きました。併しその借用書を書いたのは三部でありましたから、一部は私に呉れると思つてつたのであります。どころが憲兵隊に一部とか或いは部隊本部に一部とかいつて、結局は私の手に一部もその借用書を返して呉れなかつたのであります。  二十日の午前九時に木浦発の汽車にて大田に向い、大田で一泊、釜山にと向い、釜山を、二十二日の五時身体検査並びに予防接種等をして六時に朝鮮京城丸に上船し、九時に釜山を出発して、そうして大牟田三池港に着いたのが二十五日の二時であつて、三時に全員上陸をしたのであります。以上。
  13. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 次に門崎証人にお願いします。
  14. 門崎進

    証人門崎進君) 第十七喜久丸昭和二十四年十二月二十八日長崎港を出発して同日二十八日十三時三十分大瀬崎燈台南航針路ウエストを以て十二時間コースをいたしまして、投網いたしました。その附近操業昭和二時五年一月十一日推測位置東経百二十六度三十分、北緯三十二度三十四分の地点におきまして操業中、無燈なる韓国海軍監視船が我々千七喜久丸の船尾に横ずけしまして、サーチライトを照らし、停船せよとの大声があかましたので、自分日本艦船と思い直ちに停船しました。停船しまとで相手の行動を見ておりましたが、いかにも日本語と韓国語を混ぜまして、何やらこちらの方に喋べるものですから、これは日本艦船ではないと認めました。そのうちに相手艦船より発砲しまして、これは危險を感ずると思いましたから、僚船十八喜久丸大声を以て避難するよう連絡しました。それと共に我が十七喜久丸明りを消して、無灯にてウエストの方に航走しました。韓国船はその跡を発砲しつつ我々を追及いたしました。約十五分後に韓国海軍は、我々の左舷へ横付けしまして、三名の武装したる下士官が乗移つて来ました。そうして自分の船は停船しまして韓国下士官ブリツジに乗込んで来ました。そうして自分はその乗つて来た韓国海軍下士官に、どうしてこうして自分らの船に危害を與えるんだということを強調しました。そうしたらお前達がマツカーサー・ラインを越境しているからこういうことをするんだ、いや自分マッカーサーラインは絶対に出ていない、いや出ている、一時を争いまして、じやあ出ているのであつたら実際ここに海図があるからこれを見て呉れ、こう言うて争いましたけれども、全然海図なんかには目もくれません。とにかく船員全員集合させいと言いまして、私は「とも」の船員室行つて船員を集合させ、甲板に一列に並ばせまして人員を調べ集合を終りましたと報告し、韓国下士官二名は自分らの服装検査に取りかかりました、その時一人の下士官ブリツジに何か調べる様子がありました。服装検査が終りまして機関長機関室に入り、般長はブリツジに、あと船員船員室に入れられまして、船長に北の方に航走せよと命ぜられました。ノースの方に航走中約四十分後明りが近付きましたので、韓国下士官からあの船に着けよとの命令がありました。そうしてその船に着けて見ますと、第八、第九雲仙丸でありました。韓国海軍下士官大声停船せい、停船せなんだら射つぞという大声を以てどなつたので、雲仙丸は直ちに浮きやワイヤーを切断し無灯にて疾走しました。その跡を追及しましたけれどももう分らなくなりまして、このたびは又ノースの方に約十五分程走りまして、そこに又操業中の二杯の明りが見えました。  このたびはその船に又接近せよという韓国下士官命令がありましたので、とにかく近付きました。その時は韓国下士官はマストの蔭に隠れまして絶対に自分らの姿を見せんようにしておりました。そうしてその船に近付いて見ますと第三十八、第三十九大漁丸でありました。自分らは第三十九大漁丸に横付けとまして、横付けすると同時に韓国下士官名は飛び移りました。そうして第三十九大漁丸拿捕しました。自分達はその第三十八、第三十九大漁丸の中間に停止しておりました。そうして第三十九大漁丸は第三十八大漁丸に接近して来ましたときに、自分達も前進したため衝突しまして、自分らの船は木造船でありますので、船首左舷の方に浸水箇所ができました。浸水箇所ができると同時に航行不能となりまして、全員排水に努力し浸水防止に全力を盡しました。夢中になつて排水作業中韓国警備船、第三十八、九大漁丸……自分達を……あとに帰りますが、自分達拿捕してからはその韓国監視船は直ぐに自分らよりイーストの方におつた大型トロール船に向つて、その船を拿捕した模様でありました。あとで分りましたがそれは第三大洋丸でありました。  そうしてその三隻の船は済州島の方に向つて前進しまして、自分達はただ一杯残され、いろいろ遭難信号もしましたが到頭あとに帰つて来てくれずに、翌十二日の午前六時まで排水に努力しましてやつと船が前進する程度になりました。そうして近い港にとにかく入れなんだら沈没するというので済州島の西帰浦という所に向けて前進しました。同日十二日の午後四時に西帰浦の港に到着しまして、とにかく砂浜に据えなんだら修繕ができないという見込があつたので、砂浜を見付けて砂浜に乗り上げました。そうして船を繋留しまして十三日の干潮時を見まして排水箇所修繕に取り掛かりました。修繕は簡單な修繕でありまして、キヤンバス、トタン等を以て修繕しました。修繕しまして又全員を以て排水に努力しておりました。  そのうちに十三日の午後四時頃自分達拿捕した三一〇号艇自分らの行方を探しに来まして、そうして三一〇号艇よりポンプを借りましてその晩夜通しで十四日の午前六時に排水を終りました。その排水作業と同時に西帰浦で魚も四百七十箱陸揚げしました。それから同日十四日午後二時頃西帰浦出発、三一〇号艇に曳航されて木浦に向いました。十五日午後四時頃木浦到着しまして、到着こ時間後三一〇号の副長自分の船に参りまして自認書を出せ、自分マツカーサー・ラインを越しておらんから、自認書というのはどういう自認書を書きますかという質問をしました。そうしたらマツカーサー・ラインを越したという、いや自分マツカーサー・ラインを越してない、どうしてマッカーサーラインを越してないことが分るかというて自分に聽かれましたが、自分は多年の経験と実際おつた推測位置出港からの網を引いたコース、水深と、又拿捕された早朝は済州島が周囲がよく見えておりましたので三角方位なんかも実行しておりましたので、自分位置はここにあつたということも申しましたが、それは聽入れてくれませんし、相手自分達済州港から出て八時間マツカーサー・ラインの方に航走したのであつてマツカーサー・ライン三マイル外を航走中、お前らの船はそこに丁度おつたからマツカーサー・ラインを三マイル越しているのだということを言われました。そこで三一〇号の艇長とも一時争いましたがどうしても自認書を書けというので、こつちは書かない、向うは書けと争ううちに向う艇長が相当怒りましたので、これは書かなんだらいけないと自覚しましたから自認書を書きました。そうして十六日に海軍憲兵隊に呼び出されまして尋問を受け、そのときさへも自分マツカーサー・ラインを出ていないということを頑張りましたが、韓国憲兵はそれを聽き入れて呉れません。ただ三一〇号艇監視船が本当にマツカーサー・ラインを出て作業しておる船を掴えて来たと言うことを信じて、自分らの言うことは全然聽き入れて呉れませんでした。十七日の八時より十八日の午前三時半頃まで取調べを受けまして、そして聽取書向うが書きました。そして船内に帰されました。十八日の晝頃韓国憲兵立会いで物品員数表漁具その他現品と引合して申送りました。もう自分らが引揚るのだからしてお前達は内地に帰るのだということを、二、三日のうちに帰してやるということをそのとき初めて聽きました。その日に残りの四百十箱の魚も陸揚げいたしました。そしてその十八日夕刻木浦ホテルというところに連れて行かれましてそこに二泊し、それから二十日の朝木浦を出発いたしまして太田一泊、二十一日の晩に釜山到着しました。二十一日の晩は釜山に一泊しまして二十二日午後三時頃より予防接種種痘を実行しまして、韓国京城丸に乗船させられました。そしてその晩の十時頃釜山を出発しまして福岡三池港外に二十四日の夜中に碇泊しまして、二十五日の午後三時頃上陸させられまして三池税関検疫に着きまして、二十五日の晩は大牟田に一泊し、二十六日に長崎に帰りおのおの我が家に帰されました。  三一〇号艇副長のこれは雑談でありますが、話によりますと、済州島を出てから自分達も目測で八時間走つた、まあマツカーサー・ライン附近というところで、マッカーサーラインより三哩外というところで、自分達マツカーサー・ラインに沿うて走りおるところにお前達が丁度おつたんだ、お前達が丁度歩が惡い。もう一つはあなた達は船が欲しいのですか、それとも魚が欲しいのですかということを自分達聞きましたですが、自分達は船が欲しいようなことを言うておりました。それで船が欲しいのだつたらどうしてこんな古い船を捕えるんですか、勿論自分の船は古くありましたから。そしたら夜だから船の底質は分らんからこんな古い船を捕つたのだということを言つておりました。晝であつたらこんな古い船なんか捕るもんかということを向う副長言つておりました。終ります。
  15. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 次は第三十九大漁丸船長松本喜代次証人にお願いします。
  16. 松本喜代次

    証人松本喜代次君) 私は昭和二十四年十二月三十日午前九時僚船三十八大漁丸と共に長崎港を出港しました。そうして僚船について五島大島並び大瀬岬に向い出港し、それから私が大瀬岬に午後七時半に並行して僚船の後についてウエストバイサウスの進路にて航行し、翌三十一日の午前五時四十分頃一番最初の網を投網し、その附近よりサウスウエスト又はウエストバイサウス方向に向つてその日も一日、明けの日も一日西へ西へと向つて操業しました。そうして三日、四日、五日とその附近操業しておりました。六日はイス・ウエストの風が強く時化ましたからその日一日休みまして、七日、八日、九日、十一日とその附近操業中、十二日の午前一時頃西へ向つて操業中のところを、只今こちらの喜久丸の方に朝鮮武装兵が乗つて来ておりましたが、韓国武装兵が乗つておるいうことは全然存じませんでした。ただ喜久丸が余り接近して来ますので、自分としては船が破損するとか何とかいうことが一番責任思つて、ただ喜久丸に何故に接近するか、船が危いではないかということを、朝鮮兵隊が乗込むまで私が知らなくて、ただ喜久丸船長の顏ばかり見て私はどなつておりました。そうしたところが、私の若い船員が一名、船長監視船に捕まえられて乗り込んで来ておる。こう言われましたので、ちよつと私右舷反対側に顔を出して見ました。そうしたところが韓国の、後で聞きましたが上等下士であつたのです。その人が、ピストルをこう持つてこちらの手に船長々々と言う、こちらではピストルを持つてこうして停船ということを言いましたものだからストップしました。そうしてこの乗込んで来た兵隊の申すには、船員何名かということを番最初に尋ねました。それで私は船員は十名です。そうしたところが、十名と言つたときに朝鮮の方に済州島の方に向つてノースウエストに向つて走れと言いましたから、今私は網を引いておりますからこのまま航行できませんと言つた。そうしたところがそれじや網を揚げろと言いましたものだから、片船の二十八大漁丸に網を揚げることの通知を電気を以てしました。それで網を揚げてしまつて二十八大漁丸に着けて、私の方では済州島の詳しく書いた海図を持合わせありませんでしたから、二十八大漁丸済州島の詳しく書いた海図がありますから借つて来ます、それからあれに行つて向う船長によく話して連絡を取るように会社に言つて連絡を取るように行つて話して、海図つて来なさい、それで海図つて来て、海図借りに私が乗つたら私の後を直ぐついてその兵隊も乗つて来ましたです。それで二十八大漁丸漁撈長に実はこうだ、監視船兵隊が乗込んで来ましたつてそう言つたところが、二十八大漁丸船長は、ここで監視船に捕まえられる必要はないのじやないか、ここはマツカーサー・ラインよりうんと内だから、船に捕まえられる必要はないと言うて、その兵隊にもそういうことを申しましたです。海図を見せて、実はこの一事から海軍に捕まえられるわけはありませんです。そうしたところが韓国海軍は、今、夜の暗すみに自分がここということが分るかということで、自分済州島から何時……、その晩ですな、夕方の何時に出て何哩のコース、何ノツトのコースで、どこのコースを取つて来たからここじやないかということを言つてですな、自分達海図なんか全然寄せ付けなかつたです。それでそのとき丁度僚船の二十八大漁丸では直ぐ水深を計りましたです。そうしてそこの水深は百二十メーターありました。で底質がこんなですと朝鮮海軍の人にも見せましたです。そうしてマツカーサー・ラインより韓国の方に寄つてつたらこの水深は全然ありません、でこれはライン内ということは確実でありますということを言つたけれども、もう何しても海軍の兵曹長という人が、マツカーサー線を内に越えて操業しおつて文句言う必要はないというような権幕で、君は僕の後について来いということを言つて、もう全然相手にされなかつたものですから、私は止むなく喜久丸の後について行きました。そうしたところが喜久丸でなくて後で聴きましたが、三一〇艇のそれについて来いと言われましたのです。初めノースというコースを言いましたからそれでついて行きましたら少し右であつたのです。それで大分距離かありましたからノースには船は行つておりません。こう言つたコースはどうでもいいからついて来い、こう言われましたかち三一〇艇について済州島の北側の莞島という所まで行きました。そうしてそこに碇泊して、それから監視艇に乗つてつた兵隊一名と、今度は上等下士と、一等下士、二等下士の三名と交替して、それからずつと二名の監視の下で、十三日の夕方時間はよくは記憶しませんが三時頃と思つております。そうして木浦に向つて行きましたけれども、途中鎭銅の瀬戸という所で大分風がひどくなつて参りました。そこで丁度瀬戸で潮流がひどく早いから遡つて行くことができないから、少し後に返して碇泊して十四日の午前七時頃ス夕ンドバイでやつて木浦に行きました。  それで逆に戻りますが、莞島から先は元アメリカの掃海艇という船に誘導されて行きました。そうして木浦に着いたのは十四日の午前十時頃ではなかつたかと私は思つております。そうしてその日は何の事もなくて船員は船に乗つておりましたのです。十五日になつて私の船に乗つておる信号長が自認書を書いて下さいと言つてつて来ましたのですが、私ちよつと見ましたら朝鮮の文字で書いてありました、私は朝鮮の文字は分りませんがどんなに書いてありますかということを言つたら、そうしたらその信号長が、わきにこのように書きなさいということを書いて示しで私に見せました。そして見てみたところが自認書を、まあよく文句は分りませんけれども、朝鮮の漁業区域内いやマツカーサー線を越えて韓国漁業区域内で漁撈拿捕されたという意味を書いてありましたので、私はそれを見てこれは自認書としてはこの通りは私は書けません。なぜならばこの越えてという所は私は自認できません。だからこの越えての所をマツカーサー線附近において操業拿捕されたということだつたら書きます。それからその日に丁度拿捕した三一〇艇か帰つて来ておりませんでした。そうしたらそれでは隊長の帰られるまで待つておりましよう。待つて下さい、隊長殿に話してからそれを一応考えて見ますと言つて一応帰しました。それで私は船員に、実はこんなに言つて自認書を書けと言つて来たが、大体あの文句の意味ではどうしても自認書は書けないということを言つておりましたけれども、船員は皆、もうここに来てしまつてからは、自分の思いは通らないだろうと思うから、船長向うに任言して書いたらどうですかということをいますから、それでは私は不本意であるが、君達もそんなに思つているなら僕は書くからいいかと言つて涙を呑んで、その自認書を書いたわけでございます。そうして十六日になつて三一〇艇の艇長が、用事があるからちよつと来いということを言つて来ましたから、三一〇艇に行きました。そしたらそこの済州附近海図を書いて、私達が拿捕されたという位置を示されました。それで自分としてはその図を見てはほんの済州島近くでありましたから、私の拿捕された位置は、東経百二十六度五十分の位置で、北緯三十二度三十三分の位置思つておりましたということを言つて拒みましたけれども、君達はもう一週間も十日も沖に出てからなるのに君の推測が当てになるか、自分は今日来てこれだけの時間でこれだけの速力で、これだけ来ているから位置はここだということを言われましたから、もうこれ以上私としては拒み通し切れないと思いましたから、その自認書に異常ないということを署名捺印いたしました。そして憲兵隊の方から来いということを又言つて来ましたから行つたら、向う憲兵隊は言葉も優しく、君がマツカーサー線を越えて韓国海軍拿捕されて来たが、図を示して、こんな位置海軍拿捕したということを言うが、君はそれに相違ないかということを言われて、ここは海軍と君達の経緯がどんなであるかということを尋ねる所だから、包み隠さずに言つて呉れと言うので、私は誠に親切だと思いました、その言葉に……。それで私が自分の思うことを一通りお話ししますところで、それが聽取書になつて、問答のところに向うの兵曹長という人が書かれました。それから住所、氏名、生年月日、出身学校とずつと訊かれて、それから、マツカーサー線を越えたという目的は何のためかということを言われて、大体漁撈のためにしたのであるなと言われましたから、それは越えたとすれば漁撈のためと言わねば仕様がありませんので、漁撈のためと書かれました。それから越えたのは意識的に越えたか、又は無意識的に越えたかということを言われましたから、私はそのとき、毎航海出るたびに会社側としてもマツカーサー線を越えたらどんなになるかということを聞いておりましたから、越えてはいかんということは重々知つておりますから、越えたと言われたとすれば無意識のうちに越えたと言わねば仕様がないということを言いましたけれども、どうしてもその無意識のうちに越えたということを聞き入れなかつたのです。そうして犯罪を犯す人に限つて自分が罪を犯したということを一人も言う人はない。それと君同じだというて全然相手にされなかつたのです。それで私は無意識に越えたというて、書かれるのを見ておりましたから、それでは自分は無意識に越えたと思わねばしようないといいましたけれども、大体どんなに書けばいいとあなたがいわれますかと私はいいました。そうしたところが黙つておられたのです。それで漁撈のために越境したというこちらの方は消したら、あなた達は許すというのですかと私は言つたらそれでも暫く黙つておられたのです。そしてこの消したらもう下つていいということをいわれました。それから憲兵隊長殿が座談的にいわれましたのは、僕も君達がマツカーサー・ラインを越境して拿捕されたら、日本においてどんな処置をとられるかということ知つているとこういわれましたから、私としては隊長殿も御存知でありましたら、私には家には年取つた病床に横たわる父もおります、妻子もおります、それを知りつつそんな不法なことをして職を離れてまでもやるということは……どなたがお考えになつても分るだろうということを私述べました。そうしたところが隊長殿暫く黙つておられたが、それは私情に対しては実に同情する。だけど君達は越境していかんということは、越境したのは罪人であるということだから、私情で法の方は曲げられないということをいつてその日帰されました。そして丁度私が船に帰つたのが夜中の四時二十分でございました。それから明くる日になつてもう今日はホテルに泊めるから荷物を自分の私物だけは皆持つて上がれというて、ホテルに夕方上げられましたのです。そしてその明くる日が木浦の府立病院において身体検査を受けました。それで又その夕方海軍病院で身体検査を受けて、それからもう釜山向う途中はみんな一緒でございました、行動は……これで終ります。
  17. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 議事進行について発言したい。
  18. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) では淺岡君。
  19. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 各証人の貴重な証言を伺つておりまして、今後の証人におきましても大体同様かと思うのでございますが、いろいろ証言を伺つておりますと相当感情に走られておるような点もありますので、それで当水産委員会といたしまして、やはり最も必要なところを簡潔に御証言願つて、そうしてまだこの問題につきましては陳情者の方々もあるのでございまするから、若干そうした点を委員長において御考慮頂きたいと思うのであります。
  20. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 次は中島元成証人にお願いいたしますが、重複するところは成るべく避けて要点のみを一つお願いいたします。
  21. 中島元成

    証人(中島元成君) 証人中島元成、私は一月十二日午前零時頃でありました。済州島南方洋上マツカーサー・ライン内におきまして、韓国海軍警備艇三一〇艇によりまして不法且つ不可解なる事件に遭遇したのであります。この時は海上は至極平穏でありまして、この時間に遡る六時間前に私は船長屋上に上りまして附近を調べました時に、手操船が二十組四十隻であります、トロールは約十隻、合計五十隻の船がおりましたので、この拿捕された当時も同じくこの五十隻内外の船が煌煌と電気をつけて操業を続けておつたのであります。ところが先程の時間に本船右舷後方から突然サーチライトを照しました。船長はこれに気を取られております時に、すでにこの三一〇艇の武装兵四、五名は本船の船尾から乗船したものと思われます。そうしてその中の指揮者でありますが、これはこの艇の機関兵曹長、これが指揮をしまして船橋に飛び込みまして、船長に拳銃を突きつけ、船長に両手を挙げませまして、無線室を教えろと、他の兵隊に命じてすぐこの指揮者は無線室に飛び込みまして、局長をして発信を不可能ならしめたのであります。尚先の指揮した兵曹長は船長をして私共部下全部を甲板上に集めろと命じて、私共はその命令によつて甲板上に両手を挙げて集合させられたのであります。この時には彼の指揮者は拳銃を以て威嚇射撃を連発しつつ、又三一〇艇は右舷約二、三十米の距離を置いていたものと思われますが、ここにおいて機関砲を以て射撃をしつつ私達を制圧しつつあつたのであります。そのうちにこの指揮者は、もう完全に占拠を終つたものと思いまして、他の艇に拳銃を以て合図をいたしました。この時に向うの艇はこの射撃を止めまして、このうちこの指揮者は船長前に出ろ、機関長も前に出ろ、私共二人はその拳銃を持つた武装兵の前に立たせられまして、船長ブリツジに上れ、機関長は唯一人で責任を以て一人で櫂を廻せと命ぜられて、私は機関室に入つたような次第でございます。その残りの部員は機関部員を三名、甲板部員三名、合計六名を——この時にはすでに彼の艇は本船右舷側に横着けにしておりました。この人達に取りまして、この指揮者は本船にあるところの網の修理をいたしますところのシイナイフ、炊事に使うところの庖丁、切れ物一切をここに出せ、それを出させて取上げて置きまして、そうしてその後の残員を船首の部屋に閉じ込めまして、その中の網揚げに必要な最少人員だけを出しまして網揚げを命じたのであります。そうしまして網揚げが完了しまして、これから済州島方面に連行されんといたしますときに、これに先立ちまして船長は、そのときには向うの艇の副長というものが乗つて来ておりました。この日に私達はマツカーサー・ラインは絶対に越境してはおらない。このチヤート・ライン海図を拡げてあつたラインも入れてある。そうしてその前日には、これは真夜中で丁度雲もありまして、このときには天測は無論できんときでありましたけれども、この五、六時間前、日のあるときは本船船長は一等航海士と二人でおのおの別々の天測機を以ちまして天測をしまして確かな位置を出しておつたものであります。この時、私が聞きますには、その前日に船長と一等航海士は、まだマツカーサー・ラインには五、六哩あるから安心だということを言つておりました。それでありますから、船長はここにその天測した証拠書類、操業日誌、一切の書類が揃つておるからここで調べて貰いたいと言いましたが、彼はこれを一蹴したのであります。その必要はない、取調べは一切韓国海軍の基地に行つてやる。だからお前達は本艇の後に付いて行け。そうしてそのときには機関室には勿論私一人と、そうして舵取を一人置きまして連行を始めたのであります。これから約二時間ぐらい後と思います。これからは無事にもう占領も彼らはし、先ず自分達に危害はないと考えたものだと思います。私らの身は軟禁の程度になつたのであります。それから連行されまして、十二日の午後五時頃、莞島というところに上りまして、ここで拿捕したのでありますが、ここで先程船長方が取られましたような自認状を私にも船長にも強要したのであります。併し本船船長はこれを数回に亘つて拒んだのであります。初めはマツカーサー・ラインを実際に私は出ていないというような書類を持ち帰らしたのであります。これを副長に持つて行かれましたならば、まだ向う艇長はこれではいけない、前の書式通り書けと又持つて来ましたけれども、やはり二度目も船長はその通りに書かずに別のことを書いて渡したのであります。そのうちこの艇は済州島方面に必要がありまして出動しました。そのあとには別な艇が参りまして、これに連行されて十四日に木浦到着いたしました。木浦到着しまして、又先程船長が取らされましたような海図に捺印を迫つて来たのであります。この捺印を迫るのと憲兵隊におきまして取調べをされます前日のことでありますが、本船は魚を五千九百箱ぐらい持つておりましたが、これを皆陸揚げすることにいたしまして、その責任者たる海軍少佐が本船に来まして、今僕は憲兵隊長に出会つて来た、本船の指揮は明日憲兵隊の手に移すことになつた、お前達はマツカーサー・ラインを二十哩も越境しておるそうじやないか、そういうことになつておる。だからこの船を没収する、この魚も没収する、どういう魚を持つておるかと船長に問いました。船長は大体これに答えましたら、自分が検査をしよう、それで検査を終りまして、そうして主計少尉の申しますには、船長、明日憲兵隊に行つて取調べに対してこちらの当局の言う通りに正直にお前は答えないと、お前達はホテルに行くところを監獄に行くようになるかも知れないから、よく考えて正直にやらなければいけないぞ、こういうような恐喝的なことを申しました。そこで船長は船価も一億何千万円、魚価も八百万円、乗組員も三十名近い人間を抱いてその責任たるや重大なることを痛感しまして、顔色も一変したのであります。その以後の船長の行動はもはや如何なることを言うてもこれは助かる術は絶対ないと大体観念をいたしました。私はいろいろ船長を慰めましたけれども、船長に満足感を與えることはできませんでした。それで船長に申しました。もう船長、ここまで来たら如何に拒んでもこれは助かる途はない。併しあんたは向うの言う通り最初からなつては絶対にいけない。できるだけは拒んで呉れろ。それでも尚止むを得んならば、私もすべてを知つておるから、帰つて我が当局の方に訴えて船も魚獲物も全部取り返して貰おうじやないかと私は船長に相談もしました。そういうような関係でありまして、十七日には憲兵隊が来まして、勿論この人は十七日に来まして皆集合を命じて船長以下二十六名が上陸を命ぜられ、私と私の機関部員、部下二名と甲板部の二等運転士一名、合計四名は必要があるから船におつて呉れろとおらされたわけであります。私はおらされた理由は機関の説明を求めるためにおらされたのであります。そうしまして私もその説明を終り、二日後には上ることになりました。そのときは甲板上では魚の陸揚げを始めておりました。そこに船長達を取調べましたところの彼の海軍憲兵隊の兵曹長が来まして、私に機関長、あなたはマツカーサー・ラインを実際に出ておると思うか、出ておもんと思うか、本当のことを一つ言つて呉れんかと言いますから、私は勿論マツカーサー・ラインは出ていない。私は部外者ではあるけれども、前日船長と一等航海士が数回に亘つて天測をして計算をして確実な位置を出しておることを私は見ておる。私はこれを信ずる限りマツカーサー・ラインは絶対に出ていないと言いました。このとき彼は私のこの言を聞きまして、向うにおりました背広服を着た男に今機関長はこういうようなことを言つておる。初めのところはちよつと聞えましたが、あと朝鮮語で私は聞き取れませんでした。まだ私はこのとき機会がありましたならば、彼の兵曹長に我々がマツカーサー・ラインを越境しておるならば、手繰り船が四十艘、トロールが十艘、これだけの沢山の船が煌々と電気をつけてどうして朝鮮漁区内のマツカーサー・ライン操業がやれるものか、考えて見て貰いたいと言おうとしましたけれども、その機会を失つたのであります。以上のような理由で、帰りは各船長と皆行動を共にして帰つて来ました。以上が報告でございます。
  22. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 次に第三大洋丸船長荒井正文証人にお願いいたします。
  23. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 証人荒井正文、簡單に申上げますが、私は昨年の昭和二十四年十一月九日に下関を出航いたしまして、丁度六十何日経過しました一月十二日の午前零時頃突然今度の事件が起りまして、そのときの状況を申上げますならば、そのときは丁度静穏な夜で、空はもう殆んど曇つて暗夜でございましたが、そこに無燈で、その前に、その約五分乃至十分前に当直員が私に向いまして、今後方の方で銃声らしいのを二回聞いたと、こう申しますから、私はマツカーサー・ラインのうちにおるのに銃声なんか聞える筈はないからそういう心配はしなくてもよいと、そう申しまして、尚マツカーサー・ラインが近いから舵には十分注意しで置くように、そう申しておりますうちに、突然後部の方をサーチライトで照らされまして、それで何事かと怪しんでおりますときに、もう武装兵が拳銃を突付けて乗り込んで参りまして、そうして直ちに停船船員集合、無線室封鎖を命じましたもので、これはどうせ何かの誤解であるに違いないと、結局話合えば分ることと思いまして、まして拳銃などを突付けられておることでありますから船を止めまして、そうしておりますときに、先程の機関長が申しましたような状況で、艇を横付けにして参りまして、そうして向う副長海軍大尉というのが参りまして、この船は直ちに済州島に連れて行くと申しますから、我々はマツカーサー・ラインのうちにおるのに連行される理由はないから、これを先ず調べて呉れと申しまして、海図、丁度テーブルの上に置いておきました海図と、その日ずつと朝から計りました星、月、太陽を測つて計算しました計算用紙、日誌をそのまま今見れば分るから調べて呉れと申しますけれども、これには一顧も與えず、ただこの船はマツカーサー・ラインを越えておるからどうしても付いて来いと聞きませんもので、もう武力の制圧下にあり、止むを得ずその艇の後に付いて莞島という所にその日の五時頃と思いますが、連れて行かれました。そうしましたら、本船にずつと乗つて参りました武装兵四名ぐらい乗つておりましたが、副長は直ちに艇に帰りましたが、間もなく書類を一枚持つて参りまして、この船はマツカーサー・ラインを越えておるから、この自認書を書けと申しますから、私は書けないと申しますと、なぜかと申しますから、マツカ—サー・ラインを越えていないのにどうして自認書を書かなければならんのか。先ず取調べて呉れ、取調べの後に自認書はしよう。そういうような理由を書いたものを渡しましたところが、それを持つて帰り、又間もなくやはり前の形式の通り書けと申しますから、越えてないのにどうしてこういうことを書かなければならんのかと、これは形式であるから、取調上の手続の問題であるからというような意味のことを申しましたけれども、私もまさかそういうことがあろうとは思いませんから、取調べの手続に自認書というものは必要のないものと思いますから、これは最後的な結果となるのではなかろうかと思いますから、それでそのときも断りまして、外のことを書いて渡しました。ところがその艇は喜久丸を捕獲の際に喜久丸に損傷を與えまして、喜久丸がそのまま行方不明になつておりましたので、それを探しに出航いたしましたが、その後司令艇と申します船が、司令官が乗つておる船が参りまして、木浦に連れて行きました。木浦に碇泊中私らを捕獲いたしました三一〇号艇から電報が来まして、勿論私らの船は、無線向うの電信兵が使つておりましたが、又電報が来まして、私のところに先程の通り自認書を書けと申しまして又やつで参りまして、そのときに先程機関長が申しました通り機関長始めその他の人にもいろいろ相談しましたが、結局ここまで来たからには武力の制圧下にあり、我々の言い分は絶対に通らない。向うの意思を押しつけるからこの際は止むを得ない。それよりも資料を持つてつて日本で公正に一つ皆で調査して頂けば分ることであるから、この際止むを得ない。人命も預つておるから止むを得ないという皆の意見で、私もそれじや止むを得ないからこれを書こうと申しまして、それで書きまして、そうして書いておりましたけれども、まあ拇印は艇長が来るまで待つて呉れと断つておりましたが、書くだけは書いて、拇印を押せと言うのを断りましたけれども、艇が入つて来てそういうふうに強制されますし、止むを得ず押したわけであります。帰つて参りましたその日にやはり先程の大漁丸船長が言われましたように、私を艇に呼びつけますから行つて見ましたら、自分で作つたらしい海図を持つて参りまして、そのとき済州島の近くの方に位置を入れまして、これはお前達の位置であるからここに判を押せと申しますから、私はこういう位置じやないから判は全然付けられない、我々はマツカーサー・ラインを絶対に越えてないから、自認書を書いたということは入つたということを認めておるのじやない。それは取締の手続上の問題であるということを言われたので私は拇印を押したので、位置の違いも甚だしいからと言つても、どうしても自認書を書いた以上は海図を書いたのも同じだと言つてどうしても押せと言つてなかなか聞きませんので、止むを得ず自認書を書いた後なら仕方がないと諦めてそのときはまあ調査をして呉れと言つて本船の資料もあるからそれを基にして一遍調査して呉れと、それは科学的に後で調べたら分ることであるとそのときは言いました。最後まで待ちましたけれども、結局調査らしいものはしないで、憲兵隊ではその後聽取書を取られましたが、自認書に基いて、自認書を書いたからもう越境であるということに基いて問答式に進めて聽取書を取りましただけで、我々が納得の行くような調査はございませんでした。その後の経過はもう皆さんの申上げました通りであります。
  24. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 大体証人が終りましたが、御質問がありましたらお願いいたします。
  25. 千田正

    ○千田正君 各証人ちよつと伺つて置きますが、あなた方が出漁に際しましてたびたび今までも拿捕されておるという問題が起きておるのですが、これについてあなた方の所属しておるところの会社、若しくは経営者を通じて海上保安庁若しくは水産庁その他に対しての保護方を申請したことはありますかどうか。その点についてあるならば手を挙げて話して下さい。海上保安庁若しくは水産庁に対してあなた方の出漁に際してこういう問題が曾てしばしば起つておるから、その点について保護方を申請したようなことがあるかどうか。
  26. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 私達はラインを越えなかつたら捕獲される虞れはないと信じておりましたから、そうして又そういうことを、マツカーサー・ラインを越えてまで危險を犯し、勿論日本に帰つて処罰されますし、又監視船も多いことでありますし、捕獲される虞れがあるからラインを越えようとは今まで思つておりませんので申請しておりません。
  27. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 証人方に申上げますが、発言されるときは委員長の許可を受けて名前を言つて下さい。
  28. 千田正

    ○千田正君 もう一点、出漁中に日本の海上保安庁の監視船、そういうような船があなた方の曾ての出漁中において監視に出て来られたことがあるかどうか。あるということをお認めになつたら手を挙げて下さい。    〔荒井、中島、松本各証人挙手〕
  29. 千田正

    ○千田正君 それでは荒井証人にお伺いいたしますが、それはいつごろですか。
  30. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 十二月の二十日ごろじやなかつたかと思います。
  31. 千田正

    ○千田正君 一回ですね。
  32. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 一回だけでございます。
  33. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 各証人に簡單でありまするが、一つ一人々々お答えを頂きたいと思います。各拿捕された船は無線機を船に備え付けてあつたでしようか、ありませんでしたか。その点御証言願いたい。
  34. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 順々に……。皆あつたでしよう。規定がありますから……。
  35. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 重ねて各証人にお尋ねいたしまするが、いろいろと拿捕され、或いは船に乗つて来た場合におきまして、その言語はどういう言語でお話になつたか。
  36. 中島元成

    証人(中島元成君) 彼らは殆んど全部日本語を使います。そしてその言語は先程言いました武装指揮官が乗つて来ましたときには、日本語で、きさま達はどこだと思つておるか、ぶち殺すぞ、ぶち殺すぞと、こういうような罵声ばかりを以て我々そのとき集合させられました。
  37. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 重ねてお尋ねしますが、各証人の先程来の証言を聞いておりますると、どの船もマツカーサー・ラインを越えたことはない、然るに拿捕されたのだという結果になつておりますが、私はその越えたか越えないかということを一応証言では伺つておりますが、重ねてもう一遍伺いたいと思います。一人々々の証人に、越えておつたとか越えておらなかつたとかということだけをはつきり確認したいと思いまするから、御証言願いたいと思います。
  38. 小川政市

    証人小川政市君) 本船マツカーサー・ラインを越えていないという確信は、私の船は天測、そういうようなものはやつていないのですが、多年の経験と言いましようか、出発地点の要するに大瀬崎から七・五ノツトで二十時間後操業し、二百八十度九、何故二百八十度九と確信できるかと言いまするに、さつき述べましたように、要するに多年の経験と水深並びに底質又は魚の種類で以てマツカーサー・ラインを出ていないということが断言できるのであります。
  39. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 続いて次に門崎証人
  40. 門崎進

    証人門崎進君) 自分船長をしてから八年になります。長崎出港して男女群島に着き、男女群島より漁場針路を立てまして約二十日間ぐらいいつも操業し、又帰港するときは男女群島に向けて帰港します。だけれどそんな小さい島でありますけれども、未だ一度も男女群島を見ないで位置を変えたことはありません。このたびは五島大瀬崎上り十二時間航走し、約六マイルの時速で……、日数も十三日間の操業、こういう短い操業において自分の多年の経験、実際拿捕されたときの氷深位置拿捕される前日の早朝の済州島に対する三点方位、これで確信しております。尚周囲には数十隻の手繰船又トロール船には、天測を専門にやる船員も乗船をしておることを承知しております。
  41. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 分りました。続けて松本証人
  42. 松本喜代次

    証人松本喜代次君) 私は今も申されました通りに十五歳の年から現在に至るその間ただ兵役の召集を受けたのみで、殆んど海上生活に費しておりますから、コンパスと時間又水深、底質魚の種類で自分位置はいつも大過ないことを認めております。
  43. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 証人、要するに出ておつたか、出ていなかつたかということをはつきりおつしやつて頂けば……。
  44. 松本喜代次

    証人松本喜代次君) 出ていないということは自分は重々思つております。
  45. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 続いて荒井船長
  46. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 私は、私一人でなく一等航海士も別々に六分儀を以て天測を天気さえよければやつておりますので、位置については絶対確信があります。絶対に出ていないと思います。
  47. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 それからもう一点各証人に、簡單でよろしうございますから、その銃声を聞いた、或いは撃たれたかという点につきまして、撃たれたとか或いは聞いたとか、聞かないということだけをお答え頂きたい。
  48. 小川政市

    証人小川政市君) 私の船が軍艦射撃をされたのは、第十二徳広丸が先に射撃されました。第十二徳広丸が先に射撃されましたので、右舷に旋回し、私の方に向つて射撃して来ました。続いて私の方に射撃をされたので、私の方も第十二徳広丸と同じように右舷に回転して約十分間程経つて帰航したのであります。そのとき第十二徳広丸は機関部の上に相当被害を受け、要するにガラスとか鉄板とか……。
  49. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 それは改めてお聞きいたしますから、だから詳細でなく、受けたが、受けなかつたか……。
  50. 小川政市

    証人小川政市君) 彈は八十発受けました。
  51. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 続いて門崎船長
  52. 門崎進

    証人門崎進君) 自分の船は三百十五艇が接近してから二百八十発、この二百八十発ということはあと韓国下士官から聞きました。
  53. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 続いて松本船長
  54. 松本喜代次

    証人松本喜代次君) 自分は一発も受けません。
  55. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 それでは草井証人
  56. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 被彈はありませんでした。
  57. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 ひだん……。
  58. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 彈は当つておりません。
  59. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 銃声を聞いたことは……。
  60. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 銃声は、そばに来て威嚇射撃を受けました。
  61. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 それは何発ぐらい……。
  62. 荒井正文

    証人(荒井正文君) とつさの際ですから分りませんが、機関砲を三、四回射つたのじやないかと思います。ピストルでもやはり同じように……。
  63. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 もつと聞きたいこともありますが、他の委員の方も聞かれることと思いますから、私一応留保いたします。
  64. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 暴行を受けられた方がありますか。暴行を受けられた方は立つて……。なければないで……。
  65. 松本喜代次

    証人松本喜代次君) ありません。
  66. 中島元成

    証人(中島元成君) ありません。
  67. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) ありませんね。
  68. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 それからあなた方の御同業者で、あなた方の耳に入つたのにこの頃は漁船が多く、なかなか漁獲が少ないので、マツカーサー・ラインを越えなければ漁獲はできないというような声があつて、越境するような同業者の方があることを御承知の方がありますか。
  69. 中島元成

    証人(中島元成君) ありません。
  70. 門崎進

    証人門崎進君) ありません。
  71. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 それからそういうようないわゆる御証言によるというと、もうあらゆる点から言つて不当な、国際公法上かち言つても或いは国際道義から言つても認められない、許し難き数数のことが行われているようでありますが総計すでに六十四隻も拿捕されたような計算になるわけですが、皆さんが拿捕される前に、そういうようなことがしばしば行われているというようなことについての風評や、或いは現場等を御覧になつたことがありますか。小川証人如何でしよう。
  72. 小川政市

    証人小川政市君) 拿捕船が出たということは、今まで再三会社の方から無電で聞いたことがあります。
  73. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 更にお尋ねをいたしますが、皆さんがいよいよマツカーサー・ラインにおいて不当な拿捕を受けるというその瞬間に、時宜を得て無電を使つてその危急をお伝えになつたために、日本の水産庁の監視船とか、或いは我が海上保安隊のこれを保護する船とか、乃至はGHQの飛行機等によつて皆さんを保護するような、或いは皆さんでなくても、同僚の船等がそれによつて保護を受けたことがあるかどうかについて御経験を御発表願いたいと思います。
  74. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) その経験のおありの方はないですか。
  75. 小川政市

    証人小川政市君) ありません。
  76. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 更にお尋ねいたしますが、全部拿捕と同時に、無電はその機能を停止せしめられましたか。
  77. 中島元成

    証人(中島元成君) 本船は直ちに無電を封鎖されました。
  78. 小川政市

    証人小川政市君) 本船船長機関長を残し、他の船員は本艦に移れと言われましたのですが、局長は無電室におられたのであります。それで以て本船拿捕せられた約三十分後、長崎経由で以て拿捕せられた旨を会社に打電したそうであります。
  79. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 皆さんのおのおのの御証言によつて、然らば現在において、すでに六十四隻も拿捕されるような嚴然たる事実が行われているとき、これは日本の存亡に関するような重大なる問題でありますが、現在皆さんの御経験からして、どういうようにすれば、それを事前に防止する方法がありますか。皆さんの海上における百戦錬磨のいろいろな御経験からして、現在日本が占領下にありて、その経験の上に立つてあなた方はどういうことを御要望なさいますか。こうして呉れたら安全の下に我々は水産業を行うことができる、漁撈を行うことができるというような何か皆さんとしての御意見がありますか。小川証人如何ですか。
  80. 小川政市

    証人小川政市君) 自分が今度このような目に遭つてつくづく考えたことでありますが、要するに日本監視船がもう少し多く、而もその監親船が武装された監親船、こういうような監視船つたならば、向う軍艦ライン内にいる日本漁船拿捕しに来ることがないと思うのであります。
  81. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 第三大洋丸船長さんは如何でございますか。
  82. 荒井正文

    証人(荒井正文君) もうこれは海は広いものでございますから……日本あたり武装できないときであつて、少しぐらいの監視船を出しても、韓国に反省して貰わねばそういうことは防止できないと思います。
  83. 千田正

    ○千田正君 先程淺岡委員からの御質問に対して、小川証人門崎証人からいきなり韓国海軍の艦艇が来て数十発放射したということですが、その前に停船を命ずるような空砲を発するとか、そういうことは全然なかつたのでしようか。
  84. 小川政市

    証人小川政市君) 全然聞きません。
  85. 門崎進

    証人門崎進君) 聞いておりません。
  86. 千田正

    ○千田正君 それから荒井証人に伺いますが、あなたの場合は空砲で、威嚇射撃をして、そうして停船を命じたのですか、その点は……。
  87. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 先程申しましたように、無燈で参りまして、船尾に突然武装兵を乗せて、あとは劍銃を擬して皆船の機能を止めました。
  88. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 海上保安庁の長官並びに水産庁長官にお尋ねいたします。そのことについて直接の関係があるから……小川政市君の御証言によると、この船だけは無電を発信したそうであります。その他は全部無電の機能が停止されたのでこれが発信ができなかつたが、これは発信が行われているが、果して水産庁や或いは海上保安庁は、この第十二徳広丸の何は受信されたかどうかということもお聽きして置きたい。
  89. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 議事進行について……今矢野委員から証言に対しての政府委員の説明を求められておるのでありまするが、これは各委員ともいろいろと政府委員に尋ねたいことは多いと思うのであります。一応各証人証言を聽き、然る後に陳情者陳情を聽き、その上において一括して政府委員の答弁を求めたい、こういうふうに一つ動議を出します。
  90. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) どうです。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  91. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 外にそれに対する御質問がありましたら……。
  92. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 各証人にお尋ねいたしますが、その韓国海軍の人達、或いは憲兵隊の人達、殊に当初船を拿捕されたとか、或いはお前はこつちに集れとかいうような場合に日本語であつたという証言があつたのですが、今度はいろいろなものを書かせるというような場合において、向うの人達は日本字を全部書きましたか、読みましたか、一つ小川証人から順次に……。
  93. 小川政市

    証人小川政市君) 今の点、十分分らないのですが。
  94. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 そうですか、重ねて申上げます。いろいろと書類を書かれたそうですが、各証人ともその書類というのは日本字で書かれたのですね。
  95. 小川政市

    証人小川政市君) はあ、そうであります。
  96. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 その日本字は皆韓国の人達は平易に読んでおりましたかどうか。小川証人から……。
  97. 小川政市

    証人小川政市君) それは殆んど日本字でありまして言葉も余り訛りのない日本人と同じ言葉であります。なぜなれば、艇長は東京の大学出で……。
  98. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 いや、それでよろしい。じやあ次の門崎証人
  99. 門崎進

    証人門崎進君) 自認書なんか向うがこの通り書けと持つて来た字は皆日本字でございます。
  100. 松本喜代次

    証人松本喜代次君) 乗つて来た兵隊の話では、今二十二三才から上の人は全部日本の国語を習つておるからよく分ると言つていました。
  101. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 皆流暢に読んでおるようでございました。
  102. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 重ねてお尋ねいたしますが、海図ですね、そういうような緯度、経度というようなものは一応韓国の人達は理解しておりましたか。分つてつたか分らんかというだけで結構でございます。
  103. 小川政市

    証人小川政市君) 知つておりました。
  104. 門崎進

    証人門崎進君) 知つておりました。
  105. 松本喜代次

    証人松本喜代次君) 外の人は知りませんが、艇長のところだけで見ましたが、よく知つております。
  106. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 勿論船で航海しますから、緯度、経度な知つております。
  107. 西山龜七

    ○西山龜七君 各証人にお尋ね申したいと思います。漁業を開始する場合に無線位置を内地へ知らせておりますか。実際その辺はやつてつたのですか。それをお伺いいたします。
  108. 門崎進

    証人門崎進君) 正午に漁区を局長が報告しております。
  109. 西山龜七

    ○西山龜七君 それは義務によつてつておりますね。
  110. 門崎進

    証人門崎進君) 自分の船は四十トン未満でありますから、まだ無線をとつておりません。併し傍に多数同僚船がありますから、再三位置は確めております。
  111. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 毎日正午に位置を通じております。
  112. 松本喜代次

    証人松本喜代次君) 私の船は付いておりませんが、僚船についておりますから、毎日放送しております。
  113. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 その韓国海軍の船……艇ということを先程言われましたが、その艇はどういうふうな艇でございますか。一つ証人から証言を願います。
  114. 小川政市

    証人小川政市君) それは戰争中に日本海軍が使つてつた掃海艇で、トン数は二百トンぐらいで、砲は右舷左舷に一門ずつ、船橋の辺に一門、後尾に一門、機銃は左舷右舷一門ずつ付いておりました。
  115. 門崎進

    証人門崎進君) 自分達拿捕された三一〇号艇は前の日本の掃海艇であつたそうであります。武装は船首の方に砲一門、十七ミリ機関砲数門付けておりました。
  116. 松本喜代次

    証人松本喜代次君) 門崎船長と同じ船であります。
  117. 中島元成

    証人(中島元成君) 日本のこれは駅潜艇より私は少しこまいと見ておりました。そしてこれはカバーを被つておりましたから、はつきりしたことは私もよく分りませんが、二連装で三門座つておりました。
  118. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 今言われました艇と同じ艇に喜久丸大洋丸が捕まつたのでございますが、私の観察では百二十トンぐらいじやないかと思います。武装は二十五ミリ乃至三十ミリが一門と、十三ミリが二台あつたように記憶しております。
  119. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 それからこれも簡單にお答え願いたいのですが、小川証人から一つお答え頂きたいのですが、大体その艇には艇長以下同名ぐらい乗組んでおられたでしようか。
  120. 小川政市

    証人小川政市君) それは向うの方は艇長以下三十名であります。
  121. 門崎進

    証人門崎進君) 自分の捕まつた三一〇号艇は、下士官の話で自分が聞きましたが、艇長以下四十二、三名乗つておると思いました。
  122. 松本喜代次

    証人松本喜代次君) 何名ということは聞きませんが、四十名くらいであります。
  123. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 同じ艇でございますが、私の聞きましたのは三十六名と言つておりました。
  124. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 分りました。
  125. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 外に御質問がありませんでしたら……。
  126. 青山正一

    ○青山正一君 掠奪した物件は返つて来ましたかどうですか。各証人一つ承りたいと思います。
  127. 小川政市

    証人小川政市君) 本船拿捕せられて済州へ行くまでに私物の目覚時計、腕時計、万年筆、そういうふうなものは帰るときには返して呉れなかつた
  128. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 返して呉れなかつた……。
  129. 小川政市

    証人小川政市君) はい。
  130. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 外の証人はどうですか。
  131. 門崎進

    証人門崎進君) 自分の船は浸水甚だしいために西帰浦に入港しまして、西偏浦に入つてからも排水に全力を盡しておりましたため、相当船員の私物類も取られました。それは返つて来ませんでした。
  132. 松本喜代次

    証人松本喜代次君) 私の船も何も返つて来ません。
  133. 中島元成

    証人(中島元成君) 私の船では、向う韓国艦艇の人が機関室に入りまして、私に命じて機関の精密機具だとか、馬力を計る機械だとか、重要なものを持ち去りまして、このときに私に対して、これこそ言うてはならないぞと連呼しました。けれども私はその後上陸前に憲兵にこのことを言うて上りました。
  134. 荒井正文

    証人(荒井正文君) 私物としては掠奪された模様はないようでございました。船用品は別でございます。けれども……。
  135. 青山正一

    ○青山正一君 門崎証人の先程のお話は、私物を取られたというわけですか、どうなんですか。
  136. 門崎進

    証人門崎進君) 各人の私物であります。
  137. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 御質問がないようですから、陳情者発言をお願いします。関係業者代表として清藤太郎君。成るべく簡單にお願いいたします。
  138. 清藤太郎

    ○参考人(清藤太郎君) 清藤太郎です。底曳漁業者代表といたしまして、底曳網漁業協会の総会において決議した陳情の事項を読上げて陳情の御報告に代えます。     日本遠洋底曳網漁業協会         会長 周東 英雄    拿捕船対策に関し陳情の件   主題の件につき本協会第六回定時総会の決議に依り別紙の通り政府ならびに総司令部に陳情いたしました。ついては貴院におかれても業者の苦衷御高察下され何とぞ御援助たまわりたく、懇願いたします。    拿捕船対策に関する決議   最近済州島南方公海上において発生した日本漁船の不法拿捕事件につき、連合国総司令部ならびに政府当局が極めて敏速適切な処置を講じられ、速に乗組員を帰還せしめられたことは、我々の感激措く能はざるところで、ここに深甚な謝意を表する次第である。然るに第三国の不法行為は依然としてその跡を断たず、更に拿捕船数を増大したことは甚だ遺憾とするところで、このため我々漁業者の生命財産は深刻な脅威にさらされ、目下最盛漁期にかかわらず、国民必需の蛋白給源たる漁業生産に重大な支障を来しつつある。   第三国の不法行為は昨年来済州島周辺のみならず東支那海各地の公海において頻々と発生し、その都度総司令部ならびに日本政府の多大な配慮を煩したことは誠に恐縮であるが、我々もかかる事件の発生を防止するため、互いに相戒めて極力漁区の嚴守に努め、また日本政府においても監視船を増強し、資源保護の見地より減船整理計画を樹てるなど、官民協力して能う限りの努力を拂つでいるのである。   しかし、事件の由つて来るところは主として韓国および中国における国内事情に基因すると察せられるので、かかる事件は現在の問題に止まらず、講和後においても発生の懸念なしとせず、日本漁業の前途は真に憂慮に堪えないのである。   よつてこの際、我々漁業者は更に一層自粛自戒し、マックアーサー・ライン嚴守の決意を新にするは勿論であるが、現在および将来にわたり操業上の不安を一掃するため、総司令部ならびに日本政府に左の措置を御願する次第である。  一、不法行為の絶滅を交渉せられたいこと。  二、抑留船員のみならず拿捕漁船の即時返還を交渉せられたいこと。  三、連合軍艦艇をもつて日本漁船および乗組員の保護に当られたいこと。  四、日本監視船を武装せしめる等実効ある保護の方法を講じられたいこと。   我々はここに本協会第六回定時総会の決議をもつて、連合国総司令部ならび、併せて一層の庇護を懇請するものである。   昭和二十五年一月三十日     日本遠洋底曳網漁業協会         会長 周東 英雄  かように決議して総司令部並びに政府にお願いしたのであります。かようなるマツカーサー・ラインの不法拿捕、攻撃等は今後絶対にやらないということの措置を講じて頂きたいと思います。  次に一般を拿捕した場合には即座に船員と共に漁具漁獲物を乗せてそうして直ちに還して貰いたいということをお願いしたいのであります。尚取締船の武装についても今申上げた通りに武装をして頂きますと、大変今までのような無武装とは違いまして、向うも注意することになるだろうと思います。かようなる不法な拿捕に対しては賠償の方法をお願いしたいと思います。尚これが相手がアメリカなりイギリスの国のような信義のある国でありましたならば、たとえその場所がどうあろうとも、その際にお互いに得心ずくで位置を出して、そうして承諾の上でそのラインのことについてのお話があると思います。それなのに拘わらず夜間而もランプもとぼさずに無燈のまま明りを消して攻撃し、又は非常な速力の早い船で日本漁船に横付けにして乗り込んで、ピストルを擬して捕えて行くなんというのは非常な不法極まることと任じます。これは如何にしてもその信義によつて解決しなければならんと思いまするが、この点を十分韓国に御交渉を願つて、そうして今後一切こういうことのないように根本的に御解決をお願いしたいと存じます。以上であります。
  139. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 次に地元業者代表細川良平君に発言を許します。
  140. 細川良平

    ○参考人(細川良平君) 私は去る一月二十七日に下関水産振興協会並びに下関市、下関市商工会議所の三者の主催を以ちまして、各種業者団体並びに労働団体、青年、婦人、各種文化団体等の協力の下に開かれました日本漁船不法拿捕排撃下関市民大会の決議を先ず朗読いたしまして、若干の御説明を加えまして、ここに陳情いたしたいと存ずるものであります。    決議   最近中国東海、黄海の許された漁区内において、操業中の日本漁船に対して武装せる某国警備艇らしき怪船の無暴なる襲撃又は不法なる拿捕強奪等緊急事態の発生頻々たるは真に遺憾の極みである。    我らは夙に平和を愛好する民主国家の再建に懸命の努力を捧げつつあるが、かくの如き不祥事態の続出せるに当りては断じて晏如たり得ないのである。   本年月九日以来拿捕せられたる漁船は第三大洋丸、第十七喜久丸、第十一徳広丸、第十二徳広丸、第三十九大漁丸、第二十三明玄丸の六隻の多きを数え、現在尚頻々として襲撃を受けつつある状況である。   これらの漁船には多数乗組員の貴重なる人命を托し、且つ彼らが凡ゆる労苦を克服して生産獲得せる漁類並びに漁具が満載しあり、不法拿捕によつて受ける経済的打撃は実に甚大なるのみならず、水産勤労人の尊き人権は全く蹂躙せられんとしているのである。  我ら日本国民は今や世界各国の公正なる輿論と信義に信倚し新憲法の下、基本人権を尊重して平和的文化国家の再建に邁進しているのであるが、苟くも連合軍総司令官によつて許容せられたる海域内において正当なる漁業がその安全を脅かさるるが如き事態の発生は到底しのび得ないのである。   ここに水産下関十八万市民は蹶然立ち上つて全国的輿論を喚起し、正当なる権益の擁護とその保全に直進せんとするものである。  而してこの際速かに右抑留漁船員漁船及び漁獲物漁具の即時返還を要求すると共に、今後漁場の平和を乱す不法拿捕並びに暴力行為の絶滅を期するため断乎邁進せんとするものである。   右決議する。    昭和二十五年一月二十七日         日本漁船不法拿捕         排撃下関市民大会  この決議に盡きておりますので、多くの附加えの説明は省略いたしますが、終戰後の混乱と窮乏の中にありまして、他の産業に先んじて逸速く立上りたのは水産業であります。而もこの水産業が立上つて後、各種漁業資材の不足なり、或いは漁業の制限にも拘わリませず、水産業者は労資一体となつて水産物の増殖、確保に当つたのであります。これは窮乏せる国民の食糧の緩和のために、一日も速かに、一食も多く水産食糧を供給せんとする水産人の止むに止まれないところの水産魂と申しまするか、その発露によつたのであります。さようにいたしまして、今日まで参つておりました際に、突如として起きました済州島南方における不法拿捕は、正に青天の霹靂でありまして、ここにもありまする通りに、これが経済的に及ぼす打撃は勿論でありまするが、同時にこれは不当に水産勤労者の人権を圧迫するものとして人道の例題とも又考えられるのでありまする若しこの漁場不安の状態が持続いたすといたしまするなれば、漁獲物の激減をいたします。その結果は多数国民消費者の食糧を脅かす事態と相成るのであります。私共は私共の使命に鑑み、そういつた事態の発生を憂うるが故にかような決議をいたし目下それぞれ陳情、請願の手続きをいたしつつあるのであります。この際に逸早く我が参議院の常任水産委員会におかれてこの問題を取上げられ、特に本日はこの公聽会を開かれ、証人を喚問して実情を聽取された上、我々陳情者陳情の意のあるところをここに述べられる機会を與えられましたことについて深甚の謝意を表したいと想います。  結論的に申上げますなれば国際信義を無視せる漁船下法拿捕を断乎として阻止をして頂きたい。又これらの行為は海賊的行為と認めます。この海賊行為を今後絶滅して、漁場平和を確立して欲しい、抑留されておる船員は一応帰られたのでありまするが、まだ帰らない船員があります。この抑留船員漁船及び漁獲物漁具の即時返還の設置を講じて頂きたい。更に今後の漁場の安全について適切なる措置が講ぜられんことを望む次第であります。さようにいたしまして私共はこの陳情要望が、一日も速かに達成されることを、ここに感謝と同時にお願い申上げる次第であります。
  141. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 次は山口県会代表井川克巳君。
  142. 井川克巳

    ○参考人(井川克巳君) 先程細川さんの申されたごとく、終戰後における極度に不足した我が国の食糧事情に貢献すべく、水産食糧の増産が多き期待をかけられて、水産業者も又労資一体となつて感奮興起して水産食糧の増産を期して参つたのであります。水産界はもとより、国民ひとしく本年こそ明るい平和な日を迎へることができるであろうことを楽しみにしながら新年を迎えたわけであります。長い間の苦難の道から、水産業もどうにか明るい朗報がもたらされるであろうことを期待いたしておつた矢先であります。この矢先において、先程申述べられたごとく、又各証人からお話があつたように、頻々たる惨事が勃発しつつあることは、誠に海上勤務員に対する精神上の重圧はもとより、我が国の将来に思いをいたすときに晏如たり得ないのであります。本邦第一の海洋漁業基地を有する我が山口県といたしましても、この問題は誠に重大な関心事でありまして、先月の二十六日の臨時県議会におきましても、この問題に対する速かなる解決を希望する決議案を可決し、政府並びに関係方面に対して速かなる善処を要望いたしておるのであります。今回のこの事件は、ただ單に今回だけの事件を解決するということに止まらずとて、今後起るであろう、又たとえ講和條約が締結せられ、或いは又漁区の拡張が相成つたとしても、いずれの国が如何なる責任において我が漁船の安全を保護して呉れるかということに思いをいたすときに、今回の事件こそ誠に将来の日本水産界に影響する重大なる問題であると考えるのであります。  武器を捨てた日本の自衛権とは、如何なる姿において現われるものであるか、如何なる姿と責任において、あらゆる日本の安全保障が期せられるものであるかということを、この事件の解決に上つて、我々は将来に思いをいたすことができるのであります。かかる観点からいたしましても、本問題を急速に、而も将来に亘つて悔なきように、根本的な善処、解決を要望して止まないものであります。どうか関係当局と協力せられまして、一日も早く本問題が円満に解決し、海員が安心して何らの恐怖を受けないで、食糧増産に励むごとができますように希つて止まないものであります。武器を捨てた日本の生きる途、これはただ我々国民の輿論によつて、各国の正義と信義に信頼して安全を保障して貰う以外には途はないと考えるものであります。どうか国民の代表として、当参議院におかれましても、各諸国に対する公正と信義に期待され、安全保障の途に邁進せられんことを希つて私のお願いに代える次第でおります。
  143. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 次に、全日本海員組合代表中地熊造君。
  144. 中地熊造

    ○参考人(中地熊造君) 私は全日本海員組合と組合員十三万人を代表いたしまして、本委員会で聊か所見を述べたいと存ずる次第であります。  先程各証人が真実を述べましたように……。
  145. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 所見ですか、陳情ですか、どつちですか、はつきりして下さい。
  146. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 陳情ですよ。
  147. 中地熊造

    ○参考人(中地熊造君) 陳情です。述べましたように、本年の一月九日以来、本日まで九隻の漁船韓国軍艦によりまして攻撃を受け、不法拿捕されたのであります。この問題は我々海上労働者にとつては特に重大な問題であります。この問題が起きまする以前におきましても、朝鮮の航路に従事する海上労働者で、朝鮮の港でいろいろな不法圧迫を受けまして、或いは私物を略奪され、更に船用品を略奪され、その他いろいろな形において日本船員が不法に圧迫を受けまして、数々の事件を起しておるのであります。私共はその都度船舶運営会或いは海運総局を通じまして、当局に、マツカーサー司令部に陳情いたしましてこれらの保護方を要請して参つたのであります。ところがそれまでは朝鮮の港における集団的示威暴徒が、そういうことを日本船員に対して圧迫を加えておつたのが、今回の問題は韓国の正規の軍艦が、国の機関が、而も武装して、その武装に基いて攻撃をして日本漁船拿捕している。このことを考えて見ますと、これは全く由々しき問題であると、私共はかように考えておるのであります。御承知のように私共組合におきましても、更に船員におきましても、業者におきましても、漁区の拡張ということを年来念願をいたしまして、各方面に陳情をして参つて来ております。特に東支那海の漁区の拡張を念願をいたしまして、当局に我々はしばしば陳情して参つたのであります。この我々の念願を達成する唯一の途は、飽くまでも国際信義を守ることと、船員マツカーサー・ラインを守つて、そうして日本の本当に平和を愛好する国民である、本当に信義を重んずる国民であるというように、国際的に我々は信用を高めることが、この漁区拡張の念願を達成するただ一つの途である。こういうように考えまして、特に漁業者を通じ、組合を通じて乗組員の各員に対して、マツカーサー・ラインを侵さないように、嚴にこれを守るように私共は度々指令して参つて来ております。特にそういうような指令をしておるばかりではなくて、船員は経費以来、單に魚をとるという漁業労働者としての技術だけでなくて、航海技術者といたしましても、天測或いはその他の方法によりまして、船の位置を確かめるというような航海技術者としての技術も、今日まで精進をし、錬磨して参つておるのであります。こういうような事実から徴しましても、私共は先程の証人証言が全く真実であり、日本漁船は半マイルと雖もマツカーサー・ラインを突破しておらない、越境しておらないということを私共信じておるわけであります。そこで我々が専門の立場から考えて見ますと、本当にマツカーサー・ラインを越境しておるかどうかということは、拿捕したその瞬間において、その船の位置をチヤートによつて正確にこれを測り、或いは天測によつて正確にその船の位置を測るという船長の要求を韓国側の軍艦が受入れて、その場において船の位置を正確に確かめるということによつて、本当に韓国側の主張が正当化されると、私共はかように考えるのであります。にも拘わらず、そういう一切の船長の要求或いは希望を拒否しておるという、そういうような事実から見ましても、明らかにこれはためにせんとするところの不法行為であるというように私共は考えざるを得ないのであります。かように重大な問題をそのまま放置して置きますると、一体どういうような現象が起きるでありましようか。一万五千のこれらの以西底曳の乗組員の諸君は、事業に対するところの信念も一切も放棄して、漁業に従事しなくなるであろう。そういうことも考えられるわけであります。  更に、国民的な立場から考えましても、憲法によつて武装を放棄した我々日本の国民が、正当に許された漁区内で漁業に従事しておるに拘わらず、不法にも一方の武装せる国の軍艦によつて攻撃を受け拿捕される。それに対して我々が何らなすところがないということになれば、一体我々は何に頼つて国際三義を守つたらよろしいのでありましようか。そういうようなことを考えて見ますと、この問題は明らかに日本を再武装すべしという一部反動分子にいい口実を與えて、国民的な平和国家建設への信念に重大な支障を来すというようにも考えられるわけであります。それで我々組合といたしましては、これを全国民的な運動として、こういうような不法事件の防止に努力すると同時に、国際的にも我々は、この際今回新たにできましたところの国際自由世界労連の同志にも訴え、更に相手国にもこういう問題を提訴いたしまして、民主的な世界の労働者に訴えて、国際的な輿論を喚起したい、かようにも我々は考えておるわけであります。然るに一月九日にこの問題が起きたのに拘わらず、今日までこの問題解決への何ら具体的な事実というものが現われておらない。このことは明らかに今日まで政府のとつた態度というものが非常に不誠意極まるものである、私共はかように考えておるわけであります。願わくば政府並びに国の最高の意思決定機関である国会におきましても、速かに具体的な解決の方途を講じまして、一日も速かにこの問題が根本的に解決されるように特にお願いをいたしたい、かように考えるわけであります。で御参考のために組合で一昨日この問題に対して声明書を出しておりまするから、ここで一応これを読ませて頂きます。    声明書   本年一月九日以降本日までに我が底曳網漁船九隻が某国の軍艦とおぼしきものに武器をかざした威嚇を受けて不法拿捕されるという事件が起つた。  拿捕漁船九隻の乗組員百十名の重大なる不安はそのまま以西底曳漁船乗組員一万五千の不安であることは言うに及ばず、遠洋漁業船員並びに商船船員二十万の生命に深刻な脅威を與うるものである。よつて政府は速かに有効適切なる手段を講じ、東支那海における我が漁業労働者の生命財産を保護すべきである。武装を排除した国家であるが故に、かくのごとき他国の不法と暴力の下に黙従を余儀なしとするならば、平和国家建設への信念も、或いは揺がざるやを憂うるものである。若し政府はその手段施策を怠るならば、以西底曳漁船船員万五千に対し本組合は断乎操業停止を指令する覚悟であることをここに声明する。   昭和二十五年一月三十日       全日本海員組合        組合長 陰山 壽  以上であります。どうか国の最高の意思決定機関である国会におきましても真剣にこの問題と取つ組んで、拔本塞源的に解決する方途を講ぜられんことを特に私はお願いをいたしまして、御説明に代えたいと思います。
  148. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 只今政府側からは、外務次官の太田一郎君、海上保安庁長官の大久保武雄君、水産庁次長の山本豐君、海上保安庁警備救難部長の松野清秀君、農林政務次官の坂本實君、これだけの方が見えております。運輸大臣は今までおられましたけれども、ちよつと衆議院の方に出られておりますが、こちらへ来られるように今連絡しております。尚、森農林大臣にも連絡しておりますから、多分お見えになると思います。こういう政府側に対しまして委員の御質問がありましたらお願いいたします。矢野君はいいですか。
  149. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 最前の継続したるお尋ねでありますから、すでにお分りと思いますが、本日証人としておいで願つておりまする小川漁務長の関係しておられる徳広丸は、すでに拿捕された直後、無電を以てそれを通報しておりますがそれを水産庁並びに海上保安庁は、これについて受信されたか、受信された後の処理、どういうような緊急な処置をせられたか、これを報告せられたい。
  150. 大久保武雄

    政府委員(大久保武雄君) 海上保安庁が最初に連絡を受けましたのは第三大洋丸でございます。この連絡を太洋漁業から受けましてから、海上保安庁は直ちに水産庁、外務省等々と連絡を取りますと同時に、GHQ並びに米極東海軍に直ちに連絡をいたしました。同時に外務省を通じまして、アメリカの対日外交機関とも連絡をとりまして万全の手配をいたした次第であります。
  151. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 水産庁次長に……。
  152. 山本豐

    ○説明員(山本豐君) 水産庁におきましても、その直後、外務省それからMRS海上保安庁等に直ちに連絡をとりまして、全体の問題としまして少しでもこういうことが今後続かないようにという意味で外務省に申入れをいたしまして外務省から関係方面にいろいろと折衝を開始して頂いたわけであります。
  153. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 僕はその方面の素人でありまするから、分り易いようにお答え願いたい。この徳広丸がいよいよ拿捕されて、無電を以て発信します。発信したものは機密に関する限りは御答弁不要であります。機密に属しない点において、それは直ちに水産庁にも分りますか。或いは海上保安庁にもその無線は必ず連絡ができるようなことになつておりますか、どうかその経路を承わりたい。
  154. 大久保武雄

    政府委員(大久保武雄君) 中央海上保安庁並びにそれぞれの基地において無線を有しておりますところは、それぞれ二十四時間内に受けております。常に無線の傍受はいたしておる次第であります。
  155. 山本豐

    ○説明員(山本豐君) 水産庁におきましては、下関方面に出ております監視船、これは海にいる場合もありますし、又交替で港に着いている場合もあるわけでありますが、それらの駐在官が陸地に無電を打ちまして、それが或いは電話或いは電報で水産庁に入つておるわけであります。
  156. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 水産庁次長並びに海上保安庁の長官の言によれば、いわゆる無電を受けて、その後それぞれ関係をとるべき各方面に関係を取り、万全の手配をしたという、ここに言質を得たわけでありますが、その万全の手配をせられてから後に悲しむべき不法拿捕のごとき事件が発生したかどうか。若し発生したとすれば、どこにその拿捕せしめなければならないような事態に至つたか、その原因について分つてれば、ここに公表をせられたいと思う。
  157. 山本豐

    ○説明員(山本豐君) 外務省関係のことにつきましては、私から余り端的に申上げるのも如何かと思うのでありますが、併し当初発生いたしまして、直ちに我々といたしましては申入事項を研究いたしまして、ただこれもいろいろと非常に国際的な関係もありますので、関係方面にも連繋をとりながら考えたのでありますが、それによりまして外務省に申入れをいたしまして、又外務省はそれに基いて関係方面といろいろと御折衝があつたと考えておるのであります。ただそういう第二段、第三段の経過がありますので、その後の第二或いは第三の事件が起りましたことは誠に遺憾に思うのであります。併し全体といたしまして、今回の処置を我々といたしましても非常に重大視いたしまして、現在におきましても外務省を通じましていろいろとお願いをいたしておるわけであります。
  158. 太田一郎

    ○説明員(太田一郎君) 外務省としてどういう措置をとつておるかという御質問に対して御答弁いたします。外務省におきましては、個々の事件が起りますると。水産庁海上保安庁或いは業者の方から直接にいろいろ事情を訴えられます。その場合に私共といたしましては、捉えられた当時の状況であるとか相手側の船の様子であるとか、場所であるとかいうような点について詳細事情を聴取いたしまして、これが大体どこの船であるかということを明らかにできるものは明らかにいたしまして、そうして関係方面に連絡いたしまして即ち総司令部の関係局に、或る場合は書面を作り或る場合には口頭を以て連絡いたしまして、そうして私共の考えておるところを関係国の個々にありますミツシヨンを通じて関係方面の方に申入れておるような次第であります。最近の韓国政府による漁船拿捕という問題につきましては、これ又早速GHQの関係方面に連絡いたしまして、個々のミッシヨンを通じて措置がとられました外、総司令部におきましては、又独自の措置をとられたのでありまして例えば直接京城にありますところのアメリカの大使館を通じて我々の希望を取継いで頂くように措置いたしております。
  159. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 私が今御質問申上げたのは非常に重大な問題であつて、最前海員組合の代表者の陳情の言葉の中にも、何ら政府は措置をしていないと考えておる国民の階層があるということは最前の組合長の言によつて明らかであります。併しながら国会としては、我々水産常任委員会においてもこれを早急に取上げ、又青山同僚議員は、これを本会議において緊急質問をして、政府にそれぞれ、委員会及び本会議を通して伝達しておるし、又最前からの水産庁次長並びに海上保安庁長官の言によれば、これらの事件発生後万全の手配をして、それぞれ間然するところなく措置を今進めつつあるというお答えを得たので、本員としてはその万全の措置をしたとすれば、その後に沸いて発生したかどうか、発生したとすれば、何故にそうしたことが起つたかいう私は原因をお尋ねして、そうしてそれについて又更に、然らば万全の策よりも更に一段高い万々全の最善の策をとらなければならないというのが本証人喚問の目的でもあつたわけであります。そういう立場からでありますから、その後にいわゆる万全の策をとつて見たが、又不幸にしてかかる悲しむべき拿捕事件が起つた。どういうために起こつたか、どういう点においてまだ手薄があるから、こうなつたという私は原因を明らかにしたいと思います。故に海上保安庁長官、或いは只今の外務事務次官に対し、或いは水産庁次長に対してもう一度はつきりお答えを願いたいと思います。
  160. 大久保武雄

    政府委員(大久保武雄君) 今回の事件の発生は数回に亘つてつたのでございます。私共が無線を傍受いたしましてから、直ちに関係方面に懇請をいしたのであります。幸いにいたしまして直ちに出動手配の準備を遂げられました。佐世保から米警備隊が直ちに現場に出動いたしたのであります。併し何しろ非常に広汎な水域でありまするし、不幸にしてその後再び事件が起つたのでございます。これ亦直ちに関係方面に事情を具申いたしまして、援助の懇請をいたしました結果、更に現場に艦艇の増配並びに航空機の出動までいたされまして、非常な哨戒その他の労をとられた次第であります。その後事件の発生は起つていない次第であります。そこで現在の警備状況についてのお尋ねでございましたが、海上保安庁は現在日本の保有しておりますところの沿岸基地から五十海里以上を出る場合におきましては、米海軍司令官の承認を要すということに相成つております。勿論難破船の救助、その他犯人の追跡といつた場合におきましては、事後承認を以て足る次第でありますが、原則的には承認を要する次第であります。さような関係からいたしまして、今回のように非常に遠隔の地におきまして発生した場合におきましては、如何とも現状を以て処置の方法なしということに相成つているのであります。
  161. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 運輸大臣がお見えになりました。
  162. 青山正一

    ○青山正君 外務当局に承わりたいと思います今回の不法拿捕事件に、韓国側の方に政治的意図ある結果起つたものと解するかどうか、例えば米国の韓国への対援助資金がストツプになつた結果、或いは軍事協定を結ばんためのゼスチュア、或いは学校閉鎖による報復のためとか、そういつた何かしら含むところがあるに違いないと思うのでありますが、その原因について御承知になつている分をお話し願いたいと思います。
  163. 太田一郎

    ○説明員(太田一郎君) 只今の御質問にお答えいたします。何か政治的な意図その他の原因があるのではないかというお尋ねでございますが、私としてはその点については何らどういう意図があるとか、詳細存じておりませんので、お答えができないことを遺憾といたします。ただ今回の問題が起りまして、総司令部の関係方面においていろいろ折衝いたして頂いているのでありますがその印象によりますと、マツカーサーラインというものに対するその性質或いは日本漁船に対する監督の問題等につきまして、十分韓国政府において分つていなかつた点があつたのではないか、こういうふうに想像いたされます。従いまして、そういう点がよく分りましたと存ずるのでありまして、私の了解いたしておりますところによりますというと将来の問題並びにすでに掴まつている船、その他の問題につきまして、近く皆様の御期待に副うような解決方法について正式にお答えすることができると考えます。目下総司令部の好意ある斡旋と、韓国政府のこれに対する措置とによりまして、この問題も近く解決の運びになるものと、かように承知いたしております。
  164. 青山正一

    ○青山正君 次いで海上保安庁長官に承わりたいと思いますが、農林省の船と海上保安庁の船と絶えず連絡があるかどうか。それから海上保安庁の監視船の大きな船の速力とか、或いはトン数はどんなものか。それから第三は、日本の沿岸五十海里まで監視責任があると申しておられましたが先般の私の質問に対しまして吉田総理大臣は、マツカーサー・ライン監視は、海上保安庁の監視船に当らしめているということを言うておられたのでありますが、その点は、これはこの間の保安庁長官の言とは全く違うと思いますがその点についての御返答と、それから第三国の艦船と出会つた場合、監視船は対抗でき得るだけの力があるものかどうか、この四点につきましてお伺いしたいと思います。
  165. 大久保武雄

    政府委員(大久保武雄君) お答えいたします。最初の農林省の監視船との連絡の方法でございますが、現在はマツカー・ラインの近所まで行つておりますものは、農林省の監視船でございます。農林省の監視船が日本船舶のいろいろな法律違反を発見をいたしますと、直ちに私の方に無線で知らして参ります。これに対しまして海上保安庁は自己の行動圏内におきまして法律上の所要の措置をとるわけでございます。尚又今回は農林省の監視船とは非常に緊密に連絡いたしまして、いろいろな無線の経路を使いまして、常に米海軍並びに海上保安庁とは緊密な連繋をとりまして万全の措置をとつた次第でございます。  第二点の、海上保安庁の監視船の速力並びにトン数というお尋ねでございましたが、現在海上保安庁が所有しておりますところの最大の監視船は七百八十総トン、速力十ノツトでございます。併しながらこれは僅かに一隻でございまして、北方に配備をいたしております。九州方面の主力をなしますものは、約百トンの木造駆潜艇でございます。速力は約八ノツトでございます。甚だ微々たるものでございます。  次に、先般の吉田総理大臣との、監視区域につきましての齟齬の点をお尋ねになりましたが、実は海上保安庁創立以来、海上保安庁船艇の行動範囲につきましては、余り明確な取決めがなかつたのであります。これに対しまして昨年の暮になりまして只今申上げました沿岸基地五十海里を出でないようにという申渡しがあつて今日に至つている次第でございます。かような関係から、海上保安庁は沿岸水域における法律上の責任を法律上所有しておりますけれども、実際上は沿岸五十海里以上の行動可能が直ちにとれないという事情があるのでございます。  最後のお尋ねの、第三国の艦船に出会つた場合に対抗する力があるかどうかというお尋ねでございますが、これは公海におきまして、現在我が国は、海上保安庁は全然権限の行使はできないわけでございます。又現在海上保安庁の船の装備は、僅かに拳銃を最近各人が所有いたしている程度でございまして、装備の点はかような貧弱な状態でございます。
  166. 青山正一

    ○青山正一君 農林省の方に纏めてお聞きしたいと思います。第一点は、天測というものは確実なものかどうか。つまり正しく天測できるものかどうか。五マイル、六マイル、つまり五海里、六海里、これは神様でない限りはつきりせんものだということを私は聞いておるのでありまするが、その通りであるかどうか。それから第二点は以西底曳船とか、以西トロール船に天測をする人間を乗せておるかどうか。つまり天測器を八割、九割近くの船が持つていないということを聞いておるのでありますが、その事実はどうかという問題です。それから第三の問題は、天測に関しての法律、例えば何トン以上のもの、或いは何百海里までに出漁した船、そういうものに対して天測器を持たなければならないかどうかという何か規則でも作つてあるかどうか、この問題、第四点は天測器のないものには直接天測とか、経験でやつているのかどうか。この天測の問題は第四点で收めます。  それから問題は別となりますが、今日拿捕されました九隻の船及び積載物の損害総計は金額にして如何程になるか、そういう問題、それから第二点は、船及び積載漁獲物が返されていないのでありますが、これは船は直ぐ仮して貰い、積載物に対しましては損害賠償させる気持があるかどうか、この点農林省の方ではどういうふうに交渉しているか。それから外務省の方でもこれは折衝を進めておるかどうか、そういう問題、それからもう一点は、農林当局ではマッカーサーライン韓国の領内の中間の場合は総司令部に対しては責任を負うが韓国に対して何ら責任を負わないと新聞紙上に発表になつておるのであります。若しそうなるとすれば、例えばポツダム政令が出ない以前に出漁して、中国とか、或いは南鮮、つまり韓国から拿捕された五十八隻の分に対しで、この気持でおられるかどうか、そういう問題、それからこの韓国船の二十九隻、或いは中国の二十九隻、このポツダム政令の前に拿捕された船に対してもですね。損害賠償を受くべきでありますか、この点について承わりたいと思います。
  167. 山本豐

    ○説明員(山本豐君) お答えいたします。順序を逆にいたしまして後の方の御質問からお答えいたします。九隻の船及び積載物の損害総額のお尋ねがあつたのでありますが、これも推計をいたしますればほぼ或る程度の数字は出ると思うのでありますが、例えば漁獲物等につきましては、一隻に大体二千箱、先程どなたか証人の方が言われました船におきましては、これは四千箱もとれているようでありますが、そういたしますと、二千箱として漁獲高は二百万円くらいになるのではないかと思うのでありますが併しこの点は個々の船からまだ詳細な報告には接しておりません。又強いてこつちが推計できないことはないのでありますが、併し又それよりも我々といたしましては、船の返還というふうなことの方が大切であるというふうに考えまして、その段階まではまだ行つていないのであります。  それから次に、乘組員が帰されまして、船及び積載漁獲物の返還がまだないか。これはお説の通りでありまして、二十五日に六十六名、最初拿捕されました五十五隻の乗組員の中の六十六名だけが帰つたものでありまして、船及び積載漁獲物は返されていないのであります。それを返すべくいろいろと交渉をやつて頂いておるわけであります。それから損害賠償の問題でありますが、これは私達といたしましては、この不法の拿捕によりまして起きた損害というものは、これは当然賠償すべきが至当ではないかというふうに考えておるのであります。併しながらそれにははつきりと不法であるかどうか。今日の証言等によりましても、恐らくそうであろうとは確信するのでありますけれども、これらの点につきましても関係方面で今その調査をして頂きまして、何らかの回答に接したいと希つておるわけであります。そういうこともよく考えた上でないと、はつきりしたことがなかなか、掴めないのじやないかと思うのであります。この点は先程あとで申されました、例えばマ・ライン韓国の中間方面で、すでに拿捕されました五十八隻につきましても、私達の気持としましては、不当に拿捕されたものにつきましては、これは賠償すべきであるというふうには考えておるのでありますが、何さまこの以前のものにつきましては、そういう拿捕されたときの場所であるとか、或いは又その状況等が明瞭になつていない点もあるのでありまして、今度の事件が相当にいろいろと本日等の会合等によりましても、段々とこれが明瞭になつて参ると思うのでありまして、これを試金石といたしまして、これらの点の問題につきましても併せて考慮するのが必要ではないかというふうに考えております。天測の問題についてお尋ねがありましたが、これは一つ遠洋漁業課長が来ておりますから、そちらから答弁いたします。
  168. 兼友大助

    ○説明員(兼友大助君) 天測の正確度についてお尋ねがございましたが、お答えいたします。漁船は一般に一番多く用いておるのは簡易天測法ではないかと思います。これによりますと、誤差は大体一マイル以内と、こうなつていますが、勿論天測をやりますところの個人によつて個人差が起ります。それを考えまして、参普通大体熟練した航海士でありますと二マイル以内の誤差に収まるのじやないかと考えております。
  169. 千田正

    ○千田正君 私の質問運輸大臣並びに吉田外務大臣がおられないから太田次官に質問するのは、今後の日本の外交問題を基調とするところの、こうした問題に対する根本的な考え方に対処する面においてお伺いしたいと思います。それは先程海上保安庁長官のお答えによりまするというと、只今與えられておるところの任務においては、到底この度のような不祥事の発生したる場合において十分なる職責を全うすることができない、こういうようなお答えであつたのでありまして、将来の水産の増産その他に対するこの出漁者にとつては非常にこれは大きな悩みである。そこで私のお願いしたいのは、運輸大臣はその所管であるところの海上保安庁の職務を全うするために、外務省並びに関係筋に対しまして、より以上の警備或いは安寧を守る意味におけるところの海上保安庁の職責を全うするような方法を今後講ぜられるか、どうか。同時に太田次官にお尋ねするのは、先国会以来、しばしば吉田大臣は、日本は憲法において武器を捨てておるけれども、自衛権というものはあるというような意味を国会において発表されておるのであります。自衛権の発動ということを将来の問題として考えるならば、我々日本の、現在敗戦後において平和産業に従事しておる人達の将来を守るためにおけるところのこの自衛権について関係筋に対しまして、先程申上げましたような、海上保安の整備を十分に全うするような方法を講ずるだけの関係筋への折衝をなされておるかどうか。或いは今後どの程度でそういう問題を解決するつもりでおるかどうか。この点につきましてお答えを願いたいと思います。
  170. 大屋晋三

    ○国務大臣(大屋晋三君) 只今の千田君の御質問にお答えいたします。この海上保安庁の現有勢力が非常に薄弱で、只今長官から申上げました通り、十分に近海の警備等ができないという点は誠に遺憾でございまするが、只今お話のありました通り、これを海上保安庁の、例えば巡視船の点も、実は現在の力は、目下新たに建造をしております船を加えましても一万トンしかないのでございますが、それは実は五万トンまで造ることを許されておりますので、予算等の関係とも睨み合せまして、成るべく速かに増強をいたしたいと考えております。その他この保安の機構というような点につきましても、十分に注意をいたしまして、いろいろな事件に対しまして、これが即応的な力ができますように拡充を図りたいと考えておる次第であります。
  171. 太田一郎

    ○説明員(太田一郎君) お答えいたします。自衛権の問題についてお話がございましたが、このマツカーサー・ラインに出漁いたしますところの日本漁船につきましては、最高司令部からの覚書に基いて、その規則に従つて行動をいたしておる次第であります。目下韓国政府と総司令部との話合いによりまして、解決の緒についておりますように承知しておりますところの見通しによりますというと、恐らく韓国政府に関する限り、今後日本漁船が自衛権を行使しなければならないというような問題は起らないようになると考えております。
  172. 江熊哲翁

    ○江熊哲翁君 私は先日の委員会の際に申上げたのでありますが、非常に重大問題でありますし、更に青山委員から先刻御質問があつたようですが、御答弁が非常に不明瞭であるので、一つ明らかにして置きたいと思うことは、この本日の証人の方々の頭を一貫して流れている考え方というものに私は非常に疑問を持つておるのでありますが、マツカーサー・ラインを出ておるとか、おらないとかということを非常に問題にされておられて、マツカーサー・ラインのうちにおるから、お前のところに行くことはできないというようなことをしきりと言われておりますが、まあ私個人の考えを以てすれば、この考え方は根本的に間違つているので今回の拿捕問題に限らず、従来の拿捕された漁船の殆んど全部は不法拿捕であると、海賊的行為であるいうことに私は考えなければならないと思うのであるが、併しこの根本的な考え方が、今後のこの問題の解決及び今後或いは起るかも知れないところの問題の解決に重大な影響を持つのであります。この点について幸い外務次官も列席しておりますし、水産庁次長もお見えになつておりますので、一つ御答弁をお願いいたします。問題が極めて重大でありますから、はつきりいたさなければ……この問題の解決を早急に図りたいという我々の立場からしても、御答弁をお願いいたします。
  173. 太田一郎

    ○説明員(太田一郎君) お答えいたします。日本漁船が総司令部の規則に従つて行動しておるかどうかということを監督し、監督する権限は連合国の最高司令官にのみあるものと思います。従いましてマツカーサー・ラインを越えたからといつて、公海において日本漁船拿捕するということはできないのであろうと考えます。
  174. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 運輸大臣並びに農林大臣が見えておりませんので、坂本政務次官からお答えを頂きたいと思うのでございますが、すでに昨年中国並びに某国そうした関係から五十五杯の船が拿捕された。今年に入つて九杯に及ぶ船が一月間で拿捕されておる。こうした関係において、先程太田次官から、極めて近い時期に国民の納得し得るような何らかの発表がなされるのではなかろうかと、こういうことを伺つたのでありまするが、併しこの五十五杯の船にいたしましても、今年における九杯の船にいたしましても、こうした問題が起つた当初における、或いはその過程において、その問題がどういうふうに取りなされたかという点を運輸大臣から一つ御説明願いたいと思います。
  175. 大屋晋三

    ○国務大臣(大屋晋三君) 淺岡君にお答えいたします。この私の所管の問題が起きました都度、即ちこの漁船拿捕というような、或いは追跡を受けたというような問題が起きました都度、閣議にはこれを報告をいたしている次第であります。尚、附加えまするが、この事実が瀕発いたしましたその都度、やはり私共といたしましては外務省農林省或いは関係方面と緊密な連絡をとつて問題を処理していることは勿論でございます。
  176. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 重ねて運輸大臣にお伺いいたしますが、昨年来この五十五隻に亘る間において閣議或いは各省において遺憾なき措置がとられたとするならば、或いは今年は起らなかつたのじやなかろうかということも一応考えられるのでありますが、今運輸大臣の説明につきまして、私といたしましては、その点もう一度はつきりと明確にお答え頂きたいと思います。
  177. 大屋晋三

    ○国務大臣(大屋晋三君) 事件相手方が御承知の通り三ケ国程度になつておりますので、事の処理は外交の問題になるのですが、御承知の通り、我が国には自主的の外交権がございませんので、この問題をそれぞれ関係方面に連絡をいたしまして、関係方面から適切なる処置を懇請しているという処置を従来とつてつた次第でございまするが、五十数隻に上る事件があるにも拘わらず、これの跡が根絶できないのは不都合ではないかというようなまあ御趣旨かと思うのでありますが、今まではそれぞれへの連絡措置はそれぞれの関係方面にとつておりましたが、遺憾ながら五十数杯が、一昨年以来トータルにいたしまして拿捕されているということは誠に私としても遺憾でございますが、どうもこれ以上従来の方式では何ともいたしようがなかつたことを御了承願いたいと思います。
  178. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 坂本政務次官から、農林省における或いは農林大臣の……今農林大臣はここに出席されておりませんから、代つて一つ御答弁頂きたいと思います。
  179. 坂本實

    政府委員(坂本実君) 今回済州島南方地域におきまして、韓国警備船にかかる日本漁船の不法拿捕事件が起りましたことは誠に遺憾に思うのでございますが、尚、只今淺岡委員からもお話がございました通り、従来もかような例があつたのでござまして、農林省当局といたしましては、その都度関係方面とも連絡をし、又関係各省とも連絡をいたしまして、極力かような不法拿捕事件の発生を停止いたしまするように努力を続けて参つたのであります。併しながらこれは只今我が国の置かれておりまする立場といたしまして、積極的な対策を講ずることはできないのは誠に遺憾でありますが、消極的な対策といたしましては、極力予算的な措置も講じまして、監視船を殖やしまするとか、その他の方法を講じまして、極力相手方に口実を與えないということをモットーといたしまして、いろいろ取締りも厳重にいたして参つておるようなわけであります。今後と雖どもこの問題が、かような問題が再び起らないように更に最善の努力をいたしたいと考えておる次第であります。
  180. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 坂本政務次官に重ねてお尋ねいたしますが、私の聞いたことが誤まりであるならば、これは私訂正いたしたいと思うのですが、農林省の監視船すらも威嚇されたとか、或いは襲われたというようなことを私聞いたのでありますが、そうした事実ありや否や、一つ……。
  181. 坂本實

    政府委員(坂本実君) お答えをいたします。事柄が非常に重大でおりまするので、明白にお答えいたしかねるかとも思いますが、かような事実が必ずしも絶無とは申出けかねるかと思います。(笑声)
  182. 江熊哲翁

    ○江熊哲翁君 私はこの農林省の監視船の態度に非常にいかないところがあるということを考えるそれは本日の証人達の話を聞いていて私痛感したのでありますが、従来農林省の監視船は、この大洋の真ん中における天測の位置の決定の問題にとらわれて一浬出ておるとか、二浬出ておるとかと言つているようなことで、どんどん強制処分をやることは、ゼスチユアにしては業者の犠牲が余り大き過ぎる。そうしてこの問題が起つたら、そのままずらずらと頭がラインを出ておれば、当然こういうことをやられるのだといつた気持があつて、今日の陳述がいろいろなされておる。従来非常なギャング的な、海賊的な不法拿捕が行われた場合においても、常に行政庁が側面的に、具体的に言えば、向うに加勢したような態度をとるから、それはいけないのだというような先入観があつて、これだけ大きな問題が六十何杯の船がとられても、この問題が大きな問題として取上げられなかつたことは、大体水産庁の監視船監視の態度に非常に不備があつた、こういうことを私は申上げて置きます。今後この水産庁の監視船、保安庁も或いはそういうことも言い得るのではないか、私は保安庁のことはよく知りませんが、よく研究して今後の監視の方法について、今少しむしろ業者と一体となつて考えて行くのだという形にして頂く。これに対する山本次長の見解を伺いたいと思います。
  183. 青山正一

    ○青山正一君 それにちなんで、只今江熊さんからその点についていろいろお話があつたわけですが、私としても一つ御一言申上げたいと思いますが、余りにこの日本監視船あたりは功を焦り気味になつて、例えば十一月二日から十一月の五日に至る僅か三十時間の間に七組もこれを摘発した。こういうときに一応注意を與えるとか、或いははつきりとした証拠を掴んでやるならばともかくも、天測ではなしに、逆算した位置とか、或いは推測した位置の下にこれを摘発する態度が非常に悪いと思います。それに対する今後の水産庁の進め方について一つお話願いたいと思います。
  184. 山本豐

    ○説明員(山本豐君) お答えいたします。監視船はこの監視を受ける皆さん方の立場から考えますと、非常にこの行動は大切なものであると思うのであります。ただ何さまこの監視船が昨年度漸く急に話が出まして、予算措置を講じまして、現在漸く七隻が働いておるわけであります。そういう状態でありまして、監視員においても不慣れな者とか或いは又監視員相互の間の思想統一というような点に不備な点があるだろうと考えるのであります、この点につきましては水産庁といたしましても、今度のこういう事件等との関連も重大視しまして、相成るべきは、今後よくこれを指導いたしまして、今両委員からお話しありましたような点を十分参酌して善処して行きたいと考えております。
  185. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 先外外務省当局から、近くこの問題に対して何らかの声明、或いは朗らかな言葉が聞かれるということになつたのでありますが、その時期というものはただ近くということでありますが、いつ頃のことですか。その間にそういうことが再び起るか起らないか、こういうことに対して、はつきりとしたことを一つお答え頂きたいと思います。
  186. 太田一郎

    ○説明員(太田一郎君) お答えいたします。私の承知いたしておるところによりまするというと、韓国政府に関する限り今後起らないものと思います。
  187. 江熊哲翁

    ○江熊哲翁君 外務次官の御答弁によつて了承いたしたのでありますが、今後非常に韓国政府は好意を以て我が日本漁業に当られるということを明かにして頂いたことは、私共として非常に感謝に堪えないのでありますが、然らばその前に六十四隻のこの不法の海賊的拿捕という問題に対する莫大な犠牲の補償ということについては、一体今日この頃、そういうことでお話があつたか、ないとすれば、これらに対しては一体どういう態度で出ようとしておるか。そのお考えを外務次官或いは水産庁の方において御答弁願いたい。
  188. 太田一郎

    ○説明員(太田一郎君) この委員会で問題となつておりますようにお聞きしましたけれども、船舶、船員の皆さんの問題については、至急極く最近の機会に返還並びに帰還して頂くように交渉しております。それからその他の問題でありますが、御承知の通りいろいろなケースにつきまして、海上保安庁や水産庁から御連絡がありますときに、私共といたしましては、やはりその相手方を十分に納得させるだけの資料が欲しいのでありまして、例えば水産庁、或いは海上保安庁が直接持つて来られたものだけでは、私共相手方をそれによつて折衝して承知させるという立場にあるものといたしましては、今までのところ大分証拠が不十分であるというようなものもありまして、全部の事件について損害の賠償であるとか、又或るものにつきましては、どの国の船がやつて来て捕えたのかという点につきましても、十分私共がそういう交渉を受ける立場に立つて考えて見ますというと、やはり納得のできないような場合があります関係上、そういう点につきまして、十分強く折衝できるような資料に乏しいというようなものが少くないということを御了承願いたいと思います。
  189. 江熊哲翁

    ○江熊哲翁君 只今次官の御答弁で大体私共了承いたしましたのですが、ただ私は従来の例に徴しますと、これはひとり韓国側の問題だけではなく、中共関係の問題も多分にあるわけです。これらの問題はいずれにいたしましても、国家の極めて重大な問題でありまして、そういう意味合いからしましても、御承知の通りに我が参議院の水産常任委員会においては緊急質問もし、その他決議案の上程にまで運ぶように準備をしたのですが、客観情勢が許さないから、事ここに至つておるのですが、誠にその点は遺憾であります。併し我々参議院の水産常任委員会はお互い非常な努力をして、この重大なる問題を成るべく急速に解決したいと請う熱意を持つておるということを明らかにいたして置きたいと思います。と同時に、特に生産者側に深い関係を持つところの水産庁の長官以下の各幹部諸公は、この問題の解決に当つてもう少し思い切つた企画性を以て、早急に解決方に御協力して頂きたいということを特に申上げて、別に質問というのじやなく、非常に大きい問題で、而も早急に解決を要するということを申上げて置きたいと思います。
  190. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 先程来から政府では、船も返されるであろう、漁具も返されるであろう、或いは漁獲物、そうしたものもそれに代るべきものが当然返されるであろうという説明があつたのですが、それ以外に、とにかく船員諸君、或いは船に乗つておられて、その水産に携わつた方々の慰藉というものを政府が特に別個に考えておるかどうかという点を、水産庁或いは外務省、そうした政府当局から一つ明確なるお答えを頂きたいと思います。
  191. 山本豐

    ○説明員(山本豐君) 今回のこの一種の遭難にお遭いになられました漁民の皆さん方のお立場を考えますと、誠に御同情に堪えない次第であります。一昨日でありましたが、以西底曳の会議におきましても、この船員に対する慰藉の電報を打とうというような話も出ておつたかに考えられるのでありますが、我々といたしましても、そういう点では十分に人後に落ちないつもりであります。ただこれを金銭的な方法でどうするかというような問題につきましては、只今のところまだはつきりした見通しを付けておるわけではありません。これらの点につきましては、今後の情勢の推移と並行いたしまして研究して行きたいと思います。
  192. 淺岡信夫

    淺岡信夫君 山本次長に重ねて私強く要請して置きますが、今後そうした慰藉というような面につきまして研究するということでありますが、研究でなくて、実際にそうしたものに対して、現実にそれを処理して頂くように至急お考えを願いたいということを強く要望いたします。
  193. 青山正一

    ○青山正一君 最後に私から一言、外務次官から見解を承わりたいと思います。重ねてお聞きするわけです。はつきりお答え願いたい。マッカーサーライン外の漁船を、占領軍以外の手で拿捕する権能はないと思うが、外務大臣の見解如何、これをはつきりお答え願いたいと思います。
  194. 太田一郎

    ○説明員(太田一郎君) 私の了解いたしておりますところによりますると、日本漁船が総司令部の指示に従つて行動しているかどうか、それに違反いたしましたときに、それを制裁する権能があるのは最高司令官だけであると考えます。
  195. 千田正

    ○千田正君 只今の太田次官のお答えによるというと、先般来拿捕されているところの相手拿捕した国であるところの韓国において、日本漁船マツカーサー・ラインを越えた場合においても拿捕する権能はないとお認めになるのでありますか。その点明白にお答え願いたい。
  196. 太田一郎

    ○説明員(太田一郎君) 日本漁船は、マッカーサーラインを出てはいけないのでございます。出ないものと了解しておるのであります。若し公海において韓国政府が拿捕するというようなことがありました場合、そういうことはできないものであると私は考えております。
  197. 矢野酉雄

    矢野酉雄君 本委員会は、今日五人の証人の有力なる証言を集め、それから三名の大変切々たる陳情を頂きました。これに対する我が参議院の水産常任委員会は、これらの尊い資料をここに参考として、一つの論を出して、或いは政府に、或いは関係の当局に対して或いは鞭撻し、或いは要望するというような、その方法の次第については時間の関係上、本日その結論を生み出すことはできないと思います。ただ私はこの際、折角証人がお出でになつておられ、又陳情をされた方がありまするので、この機会に我が常任委員会として考えなければならない重大問題として、私の意見を委員長に申上げて置きたいと思います。  それはこの問題は某国という言葉であるとか、或いは明かなる韓国という言葉で表現されたりしておりますが、若しこれが韓国であるとするならば、これは日本韓国との将来のために由々しき問題であつて、こうした問題が起る前提としては、果して我が日本民族と韓国の民族が、終戦後本当に一体となつて東亜の平和を維持して行くために、水も漏さないようなそこに理解と友愛の精神が交流しているかということを考えなければならない。その点がこれらの問題を発生する大きい前提じやないかと思います。これは日本が百年の大計を立てるために、日本の八千万の国民が根本的に反省しなければならないと周東会長が強調をしておられるように、我々日本国民としても、水産業界の我々としても自省自粛すると共に、マッカーサーラインを厳守するという謙虚な態度をとることは勿論であるという、ここに言葉を謳つておりますが、これは我々としては実に我が意を得たりという気持がいたします。曾て木下委員長と共に、ヘリングトン氏並びにアメリカ水産界代表の四名の諸君と私達が会つて、いわゆる海区拡張の問題についていろいろ主張したとき、某議員の言に対して憤然色をなしてアメリカの代表がこれに答えた。それは結局我々が、果して日本水産業界の我々としては、謙虚な態度で守るべきものは守つておるかどうかということを真に省みながら、そうして正しい主張に対しては命をかけてもこれを貫くという精神で行つたときにおいてのみ、その主張は天も動かし、又相手国を動かすと私は信ずるのであります、故に我が水産常任委員会は、本日の各氏の御意見をよく総合いたしまとて、そして韓国との百年の和衷がここに打立てられるように、そうして安んじて水産が行われるような、一つ根本的対策を確立するというようなふうに導くならば、正に雨降つて地固まるということに私はなると思うのでありますので、よろしく委員長はこの問題を次の委員会だけに止めずして、十二分に検討して、必要ならば関係当局は総理大臣、或いは各方面の関係大臣を呼んで、そうして重大な国策としてこの問題を検討せられるように、この委員会を運ばれるよう私は心から希望して置く次第であります。
  198. 千田正

    ○千田正君 もう十分証人の言も聞き、又陳情も承わりましたし、所管各大臣からの、或いは長官からのお答えも聞きましたので、本日はこの程度において委員長から閉会をお諮り願いたいと思います。
  199. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 千田君の動議に御異議ございませんか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  200. 木下辰雄

    委員長木下辰雄君) 御異議ないと認めます。  ちよつと証人に申上げますが、長い間本委員会においていろいろ具申下さいまして、厚く御礼申上げます。  本日はこれにて散会いたします。    午後五時一分散会  出席者は左の通り。    委員長     木下 辰雄君    理事      千田  正君    委員            青山 正一君            松下松治郎君            淺岡 信夫君            西山 龜七君            江熊 哲翁君            矢野 酉雄君   国務大臣    運 輸 大 臣 大屋 晋三君   政府委員    農林政務次官  坂本  実君    海上保安庁長官 大久保武雄君   説明員    外務事務次官  太田 一郎君    農 林 技 官    (水産庁生産部    遠洋漁業課長) 兼友 大助君    水産庁次長   山本  豐君   証人    第十一徳広丸    第十二徳広丸    漁務長     小川 政市君    第十七喜久丸船    長       門崎  進君    第三十九大漁丸    船長      松本喜代次君    第三大洋丸機関    長       中島 元成君    第三大洋丸船長 荒井 正文君   参考人    大洋漁業株式会    社下関支社長  清藤 太郎君    下関水産振興協    会       細川 良平君    山口県会議員            井川 克巳君    全日本海員組合    副組合長    中地 熊造君