○裏門員(川島孝彦君)
人事委員会の継続
調査として問題にな
つておりますのは、
国家公務員の
給与問題に関する
調査でございまして、四月二十七日にその要求書を
提出しまして、五月二日に
決定いたしたものであります。そこで専門員の方で
調査のことを計画いたしましたのは大体三点ございまして、前々から引続いておりましてまだ未解決にな
つておりまする
公務員の
給与べース引上げの問題につきまして、一層
事情を
調査して
結論を得たいということ。第二といたしましては、
石炭手当の引上の問題に関する
調査をいたしたい。第三には林野庁の現業
職員の問題がこの前も請願がありましたので、そのことの何とか
結論を得るべく
調査を進めたい、こういう三つのことを先ず主眼といたしましてお
つたのでございます。これにつきましては第二第三の問題は、
石炭手当につきましては、
北海道の現地を
調査することが至当であると
考えるが、又林野庁の現業
職員の問題につきましても、伐採をいたしておりまする現場に臨んで実際の
調査をいたすのが適当であると
考えまして、専門員の手許におきましてその実地
調査の計画と
議員派遣の計画をいたしたのであります。これにつきまして、私かない点がございましたのでお詫びをいたしたいと存ずるのでありますが、両方の問題共その計画を立てる時期が遅れましたので、又各方面の
連絡やなにかにつきまして、時間をとりましたり、その他種々の
事情がございましたために、
臨時国会の
開会を間近かに控えまして遂に実行することができないような
事情に立ち至りました。この計画につきまして
委員の方々皆様に大変無駄な御心配、又いろいろ御配慮を頂きましたのにこれを無にいたしましたことは、当事者としてまことに申訳なく存じておるのであります。それで第二第三の問題は、そういうために結局十分
調査を進めていくことができませんでありましたが、第一の
給与ベース引上の問題に関しましては、閉会当時の
状況といたしましてはまたいろいろな
資料が出て参りません。こういうので本年の始めからその後の各種の
関係の
状況を、どういうふうに
変化しているか、その材料を出揃うの待ちまして研究いたしました結果、大体今まで判明いたしましたところは次のような点でございます。第一はG・P・I即ち消費者
物価指数の変遷が最近では五月までの分が出て参
つてろいます。六月の分はあと一二週間で出揃うそうでありましたが今まで分かりました
状況で判断いたしますと、少しくどくなりますが、昭和二十三年の七月即ち六千三百七円
ベースの
計算をいたしました当時以後の
状況を概括して通覧いたしますと、二十三年の七月には指数が一〇八であ
つたものが二十四年の七月、即ち去年の
給与ベース引上の
勧告をいたしまする基準にしました月、その当時になりますと、十四〇・七に上が
つております。一〇八が一四〇・七即ち三〇%の高騰を示してお
つたのでありますが、その七月を頂点といたしてその後漸次降り坂になりまして、昭和二十四年の十一月には、一三四、昭和二十三年の七月を一〇〇といたしますと一二四%というふうに下
つて参りました。併し今年の昭和二十五年の一月には少し上りまして、一三五・五、即ち昭和二十三年の七月を一〇〇といたしまして一二五%、二割五分増というようにな
つたのであります。これは丁度昭和二十五年の一月に主食の小売公定
価格の改訂がありまして、大凡主食では一割
程度の値上りを示したのが影響したのではないかと思います。その後二月三月四月と順次やはり指数は低下いたしまして、一三五・五、一二九・八、一二七・七、一二四・三というふうに下
つて参りました。併し、今年の五月になりますと、これがやや又上昇いたしまして、一二六・三というところにな
つております。これを二十三年の七月を一〇〇といたしまして、
計算いたしますと一一七%即ち二十三年の七月に比べて一割七分高目にな
つておるという
状況でございます。今後それが尚上がるかどうかは、もう暫く様子を見ないと分かりません。それからその次には、
只今のはC・P・Iで、消費者の側から見た物価、而も闇のものと公定
価格と、それから実際に購入しておる
状況を織込みました
物価指数でございますが、そうではなくして、ただ単に売手の方からだけ調べました
物価指数が日銀の調べで出ております。これは大正三年の七月を基準といたしまして、現在までずつと続いておりますが、その
状況を
只今のと比べて見ますというと、昭和二十三年七月には、指数は一九・四八四、昭和二十四年の七月には四五・七三一でございまして、昭和二十三年を一〇〇といたしますと二四八%、倍以上にな
つております。併し、昭和二十四年の七月から以後は、漸次そのまま下
つて参りまして、二十四年の十二月には四二・二二一、これを二十三年の七月に比べますと、二一七%ということにな
つております。それから昭和二十五年の一月は、やはり消費者
物価指数と同じように少しく上りまして、四三・八五四、昭和二十三年の七月を一〇〇といたしますと、二二五%であります。併し二月以降はやはりずつと下りまして、一月二月三月四月五月までは、ずつと下
つて来まして、五月は三七・五〇一、即ち二十三年の七月を一〇〇といたしますと、一九三%九割三分の値上りということになります。で日銀の小売
物価指数は東京の場所でありまして、そうして食料品四十二品目について調べましたものであります。大体この小売
物価指数になりますと、全体の指数ではなくして、個々のものに近いものほど実際の
数字が出て参るように思われますので、それをとりましたのですが、同じ日銀の小売
物価指数と全品目の総
平均の
数字をと
つて見ますというと、昭和二十三年の七月を一〇〇といたしまして、昭和二十三年の六月が一五九%、五割九分増という
状況にな
つております。
給与ベースの引上げ
勧告は、現行に比べまして、やはり全体で二割五分増、一二五%の増にな
つておりますので、こういう点から
考え合せますと、C・P・Iの現在一一七%、それから日銀の小売物価の指数一九〇%、或いは一五九%の丁度中間位に当るように思います。それからなおこの一般消費者の生活の難易ということにつきましては、昔からエンゲル係数と申しまして、全体の支出の中に食料費の支出がどれだけ占めておるかということを以て、その生活
程度の上下を計る方法がございます。で、このエンゲル係数ににつきましても、東京都で調べた勤労者の支出について全体の支出と食料費の支出との割合を調べたものがございます。これは
調査といたしましてはあまり正確なものではありませんが、併し全体を通覧いたしますのには、戦前から引続いて
数字がありますので便利であると思いますので、御参考までに申上げます。それは昭和十一年、戦前におきましては東京都の勤労者、この東京都の勤労者という中味は官公吏・教
職員、銀行会社員、それから職工、こういう人達の家庭の
状況でありますが、全体の支出の中で三四%が食糧費に費されております。昭和十五年には三四%が三九%、二十年には四五%、約半分近くが食糧に費されておるのであります。戦後では一番食糧費の割合の多いときは昭和二十一年の六月七月でありまして、六九%が食糧費に費されております。そうして六千三百円
ベースの
計算の
基礎となりました二十三年の七月にはその割合が五九%にな
つております、二十四年の七月に五〇%となりまして丁度全支出の半分が食糧に費されておるようであります。それから以後は上
つたり下
つたりいたしまして二十四年の十二月に四五%とな
つております。二十五年の一月には又五〇%に戻
つております。それから同じエンゲル係数の調べにつきまして総理府の統計局には昭和二十三年から以後の
調査ができておりますが、これも大体東京都の調べとほぼ上り下りが同じようにな
つております。ただ今年の一月二月三月四月五月の
傾向を見ますというと、一月から四月までは漸次下
つております。一月が五九・九であります。二月が五八・七、三月が五六・八、四月が五四・六、そして五月になりますと五七・三、又盛り返しておるのであります。これは消費者
物価指数の五月に上
つておるのと対応して非常に注目すべき問題だと思われます。一月二月三月頃に下
つたのは主として被服の方の支出の量が殖えております。
数字を申上げますと一月は被服に対する支出が全体の支出の七・四%であります。二月が八・一、三月が一一・三、四月が二二・〇、そうして五月は又少なくな
つて一二・五、結局一月、二月、一二月頃には衣料品の放出などに伴いまして一般勤労者の支出がそちらの方に向いたのが再び食糧費の方に大きな支出を来たしたというような
状況が現れておりまして、これは勤労者の生計が甚だ苦しいということを物語るように見えるのであります。現在そういうような
状況でございまして、まだ確たる
結論に達しない
状態に至
つております。