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1949-11-19 第6回国会 参議院 法務委員会 第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十四年十一月十九日(土曜日)    午前十時四十五分開会   —————————————   本日の会議に付した事件刑事補償法案内閣送付) ○少年法の一部を改正する法律案(内 閣送付) ○裁判官報酬等に関する法律の一部 を改正する法律案内閣送付) ○検察官俸給等に関する法律の一部 を改正する法律案内閣送付) ○橋本金二事件   —————————————
  2. 伊藤修

    ○委員長(伊藤修君) ではこれより法務委員会を開きます。  本日は、刑事補償法案少年法の一部を改正する法律案裁判官報酬等に関する法律の一部を改正する法律案検察官俸給等に関する法律の一部を改正する法律案、以上四件を一括議題に供します。前回に引続き質疑を継続いたします。
  3. 鬼丸義齊

    鬼丸義齊君 私はこの際刑事補償法案に対しまして、政府に疑問の点をお尋ねいたしたいと思います。  第一にお伺いいたしたいと思いますることは、この刑事補償法において補償いたしまする補償性質は、政府説明によりますると、損害填補であるというふうに御説明になつておるようであります。そういたしますると、この補償民法にいわゆる損害賠償ということと同性質のものであるというふうに解釈してよろしいのであるかということを念のために伺つて置きたいと思います。即ち損害賠償としていわゆる原状回復は、その本質となるように思うのでありまするが、そういう点はさように解してよろしいかということを先ず伺いたいと思います。
  4. 高橋一郎

    政府委員高橋一郎君) この刑事補償性質は、只今仰せられましたるごとく損害填補でありまして、その意味において民法上の損害賠償と同じであるというふうに考えております。ただ民法上の損害補償の場合におきましては故意過失前提とするのでありますが、この刑事補償法におきましては故意過失前提といたしません点は異るのでありますが、損害填補という点は全く同様と考えております。
  5. 鬼丸義齊

    鬼丸義齊君 若しそれ損害賠償というふうに解するといたしましたならば、やはり拘禁或いは抑留等によりまするいわゆる被害者とも言いまする立場におる者に対してこれを原状回復するということを先ず以つて主とせなければならんのではなかろうかと思います。即ちこの抑留拘禁によつて害されましたる物心両方面並びに名誉上の損害等につきましても、これを能う限りその拘禁或いは抑留せられざる以前の状態に返えしてやる、同時に又私はそういうことにいたしまするにいたしましては、この規定だけではまだ十分でないのでなかろうか、かように感ずるのであります。金銭賠償ばかりでなく法案によりますれば、官報或いは新聞によつてこれを公告することにもなつておりますけれども、このいわゆる扱いにつきましては、今少しく親切なる規定を明記してそうして又かくのごとき過ちを国家がなしましたことによつて国民損害を與えることになるのでありますから、これは当然いわゆる国家の側において、少くとも国民に迷惑を掛けた意味において、訂正するならば、むしろ謝罪的意味を含む新聞或いは官報等においての文字を加えてまで私は掲載してやりますることが、即ち原状回復趣旨に副うのではなかろうかと思います。又勿論金銭的方法によりまして、得べかりし損害は勿論又失つたる損害更に精神上の慰藉等をも含める意味における原状回復でなければならんように思いまするので、その点に対して未だこの法文では十分でないごとき感を持ちまするが、この点について、政府のお考えはどうであるかを伺いたいと思います。
  6. 高橋一郎

    政府委員高橋一郎君) 損害を加えた側に、故意過失のあります一般損害賠償の場合には、仰せの通り原状回復建前といたすべきものと考えるのであります。刑事補償の場合には、故意過失のあります場合には、国家賠償法によりまして十分の損害填補を受ける途が開かれております。で、故意過失前提といたしません場合において、尚これが損害を補填しようというものてでりまして、いわば例外的な措置と申すことができると思うのであります。それで例えば官報或いは新聞に掲載いたします場合に、本人のためには誠に気の毒ではあるのでありますが、故意過失に基かない、いわば制度から参りますところの、止むを得ざる弊害というようなことの結果、損害が起きた場合でありますので、陳謝ということまでこれを公告いたします必要はないのではないかというふうに考えておる次第であります。又同じような理由からいたしまして、補償金額も大体の標準的なものを設けまして、定型化しておる次第でありまして、特に故意過失のある場合には、別途十分なる補填を受けるわけでありますから、この場合には、先ずこの定型化された金額範囲内で補償をして然るべきではないかというふうに考えておる次第であります。
  7. 鬼丸義齊

    鬼丸義齊君 補償決定に対しまする原因か無過失の責任を、いわゆる無過失賠償制度を取入れたことによりまして、普通の賠償とはその性質を異にするから、従つておのずからこの間に限度をつけていいじやないかという政府の御説明でありまするが、すでに故意過失ということに対しまして詮議する必要なし、すでに拘禁抑留をされ、そうして裁判の結果無罪なつたという現実の事実に対して、直ちにその損害填補するということになりまして、而もその填補はいわゆるその賠償は、本質的に普通の損害賠償と何ら異なるところなしといたしましたならば、この間において原状回復に等差をつける理由は、私はないのではないかと思うのであります。又賠償対象となりまするものの中には、無過失の場合あり、又過失を含めます場合もあり得ると思います。過失のあるにも拘わらず、賠償されるというようなふうな場合に対しましては、只今政府説明によつて、或いは区別されて多少然るべきかと思うものでありますけれども、併しながら若し故意過失というものが含まれておるものの分に対しましては、然らば如何にするか、こういうふうになるのでありまして、そのいわゆる無過失責任のいずれにあろうとも、すでにこの制度自体損害賠償であり、原状回復である。而して抑留或いは拘禁によつて失われたる損害、得べかりし損害賠償してやろうという趣旨において、この制度を設けんといたしましたならば、その間何ら一般損害賠償の場合と異るべき理由はないと思うのでありまするが、その点に対しまして、すでに無過失責任制度を設けて、そうしてこうした被害を蒙つた者に対して、これを回復してやろうというふうに制度的にしようといたしましたならば、むしろこれをやはり徹底して原状回復し、原状回復してやることによつて、何らその間に手心を加えるべき理由は私はないように思います。すでにこの法案を作りまする根本において、そこでその手心を加えて無過失責任なるが故に金額もすでに予定をしておる、或いは過失或いは故意等原因があるなしに拘わらず、賠償するのであるから、一般賠償とはおのずから区別してよろしいんじやないかというようなふうの考え方自身の、私は根拠が、理解し難いのであります。すでに憲法が第四十條において国家の権力によつて国民損害を掛けたということか明白になりました場合においては、これに対して或いは賠償しろということを命じてありまする限りにおいては、その間に手心を加えて、一般賠償と異なつたる定型化された額において、不徹底なる原状回復であるといたしましたならば、これはむしろ私は憲法趣旨に副わないのでなかろうかと思います。この点について政府としてはどうしても一般故意過失に基きまする損害賠償の場合とは異なつたる意味において、限界をつけて行かなければならんという根拠を今少しく一つ明快なる御説明を頂きたい。尚このいわゆる法案によつて原状回復即ち損害填補に足らざる点においては、普通の国家賠償で以て補い得られるからというお言葉もあつたようでありまするが、さような複雑なる手続によるにあらざれば、賠償ということの全きを期せしめることができないというようなことになりますことがいけないのであるがためにこそ、即ち無過失責任という新らしき制度によつてこの損害填補をして行こうというものでありまするから、何らこの間に私は区別すべき理由が発見し難い。更に又名誉を回復してやつて何ら国家として私は面目にも又国家の名誉にも関するものでなく、国民に対して理由なき抑留拘束によつて一つ損害を與えたというのであるならば、国家は挙げて不公正ならざる範囲において私は審査もよかろう、或いはその他の文書を以て少くとも本人抑留或いは拘束されなかつた当時の原状までには返えしてやるべき手段方法を盡してやることこそ私はこの制度を生かす意味ではないかと思います。重ねてこの点をお伺いいたします。
  8. 高橋一郎

    政府委員高橋一郎君) 損害填補をする場合には原状回復建前とするということは、損害を加えた側に故意過失のある点において確立されておるという建前というふうに承知するのであります。従つて同じ建前故意過失のない場合にも及ぼすかどうかという点は又別途にこれを考えなければならないと思うのであります。で立案の過程にも研究いたしたのでありますが、例えば今お尋ねのように故意過失のある場合に原状回復限度まで損害を補填する、それと回じことをこの刑事補償でやつてもよろしいのではないかという御趣旨と思うのでありますが、さようにいたしますというと故意過失を立証して国家賠償を受け得る額と、それから故意過失を立証しないで刑事補償法で受け得る額とが同じであるというような結果になるわけであります。その点がやはり不釣合いではないかというふうに考えております次第であります。そういう意味故意過失のある場合よりは少い金額でありましても、先ずここに定めた金額範囲であれば刑事補償として十分ではないかというふうに考えておる次第であります。それから故意過失がある場合には更に国家賠償を受けるというような複雑なる手続を取らせる必要はないのではないかという御趣旨と承つたのでありますが、補償請求をする側の者で故意過失も立証し得るというふうに考えます場合には、直ちに国家賠償法賠償請求をいたすことかできるわけであります。又刑事補償を受けてまだ足りない、尚故意過失の立証をし得る場合には、重ねて刑事補償を受けた後に更に国家賠償法による賠償請求することもできるわけです。この場合には二重の手続になりますけれども、始めから国家賠償手続によりまして金額填補を受けることも開かれておるわけであります。従つて法律がただ二つであるというだけでありまして、手続がそのために複雑になるというふうには考えておりません。又陳謝の意でありますが、この刑事補償制度を設け、かような金銭によります賠償をいたし、且つその事実を官報及び官報のみならず新聞にもこれを公告する、こういうこと自体が何よりの遺憾の意を表することではないかというふうに考えておるので、この法案限度で十分その目的を達し得るのではないかというふうに考えておる次第であります。
  9. 鬼丸義齊

    鬼丸義齊君 曾て国家賠償法が議会に提案せられましたときに、刑事補償の問題も併せて論議の渦中に追い込まれていろいろと研究いたしたのでありまするが、当時の政府の答弁といたしましては、刑事補償の場合といわゆる国家賠償の場合とは概して二つ建で行くのだ、刑事補償の場合においての賠償は、これは国家賠償とはおのずから別な扱いをして行く意味において政府立案しておるのだということで、それがために国家賠償のとき以来、いろいろと刑事補償については政府の方も大分御苦心をされたようでありますが、併し今この法案を見ますというと、只今説明のごとくに如何にも刑事補償によつて賠償することは、過失有無に拘わらず賠償するのであるから、一般賠償とは更に百歩飛躍しておるのだ、故にその間に限度をつけて何ら差支ないのではないか、若し足らざる場合においては、国家賠償によつてやればよろしいではないかという意味のように承わるのでありますけれども、元来すでに本人抑留及び拘禁によりまして、大きな物心両面に対して被害を蒙つておりますものであるから、これに対してやはり国の方で以て賠償してやろう、やるべきだということを憲法が命じておりますならば、これはやはりむしろこの法案自体によつて私は徹底する必要があるのではなかろうか。御説明によりますというと、二様の手続によると雖も何ら差支ないということでありますけれども、併し実際の上からいたしますと、不当なる拘束或いは拘禁抑留によりまして被害を蒙むりました者立場からいたしますというと、さていよいよ裁判の結果無罪判決を受けまするまでには、もうあらゆる防禦手段を施し、あらゆる苦心をして打ちのめされたる結果、後に始めて血罪ということが決まるのが事実であります。これらのことに対しまして詮議の結果、全く意味なき抑留拘禁であるのだ、よつて以て非常に大きな損害本人に加えたのであるからという趣旨において、特別な一般国家賠償より格段なる簡易な手続によつて本人原状回復させてやろうという憲法趣旨であるならば、私はこの問に区別するよりも、むしろやはり刑事補償においてはその大部分がこの法案自体によつて少くとも被害者に対して満足を與えるべき制度に私は徹底することの方が然るべきではなかろうか、かように存ずるのであります。曾てこれは昭和六年の刑事補償法の創定されました当時からも問題になつたことでありまするが、この名誉の回復ということが金銭賠償より遥か優るべき……被害者としては希望を持つ者が多いのであります。故に官報は御案内のごとくに特別なる人しか見ておりません。そこで一般新聞ではもう縦横に書き立てられまして、本人としては満身創痍の姿になりますることが現実であります。そこで申立人の、これはいわゆる損害補償請求をなす申立人申立によりまして、そうして少くとも新聞には、二、三……二つか若しくは三つ、或いはそれを連続して一週間くらい続けて出してやることの方が、むしろ親切なる行き方じやなかろうかということもしばしば議論になつたのであります。ここでこの法案によりますると、官報及び新聞にこれを掲載づることにはなりまするが、この一体程度というものは勿論これは一回だけの問題じやなかろうと思います。それらも勿論立案当時の話題に上されまして御研究なつたことと思いまするが、これを名誉回復の点に対して重点を置き、申立人申立によつて、何々新聞に対しということになりますると、裁判所において、この程度方法、いわゆる公告をなすのであるならば、先ず本人の失われたる名誉は、この程度に掲載するならば賠償して原状回復することかできるであろうということを、裁秘所の裁量によつて私は掲載せしむるような方法をとることに規定されましたならば、この名誉の回復は十分とは行かなくとも、せめてもの親切なやり方じやないかと思うのであります。まあ私共の考えておりますることとしては、三新聞、それから本人のいわゆる希望によりまして三新聞、例えば東京新聞に出されましても、これは何にも知らない地方の人が東京新聞をよく見ない。そのいわゆる申立人がこの新聞が一番自分の名誉の回復上いいのだいうことを申立人申立によりまして指定する三新聞くらいに、これは連続して数日出さしめるというふうにしたならば、金銭賠償よりも遥かに私は優る日本人満足を得るのではないかと思います。審議当時に勿論話題に上り、御研究対象になられたことと思いまするが、この際政府の御趣旨を伺いたいと思います。
  10. 高橋一郎

    政府委員高橋一郎君) 刑事補償をする以上は、通常故意過失前提とする損害賠償の場合と同じように徹底的にこれを補償すべきではないかという御意見は、誠に御尤もでありますが、たた私共といたしましては、憲法にいう刑事補償ということが直ちに故意過失のある損害賠償の場合と同じことをやれというふうな規定とは、そこまで定めておるものとは考えておらないのであります。それで先程申上げましたような憲法論として言いましても、先ずこの本法案のような程度が最も妥当なところではなかろうかというふうに考えておるのでありますが、併しこれは勿論国会が御決定になることでありまして、ただ立案者といたしましては、只今のような考えでこれを立案いたした次第であります。  それから名誉回復の点も誠に御尤もでありまして、実は前の国会に提出いたしましたこの法案では、官報に掲載するだけになつておりましたのであります。併しその時の国会における御審議の結果も考慮いたしまして、新聞紙をここに附加えた次第でありまして、この新聞紙公告というのは、今おつしやる通り申立人希望を聞きまして、裁同所がどの新聞にどういう方法で掲載するかということを定めることになるわけであります。その回数も、これは最小限度一回でありますけれども、或いは二回以上になることも妨げないわけであります。ちよつと訂正いたします。前の案では、官報又は新聞紙ということで、とちらかに掲載すると、こういうことになつておりましたのを、今度は両方共に掲載するこういうことにいたします。
  11. 鬼丸義齊

    鬼丸義齊君 この点はこの程度で質問を打切つて置きますが、第二に伺いたいと思いますのは、勿論本法は、憲法第四十修に基礎を置かれているものと思つております。憲法の四十條によりますというと、何人も、抑留又は拘禁された後、無罪判決を受けたときは、法律の定あるところにより、国はその者に補償をなすということがありまするが、私はこの憲法無罪裁判を受けたときということになつておりまするところに、私はこのいわゆる表に現われた條文に囚われて、結局この刑事補償法案が作られたのではないかと思います。ところがこの法案によりましても、又憲法の四十條の規定によりましても、無罪裁刊を受けるということになりますためには、言うまでもなく起訴後でなければ裁判無罪有罪かの裁判はないわけであります。いわゆる刑事事件に対して起訴を受け、而して裁判の結果無罪になつた者のみが憲法條文通りにするならば、その範囲で十分だということになるでありましよう。併し私は、そういうことになりまするならば、非常な不條理な結果に終るのではなかろうかと思います。憲法の私は精神は、必ずしもそうしたいわゆる起訴後におけるもののみに限らず、苟くも国家公権力によつて抑留或いは拘禁をせられた者が、それは国家のいわゆる公権力行使の誤りからして、無罪判決を受ける前であるが、又無罪と同樣な結果を生むものである。この理由なき拘束拘留によつて損害を受けた者に対しては、国家補償してやるのだというふうに私はこの憲法精神がなければならんと思います。又さように解せなければ、国民を不平等に扱うことになる。そこで考えて見ますると、このいわゆる刑事補償法によりますると、やはり刑事訴訟法による通常手続又は再審、非常上告、これらの手続によつて無罪裁判を受けた者が、同法、少年法経済調査庁法、これによつて未決拘留或いは拘禁を受けた者のみに対して賠償をすることになるのでありますが、私はこれは大変な不平等な結果になると思います。すで憲法理由なく抑留拘束をしたということに対して、それに対してはやはり国民補償を與えてやるということでありまするならば、たとえこれが裁判に付せられたる事件たると否とに拘わらず、苟しくも公権力によつて不当なる抑留或いは拘禁を受けた者に対して、而もその理由が全然なかつたのだということに決しました以上は、等しく私はこれに対しては国家賠償をして原状回復してやるということにならなければ、却つて国民差別扱いをするような結果になつて来るのじやなかろうかと思います。さて実際の現実から見まするならば、起訴されて後に無罪裁判を受けまする事件というものは極めて微々たるものである。むしろ緊急逮捕或いはその他起訴されざることによりまして、抑留或いは拘禁をされた場合は沢山ございます。又起訴されましたといたしましても、刑事補償法上において無罪有罪かということの裁判を受くることの機会を失う場合がございます。いわゆる公訴棄却決定公訴棄却をする場合あり、或いは判決で以て公訴棄却する場合あり、例えば刑訴の三百三十八條、九條、こういうようなふうな場合等も沢山ございまするが、これらと雖もやはり罪なくして、無罪と全然選ぶところなく、罪なくして抑留拘禁を受けましたる現実とは少しもこの間に変るところがない。恐らくはこれが無罪という裁判がありまするというと、結果が明白であるから、この明白なる手続によつて出た答えに対してのみ補償をすれはよいのではないか、一番簡單ではないかというふうなことで以て、扱い上において煩わしさを除くがために、こういうようなうな私は刑事補償法なんていうようなことで以て、極く不当拘束に対しまする極く少数部分に対してのみ賠償規定を設けることになるのではないかと思います。私は刑事補償法によりまする、即ち検事の不起訴処分、この不起訴処分の場合におきましても裁判で以て血罪判決がないにいたしましても、検事手許において調べたる結果無罪と同等なるもの、或いは有罪に値するけれども微罪のために、若しくはその他の情状のために不起訴にする場合あり、これは検事手許において極めて簡單区別をすることができる。裁判というふうな公の手続によつてはいたしませんけれども、罪の有無を見ることにおきましては、やはり検事の直接に調べましたる立場無罪決定することはできる。いわゆる検事のみで決定される場合等は必ずしもでき得ないものではないというふうに思います。否むしろ裁判によつてなすよりもまた簡單にその間の区別はできるのであります。殊に起訴後において審理の途上、いわゆる被告人となる者が死亡いたしました場合におきましては、これは無罪判決がない。公訴棄却判決になります。併しながら若しそれを終りにいたしまするまで審理するならば、中には当然、無罪に当るべき者があるわけであります。途中に死亡いたしましたような場合においては、審理が徹底せん憾みがございますけれども、大体において本人のいわゆる補償をして可なりや否やということを対象とする場合における決定というものは、裁判所におきましても、検事手許におきましても、決して困難な仕事ではないと思います。それで私は本格的な刑事補償法をここにいよいよ制定されまするときに当りましては、すべて国が理由なく抑留及び拘禁をしたことが裁判によつて明白なる場合は勿論、裁判によらざる場合におきましてもこれが明白なる場合においては、合して共にこれを賠償して、いわゆる補償してやることの方が当然であり、又むしろ不起訴によつて、不起訴にされております事件などにおきましては、却つて起訴事件よりも無罪に該当いたしましたる事件の方が非常に多いと思う。将又国民の蒙むりまする害の上からいたしましても、逮捕された、或いは拘留されたとかというようなことが新聞に掲載されますることによつて受けまする物心両面損害というものは、これは起訴されて公判によつて無罪になりまする事件よりも、一番これが被害の殆んど八割、九割を占めるべきものだと思います。こういうことを考えて見まするというと、私は手続においては裁判の結果無罪判決があつて、それのみに限つて賠償するということは簡單でございまするけれども、その他の場合におきましても、検事手許においても裁判所手許におきましても、無罪なりや有罪なりやということの問題と同列なる方法によりまして、賠償し得るものなりや否や決定するには私は何ら手続上において困難なことはないと思うのであります。この点について、どうしてもこういうものを除外しなければならないか、というふうに政府の方では思われるのであるか、或いはそういうものまで補償対象とすべきものにあらずというならば、何を根拠にそういうふうに言われるか、この点を一つこの際承わりたいと思います。
  12. 高橋一郎

    政府委員高橋一郎君) 憲法四十條が、抑留拘禁された者が後に無罪裁判受けたときということになつているからといつて、單に裁判無罪なつた場合だけでよいということはない、その精神を以て他の場合にも押し及ぼすべきものであるというお考えは誠に御尤もであります。その結果、只今御指摘になりましたように、一つ抑留拘禁をされて捜査の後、検事手許で不起訴なつた場合、特に嫌疑なし、罪とならずというような、裁判所で言えば無罪に相当するような場合、及び起訴された後に無罪裁判ではないけれども免訴、或いは公訴棄却等の裁判があつた場合、この二つの場合においてやはり補償をすべきではないかという御趣旨考えるのであります。立案者といたしましては、憲法四十條の法意は御意見のようにこれをできるだけ広く解することがいわゆる人権の保障の上から申して望ましいことでありますけれども、四十條の趣旨そのものは、やはり裁判無罪なつた場合には、刑唱補償を必ずすべきである、こういう法意と解するのであります。だからといつて、その他の場合に何もしないでいいということには決してこれはならないことは御意見の通りでありまして、その点考えて見たのでありますが、この起訴された後に免訴或いは公訴棄却になります場合には、結局これは理論的な問題というよりは、むしろ政策的な問題であつて、どちらにしたらよろしいかということになると思うのでありますが、大体において本人無罪であるというまではつきりいたさない、有罪ではあるが、例えば大赦があつたとか、或いは時効が完成したとかいうことで、実体の調べをそれ以上する必要がないということで裁判を打切るような場合であります。で、そのような場合にまで特に刑事補償ということをするかどうかということは、單にその者に対する損害填補ということも勿論ありますけれども、その他のいろいろな関係を考えて見なければならないと思うのであります。検事の不起訴の場合も同様でありまして、検事の不起訴の処分ということは、決して裁判のように明確なものではこれはあり得ません。これは非常に多くの事件を犯罪の嫌疑があるかないかという刊断で裁判所起訴するかどうかの準備段階でございますので、そこでの事実認定ということは勿論粗雑であつてはなりませんけれども、裁判におきますごとく明確なものでは少くとも制度上あり得ないのであります。そういたしますと、その場合にその認定の如何によつて、或いは補償をし、あるいは補償をしないということになりますというと、当然検事はこれは有罪であるか、併し起訴すべきではないということで起訴猶予にして、そうして刑事補償して呉れない。併し、自分の考えるところではこれは無罪にきまつておる。従つて刑事補償をして欲しいということに当然相成ると思うのであります。そうしますというと、検事の不起訴処分のすべてを裁判所有罪であるか無罪であるかということを決めて、それによつて補償を或いはし、或いはしない、こういうことにおのずから立ち到るのではないか、そのようなことが制度として到底実行し難い問題ではないかというふうに考えます次第であります。免訴或いは公訴棄却の場合にもはつきり無罪とまでは確定いたさない場合でありまして、やはり本人に責任があるかも知れないというような場合でありますからして、同様にその場合にまで刑事補償をするということは憲法四十條から直ちに出て来ないのみならず、政策としてもそこまで徹底いたしますのは如何なものであろうか。こういうふうに考えました次第であります。御指摘のようにこの刑事補償伝は、国家の公権力の行使によつて害を與えたときに、すべてをカバーするというのではございません。犯罪捜査だけでなくて、公権力の行使によつて故意過失に基かずして、而も国民に対して思わざる損害を及ぼすことに、他にも考えられるわけでありますが、そのすべてに対して、それが誤りであつた場合には補償するということは、これは恐らく到底不可能ではないか。併し抑留拘禁になつて、而も後でそれが全く無罪であつたということが証明されたような場合には、これはもう刑事補償をすべきものである。こういうような考え方からしてこの法案を作りました次第であります。
  13. 鬼丸義齊

    鬼丸義齊君 たしか私は昭和六年に現行法が両院を通過して法律なつたように思いまするが、その以前の昭和三年のときに……、一異最初は両院に対してこれは建議として出しておるわけです。更に昭和三年から或いは四年てしたかに、五十七議会か六議会たつたと思いますが、そのときには、すべて只今私の申しまするようなふうに、苟くも理由なき抑留拘禁に対しては、すべて賠償をすべきものだというふうな案がありまして、多分衆議院だけは通過して、審議未了になつたと思います。その後段々切り詰められまして、昭和六年に現行法ができたのでありまするが、只今の御説明によりますれば、憲法の四十條の趣旨も、必ずしも裁判の結果無罪になつた者のみに限つて填補をし救済の途を與えるべきものではない、やはり同様な趣旨において人人権尊重の意味から、そうした理由なき拘禁或いは抑留については、これは国が補償してやるべきであるというふうな憲法趣旨だと解釈せられるといたしましたならば、手続上において難易がありましても、手続の難易によつてそんな国民を不平等な扱いにするということは、それは決して私は親切な行き方ではないと、かように考えます。  殊に今日の現実では、起訴されまする事件よりも、むしろ不起訴事件の方が数において多いのじやないか。又段々とこうして思想の惡化して参りまして、犯罪激増の傾向のありまするときの将来を考えて見ますれば、国家の方では非常な経費を要するがために、すべての拘置所或いは刑務所等の設備も十分できないというふうなところから、おのずからその間に起訴にかかります事件等も手加減が生じなければならんようなことになるでありましようと察せられまするが、そうした場合においては、ますます不起訴事件というものは殖えて参ります。犯罪は決して減りはしません。殖える一方でありますそのときに当りまして、起訴されて無罪判決を受けた事件のみに限るといたしましたならば、本当の半数にも達せざる者のみを救うことになります。そこでそれだけに対して国家が交付をし、その他の者は煩わしいからというわけではありますまいが、手続上困難だからというようなことから、その者を切捨て御免のようなことにして行きますることは、民主主義には断じて私は合わないことだと思います。恐らくはこれは国民等しく、そういうものは差別あるべきものだということを国民こそ知らないから別でありますけれども、公正なる見地に立つて見まするならば、そうした意味において差別をつけるということは、決して私は国民の意思には副わないと思います。不起訴になりまする場合の無罪有罪かということの決定は、如何にも裁判によつて愼重なる審理の結果、無罪有罪を決めまする場合よりも、勿論決定はいたしませんけれども、少くともいわゆる易きにつくというふうな意味におきまして、せめてもの国民の権利を害したという虞れのある場合において、これを私は救つてやるということは決して惡いことじやないと思います。検事手許におきまして、嫌疑なしと決定いたしましたような事件についてまでも、全然これを顧みず切捨て御免にして置くということは、如何にもこれは刑事補償制度を設ける限りにおきましては看過するべきものではないと思います。成る程時効であるとか、或いは又大赦であるとか、そういうふうな場合はおのずから只今制度の上においてそれぞれの場合を研究いたしまして、これを対象とすべきか、すべからざるかは決めるといたしましても、少くとも私は裁判によつて無罪裁判を受けた者だけというふうに限りますることは、如何にもどうも余りにも不公正に陥つたことだと思います。この上政府の御意見を伺つたところでやはり結局原案がそういうふうになつておるのでありまするから、致し方ありませんが、手続上において、検事手許で嫌疑なしと、犯罪の嫌疑なしということと、犯罪はあるけれども、起訴すべきものにあらずと検事考えて、いわゆる起訴猶予にした場合ということの区別をいたしますることは、別段困難ではないんじやないかと思います。又一方におきまして、審理の途上死亡したような場合におきましても、有罪無罪の犯罪を決するよりも、これはいわゆる補償して差支なきものなりや否やということは、たとえその途上でありましても裁判所で以て決定いたしまするに別段困難ではないように思います。只今手許において若し分つておりましたら、一つこの際お聞かせ願いたいと思いますことは、いわゆる検事局の受理件数の中において、起訴されましたる者と、いわゆる不起訴処分に付したる者との量的限度をこの際概略で結構でありますから、お願いいたします。尚今私の申上げまするようなふうによつて損害補償をなすならばなし得ると思うなこともでき得ないと、やはり依然としてお考えになりまするか。若し検事の嫌疑なしと決定して、嫌疑ありと、いわゆる起訴猶予というふうに決定した者に対して、それを争うということになれば大変複雑になるからといことでありまするが、これに対しましては、やはり抗告の途を與えてやるならば、成る程度満足させることができるのじやなかろうかと思います。これも一つこの際伺いたいと思います。
  14. 高橋一郎

    政府委員高橋一郎君) お尋ねによりまして、先ず検察庁における事件取扱の際の起訴、不起訴の率を申上げますというと、戰前、即ち昭和七年から十一年までの平均でございますが、平均受理人員年間六十八万五千百九十九人でありまして、そのうちの二六%が起訴、それから五九%が不起訴、その他の一五%が中止、或いは移送になつております。それから戰争中、昭和十二年から十八年までの平均でありますが、年間受理人員の平均が五十四万六百九十五人でありまして、そのうちの三四%が起訴、五〇%が不起訴、その他の一六%が中止、移送になつております。このときに大変この起訴率が高まつております。戰前の二六%から三四%になつておりますのは、他にも原因はあるかも知れませんが、経済事件というものが新たに登場いたしまして、その起訴率が大変高いということが影響いたしております。それから戰後でありますが、昭和二一年から二十三年までの三年間の平均で、年間受理人員の平均が非常に殖えまして百九十三万三千三百二十七名ということになります。そうしてそのうちの三六%が起訴、それから三三%が不起訴、その余の三一%が中止、移送ということになつております。戰後におきまして中止、移送が大変殖えておるのであります。可なりこれは病理的現象というべきでありますが、これは最近ずつと減つてつておりますが、経済事犯で列車の一斉検査というようなものをやりました。それに対象になりました人達が皆移動しておるものでありますから、そういう関係で大変この移送が殖えたのが原因であります。  それから只今御質問になりました検察庁で犯罪の嫌疑なしということで不起訴になつた者についてこれを補償するということは可能ではないか。又そうすべきではないかという点でありますが、成る程おつしやる通り犯罪の嫌疑なしというものに対しまして一定の補償をいたす。それに対して小服かある者は場合によつていわゆる抗告の手続て処理する。つまり上級監督官庁の審査を経ると、こういう趣旨と有難いたしたのでありますが、そういう制度でありましたならば、一度的には可能であると考えます。外国にも或いはそういう事例ならばあるかと思うのでありますが、ただその場合におきましても、いろいろ財政上の問題でありますとか、その他いろんな関係を考慮いたす必要があると考えるのでありますが、制度自体として裁判所か全部すべての事件を審査するというようなことでなければ考え得ると、考えます。
  15. 鬼丸義齊

    鬼丸義齊君 次に承わりたいのは、この補償は言うまでもなく一つの債権ではないかと思います。法的ににこれは債権とかるべきものだと思いまするか、このいわゆる債権の性質は、やはり一身専属の債権といようなふうにお考えになつているのやないかと思います。というのは、譲渡禁止の規定を設けられている、二十二條によりまして「補償請求権は、譲り渡すことがてきない。」とありまするが、これは一体何故譲渡禁止の規定を設けばければならんかという私は理由が解し難いのですが、実はここで刑事補償法というものが定められまして、審理の結果一つ無罪の裁団を受けるということになりますまでの、被告の立場にありまする者の奮闘は、全く現実としては察しに余りある奮闘振りを続けており、あらゆる手段を施し防禦の途を議し、そうして公権力戰つて無罪判決を縛るというのか現実であります。そういたしますと、勿論これに精神的の大きな衝撃も受け、又大きな苦しみも続けて参るのでありますか、同時に経済的には非常に窮して参りまするのか実際であります。而も戦うがためには相当な経費を要し、経費あるにあらざれば戦えず、防禦を続けて参りますには弁護士も頼まなけれはならない、あらゆる証拠を寄せなければならん。こういうようなことのために、経済的には相当大きな負担を被告人は持ち、或いは力及はずして遂に十分な審理の目的を達し得ずして服罪しなければならんということもあり得る。控訴せんとするにも控訴しないというようなこともあり得るのであります。ここで今無罪の結果、負うものとするならば、国家がこれに対しては補償を與えるのだ、というような債権が生じて参りますことであるならば、被告人立場にあります者に対しましては、この債権は期待できるなら期待権を大いに活用して、尚且つ戦いにもこれを利用せしむることができるのではなかろうかと思います。かたがたみずからこれを持つにあらざれば、他にこれを譲渡することを禁止するというような趣旨、それ程までに一体しなければならない程必要はないのじやないかと、かように思いますが、その点とういう趣旨からこれを、譲渡禁止の規定を設けなければならなかつたかを伺いたい。
  16. 高橋一郎

    政府委員高橋一郎君) この譲渡禁止の点も、これは理論的に当然こうあるべきものというよりは、政策としてこの方がよろしいのではないかということで定めた規定でございます。その理由を申上げますが、刑事補償は前にも申しましたように、国家賠償とは、それが共に損害填補であるという意味ではその性質を同じくするのであります。併しすべての点について同じではないのでありまして、国家賠償は、民広の不法行為に基く損害賠償と同じてあつて、ただその原因が公務員の権力の行使に基くものであるときに、賠償義務者か国家である点と、賠償義務者が国家又は地方公共体である点に相違があると言えば言えるに過ぎないのであります。いわばこれは個人主義的な思想に基くものであると言えるかと思うのであります。これに反しまして、刑事補償は公務員の故意過失を要件としておりません。かようなことは現在の民法上の損害賠償、言い換えれば個人主義的損害賠償の思想からは例外的にのみ認め得るに過ぎないのでありますが、刑事補償法は例えば労働者災害補償保険法などと同様に社会政策的制度と言うべきものと考えるのであります。国家が強制力を持つて刑事手続を行うことは治安維持のためどうしても必要でありますが、その手続に仮に過失がなくても結果において無罪裁判があり、手続を進めたことが後に誤りでやつたということになつた場合には、それによりまして受ける精神上、物質上の苦痛は他の場合に比して極めて大きいと思われるので、国家或いは言い換えれば国民全体がその苦痛を受けた一人のために金銭を支出し、要求があれば抗告をしてその苦痛を和らげる、これが刑事補償制度の基本的な考え方であります。従つて補償請求権或いは補償拂渡請求権の譲渡を認めれば、かような刑事補償の目的を達するに適しないというふうに考えられるのでありますが、苦痛を受けたものでない者に金銭を支拂つて苦痛を和らげるということはどうもその本来の趣旨を没却するというふうに考えます。まあ他に同種のものを考えますれば性質は全く同様でありませんが、労働者災害補償保険法における保険金の譲渡禁止などにその例が見られると思うのであります。そのような考慮から譲渡禁止にした方がよろしかろう、こういう考察からかような立案をいたした次第であります。
  17. 鬼丸義齊

    鬼丸義齊君 要しまするにそういたしますと、政府としてはこの債権は飽までも譲渡禁止をしなければならないのであつて、いわゆる一つの恩恵的性質を持つようなものであるからかたがた譲渡を禁止した方がいいと、こういうように飽くまでも譲渡禁止の規定は置かなければならないのであるかどうかというお考えを後に伺いたいと思います。  それからその次に伺いたいと思いまするのは、死刑の場合において第四條の規定でございまするが、本人死亡の場合において現に財産損害額が生じた場合には、五十万円以内の補償金の交付ができると死刑執行の場合にはございまするが、その他の場合の一日二百円以上四百円以下の割合による額の補償金が一般の場合になつております。この場合にやはり死刑執行の場合におきます損害規定と同じようなふうに若し本人がこれによつて現に生じたる財産上の損害を蒙つておるということについての証明が十分にできましたならば、その証明に加うるにやはりこの一般の場合も二百円以上四百円以下の範囲による場合の額によつて賠償するということを裁判所の裁量によつて決定するというふうにしたならば、この経済の変動の激しいときに対しまして極めて融通のつくことになるのじやなかろうかと思いますがその点を一つ
  18. 高橋一郎

    政府委員高橋一郎君) 死刑の場合の五十万円以内と申しますのは、結局これは慰藉料分の規定であると考えておるのであります。そうして現にそうした損害がそれに加えられてその額の範囲内で補償金額決定するというふうになつておるのであります。でこの抑留拘禁の場合の二百円以上四百円以内と申しますのは、かような慰藉料の部分とそれから只今の財産上の現実損害というようなものを入れて先ずこれでカバーができるのではないかというふうに考えております。これは結局は国会で御決定になる問題でありますが、我々といたしましてはやはり制度精神を生かすためにはこの方がよろしいのではないかとこういうふうに考えておる次第であります。
  19. 鬼丸義齊

    鬼丸義齊君 只今のお答え中にありました四條の一般の二百円以上四百円以下の額につきましては、更に著しく、現に財産上の損害がこれ以上に及ぶという場合があり得ないと言い得ません。そういうことに対する損害が生じた場合においては裁判所において適当と認めた場合にこの額を必ずしも固守しないものであるという、譲る規定に改めることは政府としては妥当ではないかと重ねてこれをお伺いいたします。その次に国家賠償法によりますというと公務員が刑事補償法によつて補償いたします場合においてこれを国家賠償法と対して考えますと、国家賠償法によりますると、国家損害賠償する場合においてその局に当つたる公務員が故意又は重大なる過失がある場合においては、国家はその公務員に対して求償権行使の規定が残されてございます。この刑事補償の場合においては何らこれによつて損害填補についての公務員としていわゆる検事検察官の責任者が故意或いは重大な過失がある場合においては、国家はそれに対して求償権を持つか持たざるか、或いはこの法律でなくして一般のそうした場合において検事或いは検察官が故意又は重大過失ある場合には国家賠償法においてやはり責任があるのかというふうに解せられたのであるか、その点を質問さして頂きたいと思います。
  20. 高橋一郎

    政府委員高橋一郎君) この二百円から四百円までの間で補償金額決定する、こういうようになつております点を或いは裁判所の相当と認める額というようなことはどうかという御趣旨かと思うのでありますが、この金額の枠はこれで別に他に著しい損害が立証された場合に裁判所の相当と認める額を加算することができる、こういうようなふうにしてはどうかという御趣旨でございますが、その点はいわゆる故意過失のあります場合の損害賠償原状回復という考え方で行きますというと、そんなふうになつて参るのではないかというふうに考えられるのでありますが、どうも国家賠償法との関係におきまして、私共といたしましては刑事補償法はいわゆる定型化、大体の場合を処理し得る、充し得る範囲におきまして、これを定型化してその半面におきまして手続を簡易迅速にしようという考えを持つたわけでありまして、そういう意味からいつてどうも適当ではないのじやないかというふうに考えるのであります。又その場合に裁判所が何を以ていわゆる相当とするかというような点なんかも問題が残ると考えておるのであります。求償権の問題につきましては、刑事補償の方は故意過失というものを前提といたしておりませんので、国家には公務員に対する求償権はないと考えております。
  21. 鬼丸義齊

    鬼丸義齊君 私のお尋ねした趣旨がまだ徹底し得ないと思いますが、こうしたいわゆる刑事補償によつて補償いたしました場合において、その局に当られたる公務員が故意若しくは重大なる過失のある場合のおいて、それに対して国家が少しこれを賠償をしなければならんという場合においては、国がその場合局に当られたる公務員に対してやはり求償権を持つことになるだろう、仮に本体が無過失責任であるというふうに求償権の基礎というふうなものは、これは故意若しくは重大なる過失のみに限るのであります。そういうことになりますと、国家賠償と同じ公務員に対する扱いが出て参ります。一方においては公務員についての故意若しくは重大なる過失について求償権を認めておるならば、この場合においても直ちに認めていいのじやないか、こういうふうに考えます。それともこれはこれとしてこの賠償した場合においても国家賠償法による規定を適用するわけであるから、ここに新らしく書かなくてもいいじやないかというふうにこの規定を設けなかつたのじやないか、どちらかその点の趣旨をお伺いしたいと思います。
  22. 高橋一郎

    政府委員高橋一郎君) 御質問を十分理解いたしませんで、失礼いたしました。求償権の問題につきましては、この法律では国と公務員との間の求償関係は規定してございませんが、これは国家賠償法規定があるから要らないという考え方ではございませんでした。それで刑事補償法は、公務員の故意過失前提といたしませんので、その求償関係を規定しなかつたのでありますが、仮にこの刑事補償法によりまして、国が刑事補償をし、而もその場合に当該公務員に故意又は重大なる過失が認められたというような場合には、この法律ではなくして、別途一般損害賠償理論によつて、国が当該公務員に対して損害賠償請求と得るのではないかとも思いますですが、その点は尚研究いたしたいと思います。
  23. 鬼丸義齊

    鬼丸義齊君 そういたしますと、この国家賠償の場合に対しては、政府としては、仮に一例を挙げますると、検事が故意若しくは重大な過失によつて不当なる抑留或いは拘束等があつた場合であつても、国の方はその検事に対して求償権なるものがあるというふうに解しておられるかどうか、その点を伺いたい。
  24. 高橋一郎

    政府委員高橋一郎君) そのような場合には、国家賠償法手続によることが通常考えるのであります。併し、それは申立人の選択によりまして、刑事補償法によることを妨げないのでありますが、刑事補償法によります場合には、求償の問題は生じない、こういうふうに考えます。
  25. 鬼丸義齊

    鬼丸義齊君 国家賠償の方に若し当るというふうに御解釈になるのであるならば、国家賠償の方においてはやはり特別の公務員に対してのみ特に規定してあります。これにはやはりそのまま当ります。即ち第二條によりまして、道路、河川その他の営造物に対する損害賠償についての第二項の規定があります。この規定に定めるに非ざれば何ら責任を負うということはここでは出て来ないというふうに思います。私はそうした意味において、故意若しくは重大なる過失があることによつて国民抑留或いは拘禁なんということを捜査官がいたしました場合において、その者に対して求償権を国家が持つということは、私は当然なことではないかと思います。それは大きな一つの戒めにもなる。同時に、人権を尊重する意味におきましてはいやはりこういうふうな規定を定めておきますることは、さめてもの私は重要なことではないかと思います。殊に敵意に基く、若しくは故意に殆んど同等の重大なる過失の場合に、国家が求償権を持つということにいたしますことは、当然過ぎる程当然なことではないかと思います。国家賠償法の二條に規定すること以上に重大なことではないかと思いますので、この際伺いたいのであります。それからちよつと恐縮でございまするが、そのお答えのときに、別表の実際に刑事補償をいたしました累年の参考書を頂いておりまするが、これは本当のあらましだけでよろしうございますが、年々の実際上支拂いました人員、金額をちよつと知らせて頂きたいと思います。
  26. 高橋一郎

    政府委員高橋一郎君) 先程国家賠償法の二條をお示しになつたのでありますが、裁判無罪なつた場合に、国家賠償法手続によりまして、故意過失を立証して賠償を受けるという場合には、一條の関係ではないかと思うのでございますが、従いまして、一條と三條との関係で、国が当該公務員に対して求償権を行使し得る。御質問は、求償権を認めてあつた方が公務員によつてよい戒めになるから、刑事補償法にもそういう求償権の規定を設けることはどうかという御趣旨のように承つたのでありますが、繰返して申上げました通り刑事補償法故意過失前提といたしません考え方で来ておりまするので、たまたまそうい場合に申立人が利用することは一向差支ございませんが、法案そのものが故意過失前提といたしておせません関係で、故意過失前提とする求償権の規定を入れることは如何なものであるかと考えておりまする次第であります。尚、別表につきましては、説明員から説明をいたします。
  27. 横井大三

    説明員(横井大三君) お手許に配付してございます表につきまして御説明いたしますが、その第二表刑事補償請求事件の終局区分表というのがございます。これの一番左の端に出ております数が、補償決定をいたしました数字であります。それからその次の数が請求日数、そうしまして棄却の件数と日数は……右から四番目と五番目の欄に出ております金額は、真中のところに補償金額といたしまして記載してございます。尚この表につきまして、昭和十年、昭和十三年、昭和十五年、ここら辺が非常に外の場合に比べまして格段に事件が多くなつております。この理由は、現在のところ資料がございませんで、どうしてこういうふうに多くなつておりますか分らなかつたのでございます。  それからその次は第一表を御覧願います。第一表は、特に終局の欄のところの棄却理由の区分が記載してございます。現行法第四條に棄却理由が記載してございますが、その四條の第一項第一号によるもの、第一項第二号によるもの、第二項によるもの、第三項によるもの、第四項によるものというふうに理由が記載してございまして、一番多いのが四條第二項によるものでございまして、これは本人の故意又は重夫な過失によりまして、起訴、勾留などを受けたという認定のために棄却なつた場合でございます。尚最後にこの表は二十一年で切れておりまして、その後は統計が不備なために統計的な資料を記入することができませんでした。
  28. 大野幸一

    ○大野幸一君 この前の橋本事件の報告できましたか。
  29. 伊藤修

    ○委員長(伊藤修君) 大野委員よりのこの前の質問に対して御回答を一つお願いします。
  30. 横井大三

    説明員(横井大三君) 橋本金二の死亡に関する事件の処理について御説明をいたします。事件の発生いたしましたのは、今年の五月三十日の午後九時四十五分頃と推定されております。これが検察庁に報告のありましたのが同日午後十一時四十五分頃でありまして、宿直の加藤検事がこれを受理して直ちに捜査を始めております。捜査に従事いたしましたのは検事が三名と副検事が一名、検察事務官が八名であります。この場合におきましては警察職員の犯行であるということが言われておりましたために、捜査の公正を期するために検察庁だけでこの捜査をいたしたわけでありまして、警察職員の協力を求めておりません。直ちにその日のうちに死体の検視及び都庁現場の実況検分をいたしまして、翌三十一日死体の検証をし、更に鑑定の嘱託をいたしたわけであります。又現場検証及証拠品の押収をいたし、その後急速に参考人の取調べをいたしたわけでありまして、その数は百六、七十名に上つておるのであります。それでその事件の処理は六月七日に不起訴処分になつておりまして、尚同日の新聞にその旨発表されたわけであります。この事件は、警察官が都庁の建物の三階の窓或いは二階の窓から橋本を突き落としたである、或いは警察官が橋本の倒れておるところを踏みつけたのであると、こういうようなことを言う参考人が集まつた当時の文書の中に三名ばかりおるのでありますが、そのそれぞれについて検討いたしますというと、遠山廣という東京交通労働組合の組合員は、橋本金二の倒れました現場の直ぐ側の窓が一階の丁度便所の窓でありますが、そこに乗つかつて左手でガラス窓を支えて、たまたま何か右の手を出した拍子にそこに上から落ちて来る人のからだのようなものに手が触れた。洋服を押えようと思つたが、間に合わずに、そのまま落ちてしまつたということを申しております。それであとどうしたかと申しますと、それから二、三分経つてから、窓から飛び降りたところその人間が、そこの地面にのびておつた。こういうことを申しております。それから中央大学の学生でありますが、亀田虎雄という人があります。この人が地上一尺くらいのところから地面に衝突する人のからだを見た。ところが、そこに制服、制帽の巡査が走つて来て、倒れた男の左の頬を一回蹴飛し、首筋辺を一回踏みつけて、直ぐその場を去つて裏門の方へ行つた。こういうことを申しておるのであります。それからあと二人ばかり近所の建物にもおりまして、何か落ちるものを見たというようなことを申す者があるのでありますが、当時の橋本金二の行動につきましては、大体推定八時半頃でありますが、都庁に外の者と出掛けて行つて、二階に上るところまでは見ておる者があるようであります。その後、それがまあ八時半頃の推定でありますが、その後の行動については、どうも調べましても分りません。三階でこれに会つたという者はおりません。そういう関係で不明でありますが、それから上から落ちたとすれば、丁度落ちた地面の上の附近の二階或いは三階の窓ということになるのでありますが、三階の窓があるのは、農地課耕地係分室及び社団法人東京都耕地協会室でありますが、ここには当日鍵が掛けられておつて、入室者はありません。これは守衞の証言であります。それから二階は都会議員待遇者室……前回待遇室と申上げましたが、待遇者室が正確であります。及び隣室の謄写版室にはそこの職員の知久重一という者がおりまして、同日午後八時頃から十時二十分頃までの間、その戸の外に大勢揉み合い、へし合つて戸がぎしぎしいつておつたようでありますが、それによつてそういうように外に出られないような状態になつてずつとおつたのでありまして、この者の供述で橋本金二らしき人や、その他の組合員及び警察官等の出入りは認められておらないのであります。それから死体の鑑定の結果は肝臓の破裂でありますが、その肝臓の破裂がどういう原因によつて起きたかということは、遺憾なから捜査の結果分つておりません。三、四間の高所から落ちてもできるし、踏みつけられ、或いは蹴られたりしてもできると、こういことになつておるのであります。で結局この先程申上げた何か橋本に対して危害を加えた者かあるといことにつきましては、先程の数名の参考人がおるわけでありますが、この参考人のそれぞれの供述が取調べのとき、検事の経験によりますというと、橋本か虐殺されたのである、こういうことを主張するに急でありまして、いわゆる合理性に乏しくて、真証が得られなかつたということを申しております。又その一人々々の言うことか皆まちまちでありまして、まあ余程混んでおりましても、若しそういうことがありますれば、それぞれ照合する幾つかの証拠かあつて然るべきように思うのでありますが、そういう点が見られないのであります。そういうような全体の捜査の結果をいたしまして、本事件は六月七日に不起訴処分になつておるのでありますが、これにつきましてはその後三件関係の告訴告発が出ております。これが現在東京地方検察庁で受理して捜査をいたしておりまするが、この告訴告発事件を捜査することによりまして本件は結局調べ直しをすることになるのであります。でこの告訴告発につきましては、愼重に且つ迅速に捜査を進めるように、東京地方検察庁の方に指示をいたしてございます。従つてその方の結果によりまして、又捜査が進展するかも知りませんが、只今のところ分りませんが、現在の段階ではこの程度の捜査の状況に相成つております。
  31. 伊藤修

    ○委員長(伊藤修君) それではよろしうございますか、……では本日はこれを以て散会いたします。    午後零時三十五分散会  出席者は左の通り。    委員長     伊藤  修君    理事            鬼丸 義齊君    委員            大野 幸一君            齋  武雄君            鈴木 安孝君            來馬 琢道君            松井 道夫君            松村眞一郎君   政府委員    検     事    (検務局長)  高橋 一郎君   説明員    検     事    (検務局調査課    長)      横井 大三君