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説明員(
高橋一郎君) 先日各
新聞紙上に取上げられました
長野縣下における
新聞記者の
証言拒否事件を起訴したという問題の
お尋ねでありますが、先ず事実の
経過を
簡單に申上げますと、
長野縣の
松本市におきまして、
松本市警察署が
松本税務署員の
收賄被疑事件について本年四月二十四日
松本簡易裁判所に
逮捕状の
請求をいたしたのであります。それで翌二十五日
逮捕状が
発付されたのでありますが、その
逮捕状の
発付されましたのが四月二十五日の午前九時頃であります。ところが
朝日新聞松本支局員の
石井清という人が、その日の午前十一時頃及び午後一時半頃の二回に
亘つてこの
逮捕状に書き上げられております
関係者の一人を訪問して、その
被疑事実について取材しておるのであります。そうしてこれはあとから確かに分つたことでありますが、その日の五時頃その
記事を
東京の本社に電話で送
つております。一方
逮捕状の
執行の方は若干遅れまして同日の午後九時頃に
執行を了しておるのであります。ところが翌日二十六日の朝の
朝日新聞の
長野版に
石井記者の送つた
記事が掲載されてお
つたのでありまして、そのことから、その
記事には
令状の
発付があつたということ、及びその
被疑事実が書いてお
つたのであります。
從つてそのことが非常にどこでも問題になりまして、この
石井記者に対して
警察か、
檢察廳か、或いは
裁判所の
職員のうちの誰かが
逮捕状が
発付されたということを間もなく話をしておるのじやないか、こういう
嫌疑を生じまして、その
搜査が始ま
つたのであります。で調べて見まして、只今申上げたことと、それから確かこの
令状の
請求は前日なされたと、
令状が出たのは二十五日でありますが、
令状を
請求して
警察官が
裁判所に行きまして
説明などをいたしましたのが四月の二十四日であります。結局日曜日になるのでありますが、この
石井記者の書いた
記事には、
警察の方から初め
令状請求の書類に書いてあつた
被疑事実以外に、或る
金額が、
報奬金の
金額が載
つてお
つたのでありますが、この
報奬金の
金額というのは、その
警察署の
署員が二十四日の日曜日に
犯人に
説明しまして、そのときに
犯人の忠告なんかもありまして書き入れました
金額なのであります。
警察の方なんかには行
つて説明した
警察署員以外にはそれは知
つていない。
檢察廳にもそれが分
つていない。こういうような事情があ
つたのであります。それからそのとき日曜日でありましたので、その
裁判所の勤務の
職員の数が少か
つたのでありますが、これを扱いましたのが、当時宿直の或る
事務官、
裁判所事務官であります。ところがその
裁判所事務官は、この
石井記者の家に寄宿してお
つたのであります。で誰かがこの
令状発付の事実及び否認事実というものを、
令状発付を直ちに洩らしているのじやないかと、こういうような
嫌疑につきまして
警察側で調べました結果も、それから
檢察廳側で内偵いたしました結果も、大体
裁判所の
事務官の人が出しているのではないだろうかというようなふうに
考えられたわけであります。そうなりますというと、その
裁判所事務官のやつた
行爲は、
國家公務員法の百條の「
職員は、職務上知ることのできた
祕密を漏らしてはならない。」という
條項に反する。從いまして百九條の「一年以下の懲役又は三万円以下の
罰金」というのに該当するということになるのであります。余談でありますけれども、
裁判官は
國家公務員法上
特別公務員ということにな
つておりますので、この適用はないことにな
つております。それでその
事件の
搜査が必要となりまして、他の
方法による
搜査はいろいろ十分や
つたのでありますけれども、何分にもこれを洩らした人と恐らくはそれを聞いた人との間のやつたことでありまして、これを知り得た人は
石井記者その人でありますが、その人に聞いて見ないというと誰がそういうことを話したか、殊に
石井記者が
本人から聞く以外の
方法で取材したのかも知れませんけれども、それも全然見当がつかない。從いましてこの
國家公務員法第百
條違反の事実を調べるためには、どうしても
石井記者を喚んで聞かなければならない、こういうことに
なつたわけであります。それで
檢察廳におきましては
石井記者を喚んでその点を尋ねたのでありますが、
石井記者はそのときにも
新聞記者として
ニュース・
ソースを取得することは当然の
権利であるという
理由で以て
証言に應じなか
つたのであります。それで
檢察廳といたしましては、止むを得ず
刑事訴訟法の二百二十六條の「
犯罪の
捜査に欠くことのできない
知識を有すると明らかに認められる者が、第二百二十三條第一項の
規定による取調に対して、出頭又は供述を拒んだ場合」ということで、この
規定によりまして
裁判所に
証人尋問の
請求をいたし、
裁判所がそれに基きまして
石井記者を喚んで
証言を求めたのであります。そうしましたところが、
石井記者は……。
ちよつと拔けましたので補足いたしますと、
裁判所に対して二百二十六條に基く
証人尋問を
請求いたしました日は、四月の三十日であります。それで
石井記者の
宣誓拒否にな
つておりますが、
証人に喚ばれまして
宣誓を拒否いたしましたのが五月の十六日、
長野地方裁判所にな
つております。
石井記者はその場合に
証言の
宣誓を拒否いたしまして、その
理由として、先程述べたような
新聞記者としての当然の
権利であるということを詳細に
上申書を添えて
裁判所に提出し、
裁判所も止むを得ず
証言をさせなかつたわけであります。この
上申書にはその点に関しまするところの
アメリカの
文献の
写し、
写眞版を数ページ添付してありました。
ここまでが
現地檢察廳限りの
処分でありまして、中央で聞きましたのはこれから後でありまして、こういうことに
なつたが後の処置をどうしようか。即ち
石井記者が
宣誓を拒否いたしましたのは、
刑事訴訟法の百六十
一條に基く主張であります。即ち「正当な
理由がなく
宣誓宣は
証言を拒んだ者は、五千円以下の
罰金又は拘留に処する。」ということであります。そうしてそれにつきましては、百六十條におきまして同じ場合、即ち「
証人が正当な
理由がなく
宣誓又は
証言を拒んだときは、
決定で、五千円以下の過料に処し、」という
規定があります。ところが
裁判所はこの百六十條の
規定による
処分は何も行わなか
つたのであります。
檢察廳としては、これをこのまま見送るか、或いは百六十
一條によりますところの公訴を要求するかという問題として、
長野縣檢察廳から
東京高等檢察廳に指揮を仰いで來たわけであります。
東京高檢は、問題の
重要性に鑑みまして、
最高檢察廳及び我々の方にも御相談があ
つたのであります。私共聽きまして、これは非常に何と申しますか、いわゆる
官廳の
祕密、或いは
搜査の
祕密というようなものと、やはり
新聞の自由といつたものとの
関係において
考えなければならない非常に重要な問題であるというふうに
考えたので、その点だけを明らかにして
研究を重ねたわけであります。その場合に、最初問題になりましたのが、
刑訴の百六十
一條によるいわゆる「正当な
理由」というのは、
刑訴の百四十四條乃至百四十九條までに挙げられております「正当な
理由」というものに限られるかどうかという問題を最初に
議論したのでありますが、
結論は無論それに限られるものではない。例えば
選挙における投票の
祕密は、
憲法でも保障されておりますような強い
権利であ
つて、且つ
選挙法にも具体最の
規定がある。このようなものは、やはり当然百六十
一條の「正当の
理由」と
言つていいのじやなかろうか。それから外の
法律で
祕密を守る
義務を
規定しております場合、例えば
裁半隊の
会議の
祕密でありますとか、或いは廣く
國家公務員の
祕密遵守の
義務という場合はどうであろうかということになりますと、その場合に直ちにそれに持
つて行つて刑事訴訟法上の正当な
理由ということにはいかないのではないか。それはその
根拠といたしましては、百四十四條で公務上の
祕密と
証人資格の
規定がございます。これは
國家公務員法と大体同趣旨の
規定でありますけれども、
監督官廳の
承諾を受けて
証言する。その場合
監督官廳は、國の重大な利益を害する場合を除いては、
承諾を拒むことができないということが
刑事訴訟法上にはかか
つておるのであります。そういうような点からして、やはりその点は
刑事訴訟法上の
観点からも
考えてみるべきであ
つて、他の
法律で
祕密遵守の
義務を決めてあるからとい
つて、直ちに百六十
一條の正当の
理由というふうにはならないのではないか。こういうふうなことになりまして、それからそれ以外の場合で正当の
理由、即ち
法律なんかに何も
規定がない場合に、そういうことがあるであろうか。それは例えば肉体的に今日は頭が混乱してお
つて、全然筋道の立つた
お話ができないというような場合には、これはやはりこの場合の正当なる
理由と言えるであろう。それ以外にも何らかやはり
考えられるのではないか。こういうような
結論になりまして、
從つて場合によ
つてはこの種の問題も正当の
理由として
考えなければならない、こういう前提で尚
研究を進めたのであります。
次に今の問題とな
つておりますのは、
新聞記者が
ニュース・
ソースを秘匿することが百六十
一條の正当な
理由であろうかどうかということでありますが、
憲法上はどうであろうかという問題では、
憲法にいわゆる
表現の自由、これはやはりその文理上は
表現そのものの自由と解すべきではないかということになりまして、
從つて本件は直接この
表現の
自由云々の問題ではないということに
結論がな
つたのであります。ただ
表現の自由を
考えます場合に、よく
新聞記者諸君によ
つて言われるように、
ニュース・
ソースに自由に近付き得る
権利というようなことが、やはり考慮されなければならないし、更に進んでは
ニュース・
ソースを秘匿する
権利というものが
考えられなければならない。そういう
観点からはどういうふうに
考えたらよかろうかということで、再び
刑事訴訟法に戻りまして、百四十九
條あたりの
業務上の
秘密も
証言拒絶の、即ち
医者とか
弁護士とかという人が、
業務上知り得た個人の
秘密とはどうであろうかということを
考えたわけであります。そうしますというと、こういう
医者とか
弁護士という人が
秘密を知るというのは、これは患者、或いは
依頼者、
一般の
國民が
日常生活を営む上において、そういう人の助けを借りなければならない。
医者にかかろうと思えば、どうしても体の
秘密も打明けなければ必要の治療を受けられないということで、当然
日常生活を営む上において
秘密を打明けなければならないような
関係にあるのであります。ここに書き上げられておりますのは皆そういうものと
考えられるのであります。
ところが
新聞記者が或る人から取材するということは、成る程、君だから言うというような
関係はありましようけれども、言う方としましては、それを話さなければ
日常生活を行うことができないというような
関係にあるわけではないというふうに
考えられて、百四十九條の場合とは別個の
考え方で処理すべき問題ではなかろうかということにな
つたのであります。
それで今度は、いわゆる
新聞道徳と申しますか、そういう
観点からはどういうふうにであろうかと
考えたのでありますが、成る程
新聞記者諸君の通常の
考え方といたしまして、
自分が取材した
相手方の
名前は誰には洩らさないということは、誰もが
言つておりますし、又そういうふうに行なわれておるようであります。ところが一方
新聞記事の
信憑性、
新聞が社会の公器として
眞実を傳えなければならないというような
観点からして、
新聞記事の
出所については、その
出所を明らかにするだけの用意がなければならないというようなことも言われておるようでありまして、そういう
意味から、
ニュース・
ソースを
秘密するということは、必ずしも固定した
道徳と申しますかそういうものではない。尚分析してこれを
考える必要があるのではなかろうかということにな
つたのであります。
更に
外國、特に
アメリカあたりではどんなふうにな
つておるであろうか。
石井記者の出した
上申書にも、
ちよつと今
名前を忘れましたけれども、二つの
文献の
写しが出ておるのであります。私共の方でその
文献を精密に翻訳して
研究いたしましたし、その他にも手許で得られるだけの資料を一應当
つて見ました。それによりますというと、
アメリカでは各州の
立法で、こういう場合に
新聞記者に
ニュース・
ソース祕匿権を
刑事訴訟法上認めております州が六つか七つあるようであります。その他の州においてはそういうことはない。そうしてそういう
規定のない州で、
起訴陪審の表決の公式の発表以前に
新聞がそれをすつぱ拔きまして、誰がこれを洩らしたかということから、その
新聞記者が
裁判所によ
つて証言を求められて言わなかつたために、監獄に送られたということがありまして、やはり今度の我が國におきますると同じように
大変議論を巻き起した
事例などがあるようであります。そのときの論議によりますというと、
新聞の中でも、それは当然のことだ、若し
新聞記者がそういう場合に
ニュース・
ソースを秘匿するという
権利を認めるというと、利口な
裁判官は常にそういうことで
証言を……失礼いたしました。
ちよつと今私正確に覚えておりませんから省略させて頂きますが、
新聞によりましては起訴されるので当然であるというふうに申しておるのもありますし、併し外の
新聞は勿論これは
新聞の自由を害するものであるというような反駁をしていろいろ
議論をしておるようであります。併し
アメリカとしても通説といたしましては、特に
立法のあります場合はともかくでありますが、それ以外の場合においては
ニュース・
ソースを隠すという
権利は、当然
形式手続上
証言拒絶の正当の
理由とすることはできないというように相成
つておるように我々は見たのであります。
そうして一應そういうようなことを
研究いたしました上で
本件に立返
つて見ますというと、
本件の場合は
石井記者が果してどういう
方法で以てこの
記事を得たか、それは実は我々には分りません。実際に
公務員である
裁判所事務官の口からそれを聞いたのか、或いはそれ以外の何らかの
方法でこれを得たのか、それはまだ分りませんが、若し
相手の口から直接聞いたわけではないならばそのことを
証言するのに何程の一体必要があるであろうか。又若し
本人の口から直接聞いたのであれば、その
相手方というのが即ち
國家公務員法上の
違反を犯しておる者であ
つて、その
違反行爲の
相手方にただな
つたのでありまして、その場合に洩らした
本人を特に秘匿してこれを保護するだけの必要はないのではないか。逆にこの場合にそれを秘匿することを正当の
権利と認めますというと、それ以外には實は
方法はないのでありますから、それで
國家公務員法違反の
犯人を結果的にはそれによ
つて隠匿するというような結果にならざるを得ないのであります。そのお互いの
法益というようなものを
考えて見まして、どうもこれを正当ということは困難ではなかろうか、こういう
結論に到着したのであります。
それでこのような
結論に到着いたしました以上は、これは重要な
法律問題でありまして、
檢察廳限りの
処分でどうなるものでもありません。是非これは
裁判所の有権的な
決定を待
つてこの点を明らかにして頂きたい、こういう
考え方であの
事件を起訴した次第であります。
尚申し落しましたけれども、
一般に
ニュース・
ソースを祕匿することは
刑事訴訟法第百六十
一條関係の「正当な
理由」とは認められないというふうに、
一般的に言えるかどうかということは我々としても疑問を持
つております。例えば
新聞記者が何か
官廳に、
公務員に贈
收賄があるというようなことを
新聞に書立てまして、で
搜査官が直ちにその
新聞記者を喚んで
証言を求める。
証言をしないとすぐ
裁判所に二百二十六條の
請求をするというような場合には、例えば二百二十六條の
関係で「
犯罪の
搜査に欠くことのできない
知識」というような
條件に当嵌まるかどうか。それは甚だ疑問でありますし、それのみならず
一般的にそんな慣行が行われるといたしますならば、
新聞記者の活動というものは著しく制限されることになることは明らかでありますから、そのような
搜査はなすべきものでもなく、仮にいたしたとしてもそういう場合にはやはりこれは拒絶しても「正当な
理由」として認められる場合があるのではないか。これはまだ私共は
一般的に問題を解決したつたもりでおりませんので、
研究中ではございますが、そういうふうな
考え方もありまして、問題はやはり
証言を拒絶することによ
つて保護すべき
法益と、それから
証言させることによ
つての
法益と両方をやはり睨み合せての問題ではなかろうか。結局は相対的で具体的に判断すべき事項ではなかろうか。こんなようなふうに少くとも私は只今のところ
考えておる次第であります。
大変冗長になりましたが、一
應長野事件はこのような
経過で起訴いたしました次第であります。