○池田恒雄君
大臣の御
答弁は專ら精神的講話のように伺いまして、実は私はそういうことについては
大臣と同感であります。そのことにつきましてはむしろ
食糧増産運動なら
食糧増産運動という、そういう方面においていろいろ
対策を
考えたいと思う。それで
只今私達が檢討したいのは、
如何にして
供出を明瞭に掴み、そして合理的に米を吸い上げるかという法律或いは技術上の問題を
議論するだけであります。そういうふうな点を焦点に
議論しなければならないと思います。勿論今日アメリカから援助を受けておるし、且つこの援助はむしろ受けずにおる方が
日本人にと
つて幸福だし、殊に米のごときは米だけでも
日本で自給する。同じ援助を受けるならば米でないもので受ける方がよいのでありますから、そういうふうにした方が割がよいのでありますから、誰もそう
考えておる次第でありまして、そういう根本的なことは
大臣も我々委員も
意見の一致を見ておると思います。
從つて今後はアメリカという
言葉は抜きにしてこの問題を
議論したいと思う。どうもアメリカから援助を受けておるという
言葉が出ますと、皆
議論がべしやんとな
つてしま
つてどうもまずいのであります。
大臣もアメリカという
言葉は余りお使いにならないようにこの際お願いして置きたいと思うのであります。そうでなく、それはそれであ
つて、そのことについて、我々はどうして取扱うかということを
考えたいと思うのであります。
大臣の
只今の
お話ですと、
超過供出は結局あるように言われたように思いますが、私が先程
超過供出はないのだと
言つたのは、百姓が出したくないからとか、或いは
日本の
食糧事情をよく認識していないから出さないからとかというのではなくて、
数字の上において明らかに
超過供出の数量というものはないということを申上げたのであります。それから丹精をしたとか何とかいう
程度、普通の
農業の技術
程度において、丹精をしたというのでは、これでは増
收量というものは目に見える程のものではないと思います。
大臣も言
つておられたように、一俵とか二俵とかという數字じやないかと思うのであります。一反歩につき一俵とか二俵とかという
数字であるならば、これは大きいのでありますが、決して一反歩でなく、そのものは一戸として五反歩なり一町歩なり作
つておりまして二俵、三俵という、まあ今年は余計穫れたというようなことじやないかと思う。余計穫れたというよりも、
供出量がそれだけゆるか
つたというような結果じやないかと思うのです。丹精をしたという結果現れるものはその
程度の差しかないじやないか、若し二俵や三俵の差であるならば、仮に五俵の差があ
つたとしても、これは、私は五俵くらいの差が出て來るというような
農家でありますと、一町歩内外の作付けをしていると思うのであります。そこでは、人も頼めます。馬もおります、家族も大勢であります。五俵くらいの米というのは立ちどころに食い潰します、又それくらいの余
つたものをそれまでよこせ、こういうのでは、そういう百姓は丹精をするその臍下丹田に力がなくなりまして、丹精なんかできるものじやないのです。やはりその
程度の超過
生産でありましたならば、これは食わして置くのが当り前であ
つて、そんなものを当てにした
つて、私は大して助かるものじやないと思うのであります。又その
程度の数量ならば、出たと言
つたつて引込んだと言いましても、これはどうにもならん話でありまして、少し捕捉しかねると思うのであります。ですから私はその
程度の問題が、この
超過供出の問題にな
つておるのじやなくて、現実に昭和二十三年度における事前割当の数量と、昭和二十三年度における秋の收穫の数量との間に相当大きい開きがあ
つたのじやないか。私はこう思うのです。そこからこの問題が起
つて來ておるのじやないか、こう思うのであります。先程の
大臣の
答弁は、実は、あれは私に対する御戰法でありまして、これは有難く聞いておりますが、私の
質問に対する
答弁じやなか
つたと思うのであります。そんなところからこういう問題は発生して來ようはないと思う、一俵、二俵、餅を一回搗いたらなくなるとか、結婚式一回や
つたらなくなるという
程度、或いは、今年は娘を嫁にやらなければならんから少しぐらい余計に穫ろうという
努力ですね、その
程度の米を
農村の人達は余計食
つているから、或いは出していないから、だからこの法律
改正をやらんならんというようなところに、この法律
改正が出発したのでなくて、昭和二十三年度における
供出の実情、或いは昭和二十三年度において初めて事前割当をや
つたんですから、その事前割当と收穫時期における收穫の数量との間に、相当開きがあ
つたということを農林省がお認めに
なつたか、或いは司令部の方で御調査にな
つてお分りに
なつたか、そういうところに問題があ
つて、この法律
改正が出て來たのじやないか、私はこう思うのでありますが、その点を
一つ、これは決して道義的な問題じやなくて、もつと何と言いますか、事実上の問題、計数上の問題として御
答弁願いたいのであります。