○
委員外議員(
星野芳樹君) 私はこの
懲罰の
動議が全く
理由のないものと考える者でありますが、その前に、この
委員会が何が故か、公開を禁止されておるのはあまり穏当でないと思います。私のこの問題は、全
國民がまじめに考えるべき問題であり、決して暗默裡に祕密的に
裁判を行うべきではないと私は考えて、一面
委員諸兄の御再考を促したいと思うのであります。
それから
理由がないという点では、大きく言いますと、三つになります。私の
発言は何ら虚構の事実でなく、
眞実を言
つたことであるということ、これが
説明は後にいたします。
眞実を言い、而も
眞実としては、或場合には
眞実でも、あまり強過ぎることは遠慮すべきという場合もございましようが、この
情勢におきましては、決して遠慮すべきではない事態があ
つたということを後に
説明いたします。それからもう
一つは、この
草葉隆圓氏の
懲罰に付する
動議の
説明というのは、甚だ
議員諸公を
ペテンにかけるがごとき
内容があると思うのであります。それは議会に対して非
協力であ
つて、特に
婦人議員が
委員長であ
つたために非
協力であ
つたと
言つて、恰も私が
婦人である
委員長に対し、何か失礼があ
つたがごとき
印象を取り上げて、そうして
事情も知らない
議員の雷同を求めた点がありますが、
懲罰を要求された
内容はこの
発言であ
つて、断じてこういうことではなか
つた筈なのに、こういうことを書かれたというのは、明らかに策謀的であります。
それからもう
一つ、あの
委員会は、実は私が
発言した
委員会は
定足数が足らない
委員会であ
つたのであります。それで
定足数が足らないのに拘らず、
岡元委員その他が試案を押し通そうとされたために、
北條委員その他は
定足数に足らないということを再三警告して立
つておるのであります。その後
速記を取
つて、我々の
発言をずつと迎えていたんですが、併し
速記だけ取ることにな
つたので、その際の
発言だけであり、
定足数に足らなか
つた委員会であります。
それから一番初め申した、私の
言つていることが間
違いではないと、事実その
事情があ
つたということを申します。この
吉村隊事件及びいわゆる
人民裁判事件が
参議院の
特別委員会に取上げられた。その時の
情勢といいますると、正に昨年は四月或いは五月から在
ソ同胞の帰還が開始されていたに拘らず、本年はなかなか見通しがつかず、実は私共として、本年果して帰れるかどうかということに非常な
心痛を持
つている。数十万の
留守家族は狂うばかりの
心痛を持
つていた時であります。この時に当
つて、
皆さんもよくお分りでしようが、この
引揚問題の
核心をなすものは、私は一部の
人々のように、
日本が船を廻さないから帰れないんだとか、或いは
收容所の施設が足りないから帰れないとい
つたことは、
院内院外を問わず一度も言
つたことはない。成る程
日本の
受入態勢は十分でありません。
帰つてから職に就きようがない。併しそれだからとい
つて、帰れないという
事情はないのであります。でありますから、この問題の解決は飽くまで
ソヴィエト当局を動かすことであるということをかねがね確信しております。而も
ソヴィエト当局を動かすということになりますれば、これはやはり外交的に我々は考えなければならないと思うのであります。そして
ソヴィエトが何故に動かないかということを考えて行かなければならん。この点から考えますと、今までの幾多の事象からして、
ソヴィエトといたしましては、
世界情勢というものを一番神経過敏に考えておるという
情勢が明らかなんであります。例えば昨年の十一月には、一昨年は十二月まで
引揚があ
つたのに昨年の十一月は
ぱつたり止つた。あのときの
情勢はアメリカにおいて
大統領選挙において下馬評では
デューイが圧倒的に勝つ。そして
デューイが勝つならば、
米ソ関係が
緊迫化して、あのときの有識者は
米ソ戰爭が必至ではないかと恐れた
事情があ
つたのであります。そのときは十一月の末でした。ところが十一月の二十日に
大統領選挙が予想に反してトルーマン氏が当選して、
米ソ関係の
緊迫化が解かれてほつと安心した
状態にな
つたのであります。そうすると十一月の後半には今まで曾てなか
つた十五日間に三万七千だか帰したということも
一つの例でありますが、かくのごとく
ソヴィエト政府としては、非常に徴妙に
國際情勢ということを考えて考慮に入れておるのでありまして、これは私の
発言中にもありますが、それでありまするから、この
引揚の
促進ということは今まで
留守家族が非常に叫んでおる。私も血の叫びを上げておる。私共が
ソ連大使館の代表と会いましても
留守家族の
窮情はよく分るとい
つておる、帰してほしいという
留守家族の熱情はよく分
つておる。何故動いて來ないかというと、これは
國際情勢の微妙なる点にあ
つて、
日本が果して本当に
平和國家にな
つたかどうか、ここに未だ安心を持てないという点があるというところが根本ではないかと思うのであります。
それ故に我々は飽くまでも
ポツダム宣言の線に
沿つた平和的民主國家になるということ、口だけではなく実行するということが
引揚促進の
核心だと思うのであります。そういう切迫した
事情の下に当
つて吉村隊事件が
世間に喧傳されるや
岡元委員、その他の
委員は、こういうことをいうと又
懲罰になるか知らないのですが、
世間で持てはやされるので、持てはやされる問題としてニュース・ヴァリウを以て取上げることを主張されたのであります。
併しこの取上げることに対して私は以上の
事情を申上げまして、極力反対し、これに対しては良識ある
議員は例えば民主党の
伊東隆治氏などもこれに対しては
反対意見を述べられたのであります。
併しこの問題も
少数の、八対七、一票の差であ
つたと思いますが、そういう
少数の差で取上げられたのであります。これにおいても先程申上げたように
引揚委員会を成るべく超党派的に行うという原則はここに無視されたのであります。八対七で以て実に外の
人達を納得させずして、
ちよつとの多数を以て押し切
つて取上げるということにな
つた。
更に
人民裁判というようなものも取り上げ出した。この
人民裁判の問題なども、いわゆる
人民裁判によ
つて引揚げを後
廻わしにされたという事実が聊かあると思いますが、それは大きな数ではなくて、問題は全体の
同胞が還るか還らないかということが大問題にな
つておるとき、これを問題にするということは、決して全体の
引揚げのためには有利ではないという
事情の下に、これも強行的に行い、そうしていよいよ
審議に入
つたのであります。
審議に入りましたら、その
審議の過程において、今
大野委員が
指摘されたがごとく、
岡元委員が
吉村隊長を出迎えに行
つた。この
事情を
岡元委員は述べられましたが、そういう身体の安全を期するならば、これは
警視廳その他を督励をすれば十分なことであ
つて、何もカメラマンの追い廻わす駅頭に
議員が出る必要もないことである。宿舎その他についても、これは明らかに
警視廳その他に督励して嚴戒せしめればいいことである。これに容喙する必要もない筈なのに、こういうことに容喙しておること。それから
審議中に
吉村隊長と食堂において特に食事を供にするというような
事件もあり、こういうことからも
吉村隊長を何か英雄視しておる傾向が現われておるのであります。果せるかなその
審議に当りましても
事ごとに
吉村隊長の援護をなされ、そうして我々といたしましては、
岡元、淺岡、
矢野三君の
委員の
意図は、この
吉村隊事件の
責任を全部
外的條件、即ち蒙古
政府、
ソヴィエト政府の
責任に帰して、そうして敵本的な
宣傳を行うという
意図があると見ざるを得ない
討論の結果とな
つたのであります。
そうして
最後に
至つて岡元委員が、この
吉村隊事件調査についての
参議院在外同胞引揚に関する
特別委員会における
審議の経過の
中間報告書という
草案を書かれたのであります。この
草案においては
吉村隊長についてはこの
部隊管理の
統卒に
欠陷があ
つたことは免れん。その
程度に書いてあり、ここに
吉村隊長の重大なる
道徳的錯誤があ
つたということは、一言も触れていないのであります。そうして
軍國主義の
指摘、
封建主義の
指摘というものを故らに避けるがごとき、常に我々が口外に出す時これを強行に反対しておる。事実審査といたしましても、いわゆる「曉に祈る」という
処刑にされた者は
証人十四名を喚びまして、
吉村以外の者すべての者が百五十人
程度、この
人々は
責任者でありませんから、記録を持
つておりませんが、百五十人
程度曉に祈らされる
処刑をしておる。然るに
吉村君のみが四十一人、それはすべて蒙古の命令だと、全く
証言の結果は常に一対十四であ
つたのであります。而もそのとき
証人に喚ばれたのは、決して
吉村を告発せんとした
反対派でない。
委員会としてはむしろ
半々、
吉村支持派と目されると者と、その
反対派と目される者と
半々に公平に喚んでおる。而もその
人々が一致して
吉村を攻撃しておる。而も
淺岡議員は宣誓をして
言つたのだから
隊長の言を信ずべきではないかというような
発言をしておる。これなども甚だ
常識違いなのであります。而も初め十四人でしたか、十五人でしたか、公平に彼らを喚んで、その
証言の結果が全部
吉村を非とする
証言にな
つたのでありますが、更に
淺岡議員は、今度喚んだのは
吉村反対派ばかりだから、
吉村を支持する者をもう一回喚ばなければならん。外の
議員はもうすでに大体
審理の状況が明らかにな
つておると言うのに、更に喚ぶことを強硬に主張いたしまして、更に四人を喚んだ。四人を喚んで、これも
吉村支持派であ
つたと
思つたのが、やはり
吉村の事実を皆曝露してしま
つた。こういうようにして公平に見れば
吉村隊長の重大な
責任、
道徳的錯誤がある。その背景となすものが
軍國主義的思想であるということが明らかなのにも拘わらず、この
岡元委員の作
つたこの
中間報告書案というものは、全く事実を捏造したものである。
それでありますから、これが
委員会に提出された時に、熾烈な
討論が行われたのであります。併しながらこの
討論は甚だ非民主的に行われて、その原案を刷らずして、ただ読んで聽かして、
不満のところにチエックしようということにな
つて、四十七ケ所各
委員から
不満のことをチエックして、そうしてチエックされたところを
討論する。併しそれに対しては加えるものがまだあるという
委員の
意見はあ
つたのであります。然るにそれも時間の都合とい
つてチエックしたのみで通そうとした。そうしてこの
岡元委員の
草案を以てしては到底
審議がまとまらず、而も決して私と
細川氏のみが反対したのではなく、
北條委員からこういう重大な
報告書は、決を採
つて八対七でもいいというなら、それはわけはないだろう。併し重大な
報告書である以上、成るべく満場の賛同を得たものを出そうじやないかという
発言があ
つたに拘らず、これを飽くまで押さんとし、そこで遂に
結論の部分に
至つて、これは
北條委員に……、それから言い落しましたが、その四十七ケ所のチエックしたところ、これを
委員会で以て審査することにな
つたのであります。ところが途中
岡元委員は
天田委員との感情的な対立から、突然席を立
つてしま
つた。仕方がないので、私や
北條委員や
細川委員でその続きをずつと
審議しなければならなか
つた。而もその先にこれに附加するところが、各
委員にあるという
意見があ
つたに拘らず、もう時間がないということで、附加することも殆んど許されないような、
強硬的態度に出られた。そうして
最後の日に又
結論を
理事に一任するということで、
理事及び
北條、
細川委員に一任ということにな
つたところが、
岡元委員はこの日は何か放送か
座談会がございまして、この方が名前が賣れることでも思われたのか、これに出席されない。そこで
北條委員と私は
思想的には左右非常に
違いますが、両方共紳士的に協議したので、その
結論においては殆んどまとま
つた結論が出たのであります。
ところが又あくる日これが
委員会に持ち出されると、これに対して一々問題をつけて、そうして相当問題があると、
岡元案を無理に
報告書として通そうとして、そうしてこれに対して十分なる討議をする、
速記をつけて
討論をするという約束があ
つたにも拘らず、もう
速記が事実上間に合わないとか、いろいろなことを以てこの
討論を抑えようとした。そういうようないきさつにおいて、全員が一致することができない
報告書を無理やり押通そうとしたのであります。その裏が、一貫して
吉村隊長を支持して、そうしてすべてを
ソヴィエト側の
責任として、敵本的な
宣傳を行うという
意図にある。而も
軍國主義的な
反省、
封建主義に対する
反省というものは、すべて抹殺しようとする。こういう
意図が明らかであるのであります。
こういう事実からして、私共が公平に解釈いたしまして、これらの
人々が
吉村氏を何が故にこれ程庇うか。これにはこうしたいろいろな言行からして、明らかに
思想が相通ずるものがある。
矢野委員のごときは
隊長となるには、あのくらいでなければというようなことも、放言されておるのであります。こういうところから推察して、明らかに
軍國主義的影響にあることは事実なんであります。而も
引揚げの問題が、先程申上げたように、
ソヴィエト当局の
考え方というのは、
日本の再
武裝化を非常に恐れ、再
反動化を非常に恐れておる。このときに当
つて眞に
國会が
引揚げ促進をするためには、誠に
参議院から
除名決議をするのが、至当であると考えたのは、私の
意見であ
つて、何故これを謀略的に押しつけたとか、何とか言うのでなくて、私が正しいと思う
意見をここに述べ、現実において私共非常に憂慮していた
引揚げが、先ず開始はされるということになりましたが、私は今でも考えております。こうした
反動的議員が
引揚委員として横行しておることは、実に今後の
在留同胞に対して暗い蔭をさすものであるということは、
ちよつとも嘘ではないと思うのであります。而も
眞実でありましても、余り問題が重要でない場合には御遠慮いたすべきが当り前かも知れませんが、あのときの
情勢は、正に今年
引揚が再開するかどうか、そうして数十万の
留守家族が本当に狂い死するかどうか、という段階にあ
つたのであります。この段階において、私共はこうした間違
つた行動をなす者に対しては一糾彈をするのが、我々在外
同胞を救う唯一の途であると思
つて、ここはやらざるを得なか
つたのであります。
私はこれだけのことを言いまして、若し
引揚が再開しなければ実は自決するつもりでおりました。併し幸いにして
引揚が再開されたのは、少くとも
ソヴィエトとしてはこうした反動的な
議員があることについて、甚だ
不満でしようが、我々が少くとも
日本の
平和國家として育成するために、民主化のために、これら反動
議員に屈することなく、言論を以て闘
つたということが認められたと思
つておるのであります。こういう
理由で、私はこの事実に対しては、何ら間違
つていないと思うのです。そうして
軍國主義的影響下にあ
つたということを、影響下にあるということを
指摘したので、それに比べれば今日の田村
議員のごときは、労働運動のストライキを、あれは武力闘爭だというようなことを言うている。これの方が余程失言であ
つて、政治的
意見が違う私共が、
軍國主義的影響下にあると思う者、これを
指摘するのが何ら間
違いがない。而も
除名を
決議することが至当だという
意見を述べたので、何ら陰謀的にこれを抹殺するとか、威嚇するとかしたのではなく、許されたる
発言のときに、
除名を
決議することが、至当であるという
意見を述べたので、何らこれは間違
つてないと、こう考えるものであります。こういう
事情において、この
懲罰の
理由は何ら私は存在しないと思うのでありまして、
懲罰委員会から私の言
つたことが嘘か本当か、御調査を願いたいと思う。
先程
大野委員から
指摘されたごとき、迎えに行
つた事実、宿舎に泊めた事実、更に食堂で食を共にした事実、それからこの
委員会における議事の進行過程、そうして
最後においては、
定足数も欠いておる
委員会、それで
最後までこの
報告書を押し切
つて、独断的にこれを本
会議に報告しようとしている、こういう非民主的行動、これが私が
指摘するのが外れているかどうか。これを御
審議頂きたいと思うのであります。