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石井證人 久文先生とい
つて、
税務代理士をや
つたり、
弁護士をや
つたりしている人です。その
久文先生に、こんな法外もない、家を疊んでも納まらない
税金だから、これをどういうふうにしたらいいでしようと
言つて聞いたのです。そうしたら、ともかく
異議の
申請をしておきなさいということで、私は
先生に頼んで
異議の
申請書を出したわけです。そうしてその
異議の
申請書を出してしばらくしてから、その翌る年の一月に
組合の
役員の
選挙があ
つたのです。その
役員の
選挙で、旧
役員は全部落ちてしま
つて、新
役員に全部かわ
つたわけです。そのときに
組合長に
三崎正次郎という人がな
つたのです。そうするとその
三崎正次郎という人が、去年の
税金は非常に
でこぼこだから、去年の
税金の
でこぼこは、今度
役員がかわ
つたから直すということで、や
つてくれたわけです。そこで六掛ぐらいならいいだろうと言うので、ほかの並みから押して行くと、私の家は
いくら最高を
見積つても十五万円だと私は
言つたのです。そうすると、なるほど、竹さんのところは十五万円ぐらいなら
最高だろうな、でもまあ今年は六十万と
決定が來ているのだから、十五万円というわけにも行かないから、どうだろう、二十万ぐらいじやと言うから、二十万じやとても拂えないと
言つたのです。そうしたら、それじやまあ十五万に
申請してみようということにな
つて、それでも
つて十五万に
申請してくれたのです。そうして、今度
申請書を出した人は、たいがい負かるだろうという話だ
つたのです。そうして何の
通知もなくていたから、そのまま十五万円に負か
つたものだと思い込んで、十五万円には
ちよつと足りないけれども、二万
いくらと、四千
いくら二回と、二万
いくらと納めて、
あとは、そのときはまだ農家から商賣に切りかわ
つたばかりですし、金の貯えもないから、働いて金ができたら、また
あとを入れるからということで、分納してお
つたのです。そうすると、今度は
決定書が來たわけです。それにやはり六十万と來たのです。それから、これは
ヤマ竹さんの
三崎正次郎さんが言うには、十五万円であれしてや
つたというので、それからすぐに今度は
久文先生のところにまた
行つたのです。実は十五万円で
組合長が今度
でこぼこを直したという話だけれども、直
つていないから、ひとつ
先生どうでしようとい
つて、行
つたところ、どうもそういうのが一番困るんだ、今まで
ちやんとしてある商賣が、
組合でやることはそういうようないいかげんなことばかりやるのだからと
言つて、
先生が、それじやどつちにしても、正式に
争つても六十万の資格はないのだから、これは正式に
争つてでもあれしてやるからと
言つてくれたのです。それじやひとつお願いしますということで、それで
久文先生にお願いしたのです。そうして私この
税金問題で、一度も
税務署へ顔を出したことはないし、何も知らないで、悩んでいたのです。そうすると私のおいつこが來て、おじさん何だねというから、何だか知らないが、おれのところはまだ去年の
税金もまか
つたと
思つたら負か
つていないので、法外もない
税金で非常に困
つているんだ。それなら早く
言つてくれればよか
つた、おれは
税務署に
大勢知つている人がおる。それで知
つている人の手引で話をしたら、早く話が進むだろう、それじやその知
つている人を紹介してくれと
言つて、私が頼んだのです。そうしましたら、
吉岡重行とか何とかいう人を紹介してくれたんです。それが浦中の
夜間部の
学校友だちなんです。それで私は紹介してもらいましたから、
税務署の人じや話が進むだろう、ひとつお願いしますということにな
つて、それで一、二回來てくれたのです。それから
あとで私が
税務署へ
行つたのです。そうしたら、
田村さんというその時係長をや
つている方のところへ私を連れて
行つて話をしてくれたのです。ところが、
田村さんは全然受付けないのです。何でもない人の
税金問題を出して來て、お前そんなことをしたら、とんでもない間違いになるのだということで、第一
異議の
申請書が出ていない、こう言うのです。それから私は
異議の
申請書が出ていないことはない、出ているはずだと
言つたら、
異議の
申請書が出ていないから、それはもうだめだというのです。そうしてそのときに
久文先生がや
つてくれまして、書留で
異議の
申請書を出しておいたものですから、
受取人の
帰り返事があ
つたのです。それでその手紙を持
つて行つて、こういうふうに
ちやんと出ているのだからと
言つたら、それでもないからもう一度書きかえて來いというので、もう一度
異議の
申請書を書いて出したのです。そうして
異議の
申請書を出して來た。それから同月ごろだ
つたか、古いことで、あまりよく
覚えておりませんけれども、去年の九月か十月ごろに、久保とかいう人が再
調査に來たのです。そうして再
調査をしてくれて、その結果二十万という
通知が
來たんです。
通知が來ましたので、さつ
そく金をこさえて金を納めてしま
つた方がいいだろうというので、納めに
行つたのです。ところが、そのときに
税務署へ
行つて、日が遅れて困つ
ちやつたが、どういうふうな方法で納めたらいいかということもわかりませんし、
税務署へ
行つても、だれも知
つている人がいないので、また
吉岡という人に聞いたんです。そうしたところが、
吉岡という人は
延帶金がたくさんたま
つているが、
延帶金はどういうふうにしてくれると言うのです。
延帶金とか何とか
言つても、本税だけでもようやく納めるのに、おれの方で去年の
更正が法外もない
税金をかけられて、それで納まらないでいたのですから、
延帶金だけは何とか
課長さんにでも負けてくれるように話をしてくれないかしらと
言つて頼んだのです。それじやおれが
課長さんにゆつくり話をしてみる、
延帶金が負かるように話をしておいてやるから、ということだ
つたんです。それから私もそのつもりで
帰つて來ちやいました。
帰つて來ますと、それから今度しばらくして、十二月ごろにな
つて、その古岡という人が來て、ともかく六十万円が二十万円に負か
つたが、おれもいろいろ
骨折つたよと言うのです。
骨折つたというけれども、それでも私の方では信用しなか
つたのです。何も古岡という人に骨を折
つてもら
つた関係はないというような考えていたのです。ところが、
課長に飲ませたり何かして、七、八千円か
かつちやつた、こういうわけなんです。
それから、だ
つておれの方じや正式にあれして再
調査してもら
つて、負けてもら
つたんだから、
吉岡さんがそんなにかけたことは知らなか
つたと
言つたところ、なあにそう
言つたつて、おれも頼まれたんだから、いろいろかけてあれだけにこぎ着けたんだ、こう言うんですよ。だけれども、私の方じやそういうことは一つも信用しなか
つたから、ああそうか、そりや済まなか
つたと
言つておいたんです。それから同じようなことを三度くらい
言つて來たんですよ。だから、私も困
つたな
あと思つていた。そうすると、
ちようど十二月三十一日に來て、ともかく七、八千円使つ
ちやつたのだから、どういうふうにしてくれるか
つて言う。どういうふうにしてくれるかと
言つたつて、おれも
ちやんと正式な願いを出してあれしたのだから、そういうものを
使つたとは思えぬけれども、と
言つたところ、それじやどこへでも
行つて話をつけるとか何とか言うんですよ。そこで
うちの
家内も、
税務署のことだし、またそん
なつまらぬことでけんかをしてお
つて、七千円や八千円のことで
税務署から法外もない
税金をかけられてはとても商賣はして行けないから、七千円や八千円なら返してしま
つた方がいいだろうという話なんですよ。だから、少々高い
税金拂つたと
思つて、
返しちやおうかというので、大晦日の晩の八、九時ころ、八千円持たしてや
つたんですよ、どうしても立替えてあるからと言うので……。じや。
吉岡さん長く済みませんでしたと言う
つて、返したんですよ。そうすると、今度は正月のことだし、しばらく來なか
つたですよ。そうすると、一月の月半ばころにな
つてから、ともかく
石井さん
税金を拂
つてもらわなく
ちや困つ
ちやうよと
言つて來たんです。
ちようど今度はおれも出世して、こつ
ちの方の係はおれが全部や
つているのだから、おれが知
つている顔でも
つて、たれか連れて來て、
差押えするのはいやだから、早く納めてくれないか。納められないなら、たとえ半分でもいいし、分納でもいいから、納めてくれないかという話をして來たわけです。それから私も、それじやどうにかして
拂おうと思つて、
延帶金はどういうふうにしてくれる、こう
言つたんですよ。すると、いやおれも
延帶金では骨を折つ
ちやつた。
課長も
いろいろ話をしてあるけれども、なかなか話がつかないが、
延帶金はどうにかして
課長に話をして、話をつけるからと言うのですよ。それからわしの方は
延帶金さえ負けてもらえば、どうせ六十万が二十万に
なつたんだから、今まで商賣もできたし、一生懸命拂う氣なら借金してでも拂うから、それじやともかく少し待
つてください、よく話をきめてくださいという話にな
つて、三回くらい來たかね。あしたあたりは
差押えに來るかもしれないと
言つて來るから、それじや延ばしておいてくださいよと
言つて、三回くらい
來たんです。それから今度は、たしか二月の二十六日だと思いますが、二十五日にまた
差押えに來るかもしれぬと
言つて來た。それから私は二十六日に金をつく
つて持
つて行
つたんです。どうだろう、
課長さんに話をしてくれたかしらと
言つたところ、
課長に
いろいろ話をしてあるけれども、
課長もこの際何しても忙がしいからというのでまだよく話に乗
つてくれないからと言うのです。それじや金を持
つて來たけれども、どこへ納めたらいいだろうかと
言つたら、徴収するところには
馬場さんがいるけれども、
馬場さんに納めてし
まつたんじや、
馬場さんは話がわからないから、
延帶金は負けてくれないと言うのです。どうしてもこれは
課長に話をしてやらなければいけないから、
課長に話をしてやると言うのです。それじやきようまた夕方でも來るから、
課長さんに話をしてもらいたいと
言つて、大金だと言うから、私もこれを預けて行くわけにもいかないんで、持
つて帰つ
ちやつた。その日の夕方、四時ごろ行
つたんです。四時ごろ行くと、
いろいろ話もあるしするから、ここじや何だから
屋上に行こう。
屋上でいろんな話をして、ともかく俺もこれじや
骨折つたけれども、
課長に話したら
大分課長も納得したようだから、
延帶金の方を負けてくれるだろう、ただ負けてくれ、負けてくれと
課長に言うのは俺も話しにくい、現金を並べて、
課長さん、これだけ納めるから負けてや
つてくれと言うなら話しいい、どうも金を並べないでただ話すのは話しにくい、金を置いて行けるなら明日にでも話してやるから、こう言うんです。それでね、私もこれを聞いて、これは一理あるなと
思つて(
笑声)、ただ負けてくれと口だけで
言つてもだめだ、何のあれも同じことだと
思つたから、それでは持
つて来たもんだから、私の方は要するに
延帶金さえ負けてもらえれば
自分で拂うつもりなんだから、じやお願いしますと
言つて、
自分でまさか、だまされると思わないから、それを置いて
來ちやつたわけです。