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1948-11-18 第3回国会 衆議院 不当財産取引調査特別委員会 第15号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十三年十一月十八日(木曜日)     午後四時四分開議  出席委員    委員長 武藤運十郎君    理事 明禮輝三郎君 理事 河井 榮藏君    理事 小松 勇次君 理事 石田 一松君       大上  司君    尾崎 末吉君       古島 義英君    足立 梅市君       佐竹 新市君    前田 種男君       小野  孝君    椎熊 三郎君       田中 健吉君    宇都宮則綱君       寺崎  覺君    徳田 球一君  委員外出席者   昭和電工に関する問題について出頭した証人                 野田岩次郎君                 市村寅輔君     ————————————— 本日の会議に付した事件  証人出頭要求に関する件  昭和電工に関する問題     —————————————
  2. 武藤運十郎

    武藤委員長 これより会議を開きます。  本日の理事会において決定せられました事項を御報告申し上げて、皆さんにお諮りいたしたいと存じます。  第一、昨日行われました笹山君の証言につきましては、偽証の疑い濃厚な部分がありますので、速記録の調査その他の手続をいたしたいと存じます。御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  3. 武藤運十郎

    武藤委員長 ではさよう決します。  第二、來る二十四日、二十五日の両日午前十時より栗栖赳夫君、二宮善基君、日野原節三君、藤井孝君の四名を証人として当委員会出頭を求め、証言を求めたいと思います。但し檢察廳と打合せの上、出頭困難なる場合には、当方より所在に出張して尋問をいたします。出張する委員委員長に御一任を願います。右御異議ございませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  4. 武藤運十郎

    武藤委員長 ではさよう決します。  本日出頭証人野田岩次郎君、市村寅輔君の両名であります。御両君とも昨日御出頭になりまして宣誓をせられましたが、念のため本日も宣誓を求めます。証言を求める前に各証人に一言申し上げます。  昨年十二月二十三日公布になりました昭和二十三年法律第二百二十五号、議院における証人宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人証言を求める場合には、その前に宣誓をさせなければならぬことになつております。宣誓または証言を拒むことのできるのは、一般の人については、証言証人または証人配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族、及び証人の後見人、または証人の後見を受ける者の、刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項、あるいはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するときに限られ、医師歯科医師、藥剤師、藥種商、産婆、弁護士、弁理士弁護人公証人、宗教または祷祀の職にある者、またはこれらの職にあつた者については、その職務上知つた事実であつて黙秘すべきものについて、尋問を受けたときに限られております。右以外には何人も宣誓または証言を拒むことができないことになつておるのであります。なお証人が正当の理由なくして宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、且つ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることになつておるのであります。一應このことを御承知になつていただきたいと思います。  それでは法律の定めるところによりまして、証人宣誓を求めます。お手もとに差上げてある宣誓君を御起立の上、朗読してください。     〔証人野田岩次郎君各証人を代表して宣誓
  5. 武藤運十郎

    武藤委員長 御署名、御捺印を願います。     〔各証人宣誓書署名捺印
  6. 宇都宮則綱

    宇都宮委員 本日私は一身上のことについて釈明をこの機会にさしていただきたいと思うのですが……。
  7. 武藤運十郎

    武藤委員長 それでは十分以内くらいで発言を許します。
  8. 宇都宮則綱

    宇都宮委員 先般來たまたま新聞紙上に私の名前が出るのであります。それは復金融資を受けて、その融資の金を私が利用費消したというような新聞をたまたま見るのでありますが、私は復金から融資を受けたことはないのであります。但し、大分縣の第一区に保戸島という遠洋漁業の島がありますが、そこの零細漁民が、戰爭中に百艘からの遠洋漁業まぐろ船があつて、それが戰爭に徴発されて一艘もなくなつてしまつたというので、昨年來水産局に参りましてこの船の建造及び企業認可を申請するということにつきましては私は非常に盡力をいたしてやつたのであります。ところが、復金から金を借りることについても零細農民なるがゆえに手持の金がないのであります。そこで私に手持金を何とか工面してくれないかと言うので、私は自分不動産を担保に入れて二百万円の金を融通してやつたのであります。それを資金として保戸島遠洋漁業というものは千五百万円の金を本年の五、六、七月の候に借り出しまして、現在船を三艘建造中であります。そのうち一艘エホ丸というのが、ここに進水写眞もありますが、三箇月ほど前に進水をしまして、すでに艤裝を凝らして、ここ二、三日のうちに出漁の準備が完成いたしております。よく聞きますと、一艘の船が艤裝できるまでには約一千万円の金が要るそうでありますが、エホ丸というのはすでにそういう準備ができております。その他百トン級の船がさらに二艘建造中でございまして外板を張つているそうでありますが、千五百万円の金でもつて、なんでも新聞を見ますと、私が使込んだ金が九百万円からあるようなことを書いてあるのであります。これは諸君もみな御承知のごとく、復金の金が本年四、五月から出まして建造にかかりますと、鉄材、木材が七割五分のマル公値上げになつているのであります。そこで私の世話したところの保戸島遠洋漁業のみならず、復金から融資を受けたところの、こういう事業をやつている者はみな実は行詰つているのであります。それは七割の値上げによつて全部が行詰つているのでありますが、幸いに遠洋漁業の組合は着々として進行している。それをどういう意味においてか、檢察廳及び新聞社が私の名誉毀損をするべくというか、その意思が那辺にあるのかわかりませんが、今や議会解散も眼のあたりにあるときにあたつて、非常に名誉毀損をやつているのであります。私は保戸島遠洋漁業には不動産は貸してありますが、一銭の金も一厘の運動金も今日までもらつたことはないのであります。私が不当財産委員でなければ別にここに立つて釈明する必要はないのでありますけれども、自分不当財産委員をしている関係上、特にこの機会に何ら関係のないこと、ただ私が不動産を貸して出発をさせたという関係はあるのでありますけれども、運動金であるとかその他の名目によつて復金から融資を受けたところの金については一厘一銭たりとも私は使つた覚えもなければ借りた覚えもないのでありますから、この機会釈明をいたしたいと思うのであります。     —————————————
  9. 武藤運十郎

    武藤委員長 それでは証人調べをいたします。野田さんから先にお話を伺いますから、市村さんはそのままその場でお待ちください。  まず野田さん伺いますが、あなたの経歴を簡單に述べてください。
  10. 野田岩次郎

    野田證人 大正七年三井物産株式会社に入社しまして、その年にアメリカに参り、日米貿易、それから米國と中國との貿易に從事いたしました。大震災の年ですから大正十二年かと思いますが、よしまして、一、二年ほかの貿易事業に携わりまして、日本綿花株式会社に入りましてやはり日米貿易米國と中國との貿易に從事いたしました。爾來大体ニユーヨークにありましてときどきこちらに帰つて参りました。それからニユーヨークにジヤパン・コツトン・アンド・シルク・カンパニーという会社が設立されまして、私が社長になりまして、やはり同じ貿易に從事しておりました。最後には戰爭中第二の交換船で帰つて参りました。それから日綿実業株式会社、これは大体纖維の貿易株式会社でありますが、そこの渉外部長をつとめて、それから二十一年の一月に株式会社整理委員会財閥解体仕事が始まるというので、そちらの方に参りまして今日に至つたわけであります。
  11. 武藤運十郎

    武藤委員長 持株会社整理委員会ができる前に準備委員というものができましたか。
  12. 野田岩次郎

    野田證人 はい。
  13. 武藤運十郎

    武藤委員長 準備委員は今の委員と同じですか。
  14. 野田岩次郎

    野田證人 設立準備委員は現在の委員とは違います。当時は中根貞彦、私野田岩次郎笹山岡田重吉だと思います。それから飲島幡司大森洪太脇村義太郎義濃部亮吉、さように今覚えております。ただいまはそのメンバーが違つております。
  15. 武藤運十郎

    武藤委員長 そうしますとただいまとは違いますけれども、当時は準備委員がそのままほんとうの委員になつたわけですね。
  16. 野田岩次郎

    野田證人 さようでございます。
  17. 武藤運十郎

    武藤委員長 ただ大森洪太氏がなくなつたので、一人欠員ということになつたのですか。
  18. 野田岩次郎

    野田證人 大森洪太氏がなくなられ、中根貞彦さんが追放該当者になりまして、その次には飲島幡司君にお頼みしようと思つてつたのでありますが、これまた追放該当になりまして、それで当時常務委員で行こうと言つておりました笹山忠夫君が委員長就任されたのであります。
  19. 武藤運十郎

    武藤委員長 当時の準備委員というのはだれが選んだものですか。
  20. 野田岩次郎

    野田證人 当時の準備委員と申しますのは、私の知つております限りでは、中根貞彦さんが多分大藏大臣に頼まれて、財閥解体仕事を引受けることに一旦きまりましたが、その後財閥解体仕事銀行並仕事ばかりだと思つてつたところが、そうではなくてほかの仕事もやらなければならないというので、銀行家以外の実業人も入れようというような氣運になりまして、中根貞彦氏が物色し、同時に大藏省がその関係でありましたので、大藏大臣の方でも物色されたようであります。同時に司令部の方でも各方面から人を物色されて、言論界学者グループ学識経驗のある者を各界から探しておられたようであります。それで結局は中根貞彦推薦によるもの、大藏省推薦によるものと、司令部の方でこれはどうかと言つてきめたものもあると思います。
  21. 武藤運十郎

    武藤委員長 あなたはだれの推薦ですか。
  22. 野田岩次郎

    野田證人 私は中根貞彦氏のあつせんによりまして、澁澤大藏大臣推薦司令部の方へ出されたことと思います。
  23. 武藤運十郎

    武藤委員長 笹山忠夫氏はだれの推薦ですか。
  24. 野田岩次郎

    野田證人 笹山さんは多分澁澤藏相推薦だと思つております。
  25. 武藤運十郎

    武藤委員長 日野原節三氏とはどういう関係で知合いになりましたか。
  26. 野田岩次郎

    野田證人 私が日野原節三氏に初めて会いましたのは去年の三月二十四、五日だと思いますが、昭和電工社長を承諾したということで委員会に見えたときに、笹山委員長に紹介されて初めて知りました。
  27. 武藤運十郎

    武藤委員長 その後はどういうつきあいをしておりましたか。
  28. 野田岩次郎

    野田證人 その後は別に個人的なつきあいもいたしません。委員会に來られるときには大体事務当局及び委員長方面会つておられまして、私は大体渉外関係で外へ出て飛び歩いておりますので、あまり会つておりません。
  29. 武藤運十郎

    武藤委員長 昭和電工の森前社長がやめまして、そのあと日野原節三氏が新社長として就任をせられたのでありますけれども、その間の事情を詳しく述べてください。
  30. 野田岩次郎

    野田證人 森前社長笹山委員長から辞任の勧告をいたしまして——私はそこに同席はいたしませんのでその模樣あとで聞いたのでありますが、それからそのあとで今の残り重役の方が市村氏を中心として会議制で行かれるというような話を、私は委員会で聞いておりました。それから、これは総司令部の話になりますが、私どもの関係いたしておる司令部の係は、経済科学部反トラスト・カルテル課でありますが、そこに制限会社監督、それから財閥関係監視役員就退任監督監査審査をいたしておりまするサーヴエランス・ブランチというものがありまして、それは監視課とでも訳しますか、そこの課長のザイビユラ少佐という人が、森氏の辞任のことも言つたのでありますが、同時に当時残り重役の方で会議制で行かれるような話を聞きましたので、その旨をザイビユラ少佐に話しておきました。ところがそのときに、責任者がないのじや困るだろうかというような話があつたように記憶いたしておりますが、私も、委員会もそのつもりでありますが、諸会社の内部のことは会社の方が一番よく御存じでありますし、人事に突つ込みますと、泥沼に足を突つ込んだようなもので、よければいいが惡ければまた非常にたいへんなことになるのでありまして、できるだけ消極的方針をとりたいという希望を持つておりました際でございますから、いずれにしてもそれだけのことはきめておきました。そうしましたところ三月の半ばでございましたか、十五、六日であつたかと記憶しますが、ある日栗栖氏が委員会に見えまして、私と笹山委員長とでお会いしました。ついでに申し上げますが、その時に私は初めて栗栖氏に紹介されてお会いしたのであります。そのときに栗栖氏が言われるのには、司令部の方で復金興銀の方に後任社長を選べという指示があつた、ついては三人の名前候補として選んでこれを司令部に持つて行つた。多分ザイビユラ少佐と思いますが、持つて行つた。その時に言われたことは、その寫しを持株整理委員会の方へ置いておいてもらいたいということなので、ここに寄つたのであるというお話でした。そのリストには信越化学の今井、保土ケ谷化学の磯村、日本水素日野原という三人の名前が載つておりました。私自身は、はなはだ遺憾でありますが、化学工業の方には一向に知識もございませんし、人物も知りませんので、それについては別に意見は述べないでわきで聞いておりました。笹山委員長が言うのには、経理の問題が一つきつかけになつて森氏がやめたというようなことがあるので、むしろ会議制でやつておいて、ぜひ必要ならば経理担当重役でも入れてやつたらどうだと栗栖氏に言つたように記憶しております。社長をすぐに見つけようといつてもなかなか骨だ。それでそのときに三人はどうして選んだのかということを笹山委員長が聞いたように記憶しておりますが、そのときに栗栖氏は、司令部からこの社長を選べと言われたときに大体わくが與えられた、その條件というのは、財閥関係のない者、それから化学工業経驗のある者がよろしい、それからあまり老年ではいけない、できるだけ働ける者、その言葉は英語で言われたように思いますが、ノツト・ツー・オールドというような話だつたと記憶しております。それから、やはり昭和電工は大きい会社であるので、社長クラスの人というようなわくが與えられたので、それに合せるのはなかなかむずかしいが、ここにある三人の名前を書いて來たのだというような話でありました。それで、栗栖氏いわく経理担当重役を入れるということについては自分の方からももちろん話すが、機会があつたらなばあなたの方からも話しておいてもらいたい。こういうことで会見を終りました。それからその経理担当重役を入れていいのではないかということをザイビユラ少佐及び整理委員会オブザーバーでありまするバークレー・ヘンダーソン氏に話してみましたところ、なかなか聞きそうにもありませんでした。それで、帰つて参りまして笹山委員長に、なかなか経理担当重役を入れるだけでは承知しそうにもないということを報告して、そのままになつておりました。それから私はほかの仕事をしておりまして、事実今のように社長選任のことなどは私自身にもわかりませんし、やるひまもないので、これは企業方面をよく知られておる笹山氏にそのことは一任して、何も私はいたしませんでした。ところが、私が見ましたところでは、事務所に一、二回二宮氏、日野原氏が見えたようでした。そうして、ちようど委員室にソフアーがありますので、そこで話をしておりましたのですが、私は机の方におりましたところ、呼ばれるので行つてみましたら、それが日野原氏で、その人の顔ならばこのうも見たわけでありますが、社長就任を承諾するということになられたので、そういう返事を今持つて來られたので紹介するということで、初めてそのときに私が紹介されたわけであります。それからほかの委員も紹介されたと思いますが、それが二十五日。その前に栗栖氏のリストを持つて來られたのが十五、六日でありました。それから経理担当重役くらいではどうだ。そう言つておりましたことはさつき申し上げた通りでありまするが、それから一週間くらい遅れましてから、二十二日か一日でございましようか、ちようど委員会オブザーバー部屋が六階にありました。そこにザイビユラ少佐委員会オブザーバーでありますバークレー・ヘンダーソン氏がやつて参りまして、突然社長をやはり入れなければいけない、さつそく社長を入れることの手続をとるべきであるというような意味の話がありました。そのとき笹山委員長と私と二人で、そのときは初めから会つたのでありますが、申したことはこれは笹山さんが主として言つたことでありますが、社長をなかなか急に選ぶことも困難であるから、そういうふうにぜひやれという指示であるならばいたし方がないからやるが、しばらく待つてもらいたい。もう少し愼重に檢討したいというような意味のことを申しましたら、とにかくいま一日、二日延ばす必要は全然ない。それだけ待つてもいい者がみつかるかどうかはわからない。至急やれというような意味の話がありました。それでは努力しようということになつて笹山氏が二宮氏と会つたような話であります。私はそこにおりませんから知りませんが、その後笹山氏がその問題を担当されたのであります。それから昭和電工重役の方にも笹山委員長から話があつたように聞いておりまするが、その折衝には私は入つておりませんので正確には存じません。それから二十五日に今申し上げた通り日野原に紹介されて、二十六日に笹山委員長昭和電工重役の方に話をするということでありました。それから三月二十六日はちよいちよい來ておるオブザーバーもまた夕方來たようでありまするが、そのときに笹山委員長が出て來て、なかなか重役の方も承知しないと言つたのか、あるいは話がむずかしいと言つたの覚えませんが、とにかくオブザーバー会つて話模樣をしたように記憶しております。  それからそのときもまた二十八日の総会はぜひやらねばらなぬというような意味のことと、それから日野原氏を社長とするように今の重役の方に推薦することは、司令部指示として言つてよろしいかということを確かめに笹山氏が行つたようでありました。そうしてそれはよろしい、その通りだということで、さらにむしろ激励をしておりました。それから三月二十八日の総会と思いますが、総会にこちらからは永井部長そのほか一人が出席をし、それから委任状——その当時もつておりました議決権が約八万五千株くらい、パーセンテージにして一ポイント七くらいになると思いますが、それの議決権委任状を出した。そうして自分出席したと報告して参りました。これが日野原氏が社長になるまで私が知つておる大要であります。
  31. 武藤運十郎

    武藤委員長 そこで二、三ただいまお述べになつた中から伺いたいことがあるのですが、司令部の方から興銀復金へ、昭電社長後任候補者三名を選ぶようにと言つて参りましたのは、だれか言つて來たのですか。だれか行つて聞いたわけですか。その点は栗栖氏からお聞きになりませんか。
  32. 野田岩次郎

    野田證人 それは聞きませんでした。だれがどこへ行つたか全然そういう話はございません。私は栗栖さんがそのリストを持つて行かれたと思つておりました。
  33. 武藤運十郎

    武藤委員長 いや、そうではないのであつてリストを持つて行かれたのは栗栖さんであるようですけれども、そのリストをつくるように申されたのはだれですか。
  34. 野田岩次郎

    野田證人 それは私は存じません。
  35. 武藤運十郎

    武藤委員長 向うからそう言つて來たのか、こつちから行つたときに言つたのかわからないですか。
  36. 野田岩次郎

    野田證人 それもわかりません。
  37. 武藤運十郎

    武藤委員長 さらに三人のリストはだれとだれが相談をしてつくつたか知りませんか。
  38. 野田岩次郎

    野田證人 いや私はそれは存じません。話は聞きましたけれども、事実知識はもつておりません。
  39. 武藤運十郎

    武藤委員長 いつどういう話をだれから聞きましたか。
  40. 野田岩次郎

    野田證人 その三人のリストをつくつたというのは、私が聞きましたところは二宮さんと末廣さんが考えたというようなお話をその当時は私は知りませんでしたが、今年になつて知りました。
  41. 武藤運十郎

    武藤委員長 だれから聞きましたか。
  42. 野田岩次郎

    野田證人 それは笹山委員長だと思います。
  43. 武藤運十郎

    武藤委員長 会社の方では日野原氏を社長にすえることについては非常な反対をしたそうではありませんか。
  44. 野田岩次郎

    野田證人 それはそういうふうに伺つております。当時はその間の事情はよくわかりませんでしたが、あとでそういうふうに聞きました。
  45. 武藤運十郎

    武藤委員長 当時市村なども参りまして、いろいろ末廣二宮笹山氏と会つて、その由を話して反対をしたというようなことについて御存じありませんか。
  46. 野田岩次郎

    野田證人 末廣さんと二宮さんとに昭和電工の方がお会いになつたことだとか、そういう間の交渉は私は一つ関係がなくて、笹山委員長がやつておりまして、別に報告もございませんので、当時は一つも知りませんでした。
  47. 武藤運十郎

    武藤委員長 司令部との連絡はあなたがもつぱら当つてつたわけではありませんか。
  48. 野田岩次郎

    野田證人 当時私が委員会ができますときから渉外の方をやつておりました関係上、通訳その他訓練をしてはおりましたが、まだまだ間に合いかねましたので非常に忙しくはございましたが、何もかも一切合財やつておるような形でありまして、あとは一人二人の者が行つてつたにすぎません。
  49. 武藤運十郎

    武藤委員長 三月の二十六日に市村氏が末廣二宮両君を同道して笹山氏をたずねてお話をしたときに、あなたは全然知りませんか。
  50. 野田岩次郎

    野田證人 はあ、私は全然そこにおりませんでした。
  51. 武藤運十郎

    武藤委員長 その際に司令部の方から人が來たということでありますけれども、その人がだれであつたか、どういう話をしたか等についてあなたは何も知らない……。
  52. 野田岩次郎

    野田證人 いや、それは知つております。司令部から來られたのは部屋が別になつておりまして、私はその人たちとそのオブザーバー部屋で話をしておつたのだろうと思つております。そういうふうに記憶しております。その司令部人たちは電工の方と委員長が話しておられるところには行つておらないようでありました。
  53. 武藤運十郎

    武藤委員長 森氏をやめさせること、日野原氏を就任させること等はすべて司令部の命令であるというふうに笹山氏などはつきり言つておるのですけれども、そうですか。
  54. 野田岩次郎

    野田證人 さようでございました。
  55. 武藤運十郎

    武藤委員長 そういうことについては持株整理委員会の方ではどうすることもできないわけですか。
  56. 野田岩次郎

    野田證人 そういうふうなはつきりして提示があの場合のようにぽんと出て参りますと、もう何ともいたし方がございません。
  57. 武藤運十郎

    武藤委員長 三月三十一日ごろ司令部ザイビユラ氏らと日野原市村、中村、藤本等昭電重役が面会をした際にあなたはそこに立ち会つて通訳を勤められたことがありますか。
  58. 野田岩次郎

    野田證人 三月三十一日総会後数日ですから、三十一日と思います。ただ市村氏は前によく話を聞いておりましたし、一回か委員会でお会いしまして顔も覚えておりましたが、ほかの重役の方の名前と顔とは一致して覚えておりませんので、そのときに來られました重役方名前はつきり覚えておりませんが、とにかく数人、新重役陣であると記憶しておりますが、行かれまして、私が司令部行つてつたらたしか電話がかかつて來て、皆さんがいらして、それで廣い部屋ザイビユラ少佐のところで新重役陣として御紹介いたしました。
  59. 武藤運十郎

    武藤委員長 それではあなたはあらかじめこの人たち一緒になるわけではないのであつて、ほかの用事で先に行つてつたわけですか。
  60. 野田岩次郎

    野田證人 私は三十一日には、よく記憶しませんが一緒参つたかもしれませんが、あるいは先に行つたかもしれません。そこははつきりいたしませんが、紹介をしたことだけよく覚えております。一緒委員会から同道しましたか、あるいは向うでお会いしましたか、私ははつきりいたしませんが、とにかくザイビユラ少佐に御紹介したことだけははつきり覚えております。
  61. 武藤運十郎

    武藤委員長 そのときの話の内容は大体においてどういうことですか。
  62. 野田岩次郎

    野田證人 話の内容はきわめて簡單でありまして、こういう廣い大きな事務所で、向うのすみの方にザイビユラ少佐と、当時のサーヴエーランス・ブランチのほかの人が二人ばかりおりましたが、ザイビユラ少佐に対して、日野原氏とほかの重役の方が三人か四人おられて、それから市村さんがおいでになつたと思いますが、日野原氏を紹介し、それからその名前をその当人から言つていただいて、この方はだれだれ、この方はだれだれ、そういうふうに紹介いたしました。最後に市村さんを御紹介いたしました。
  63. 武藤運十郎

    武藤委員長 それだけですね。
  64. 野田岩次郎

    野田證人 私最近の新聞や何かで見ましたので思い出しましたが、そのときに市村さんはオールド・デイレクターとか言つて私が紹介をしたということを新聞に書いておられるのを拝見いたしまして、なお記憶を新たにしたわけであります。私が紹介しました言葉をよく考えてみますと、まずきわめて簡單でありまして、昭和電工の総合で選任された新重役陣を御紹村する、そしてミスター市村のところに参りまして、ミスター・イチムラ・ヒー・イズ・アン・オールド・デイレクター、この方は前から昭和電工におられる方、新しいぽつと出の重役でなくて、経驗のある方というような意味でアン・オールド・デイレクターと申しました。それからアン・オールド・デイレクターと言つたから、何だかへんにオールドとかニユーとかいうようなふうに考えられるとおかしいので——おかしいというのは、何だかオールドというと年をとつたようなふうにも聞えますので、ヒー・イズ・ノツト・オールド、ヒー・イズ・ア・オンリー・フレシユ・マンと言つたのであります。むしろそういうような言葉は非常にぶつきらぼうな、紹介のときに使つたあいきようとでも申しますか、一つのコンプリメントで、むしろ市村さんは経驗のある方だ、新重役陣でも前からおいでになる方だというような意味で言つたと思います。それだけでその場はザイビユラ少佐以外の方に御紹介したかどうかはつきり覚えませんが、ザイビユラ少佐に紹介したことだけはよく覚えております。
  65. 武藤運十郎

    武藤委員長 それから明けて四月の三日に同じく司令部でヘンダーソン氏と日野原市村、中村、松本、藤本、鎌田そういう人が面会した際に、やはり通訳をなさいましたか。
  66. 野田岩次郎

    野田證人 やりました。
  67. 武藤運十郎

    武藤委員長 そのときの話の内容はどういうことですか。
  68. 野田岩次郎

    野田證人 ちようどその通訳をやつたというのは、四月三日は日本側は休みでありました。日本側は祭日でありましても、司令部は働いております。それで私は非常に忙しく、ほとんど一人で朝から晩までかけずりまわつておりますので、日本側の休みのときに司令部があいておりますので、今までたまつた仕事などはゆつくり話せますし、片づきますから、よく日本側が休みのときには司令部行つております。四月三日もちようどその通りでございまして、その大きな部屋でほかの人たちと話をしておりましたところが、ひよつと日野原氏が入つて來られて、私もやあとあいさつをかわしました。それから、今日はどうしてこちらへいらつしやつたのですか。なかなか休みの日には日本人もありま司令部には行かないものですから、そこへひよいと飛び込んで來たので、むしろ、私もびつくりした形でありました。これはバークレー・ヘンダーソンにあいさつしたいというつもりで入つて來た、こういう話であります。それからヘンダーソン氏は当時の課長のカフエラー大佐の所にいるようでございますからそうですかというので、ミスタ・ヘンダーソンと呼んで、日野原氏があいさつに來たのだということを言いました。ああそうか、それではちようどいい都合だからお前もここへ來てひとつ通訳をしてくれぬかと言つて、むしろヘンダーソンが私を連れて行つた。ヘンダーソンの小さな部屋に入りまして、そのときに日野原氏及び重役の方が一緒にそのヘンダーソンの部屋にお入りになつたと記憶いたします。それからヘンダーソン氏に対して日野原氏が重役の方を紹介して、紹介するときにはもちろんまた私が行つたのでありますが、おのおの皆さん名前を紹介しまして、そうして就任のあいさつを日野原氏がやつたように記憶しております。そのときにバークレー・ヘンダーソン氏が日野原氏に向つて、あるいは皆さんに向つてかと思いますが、日本の肥料の増産は非常に重大事である。だからみんな大いに励んでもらいたいという話をいたしまして、私はそのまま、その通訳をいたしました。それから、それではどうもありがとうというようなことで、皆さんが外に出かけようとしますとヘンダーソンが日野原氏を呼び止めました。ちよつと待つてくれ。それでそのままほかの重役の方は外に出られて、ヘンダーソンが日野原氏だけをそこに呼びました。そして何を言うかと思いますと、私はその通り忠実に通訳をいたしましたが、今言つた通りに肥料の増産は日本の経済にとつてきわめて重大である、お前は司令部の承認を得て社長になつたのであるから、これから昭和電工についてはよかれあしかれ司令部はお前を責任者とする、だから一生懸命にやれ、同時に森の勢力は排除しろというようなことを言いました。それから、それが唐突に出てきたので、私は通訳をしながらむしろ奇異の感じがしたのでありますが、そのとき、そう言いました。それから日野原氏は、その前のことはよくわかるが、あとの森勢力の一掃というのは、どういうところまで行くのだろうかというような話でありました。技術屋も何もそういうことになると皆森勢力ですというような話がありました。それは森勢力といつても、技術家とか、仕事にぜひ必要な人はもちろんしようがないが、森の色の濃い者という意味だけであるというように言われたと思います。それから日野原氏は、ああそうですか、ちよつともう一ぺん連れて來た人でありますからと言つて、二人だつたと思いますが、二人を連れて入つて來ました。それからヘンダーソン氏は、その人たちはたけかと聞きましたら、この人はたれたれで、第一何部長、工務部長か工場長か、それからこの人は第二部長もしくは工場長というようなことを言つたと記憶しますが、こういう人は技術家であります。ついてはこの前でもう一ぺん今の森糸一掃の話をしてくださいと言つたように記憶いたしております。そこで、その人たち名前と顔は私はよく覚えてはおりませんけれども、要するに日野原類がそういうことを言つたので、もちろんそのときには多分その人たちの前で森勢力の一掃ということを日野原氏がその人たちにも証人として聞かせようというような意味ではないかと存じております。それでその人たち名前と役名を日野原氏が言つて、皆ひとつよろしく頼むとヘンダーソンが言つて、そこでそのまま別れたのではないかと思います。そのときにほかの重役の方が入つて來られたかどうか、多分入つて來られなかつたのではないかと思います。それが四月三日の話であります。
  69. 武藤運十郎

    武藤委員長 そのときに工務部長はきめたのですか。
  70. 野田岩次郎

    野田證人 そのときにきめたのではなくて、そうだと言つて日野原氏の方が紹介したのであります。その役名をきめたというのは日野原氏がこれはだれだれです。これは何々だと言つて紹介したのであつて、ヘンダーソンも知るはずがありませんし、私も存じませんので、ただそれは日野原氏がこうこういう人はこういう役だと言つたのであります。
  71. 武藤運十郎

    武藤委員長 あなたは昭電側の日野原社長その他から金品の贈與を受けたとか、あるいは饗應を受けたとかいうことはありませんか。
  72. 野田岩次郎

    野田證人 金をもらつたことは一度もありません。また持つて來たこともありません。品物は酒二、三本、二、三回です。それから牛肉を少し私の祕書と寄宿をしておりました世田ケ谷のうちに持つて來たことがあります。それからほかに何かないかと今度は新聞でやかましくなつたので、私は今そこにおりませんものですから、一應確かめに行つて見ましたところが、当人たちはそれくらいのものだ、ほかには覚えておらぬという返事でありました。その当時は物をもらうということはいけないからと、いずれにしてもお断りするように私の寄宿先には言つておりましたが、その牛肉を持つて來たときなどは、お断りをしたにもかかわらず、ほうり出して逃げて帰るようなかつこうで持つて來たそうであります。それから何かほかにもらつた物はないかと聞きましたが、これは今申し上げた通りはつきり覚えぬという話であります。饗應を受けたと申しますのは、ご飯を食べたことが一、二回あると思います。その時期ははつきり覚えませんが、昭和電工の川崎工場を見せてもらいましたときに、東京の郊外の方へ連れて行かれてそこでご飯をいただきました。あと一回ぐらいと思います。別にしよつちゆう会う必要もなし、個人的に知つているわけでもありませんので、饗應を受けたのはそれくらいのものだと記憶しております。
  73. 武藤運十郎

    武藤委員長 何か福島縣の方へ行つたことはありませんか。
  74. 野田岩次郎

    野田證人 福島縣の方へは行つたことはございません。
  75. 武藤運十郎

    武藤委員長 飯坂温泉か東山温泉に行つたことはありませんか。
  76. 野田岩次郎

    野田證人 一ぺんも行つたことはありません。私はまだ飯坂温泉も東山温泉もどこにあるか知りません。
  77. 武藤運十郎

    武藤委員長 最後に、あなたは戰爭中に海運省で嘱託みたいなことをして、おりましたか。
  78. 野田岩次郎

    野田證人 私が交換船でアメリカから帰りまして、海軍省で外務省のニユース・プリンテイング等を飜訳するのに人がいるから、ひまのときに手傳つてくれんかというお話がありまして、運軍省の依頼によつて、イギリス版のニユース等を日本語に飜訳いたしましたが、別に辞令もいただきませず、宣誓もいたしておりませんので、嘱託という役名になりますかどうか知りませんが、いずれにしてもそういう仕事はいたしておりました。その時期は終戰前までだと思います。
  79. 武藤運十郎

    武藤委員長 諸君お尋ねになることがございますか。
  80. 河井榮藏

    ○河井委員 持株会社整理委員会としては、その管理しておる昭電の社長をとりかえるということは非常に重大なことですが、日野原氏を推薦されるのに栗栖氏が持つて來たことだけによつてあなたの方で、笹山委員長なりあなたなりが直接司令部に行かれてヘンダーソンさんにその点を確かめられたようなことはないのですか。
  81. 野田岩次郎

    野田證人 確かめませんでした。
  82. 河井榮藏

    ○河井委員 これは非常に重大なことだと思いますが、單に復金からの推薦だけによらずに、持株会社整理委員会として直接念のためにお尋ねになるのがほんとうだと思いますが、それはどうですか。お尋ねになるほど必要がないとはつきりしておつたのですか。
  83. 野田岩次郎

    野田證人 いや、そうではありません。私といたしましては、栗栖氏がそのリストを持つて参りましたときには、復金に対する司令部の命令であつて、しかも大債権者の復金、大きな融資をしております復金が、その人選の衝に当つたことは、むしろ適当ではないかというふうに考えておりました。
  84. 河井榮藏

    ○河井委員 ですけれども昭電に対する監督は直接あなたの方が責任があるわけです。復金は債権はもつておりましたけれども、昭電に対する監督権はないわけですから、監督するのは持株会社整理委員会監督する。そのあなたの方がそういう重大に人事について直接お尋ねにならないというのはどうですか、復金推薦するという順序はとりましても、あなたの方でこれはあなたの方の仕事なんですから、なぜ直接にお尋ねにならなかつたのですか。
  85. 野田岩次郎

    野田證人 それは経理担当重役を入れるぐらいではどうかというようなお話をいたしまして、それではいけないということになつたので、笹山委員長に私どもは依頼をして二宮氏、栗栖氏なんかと相談に乘られるようになつたのであります。もちろん人事は重大ではありますが、その人選につきましては復金が責任をもつておるのでありまして、私どもといたしましては復金推薦により、それからそれを司令部がアプルーブしているものならば、これは受入れるよりほかはないだろうと思つております。
  86. 河井榮藏

    ○河井委員 そうすると直接尋ねるほどのこともなくはつきりしておつたというわけでお尋ねにならなかつたわけですね。
  87. 野田岩次郎

    野田證人 いや、はつきりしおるというのは、どういう意味でございますか。人選がはつきりしているという意味でなくて、その三人の者のうちから、だれかが選ばれるということでありまして、私といたしましては、今井さん、磯村さん、日野原さんという方は、聞いてみれば、ことに前者の二人の方は有名な方だそうですが、それはむしろ委員長に一任しておつたら、企業に明るい方であるから、そのうちからいい人を選んでくれるだろうと思つてつたのであります。
  88. 河井榮藏

    ○河井委員 私どもとしては、その人選については、たとい復金からの推薦があつて、そうしてザイビユラ少佐からの推薦があつたにしても、その人選の責任はあなたの方にあると思うのですが、その任命についてはどういうふうにお考えですか。選考は復金でやられたにしても、司令部がやられたにしても、それをいよいよ昭電の社長にするという任命については、あなたの方に責任があると思うのですが、それはどういうふうにお考えなんですか。
  89. 野田岩次郎

    野田證人 その人選は大体復金指示されておるのでありますから、そのままにして通したわけであります。
  90. 河井榮藏

    ○河井委員 その責任はどうなるのですか。どうもそこが選考と任命することとは違うと私らは思うのです。選考はそういうような順序で復金なり、あるいはザイビユラ少佐から推薦があつたとしても、あなたの方がそれを承諾されて任命されなければいかぬわけですね。その任命はあなたの方にあるわけだと思いますが、それでさしつかえないと思つて任命なさつたのですか。
  91. 野田岩次郎

    野田證人 任命は私の方にあります。
  92. 河井榮藏

    ○河井委員 そうですね。
  93. 野田岩次郎

    野田證人 任命と申しますのは、つまり昭和電工の総合の決議事項として提出するという……。
  94. 河井榮藏

    ○河井委員 そうそう、そういう意味です。
  95. 野田岩次郎

    野田證人 さようでございます。
  96. 河井榮藏

    ○河井委員 そうすると日野原氏が今日のような状態を引起したことについては、その任命については非常におもしろくないことになつたわけですな。少し責任をお考えになりますか。
  97. 野田岩次郎

    野田證人 事実今日のような状態になりましたことは、きわめて遺憾に感じております。しかしながら私といたしましては、私に與えられた仕事を忠実に行つたのでありまして、このような場合に特にその責任を私がとるということにはならないと思います。なぜとなれば、こういうものをアポイントしろと言われました場合はこれをなさざるを得ないのでありまして、どうしてもその当時是と信じまして忠実に行つたことであります。
  98. 河井榮藏

    ○河井委員 それではもう一つお伺いしますが、この持株会社整理委員会の第一條では、持株会社または指定者の所有する有價証券その他の財産を讓受け、これを管理処分して持株会社の整理を促進するということが目的ですか。
  99. 野田岩次郎

    野田證人 はい。
  100. 河井榮藏

    ○河井委員 そういうふうに持株会社の有價証券その他の財産を分散することによつて企業の支配力を民主化するというのが確たる目的でありまして、物の面においての分散を目的とするということが第一條にあると思うのですが、人事に関しまして干渉してそれをやるということは、この條文では見られないように思うのですが、その点はどういうふうに御解釈になりますか。
  101. 野田岩次郎

    野田證人 私はその持株会社整理委員会令の第一條は、もちろん証券その他の財産を讓り受けましてそれを民主化したしますこと、それが企業所有の民確化でありますが、同時に経営の民主化ということもありまして、「処分する等に依り」ということになつております。これは英文の方が、おそらくよくその間の事情言つておると思いますが、日本文の方では「等」ということで片づけてあります。英文の方では、証券、その他の財産を讓り受け、それにつき有する議決権を行使するということと、そしてほかの措置を講ずることによつと経営の民主化をするということになつておりまして、財産の処分ということだけには限られておらないように確信いたします。
  102. 河井榮藏

    ○河井委員 そうすると、その他の処置というところに人事の干渉もあるというお考えまのですか。
  103. 野田岩次郎

    野田證人 そういう考えです。
  104. 河井榮藏

    ○河井委員 そうすると、ある会社社長がおもしろくない、それをとりかえようという場合には、第一條の條文にやつてやり得るというお考えなんですか。
  105. 野田岩次郎

    野田證人 私は法律專門家でありませんから、法理論はよくわかりませんが、第一條がありまして、第九條第三項でございますか、それと第十八條等によりまして、やろうと思えばやれるということになつておると確信いたします。
  106. 河井榮藏

    ○河井委員 私としてはこの第一條によらずとも、持株会社の持つている讓り受けた株券の議決権の行使によつて総会で任免ができると思うのです。それでやるのがまた正当じやないかと思うのですが、どうでしようか。
  107. 野田岩次郎

    野田證人 持株会社を含みまして、その他の会社につきましても、議決権だけを行使する会社と、議決権を行使する以外に、ほかの方法、権限まで持つている会社と、私の方でやつておるのは二種類でございます。持株会社整理委員会で指定された会社でありまして……。
  108. 河井榮藏

    ○河井委員 それは八十三社ですね。
  109. 野田岩次郎

    野田證人 そうです。
  110. 河井榮藏

    ○河井委員 そのうちには昭電は入らぬでしよう。
  111. 野田岩次郎

    野田證人 入つております。
  112. 河井榮藏

    ○河井委員 そうすると、その特別な権限でおやりになつたわけですか。
  113. 野田岩次郎

    野田證人 特別な権限もございますし、同時にまた総会におきましては、少しではありますけれども、議決権の行使もいたしております。
  114. 河井榮藏

    ○河井委員 昭和電工の場合は……。
  115. 野田岩次郎

    野田證人 昭和電工の場合は両方でございます。
  116. 河井榮藏

    ○河井委員 人事による干渉はどの方法によるわけですか。
  117. 野田岩次郎

    野田證人 それは第一條の目的によりまして、第九條第三項でございますか、デイソリユーシヨン——解散に至りますまでの業務の執行及び清算の遂行という項がございますが、それによりまして重役経営陣の方へ重役として入れるように、総会に付議するようにということを申した次第であります。それから総会では同時にわれわれがもつておりました議決権、一・七%も委任状付きでやつて、それも行使していると思います。
  118. 河井榮藏

    ○河井委員 よろしゆうございます。
  119. 足立梅市

    ○足立委員 一番最初に市村さんにお尋ねいたしますが、野田さんのおつしやつた点とあなたの知つておられる事実との間に相違はありませんか。
  120. 市村寅之輔

    市村證人 野田さんは森が経理面の問題で追放が確定されたとおつしやいましたけれども、これはたびたび私が証言いたしました通り経理面の記帳が遅れておつたという事実はあります。これは御承知通り新旧勘定の分離というような問題が政府から命じられてあつたのでありますから、これが確定しない前には元帳への記帳はできません。一般に言いましても、株式会社は大体において十月に締め切れば十一月ないし十二月に総会をするのが普通であつて、それを端的に言いますと、元帳の記帳が一箇月ないし二箇月遅れておるのは日本の常態であります。ことに今申しました新旧勘定の分離といつた問題があつた場合には、一月や二月遅れておるのは日本の常態であります。一昭和電工に限つた問題ではありませんので、これは森を社長のいすから追い出さなければならない理由になるとは私は全然考えておりません。この点をまず申し述べます。  それから、野田さんも前のことで御記憶が薄れておられるのかもしれませんが、昨日も申しましたように、私は二十数年來の経済人としての生活をGHQのオーダーということでピリオドを打たれたその私でありますので、当時のことを忘れ去ることは私の生涯におそらくないと思います。そこで先ほど三十一日にザイビユラ氏に会つたときに、野田さんが私をオールド・デイレクターとして御紹介なさつたようにおつしやいましたけれども、三十一日の日にはそういう紹介の受け方は私はいたしませんでした。それからまた私は前に野田さんにお目にかかつているように野田さんは申し述べられましたけれども、私は前にお目にかかつておりませんので、当日野田さんに名刺を差し出しましたら、いやあなたの名前はよく知つているということでありましたので、その点をもう一度野田さんの御記憶を新たにしていただきたいと思います。私がオールド・デイレクターとして紹介を受けましたのは、四月三日にヘンダーソン氏に会いに行つたときであります。そしてそれは日本ではたしか休日でありまして、向うさんはいつもの通り執務をなさつておられましたが、その二日の日私の会社が退けます前に、日野原氏から明日の午後三時にGHQにあいさつに行くから、明日は午後出て來てくれということで、出て行きましたので、これはどちらかに連絡があつたものではなかろうかと思つております。そして最初紹介を受けまして、私どもが外へ出て、日野原氏が一人残つてあとから中村君と松本君、これは平取締役ですが、私よりか古い重役であります。その人たちが呼び入れられて、一、二分もしなかつたと思いますが出てこられて、私に松本氏が、自分が第二工務部長で、中村君が第一工務部長だそうだと言われたのです。だから日野原がそういうふうに紹介したのだというふうに私は聞きませんでした。そしてなおそのときに、先ほどの野田さんのお話だとしますと、森色を一掃しろと言われたということは、自分たちのポジシヨンが第一工務部長であるとか第二工務部長であるとかいうことよりかも、もつと重大な問題であるのに、その点については中村君、松本君から私は一言も聞きませんで、それは会社へ帰つてから日野原君から聞いたのであります。その点が非常に違つているように私は信じておりますので、野田さんの御記憶をもう一度新たにしていただきたいと思います。
  121. 足立梅市

    ○足立委員 野田さん、何か……。
  122. 野田岩次郎

    野田證人 ただいまの市村さんのお話でございますが、私の記憶は、さつき申し上げました通りで別に変つておりません。なお申し上げますが、四月三日に、そのあとで二人の重役の方が入つていらしつたときには一、二分のことだと言われますが、短時間ではありました、数分でございましたでしよう、きわめて簡單なことでありました。それから前に市村さんにお会いしていないというお話でございますけれども、参りましたあの日は三十一日でありまして、たしかその前に重役の方が委員会においでになつたときに、ほかの重役の方と一緒委員室で一度御紹介にあずかつてと記憶しております。私はそういうふうに信じております。
  123. 足立梅市

    ○足立委員 それでは野田さんにお伺いいたしますが、本件は三つに分けられるわけでございますが、GHQとの交渉のことですが、一つは森を辞めさせろということがGHQの命令ですね。
  124. 野田岩次郎

    野田證人 指示でございます。
  125. 足立梅市

    ○足立委員 それはだれが受けられたのですか。
  126. 野田岩次郎

    野田證人 私が受けました。
  127. 足立梅市

    ○足立委員 いつ受けられましたか。
  128. 野田岩次郎

    野田證人 三月の上旬ごろでございますか……。
  129. 足立梅市

    ○足立委員 だれから受けられましたか。ヘンダーソンですか。
  130. 野田岩次郎

    野田證人 ヘンダーソンではなく、メイジヤー・ザイビユラです。そのときにメイジヤー・ザイビユラから受けまして、それからバークレー・ヘンダーソンにもその旨を確かめました。
  131. 足立梅市

    ○足立委員 その次には、候補者を三人出しましたが、その候補者の中で一番先にだれが書いてありましたか。
  132. 野田岩次郎

    野田證人 それははつきり記憶いたしません。あまり注意しておりませんので、名前だけ覚えておりました。
  133. 足立梅市

    ○足立委員 日野原、磯村、今井、こういう順序を、あなたは今井、磯介、日野原と逆に御説明になつたのでちよつと……。
  134. 野田岩次郎

    野田證人 さつき申したその順序は、別にそういうふうに書いてあつたという意味じやございません。
  135. 足立梅市

    ○足立委員 しからば三人をきめて、その中で日野原という特定をしたのはだれですか。
  136. 野田岩次郎

    野田證人 それは私はタツチしておりませんので、その間の交渉は内部面でありまして、全部委員会におきましては笹山委員長がその方面のことを担当しておりまして、私はタツチしておりませんでしたから、だれがきめたかということは知識がありません。
  137. 足立梅市

    ○足立委員 それならばGHQの方で日野原社長にしろという指示があつたのですか、なかつたのですか。
  138. 野田岩次郎

    野田證人 日野原社長にしろと初めから指示があつたわけではありません。新社長を入れろということが指示であつた。そして三人の中から日野原という者が選び出されたので、結局それをまた司令部がアプルーブいたしましたので、結局日野原氏が新社長推薦されることになつたのであります。
  139. 足立梅市

    ○足立委員 そうしますと新社長日野原推薦するということが、これはGHQの方の命令ではなかつた。それでこつちの方でこれは、きめたんだ、こういうことでありますね。
  140. 野田岩次郎

    野田證人 いやGHQに日野原という名前は決定のあと言つておりましたので、あとでは日野原日野原という言葉が言われておりました。
  141. 足立梅市

    ○足立委員 そうするとあなたのお考えは、これはどなたかわかりませんけれども、GHQではすでに日野原ということが決定しておつたというわけですか。
  142. 野田岩次郎

    野田證人 いいえ、それは時期の問題です。三人参りまして、その中で日野原というものが決定しまして、それから私が三月二十五日でございますが、紹介されましてからその決定の旨は私の方からもバークレー・ヘンダーソン司令部の方に通じましたが、おそらく復金の方からも通じているのではないかと思つております。
  143. 足立梅市

    ○足立委員 それでGHQの方できまつてつたというわけですか。
  144. 野田岩次郎

    野田證人 いやきまつてつたのではない。そのときにGHQのバークレー・ヘンダーソンとしては日野原名前を知つたわけであります。
  145. 足立梅市

    ○足立委員 大体幾日ごろですか。
  146. 野田岩次郎

    野田證人 それが決定しましたのが、私が紹介されたのが二十五日でございますから、その日ぐらいでございましよう。
  147. 足立梅市

    ○足立委員 二十五日。
  148. 野田岩次郎

    野田證人 二十五日に日野原というものが決定したということが通告されたと存じます。
  149. 足立梅市

    ○足立委員 二十五日に日野原社長であるということをGHQの方から委委会の方へ通告があつたのですか。
  150. 野田岩次郎

    野田證人 いや、そうではありません。——社長にしろということをですか。
  151. 足立梅市

    ○足立委員 ええ。
  152. 野田岩次郎

    野田證人 いや、日野原名前が決定いたしましたので、バークレー・ヘンダーソンのところへ持つて参りました。それはそれだけに止つておりました。ところが新社長を選べということは、それはもちろん向うでうんと言つておりますから……。たとえば二十六日に司令部の側から参りまして、そして言うときにはもう新社長をすえろということは、もう向うでは日野原社長になるものと解釈して言つておる。こういうふうに私は解釈しております。
  153. 足立梅市

    ○足立委員 日野原氏がなるものと向う思つてつて、それから市村氏の会社側の方でなかなか日野原氏を社長に迎えることについて言うことを聞かない。それからその次の段階として、それならばGHQの命令として言うてもよろしいかという問合合わせに行かれたのですね。
  154. 野田岩次郎

    野田證人 いや行つたわけではなくて、それはたしか二十六日の向うの人が來ておられたように記憶しております。
  155. 足立梅市

    ○足立委員 しからば、スキヤツプオーダーだということを言つてもよろしいということを言つたわけですか。
  156. 野田岩次郎

    野田證人 これはスキヤツプ・インストラクシヨンである。それでスキヤツプ・オーダーということを向うにも言つていいかというような話が笹山氏の方からあつて、それでよろしいと言つたようなふうに記憶いたしております。
  157. 足立梅市

    ○足立委員 そうすると、その時はあなたはお立会いじやなかつたのですね。
  158. 野田岩次郎

    野田證人 いや、その時にもちろん私はおりました。
  159. 足立梅市

    ○足立委員 その時は、ヘンダーソン氏とザイビユラ氏と二人おつて、そのことを言われたわけですね。
  160. 野田岩次郎

    野田證人 ヘンダーソン氏とザイビユラ氏と二人おつたと記憶いたしております。
  161. 足立梅市

    ○足立委員 それから、もしも会社側の方で言うことを聞かなかつたならば、占領政策違反だということは、どなたの口から言われましたか。ヘンダーソンか、ザイビユラか。
  162. 野田岩次郎

    野田證人 占領政策……。それは、いつでございますか。
  163. 足立梅市

    ○足立委員 それはおそらく二十六日じやないかしらんと思いますが、違つてつてもかまいません。
  164. 野田岩次郎

    野田證人 これを受け入れなければ占領政策違反だといつてはつきり言つたかどうかよく記憶はいたしません。
  165. 足立梅市

    ○足立委員 それではもしも言うことを聞かなかつたならば、森を二十四時間内に財閥に指定しろというようなことは言われましたか。
  166. 野田岩次郎

    野田證人 いや、そんなことは聞いておりません。
  167. 足立梅市

    ○足立委員 あなたは日野原氏を社長にすることについて、GHQへ交渉した、あるいは取持つたというようなことは全然ございませんか。
  168. 野田岩次郎

    野田證人 絶対にございません。第一、日野原なるものの名前を知つておりませんでした。
  169. 足立梅市

    ○足立委員 その点だけちよつと念を押しておきたいと思いますが、この委員会の第一條の問題で、等という解釈でございますが、そうすると、あなたは、これを何をしてもいいのだ、議決権以外の行為をやつてもいいのだ。從つて首のすげ替もできるのだというお話ですね。
  170. 野田岩次郎

    野田證人 証券につき有する議決権を行使することによつてのみ経営の民主化がやられるというわけではないので、そのほかの措置もとられ得るというふうな権限が與へられて、目的であるように思います。
  171. 足立梅市

    ○足立委員 そうすると、この議決権を無視した昭和電工の今回の事件は、これは適法であるという一つの御解釈ですね。
  172. 野田岩次郎

    野田證人 はい。
  173. 足立梅市

    ○足立委員 そうしますと、日本の商法は全然無視されておる、適用の余地はないのだということになるのでございまするが、そういうふうに解釈しておられますか。
  174. 野田岩次郎

    野田證人 私はしろうとでございまして、法律のことはよく存じませんけれども、これがポツダム宣言受諾に伴う件に基いて出されました勅令でございますので、そこに規定してありますことは、商法の規定に優先するものではないかと考えて、特に述べてありますれば、そういうふうに考えております。しかしよく法理論のことはわかりません。
  175. 足立梅市

    ○足立委員 皆さん方の御解釈によりますと、議決権という最も民主的な株式会社の運営が全然無視されるということに相なりますので、これを無視した規定であるという御解釈は重大な問題である。こういうふうに考えましたので、ちよつと念を押したのです。
  176. 野田岩次郎

    野田證人 私がそういうふうに考えましたのは、議決権の行使を無視したというふうになるかどうかはわかりません。議決権ということはきわめて重大なことでございまして、これももちろん尊重さるべきものだと思います。從つて昭和電工の場合におきましても、われわれが日野原氏を総会にかけようというようなことを推薦いたしまして、その結果、ほかの株主の議決権の行使によりまして、もしもその付議事項が否決されましたならば、そのときはまた事態が変つて來たかもしれないと思つておりまするが、よくその方面は、そういう場合になつてみないと、わからないだろうと思います。
  177. 足立梅市

    ○足立委員 それからもう一つ別の話ですが、あなたは鹿島組から金品をもらつたことはありませんか。特に本年の春ごろ……。
  178. 野田岩次郎

    野田證人 絶対にないと思います。
  179. 足立梅市

    ○足立委員 それならば本年の四月ごろに長崎方面に参りましたか。
  180. 野田岩次郎

    野田證人 はい、参りました。
  181. 足立梅市

    ○足立委員 それは何の御要件で参られましたか。
  182. 野田岩次郎

    野田證人 私は九州の方には北九州の日本製鉄、三菱化成、それから安川電機、八幡製鉄所、福岡におきまして集中排除法のお話を商工会議所でいたしますことと、それから長崎に三菱重工業造船所、三菱製鋼、川南造船所、この視察を主として参りました。
  183. 足立梅市

    ○足立委員 それではもう一つお尋ねいたしますが、あなたは持株会社、あるいは制限会社、從属会社あるいは関係会社ですか、要するに持株整理委員会関係しておる会社及びその関係人から金品をもらつておるというようなことはございませんか。
  184. 野田岩次郎

    野田證人 それはあるいは暑中見舞くらいで、いつも私の家には参りましてもお断りするように家人に言いつけてございますが、暑中見舞くらいに酒の一本くらいは持つて來たことがあるかも知れませんが、常軌を逸するような高價な品物を受けた記憶はございません。
  185. 足立梅市

    ○足立委員 もちろん金は……。
  186. 足立梅市

    ○足立委員 金は絶対にございません。
  187. 足立梅市

    ○足立委員 饗應は……。
  188. 野田岩次郎

    野田證人 食事は非常に忙しい関係上よく飛び歩いて外に出ておりますものですから、晝間お会いすることができなくて、事情を話したり聞いたりするやうなことが数回あつて記憶いたしますが、これもはなはだしく常軌を逸するようなところに行つた覚えはございません。
  189. 足立梅市

    ○足立委員 この間笹山さんのお話では、持株整理委員会というものは形式上は日本の機関であるけれども、実質的にはGHQの出店のごとき感のあるものであるということでございましたが、やはりさような運営でございますか。
  190. 野田岩次郎

    野田證人 全部最高司令官の指導監督のもとにあります関係上、やつておりますことは一々承認をとりもしくは指導によつてつておるような実際で、占領政策遂行の機関とか何とか言われるくらいでございますから、実質においてはそういうふうな傾向があるかと思います。
  191. 田中健吉

    ○田中(健)委員 先ほどの御証言をお聞きいたしますと、野田さんが最初例の三人のあれを知つたのは三月の上旬と言いましたね。
  192. 野田岩次郎

    野田證人 中旬です。
  193. 田中健吉

    ○田中(健)委員 それでは私の聞き違いでした、それから野田さんは持株委員会の副委員長……。
  194. 野田岩次郎

    野田證人 いやそうではございません、常務委員です。
  195. 田中健吉

    ○田中(健)委員 そうすると今、やつておられる仕事常務委員のほかに何か別の仕事もやつておられるのですか。
  196. 野田岩次郎

    野田證人 他の仕事はやつておりません。
  197. 田中健吉

    ○田中(健)委員 他の会社のお仕事でも……。
  198. 野田岩次郎

    野田證人 いや、やつておりません。
  199. 田中健吉

    ○田中(健)委員 收入を伴う他の仕事をやつておられませんか。
  200. 野田岩次郎

    野田證人 それはありません。
  201. 田中健吉

    ○田中(健)委員 そうすると持株委員会から受ける收入だけで生活しておるのでありますか。
  202. 野田岩次郎

    野田證人 私の收入は、私は大体一人でハウス・キーパーをおいておるくらいで、今の月給で現在は十分であります。
  203. 田中健吉

    ○田中(健)委員 一箇月どのくらいの……。
  204. 野田岩次郎

    野田證人 手取一万八千八十円か八百円か……。
  205. 田中健吉

    ○田中(健)委員 それが一箇月の生活費全部だというわけですか。
  206. 野田岩次郎

    野田證人 そのほか私の家族は今アメリカにおりますので救恤品や衣類等も送つて参りますので、どうにかこうにかやつております。
  207. 田中健吉

    ○田中(健)委員 ちよつともう一ぺんそこのところを。家内の方がアメリカにおられるわけですか。
  208. 野田岩次郎

    野田證人 子供が実業家に結婚しております。それから送つて参ります。
  209. 田中健吉

    ○田中(健)委員 それは金銭ですか。物品ですか。
  210. 野田岩次郎

    野田證人 物品です。救恤品です。
  211. 田中健吉

    ○田中(健)委員 救恤品を処分して暮しておるとこういうのですか。
  212. 野田岩次郎

    野田證人 それは罐詰とか何とかがありますから、まあそこそこにやつております。
  213. 田中健吉

    ○田中(健)委員 それは一箇月どのくらいになりますか。あなたの手取一万八千円にそれを加えますとどのくらいになりますか。
  214. 野田岩次郎

    野田證人 それは平均して送つて來るわけではございません。ちよいちよい送つて來ますし、またクリスマスのときは送つて來るというようなわけで、金額に評價いたすわけには参りませんが、何ならばあとで今までの統計をとりましてこれに時價を加えまして差出してよろしゆうございますが……。
  215. 田中健吉

    ○田中(健)委員 救恤品を送つて來るもの以外に、たけのこの方が何ぼかありますか。
  216. 野田岩次郎

    野田證人 それは前に大分やりました。私は前には月給が少うございまして……、私が交換船で帰つて参りましたときには衣類その他相当数量、私がニユーヨークで持つておりましたものはほとんど全部一緒に持つて帰りましたので、これを処分いたしまして生活の資に充てて参りました。その後委員会の給料が上りましたので、今日は今の救恤品と合せましてどうかこうか十分に間に合つております。
  217. 田中健吉

    ○田中(健)委員 それは大体わかりましたが、なお明細表とでも言うか、そういうものをつくつて委員長の方へお出しを願います。  それから先ほどの御証言を聞いていると金銭はどこからも受けておらない。ただ二、三回畫飯を食べた程度だ、こういうことですが、それで間違いないのですか。
  218. 野田岩次郎

    野田證人 畫飯でなくて、晩飯です、食事です。
  219. 田中健吉

    ○田中(健)委員 その程度だけですか、それ以外には何もないですか。
  220. 野田岩次郎

    野田證人 それ以外には何もありません。
  221. 田中健吉

    ○田中(健)委員 持株委員会常務委員の方々がどこかお出かけになるというようなこともあつたのですか。
  222. 野田岩次郎

    野田證人 委員連中が外へ出て宴会をやるということは今まではございません。ただ前に設立当時でございますか、特殊な機関の特殊性格で、創立当初司令部の方をお呼びしたようなことはあると思います。
  223. 田中健吉

    ○田中(健)委員 日野原氏も含めて昭和電工関係の方々と御一緒に何か飲食を伴う懇談でもやつたことはないですか。
  224. 野田岩次郎

    野田證人 そういうことは記憶いたしません。
  225. 田中健吉

    ○田中(健)委員 一ぺんもないですか。
  226. 野田岩次郎

    野田證人 ないように記憶しております。
  227. 田中健吉

    ○田中(健)委員 きのうの笹山さんの御証言を聞いておりますと、何か都内二、三の場所に出入りしたことがあるというような御証言もあつたのですが……。
  228. 野田岩次郎

    野田證人 川崎工場を見ましたときに、委員全員で呼ばれたことはございますが、それはさつき証言いたした通りでございます。昭和電工の方と委員と、それから部長もいたかもしれません。
  229. 田中健吉

    ○田中(健)委員 委員全員が行つたのですか。
  230. 野田岩次郎

    野田證人 委員全員というのは川崎工場を視察に行きました連中でございます。
  231. 田中健吉

    ○田中(健)委員 常務委員は全員行つたのですね。
  232. 野田岩次郎

    野田證人 常務委員は全員行つたと記憶しておりますが、その中に欠けた者があつたかもしれません。
  233. 田中健吉

    ○田中(健)委員 その支拂いはもちろん会社でやつたのでしようね。
  234. 野田岩次郎

    野田證人 それは向うが食事を出したのでありますから、向うが拂つたと存じます。
  235. 田中健吉

    ○田中(健)委員 それから先ほどの証言の中に、こまかい問題ですが酒三本くらいということでしたが、それが二、三回ということで、一本ずつの二、三回か、三本ずつの二、三回か、どちらですか。
  236. 野田岩次郎

    野田證人 それは一回に一本ずつか、一回に三本ずつかはつきり記憶いたしておりませんし、聞いておりませんが、合計三、四本でありましよう。
  237. 田中健吉

    ○田中(健)委員 そうすると最初のより一本多くなつたわけですね。
  238. 野田岩次郎

    野田證人 三本か四本、そのくらいのところでありましよう。
  239. 田中健吉

    ○田中(健)委員 それはあなたのおとまりになつている家の者がこれを受けたのか、あなたが直接受けたのか……。
  240. 野田岩次郎

    野田證人 私はおりませんで留守の間に置いて行つたそうであります。私は直接受取つておりません。
  241. 田中健吉

    ○田中(健)委員 それは会社からですか、日野原社長からですか。
  242. 野田岩次郎

    野田證人 いや日野原さんからと言つておりますから、会社名前は知つておらなかつたようでございます。
  243. 田中健吉

    ○田中(健)委員 大体わかりました。
  244. 徳田球一

    ○徳田委員 ちよつとお尋ねしますが、森みたいに首のすげ替をした会社はいくつありますか。
  245. 野田岩次郎

    野田證人 持株会社では昭和電工だけだと記憶しております。
  246. 徳田球一

    ○徳田委員 そのほかの会社は……。
  247. 野田岩次郎

    野田證人 他の会社ではすげ替でなくて、現職を辞職させたというのが一つあるように記憶しております。
  248. 徳田球一

    ○徳田委員 何というのですか。
  249. 野田岩次郎

    野田證人 それは大正海上だと思います。
  250. 徳田球一

    ○徳田委員 それ一つですか。大正海上の話は承つております。まだほかに何かありませんか。
  251. 野田岩次郎

    野田證人 現識にあるものを退任させたという事例は、そのほかにははつきり記憶いたしておりません。それくらいだろうと思います。
  252. 徳田球一

    ○徳田委員 そうすると昭和電工は非常に特異的ですね。
  253. 野田岩次郎

    野田證人 そういうことになります。
  254. 徳田球一

    ○徳田委員 ほかにはめつたにないですね。
  255. 野田岩次郎

    野田證人 めつたにありません。
  256. 徳田球一

    ○徳田委員 そこの原因はどこにあるのですか。
  257. 野田岩次郎

    野田證人 原因は前にだれか証言したかもしれませんが、森氏の辞職を司令部によつて余儀なくさせられたということに始まつておると考えます。
  258. 徳田球一

    ○徳田委員 いや司令部によつて余儀なくせられるくらいの事態ならば、日本國中大分あつたようですが、そんなものならばざるで運ぶくらいあつたのじやないですか。
  259. 野田岩次郎

    野田證人 森財閥色というものは二月ごろだと思いますが、ちよいちよい私は反トラスト課で聞いております。向うでも調査をしておるということで、何か一應財閥的の話になりますと、森財閥のごときはつまり軍需工業の権化だというようなことを財閥読本にも書いてありますし新興コンツエルン読本にも書いてあります。そういうような二、三の書物には出ておりますので、これは当方の國民のみならず向うの方でもよくわかつておると存じます。
  260. 徳田球一

    ○徳田委員 二月以來そういうような話があつたというのですか。
  261. 野田岩次郎

    野田證人 二月ごろだつたと記憶しますが、あるいは一月終りごろであつたかもしれません。それで何か話が出ますと、たとえば森のごとき地方財閥、しかも軍需工業の財閥というようなことは出ておりました。
  262. 徳田球一

    ○徳田委員 特別に憎まれて特別にこいつはどうにもというようなあれが最初からあつたわけですね。
  263. 野田岩次郎

    野田證人 なぜ森だけがああいうふうに話題に上つてまいりましたか、その点は私はよく了解いたしかねますが、いずれにしても事実はそうなのです。
  264. 徳田球一

    ○徳田委員 しかしもつともつとひどい軍需会社が相当たくさんあつて、相当惡辣なことをしたものが——何も私は森を援護するわけではないけれども、あれにまさるとも劣らぬものが相当あつたと思います。たとえば中島飛行機のごとき錚々たるものですね。
  265. 野田岩次郎

    野田證人 これは財閥として十大財閥の中に指定されております。
  266. 徳田球一

    ○徳田委員 けれどもあの残りの人間を、森色を一切除け、中島色を一切除けということはないでしよう。
  267. 野田岩次郎

    野田證人 あります。それは財閥同族支配力排除法という法律で……。
  268. 徳田球一

    ○徳田委員 それはみんなやつたのですか、たええば帝國銀行、三菱銀行、何々銀行というようにそれはみなもつと大きな威力をもつている。そういうものは三菱色を除け、三井色を除け、澁沢色を除けといつてみんな除いたのですか。
  269. 野田岩次郎

    野田證人 みんな法律によつて除いております。  それは実際の運用によつて、追放審査委員会、支配力排除委員会というものがありまして、これが法律によつて第一審、第二審をやつておりますし、それも完成したようでありますから、その財閥色はそういうふうな会社からはもう排除されたと考えてよいと思います。
  270. 徳田球一

    ○徳田委員 それは今あなた方は完成したと考えておるのですか。
  271. 野田岩次郎

    野田證人 いや、それは私の方ではやらない。法律上のほかの遂行機関がございます。
  272. 徳田球一

    ○徳田委員 ほかの施行機関があるかもしれませんが、あなたの方で森財閥の、いわゆる森色を除いたように、ほかの方も除いておるという大体のお考えですか。
  273. 野田岩次郎

    野田證人 大体除いておるだろうと思つております。
  274. 徳田球一

    ○徳田委員 そうですかね、われわれとしたならば大概みんな下から上つてつたので、上のやつはけ飛ばされたけれども、下の事務員から上つた、下の課長か何かから上つた者もみなそうじやないかと思いますがね。どこだつて森みたいに森色は全部除けというようなああいうとつぴなことをやられているのは、私は森一つじやないかと思う。そこが重大なのです。どうです。どこを見渡してもそんなのはありません。陰謀はそこにある。その点われわれは今重大な関心を持つて調べているのです。
  275. 野田岩次郎

    野田證人 それはできるだけ私の知つているところを申し上げて、眞相の解明に御協力したいと思つております。ただいま申し上げましたところは、私の知つている限りでありまして、知つている限りでは、この問題は陰謀というようなことは絶対にないと信じております。
  276. 徳田球一

    ○徳田委員 あなたの言われるのは、たとえば三菱でも三井でも、その他の会社でも、すべて財閥色を除くには、ほかの機関があつてやられた、それならば森だつてほかの機関でやられそうなものだが、森などはどうして特別整理委員会でやつたのか。
  277. 野田岩次郎

    野田證人 普通ほかの機関でやるときには、いわゆる十大財閥といつて法律で指定しなければなりません。そう財閥を指定すると、あの立法は罪九族に及ぶという態の立法でありまして、個人の財産はすべて凍結せられて三親等まで及ぶ。それから当人はこの法律の有効である間、特別の承認がなければどこの会社重役にもなれないというような制限が置かれております。しかしそれは指定家族であつて、森は指定家族には入つておらないので、そういう制限も受けておりません。だからして、森個人を特に三井、三菱等と並べて見ますならば、十大財閥一つとして指定されたかもしれませんが、それがないところを見ると、あなたのおつしやる通り、森よりももつと有力なものがあるわけでございます。それで有力なものは法律によつて整理をされたわけであります。
  278. 徳田球一

    ○徳田委員 あなたは少し考え違いしていると思う。三井、三菱とか罪九族に及ぶというのは、たとえば三菱のなにがしとかかにがしとかの九族に及ぶのであつて、ほんとうから言えばあれはでくの棒でありまして、大した問題じやないのです。それではないにやはり別にスタツフがある。そのスタツフに属する者を森色は全部一掃されていますね。しかしほかの帝國銀行とか三菱銀行とか、財閥個人のひな壇にすわつているでくの棒以外の経営のスタツフに向つて、森的に徹底的に追放されたものがあるか。
  279. 野田岩次郎

    野田證人 それが今申の上げました通り財閥支配力排除法で、その同家族のみならず、アポインテイールが一掃されているわけです。
  280. 徳田球一

    ○徳田委員 それは森色のように一掃されておりますか。
  281. 野田岩次郎

    野田證人 もつと徹底していると思います。
  282. 徳田球一

    ○徳田委員 たとえば帝國銀行とか何々銀行とかいうものの、その事務員だつた者は全部そこへ入れないのですね。
  283. 野田岩次郎

    野田證人 そうではありません。事務員はあるけれども、ずつと事務員から上つて、過去において上の方になつております。しかし必ずしもその事務員であつた者を排除するというわけではなくて、特にその中でも財閥色の濃厚であつた者を排除しているのです。
  284. 徳田球一

    ○徳田委員 そうです。たいてい常務とか総務というもので、下から出てきた者までやつているのではないでしよう。
  285. 野田岩次郎

    野田證人 下の課長とか何とかいうところまでやつているのではありません。
  286. 徳田球一

    ○徳田委員 しかし森色の方は下の方まですぱつとやつた。そこに重大な問題がある。
  287. 野田岩次郎

    野田證人 森色を一掃せよと言われたときのとり方でありまして、課長までやるとか何とかいうことはヘンダーソンは言つておりません。それは日野原氏の裁量によつてやるか、あるいは相談にのつた方と話をしてきめられたことであつて、私が知つている限り、どこのどこまでやれということを特定的に話してはおりません。
  288. 徳田球一

    ○徳田委員 持株整理委員会が、森と比較してそれほど徹底的にやつたのがほかに一つでもありますか。
  289. 野田岩次郎

    野田證人 そういうふうに徹底的にやつていなくて、日野原氏が内部でそれを……。
  290. 徳田球一

    ○徳田委員 日野原の責任というのですか。
  291. 野田岩次郎

    野田證人 日野原氏がやつたので、持株整理委員会は、そんな課長や工場長までやつた覚えはありません。一つも知らなかつたのです。
  292. 徳田球一

    ○徳田委員 そうすると、日野原社長としてかつてにやつたのであつて、あなた方は全然関係ないのですね。     〔委員長退席、小松委員長代理着席〕
  293. 野田岩次郎

    野田證人 全然ございません。そのときの重役その他の辞職がございますが、私の記憶しているところでは、日野原氏が内部で相談をして人事を決定したようです。
  294. 徳田球一

    ○徳田委員 それでは申し上げます。日野原はただ社長にはなつたが、しかし株式をたくさんもつているわけではありません。彼が社長として仕事をやるにしても、この株式を実際に動かして役員をきめることが彼の力でできますか。社長にはなつたかもしれぬけれでも、重役は株主総会で選挙するのですから。
  295. 野田岩次郎

    野田證人 私の聞きましたところでは、日野原氏は在來のよく人事のわかつた重役に相談をしてきめられたというようなことを笹山委員長に話したことがあるというのです。
  296. 徳田球一

    ○徳田委員 そういう手続ではないのです。権力をしよつてそういう力によつてつているではないか。その権力を貸したのはあなた方ではないかというのです。問題はそこにあるのであつて、彼がどんな人間を使つてどうしたなんということは問題ではない。重要な問題は、何も力がないし、株を持つているわけでも何でもない。ただあなた方からの入むこみたようなもので、これは本來力がない。これがそういうふうに全部かきまわしたことに対して、あなた方が背景にあつて権力を與えたかいなか。これが重大なんです。そういう事実は絶対にありませんか。日野原がかつてにやつたのですか。
  297. 野田岩次郎

    野田證人 森色を一掃しろという指令を日野原氏に申しましたことが契機になりまして、それが実行されたということでございます。
  298. 徳田球一

    ○徳田委員 そうすると、GHQが日野原にそういう授権をしたのですね。
  299. 野田岩次郎

    野田證人 もちろんそうであります。権力を與えたというよりも、そういうふうなことを言つたのであります。
  300. 徳田球一

    ○徳田委員 やれと言つたつて彼に國内法上の力がなければできません。たとえば芦田に、お前徳田を切れて言つても彼は首を切れません。私は國会議員として堂々たるやはりあれがあつて、切ろうと思つても切れません。國内法で保障されているものを越えてどうするこうするという命令ができますか。
  301. 野田岩次郎

    野田證人 それは経営人のことでありますから、また被雇人でありまして、一種の契約でございますから、解任されたということになるではないかと存じますが……。
  302. 徳田球一

    ○徳田委員 そうすると、昭和電工は、GHQの管理工場か、あるいはGHQが指令して行政的にこれを管理している工場ですか。
  303. 野田岩次郎

    野田證人 そうではありません。今申し上げましたのは、日野原氏が重役としまして工場長なり課長なりの首を切つたということは、やはりそこの雇用関係から出て來たんではないかと思います。上司が下の者を馘首したということになるだろうと思います。
  304. 徳田球一

    ○徳田委員 しかしこの問題につきましてはトラブルが起つて、これは團体協約違反だというので経営協議会で大問題になつて、中央労働委員会にかかつて、あなたも中央労働委員会に行かれたのではないですか。
  305. 野田岩次郎

    野田證人 参りません。
  306. 徳田球一

    ○徳田委員 参りませんか。中央労働委員会では、これは日野原の越権だというので重大な問題になつたのです。
  307. 野田岩次郎

    野田證人 それは一向私は存じません。爭動が起つたということは知つております。しかしその結果その問題が中央労働委員会まで持ち出されたというようなことは初耳で、今日徳田さんから初めて伺いました。
  308. 徳田球一

    ○徳田委員 そこで私のお聞きしたいのは、あなたの方はこの日野原を入れるということに対しては、GHQの指示だと言われましたね。
  309. 野田岩次郎

    野田證人 社長就任についてでございますか。
  310. 徳田球一

    ○徳田委員 ええ、指示事項ですね。
  311. 野田岩次郎

    野田證人 向うのインストラクシヨンでございます。
  312. 徳田球一

    ○徳田委員 日本で言えば指示事項ですね。そういう指示事項をあなたは総会に報告するのではないのですか。
  313. 野田岩次郎

    野田證人 その場合のインストラクシヨンを指示と申しましたのは、ただそういうふうな法的な言葉、使い方で言つたのではございません。社長就任させろと言つた司令部の言葉は、われわれの方にそれを言つたのでありまして、われわれの方からは社長総会の付議事項にしてくれと言つたのでありまして、これは指示事項として委員会令第十八條によつてつたものではございません。話をして納得されて付議事項にされたのであつて、われわれの委員会令の指示というものではありません。もしも指示でありましたならば、委員総会に、定款により承認事項として出て参ります。
  314. 徳田球一

    ○徳田委員 それは何ですか、個人的な指示なんですか。
  315. 野田岩次郎

    野田證人 個人的な指示でなくて、われわれの方に対しては司令部のインストラクシヨンでありますけれども、われわれの方から昭和電工重役の方にお話をしたときは、第十八條による指示ではありませんで、勧告の形であると記憶しております。
  316. 徳田球一

    ○徳田委員 そうするとあなた方が受けるのは委員会が受けるのですね。委員会の機関が受けるのであつて、あなた個人が受けているわけではありませんでしよう。
  317. 野田岩次郎

    野田證人 個人が受けているわけではもちろんありません。整理委員会が受けております。
  318. 徳田球一

    ○徳田委員 委員会一つのインストラクシヨンを受ければ、このインストラクシヨンについては、委員会にちやんと処置したこと、また処理したことを諮らねばならないじやないですか。あなた個人あるいは笹山氏個人がやるというのでは、それは……。
  319. 野田岩次郎

    野田證人 笹山個人あるいは野田個人がやるのでは決してありませんで、常務委員及び平委員の九人を集めまして委員総会で大きな方針をきめまして、これを常務委員の方にまかしておりまして、その範囲内では常務委員の方で措置をとることができるようになつております。平委員の方は皆学校の先生や方々の嘱託などをしておられて、一々それをやらなければならぬとすると、常任委員のようにそこへ詰めておらなければなりません。だから九人の方は、大阪にもおるし、こちらの学校や、外務省にも行つておるというような関係でそれを毎日集めることはきわめてたいへんでございます。朝から晩までそういうような事項が起つて参りますから、そういうふうなことをやる必要がないように、ある程度のことはやるが、そのかわり十八條みたいなもので、指示事項指示を出しましたときは、その次の総会委員会の承認を得る、こういうふうになつております。
  320. 徳田球一

    ○徳田委員 そうするとこれは常任委委会には報告してあるのですか。
  321. 野田岩次郎

    野田證人 常任委員会といつて正式のものではありませんけれども、毎日朝から晩まで顔を合しておりますし、畫のときはいつも会議をやつておりますので、それは十分に報告してあります。
  322. 徳田球一

    ○徳田委員 この日野原にかえるということは非常に重大な問題ですな。一つの大きな会社の、指定されている会社の首脳部をかえるわけなんですから、非常に重大な、そしてこれはめつたにないことです、そういう重大なことにもかかわらず、右から左に事務を処理するように委任されてあるのですか。
  323. 野田岩次郎

    野田證人 それは定款及び今までの慣習によりまして、いわゆる指示事項、承認事項でないものは総会には出さない。しかしながら委員が集まりましたときに、委員懇談会というものがございまして、集まりまして、そこでいろいろな話をいたします。そのときには報告をいたして皆さんの御了解を、平委員を加えてでございますが、御了解を得ることにいたしております。それでこの問題も三月二十七日の委員の懇談会に委員長から報告をいたしております。
  324. 徳田球一

    ○徳田委員 そのときに日野原という人物は惡くて信用のできがたい人間で、こういう人は遺憾であるということはありませんでしたか。
  325. 野田岩次郎

    野田證人 そういうふうな発言は委員からはありません。
  326. 徳田球一

    ○徳田委員 脇村義太郎君がそんなことを言いませんか。
  327. 野田岩次郎

    野田證人 脇村委員が言われたことは、日野原という人はわからぬ、自分は知らぬ、ひとつ調査してみよう、こういうことでございます。
  328. 徳田球一

    ○徳田委員 日野原君が昭和電工にかわりましてから、昭和電工の復興計画、性質及び昭和電工と政府との関係の性格はかわりましたね。昭和電工よは自分で復興はするけれども、これは産業復興公團に皆引継いで、すつかり賃貸する。ところが日野原になつてから、多分六月ころだろうと思いますが、その契約を破棄して、すべて昭和電工復金から金を借りて、自分の権利で、自分の所有権で全部やるということにかわつているのですね。
  329. 野田岩次郎

    野田證人 それは事務係の方へそういうふうなことは來ているかとも思いますけれども、私はその方面を担当しておりませんので、実は常務委員として見るべきであるかもしれませんが、一人で何もかも見るわけに行きませんので、その実情はよく存じません。
  330. 徳田球一

    ○徳田委員 そういうことは常任委員にも諮らず、また委員会総会にもかけておらぬのですか。
  331. 野田岩次郎

    野田證人 復興計画のかわつたことですか。
  332. 徳田球一

    ○徳田委員 政府との契約のこと。
  333. 野田岩次郎

    野田證人 そんなことは委員総会にかけておりません。
  334. 徳田球一

    ○徳田委員 そうするとあの会社は指定されている会社でありますか。これは持株会社の整理する会社でしよう。管理している会社ですね。
  335. 野田岩次郎

    野田證人 ええ、そうです。
  336. 徳田球一

    ○徳田委員 その管理している会社の世質が全然変るのに、これに対して整理委員会は知らないんですか。
  337. 野田岩次郎

    野田證人 これはわれわれが指定しております持株会社は八十三社でございまして、その事業も多岐多端にわたつております。またわれわれの使命は持株的色彩の拂拭ということろにありまして、現業部門がどうなる、こうなる、どういうような復興計画をやるというようなことは、われわれの方では見られないのであります。要するに財閥解体というような観点から持株整理委員会令というものが出ておりますので、そういう方面に重点をおいて業務の監督をいたしております。
  338. 徳田球一

    ○徳田委員 そうですか。なら聞きますけれども、あの性格の変つたのは、解体さるべき性格から復興して新財閥になる計画をしたんですよ。あなた方が整理しなければならない義務を踏みにじつて、彼は再び大財閥になる復興計画をやつている、そういうふうに性格が変つているんです。この会社の……。これをあなた方はさつぱり御存じなくて、飯の煮えたも御存じない。そんなことはおれの知つたことじやない、現業のことだからというのでは整理委員会は何をやつている……。
  339. 野田岩次郎

    野田證人 いや、昭和電工がそういうような復興計端を——整理されるところをさらに拡張しておるというようなお話でございますが、現業部門を持つております持株会社は別に整理をする、つまりそいつをつぶしてしまうという考えはない。
  340. 徳田球一

    ○徳田委員 いやいやそうじやないですよ。たなたは別な方面言つておる。つまり昭和電工一つのコンツエルン的性格をもつておる。多方面に手を出して財閥的なものをもつておる非常に大きなもので、これはどうしてもいかぬ。いわゆる反トラスト的にしなければいかぬというのでしよう。だからこれの子会社も何でも十一か、十五あるはずだ。これを切らなければならぬ、そうでしよう。だからこれを切らなければならぬのを切る準備をしていたものを、みんなつなぎ合わせている、しかもこの会社のやつているのは、政府から金を借りてやつている。從つてこのでき上つたものはすべて政府に、産業復興公團にこれをみんな差上げるということになつておる。だから具体的には産業復興公團のために復金から、すなわち政府から金を借りて政府のためにやつていた仕事なんです。だから彼らがやつていたけれども、実質は政府の仕事をやつていた、政府の委託を受けてやつた仕事です。これが日野原になつてから変りました。政府との関係を絶ち切つて、これまでやつたものがすべて日野原の手に移つて、すべて日野原の計算でやることになつた。だからそれがこれまでの子会社の切るべきものを切らずに、これを全部つなぎ合わせたものだから、これは集中排除法とは逆な方面に、トラストを形成する方面に進んでいるんですよ。そういう重大なことが起つているのにあなた方全然知らないという、笹山君も知らぬという、そういうことがありますか。
  341. 野田岩次郎

    野田證人 いや、それは事実、今お話になりました子会社を、昭和電工が持つてつたものをまたつなぎ合わして昭和電工がこれを持つというようなことはございません。なぜならば昭和電工は持株会社でありまして、その保有する支配株、商権というものは、皆知除いてありますので、これはつけようと思つてもつけ得られない。つまりこういうたこの足のような、そんなものは切られつぱなしで、これがくつつくということは今のところありません。
  342. 徳田球一

    ○徳田委員 絶対にないですね。
  343. 野田岩次郎

    野田證人 今のところ、今までのその子会社昭和電工が持つてつた株式を、さらに昭和電工が再びこれを手に入れて自分の從來の子会社をさらに自分の支配下に置くということは、今はやれない仕組みになつております。
  344. 徳田球一

    ○徳田委員 それならいいです。市村君どうです。そういうことはありませんか。
  345. 市村寅之輔

    市村證人 それは野田さんのお説のような株式を通じての支配はないかもしれませんが、私どもが経営しております時代には眠つてつた会社が、現在生きておるという例は新聞等によつて私も認めておる。その一例は昭榮興業という会社がありますが、これは私どものときには全然眠つておりました。現在は生きておると思います。その事実は知つております。
  346. 徳田球一

    ○徳田委員 それから。
  347. 市村寅之輔

    市村證人 それからこれは私直接ではありません、間接に聞いたのですけれども、鳥巣君が昭和電工のかつての子会社、今は野田さんの言われるようにたこの足のように切られたその会社一つであるが、日本化成でしたか、昭和化成でしたか、それは新潟にある会社ですが、その会社の株式のある数量を賣渡すことの交渉を受けたという話があります。もう一つ昭和炭酸という会社がありますが、これにたしか丸山二郎君の関係の人を專務か何かに入れろということを日野原君が昭和炭酸の社長を呼んで話をして、拒絶をされたという、これだけのことを聞いております。
  348. 徳田球一

    ○徳田委員 それから東北肥料というのは知りませんか。
  349. 市村寅之輔

    市村證人 東北肥料は昭和電工関係会社になつていたかどうか知りません。あすこに昭和電工の人が大量に幹部に行つております。
  350. 徳田球一

    ○徳田委員 行つておりますね。事実はそうですがね。そうして政府のものになるべき昭和電工が、今や政府のものにもらなず、日野原を中心とするこれらの会社のものに再びもどつておる。その会社は政府のものを賃貸すべき性質のものだ、これは列挙せられておる明らかな指令です。それによつて最初森は復興したのだ。ところがこれが日野原になるとただちにそういうように性格が変つて來ておる。これに対して整理委員会は干渉しておりますか。この問題にタツチしておりますかどうか。
  351. 野田岩次郎

    野田證人 その問題には私の方の事務当局からは、タツチをしておる、干渉しておるとお言いになりましたか、そういうことは報告も受けておりませんし、また持株会社整理委員会といたしまして、そこまでやるべきものであるかどうかということはきわめて疑問であります。たとえ北海道の先から九州の端まで拡がつております各工場約九万以上の会社がありましようが、これらのものの中で八十三社にかつて関係のあつたというものの経営人の移動というようなところまでには、肥料もありましようし、石炭もありましようし、紡績もありましようし工場といつたら非常にたくさんあります。そういうところまで一々見るというのはわれわれの仕事の範囲外であると考えられます。
  352. 徳田球一

    ○徳田委員 そういう指定会社はあなた方に会社の性質を変更するときに許可を受けなければならぬように定款にあつて、内部の処置のことはあなた方が監督するように書いてありますが、この前も聞きましたら、そういう監督は大体許可することだ。こういうふうに変更したい、ああいうふうに変更したいというときには、みんな許可を受けなければならぬということを笹山氏は言つておりましたが、あなたの方ではこれは重大な問題ですよ、政府の財産になるべきものが日野原一派の財産になる。これはあなた、政府に干渉しておることなのですよ。これは内閣の書類にちやんとあるのです。特殊会社のあなた方の仕事は、これは内閣に報告しなければならないのですよ。
  353. 野田岩次郎

    野田證人 事業報告は内閣へ出しております。
  354. 徳田球一

    ○徳田委員 その報告の中にあるのです。これはちやんとあるのです。そういう性格のかわつて來たということがちやんとある。それをあなた方は、そんなことは知らないと言う。そんなべらぼうなことはありますまい。
  355. 野田岩次郎

    野田證人 われわれの出した業務報告でございますか。
  356. 徳田球一

    ○徳田委員 そうです。GHQの指令がかわつておる。最初の指令と次の指令がかわつておる。
  357. 野田岩次郎

    野田證人 われわれの方の事業報告の中にあるかどうか、よく覚えておりません。
  358. 徳田球一

    ○徳田委員 全然知らぬのでね。
  359. 野田岩次郎

    野田證人 それはわれわれの方は、そういうふうな操業上の、ある工場がこういうふうにかわるとか、大きくなるとか、小くなるとかいうような詳細のところまでは……。
  360. 徳田球一

    ○徳田委員 そうじやないのです。あの会社の性格はかわるのです。大々的に変化する。
  361. 野田岩次郎

    野田證人 しかしあの会社は性格がかわつたとお言いになりますけれども、株式会社でありまして、株主がある。株主がつまりその会社を占有しておる。
  362. 徳田球一

    ○徳田委員 それはあなたの常識かもしれませんけれども、私の言うのはそうじやないのです。あの大工場が、これが政府の所有になつて、この会社会社が賃借りするものなのです。ところがいまは、日野原になつてからは、そうじやなくて、あの会社の設備、財産全部を昭和電工会社が持つておることになつておる。
  363. 野田岩次郎

    野田證人 昭和電工が持つておるということは、昭和電工の株主がそれにインタレストを持つということになると思います。
  364. 徳田球一

    ○徳田委員 いやいや、そうじやないのです。この会社が、政府のものを賃借する会社と、そうじやなくて、政府のものと断ち切つて自分がすべてを全部所有してやるという会社とでは、これは性格上違うと言うのですよ。そうでしよう。かりに大事な國家のものを委任経営する会社、そうじやなくて、自己経営でやるというのとは、違うじやないのですか。その根本的な性格の違うものを、整理委員会がさつぱり知らずにかわつたという法はないと思う。それも日野原にかわつてから、すぐにこういう大変化が起つておる。そこに重大なる問題があると言うのです。どうです、そこに重大な問題はありませんか。
  365. 野田岩次郎

    野田證人 それは重大な問題であるかもしれませんが、いずれにしても、われわれの常務の監督以外に属しておるものと思います。
  366. 徳田球一

    ○徳田委員 全然知りませんね。
  367. 野田岩次郎

    野田證人 私自身は存じません。
  368. 徳田球一

    ○徳田委員 それならばお聞きしますが、そこで日野原がいろいろ不行跡をするようになりましてから、持株整理委員会は、この日野原のやり方に対して、一ぺんだつて監督上実際檢査をしたことはありますか。
  369. 野田岩次郎

    野田證人 日野原自身をですか。
  370. 徳田球一

    ○徳田委員 いやいや、この会社をです。日野原が経営して後に……。
  371. 野田岩次郎

    野田證人 昭和電工へ要球しておりまする書類は、毎月出して來まする收支予算表、それに実績表、貸借対照表、金繰表というようなものだと記憶しておりまするが、まだそのほかにあつたかもしれませんが、これは一々相手もずつと書いて、小さく掘り下げて來るのではありませんで、大きく数字をあげて参ります。これは毎月参りますけれども、こちらで見ておりますのは、その資産あるいは営業の状態の動きを見ております。それで大きな数字がいくら足りないとか、いくら余るとかいうような、動的な状態を調べて行くのでありまして、毎月その中の勘定科目がどういうふうにかわつておるかというような経理面の檢査はいたす仕組みではありません。
  372. 徳田球一

    ○徳田委員 そうすると大体形式的ですね。報告に大体バランスがとれておつてうまくすつすつと行つておればよいのですね。内客まで立ち至つて、いかぬじやないかということまではやらぬのですね。
  373. 野田岩次郎

    野田證人 これは内容まで立ち至つて調べるフオースもございませんし、そういうふうな機構にもなつておりません。それで、たとえば復金融資でございますとか、あるいは工場の復元計画とかいうようなものは、おのおのこれを調べる制度がほかにございます。たとえば商工省でありますとか、あるいは復金の幹事会とかいうような制度があるものは、その方面にまかしてしまつてあるのであります。
  374. 徳田球一

    ○徳田委員 そうすると、あなた方は日野原という人間を森君にかえて、これに経営させて、重大なる変化を及ぼしておるのに、あとは知らず、存ぜず、ただまああれが日野原かというだけですな。無責任きわまるものであると私は思う。
  375. 野田岩次郎

    野田證人 そういうわけではございません。一應われわれがやるべきことはいたしておると考えおります。
  376. 徳田球一

    ○徳田委員 しかし、いやしくもあの大会社日野原なるものに実際上全権を委託して、しかも政府が二十八億も貸しておるのに、これに向つてあなた他はほとんど責任を盡しておらぬように思われますが、どうですか。
  377. 野田岩次郎

    野田證人 これは復金融資二十八億というようなものは、もちろん債権者といたしまして、復金監督機関も持つておりますし、それから融資のときには、これを審査する機関も持つておるのでございますから、当然復金の方でそういうような面は見るべきものだと考えております。もしもわれわれが各持株会社のそこまで行くことになれば、このフオースの何十倍あつても、とても足りないと考えまして、これは実際的に不可能なことと考えますし、フオースはそこまでは命令しておらないのであります。これはインストラクシヨンによつてやらざるを得ないのです。
  378. 徳田球一

    ○徳田委員 しかし、インストラクシヨンでやるくらいなら、自分で責任をもつてやらなければならぬ。そこに重大なる責任があると思うが、まあそれでいいです。
  379. 石田一松

    ○石田(一)委員 時間も遅いので、ちよつと簡單にお尋ねいたします。私のお尋ねすることにつきまして、証人は説明は必要でありません。イエスかノーか、それだけ答えていただけば結構であります。先ほどの証人証言の中に、四月三日、司令部で、日野原君が、二人の重役バークレー・ヘンダーソン氏の部屋に呼び入れて、この二人は技術家である。ただいまヘンダーソン氏のおつしやつた森系の者を一掃しろということを、この二人の前で言つてくれと日野原氏が言つた証言をなさいましたが、そのときにヘンダーソン氏は、それではあらためて言うが——森系を一掃しろということを言つたということの証言はありませんが、そのときヘンダーソン氏は、日野原氏のこの要求に対して、同じ言葉を繰返しましたか。
  380. 野田岩次郎

    野田證人 同じ言葉を繰返したように記憶しております。
  381. 石田一松

    ○石田(一)委員 これはなことに重大なことであると私は思います。ところがその通訳をやつていらつしやいまして、しかもあなたの御証言によると、森系を一掃しろというような重要な問題であるので、日野原氏はこの二人に証人になつてもらおうと思つたのだという御証言があります。それほど重大な問題を、多分ヘンダーソン氏が言つたであろうというような御証順は、ちよつと私はふに落ちませんが、言いませんか、言いましたか。
  382. 野田岩次郎

    野田證人 言つたように記憶いたします。
  383. 石田一松

    ○石田(一)委員 それでは日野原をみんな帰るときにヘンダーソン氏が呼びもどしたのですが、それとも日野原自私がみんな出たあとつたのですか。
  384. 野田岩次郎

    野田證人 ヘンダーソンが引きとめたのであります。
  385. 石田一松

    ○石田(一)委員 休日である日曜日に、日野原氏がヘンダーソンのところに特に行くということは、あなた自身も奇異に感じられたそうですが、よほど懇意な間柄か、さもなければ緊急やむを得ない事情がなければ、おそらくヘンダーソン氏あたり、アメリカの習慣では、休日にはこうしたことはなさらぬと私は思いますが、これはあらかじめその日に行く約束があつたのですか、なかつたのですか。
  386. 野田岩次郎

    野田證人 私は約束した覚えはありません。
  387. 石田一松

    ○石田(一)委員 あなたが休日にいらつしやつたのはどういう要件ですか。
  388. 野田岩次郎

    野田證人 これはさつき証言いたしました通り、日本側は休みでありましても、司令部は働いております。それでわれわれ日本側の方の事務所の仕事はございませんし、向うも日本の休日でありますから、日本人はあまり参りませんので、非常にひまでありますから、集積したいろいろな事務をさばくのに非常に便利なわけであります。それで私は日本側が休日で、司令部が働いておる日には、大体原則として参つておるのが普通でございました。その日もそういう意味行つておりました。
  389. 石田一松

    ○石田(一)委員 日本側からたくさん人が行かないから相談するのに便利だというそのお言葉は、私もそれを善意に解したいと思うのでありますが、その言葉をもし邪推するとすれば、これはゆゆしいことじやないかと考えるのであります。しかしこれは私の意見でとどめます。そこで今回の日野原氏の後任社長の問題で、これはスキヤツプのオーダーであるという言葉がたえず使われておりますが、これについては文書としてのオーダーではなく、ほとんど口頭である。こんな重要な問題であり、しかも会議制であなたたちがやつた方がいいと、オーダーとして強く指示されたものを、なぜあなたたち委員会は、これを文書によつてオーダーとしてもらう手続をとらなかつたのですか。
  390. 野田岩次郎

    野田證人 それは当時司令部の反トラスト課の運営の差でありまして、当時カフエラー大佐が課長でありました。それからその前にはマツク・ヘンダーソン。——それがあすこの創設者でありますが、マツク・ヘンダーソンとカフエラーの時代には、前からのしきたりでインストラクシヨンを書きものにして出すということはほとんどやらなかつた。それからウエルシユ氏が三月末着任しまして四月の初めに課長になりましてからは、ちよいちよいメモランダムというような体裁のものが、いわゆる書いたものが出て参りました。
  391. 石田一松

    ○石田(一)委員 それで日野原君の後任社長の件で、あなたがだれも伴わず、一人でバークレー・ヘンダーソン氏とか、あるいはザイビユラ氏に交渉に行かれたことがありますか。
  392. 野田岩次郎

    野田證人 私が一人で相談に行つたことはありませんが、いずれにしても委員会と総司令部との間の連絡事項、折衝事項は私がやつておりましたので、たとえば今のリストを見せられてから、経理担当重役を入れた方がよくはないかというようなことなどを申しますときには、私は一人で行つたときに話をしております。
  393. 石田一松

    ○石田(一)委員 それで一人で行つたときに、経理担当重役を入れるということでは絶対にいかぬ。責任者を定めるべきであるという返事をお聞きになつた。そのこともあなた一人でお聞きになつたのですか。それとも委員会にあなたが報告なすつたのですか。
  394. 野田岩次郎

    野田證人 そういうような強い表現ではありませんでした。つまり経理担当重役を入れて済ましてはどうかと申しましたときに、向うでは、それはいかぬだろう。烏合の衆みたいになるから、やはり責任者を置いた方がよくはないかというようなことでありまして、経理担当重役を入れるだけではなかなか済みそうにもないということは、笹山委員長に報告しております。
  395. 石田一松

    ○石田(一)委員 それでは先の証言を調べる必要がある。それは何日ですか。
  396. 野田岩次郎

    野田證人 その報告は、そのリストを見てから後でありますから、三月十五日ごろから二十日までの間くらいではないかと思います。
  397. 石田一松

    ○石田(一)委員 そうすると十五日から二十日までの間には、後任社長を必ず入れろということは、ただいまあなたの証言によるとスキヤツプのそれほど強いオーダーでなくして、ただ入れなければ收まらないだろうという程度のものと解してさしつかえありませんか。
  398. 野田岩次郎

    野田證人 持株会社整理委員会司令部に関する限りそうであつたと思います。
  399. 石田一松

    ○石田(一)委員 先ほどあなたは何ら事前の打合せもなく司令部にいらつしやいまして、しかも市村氏あたりの通訳を偶然にいたようにおつしやいますが、市村氏は日野原社長から、きよう司令部にあいさつに行くことになつているから、君も來いと言われたので、司令部行つてもわれわれは英語ができぬが、通訳は連れて行かぬでもいいかと言つたら、日野原氏が、通訳向うに行けばいるというので、行つてみたらあなたが待つていたということを、市村氏が証言しておりますが、あなたは日野原氏と打合せをしたのではありませんか。
  400. 野田岩次郎

    野田證人 そういうことは絶対にありません。私は今も申した通り、こちらが休みのときに向うに行くことにしておつたので、行くと二人にひよつと会つた日野原氏がいかなる意図をもつて市村氏に言われたか存じませんが、通訳向うにも二世がおります。
  401. 石田一松

    ○石田(一)委員 それでもう一つお尋ねいたしますが、先ほどあなたの証言では維森前社長市村重役に対して、日野原社長を二十八日の総会でスムースに決定しなければ森を二十四時間以内に財閥指定する、あるいはまた占領違反であるというようなことはあなたはおつしやつたことがない。またこれを向うからそういうふうにお聞きになつたこともありませんですか。
  402. 野田岩次郎

    野田證人 ありません。
  403. 石田一松

    ○石田(一)委員 それをもし、森氏とかあるいは市村氏に二十八日の総会で、日野原後任社長にしないならば森を二十四時間以内に財閥の指定にするというようなことを、あなたたちの委員の中で言つた人があつたとしたらば、これは全然スキヤツプのオーダーでも何でもないものを虚構の事実を言つて社長並びに市村氏あたりを脅喝したと判断してかまいませんか。
  404. 野田岩次郎

    野田證人 そういうふうなことを言つたかどうか存じませんし、また脅迫したかどうかということは私は一向そこにおらなかつたので存じません。
  405. 石田一松

    ○石田(一)委員 実は市村証人は、詰め腹を切らされたこの日に、たしか笹山委員長も言つたと思いますが、男泣きにその場で泣いておる。しかも社へ帰つてからも、占領違反があるとか、あるいはまた前社長を二十四時間以内に財閥指定をするとかいうことを言われ、しかもこれはスキヤツプのオーダーで絶対にやれと相当強硬な意思をもつて詰め寄られた。そういう言葉がなければあくまでも社長をやめさせない。われわれもやめないつもりであつた。こういうことを言つておりますが、あなたはそういうことを一切通訳として他の委員におつしやらなかつたとすれば、この言葉を言つている委員が他にあつたとすれば、これは全然自分の考えで、スキヤツプのオーダーでも何でもないものを、あるいはまたその係のヘンダーソン槇やあるいはザイビユラ氏からそのことを聞きもしないものを、自分の判断でそれを強行した言葉であると私は判断したいと思います。これは私の意見ですから証言は結構であります。  もう一つお尋ねします。川崎守之助という方を御存じですか。
  406. 野田岩次郎

    野田證人 川崎守之助という人は、川崎定徳会という同族会社がありますが、それに関係しておる川崎ならば、たしか去年の九月以後でございましよう。十月ぐらいに一ぺん委員会に見えたことがあると思います。
  407. 石田一松

    ○石田(一)委員 この川崎守之助という人は、いわゆる第百銀行、川崎銀行の当主であります。その方を御存じですか。
  408. 野田岩次郎

    野田證人 川崎守之助でありましたか、顔と名前とはよく一致して覚えておりませんが、委員会に來られたかもしれません。
  409. 石田一松

    ○石田(一)委員 アメリカにもいらつしやつた方ですが……。
  410. 野田岩次郎

    野田證人 それなら川崎守之助さんでしよう。
  411. 石田一松

    ○石田(一)委員 相当英語が達者です。
  412. 野田岩次郎

    野田證人 その方は今顔を覚えておらぬくらいでございます。
  413. 石田一松

    ○石田(一)委員 この方の顔を覚えていないくらいでは、そんなに親しくお話なさつたことはございませんか。
  414. 野田岩次郎

    野田證人 ありません。
  415. 石田一松

    ○石田(一)委員 元昭和電工通訳をしておりました婦人の方で河野百合子さんという方を御存じですか。
  416. 野田岩次郎

    野田證人 いや存じません。
  417. 石田一松

    ○石田(一)委員 全然御存じありませんか。
  418. 野田岩次郎

    野田證人 全然ありません。
  419. 石田一松

    ○石田(一)委員 ニユーヨークあたりで御存じありませんか。
  420. 野田岩次郎

    野田證人 全然ありません。
  421. 石田一松

    ○石田(一)委員 昭和電工通訳がいたということも御存じありませんか。
  422. 野田岩次郎

    野田證人 存じません。
  423. 石田一松

    ○石田(一)委員 実はこれはあなたに参考までに申し上げておきますが、この川崎守之助という人が、昭和電工の河野百合子という通訳は、スキヤツプのオーダーである。ただちに昭和電工をやめろと言われておる。早くやめないとたいへんなことになる。そう言つておどかされてこの通訳昭和電工を追い出されておる。その後森前社長は一切連合軍に立入りを禁止されたと言われる。しかも自分のいわゆる渉外的な最もよき通訳を失つております。この点などは私は非常に重大な問題だと思つておるのでありますが、あなたが御存じないとおつしやればこれ以上お尋ねいたしません。
  424. 野田岩次郎

    野田證人 全然存じません。
  425. 石田一松

    ○石田(一)委員 そこでもう一つ最後にお伺いしたいことは、あたな先ほど、通訳として現在訓練しておる者もあるが、それがいまだ用が足りないので、ほとんど渉外の面はあなた一人が主としてやつた、こういう御証言でありますが、今通訳として訓練していらつしやるのは幾人ありますか。
  426. 野田岩次郎

    野田證人 通訳專門ではありませんが、やはりほかの委員会の事務と並行して、いわば連絡員ですが、それが現在四、五人おると思います。ほかに今外事課というものを設けまして、そこでは飜訳を担任しております。
  427. 石田一松

    ○石田(一)委員 それで、今訓練していらつしやる通訳の四人の方が、今回の昭和電工日野原後任社長の問題が惹起した当時、この方たちはやはり通訳として訓練しておりましたか。
  428. 野田岩次郎

    野田證人 通訳としてよりも、連絡員として向うにも行つております。
  429. 石田一松

    ○石田(一)委員 その方々がこの後任社長の問題でヘンダーソン氏あるいは……。
  430. 野田岩次郎

    野田證人 その当時でございますか。
  431. 石田一松

    ○石田(一)委員 そうです。
  432. 野田岩次郎

    野田證人 いや当時はありませんでした。
  433. 石田一松

    ○石田(一)委員 そうすると、あなたが先ほどおつしやいました、委員会では通訳を幾人か訓練しておるが、用が足りないのでほとんど私がやつておるというのは、いつからそうなんですか。いつから訓練をなさつたか。
  434. 野田岩次郎

    野田證人 通訳の訓練は、委員会に外事課というものをつくりまして、飜訳する者を入れた。これは記録を見ればわかりますが……。
  435. 石田一松

    ○石田(一)委員 およそでいいですが、それはいつごろですか。
  436. 野田岩次郎

    野田證人 それはおそらく前々年の末か春ころには飜訳官がおつたと思います。それから、飜訳官は、外へ出ませんで、ちよいちよい使い走りをする程度のものはほかの部に二人ばかりおりまして、これを間に合うようにしたいと思つておりました。
  437. 石田一松

    ○石田(一)委員 では、この昭和電工の問題が起きた時当には、持株整理委員会には、渉外関係通訳をする者はあなた以外に一人もなかつたということですね。ほかの者は一切やらなかつた
  438. 野田岩次郎

    野田證人 いやそれは、問題が、とにかく大きな仕事でございますから、ほかのたとえば飜訳外事部長を私がいないときに連れて行つた人があるかもしれません。全然委員会から一人も行かないというようなことは申されないと思いますし……。
  439. 石田一松

    ○石田(一)委員 そうするとあなたのお留守のとき、あなたが他に公の職務を帶びてどつかへ行つておるとき、たとえば笹山委員長あたりがヘンダーソンあるいはその他の人に会わなければならぬときに、通訳をあるいは飜訳課の課長かなんかを連れて行つたという事実を御存じでしようか。
  440. 野田岩次郎

    野田證人 その当時はないと思いますが……。
  441. 石田一松

    ○石田(一)委員 そうするとあなたにひとつお尋ねしたいのでありますが、あなたは持株会社整理委員会常務委員ですね。
  442. 野田岩次郎

    野田證人 はあ。
  443. 石田一松

    ○石田(一)委員 要するにこのわずかな員数の委員で、重要な職責にあつて、この委員会の意思決定のできるあなたは一構成分子です。その一構成分子であるあなたが、何ら他の正規に採用されたる通訳官を使わないで、あなた一人が面会に行つて、この重要な件で話したことがあるとあなたは証言しておる。しかもあなた自身が聞いて來たことが委員会において絶対に信頼されることになつておる。しかもあなたは通訳という職責でもつてこの委員会に職を奉じておるわけではありません。委員として職を奉じておる。委員として職を奉じている人が通訳を連れないで一人で行つて、あなたの意思一つ委員会が全部動くという結果になることをあなたはどうお考えになるか。
  444. 野田岩次郎

    野田證人 それは委員会ができました当時からの事情によると思います。私はアメリカに長くおつて、ある程度英話がしやべれる。それで委員会の職員を連れて参りまするのにも、なかなか英語をしやべるという者が少いものでございますから、私英語がしやべれる関係上ずつと続けて行つて仕事をやつたのでありまして、常務委員通訳仕事にしておるというわけではございません。ただ英話がわかりまする関係上、私がほかの仕事もやつて來たということだけであります。
  445. 石田一松

    ○石田(一)委員 それはよくわかるのですが、あなたにお聞きしたいことは、委員会の意思決定をするところの一構成分子であり、しかも常務委員というような重要な職責にある方が一人で向うに交渉に行つて、しかもあなた一人で聞いたことを委員会に報告をなさる。結局他にその通訳の役をする人がなければ、あなたの報告なさることが委員会に絶対に信頼されて委員会の議事が進められるということになりますと、これはまことに危險だと私は考えます。そこで私はあなたを決して疑おうとするものではありませんが、先ほど申し上げました河野百合子というような通訳がおりますが、非常にこれに関心を持つております。ただ一つ、あなたがお言葉が話せて準備委員会の当時から継続しておやりになつておる。この問題によく似た問題は小松隆という兵器処理委員長の問題であなたと同じ立場に立つた人が今強制收容されております。これはあなたと同じように非常に言葉がわかつて、その人があつせんして委員会をつくつて、兵器処理について相当大きな疑惑を持たれた人です。これなども要するに委員長小松氏が連合軍と通訳を入れないで直接交渉した。こういうところに私は非常な危險性が伏在したのじやないかと考えるのであります。そこであなたに一言聞きたいことは、あなたは常務委員である。しかもその方が、ただ一人で委員会渉外関係通訳仕事、しかもこの昭和電工の問題に関しては、ほとんどほかの者が行かない。全部あなたがおやりになつた。このことについて非常に危險が伏在する、こういうふうに判断するのですが、あなたはこれで正しいとお考えになりますか。それとも通訳というものを別に採用して、それらにやらせることが正しいとお考えになりますか。どちらです。
  446. 野田岩次郎

    野田證人 通訳官がおりましても、おりませんでも、自分が話せますればその職務に忠実であることを目的といたしまして、どんどん運んで行つてかまわない。それで向うに話をしに行きますときに、別に話せる者とか通訳一緒に連れて行くというようなことは重複でありまして、能率上非常に惡いことと思つております。
  447. 石田一松

    ○石田(一)委員 そういう場合にあなたがいらつしやる。あなた一人がいらつしやるときに、通訳として連れて行くのではなくて、委員会のだれかとか、あるいはまた権威のある事務局の方が立会いでそれをお聞きになる。そういうことはめんどうなようですが、一應こうした大きな問題を扱う手続きとしては、公明な後日に疑惑を残さない方法ではないか、こう考えます。
  448. 野田岩次郎

    野田證人 三月二十二日ごろの会話、三月二十六日の会話には笹山委員長と私は常に同席して話をしております。委員長あるいはほかの委員を連れないで私が必ず一人ですべてのことを司令部に言つたということは決してございません。もちろんほかの委員とも行つたこともあります。これは昭電の問題にしましても、昭電の問題以外にしましても、そういうふうな場合にはほかの委員の意思を通じ、向うの意思を通ずるということでありまして、私はできるだけ職務に忠実であることを旨としてやつて來たことをお誓いする次第であります。
  449. 石田一松

    ○石田(一)委員 まことに結構です。そこで最後に私は申し上げたいと思いますが、先ほどの市村氏の証言にもあります通りに、森系を一掃しろというような重要な問題が、そのとき一緒に入つた二人の方が出たときには何ら語られないで、自分が今度第一部長になつた、工場長になつたということがちよつと報告され、帰つて思い出したように日野原氏から森系を一掃しろと言われた、こう言われた。しかもあなたの証言によると、多分その時にヘンダーソン氏が日野原氏に森系を一掃しろと、その二人の前で言つたと記憶するという不確かなことであつて、結局これはわれわれが判断する場合において、ヘンダーソン氏が日野原氏に対して森系を一掃しろという命令をしたかしないかはつきりせぬと判断する以外になくなる。こういう場合においてあなた以外にだれか通訳官がおれば、要するに当事者以外の者がおれば、これが第三者の証言となつて非常に明瞭になつて來るのであります。しかしあなたがこの大きな事件を処理するところの、しかも委員会の常任委員である。しかも通訳をやつておる。二人とも当事者であるので、どちらをお呼びしても、結局第三者のわれわれがあなたの証言を聞き、しかも多分ヘンダーソン氏がそう言つたと記憶するというな不確かな証言をされるならば、私たちは、そう判断せざるを得なくなるという危險が伏在するのであります。
  450. 野田岩次郎

    野田證人 実際問題としましては、その時に、向うにおりました時に、ヘンダーソン氏が來てくれと言つて私を連れて行つたのでありまして、そのときに通訳をさせられたのであります。そのときに私がさらにほかの通訳を連れて入つて行くとか、あるいはほかの人と入つて行くべきだとおつしやいますが、実際において……。
  451. 石田一松

    ○石田(一)委員 その場合の時のことを言うのじやありません。このときにあなたが通訳をした。しかもあなたがその委員会の最も重要な職責のある常任委員である。こういうことでこの際あなたに証言を求めても、結局明確なることまであなたは証言なされておらぬ。こういことから判断すれば、結局第三者的の通訳官というような、しかもこれが祕密を保持するという宣誓の下に接用されて、この処理の問題に対しての渉外を受持つたならば、こうした問題もあるいは一應事前に明確にわれわれが関知することができるような方法があつたのじやないか、こういうふうにも考える、これは私の意見を申し上げただけであります。
  452. 野田岩次郎

    野田證人 その事実の内容はもちろん司令部にも記録はございましようし、それから日野原自身も知つておりましようし、ヘンダーソン自身も記憶しておるかも知れませんし、それを確かめる途はあると思うのであります。私が今日証言いたしましたことは、はつきり記憶しておらないところは、はつきり記憶しておらないと申し上げました。しかし全部忠実に誓つて申し上げたつもりでございます。
  453. 石田一松

    ○石田(一)委員 たいへん私は言いたいことを言つたようですが、ただいま私の意見として申し上げました。あなたにたびたび証言を求めましたけれども、そういう記憶がするということである。しかもその部屋を出た直後、市村氏にこういう重大なことが報告されなかつた。しかも日野原氏が社に帰つて後に市村氏にこういうことを言つた。このことについては、われわれも令靜に判断しなければならぬ。こういうように考える。このことを意見として申し上げただけであります。
  454. 小松勇次

    ○小松委員長代理 市村さん、野田さんの証言とあなたの御記憶、お考え等と食い違う点がありましたならば、この際御証言願いたいと思います。
  455. 市村寅之輔

    市村證人 先ほど申し述べたように思います。それは三月三十一日に、野田さんはそのときに、オーダー・デイレクターという紹介をなさつてくださらなくて、四月三日に日野原君、それからほかに私よりか古い重役二人を連れて行つたとき、そのときに私にだけオーダー・デイレクターと言つて紹介した。それが違うということを申し上げます。
  456. 小松勇次

    ○小松委員長代理 ほかに相違するようなことはございませんか。
  457. 市村寅之輔

    市村證人 ほかに相違する点は別にないと思いますが、それから野田さんは私が前に委員室で野田さんにお目にかかつたように野田さんは言われましたけれども、私初めて会う場合には、大体名刺を差出す習慣をもつておりますので、私そのときには野田さんに名刺を差上げれば大体いただくものでありますが、いただいておりませんし三十一日に野田さんに初めて私としてはお目にかかつたつもりで、名刺を差上げたように記憶しております。
  458. 石田一松

    ○石田(一)委員 ちよつと野田さん、もう一つだけ聞いておきますが、あなたが通訳をなされないで、また通訳を連れないで、笹山委員長が直接にザイビユラ氏またはヘンダーソン氏と会つて笹山委員長だけで先方の係の方と会つて話したということがありますか。
  459. 野田岩次郎

    野田證人 それはないじやないかと思います。私の知つている範囲では……。
  460. 石田一松

    ○石田(一)委員 それは笹山委員長一人ではあまりこみ入つた交渉のことについては、英語の点において、それほど堪能ではないというようなことからですか、それとも事実としてですか。
  461. 野田岩次郎

    野田證人 事実として、事実は私の知つておる範囲ではないと思います。笹山氏は大体聞くことはおわかりになると思いますが、今のお話通りそうこみ入つたことを表現するということは、十分にはできないじやないかと私は考えております。
  462. 小松勇次

    ○小松委員長代理 他にお尋ねすることはありませんか。     〔「なし」と呼ぶ者あり〕
  463. 小松勇次

    ○小松委員長代理 それでは本日はこれにて散会いたします。証人の方長い間御苦労さまでした。     午後七時三十六分散会