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遠藤證人 八月十五日の午前だと
記憶しております。私の部下の課長が
陸軍省からへんな
命令みたいなものをもら
つてまいりました。見ると飛行機を燒却破棄すべしというようなことが書いてある。それで私はこれはけしからん、戰に敗けても、そう卑屈なことをしてはいかん、いやしくも世界の列強を相手にした
日本が、戰に敗けたからというて大國民の襟度を失
つてはいかぬ。そんな
命令は誤りだと思うから、わしは実行できぬというて、ことさら混乱を避けるために、生産を続行すべしという
命令を出しまして、すぐ
陸軍省に行
つて、その
命令を追及したところが、
大臣の
命令ではもちろんない。
大臣はその朝亡くな
つておられる。下僚の出したものらしいということがわかりましたから、
次官以下に注意を喚起いたしまして、帰
つてきて、依然生産を続行すべしという
命令を出しつ放しにして、十五日を過ごしました。それは少し無謀のようでありますけれ
ども、その日
参謀総長を訪ねまして、どういう降伏であるかと聽きました。それは私の生産に
関係があるから聽きましたけれ
ども、もちろんポツダム宣言を受諾したのであるから、表向きは無條降伏だが、決してそうじやない、条件はある。ポツダム宣言の條件が條件であ
つて、われわれはそれに服從するが、
連合軍側もまたそのポツダム宣言を実行する責任がある。だからもしも一方的にポツダム宣言を強要して、彼等がそのポツダム宣言の実行をやらぬならば、排撃するということを明確に言われました。その台所を掌
つているわれわれといたしましては、生産を続行するのが至当である。敵側が
日本に來まして、こういうふうにせよという
指令の出るまでは、やはり生産を続行するのがほんとうであるし、一面
陸軍省の下僚が出したと思われる飛行機を燒却すべしなんて、こういう
命令をすぐ出したりしたならば、非常な混乱状態に陥るおそれがありましたので、それを是正するためには強く反対の方をいう必要があるので、生産を続行すべしという
命令を出しました。それから生産を中止せよというたのは十七日です。十六日に私は一同を集めて訓示いたしまして、激昂し、自暴自棄になりつつあるやつを抑えてから、十七日に初めて生産中止の
命令を出しました。それで私のその当時の考えはありのままを敵側に提供する。敗けた以上は爼上の鯉のごとく大國民たるの態度を持すべきであるという考えのもとに、私はすべてをや
つておりましたので、その当時のことは、今ここで申し上げるのじやない。情報局総裁に頼みまして、
日本全國の新聞にも出してもらいました。そのときの感情をここで言わせていただきますと、空氣がわかると思いますから、
ちよつと読んで見ます。そのときの挨拶文です。「航空
兵器総局が新設せられましてから茲に一年有九ケ月、其の間長官の要職を汚し不敏菲才各位の御期待に副ひ得ず逐に事茲に到りましたことは誠に申訳なく衷心よりお詑び申上ぐる次第であります。
然しながら今日迄に於ける各位の御業績を顧みまするのに極めて困難なる
事情がありましたにも拘らず、開戰当初飛行機の月産
陸海軍を合し僅に五百機程度に過ぎなか
つたものが昨年六月には將に三千機を突破せんとし本年七月激化せる空爆下幾多の被害あり、且急速に疎開を
実施しつつの作業でありましたにも拘らず、尚且千機を越ゆる生産を持続せられたのでありまして、之は全く各位の異常なる御努力の結果であり、其の御功績は違とするに足り、必ずや青史に謳はるものと信じ、茲に謹んで御礼を申上ぐるものであります。殊に職場に敢闘殉職せられました幾多の英霊並びに其の御家族に対しましては心よりなる敬弔の誠を捧ぐるものであります。
然るに、今や其の御努力も水泡に帰し営々辛苦築き上げられました工場も或は壊れ或は燒け幸にして災害より免れたるものも其の大部分は他の平和産業に轉換するの余儀なきに到り、神風手拭を凛々しく鉢巻せられた動員の学徒、挺身の女子、應徴の戰士其の他の從業員
諸君も夫々帰郷又は轉業せられ総局及航空工業会は解散するの運命に立ち到りましたことは誠に感慨無量であります。
然しながら靜かに考へまするのに國軍の形態は時と共に変化するものと思います。皇軍に於きましても
陸海軍の形態は日露戰爭若くは前欧州大戰を契機として一應終末を告げ、今次の大戰は空軍一本で
実施せらるべきものであ
つた様に思われます。而もその空軍さえも何れは骨董品たるの存在になる時が來ないと誰が断言し得るでありませうか。斯く考へて参りますると
軍隊の形は時世の進運に伴い変化すべきは当然でありまして、唯茲に絶対不変であるべきは我國の眞姿即ち國民皆兵の神武其のものであります。
國民の一人々々の胸の中にしつかりと神武=兇器ならざる兵、戈を止める武=を備へましたならば必ずしも形の上の
軍隊はなくとも宜しいものと思われます。古語にも「徳を以て勝つものは栄へ力を以て勝ものは亡ぶ」とあります。」
これを私は言いたか
つたのであります。
「從
つて今回形の上では戰敗の結果敵側から強いられて武装を解除するように見えまして、光輝あるわが
陸海軍が解消し、飛行機の生産も
停止するに至りますことは寔に断腸の思禁じ得ぬのでありまするが、皇國の眞姿と世界の將來とを考えまするとき、天皇陛下の御
命令に依り全世界に魁して形の上の武装を解かれますることは寧ろ吾等凡人の解し得ざる驚畏すべき御先見=神の御告げとさへ拜察せらるるのであります。」ほかにまだありますけれ
ども必要がないからやめます。