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國務大臣(
加藤勘十君)
只今のお説に対しましては、私共も多くの点に同意の点を持
つておるわけでありまして、御
承知の
通り若しあの
敗戦当時に、各
企業に従事しておる
労働者諸君が、今日のような
立場を持
つてお
つたとしますれば、私は
日本経済建直りの上に
違つた姿を今日
示して来ておるのではないかと思うのであります。御
承知の
通り戦争中、
労働者というものは全く従属的な
立場におりまして、集團的にも、個人としても、その人格を主張するような何らの
立場を與えられていなか
つたのであります。完全に
戦争中隷属的な
立場に立たされて参りました
労働者というものが、そのままの形であの
敗戦の給末を見まして、各
産業を通じて
経営の
主体でありました
事業家と申しまするか、
資本家というものは、直ちに昨日までと姿の変
つたことによ
つて、完全にいわゆる
虚脱方針の
状態に立至りまして、将来
日本の
経済がどういう
方向に向
つて進んで行くのか、どうすればいいのか、こういう点について、恐らくあの当時積極的な意見を、若しくは
方策を立てた
事業家、
資本家、
経済者というものはなか
つたと思うのであります。こういう
状態の下に、然らば
一体労働者はどう
なつたかと申しますれば、
戦争中は、中には
自分の
父祖傳来の家業を捨てて、
徴用工として
工場に徴用されてお
つた、それが
敗戦と同時に何らの
手当もなく、そのままぽつと放り出されて
しまつた。これはひとえにその
経営の
主体である
事業家、
資本家が、
自分も戸惑いしておるくらいでありますから、
徴用工のことまで彼れこれ構
つておれないというところから来たことであろうとは存じまするけれども、ともかく中には二週間分の
手当を
貰つた人もありますけれども、中には何らの
手当も貰わないで、そのまま
工場は閉鎖される、
事業は停止される、そうして
徴用工は
工場の外におつぽり出されて
しまつた、途方に暮れておる、こういうような
状態が現
出したことは御
承知の
通りであります。その後、
連合軍が進駐して参りまして、
ポツダム宣言の規定に基いて、
日本民主化の
方策を
示しまして、その
方策を
示した中に、
労働者の
團結権が擁護せられ、そうして
労働者に人間としての最低の
生活が保障せらるるような
方式が選ばれなければ、
日本の
民主化は行われない。こういう点から御
承知の
通り、
日本の
民主化の一
方策として、
労働組合の組織を、
労働組合法を作
つて積極的に進むべきであるという
命令が発しられたこと、御
承知の
通りであります。こうした
日本民主化の基本的な、
連合軍の
方針に基いて
命令が発しられ、その
命令に基いてできた
労働組合法によ
つて労働者は、勿論
労働組合法が正式に法律として確定しまする以前から、即ち十一月にこの
命令が発しられまして、直ちに
組合の組織に著手した
労働者も沢山ありまするが、大体においてこの
労働組合法の制定を持
つて、今日見るように六百万からの組織を見るに至
つたのであります。
戦争中極端に抑えられて、全く個人としても、集團としても、人格を主張することのできない羽目に追い込まれて、而も終戦と同時にその混乱の巷に放り出されて、途方に暮れた
労働者が、團結の権利を法律によ
つて與えられました結果として、私は
労働組合の動きの上に、
戦争中の反撥現象として、
戦争中の抑圧に対する反動が現われて来たということは、これは私は、事実はそれが好ましいことであるとか、好ましいことでないとかは別問題としまして、この事実を御承認願いたいと思うのであります。そうしてこれは、そういう
戦争中に余りにも極端に抑圧された反撥現象としてのじたいでありまするからして、順次
労働組合が
労働組合として正常な発展を遂げるに至りまして、この一時的な反動現象はここに行き過ぎがあ
つたとすれば、多少の行き過ぎがあ
つたことは、これ亦否定することのできない事実でありますけれども、その行き過ぎであると思われる点は、私は
労働組合の正常なる発展を迫ることによ
つて当然是正せられ、冷静に帰
つて来る、こういうように見るのであります。私はこういう点から
労働者が、その後新らしい憲法が制定されまして、新らしい憲法によ
つて基本的な権利が認められ、同時に勤労者としての勤労の権利と義務が規定せられ、更に人間としての最低
生活を保障せらるるという
國民一般の、この規定に基きまして
労働者の團体運動というものが発展して参
つたわけであります。こういうような事情でありまするから、今お説のような一部的現象はありましたにしましても、私はそれが
労働組合の常時の在り方ではなくして、
労働組合の平常の在り方としましては、飽くまでも労働條件の維持改善を旨とし、そうして基本的には、憲法によ
つて保障されたる
生活の最低のものをみずからの力によ
つて保障せしめよう、この
立場が
労働組合の
立場であります。
従つて労働組合員と雖も、
労働者と雖も、当然
敗戦國家の
國民の一人であります。誰も今日の、先程お
示しになりました、一旦破産
状態に陥
つた日本の國を建て直すということのために熱意を持たないわけでは毛頭ないのであります。ただ
戦争中の反動現象として、今申しましたように若干又行き過ぎの現象があ
つたにしましても、それはやがて平静に帰ることによ
つて、順次
労働組合は
労働組合としての正しい途を迫ることになると同時に、私は今申しましたように、
日本経済再建への熱意はそれと反比例的に当然来べきものであるし、又今日どの
労働組合と雖も、
日本経済の
再建を唱えないものは
一つもないのであります。そうして私個人としては社会主義の思想を持ち、社会主義
経済が行われなければならんという主張を持
つておるものでありますけれども、今おつしや
つたような破産
状態にある
日本経済の
再建過程においては、直ちにこの客観的條件の下において社会主義政策が行えるものではない。当然将来社会主義的
方向に発展して行くように努めたいという考は勿論ありまするけれども、今直ちにこれが社会主義政策が行われるものだという
考え方は持
つていないのです。それよりも我々に與えられた最大の前提は、
日本経済の
再建である、
日本経済の
再建のためにこそ全部のものが力を合せて行かなければならん。こういう
考えを持
つておりまするから、
従つて私の
労働組合に対する
考え方も、
労働組合の
個々の仲間同士が話し合
つておる
事柄につきましても、私はこの考の上に立
つて進んでおるわけであります。従いまして
労働者が全体として、
日本経済再建えの熱意を沸き立たしめるように進めて行きたい、これは私の切なる願望であります。ただ口だけでそれだけのことを言うても、それだけでは熱意は本当に沸いて来ない。熱意を沸かしめるためには、先ずこれらの人々の
生活が、この苦しい中においてもともかくも耐えて行き得るだけに保障されなければならんということ、
労働者に諸々の精神上の不安、或いは不安定の感じを與えないようにするということが、是非とも取られなければならないと思うのであります。この点からいわゆる最低
生活の保障ということが憲法によ
つても謳われておりまするが、これを具体化するというと、いわゆる人間の
生活に必要な最低カロリーと最低蛋白量を基準として最低賃金制というものが生まれて来るわけであります。理論的には成る程とそれは筋が立
つておる理論と思いまするけれども、
日本の今日の破産した
状態の下における、若くは破綻せんとするこのインフレーションの下において、而も
物資が乏しい
段階におきまして、そういう十分な
生活を保障するだけの
物資はないのであります。
従つて私はそこには無理な点がありましても、我慢し得られる
程度で我慢をして頂く、こういうことを
労働者諸君にも話し、絶えず仲間同士でも話をしておるわけであります。同時に又
労働者諸君をして本当に熱意を沸き立たしめようとするならば、一遍
労働者に與えられた、
労働者としての、人間としての、
日本國民としての権利を再びこれを抑制し、
労働者をして又しても
戦争中のように抑圧されるのではないかというような不安な感じを抱くような諸々の
事柄が発生しない、こういう点において
労働者諸君は安心してお
つて差支ないという
事態が明らかに看取されまするならば、私はその点からでも
生産復興の熱意は高ま
つて来るように思いますので、私はその意図に基きまして、私の主張を持
つておる次第であります。