○伊藤修君
只今議題となりましたところの人身保護
法案につきまして、
委員会の
審議の
経過並びに結果について御
報告申上げます。
御承知の
通り新憲法におきましては、基本的人権につきましてこれを尊重し、保護することは皆様の御承知の
通りであります。殊に第十一條、第十
二條、第十三條、第三十三條、第三十四條と、かくのごとく数個の明文を置きまして、人身の自由、身体の自由ということにつきまして、非常に重要なる
規定を明らかにしているのであります。新憲法がかくのごとく身体の自由につきまして、基本的人権の中でも、取分けこの点を重要視していることは、この憲法が
如何にこの点に対しまして強く主張し、強くこれを
國民に要請しているかということを明らかにしているといわなければならんと思います。かような新憲法下におきまして、これらの身体の自由に関するところの附属法規として、未だ我が國にこれが公布されておらない
状態である。少くとも憲法の重要なるところの附属法規として、
政府は逸早くこれが提案をしなくてはならんと信ずるのでありますが、第一國会以来今日に至るまで、未だこの挙に出でられなかつたことを誠に遺憾とする者であります。我々は立法機関といたしまして、かような憲法が特に数ケ條の
規定を置いて重要なるものとして掲げているこの附属法規を、
國民の名において國会みずから提案することが、誠に私はこの
法案自体の性質から申しましてもふさわしいと
考えた次第でありまして、ここに本
法案を当院に提案いたした次第であります。
思うに明治憲法におきましても、御承知の
通り人の身体、名誉、自由はすべて
法律の
規定によらなければこれを侵さるることがないという明文が置かれてお
つたのでありますが、これを裏附けるところの
法律はなか
つたのであります。故に行政執行法であるとか、或いは治安維持法であるとか、警察犯
処罰令であるとか乃至はその他の行政法規によりまして、幾多の
人権蹂躙というものが繰返されておつたことは皆様よく十分御了承のことと存ずる次第であります。これは当時におきまして折角憲法に明文を置きましても、これを裏附けるところの法規がなかつたためにかような結果を招來したのであります。又現在の新憲法におきましても、やはりそれと同様に折角憲法の
條文の上におきまして、数カ條の身体の自由に関する明文を置いてあると雖も、これを裏附けるところの法規は未だ存在しない。故に若し現に我々が自由を束縛され、自由を奪われた場合におきまして、これを救済する方法といたしましては、國家賠償法或いは刑事補償法、又は逮捕監禁に対するところの刑事訴追、
民法七百十條によるところの損害賠償、この四つの方法よりないのであります。併しながらこれらの
法律は、いずれも事後におけるところの本人の自由拘束によるところの精神的満足、物質的の救済、かような点にありまして、事後の救済であ
つて現に侵されておるところの自由を直ちにこれを救済するという法規ではないのであります。故に憲法がかくのごとく
國民の自由を保障する以上は、我々が原に奪われているところの自由を直ちにこれを救済する、こういう
法律を必要とすることは、憲法第三十四條の後段に、正当なる
理由なくして我々は拘束されない、而して何人もその拘束を受けた場合におきましては、弁護人の立会うところの公開の法廷において拘束の
理由を明示されなくてはならんという権利があるということを明らかにしておるのです。かような趣旨から申しましても、我々はこの憲法の趣旨に副うところの、即ち裏附けをするところの附属法規を必要とするゆえんのことを十分認識しなくてはならんと思うのです。かような趣旨からいたしまして本
法案を提案いたした次第であります。
本
法案の立法の体制は、即ち只今申上げましたところの憲法第三十四條後段の、
法律上正当の
理由なくしてと、こういうことを基本にいたしまして、ただこの表現が今日の
法律解釈の上におきましては、
理由ということが恰かも有罪無罪を争うというふうに誤解を生ずる虞れがある。これは將來の運用の上に大きな支障をもたらすと、こう
考えた次第であ
つて、憲法三十一條におけるところの「
手続」という文字をここに援用いたしまして、
法律上正当の
手続を経ないで人の拘束された場合におきましては、直ちにこれが自由解放の請求ができるということを明らかにした次第であります。而してこの要求するところの権利者は何人でもこれをなし得るといたした点に、大きな重要な点を見出すのであります。これは拘束された者は、その身体の拘束から免れるのに、みずからその権限を行使する場合もあり得るかも存じませんが、多くの場合はさような行動に出られない場合が多いのであります。例えば監獄部屋に打ち込まれ、或いは人身賣買によりまして海外に送られ、乃至は娼婦といたしましてその自由を奪われる、若しくは政党の争いにおいてその主宰者たる人が反対党の拘束を受けるとか、労働争議によ
つて或い一部の人がその拘束を受けるとかいうように、いろいろの場合を想像いたしましても、等しくその拘束を受けた人が直ちに自分が救済を求めるということは多くはできないのであります。故にかような場合におきましては、憲法の基本的人権擁護は
國民の
義務としてこれを常に努力しなくてはならん、かような趣旨からいたしまして、
國民全体が、即ち何人もさような事実を発見した場合におきましては、直ちにこれを救済を求め得るということにいたした次第であります。而してこの救済を求めるところのの管轄
裁判所は地方
裁判所並びに高等
裁判所といたした次第であります。請
外國の
立法例からいたしますれば、
最高裁判所を以て誠に適当であると
考えられるのでありますが、日本の実情からいたしまして、且つ又現に奪われておるところの身体の自由を速かに救済するというならば、これを廣く管轄を認めることが実際に適應すると
考えられまして、ここに日本におきましては地方
裁判所及び高等
裁判所をその管轄といたした次第であります。而してこれが申請は口頭又は書面を以て、拘束されておる者の氏名、拘束の場所、拘束の事由、そういうことを申出ればよいということにいたした次第であります。
手続といたしましては非常に
簡單にいたした次第であります。併しながらこの場合におきまして濫訴の虞れがある、当然
法律上その拘束を正しいものとしなくてはならん場合でも、殊更にこれが救済を求めるという手段に出まして、本來の事件の延引を図るということに悪用される虞れがあるのでありまして、これを阻止する意味におきまして、制限する意味におきまして、疏明資料の足らん場合或いは事由の欠闕しておる場合におきましてはこれを却下することができる。又第二段といたしましては、
準備調査をいたしまして、その場合において明らかに事実がない、さような不当拘束がないという場合におきましては、これ亦決定を以て却下し得る、かようにいたしまして、いわゆる
本法の濫用を防ぐ趣旨を明らかにしておるのであります。併しながら第一段の疏明資料或いは要件の決闕を以て却下されました場合におきましては、いわゆる一事不再理の原則は適用されずいたしまして、幾度でもこれが補正をいたしまして、救済を求め得られることは、法の解釈上当然のことであると信ずる次第であります。又審問期日は速かにこれを開かなくてはならんという
規定にいたしまして、而してその期間は一週間以内にこれを開く、その場合におきましては拘束者、被拘束者、弁護人及び逮捕の
命令を発したところの檢察官、
裁判官を立会わしめまして、これが審問期日において公開の法廷において
判決を以て言渡すことにいたした次第であります。
判決の言渡しは釈放をするという
判決の言渡しが若しあつた場合におきましては、これは直ちにその効力を生ずる、
從來の日本の
判決効力は確定を以てその効力を生ずるのでありますけれども、この場合におきましては苟くも身体の自由を拘束するという事実を不当とする
判決である以上、その本來の趣旨からいたしまして、その
判決は確定を俟たずして直ちに実行力を生ずることにいたした次第であります。即ち
判決の言渡しと同時に、釈放ということの
法律効果を生ずることにいたしたのであります。その
判決に対しましては、両方とも即ち拘束者も被拘束者も共に上訴し得るという途を拓いた次第であります。又かように
審理を進めておる上におきまして、たまたま一つの事犯が長くかかるような場合も想像し得るのでありますから、さような場合におきましては
裁判所はその拘束者を仮に釈放するという
手続の
規定を置いた次第であります。これは仮釈放でありますから、
判決の結果再び拘束が正しいという場合におきましては、勾引をいたしまして拘束者に引渡す、さような便宜の
規定も置いた次第であります。又この
法律の性質上、地方の大きな政治力、大きな團体力、そういうものによ
つて身体の自由が拘束されておるような場合が想像せられるのであります。さような場合におきましては、地方
裁判所においてこれを管轄
審理するということは、不適当な場合もあり得るのであります。故に
最高裁判所は凡そその事犯が請求せられた場合におきましては、常に
最高裁判所に通知の
義務を求め、而して
最高裁判所はその事犯の進行
状態を常に監督し得る
立場に置いておる次第であります。從
つて最高裁判所は事犯の
如何なる
程度にありましても、その事犯を地方
裁判所から取
つて以てみずから判断し、
判決することができるというような
規定を設けまして、さような大きな勢力であるとか、或いは政治的の勢力というものが
本案の事犯進行についての阻害を來すような場合におけるところの救済
規定をも設けた次第であります。尚
本法におきましては、
本法の立案の
建前といたしまして、基本的な
規定を
本法に定めまして、
手続に関するところの
規定はすべて
最高裁判所のルール制定権に譲るという趣旨を以ちまして、この
規定を明らかにいたした次第であります。これは、ルール制定権の本來の性質は、いわゆる人の権利
義務を包含せざるところの單なる
手続規定のみに限られておると我々は解釈するのでありますが、この
法律案におきましては、それ以上の制定を必要とする事項をも多分に含まれておるのでありますから、ここに明らかに
最高裁判所にその規則を制定するところの委任の法規を明らかに定めた次第であります。
かようにいたしまして、本
法律案を
委員会において
審議を続けて参つた次第でありますが、先程も申したごとく、最初立案の当時におきましては、この
法律の大体の骨子をここに定めまして、いわゆる基本的なものを定めまして、詳細なる
手続規定はすべてルールに譲るという
建前を取
つて來ましたものでありますから、この
法律を一見いたしまして、いろいろ疑義を生ずるのであります。かような点に対しまして
最高裁判所、或いは檢察廰、法務廰、
委員諸氏、その他学界からのいろいろな
意見がありましたのでありまして、それを
委員会において十分審査いたしました結果、これは少なくとも疑義のあるような
部分に対しましては、
本法に取入れまして、成るべく疑義を少くする。而して單なる
手続規定というもののみをルールに讓る方が、
法律の体裁からいたしましても、
國民が親しくこの
法律を利用する上においても親切であると言わなくてはならん、かような趣旨からいたしまし、大部に亘りまして、そういうような
手続に関する
規定を
修正いたしまして、
本法に加えることといたした次第であります。故に
修正個所は非常に沢山でありまして、お手許に配付されておりますがごとき
修正案を作成いたしまして、
委員会においてこの
修正案通り決定いたした次第であります。
特に
修正案について一言附加いたして置きたいことは、この
修正案の他に、第一條にこの
法律の
目的を明らかにした次第であります。かような新らしい重大な法規におきましては、
法律の趣旨を前文、若しくは第一條にこれを明らかにすることが最も
法律に
國民が親しみ易いようになるであらうと、かように
考えまして、
修正案といたしまして、第一條に新たにかような趣旨を設けた次第であります。「この
法律は、基本的人権を保障する
日本國憲法の精神に従い、
國民をして、現に、不当に奪われている人身の自由を、司法
裁判により、迅速、且つ、容易に回復せしめることを
目的とする。」さように第一條を改めまして、
從來の原案の第一條以下を順次繰下げて参つた次第であります。
かようにいたしまして
委員会におきましては、先程申上げましたごとく
修正案は
修正案通り全会一致を以て可決いたしました。その余の原案につきましては
全会一致を以てこれを可決いたした次第であります。以上を以ちまして
本案に対する御
報告を申上げる次第であります。(
拍手)