運営者 Bitlet 姉妹サービス
使い方 FAQ このサイトについて | login

1948-08-03 第2回国会 参議院 司法委員会資格審査不実記載に関する小委員会 閉会後第2号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十三年八月三日(火曜日)    午前十一時五分開会   —————————————   本日の会議に付した事件資格審査表不実記載に関する調査の  件   —————————————
  2. 伊藤修

    委員長伊藤修君) (伊藤修君) それではこれより資格審査表不実記載に関する小委員会を開会いたします。証人の方に本日御出頭願いましたのは、今お聞きのような事件につきまして裁判所裁判の運行について少し取調べる点がありますから、その参考に御出頭願つたわけです。御証言を願う前に宣誓をお願いいたしたいと思います。
  3. 河野一郎

    証人河野一郎君) 不実記載……誰の不実記載ですか。
  4. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 全國のですね。
  5. 河野一郎

    証人河野一郎君) 全國の不実記載について私の証言を要求する、こういうわけですか。
  6. 伊藤修

    委員長伊藤修君) そういうわけです。勿論あなたの関連の分もお聞きするかも知れませんが、あなたの関連事項についても御参考にお伺いするかも分りません。
  7. 河野一郎

    証人河野一郎君) ちよつとと速記を止めて頂いて懇談をいたしたい。
  8. 伊藤修

    委員長伊藤修君) ちよつと速記を止めて……    午前十一時七分速記中止    ——————————    午前十一時二十一分速記開始
  9. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 速記を始めて。それでは御朗読願います。    〔総員起立証人は次のように宣誓を行なつた〕    宣誓書  良心に從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。    証人       前野與曾吉    証人       河野 一郎
  10. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 河野さんからお尋ねしますから、前野さんあちらへどうぞ。  ではお尋ねいたします。あなたの資格審査表について何か事件が起つたことがありますか。
  11. 河野一郎

    証人河野一郎君) 事件と申しますと刑事事件ですか。
  12. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 勿論ですな。
  13. 河野一郎

    証人河野一郎君) ありません。
  14. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 資格審査について何か問題が起つたことがありませんか。
  15. 河野一郎

    証人河野一郎君) 資格審査表それ自体について問題の起つたことはありません。
  16. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 最高裁判所から資格審査不実記載事件としてあなたの名前が載つているのでありますが、そのような事件は起つたことはないですか。
  17. 河野一郎

    証人河野一郎君) 今申上げた通り刑事事件並びに資格審査委員会についても記載洩れとかいうようなことで一度も問合せ、取調は勿論のこと、再調査等を受けた事実は絶対ありません。
  18. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 現にあなたに何か御関係のことで事件が起つているようにお聞きしますが、それはどういうことですか。
  19. 河野一郎

    証人河野一郎君) それは政治活動に関する政令違反事件、それから、衆議院不当財産取引委員会における僞証事件、この二つ事件を今裁判中であります。
  20. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 政令違反の方を簡單にちよつと概略を申して頂きたい。
  21. 河野一郎

    証人河野一郎君) 政令違反の方は昨年の選挙の際に、当時の自由党公認候補者に対して自由党應援者の某氏から政治資金を贈呈したのです。たまたまその自由党公認候補者が私の友人が多数おつたものでありますから、それらに対して言付けをして欲しい、援助をしたいからという申出がありましたので、その候補者が私のところへ挨拶に見えた際に、その言付けを傳えたということが政治活動だという疑があるということで、今勾留中、こういうことであります。
  22. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 次の僞証事件の方は。
  23. 河野一郎

    証人河野一郎君) 僞証事件の方は、只今の資金を贈呈することについて不当財産委員会についてその事実の有無について、事実があつたことをなかつたとしたことについて僞証だというので、その指示を受けている。
  24. 伊藤修

    委員長伊藤修君) その他には何ら事件は起つておりませんか。
  25. 河野一郎

    証人河野一郎君) それ以外に実は檢事局、若しくは警察において取調べられたことは一度もありません。資格審査委員会によつて調査、若しくは問合せ等を受けたことは一度もありません。
  26. 伊藤修

    委員長伊藤修君) あなたのパージ関係の基礎はどういう事項についてパージになりましたか。
  27. 河野一郎

    証人河野一郎君) パージになりましたことは、ちよつと二、三分間を拜借しますが、詳細に申上げた方が誤解がないと思いますが、一昨年の六月、当時の内閣書記官長から、私が昭和十五年でありましたか、確か十五年と記憶しますが、二月の某日衆議院予算総会においてなしたる質問中に誤解を招く用語がある。その用語について資格審査委員会の方に申出があつた、それについて再調査をするということになつたから、それについての弁明書を提出して呉れということが内閣書記官長からうつたのであります。この質問昭和十五年、時の内閣米内光政大將の当時でありまして、米内氏並びに当時の外務大臣有田次郎氏等と懇談の上で、どうも外交が不活溌で陸軍が先に立つてどんどん戰爭を進めておるからもう少し日米外交を活溌にしなければならん。それには輿論を喚起したい、こういう内閣の方から話がありまして、それは大変結構なことである。自分も望むことであるから、自分から一つその意見内閣質問しよう。そして内閣はこれに向つて内閣の意のあるところを発表したらよかろう。こういうふうに内閣懇談の上でやつた質問でありますので、それについて疑義があるというのですから、私は直ちに米内氏を訪問いたしまして、あのことについて自分資格について疑義があるということであるから、当時の事情を闡明して、君から君の意見書資格審査委員会に出して呉れと申したところ、米内氏は快諾しまして当時の事情を詳細に資格審査委員会に提出されました。その他、私からもいろいろの資料を整えて資格審査委員会に出しました。これも当時の内閣の官房から聞いたことでありますが、私はその問題以外は何もなかつたので、この問題は満場一致疑義なしということで可決されました。それに附加えて他に秘密の出版があるとか、その質問をどうとかしたパンフレットがあるというような話、これは内閣で調べたところが、そういうパンフレットが入手できないから、それについての審議ができないから、それの決定を留保したということを吉田内閣の当時の係の人から報告を受けております。それで問題は済んだが、ところがその後関係方面の方から資格が全部決定していない人は登院を遠慮したらよろしい、こういう命令が來たものですから、そこで私は世間に疑惑を持たれ、自由党最高責任者として資格疑義がある者がおることは良くないという自分流の見解から幹事長を辞任し、代議士を止めました。これは六月であります。ところがその後何らの通知に接しなかつた。ところが八月の終になりまして内閣の方から関係方面から君の追放令が來た、それは勿論英文だからそのまま君に原文のまま、送達しよう。飜訳すると却つて疑義を起すからと云つて送達して來た、私は如何ようにも御自由になさいと云つて追放令を八月の終に頂載した、それを飜訳して見ますと、今申上げる通り昭和十五年だつたと記憶しますが、二月の何日かに私が衆議院予算委員会においてなしたる質問が……質問中に不適当な用語がある、こういう各箇所を数箇所挙げて、こういう用語を用いる者は、これを総合してG項該当者として決定するということでありました。でまあ、私も止むを得ませんからそれを頂戴して、その後訴願委員会に向つて、およそ政府の我々に要求しておる資格申請書は……資格公開の席においてなしたる演説若しくは頒布したる文書、これが要素になるべきはずである。然るに自分発言衆議院予算委員会であつて、これは公開ではない、非公開の場所における自分発言である、同時に質問である。僕のは演説ではない。質問は相手方の意思を誘導するために出すところの発言である。本人の意想とそぐはない場合もあるということを認めて貰わないと困る。この二つの事実からして、僕はパージ決定を受けることは不満足である。その他いろいろな資料を揃えてありますが、主たる意味をそこに置いて訴願申請書を出した。ところが政府の方から先程申上げて通りに、そういうことは駄目だ、どこでなした発言であつても、どういう場合になしたることであつてもいかん。こういうことは私としては現在尚非常に不本意であります。非常に片手落ちであるということは考えておりますけれども、時局柄そういうことを言うべきじやない。私自身少くとも戰爭中、若くは戰爭前に、今日言われておるごとき軍國主義的の思想は全然持つたことはない。終始一貫二十年の政治生活において、私は自由主義者として闘つて來た。これは俯仰天地に恥じない私の信念であります。にも拘わらずそういう決定を受けたことも、これ又止むを得ないと自分考えておりますが、そういうことであつて、それを記載するときに、無理に落すとか落さんとかいうことは全然ない。これは衆議院若しくは貴族院においてなしたる秘密会発言を記載したという人は、恐らく私は何人もない。私だけじやない。誰も書いた人は恐らく一人もない。書かんでよろしいということであつたのでありますから、書いた人は絶対にないと私確信しております。私も書かなかつた一人でありますが、そういう事情であります。
  28. 伊藤修

    委員長伊藤修君) すると、それを資格審査表にお書きにならんということについて、檢事の取調べとか、或いは裁判所取調べとかいうことをお受けになつたことはありませんのですね。
  29. 河野一郎

    証人河野一郎君) ありません。未だ曾つてそういうことが、それを書かなかつたことが問題になる云々ということは、そういうことを聞かれたということは初めてであります。これをするならば、曾つての貴衆両院議員全部ここにお呼び出しになつて、お調べにならなければならんと思うのであります。
  30. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 分りました。委員会としては、それを良い、惡いということを申上げるのでなくして、そういう事案があつた場合に、それに対する裁判所がその事案に対する処理方法が……
  31. 河野一郎

    証人河野一郎君) それは恐らく裁判所がいかんというならば、曾つての貴衆両院議員全部いかんという……全部資格審査表不実記載でやらなければならないと思います。書いた人は恐らくないと思います。書かんでよろしいと言つたのですから。
  32. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 或いはそれが本当の……あなたのいはゆる思想なり、お考えは、現在尚やはり自由思想としておいでになるわけですね。
  33. 河野一郎

    証人河野一郎君) 私はもうここに松村さんも長年の私の先輩として尊敬しておるお方ですが、これは私凡そ二十数年來の先輩ですが、松村さんも隨分頑固な私と似たような人ですが、その思想において、私はいつでも戰爭中でも常に憲兵の尾行を受けておつたし、反軍思想といわれておつた。私は決して反軍という考えは持つておりませんけれども、飽くまでも恐らく日本で今度の戰爭に反対して、直接行動に移した者の中で、私が一番活溌に動いたろうと私としては思つております。そのくらいであります。戰爭の不可なる所以も私として強調しておることであつて、まあ思想的に申せば、今日も絶対に自由主義者である。戰爭中もその自由主義を変えたことはないということであります。むしろこういう機会にこういうことを申上げるのはどうかと思いますけれども、我々が、自分がその被害者の一人である者が、こういうことを発言するのはどうかと思いますが、公正なるべき参衆両院の今の資格審査の……最近往々世間において耳にするような、非常に何と申しますか、不満の意を表する声が非常に強いということ等については、何らかの適当の機会において一つ採上げて頂いたら大変結構じやないか、当事者にその発言をなすことは問題でありますから、そうでない人からそういうことが公正に運用されるようにお採上げになつて然るべきじやないかということを甚だ席を得ませんかも知ませんが……
  34. 伊藤修

    委員長伊藤修君) まあ我々としましてもこの事案を審議する過程におきまして二、三の人からそういうような御意見も伺つておりますから、或いは適当な機会においてそういうことを示唆して行きたいと思つております。又関係方面にもそのことは十分傳えるという考えは持つております。
  35. 河野一郎

    証人河野一郎君) 尚こういうことがあります。一つ落しましたが、本年の一月の二十何日かに、日も忘れましたが、内閣資格審査委員会から事務局長の名において、連合國の命により資格申請書二通を至急提出相成りたしという文書が私に参りました。それから私は直ちに資格申請書を二通作成して、そうしてその資格申請書のときには前回出したと勿論同樣のものでありますが、別にこれは記載する必要のないことでございますが、パージになつたのはこういうことでパージになつております、併しこれは記載する必要のないことでありますから記載いたしません、参考資料として附け添えますということで、内閣の方に提出した。内閣は直ちにこれを関係方面に送達して呉れたということを関係方面の方から聞いておりました。で、関係方面は然るべくこれを取扱つて呉れておるものと、現在確信しております。
  36. 伊藤修

    委員長伊藤修君) この際誤解のないように申上げておきますが、当委員会としてはそういう問題の起訴、不起訴ということについて取調ベをしているのではありません。その点は誤解のないようにお願いいたします。
  37. 河野一郎

    証人河野一郎君) ただ先程も申上げました通り、そういう誤解はいたしませんが、決定されましたことが、ここへ出頭を求められて、本人意見を聞いた上で、外部に洩れるとすればそのときに洩れるように、又洩れることは今日の時代でありますから仕方がない。ただ洩れるにしても正しく洩れるようにして貰いたい。そうでないと非常に迷惑しますから、又君資格審査にやられるのかと、方々でそういうことを言われて、非常に迷惑している。たまたまその後新聞で、暫らく経つてラジオで私聞いた。私は恐らく何か外かの私の先輩の者でそういう者がありますから、それについての証言を求められるものと、私は書類を受取つたときに思つたのであります。ところが外部の人に、いろいろ見舞のようなことを言われるのを聞くと、どうも自分のことらしいと思つてつたら、ラジオを聞いたら自分のことだ。だから非常に憤慨したのですが、ところがこれは怒つたつて怒りどころがありませんから、ここへ出て來て委員長に承わつて話をしようと思つたのです。これは当時者としては勿論ですが、今後のことについて十分御留意願うように、もう私は済んだのですが、外かにもそういうふうに迷惑する人があると思いますから、その点非常にお気の毒と思いますから……
  38. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 勿論当委員会としては事前に発表するというようなことはありませんし、内容は又勿論お聞きしなければ分らんものであつて、当委員会の発表は委員会決定があつて後発表するわけですから……
  39. 河野一郎

    証人河野一郎君) 議長とか、事務総長が発表するのですか。
  40. 伊藤修

    委員長伊藤修君) とにかく議長におきましても、私の方から調査報告書が出ない以上は発表しない筈ですがね。
  41. 河野一郎

    証人河野一郎君) 呼出の書類が出て……、新聞に出ましたのはそれが出る前ですよ。私が書類を頂戴して、三日に出頭せよという書類を頂戴する前に新聞には出ておる、その新聞には恰も記載洩れがあるというような新聞の記事が出ておる。それはおかしいなと思つてつたら、それから書類を頂戴した。それから暫らく経つたラジオで放送した。ラジオの放送は新聞と同じものにしましても、新聞に出ることはとにかく事務総長新聞に洩らすのか。洩らすのもいいでしよう。ただ正しく新聞に出るのならこれは一向差支えない。私も永年新聞記者をしましたから……。ただ誤解されることは困る。
  42. 伊藤修

    委員長伊藤修君) その事務次長総長内容を知る筈がないと思います。委員会報告がないことですから、そういう事情でどこかの手落ちの間違いでしようから、その点は御了承願いたいと思います。お忙がしいところ失礼しました。    〔証人前野與曾吉君着席
  43. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 前野與曾吉さんですか。
  44. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) はい。
  45. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 現在旭川市長をやつておられますか。
  46. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) はい。
  47. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 項目的にお尋ねいたしますが、あなたの追放公職就職当時より現在に至るまでのあなた及びあなたの関係者公的活動状況はどうであつたか、殊にその軍國主義的、超國家主義傾向に関して詳述をお願いしたいと思うのですが。
  48. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 私は職業は木材業であります。政治運動は極く一番初めは社会運動から始めまして、初期の労農党員であつたこともあります。それから大正の終りに始めて普通選挙が布かれましたときに、旭川市会議員に出まして、政党民政党に変えたわけであります。それは選挙した應援者関係からそうなつたのであります。爾來一貫してその政党をずつと今尚續けておりましたが、今度の市長選挙に際しましては離党いたしまして、今は無党籍であります。政治活動としては、その外に道会議員を十一ケ年かいたしました。何れも最初当選して以來一度も落選しないで二十数年間継続しておつたのであります。併し党籍民政党にありましたが、市会では社会党の人と共同戰線を張りまして、進歩的な自由主義民主主義の尖端を行つてつたつもりでおります。從つて私は市会道会を通じて社会事業方面に非常に力を入れまして、私共が主唱したことによつて新しく社会事業が相当に拡充されたということを信じております。我々の同志先輩も概ねその線に沿つた人たちであります。
  49. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 追放公職に在職なさつたことはあるのですか。
  50. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) ありません。
  51. 伊藤修

    委員長伊藤修君) そうするとあなたの現在までにおける公職というのは……
  52. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 先程申しました市会議員五期連続、道会議員二期でありますが、戰時中でありましたから、いずれも普通の四年よりは延びております。その外それに附隨した各種の委員がありますが、公職としては外にないのであります。
  53. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 大政翼賛会北海道支部協力会議員支部参與員、各一年歴任されましたか。
  54. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) いたしました。
  55. 伊藤修

    委員長伊藤修君) その外に公職はないのですね。
  56. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 翼賛会はそれだけであります。
  57. 伊藤修

    委員長伊藤修君) いや、その他に公職のお就きになつたことはないですか。
  58. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 公職に就いたことはないように思いますが。
  59. 伊藤修

    委員長伊藤修君) で、現在は市長だけですか。
  60. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 現在市長だけであります。
  61. 伊藤修

    委員長伊藤修君) あなたの戰爭中におけるとことろいわゆるお考え思想関係ですね。
  62. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 戰爭の始まりますまでは、満洲事変以來軍部の行過ぎを非常に非難をしました。茅原華山という人と積極的に動いたことがあります。それで茅原華山旭川に連れて行きまして、軍部の誤つて行動は民衆を誤るものであるという立場演説会をしようとしたけれども、憲兵隊から非常な注意人物となつて演説会ができないので、二、三ヶ所座談会を開きました。それも尚咎められて華山は遂に監視を受け、而も注意人物となつて爾來その方面運動を諦めておりましたが、太平洋戰爭になつてからは最早我々の力では及ばん、止むを得ない、良かれ惡しかれ我が國だから一旦戰爭状態に入つた以上は勝たなければならないというので、戰爭に協力する気持になつたわけであります。
  63. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 現在におけるところのお考えですね。
  64. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) それは満洲事変始まつた当時と同じように、実に誤つた指導をして取返してつかない一大失策をした。この上は飽くまでも文化、特に私は最近自分の信仰の上から人類愛平和運動によつて世界に愛される民族として再生しなければならない。日本人存在世界にプラスする存在となるように、ただそこに咎めを受けないというのではなくして、愛の運動を拡大して行こうということについてそれらの運動を今しております。それが始めからの考えであり、自分考えが誤りでなかつたと信じておりまして、今後もこの運動を進めて行くつもりであります。
  65. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 戰爭中におけるところのあなたの御交際になつているところのいわゆる名士の方の主だつた人は。
  66. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 思想的に一番深かつたの茅原華山であります。その外知つている程度ならば中央、地方政治家級は大抵知つている程度であるが。
  67. 伊藤修

    委員長伊藤修君) あなたの政治活動若しくは思想運動について後援をなさつている人ですね。
  68. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) それは例えば現在の道会議長坂東秀太郎、或いは田中信夫などという人もおります。それから代議士の中には、重井鹿次、それから永井勝次郎岡田春夫です。
  69. 伊藤修

    委員長伊藤修君) あなたの後援團体は。
  70. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 後援團体というものはありません。政党人としての政治的な後援は受けましたが、その外には個人的な後援はありません。
  71. 伊藤修

    委員長伊藤修君) あなたの指導團体は。
  72. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) それも同じことで、その当時は民政党の私は地方幹部でありましたから、それだけであります。
  73. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 今度問題になりました事件概略をおつしやつて頂きたいと思います。
  74. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 私は長い間、地方政治議員をしておりましたが、今度は一切政治方面から身を引くつもりでおりました。それで昨年の四月に行われました総合選挙の時にも出る意思は全然なかつた。最後の付き合いとして皆さん選挙のお手傳いはやります。私は一線から退かして貰いますということを言いもし、又そのつりでおつたのであります。現のどの選挙にも出ませんでした。併しそれでは党として志気沮喪して選挙戰に非常に不利だから、一般に公表するのは先ず待つて貰いたい。一部の幹部は承知しておるというわけで、資格審査表を出して置かなければ、如何にも公表したのと同じようなことになるから資格審査申請はして呉れということを非常に要求されまして、店の者は先ずその取扱いをしておりましたけれども、やはり本人に聞かなければ出さないというので、私も皆さんのためになるなら申請しようという氣持になつて資料を提供しようと思つて、始めてその審査表を見たのであります。ところがなかなかむずかしくて全部は私も記憶で書き盡されない、いろいろ参考になるものを見ても尚それでも分らないところは管理委員会行つて聞いて來なければならないと思つて、幸い長い間市会議員をしておりまして知合が多いから、役所の方だけは私が直接行つて聞いて來ましよう思つて市役所に行きまして、いろいろなことを聞きました。最も重点は私が曾つて昭和の初め頃地方選挙の時に同志一緒にやつた行動が咎められて罰金刑に処せられたことがあります。そのことは当時のやはり政爭の一部の延長でありまして全市を騒がした大きな問題で、自分も良心的に余りやましいことと思つていなかつた。現にその事件のあつた年、我々罰金を受けた被告が全部揃えて高点で当選者になつた。私はそれを笑話に言つておるほどでありました。併し愈々審査表に書くとなれば、罪名などを書かれなければならん。そういうことを記憶しておりませんので、市役所に行きまして、そういう記録がある筈だからといつて選挙委員事務局行つてそれを調べて貰うことを頼んだのであります。ところがその時、私に教えて呉れた係員が一番私の重点であつた前科の問題は戸籍の担当者に調べて貰つたけれども書いてない。一緒にあなたと同じ立場にあつた人の分もなくなつておるから消えてしまつて、何もなかつたと同じ状態であるから書かないでもよろしいでしようという。私は当然書くつもりでありました。何とか外に方法はないかということを繰返し聞いたのでありますが、どうも記録がないから資料を出すわけに行かん。それで困つて一体どうしたらいいかと思案した。ところがそこには該当事項なしとお書きなさいと勧められて、さように記載いたしました。それと今一つは何項かに演説著述印刷物等の一切を書くようにというお示しがありますが、一番惱んだのは演説でありまして、どの程度のことを演説というのか、何十年前の政治生活だから、それを全部を書くということは到底それはもう思い出すこともできませんし、書き切れるものじやない。どうしたらいいだろうというときに他の例を見せて貰つて、こんな要領で書いたらよかろう、よその人の書いたのを見せて貰つたら案外簡單に要約して書いてあつたから、そういう程度のものかということで、演説の方は代表的なものを取纒めて書きましたが、著述印刷といふ方は、これは読んだところが、我々の常識では著述だとか印刷というものは、これは纒つた書籍か或いは定期刋行物等に載せたものであろうと思いまして、文筆家でない私においては、これはもう初めからすでに当るものはないと思込んでおりますから、何らそこに深い思いもせずに、ないものとして届けたのでありました。私がいよいよ選挙が終つて私の当選と確定しますと間もなく、相手方の選挙陣営にあつて應援した人から、先ず第一番に前科を書いてないことは違反だと言つて告発されました。併しこの人は非常に奇人でありまして、自分で長官候補にも立ち、代議士にも、あらゆる選挙に立候補して立つ。勿論落選し、もう自分の顔を見て笑つたと言つては人を告訴する程の告訴狂の奇人です。有名な名物男なので、この人のやることはどうも常識を逸しているので、誰も眞面目で言つている人はないと私も笑つてつたのです。あの男のやることは天下周知のことで、あれは顔を見と笑つても告発するのだ、現に私はその前にも告発されている。それは私が民主党の支部長としての責任で、あの人が市長候補に立つたときのポスターの上に民主党のポスターを貼つてつたというので、結局責任は支部長の責任だというので告発されたことがありますが、不起訴になりました。宣してもその類だと思つて余り深い関心を持つておりませんでした。そのことがあつて一週間ばかりすると又次のことが始つた。それは私が戰時中にとにかく勤労が大切だ、先ずこれはどういても日本大がこれでは敗けそうだし、それから自分らも國民の一人として黙つておれない気持で働きました。私は当時も言つておりますが、余りに口先の指導者が多過ぎて実行者が少いからいけないのだ、私は黙つて働いておつたのですが、私と協同に事業をやつております、現在私の会社の專務をやつております林謙二という人が來て、あなた幾ら畫夜働いたところで、あなた一人の労力で戰爭は勝てるものでもないのだし、社会は動きません、大衆と共におやりなさい、それには私が案を立ててあげますと言われて一切をお委せした。私の運動を大衆に呼び掛けて組織化そうと思つて趣旨書を作つて呉れたのです。併しその趣旨書には、たとえロボットでありましても私の名前が出ておりますまから、それを反対党の島影という市会議員が持出して、そうして私の反対の候補者であつた親戚の者の名前で反対党の人の選挙事務所で告発状を書いて、記載洩れだという告発せしたのであります。当時新聞記者に聽かれましたときに、私が答弁したことが新聞記事に出ておりますが、あれは実際は私が書いたものではない、林という人が書いたものであるし、もともとあれは著述でもなんでもない、あれは資格審査表に書くべきものだと思つていないから問題になりませんでしようと言うて答えて置いたのですが、新聞記事に出て初めて、はあ、そんなものがあつたかと気が付いたくらいのもので、若しあの全部のものをも一々書くのもとするならば、それはこれ又演説と同じようにとても一々出せないし、証拠もありませんから、その後あんなものが若し必要だと困ると思いまして、分るだけのものを探つて五、六種類取纒めて追加申請をしましたけれども、北海道の審査委員会ではその必要なしとして却下をされましたし、よもや起訴になるまいと思いましたのが起訴になり、第一審では先の前科が書かなかつた一点は、私が全く他意がなかつたものとして無罪の決定があり、印刷物に対しては、これは重要なるものを書き洩らしたことが不都合になりとして罰金五千円の申渡しがあつたのであります。そこで高等裁判所に上告いたしまして審議を重ねました結果、今度はこれがちようど反対になりまして、印刷物の問題は、これは審査委員会が要求するいわゆる印刷物、著述に類するものではないというようなことで無罪となり、第一審で一旦無罪となりました罰金刑の問題は、凡そ前科はその種類の如何に拘わらず、事の大小に拘わず重要な事項として扱つておるのであつて、それを書かないことは違反だというので、罰金五千円の申渡しがありました。只今最高裁判所に上告しておるわけであります。
  75. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 第一の方の事実に対しましては、そうすると当時それをお書きにならなかつたことは、選挙管理委員会の係員が書かんでもいいということが一つの理由なんですね。
  76. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) そうです。
  77. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 尚そういうことは資格審査表記載を要求されることの目的として、いわゆる好ましからざる人を追放する起礎になる重要な事項を書くということであつて、そういうような犯罪とかそういう審査に必要のない事件の前科とかいうものを書くということを必要と思つたのですか、思わないのですか。
  78. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 私は書いても恐らく牴触するという不安は少しもありません。若しや牴触しやしないかと思いましたことは、道の翼賛会の參與及び代議員になつたことであります。私の前科はすでに恩赦になつておりますが、恩赦になつたことはその当時私自身が知らなかつたのです。それはもう当然書くつもりであつて、それを書くことによつて資格審査がどうこうという考はちつともなかつた。あのときに資料さえ貰えば当然書くのであつたけれども、資料が手に入りません。又復権というものは何にもなかつた、昔に復るのだということだから、どうも法律知識のない私にはそういうものか、まあ当の責任あめ係員が罰は該当事項なしという書き方まで教えて呉れたから、それに從うのが、最も安全だと思つてつたまでで、私の意思では若しあのときに資料が分かれば無論書きますし、係員が違つた指示をすれば私も亦違つた指示に從つたであろう、係員の指示に從うのが最も安全であり、当然なすべきことであつた考えておつたのであります。
  79. 伊藤修

    委員長伊藤修君) だから自分は法律知識はないから、結局法律を運用する政府の係員の指示に基いてしていることなのだから、それ以上の方法は採り得ないのだから、当然盡すべきだけは盡したのだから、自分としてはやましくないと思つたのですか。
  80. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) そうでございます。
  81. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 尚今日のお考えとしては、そういうことを書かなかつたということは、いわゆる重要事項でないというようにお考えになつてですか。
  82. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) はあ、自分にそういう知識はありませんでしたが、その後事件になつてからいろいろ人の意見を聞き、自分考えて見ましたが、その書かなかつたという形式においては、そういう手落ちのあることは事実でありますけれども、それを書くとか書かんことによつて私の資格には影響しない。余り重要なものではない、こう思つております。
  83. 伊藤修

    委員長伊藤修君) それに対して檢事の考え方は何か中央の命令があるとか、いわゆるそれは重要事項だという解釈だというようなことをお聞きになつたのですか。
  84. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) これが札幌の裁判所で意外にも第一審で無罪になつたから、深い関心を持つておらなかつた、にも拘わらず檢事は非常に鋭い論告をしました。およそ裁判は被告がバージに値いするかしないかを決めるのではなくして、それを調べるために必要な資料を提供する義務を負わした、それに対する判断はあなたの方でこれが重要であるとかないとかいう差別を付けてはならない、出せというば一切出すべきである、内容や質の問題ではなく形式の問題である。すでに形式において書かないという事実がある以上はもう犯罪であることは免れない。なかんずく前科の事項は事の軽重、種類の如何を問わず悉くこれを重要事項なりとして取扱つておるのである、このことは立合檢事である自分一個の見解ではなくして法務廳並びに最高裁判所の一貫した決定事項であるということを言われたのです。
  85. 伊藤修

    委員長伊藤修君) それに対してあなたの方で、そういう中央の一貫した決定事項であるかどうかということをお調べになつたことはないですか。
  86. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) それは弁護士に伺いましたら、そうことは迂濶であつたが、どうも自分達の常識判断ではあり得ないことだと思う、念のために一度調べて呉れというので、早速その事件関係しておりますから、専務の林謙二が上京して法務廳並びに最高裁判所等にそれぞれ伺いましたけれども、さようなことを公式決定したことはないという事実が分りました。もう判決の日が十日と決められ、その事実の分つたのは先月の八日でありましたから、電報を呉れましたけれども、遅く配達されて九日に漸く電報が届きました。
  87. 伊藤修

    委員長伊藤修君) そうするとお説のようだとすると、檢事はそういう中央の決定事項でもないことを恰かも決定事項のごとく強く裁判所に主張し、裁判所にそういうことを反映せしめた、こういうとになるわけですね。
  88. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) そうです。
  89. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 第二のあれは、あなたの先程のお説ですと、自分の書いたものじやない、署名は勿論したけれども、文章は自分のものじやないというのですね。
  90. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) それはひとりその問題だけではなく私はその林謙二というものを非常に深く信頼し、何事も委してあるのです。それで林の方でも私の勤労態度に非常に共鳴して呉れたのです。だからそれをもつと有効にするために、自分が案を立てて一つの勤労奉仕会というものを組織して、大衆を動かして、皆が少しの時間でも働くような組織体を作ろうというのが目的であつた、文章は本当にその当事から言えば問題ではなかつたのであります。宣傳も目的でなければ、そんなもののあるないは問題でない、ただ働きさえすればいい……
  91. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 文章の内容はあなたの思想の表現ではないとおつしやるのですか。
  92. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 文章の内容は何と書いてあるか、私全然関與しておりません。
  93. 伊藤修

    委員長伊藤修君) それからあなたの思想では……
  94. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 思想ではありません。
  95. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 表現ではないとこういうことですね。
  96. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) はあ。
  97. 伊藤修

    委員長伊藤修君) あなたの企図したことは國民すべてが働けということの一点であつたのであつて、文章の起案その他も林何某がされたものであつて、あなたの思想の表現ではない、こういうふうに伺つてよろしいですね。
  98. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) そうです。
  99. 伊藤修

    委員長伊藤修君) あなたの現在の思想若しくは心境はどうですか。
  100. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 現在は今まで我々は誤つた指導の下に大きな過ちを犯したから、今後は自分立場においてできるだけ皆んなの共同の責任において生き、共同の責任において建設をするところの民主的な生活を築くべきであるという考の下に、與えられた立場を有効に活かして行こう、先程ちよつと申しましたように、我々はみんなに喜ばれるプラスする存在として愛の行いを行じようというような氣持でおります。
  101. 伊藤修

    委員長伊藤修君) あなたが曾つて当院に御提出になりました回答書はそれに相違ないわけですね。
  102. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 相違ございません。
  103. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 今お伺いした以外の点は書面で拜見することにいたします。何かあなたの方からお尋ねすることはありませんか。
  104. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 尋ねられましただけは自由に申上げられたと思つております。
  105. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 外に何かお話しになることがあればお伺いしてもよろしいと思いますが。
  106. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) ただ私は裁判所においてどうも自分の氣持が分つて貰えないことが不満で堪えられませんでした。私共は法律の専門家でないから、法律的な理論をして行かれると、自分らの常識と全然ピントが狂つた話に行つてしまうので困つてしまうのであります。幸い参議院は法廷でないから、氣持の上から非常に樂で、自分のあるだけのことを言わして貰いましたが、前科の問題を今更つくろつたり隠したりすることは私の生活の実際から見て、皆に興味半分にこちらから進んで言つている点から見ても甚だ意外で、そんなものを隠すということは、あらゆる場合にあり得ないと思う。そうして私の政治立場においては却つて裁判を受けたことが市民の同情を買つて、二十数年の市会議員生活の中、その時が最高点であつた。その時の有罪者は揃つて五人全部最高点を上から続いて取つた裁判は無理だつた。我々の行動に同情が逆に湧いたという事実があるのであります。それを隠さなければならないということを臆測されることは心外千万であります。資料さえあれば直ぐ私は書く、資料が得られなくて書けなかつた。そして係員というものは國家のやはり代行機関としてたとい私より年齢の少い者でも職務の立場で私は素直に從つた。こういうことになると今後私共は係員を信頼できない結果になりまして、それがために私が若し有罪になるとすれば、今後の責任を國家が負つて呉れなければ困るという氣持がするわけであります著述、印刷物は私は初めから私の書いたものでないから文案などは全然知らなかつた。このことは裁判の経過中にも話しました。あの文案が若し問題になるとするとそれは全く林の言うておる通り筆の勢いでありまして、文章もあの時代の流行の文句でありまして、而もそれは私の言葉でなく、林の言葉である。私は形式に名前を貸したに過ぎない。これは事実であります。これを強調して置きます。二度裁判を受けまして、その経過中に深く考えさせられたことは、いろいろ問い方によつて答え方も違つておりますけれども、その私の言葉の使い方の誤つて私に不利益のものが裁判所で採用されて、眞実を語つた私に有利なことが殆んど用いられず、殊に第二審の判決文の記録の中に最も不利益なものを誤用しております。例えば私が選挙管理委員室に入つて尋ねました係員が当事者でなかつたというようなことが書いてあります。主任者でないけれども、選挙中に係員級以上のものは皆嘱託として兼任の辞令を貰つておるのでありまして、当然責任を負うべき責任者であります。然るに係員でないもを係員と誤認したなどと書いてあるのは事実じやありません。それから私の主観を勝手に曲げて、却つて裁判官の主観を以て証拠のないのにさような結論を下しておることも遺憾であります。こういうことはもつと自由に我々の眞実を掴んで欲しいという裁判に対する希望であるわけであります。
  107. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 一点お尋ねしておきますが、今のプランですですね、プランを草案し作られたのは林某という人が作られたのでありますが、その頒布はあなたは御存じてすか。……御存じありませんか。
  108. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) それは知りません。事件が起るまで知らなかつたのです。
  109. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 頒布したかしないかということも知らない。
  110. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) それは裁判の方でも申上げておきましたが、私の運動を以てやはり政治的なゼスチヤアーだと批評した者があつたのです。それで私嫌氣がさしちやつて、こういう精神的な行動までも政治的な野心の蔭に利用するものだというように誤解されることは不愉快だから止めた。やはり依然として働こうと私事実ずつ働き通しました。で、配つてないとばかり思つておりました。最初配るつもりでおつた。当時の、今はおりませんが、宮岸という店員が、これは内勤で忠実な者でしたが、僅かばかり出しておつた、二、三の者に出しておつたということが後で分りました。だから私はそれつきり封じ込んでメモや何か使い果してないと思つておりました。事件が起きて初めて分りました。運動も起さなかつたし、文書も用いなかつたし、ああいうものが問題になろうとは夢にも思いませんでした。
  111. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 要するに刊行物を配付したということは考えなかつたわけですね。
  112. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 知らなかつたわけです。市会の……私一個の事業としないで、当時市会の常会というものがありましたが、市会の常会に参考として出して一つ市会の仕事にしませんかという相談も掛けたことがあります。そのときに例の嫉妬的な批評が出たのです。そんなことなくしても翼賛会が似たようなことを沢山なつておるのだ。あなたの個人的なものにしなくてもよろしい。私は個人的なものにするつもりじやないから出したのだ。
  113. 伊藤修

    委員長伊藤修君) すると運動の起案の程度つたのですね。
  114. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) そうです。そのときに集まつた十五、六人の今が勝手に持つてつたわけです。私が配つたわけではないけれども、こういうことで運動しようと相談に持つてつた、そうです。それは頒布は言えないと思います。
  115. 來馬琢道

    ○來馬琢道君 それは何部くらい…、頒布と言えないというのは。
  116. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 裁判所で調べるところでは全部で五、六十部配つてあるだろう、つまり皆の手に渡つておるだろうというのです。配つてつて、それであちこちで持つているので、あなたも持つてあるのか、あなたも持つてあるのかというので、五、六十部もあるのかなあと想像するわけです。
  117. 伊藤修

    委員長伊藤修君) それは裁判所の想像ですか。あなたの想像ですか。
  118. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 結局私が答弁したことになるのですね。私も今でも判りません。
  119. 來馬琢道

    ○來馬琢道君 作つたのは何部でした。
  120. 前野與曾吉

    証人前野與曾吉君) 作つたのは百か、二百くらいあるだろうと思いますが……
  121. 伊藤修

    委員長伊藤修君) それではどうも遠方御足労でございました。  それでは本日平野力三氏が召喚してあるのですが、こういう文書が出ました。    欠席届  本日司法委員会に出席すべき通知を受けましたが、拙者目下病氣にて出席いたし兼ねますので、御諒承を願いたいと思います。病名は抑鬱症にて、二ケ月くらいの治療を要する見込みであります。  私は目下起訴されております。資格審査表記記載に関する件については參議院司法委員会に是非訴え、事情を開陳したいと思つておりますので、病氣軽快を持つて必らず出席、発言機会を與え下さるよう希望化ります。  右欠席届及び御願い申上げます。     東京都杉並区清水町二〇六             平野 力三   八月三日  參議院議長 松平恒雄殿こういう文書が出ております。ではこれに対しまして出席を待つておりますれば、到底その際限は分りませんから、当委員会といたしましては臨床尋問いたしたいと思いますが、如何でございますか。
  122. 來馬琢道

    ○來馬琢道君 賛成します。
  123. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 御異議ありませんですか。では臨床尋問することは決定いたします。では本日はこれを以て散会いたします。    午後零時三十七分散会  出席者は左の通り。    委員長     伊藤  修君    委員            來馬 琢道君            星野 芳樹君            松村一郎君   証人            河野 一郎君    旭 川 市 長 前野與曾吉君