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1948-06-03 第2回国会 参議院 司法委員会 第35号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十三年六月三日(木曜日)    午前十時四十三分開会   —————————————   本日の会議に付した事件裁判官刑事事件不当処理等に関す  る調査の件  (尾津事件に関し証言あり) ○刑事訴訟法を改正する法律案(内閣  送付)   —————————————
  2. 伊藤修

    委員長伊藤修君) ではこれより裁判官刑事事件不当処理等に関する調査会を開きます。本日は百崎さんと西山さん、それから桝田さんの三証人の証言をお願いすることにいたします。本日、証人の方に御出頭願いましたのは、お聞きのような題目の事件について調査する必要上御出頭を願つた次第でありますが、先ず御証言願う前に宣誓をして頂くことになつておりますから、宣誓書を御朗読願つて御証言願います。    〔総員起立証人は次のように宣誓を行なつた〕    宣誓書   良心從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 百崎保太郎     宣誓書   良心從つて眞実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います。         証人 西山 義次
  3. 伊藤修

    委員長 では百崎さんからお伺いしたいと思いますから、西山さん恐れ入りますが、控室でお待ち願います。僞証の制裁がありますから御注意申上げて置きます。
  4. 百崎保太郎

    證人(百崎保太郎君) はい。
  5. 伊藤修

    委員長 お年は。
  6. 百崎保太郎

    證人 明治十三年生れ、六十九歳であります。
  7. 伊藤修

    委員長 弁護士をなさつていらつしやいますか。
  8. 百崎保太郎

    證人 さようでございます。
  9. 伊藤修

    委員長 尾津喜之助本件事件が起る前に面識はおありなんですか。
  10. 百崎保太郎

    證人 少しもございません。
  11. 伊藤修

    委員長 あなたが尾津マーケツト土地問題について地主より委任を受けられたのはいつ頃のことですか。
  12. 百崎保太郎

    證人 尾津に対する事件として受けましたのが二十一年の四月の七日でありまして、今のマーケツトの事務をとるようになりましたのは、昨年の十月の十三日に地方裁判所調停事件調停が成り立ちました以來でございます。
  13. 伊藤修

    委員長 あなたが依頼を受けられた当時の尾津組の財力とか勢力とかいうものに対しては、どういうお考でありますか。
  14. 百崎保太郎

    證人 内部のことは、当時は私は余りにその方面関係しておりませんで、ただ尾津交渉をするというだけでございまして、財産関係であるとか、或いは財産はどこにどういうのがあるとか、或いはどういう子分があつて、どういう人がそこにおるということは当時は知りませんでした。段々と私の使いました庄司新三郎という者を介して尾津と話して、あの不法占拠になつておる土地明け渡して貰うということを交渉させておりました。その間に大したことは余り聞きませんでしたが、なかなか子分が沢山あつて勢力を張つておるということだけは聞きました。財産上のことについては何ら聞いておりません。
  15. 伊藤修

    委員長 勢力を張つておるというのはどの程度ですか。
  16. 百崎保太郎

    證人 露天商の組合長であるとかいうようなことを申しておりました。つまりあの近傍で子分が多数で、直結の者が四百人もおる。それから配下と申しますが、そういうものが一万何千人かおるということを聞いておりました。それから高野房夫という人に会いましたときに、何でも東京の関東の親分子分と申しますか、百二十三人の人を集合して、彼を自分が骨を折つて組合長にしてやつたとか、そういう程度のことを聞いておつただけでございます。
  17. 伊藤修

    委員長 あなたは、受理されました事件の解決のために、大体どんな方法が妥当であると思つて進行になつたのですか。
  18. 百崎保太郎

    證人 とにかく地主及びその地主から土地を借りておる人が何ら收入がないのでございます。そしてあすこは御承知通り相当物の賣行きのいい所でありますので、ただできるだけ早くあの土地を返して貰う。当時はあの家屋はまだ尾津喜之助の名儀になつておりましたので、勿論私があの土地明渡しを請求するのでありますから、直ちに仮処分というものをいたして置きまして、それによつてこの明渡しのことだけを一途に請求しておりました次第であります。
  19. 伊藤修

    委員長 方法はどういうような方法をお採りになつたのですか。全体的に。
  20. 百崎保太郎

    證人 全体的に申しますと、民事の訴を起しましたし、他の方面では、彼があの土地占拠いたしました当時、又その後占拠後においてたびたび地主達交渉しまして、そのときに相当の恐喝や威嚇をしたということを聞きましたので、それで二十一年の八月十七日附を以て告訴を先ずいたしました。それから九月十六日附を以て民事明渡しの訴を地方裁判所に提出いたしました。その告訴淀橋警察署に提出いたしましたのですが、これは淀橋警察署長は当時は宮内という人でしたか、或いは宮内という人でなく中山という人になつておりましたか、今ちよつと書面がありませんから分りませんが、中山であつたかとも思います。そちらの方から、自分の署に告訴状を出し呉れ、こういうことを言われましたので、普通は檢事局に出すのが私のやり方なんでございますけれども、警察なんかに出さないで、……。ところが、警察に出して呉れという署長希望でありましたために、或いはそれの方が事が早く事件進行が進むであろうということを考えましたために、告訴状淀橋警察署に先ず出しました。そしてそれによつて取調べ進行さして貰い、民事の方の明渡しの訴とこの二方法によつてつたようなわけであります。
  21. 伊藤修

    委員長 その淀橋の方に出して呉れというのは、どういうわけでそういうようになつたのですか。
  22. 百崎保太郎

    證人 それは私の推測でありますが、署長から出してくれという理由を聞いたのでありませんから分りませんが、多分自分配下に居る、自分の管轄内に居る人だから、自分のところに出して呉れた方が調べが早く進むということでも考えられたのか、要するに私の方ではどこでも成るべく早く調べをして貰いたいというのが私の希望でございますから、それですから、そこが早く調べられるだろうと思つてそれで出しましたので……。
  23. 伊藤修

    委員長 署長告訴状を提出する事前にお話があつたのですか。
  24. 百崎保太郎

    證人 さようでございます。告訴状を出すが、どこに出したらよかろうか、あなたの方に出したらいいか、直接檢事局に出したらよいかということを話合いましたところが、それに対して私の方に先ず出して下さいというようなことでしたから、淀橋警察署宛に出しました。
  25. 伊藤修

    委員長 檢事局にはお出しにならなかつたのですか。
  26. 百崎保太郎

    證人 檢事局に出しません。警察署の方の取調べが進みまして、それから警視廳の方に廻り、そして警視廳の方で又取調べられて、それが檢事局の方に廻る、それまでのうちに大分時間が……、今申上げました通りに八月十七日に出しましても、尚その年内に一向檢事局の方に書類が廻りませんので、警視廳の方にもどれだけ私が足を運びましたか、又警察の方にも私が行つて、いろいろな或る意味の督励をしましたり、警視廳の方にも行つて、早く取調べ進行して貰いたいということも申しましたらば、明けました二十二年になつてからだと思いますが、檢事局の方へ廻つているということを聞きました。そのときの上席であります、何といいましたかちよつと私忘れましたが、上席に会いましたらば、今その記録を見ておるからということでありました。見ておると言われたが、又更にもう一度檢事局の方へ余り時間が経たない二三日の後でございましたか行きましたら、又警視廳の方へ記録が廻つているということでしたから、檢事局の方に廻つた書類が又更に警視廳に行くことはどういうことであるかと思つて、実は又警視廳の方に参りまして、そうしてこれの主任をしておりました鈴木警部補会つて、そうして進行して貰ういろいろ事情等を申して帰つたような次第でございます。
  27. 伊藤修

    委員長 その上席にお会いになつたのはいつ頃ですか。
  28. 百崎保太郎

    證人 日誌に書いておりますが、そのときはいつでございましたか、二十二年の初め頃、一月か二月頃でなかつたかと思つております。要するに、起訴になりましたのは六月二十五日でございますから、二月頃ではなかつたかと思つておりますが、日誌を見ればすぐ分ります。私の日誌にはいつ面会したかということを書いてあります。
  29. 伊藤修

    委員長 あなが告訴手續をなすつて、いわゆる起訴になるまでの間非常な長時日を要しております。それはどういうわけでございますか。
  30. 百崎保太郎

    證人 そのわけは、内部のことでございますから分りませんが、いろいろと彼の勢力等檢事局……檢事局が手控えなさるということは考えておりませんが、警察等では或いはそういう手控えがあつたのではなかろうかという匂いがいたしました。それで私は殆んど三日にあけずぐらいは警視廳の方に鈴木警部補のところに行つておりました。段々余り行くのもうるさいと思われてはいかんと思いましたから、暫く足を運んでおりませんでしたら、或るときに鈴木警部補が、どうしてお出で下さいませんかというようなことを言つたこともあります。とにかく鈴木警部補としては相当力を入れておられたようでありますが、どうも事件進行しませんので、もう少し一つ早く進行をして貰わなければ困るということを、私行くたびに少しうるさいぐらに申しておりましたが、何故に進行しないかは、本人相手の、つまり鈴木警部補等から聽きませんし、聽いても申される訳合のものでありませんので聽きませんでした。が、とにかく八月の十七日に告訴状を出して、その翌る年の六月二十五日に起訴があつたという、時間がかかつたのであります。御承知通り告訴についてはどうも警察或いは檢事局等は時間がかかるのが普通でございます。何が故に普通であるか分りませんが、とにかく弁護士代理となつて告訴をしました事件は、警察あたりから出ました記録は直ちに起訴の手続に及びますけれども、弁護士代理人からの起訴状書類はそんなに早くしないのが、今まで私の聞いておるところでは例というぐらいに遅いのであります。
  31. 伊藤修

    委員長 淀橋警察取調べ進行したのですか。
  32. 百崎保太郎

    證人 淀橋警察では割合に早く進行しておつたようでございますが、渡辺主任関係者を……私が三回か四回行つて事情を述べ、又調書も作りましたが、淀橋警察では私がどんどん進行して呉れということを言いましたので、渡辺主任相当進めて呉れておつたように見えました。
  33. 伊藤修

    委員長 檢事局の方はどうでしたか。
  34. 百崎保太郎

    證人 檢事局の方に参りましてからは、一時係の檢事は二回ばかり替つておられます。それから最後起訴されました高木檢事になりましてから、私高木檢事に、この事件は私も実は捨身になつて、いわゆる老後の最後のお務めというつもりで私はこの事件に掛かつておるのである、いわゆるこういう首領及び親分株の者を、これをとつちめられないようなことであつたならば、甚だ檢事局あたりのお取調べに我々が信頼を置けないということになつて來る。又こういうのを取調べれば、あとの小さいチンピラ共は直ちに、社会を不安に陷れることなく、取締は十分できるだろうと思うから、その意味一つしつかりやつて貰いたいということを高木檢事に申しましたら、高木檢事も、それだけあなたが捨身に掛かつてやるという御決心ならば、私も相当に考えてやりますからと、こういうことであります。それで少し私言い過ぎるかと思つておりましたけれども、あなたがそういう捨身になつて私がやるということを快く受けられたことは甚だ感謝いたします。併しながら或いはこの人の、被告人の裏には相当の人がおろうかと私は考えるから、あなたがいよいよ起訴になつて土壇場になつたら、或いは大物によつて圧迫を受けられるような虞れがないとも限りませんぞ、こういう言葉を使いました。そうしたならば高木檢事は、如何なる人が或いはどういうふうに自分圧迫しようが、すべて私が上官から私の処理に委せるということで委せられておりますから、如何なる圧迫が來ましても、罪があると自分が確信を得たならば、必ず起訴しますというような言葉高木檢事は言われました。それで私は安心して高木檢事に全部お取調べを委してしまつたというような次第でございます。
  35. 伊藤修

    委員長 仮処分の方はどうなりましたか。
  36. 百崎保太郎

    證人 仮処分は、二回尾津に対して仮処分をいたしました。それは二十一年の九月七日の申請によつて許可されまして、九日に行なつたのであります。そのときに私に対して、私はそのとき初めて尾津とは会つたのでございます。ところが私は尾津の顔も知りません。そうすると、淀橋尾津の事務所に参りまして、成るべく、私は前から聞いておりました通り相当に短氣な人でということを聞いておりましたから、又私が近付けば必ず何かそこに粗暴なことがありはしますまいかという考えを持つておりましたから、私は執達吏だけを廻しておいて、私は玄関の所で待つておりましたら、執達吏ちよつと入つて下さいということを申しましたので入りましたときに、丁度尾津が私が入つておる席に入つて來まして、そうしていきなり右の手を突き出しまして、ぐつとやつて、それから自分が立ち上つて、左の手を差出して、総員招集しろということを申しまして、そうして私に右の手で突つ掛かかつて來た。で、総員招集というときに、私はその前に高野房夫君に会いましたときに、どうも短氣で直ぐドスを見せ付ける癖があるからということを聞いておりましたので、尚そのときに何でも毆り込みの予防か、或いは毆り込みに待機してか、十五人を一組にする、そういう隊が何か十ぐらいできておるということを高野君から聞いておりましたが、その隊長でも呼んだのだと、実は多少内心恐れを抱いておりましたが、併しここでいろいろな腰の弱いことをしてはいかんと思いましたから、私は多少苦笑をして、尾津君 親分、あんたは五十足らずの、今、日の出の勢いの青年実業家じやないか、私はお見掛けの通りの老いぼれの七十近くの瘠弁護士だ、この私とあなたが命のやり取りなんか、少し喧嘩の歩が悪くないかということを、私が苦笑しながら申しましたところが、それにどういうふうに感じましたか、おだてるなと言うだけで、それからどうも落ち着かない態度をしておりましたので、ははあ、思つただけの、そう大した度胸の人でないと、私はそのとき直感しまして、そうして暫くすると、又何か宴会に行くのだと言つて、会計から金を、そのとき何でも七千六百円か、ちよつと出せと言つて、そうしてそれを持つて出て行つてしまいまして、あとで副組長と申しておりましたが、岡戸交渉しまして、成るべく、こうして親分も興奮しておりますから、今日だけ一つ仮処分執行延期して呉れませんか、必ず私があなたの目的を達せられるようにいたしますから、又よく私が説明してやれば、穩かにあなたの仮処分執行ができましようから、こういうことでありましたので、言葉を盡してのことでしたから、それでは明後日十一日の午後五時まで……明十日五時までにあなた方から何分の返事がなければ、十一日に來て必ず執行をするからと言うて、その日は先ず延期の形にして帰りました。そうして十一日に一應の仮処分も済んでしまいました。仮処分に対しては、まあその後でも別のなにをいたしましたが、仮処分といたしましてはそういうことがありました。
  37. 伊藤修

    委員長 仮処分執行についてはいろいろ騒擾というものは起らなかつたのですか。仮処分執行に際して騒擾とかいろいろ脅迫とか、そういう事実は起らなかつたのですか。
  38. 百崎保太郎

    證人 仮処分については、岡戸が私に必ず穩かにいたしますからということを申しましたので、そのときに、いろいろ第三國人をずつとあすこに並べてしまえば、あなたがどんなにやろうとしましてもやれませんぞというようなことを申しましたが……。
  39. 伊藤修

    委員長 岡戸が……。
  40. 百崎保太郎

    證人 岡戸が申しましたが、まあそうもやるかとも考えましたが、とにかく今日は私に委して下さい、そうするとあなたに穩かに仮処分をさせますから、是非、今日だけ延期して下さい、今晩私も又よく親分に申して置きますと、そういうことで、帰りますときに、警察の方に前以て私何か危害を加えられることがありはすまいかと思いましたから、行きます前にも警察署長に、山中でしたが、その署長会つて、今から執行に行くということを申したので、何でも五六人の防犯係を遠巻に私の身辺を保護しておつて呉れたということでございます。それで帰りに、それが延期になりましたから又警察の方へ立寄りまして、今日はこういうことで延期にしましたがということを私申しましたらば、署長も、それでは私が直接又尾津に会いまして、そうして穩かに執行を受けるように、私からも申し聽かせますからということでございました。要するに九日、翌る日十日に、あとで聞きましたらば、署長尾津に、直接本人会つて、そうして執行するだけは、これは裁判所の命令だから、それを拒んではいかんということを申聞かしたということをあとで聞きました。それで次の執行には何らのことなく順調に執行ができてしまいました。
  41. 伊藤修

    委員長 尾津訴訟進行はどうですか。
  42. 百崎保太郎

    證人 民事訴訟進行は、二十二年の二月十四日でしたが、第一回でございましたが、第一回のときでありました。そのときには変更はなかつた思つておりますが、第一回は、大概御承知通り歩が惡いと被告の方で延期するのが普通なんですが、なにしないで、直ちに審理に入つたと思います。勿論第一回、二回までは非公式に裁判長事情を聽かれて、それから弁護の日が又更に指定されましたのですから、それは先方から延ばしたのじやなくして、裁判所がいろいろ準備的に聽かれて、裁判所延期されたのですから、で、そのときに、いよいよ本当に弁論が始りますときに、上條弁護士が私を法廷外ちよつと呼びましたから……上條弁護士に私はそのとき初めてでした。そうして廊下で言いますには、明け渡さざることを條件にして話合いをするという用意はある、この事件は五六年は必ず引張つて見せる、こういう言葉を言われました。それで私は明け渡さざることを條件にしてという話ならば話をする必要はない、自分としては明け渡して貰うということを條件としての話ならば、何らかその方法期限等についてのことの話合いをしてもよろしいのだけれども、初めから明け渡さざることを條件としてとするようなことには話をする價値はないと言つて法廷に入りましたが、段々次の期日指定について、五人の弁護士がついておつた、あれが惡いとかこれが悪いと言つて期日指定を段々延ばされますので、甚だ年甲斐がないかも知れませんが、暴露戰術式裁判長に、相手方は、被告は延ばすということの作戰でやつておるので、期日を五人の人が一人々々いいとなると、一年かかつても或いは期日指定ができないかも知れない、ですから当事者の都合のいい日を裁判長はお聞き下さらないで、裁判長の職権によつていつということを端的にお決めを願いたいと、こう申しました。ところが、佐久間弁護士延期とか何とかいうことはそんなことはないと、こう言いましたから、今現に廊下上條弁護士がこの事件は必ず五六年引張つて見せるということをはつきり言つた、それだからして、この事件理由の云々でなくして、ただ延期すればいいというので訴訟に應じておると見るより外に方法はないと、私余り或いは言い過ぎたかも知れませんが、そう申したのでございましたが、二回三回やつておりますうちに、証人申請等があつて、そうして裁判所証人を許すということになりまして、二月十七日附を以て調停の申立が被告尾津の方から出ました。それが段々何回も調停の日を指定されまして、そうして先程申します十月十三日に漸く調停申立てが、双方話合いましてできたのでありますが、それについては、その前の九月十四日でございます、岡戸野村專太郎君が私の宅を訪れまして、そうして何とか一つこの際調停が成り立つようにお骨折を願いたい、そういうことを言つて來られましたので、そうして、條件を聞きましたらば、成るべく明け渡します、但し一年と三ケ月、つまり二十三年の十二月まで置かせて呉れというような話でありましたが、それは今が九月だから、一年だけの延期ということだけには私が骨を折ろう、そうして外の條件はどういうような條件かと言いましたところが、あそこの收入が八十万円かあるけれども、その八十万円を、経費を差引いて切半でやつて呉れ、こういうことでありました。それからまあ一軒一軒の所には行けませんから、依頼人地主等を集めまして、そうしてこういう條件で來たのだが、和合の條件調停應ずるということを地主たち、私の委任者に話をしましたところが、そんなに長くちや困るというような話も段々ありましたけれども、結局これで訴訟進行させれば一年や一年半くらいはかかるので、却つて今のうちに一年のことにして、はつきり調書によつて執行ができるような、そういう調書作つた方があなた方の方の利益になるだろうということを私が理解させました結果、その案に地主たちも承諾して呉れまして、十三日調停で成立した、こういうことになつております。
  43. 伊藤修

    委員長 そうすると、一年ということになつたのですね。
  44. 百崎保太郎

    證人 さようでございます。一年ということで、つまり十月からになりますが、今年の二十三年の九月三十日を以て明け渡しをするという調停ができました。
  45. 伊藤修

    委員長 その以外に、そういう裁判の以外に、裁判外に出て行つて本件に対していろいろ調書その他をお使いになつて交渉なつさたことがありますか。
  46. 百崎保太郎

    證人 裁判外ですか。
  47. 伊藤修

    委員長 ええ。
  48. 百崎保太郎

    證人 裁判外尾津自身とは一度も交渉いたしたことはございません。ただ尾津側代理といたしまして、岡戸交渉し、そうして私がその調停調書條項の案を私が作りまして、それを岡戸と、それから当時の主任弁護士であります上條君にそれを廻して、そうして上條君もそれを檢討しまして、そうしてそれでよろしいということになつて調停ができたわけです。
  49. 伊藤修

    委員長 それまでに至ります道程として、庄司何某を介して交渉なさつたことはありませんか。
  50. 百崎保太郎

    證人 裁判所の方につきましては、庄司を介したことはありません。
  51. 伊藤修

    委員長 調停外でも。
  52. 百崎保太郎

    證人 調停外でも……つまり私が訴を起しましたのが、今申しますれば二十一年の告訴が八月、民事が九月、七月の七日頃まででどうも見込がありませんので、ただ延ばされるだけになりますので、地主達は日を延ばされるということを非常に苦痛に考えておりますから、できるだけ早く、どうしてもできないという見込みがなければ早く訴訟等をしなければいかん、結論に早く達する方式を取らなければいかんと見ましたので、庄司を介して、庄司新三郎を介して尾津交渉させましたのが、最後が七月七日であつたと思います。訴訟を起しましてからは、どうせ彼が行つても駄目でございますから、又庄司自身も、先生駄目でございますから、訴訟を起させるより外にないでしようということでありましたので、実は訴を起したと、こういうことでございます。
  53. 伊藤修

    委員長 庄司新三郎尾津との交渉の経過について、簡單にお話を願いたい。
  54. 百崎保太郎

    證人 庄司は実は私、渡辺銕造君関係から庄司を知るようになりまして、庄司が何かこのことを入れた方が穩かに行きはせんかと彼に話しましたところが、あなたが直接尾津とお会いになりますと殺氣立つ、私が仲に入つた方がよろしいでしようということを彼が申しましたので、それでは明け渡しをして貰うように一應……一度や二度ではこれは明け渡すまい、相当收入のある所だから、それを捨てるということになれば、一回、二回ではいかん根氣よく行つて、そうしてできるだけ先方の神経を尖らせないようにして、そうして話して來いということでやりましたので、何でも七八回行つて交渉をしております。その交渉のたびに報告をしておりますが、やはり今申上げます通り、どうしても庄司自身に対しても大分脅喝威嚇をしております。そうしてそれに、こういうことを言え、地主達温泉あたり行つて骨休みをして來い、今子分達は荒立つておるから、氣が立つておるからということまで言つて、これを地主に聞かせろというような事実も報告しましたので、告訴の中にはそういう事実を告訴事実として明示されておるのであります。それで最後にどうしてもできませんというので、七月七日提起をしてしまつたと、これだけでございます。
  55. 伊藤修

    委員長 その他庄司に対しまして尾津側において暴行脅迫したような事実があるのですか。
  56. 百崎保太郎

    證人 しまいにはそんな脅迫という事実はなかつたのでなかろうかと思つております。行きます間に、二三回の間には、命にのしを附けて來たかというようなことを言つたようにも庄司は報告しておりました。五六回か七八回行つておりますという報告でございました。その間にそういう言葉言つたことも報告しましたし、それもしまいになつては或いは庄司をなめておりましたか、そう脅かすだけの價値もないと思いましたか、そういうことはなかつたように報告を受けております。
  57. 伊藤修

    委員長 庄司を脅かしたのは二回くらいですね。
  58. 百崎保太郎

    證人 二回か三回ですね。
  59. 伊藤修

    委員長 今おつしやつたのは二回でございますね。
  60. 百崎保太郎

    證人 さようでございます。告訴状には二回くらいと書いておつた思つておりますが、そうして庄司を介して地主達を又威迫をして、先程申しましたように少し息抜きに温泉にでも行つたらどうだろうか、今子分達大分氣を荒立てておるからというようなことも報告を受ましたのです。
  61. 伊藤修

    委員長 それは、その意味はどういうことになるのです。
  62. 百崎保太郎

    證人 余り進んでこちらに明渡しを請求をすれば、何か一騒動起るぞという意味に私は取りました。
  63. 伊藤修

    委員長 あなたが事件を最初担任されてから今日に至るまで、尾津自身が若しくは尾津の身内から暴力的な行爲に出でられたとか、或いは威迫を受けたとか、そういうことはあるのですか。
  64. 百崎保太郎

    證人 私自身には、先程申しました尾津自身が、私に二十一年の九月にいたしました以外には別にそういうことはございません。それから又外の子分達からも、今の岡戸執行のときに先程申しましたような、第三國人をずつとあすこに立たせれば執行ができませんよと言つた以外には何もございません。
  65. 伊藤修

    委員長 あなたの関係者、例えば本人に対してとか或いはあなたの方の申請した証人とか、そういう者に対してはどうですか。
  66. 百崎保太郎

    證人 私の依頼人に対しては、私が辞任いたしまする前、二十年の暮から二十一年の初めにかれては、先程申しますように大分威迫をしておつたのです。が、辞任しましてからは、もう本人達もこわくて近寄りません。それで近寄りませんので、何ら出て來てまでやるというようなことはなかつたですから、本人達には何もそういうことはありませんでした。
  67. 伊藤修

    委員長 民事法廷やなんかでは、そういうような子分やなんかが押掛けて來て示威的な行動に出るということはありませんでしたか。
  68. 百崎保太郎

    證人 民事法廷は二回か三回だけでございまして、皆地主達が傍聽に來ておりましたが、明らさまにそういう氣配は見えません。ただ今ちよつと記憶を喚起しましたのですが、彼が昨年の総選挙のときに、総選挙中にやはり調停期日がありましたので、突然私に調停の席上で、百崎、貴樣、俺の選挙を妨害したのか、ということを私に申したことがありました。それで私、一体何を根拠としてお前は選挙を妨害するというようなことを言うのかと、こうやり返しましたら、佐伯主任判事が、この席上でそんなことを言つちやいかんというようなことを、叱るような態度で言われましたので、別にその席でも荒立つようなことはありませんでしたが、後で地主の人達から聞きましたら、子分あたりがいつでも三四人ついて來ておりましたが、私を指さして、あいつの顏を覚えておけ、ということを尾津言つていたことを地主から後で聞きました。それでまあ直接私に言つたのはそれだけでございました。どうするかと思つておりましたところが、別にそれによつて子分が私に何らかの危害を加えるというようなことはございませんでした。
  69. 伊藤修

    委員長 若しくは脅迫の手紙をよこすというようなことはなかつたのですか。
  70. 百崎保太郎

    證人 そんなことはありません。ただ手紙は私には、明渡しの内容証明を出しましたときに、仲間の人を地上から拭い去る、この人を地上から……、これは柴田豊造、それは闇の商賣をしておるから、こういう者は地上から拭い去るというような意味のことを書いた手紙、それが或いは脅迫といわれれば脅迫のことで、後はちよつと法律的には訳の分らんような勝手なことを言つて來ておりました。それは併し脅迫のものではございませんのでしたが、当らない、ちよつと勝手な手前味噌のようなことを言つた手紙が來ただけで、それ以外には何も手紙は参りません。
  71. 伊藤修

    委員長 尾津執行停止で一度出たことがありましたね、そのときはどういう御感想でしたか。
  72. 百崎保太郎

    證人 実は私そのときちよつと案外でございました。ああいうのをどうして出したのか、調べが進んで証拠湮滅等の虞もないということだろうと思つておりましたが、実は保釈になつたことを聞きましたので案外に考えておりました。そうしておるうちに、直ちにその停止が又解除されて、又收容されたということを聞きましたので、聞いたのか、新聞で見ましたのか、それで裁判長の松本判事に私面会に行きまして、保釈を取消されたようですね、どういう理由でお取消になつたのですかということを聞きました。そうしたら住居違反で取消したということでしたから、住居違反だけですか、こう又私問い返しましたら、それ以外のことは聞いて呉れるなというような態度でございましたから、それだけで引下りましたが、ちよつと保釈のことについては、私としてはどういう理由が保釈にしたのか多少意外に考えておりました。
  73. 伊藤修

    委員長 そのときに、進行中の調停事件の解決のために、本人が保釈になつて來ればそれが促進し、若しくは解決する、結末を着けるという理由があつたのじやないですか。
  74. 百崎保太郎

    證人 理由書は拜見しませんから、そういう理由が出ておりましたかどうですか、必ずしも保釈をしなければ調停が立たないというような状況ではございませんでした。ただ代理人が、解決するのに本人に聞かなければいかんというようなことをよく申してはおりましたが、併し面会を禁止されたのではないのですから、面会に行けば、日さえ述べれば、面会に行つて詳細に担任の弁護士が聞けば分ることですから、保釈しなければ調停ができないというようなものとは私は考えません。現に拘禁中特に出て來て貰つて、そうして調停條項等を尾津自身もよく精読しまして、そうして調停が成立したのですから、拘禁されておるがために調停條項に威迫を加えられるとか、拘禁のために心にもない承諾をするとかというような状況では全然ありません。すべては初めから條項を相手の人に提示して檢討して貰つて、そうしてこれでよろしいということならばやる、できるだけ私は公明にやつてつたつもりであります、ですから、尾津が出なければ、これによつて威迫せられるというようなことはなかつたかと思つております。
  75. 伊藤修

    委員長 その当時の事情から申しまして、調停の内容とか、或いは調停をいつまでにしなくちやならんとか、時間的な関係とか、そういうことで尾津が保釈になつて出なければならんという情勢ではなかつたとおつしやるのですね。
  76. 百崎保太郎

    證人 保釈とこの調停の成立と余り重要な関係がないと思つております。
  77. 伊藤修

    委員長 そうですか。
  78. 百崎保太郎

    證人 そうして、大体のことを、初め出て來ましたときに、出廷させられたときに、弁護士、殊に上條君は自分は弟分だとか、兄弟分だとか上條君はよく言つておりましたが、すべては弁護士に委しておるという言葉も一度使つたこともあります。
  79. 伊藤修

    委員長 それは尾津が。
  80. 百崎保太郎

    證人 尾津自身が、調停の席上。ですから、私共から申しますと、もう委任を受けておる弁護士が、殊に書面によつて尾津に見られるように書面が作つてあるのだから、言葉でなくして書面で、字句で言葉がすつかり見られるようになつておるのだから、そうしてそれは裁判所で、彼が出て來ましたときにちやんとそれを見ておりました、控室で。そうしてこの調停室に入つて調停が成り立つたのです。ですから、拘禁ということと調定ということとはそんなに重大な関係にあつたようには私は感じませんのですが。
  81. 伊藤修

    委員長 どうですか、尾津組本件事件解決のため、或る官廳とか或いは政界の名士の力とか、政治的な運動をして、本件解決を有利に導くというような行動に出たということはないですか。
  82. 百崎保太郎

    證人 有利に導くというような行動があつたかどうかは、これは推測でございますから、直接その当の人に私が会つて聞いたわけでも何でもありませんが、岡戸から聞きましたか、山内龍之介というのから聞きましたか、何でもうしろの司法大臣をしておつた人がおつたので、それであなたと帳り向つても、なに、木つ葉弁護士、鎧袖一触だというような考えを持つてつたんです。こういう意味のことを、こんな言葉を使つたのではありませんが、こういう意味のことを一度聞いたことがあります。なほ上條弁護士は信州の人であり、塩野、前の司法大臣も信州の人であられるということを聞いておりますが、上條君と塩野さんとは同郷の関係とか、或いは塩野さんのところにおつて勉強をされた人であるとかいうことも聞きました。その他最近に辞められました司法大臣の一二の人が関係をしておられるというようなことを、日内龍之介から聞きましたか、岡戸から聞きましたか、そのことを聞きました。そこで、ああ成る程そういうわけで強がりを言つてつたのだなと、これは私の感想でありますが、そういう程度でございます。政治的の何らかの勢力が入つておるということをお尋ねになるとすればですね。
  83. 伊藤修

    委員長 そういうことがあつて、解決に苦心をされたというふうにはお考えにならんですか。
  84. 百崎保太郎

    證人 勿論この解決には私は相当苦心いたしました。
  85. 伊藤修

    委員長 特段的にそういうような政治的の圧迫が、非常にあなたの解決に阻害をしたというふうには感じませんか。
  86. 百崎保太郎

    證人 私自身にはそういう圧迫は來ておりません。成る程あとで強がりを言つたのは、地主の承諾がなかつたことははつきりしておりますし、土地占拠、そういう方面から考えても、政党の権限によつてあの土地占拠し得るということはない筈です。何度こちらから要求しましても劍もほろろの挨拶をされたり、そうして今申上げましたような強がりを言つておるのは、ははあ成る程うしろにそういう人があつて後援して呉れておるために、そういう強がりを言つておるのかと、あとで私が推論、推察いたしましたくらいの程度でございます。
  87. 伊藤修

    委員長 今記録が手許にありませんが、あなたが昭和二十二年十月二十四日附の最高裁判所でお述べになつたことがありますね、それはその通りでよろしうございますか。
  88. 百崎保太郎

    證人 ええ、どういうふうに記載しておりまするか、今申上げたようなことを私は申したつもりでございます。記載の書面を見ておりませんから、その記載がどういう記載でありますか分りませんが、私の申上げた通りのことを記載してありますとすれば、今のことと、或いは字句において多少違うかも知れませんが、趣旨においては変らんと思つております。
  89. 伊藤修

    委員長 今日伺つたのはそれ以上のことを伺つたのですが、大体同じような趣旨のことを記載してあります。
  90. 百崎保太郎

    證人 当時の私の考えとしては、尾津が実は調停の席上、多数の人がおります所で、私に頭を下げて、全く百崎さん、惡うございました、あやまりますと言うて挨拶をいたしましたので、それで尾津に対して私は相当にあの最高裁判所においては好意を持つておりました。ところが、その後私はあの土地の家屋の登記名義を必ず彼がしなければならない、調停によつてそういう規定になつておるにも拘わらず、到頭調停の事項を履行せざるうちに、彼の延滯、滯納税金のために差押えを受けまして、その地主が非常な苦澁を當めておる。ですから、私は今日では尾津君に対して何らの好意を持つておりません状況になつておる。ですから、その最高裁判所で述べましたことと今日とは多少言葉は違つておるだろうと思つております。
  91. 伊藤修

    委員長 今日のあれは趣旨は大体同じですが。百五十一帖以下ですか、三枚目ですね。
  92. 百崎保太郎

    證人 大体、これは間違いないと思つております、拜見いたさなくても。当時はできるだけ好意を以て述べております。
  93. 伊藤修

    委員長 若し調停條項從つて履行しておつたならば、税金で以て差押えを受けるというようなことはなかつたのですね。
  94. 百崎保太郎

    證人 そうです。それは調停條項には家屋の名義書換をするという條項がありますので、すぐにもして呉れるだろう。併し中におる人だから判こを持たないこともありましようし、印鑑証明等も取らなければなりませんでしよう。だが、外におる子分達が印鑑証明を取るのは何もそうむずかしいことではないので、名義書換をして呉れと、岡戸とか、松井とかは同じ部屋におるから、たびたび私が書面を書いて受渡書の形にして登記をした方が登記料の方も安くなるからそういうようなことまでして、そうして出しましたに拘わらず、あとで聞きますというと、その名義書換をしないうちに早く滯納税金の差押えをして呉れというようなところまで、手を廻したということまで聞きました。そうして登記名義が尾津喜之助の名前でありますために、今実はそれに対して訴を起しておりますが、止むを得ませんから、その解除をしなければならんで、五百五十万円の金を地主達が作りまして、解除してしまつた。そうしてそれから段々と尚それに引続いていろいろな問題が起つております。今もその話で、裁判所行つておりまして、ちよつと帰りましたら、こつちからお電話があつたということでありますから、こちらに参りました次号で、それで、これから裁判所に行かなければならないようなわけです。そういう事情があつて差繰つて罷り出た次第であります。
  95. 伊藤修

    委員長 そうすると、調停の履行ということが容易でないわけですね。
  96. 百崎保太郎

    證人 そうでございます。今日もちよつと又問題が一つ起りまして、その調停の五月三十日に明渡し地主がその占有を回復するということがちよつと困難な状況になつてしまいました。
  97. 伊藤修

    委員長 どうもお忙しいところを恐れ入りました。          〔証人西山義次君着席〕
  98. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 御存じでしようけれども、僞証の制裁がありますからどうぞ。……お名前は何とおつしやいますか。
  99. 西山義次

    證人西山義次君) 西山義次と申します。
  100. 伊藤修

    委員長 どうぞお掛け下さい。お年はお幾つですか。
  101. 西山義次

    證人 四十二歳、明治四十年三月十日。
  102. 伊藤修

    委員長 あなたは東京地方裁判所檢事をお勤めになつていらつしやつたんですね。
  103. 西山義次

    證人 ええ。昭和十六年九月一日附で区裁判所檢事局、それから昭和二十年の二月に地方檢事局に出ました。それから二十一年十一月まで勤めておりました。
  104. 伊藤修

    委員長 あなたは尾津喜之助といつ頃から面識がおありになつたんですか。
  105. 西山義次

    證人 最初昭和十七年の末か十八年に掛かつてつたと思います。多分昭和十八年に入つてつたと思います。私が区裁判所檢事局の一部におつたとき、中野警察で檢挙しました賭博事件関係が最初であります。
  106. 伊藤修

    委員長 それから尾津とお会いになつたのは、どういうような事項がおありですか。
  107. 西山義次

    證人 ちよつとその当時の事情を少し申上げますが、その事件と申しますのは、当時私一部におりましたので、淀橋、中野方面はたしか普通部の第二部に屬しておつたので、私の担当する事件ではなかつたのですが、何でも身内の者ばかりだと思いました、露店商の十数名か二十名前後の賭博現行犯事件として送局になつた。で、主任檢事はまだ余りそういつた事件に経驗が深くなかつたというので、たしか当時の次席だろうと思いますが、これはいわゆるテキ屋の身内が相当ある事件だから、拘留して調べろ、現行犯で來たのを、そのまま現行犯手続を檢事拘留に直しまして、そうして事件調べが始つて、三四月経つてからじやないかと思います。中にどうも全部やつておるというか、やつていない者もおるような事件だ、何しろ人数が多くて、係檢事も困つておるから、手が空いておれば少し手傳つてやらないかという話がありまして、私ともう一名どなたでしたか、当時十七年のあれは春頃から私は少し主だつた賭博暴力團の事件に手がけておりましたから、ではやりましようと引受けて、その事件を横から應援してやつたわけです。ところが、確かに二三やつておらない人がおつて、これを嫌疑なしで不起訴にして、残り全部を略式でその主任檢事の名前で起訴したと覚えております。何しろ当時拘留して調べておりましたが、釈放になつた次の日に何かモーニングかなんか着込んで挨拶に來た。そしていろいろ話をした。それがきつかけになりまして、区裁判所檢事局に……この頃はそうですね、三月に一回か、別にこれという陳情がましいことは、いつでもありませんが、出入りしておりました。地方檢事局に替りましてから、私はちよつと込みつた事件をやつた関係もありまして、二三回くらいしか役所に來ておりません。そういつたいきさつですから、最初の事件ちよつと縺れた関係で、私は特に印象付けられております。
  108. 伊藤修

    委員長 それは訪問したのは別に特段の用事はなかつたのですか。
  109. 西山義次

    證人 はあ?。
  110. 伊藤修

    委員長 尾津の訪問したのは……。
  111. 西山義次

    證人 それは尾津がやつて來て非常に、何といいますか、感謝をして、やつていない者はやつていない者で、やつている者はやつている者で、よく見分けをつけた、こう言つていました。
  112. 伊藤修

    委員長 その後区裁判所檢事、それから地方の檢事局に御在任中に、何かあなたの方に別に用事のあつたことは、いつでもありませんか。
  113. 西山義次

    證人 いつでも先生々々と言つて室に寄るというようなことで……。その事件と申しますのも、どうも全部調べましたところ、二三人だつたでしようか、確かにやつていない人があるのです。ところが、どうしても警察でも自白をしておりましたし、檢事の拘留のときの訊問に際しても自白をしておる。その後にも自白をしておるが、どうもやつていないというような事件でした。それでどうも私やつていない者を起訴しては、非常に上告になると困ると思うので、いろいろ話を聽いて見ますと、何でも四十八時間内の時間内で、警察でこの記録を間に合わせるために、二三やつてない者もあつて、どうもうまく行かないというので、尾津氏の鶴の一声で、余り手数を掛けちやいかんというので、みんな來たので、特に印象付けられております。
  114. 伊藤修

    委員長 あなたの個人的のお附合いというのは。
  115. 西山義次

    證人 個人的と申しますと、最初に何といいますか、個人的に会いましたのは、その年の十八年の秋口じやないかと思いますが、当時私二部に替つておりましたが、何ですか、淀橋警察署の監視巡査だと思います。召集が参りまして、應召するので、檢事局から送別会に誰か出て呉れという話がありまして、燒けてしまつた後どうなつておるか分りませんが、何でも駅前の直ぐこちらへ來たビヤホールの二階で、刑事係、司法係の送別会があつたんです。そこへ参りますと、始まつて暫くすると、先生やつて來たものですから、僕は当時の主任か部長かに、一体警察の送別会に土地の人が出るのか、何人出るのかと聞いて見たところが、いや今日は誰も出ない、一人も出ない、併しこの近くにいるので、先生やつて來たのだというので、僕はそれはまずいと言つて、もうほんの何といいますか、最後の方でございましたが、別に摘みものとビールを出すというような程度の会だつたんですが、私然るべく自分の会費を拂つて、そこを出ました。それがまあ個人的と申しますか、役所の建物以外における最初の附合いです。
  116. 伊藤修

    委員長 尾津の家を訪問されたようなことがあるのではないのですか。
  117. 西山義次

    證人 一度、私が東京の檢事局を、二十一年の十一月何日か忘れましたが、出まして、千葉縣松戸の……当事一人で有名無実でしたが、上席檢事ということで参りました。そのとき、参つた年の年末か正月かと思いますが、私、満洲から当時弟が引揚げて参つておりまして、それを連れて、あの辺をぶらぶらしておるときに、どうだ一遍こういう方面の人物に紹介して見ようかと言つておりました。正月か年末か覚えませんが、健康状態から、何でも体をこわしたとかで弱つておるときでした。それで自宅、自宅というのは新宿の事務所の横を入つた左側ですが……。
  118. 伊藤修

    委員長 当時もう尾津事件取調べが開始されておるわけですがね。そういうことについてお話がなかつたですか。
  119. 西山義次

    證人 いや全然知りませんです。
  120. 伊藤修

    委員長 あなたが訪問されたときにですね。
  121. 西山義次

    證人 二十一年の十一月ですか、去年の八月の今の所へ來たのですから、その前年です。
  122. 伊藤修

    委員長 問題は公にはなつておりませんが、問題はすでに起つているんですがね。
  123. 西山義次

    證人 それは全然知りませんです。併し、民事事件があるということは聞いておりました。
  124. 伊藤修

    委員長 檢事告訴もその年の夏に出ているわけですね。
  125. 西山義次

    證人 それは全然私知りませんです。
  126. 伊藤修

    委員長 要するに、檢事告訴が出ておるうちに、あなたの方でも訪問しておるし、向うもあなたの方を訪問しておるわけですね。
  127. 西山義次

    證人 どこへですか。
  128. 伊藤修

    委員長 今の檢察廳の方へですね。
  129. 西山義次

    證人 それが告訴が出た前後、いずれかは知りませんが、何か浅草で揉めごとが始つた当時だと思います。役所へ來て、たしか三階の普通部の部屋にいたときですが、芝山組と関根組と揉めると、ついては自分達としては、露店商組合としての関係があるので、どうしても芝山を應援しなくちやならないが、まあああいつた見得の利く人ですから、私が出ると大事になる、何か方法はないものでしようかという話で來たものであります。そのときには、もう日本人同士で詰らない喧嘩をしちやいけないと言つて帰したことがありますが、その後は來ておりません。そのときも私は、土地警察には、何か喧嘩でも始まりそうなことを言つている者もあるが、一つ十分準備して間違いのないようにという手当はいたしました。ところが、私自身どうして覚えているかというと、その後それについて何ら、うまく纏りましたとも、喧嘩が始つたとも、不平があるとも、電話の報告一つ受けておりません。それでどうも後どうなつたか、外の方面から解決をしたという話を聞いたようなわけです。その後は檢事局へ來ておりません。
  130. 伊藤修

    委員長 檢察廳が手を付けたのは、二十一年の十月か十一月頃から指揮しておるらしいですがね。
  131. 西山義次

    證人 私、当明普通部におつたんですから……。
  132. 伊藤修

    委員長 そういうことはお耳に入るでしよう。
  133. 西山義次

    證人 全然知りませんでした。
  134. 伊藤修

    委員長 尾津事件に手を付けておるということを……。
  135. 西山義次

    證人 ええ。民事事件については、ずうつと前からあるということは聞いておりましたが……。
  136. 伊藤修

    委員長 丁度その頃あなたが尾津を訪問していらつしやるんですか。
  137. 西山義次

    證人 年末にですか。
  138. 伊藤修

    委員長 あなたが丁度その頃に尾津を訪問しておるのですがね。
  139. 西山義次

    證人 それは私は確信を持つて申上げます。全然知りませんでした。当時の私の部長は中村信敏氏だと思いますが、どこで誰がどう指揮されたか、全然知りませんです。本人に会つたときも、全然話は出ておりません。
  140. 伊藤修

    委員長 ああいう大きな事事を取扱う場合には、全檢事が協議するのではないですか。
  141. 西山義次

    證人 いや、今どうなつておるか知りませんが、私が区におつたときの経驗では、首席と次席が打合せて、大体私三年ばかり部長をしておりましたが、部長を呼んで、お前の方の管轄だが誰か適任者はないか、こういうことくらいで、事件があると、事件ごとに次席と部長とが集つて、誰にやらせるかはそこで決めて、まあ我々の仲間で言う特命事件になつてしまつて、捜査の機密で、はたの者には全然分りませんです。特に、警察から身柄附きで送つて來る、或いは警察が端緒を得て指揮を受けに來た、いわゆる直告事件、そういつたようなものの指揮については、全然分りませんです。又お互いに、隣の人の席でやつておることを聞かないのを礼儀としておりましたから。
  142. 伊藤修

    委員長 そうすると、当時在勤中においては、尾津事件が刑事事件になつておるということは知らなかつた
  143. 西山義次

    證人 松戸へ行つて知りました。強制收容されて知つたのです。
  144. 伊藤修

    委員長 それは二十二年のことですね。
  145. 西山義次

    證人 去年の、尾津氏が松戸からこちらへ帰る時分ではございませんか。
  146. 伊藤修

    委員長 そうすると、訪問を受けたときも、訪問したときも、そういう話は出なかつたのですか。
  147. 西山義次

    證人 全然出ておりません。
  148. 伊藤修

    委員長 それは間違いない。
  149. 西山義次

    證人 間違いございません。ただ私証人としては事実を申上げるのですが、尾津に関するいわゆる地上権の問題ならば、私はむしろ本人に対して、人樣の土地の上で商賣するなということは眞向から言つてつた筈です。これは本人に聞いて貰うなり、傍で聞いておつた人もありますから……。本人の主張は、新宿復興の俺は恩人だというつもりでありましようが、私檢事として、まあ民事のことはそう詳しくありませんが、戰爭ですつかり燒けて、地上権が眠つてつて、まあ尾津氏個人の力ではありますまい、時代の流れでありましようが、新宿そのものが放つたらかして置いたところで何にもならんから復興しようと、そこが先生の着眼点になつて、それが新宿復興の魁になつたということはありましようが、回復したという事実がある以上すでに地上権があるので、人樣の土地の上で商賣をするということは、君達稼業として恥じやないかということを相当言つたつもりです。一度は僕の言分を聞いてくれやせんかという自愡れ感を持つたこともあるのです。
  150. 伊藤修

    委員長 それはいつそういう話をしたのです。
  151. 西山義次

    證人 一番僕がしつこく言つたのは、その僕が訪問したという前、その半年か七、八ヶ月前です。
  152. 伊藤修

    委員長 そうすると、民事事件が起る前ですか。起つてからですか。
  153. 西山義次

    證人 つまりどういう訴状がどうされたという、いわゆる確実な民事事件ではなしに、人樣の土地の上で商賣して非難されており、民事事件が起るという、そういつた常識的な意味民事事件です。それが起つていたときに、僕は出会つたときにそれをくどく申しました。その事実は、そうすると、誰かが智慧をつけるのか、まあ大して民事事件ということを苦にしてもいないようですから、日本の裁判所民事事件は暇がかかるか知らないが、とにかくはつきり黒白を付けられるぞ、人樣の土地の上で商賣が認められる世の中ではないということを断言して、どうすればよいかという、これは私個人の常識論ですが、そんなに復興に力があつたと自愡れるなら、どつか一角に一間間口でもいいから尾津商店というものを一つつたらどうか、それが百年先に名前を残すゆえんではないか、今のような四面楚歌ではしようがないということを言つた記憶があるのです。そういつた民事事件の場合の記憶は持つておりますが、その告訴状が出て、刑事の捜査が開始されたということは全然知りません。
  154. 伊藤修

    委員長 そうすると、民事事件が起る直前のようなお話ですが、そのときはまだ刑事事件は起るというような予想はしていなかつたのですか。
  155. 西山義次

    證人 刑事事件は後になりましたかどうですか、何かの新聞で、これは年末の話ですが、区長さんを訪問して、大声を出してどうかしたとか、相手方の代理人に罵詈雜言を吐いたという記事を見たことがありますが、この点で或いは我々の職業的な勘ですが、こういつたきつかけで暴力團狩でもやれば、刑事事件のいい端緒だというような氣がいたしましたが、当時むしろ中心は民事の問題ではないかと考えました。
  156. 伊藤修

    委員長 そのときに、訪問を受けたときに、そういう話が出なかつたのですか。
  157. 西山義次

    證人 刑事にですか。
  158. 伊藤修

    委員長 そうです。
  159. 西山義次

    證人 私は刑事事件では一回も聞いておりません。外の人のことも聞いておりません。
  160. 伊藤修

    委員長 暴力團狩の……。
  161. 西山義次

    證人 來ると、何といいますか、ああいう恰好で來まして、自分の何といいますか、商才を誇るとでも申しますか、こう行つて、ああ行つてこうなつているといういい話ばかりなんです。今誰にどう民事をされているか、どうされているという愚痴は一回も聞いておりません。
  162. 伊藤修

    委員長 民事事件についてあなたが御注意になつたと同様に、刑事事件について尾津に会つたことはありませんか。
  163. 西山義次

    證人 刑事事件についてはありません。それに大体松戸に行つてからは会つておりませんし、そのうち立候するだの何だのという、私としては全然反対の氣持の方にばかり行つておりますから、もうずつと誰にも会つておりません。
  164. 伊藤修

    委員長 街の顏役を全部檢挙するという指令が出た場合は、東京に見えたのですか。
  165. 西山義次

    證人 街の顏役を檢挙するときは見えて居なかつたと思いますが、私は東京で最初どこでしたか、とにかくその前に事件が東京に出ておれれば私の間違いですが、私の記憶するところでは、むしろ東京より一歩先に松戸で関根の配下を十数名逮捕しました。その方が早かつた思つて土地警察警視廳より先廻つた言つて、凱歌を奏してジーブで連れて來たことを覚えておりますがむしろ私の方が先でなかつたかと思います。松戸に行つてからではないかと思います。
  166. 伊藤修

    委員長 その当時から大体全國的に街の顏役に対して相当檢挙が行われるということはあり得るのですから、何か尾津に教えてやつたようなことはありませんか。
  167. 西山義次

    證人 全然ございません。專ら人樣の土地の上で商賣するなだけです。こう言うと奇異に感ぜられるかも知れませんが、私が昭和十六年九月以來東京に居りまして、まあ田舎から來たものですから、特に司法官試補、予備檢事というような、私九州に居つて、生れは京都府ですし、育ちが九州で、東京に來ても試補のときに教えて貰つたとか、予備檢事のときに指導を受けた先輩が殆んどいないわけです。まあ御承知だろうと思いますが、そういつた檢事局内部にあつて一應やつたつもりなんです。張切つて、仕事の当否は別として、相当敵は作りましたが、二十年、丁度司法省が燒ける直前に地檢に入りまして、それは私同期として先ず早く地檢に入つたつもりです。それはその当時特命事件を半年やつておりまして、終戰と共に時効になりましたが、やつて來たものが、一應松戸に轉任を受けたという事情でですね、その受ける前に、数ケ月の間の秘密に属する捜査について私の耳に入つておりません。非常に不満のようでございますけれども、割に何といいますか、東京の檢事局というところは階級ということよりも、東京における経驗の古さとか、又やつた事件の難易ということを割に見て呉れておつた土地です。勿論級からいえば下から四五番目に過ぎませんが、お前一番古いから千葉縣に出ろと言われまして、理由がそれだけならばあつさりお受けいたしましようといつて、半年程参つたわけでございます。ですから、今お尋ねの幹部の間で、こういう捜査を今計画しておるとか、或いはこの事件を誰にやらせるということは、残念ながら私の耳に入つておらんのです。
  168. 伊藤修

    委員長 要するに、尾津がたまたまあなたを承知しておる関係上、あなたを利用しておるというようなことはないですか。
  169. 西山義次

    證人 これは燒ける前のことでございますが、一度本人に僕が申しましたときには、本人が頭を低くして、自分のところの若い者がやつたのであるから申訳ないと申しておりましたが、何か海軍の服地の横流し事件かと思いますが、もう今被告人の名前を主任でなかつたものですから忘れておりますが、水交社出入りの、あの辺の、田村町の向う辺にある相当古い洋服屋さん達の事件でした。割当を受けた服地の一部が流れるという事件で、可なりの人数を、私第一部の長として指揮しまして檢挙したことがあります。その際に被告人の或る者が、西山に砂糖をやつて運動をするのだということを尾津が言うたので、まあよろしく頼むということを、私の部下の檢事が何か調べ中に聞いたものです。すぐ深く事情をその主任檢事調べさせ、私自身はむしろ調べを待つまで聞かずにおりました。何でもない、何という名前でしたか、林とかいう若いのがそう言つた事実があるというので、僕はどうも言葉の筋が、尾津本人がやつたのではないだろうという氣持が少し残つてつたのです。当時の捜査の進行では、尾津本人ではないということになつた事件一つございます。これは直接私が迷惑を被つた事件です。その他に……まあこれはその点で檢事としての行き道に非常に悩みもありますが、あれならば知つておるから話してやらうという、具体的に知りませんが、多々あるのではないかと思います。これは私ちよちよいと聞きますが……。
  170. 伊藤修

    委員長 或いは尾津があなたを利用しておるという言葉は想像できるですね。
  171. 西山義次

    證人 その点全く不徳の至りですが、確かにされておると、これは具体的事実があれば、体当りで直接行きます。併し具体的にどこで誰がどうされたということは、今の洋服屋さんの事件だけなんです。と申しますのは、これは細かいことになつてしまつて恐縮ですが、どうしてその事件に拘わりを持つて覚えておるかといいますと、その事件の、これは本当にざつくばらんなところなんでございますが、被告人の、私直接会つておりませんが、家内か何かが私の自宅を、当時麻布に住んでおりましたが、西瓜を持つて來て、子供が四つか五つで、食つていかんと母親に言われて、どうして食つていかんか、何か分らんで戸惑いをした。丁度麻布警察の裏におりましたから、すぐそこの捜査係に連絡をして、警察も御迷惑な話だが、これは役目のために受取を一本頂載をして、その品物は翌日相手方を呼んで渡して受取を取つて、又返したという事実があります。その被告人の筋と、今の砂糖を呉れるといつて運動するというのが同じ筋の被告人つたものですから、これは奴やつてるなというので、相当まあ突かしてみたのです。何でも当時の金で二三百は若い者が大分つたという程度のことが、そこで出しました。
  172. 伊藤修

    委員長 勿論尾津から金銭的な援助を受けていらつしやることはないんですね。
  173. 西山義次

    證人 ええ、絶対にございません。
  174. 伊藤修

    委員長 他に尋ねることは……。どうもお忙がしいところ恐れ入りました。
  175. 西山義次

    證人 私決してかれこれ申すのではございませんので、実は檢事在職中からもそうですが、区裁判所末期、地檢の最初頃に相当仕事を手掛けまして、具体的に名前を申上げませんが、あの方面にも何といいますか、パージになつた人ですが、申上げませんが、相当僕はいわゆる仕事の上の敵を持つております。併し例えば今度尾津氏が檢挙されたときでも、尾津がやられたならば西山危いぞという声は同僚から聞きまして、自分直接はそういうことは聞きません。併し主任檢事は誰かと言つた高木檢事だ、高木檢事なら俺の同期生だし、高木会つて一つ西山のことを尾津に聞いて貰いたい、十日間の拘留中二日潰してもあなたから聞いて呉れ、僕から言つては弁解がましいからというので、高木から聞いて貰つて、お前褒められておつた、褒められても困るが、利用されたのはこつちの落度だからそれは困るが、とにかく自分の立場は、そういつた私個人の口から言わさず、周囲のなにから見て貰いたいと、その当時から言つてつたのですが、実は本日御承知の、私重要物資在庫一斎取締の責任者として非常に多忙だつたものですが、率先飛込んで参りましたのですが、実はこの機会が欲しかつたのです。今日実は私が申上げたことに些かでも腑に落ちない点、或いは反対のことを申されることがありましたら、いつでもここに喚問して頂きまして、私はここでならば何でも申上げます。外部で申上げますと男らしくない、弁解のように聞かれますし、それともう一言、これは檢察全体としてお願いしたいことは、テキ屋風情と檢事が附合うのかという一つの見方があると思いますが、私の信念まで行きませんが、考えを申しますと、私の周囲には可なり來ます。今職務が全然違いますから來ませんが、これは一つの刑事政策的意味とでも申しますか、泥棒でも強盗でも刑務所で刑を終えて、前にいじめた檢事を忘れずに、その部屋に來て呉れるということは誠に有難いことなんです。変な抽象的な投書をされるより、お蔭で務めて來ましたと言えば……。私就職の世話したのもおります。そういつた意味からも、併しこれは若い人にば奬められませんが、利用はしなくてはいけない、併し相手を甘やかしてもいけないという限度を守つて、三月に一回ぐらは、どうだ、この頃何か間違いないかという程度のことは、私政策的には檢事としてはいいのじやないかと、こういう信念を持つておりますが、どうも勝手なことを言わして貰う機会がありまして有難うございます。
  176. 伊藤修

    委員長 実は私の方で質問して、いろいろな話を聞きますから、一應あなたに來て貰つて、むしろあなたの潔白と、或いは檢察廳の立場というものをはつきりさして置いた方がよろしいと思いまして、お忙しいところをお呼びしたわけです。
  177. 西山義次

    證人西山義次君) 逆なことを申上げておるわけでないのでして、その意味で本心から申上げておるのですから……。どうも有難うございました。
  178. 伊藤修

    委員長伊藤修君) それでは御報告事項を一つ申上げたいと思います。一つは、去る三十一日及び一日に亘りまして、杉山千代を伊東において取調べ、尚関係者として藍沢という前勅選議員、並びに杉山の父等を調査いたしたのでありますが、その点に対する調査報告並びに供述につきましては速記録に讓りまして、ここでは省略いたします。以上のことを御報告申上げます。  それから今後の当委員会におきましての取調の分担を定めたいと存じますが、先ず眞木康年の事件、蜂須賀事件、青木事件、資格審査不実記載事件等、この四つの分担を定めたいと存じますが、お手許に配付してありますごとき分担にすることに御異議ありませんでしようか。    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  179. 伊藤修

    委員長伊藤修君) では各分担の小委員会を設けまして、小委員会におきまして小委員長を互選下さいまして、各事件御担当の上調査進行願いたいと存じます。では、それだけを決定いたします。午後一時半まで休憩します。    午後零時十五分休憩    —————・—————    午後二時十四分開会
  180. 伊藤修

    委員長伊藤修君) これより司法委員会を開会いたします。本日は刑事訴訟法を改正する法律案を議題に供します。先ず先般政府委員の一般説明がありましたから、それに対しまして本日は逐條審議に入る前に、先ず一般問題について御質疑をお願いすることにいたします。
  181. 鬼丸義齊

    ○鬼丸義齊君 ちよつと準備しておりませんので、逐條に今日はお入り願えませんでしようか。
  182. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 全体に通ずる御意見があると思いますが、それを先ず伺つて……。
  183. 岡部常

    ○岡部常君 今回提案されました刑事訴訟法を改正する法律案につきましては、前回に政府委員の御説明を伺いまして大体の御趣旨は拜承いたしましたが、私共といたしましてお伺いしたい点もありますので、順次申上げたいと思いますが、先ず第一に理由としてお挙げになりました新憲法に即するように改正する。殊に基本的人権という新憲法の大精神を酌み取つて提案せられたことはよく分るのであります。又それにつきましては緊急措置法によつてすでに十分お考えになり、又すでに一年間御施行になりましたことでもあり、それらも十二分に採入れられておることと承知いたすのであります。この点は我々としても滿幅の賛意を表する次第でありますが、この提案の理由の中にも示してありまするように、これは日本の法系が從前ドイツ務系であつたのが、今回英米の法系に切換えられたという重大な場面に到達しておるのであります。この画期的な改正に当りましては、恐らく我々の想像するところによりましても分る通りに、司法当局の陣営ということが余程重大な問題になるのではないかと考えるのでありますが、現在の機構それから陣容を以てしては、聊か足りないのではないか、力が足りないのではないかという感じもあるのでありますが、それらについてどういう考えで運営をなさるつもりであるか、もつと具体的に申しますれば、檢察院なり或いはそれに附随するいろいろな機関がありましよう、そういうものの陣容について、どういうお考えを持つておられるか、承りたいと思います。
  184. 木内曾益

    ○政府委員(木内曾益君) お答えいたします。只今岡部委員からお話になりました御心配の点につきましては、私共も一番頭を痛めた点であります。ただ理想といたしましては、判事、檢事或いは裁判所の書記その他職員を相当増員する必要もあると思つておりますし、法廷等の設備につきましても十分考慮しなければならん点があると考えておるのであります。併しながら、とにかく刑事訴訟法は前にも申上げました通りに、新憲法の要請しておる基本的人権擁護について最も重大な関係のある法案でありまして、結局如何に新憲法が実施されたといたしましても、これに照應する刑事訴訟法が実施されなければ、到底新憲法の趣旨を実施することができない、かように考えておるのでありまして、その意味におきまして、かような法案を急いで提案いたしたようなわけでありまして、どうしてもこれは一日も早く実施しなければならんという情勢にあるわれであります。そこで先般の刑事訴訟應急措置法の実施の場合に当りましても、当時私はその一線を承つてつたのでありますが、從來よりかように急激な変化を來した手続を実施するということは、到底人手の関係等から見てもやれない。我々はかようなことを早急に実施されても、治安維持の重責を完うすることはできないとまで当時申していた次第であります。併しながら実施された以上は、私共はこれは責任を持つて何とかやつて行かなければならんというので、手不足その他不十分ながらも一生懸命やつてみますと、今日までその点についてさしたる支障もなく、むしろよい結果を來しておるような次第であります。そこで今度の改正案のような手続が若し突如として出たといますれば、相当の齟齬を來したであろうということを考えられるのでありまするが、まあとにかく應急措置法の戦で、相当期間訓練をされて、而もその結果は誠に良好に進んでおるのであります。その点から考えまするならば、大体裁判手続は更に変つておりますけれども、少くとも捜査の面から申しますけば、この應急措置法の線を條文化したわけでありまするから、私共は手不足ながらもとにかく何とかしてやつて行けるという確信を持つておる次第であります。  尚裁判手続の方につきましては、成る程一審の方は非常に鄭重になりまして、その日数は或いは今日よりも長くなるのではないかということは考えられるのでありまするけれども、その半面におきまして、控訴審以後の手続が從來の控訴院のような覆審制を採つておりませんので、更に同じ手続を繰返すことは必要がないというような点から、裁判所ならば高等裁判所の判事、或いは檢事ならば高等檢察廳等の檢事を配置轉換するなりいたすは勿論のこと、その外、実施の予定が來年の一月一日としておるわけでありますから、その間におきましてできるだけの努力を拂いまして、この手続を円満にやつて行けるようにいたして行きたいと、かようにえ考ておる次第であります。
  185. 岡部常

    ○岡部常君 私共幾分か懸念しておりましたところでありますが、今の御説明によりまして、むしろ過去の実績はいい道を辿つておるように承知したしまして、甚だ心強く感ずる次第であります、ただまだ應急措置法が施行されてから年月が経たないことでありますから、恐らく試みの程度のことが相当多いじやないかと考えるのでありますが、その施行の間におきまして得られました経驗、それはまあ十分これに織込んであると存じますが、私共が具体的に見もし聞きもし、又抽象的に考えたところによりますと、警察制度が今回画期的の変化を遂げまして、それによつて少くとも檢察陣は何らかの影響を被つておるということは、これは勿論であろうと思うのでありますが、これらにつきましてはどういうふうなお考えでありましようか。又それに対しまして特別の警察官を設けられておられるのですか、それらの傾向はどういうふうなものであるか。そういうことを一つ承知して置きたいと思います。
  186. 木内曾益

    ○政府委員(木内曾益君) お答えいたします。この檢察官と司法警察官との関係におきましては、先般も御説明申し上げました通りでありまして、私共の方の考えといたしましては、警察制度が御承知のように非常に分化いたしましたために、警察力というものは一時以前よりは弱体化するのではないか、そのために警察の犯罪捜査能力に非常な影響を與えるものではないかということを、私も懸念いたしておる次第であります。そこでこれを統一し、これを活用いたしまして、治安維持の責任を負う中心は檢察官でなければならないと、かように考えておる次第であります。そこで一見警察法によりまして、警察官が檢察官との関係におきまして、從來の関係よりは指揮等の関係が弱くなつたのではないかというふうな一應の懸念もあるわけでありまするが、今度の訴訟法によりましては從來の指揮権とは形は多少変つておりまするが、とにかく一般的指示をする司法警察職務規範といたしまして、いわゆる司法警察についてのいろいろの手続についての準則を定めることができることになつている点は、これ亦從來と同じでありまするし、そうして檢事がみずから事件処理する場合におきましては、警察官をその指揮下に入れて、これを指揮して捜査することができる、それから尚又檢事の手に移つておらない間の場合でありましても、この分化された各警察に対しまして一般的指揮もできるということになつておりますので、見方によりましては、從來の司法警察官に対する檢察官の指揮という面は強化されたと私共は考えておるわけであります。殊に從來の指揮の場合におきましては、指揮してこれに從わない、いわゆる命を受けて而も何もやらないというような場合におきまして、これを如何ようにするかという点につきましても、法的の根拠が十分でなかつたのであります。ところが、今回は檢察官の指示又は指揮に從わない場合においては、罷免又は懲戒の訴追もできるというようなことになつておりますので、実質上におきましては、司法警察職員に対する檢事の指示又は指揮権は從來よりはより以上に効果を発揮し得ると、かように考えておるのであります。そこで、警察の分化による治安維持というよような面から申しますれば、今回の改正法案が実施される暁には、現在より以上の効果を現わし得ると、かように考えておる次第でございます。
  187. 岡部常

    ○岡部常君 只今政府の方でお考えになつておられまする新らしい檢察の陣容、言葉を換えていいますれば、警察陣営を充実する大体の御構想でもありましたなら、それを一つ承りたいと思います。
  188. 木内曾益

    ○政府委員(木内曾益君) その点につきましては、未だ判然たる確信を持つて申上げる域に達しておりませんが、御承知通り檢事の方は早急にこれを充員することもできないのでありまするから、そこで比較的任用の資格が低くなつておりまする副檢事をできるだけ多く採用いたしまして、これを活用して行きたい。それから尚檢察事務官を一層充実させる。そうして教養訓練をいたしまして、そうして檢事の手の足りないところをその方面で補つて行きたいと思つておるのであります。そうして尚副檢事は、現在の檢察廳法によりますると、区の仕事しかできないことになつておるのでありまするが、今度の刑訴の改正案によりますると、簡易裁判所の管轄する事件というものが、要するに罰金に当る罪及び罰金を選択刑にしておる犯罪でありまして、その罰金に処する場合だけの事件に限られておりまして、現在は窃盗とかその他の体刑の分もその管轄になつておりまするが、それが除外されることになります。そのために簡易裁判所事件が管轄が狭くなるわけでありまするから、從つて檢事の担当する仕事の範囲も狭くなりますので、これを副檢事も地方檢察の仕事もできるように、檢察廳法の改正をいたしたいと思いまして、それを目下立案中でありまして、それは是非今國会中に出したいと思つておるのであります。さような方法を以ちまして、先ず一應人の整備を図り、そうして尚先程も申しました通り、実施が明年の一月一日を目途といたしておるのでありまするから、その間におきまして、できるだけ在野法曹からも檢事の方に採用するように努力いたし、又檢事の資格ある人で、現に現職に就いてない方面からも物色いたして、できるだけ人を充実いたしてやつて行きたいと、こういう考えであります。
  189. 岡部常

    ○岡部常君 この改正によりまして恐らく被疑者、被告人の拘置、訊問というようなことにも若干の影響があると存じまするが、それにつきまして、そういう拘置所の問題、拘置所の整備というようなものについては、何らかお考がありますかどうか、それも一言お願いいたします。
  190. 木内曾益

    ○政府委員(木内曾益君) その点については非常に心配いたしておるのでありまして、現在でも手一ぱいのところでありまして、この点につきましては、この行刑担当の係の方におきまして、これを充実するといろいろの点を考えておりまして、予算的折衝もできておることと思うのであります。ただ拘束さるべき者は、今度の改正案で行きますと從來よりは相当少くなると思うのであります。御承知通り一審におきましては、保釈は一定の條件以外のものは全部、まあ私共が権利保釈という言葉を使つておりまするが、保釈の請求があれば必ずこれを許可しなければならないということになつておりまする関係上、從來のように長く拘束して置くという場合が非常に少くなりますので、改正案が実施されるといたしますれば、いわゆる未決拘留というものは、まあ数的根拠はちよつと想像できませんけれども、非常に少くなるという考えを持つておるわけであります。
  191. 岡部常

    ○岡部常君 從前のドイツ法系がこのたび英米法系に置き替えられるというところで、我々の頭に直ぐ浮びまするのは、交互訊問制の問題なのであります。世間の関心もこの点に相当添いものがあるように私は感ずるのであります。先日の御説明によりますると、尚研究を要する点がある。表面には表さないが、これを運用の点で目的を達するようにする、交互訊問制に近い方式を採るというふうにやつしやいましたが、この点一つもつと具体的に御説明願いたいと思います。
  192. 木内曾益

    ○政府委員(木内曾益君) この改正法案はもともと英米法系を土台にしてできたものでありまするが、併しながら大陸法系にもまた非常にいい点もありますので、要するに、英米法系を中心とし、それに大陸法系のよい所を多少織込んでできたのがこの改正法案の骨子になつておるわけであります。公判廷の審問の方法といたしまして、いわゆる純然たる米英の交互訊問制を採るかどうかということにつきましていろいろ論議があつたわけであります。ところが、交互訊問制のみということとなりますると、大体御承知通り英米の形式では、最初先ずアレイメントの制度を採る、これは先般申上げました通り、憲法上のいわゆる自白の問題とは違うれれども、甚だその点についての疑問の点もありましたので、そういう制度を採らないことにして、それから尚裁判所被告人又は弁護人とそれから檢察官側との交互訊問のみに委せまして、裁判所がただそれを判定することに委せて置くということは、やはり眞実発見の上から行きましても、どうかという疑問もありましたので、むしろやはり審問の形式は裁判所が先ず訊問しまして、そうしてそれから後に一種の交互訊問の形で、これは純粹の交互訊問ということになりまするか問題でありまするが、要するに、從來の補充訊問の形より一歩進めた強い形で、交互訊問制に類似の方法で双方が訊問するという形で行つた方が、より以上に眞実発見の上によいのではないかというので、こういう純然たる英米法式のものを採らなかつたわけであります。  アレイメントの点について私が申した趣旨が十分徹底しなかつたかと思いますから、足りなかつた点をちよつと補充申上げたいのです。結局アレイメントは今日憲法違反の疑が多分にあるというので採らなかつたわけであります。
  193. 伊藤修

    委員長伊藤修君) それから先程岡部さんが御質問中に、檢察廳と警察とは拘置関係はいずれも現在は賄える見通しがあるという御説明がありましたが、裁判所関係して現在の判事の陣容で賄えるかどうか、若し賄えないとすれば、どれだけの数を殖やさなければならないか。又その数は賄えるかどうか。そうして本法の施行によつてどのくらい予算が要るかという点を御説明願いたいと思います。
  194. 木内曾益

    ○政府委員(木内曾益君) 裁判所の陣容の問題でございますが、これはなかなか私もむずかしい問題だと思うのであります。それで、私共の方としては、とにかく裁判所の方に折衝いたしまして、先程申しました通りこの刑事訴訟法というものは憲法附属の最も大事な法典であり、一日も早く実施すべきものと考えますので、檢察官側と同樣の意味におきまして、一つ仮に……人手が現在のままでは不足いたしておるることは勿論でありまするけれども、そこを一つ何とかしてやつて頂けるように折衝いたしておる次第であります。裁判所の方におきましてもこれについていろいろ意見もあるようでありまするが、裁判所としてはまだ結論に達していないという状態でありまして、私共の方も折衝して、何とかして、とにかくこれを動かし得るように交渉をして努力したいと思つておる次第であります。
  195. 伊藤修

    委員長伊藤修君) それは抽象的な御議論で、実際運用する上において人が足りなかつたらできないことになるんじやないか、聞くところによると、千名以上の補充がなければ到底運用ができないということを聞いております。若しそうだとすれば、この施行期間ですね、本年一ぱい、いわゆる來年の一月一日から施行する場合において、この運用ができるかどうかという重大な問題に逢着するんですが、それを明確にして頂きたいと思います。
  196. 木内曾益

    ○政府委員(木内曾益君) それで、私共の方といたしましては、成る程一審につきましては、從來より手数が掛かるが、控訴審等においては、もう殆んど、殆んどと言つてはおかしうございますが、書面審理の場合がまあ多いのではないかと思われる。で、殊に、更に取調べの必要がある場合においては、原判決を破棄して、一審裁判所に差戻す、差戻した場合におきましては、第一審と同じように、最初から全部を取調べするわけではなくて、そうして破棄した点についてのみ、審理をするわけでありまするから、全体といたしましてはそう私共は仕事が煩雜になつて参るとか、又何倍も人を殖やさなければやれないというようなものではないのではないかと、かように思つておる次第であります。
  197. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 現在の制度では、到底これが本年だけの猶予期間では賄い切れんということを伺つておるのでありますが、それが賄えるという御確信ですか。
  198. 木内曾益

    ○政府委員(木内曾益君) 私共といたしましては、これはとにかく何としても賄つて行かなければならんと、かように思つておる次第であります。
  199. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 御希望はそうであるが、人の問題であるから、その人が、そう無暗やたらに採用できるわけでない。陣容がそれだけで整えられるかどうかということを聞いている。確信を伺つている。それと、施行期日の問題に逢着しているわけです。
  200. 木内曾益

    ○政府委員(木内曾益君) これは、一つ問題は裁判所の問題でございまして、私共の方で直接こうしろ、ああしろということは言えない立場でありますけれども、そこは一つ裁判所と協議しまして、とにかく何とかやり得るところまで持つて行くというように、私共は考えておるわけであります。
  201. 伊藤修

    委員長伊藤修君) その具体的の、責任のある御答弁を後日に一つお願いすることにいたします。
  202. 木内曾益

    ○政府委員(木内曾益君) ちよつと速記を止めて頂きたい。
  203. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 速記中止。    〔速記中止〕
  204. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 速記を始めて。
  205. 宮城タマヨ

    ○宮城タマヨ君 ちよつとお伺いいたしますが、新らしい憲法の下に改正されました今度の刑事訴訟法で、妊娠いたしました婦人や、それから出産前後の婦人、それから生れた子供の取扱などにつきまして、何ら新らしいものがどこかに織込まれておりましようかということをお伺いいたしたい。やはり新らしい憲法の下に制定されました兒童福祉法では、すべての子供は身心共に健かに生ませられなければならないし、生れた子供は健全に育てられなければならない。そうしてすべての子供は等しくその生活を保障され、愛護されなければならないということが兒童福祉法の第一章の冒頭に謳われておりますのでございます。こういう意味から言つて、この兒童福祉法と睨み合せて、何か從來のものと変つた点がございましようか。又変つた考えを織込まれておろうかという質問でございます。第四百七十九條以下四百八十三條までのところに、ちよつとこの問題に触れて條文がありますけれども、それを見ますと、從來のものと余り変つていないように思つておりますが、どこかにそういう氣持が織込まれてございましようか。
  206. 國宗榮

    ○政府委員(國宗榮君) お答えいたします。御指摘になりました問題につきましては、特に新らしく刑事訴訟法にそれを規定したという点はございませんでございますが、御指摘になりましたように、七百四十九條以下におきましての運用の問題におきまして、その精神は十分に採入れるつもりでおりますし、又保釈等の運用、勾留、執行等の問題につきましても同樣な運用の仕方をしたいと考えておりますのと、もう一つ、この点は多少直接ではございませんけれども、特に新らしく身体檢査令状というものを考えまして、殊に懷胎している婦女の身体の檢査につきまして、そればかりではございませんけれども、身体檢査につきましては、訴訟法の建前から申しまして、十分な法の手当を加えて行こうというように考えまして、この点は間接ではありますけれども、多少その精神を織込んだ規定かと考えております。その外に現行刑訴と比べして、取立てて新らしくその点を考慮いたしまして変つたという規定は実はございません。
  207. 中村正雄

    ○中村正雄君 現在の訴訟法の大体大陸法案系のものを英米法に改正移行をいたしているわけでありますが、特に準備があるかないか分りませんが、お尋ねしたいと思いますのは、英米法と大陸法との中で、刑事訴訟法の基本的行動に関しまして、どういう趣旨を没却し、どういう趣旨を採入れたか、又それはどういう條文であるというふうに、何か体系付けられたものがありますればお示しを願いたいと思います。
  208. 國宗榮

    ○政府委員(國宗榮君) 只今の御質問にお答えいたしますが、提案理由で御説明申しましたように、本法案は憲法を実施いたしますために当然に英米法的な考え方を入れなければならなかつたのでありまして、そうして憲法の実施を忠実にいたしますための英米法的観念を採入れて参つたのでありますが、そして現行刑訴にありますような從來の大陸法的な思想を調和させまして、新らしいここに刑訴を作つたのだというように御説明申上げたと思つておりまするが、然らば、それはどこがどういうふうにと、ここで直ちに御指摘申上げることは実は甚だ混み入つておりまして困難と存じますが、その点につきましては、後程詳細に、どの点がどうだという点を調査いたしまして、そして書物にいたしましてお答えいたしたいと思いますので、如何でございましようか。
  209. 中村正雄

    ○中村正雄君 次に警察官と檢察官との関係についてちよつとお尋ねいたします。今度の警察法によりますと、警察官自体が一つの捜査主体となつておる、今までのような檢事の補助機関でない、こういう点が新らしい刑事訴訟法の改正案にも謳われておりますが、ただ改正案を見てみますと、捜査主体の第一線が警察官にあつて、檢察官の方は何か後方に廻つているというような感じがするのです。と申しますのは、現行の二百四十六條に行きましても、「檢事犯罪アリト思料スルトキハ犯人及証拠ヲ捜査スヘシ」、こうありますが、改正法によりますと、百八十九條で「司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする」とございまして、百九十一條で「檢察官は、必要と認めるときは、自ら犯罪を捜査することができる。」と、こういうふうになつているわけなんでありまして、從つて檢察官と警察官とはおのずから犯罪捜査につきまして主体が違う。そうして今度の改正法によりますと、警察官が犯罪の捜査の場合第一線に居つて檢事は何か後の方に後退しているのではないかという感じがするわけですが、この点につきましてどういう御見解かお聞きしたい。
  210. 國宗榮

    ○政府委員(國宗榮君) お答えいたします。警察法が施行されまして、又從來の警察官が檢事の補佐又は補助としての捜査機関という建前を止めまして、独立の捜査主体であるという建前を警察法は採つて参りました。で、警察法の建前と刑事訴訟法の建前とを合せますために、同時に又これは國家の一つの犯罪捜査の機関の機構の作り方でありますが、これが從來の檢察官を主体といたしまする捜査の建前を止めまして、ここで改めて警察官独立の捜査権限を刑訴においても認めることにいたしたのでありますが、お説の通り警察官自体、これは犯罪捜査、これは警察官として警察本來の任務としてやらなければならないものであると考えております。檢察官は、檢察官も犯罪捜査をするのでありまするけれども、併し檢察官といたしましては犯罪捜査は公訴の維持並びにその遂行ということの前提の段階に相成りますので、今後檢察官のあり方といたしましては、公訴の維持とその遂行ということが基本的なものになろうかと考えまして、そういう考え方からこの百九十一條に「必要と認めるときに、自ら犯罪を捜査することができる。」という規定を実は設けたのでありまして、これは從來の檢察官が犯罪捜査の主体となりますというと、司法警察官は特に権限を持つておりませんから、これを手足として捜査ができたのでありますけれども、警察官が今後独立して主体になつておりますし、檢察官はこれを手足のごとく使うこともできないのであります。從いまして、檢察官みずからが犯罪捜査をするという場合は極く稀な場合であります。いずれも檢察事務官を使い、或いは警察官を使つてやるのが捜査の通常の事例であります。そこで、この法律の建前から申しますと、犯罪がありますその捜査の第一の責任を持つております者は、これは司法警察職員である、それから檢事は補充的に、第二次的に捜査がみずからできる、こういう規定を設けたのでありまして、ただこれは捜査の関係だけであるのでありまして、その捜査の今度は具体的な警察官と檢事との関係を、指揮或いは指示という関係になりますと、百九十三條の規定によりまして行い得られるわけであります。檢察官が現行刑訴と違いまして、この捜査の面におきまして補充的な或いは第二次的な捜査の主体であるということになりましたことは、大きな変革だろうと考えております。
  211. 中村正雄

    ○中村正雄君 次に今のに関連してでありますが、百九十三條によりまして、檢察官の指示権なり、指揮権なり、或いは司法警察に対するのでありますが、これは載つておりますが、これからいいますと、いわゆる犯罪捜査の実際の運用でありますが、司法警察職員が大体第一線に立つ、第一次的にやつて、檢察官は第二次的、こうなつておりますと、実際問題としまして、司法警察官が犯罪捜査をやる場合において檢事の指揮を受ける。百九十三條は檢事の方から一般的な指示なり、或いは特定の場合の指揮権を認めておりますが、司法警察職員の方から檢事に対して指揮を求めるということはありますかどうですか。
  212. 國宗榮

    ○政府委員(國宗榮君) 法律の建前から申しますと、犯罪捜査を警察官がする場合に檢事の指揮を求めずとも独自にやり得るのでありますが、事実上は檢察官にその指揮を求めることがあろうかと存じます。この百九十三條によりまして、御承知通りに「その捜査関し、必要な一般的な指示をするこにとができる。」、こうなつておりまして、「この場合における一般的な指示は、公訴を実行するため必要な犯罪捜査の重要な事項に関する準則を定める、」例えて申しまするというと、この一般的な規定、司法警察官執務規範というようなものを檢察官が定めまして、そうして犯罪捜査については重要な事項の基準を定めることができますし、それから更に「捜査の協力を求めるため必要な一般的措置」と、非常に分りにくい文字で書いてありますが、これは各自治体個々に分れました警察相互間、それらの力を調整いたしまして、檢事が、例えば檢察側といたしましては、一般的な魚の全國的な一斎取締をしたい、檢挙をしたいという場合におきまして、その檢挙方針の企画を定めまして、これによりまして、各個々に分れた警察がそれに協力することを指揮することができるという一つのものを説けまして、更に檢察官がみずから犯罪を捜査する場合には司法警察職員を指揮することができる。これが本來の個々の具体的の指揮でありまして、百九十一條の関連から申しまして、檢察官がみずから犯罪を捜査する場合には、これは具体的の指揮ができるので、指揮しました場合には、警察官はその限りにおいて檢察官の指揮を求めて動かなければならない。併し一般的には警察官が指揮を求めて來なくても、独自にやれることになつておるわけであります。
  213. 鬼丸義齊

    ○鬼丸義齊君 私は数項に亘つて疑問を伺いたいと思つておりまするが、取敢えず最も私は重要なることかと思いますることは、控訴審における覆審制度を止めた点であります。第一審判決が不当であるということが、控訴審において認められました結果、第一審判決を破棄して原審に差戻すことになつたようでありまするが、原審差戻しの場合において、原裁判所に差戻す場合と、同等なる他の裁判所に送る場合と二樣あり得るように思いますが、それはどういう点を根拠にして区別されるのでありますか。その点を先ず伺いたいと思います。
  214. 國宗榮

    ○政府委員(國宗榮君) お答えいたします。その点は現行法が、この破棄差戻しをやります場合に同樣な規定があるのでありまして、それは原裁判所に差戻した場合に、原裁判所が控訴裁判所の考えておるような妥当な裁判をすることができないというやうな事情を考えられる場合におきまして、これを同等の他の裁判所に差戻す、こういう趣旨で、他の裁判所も現行法と同じように入れて置いた次第でございます。
  215. 鬼丸義齊

    ○鬼丸義齊君 申すまでもなく裁判所の、司法権の独立と申しましようか、裁判官はその良心從つて公正妥当な判決をするのでありまするから、些かでも他の制約等が加わつたならば、直ちに裁判官の自由意志の制約を受けることになると思います。若し第一審裁判の判決をいたしまするには、言うまでもなく第一審裁判官としては、良心從つて正しく裁判をしたことと思います。それがよくない、不当であるということで控訴審で原判決を破棄されました場合に、そういう裁判をしていけないからということの理由によつて破棄差戻しをしますというと、直ちにこれは司法権独立の本体に触れることになると思います。只今政府委員の答弁に從いますと、原裁判所に差戻すことが適当でない場合に同等な他の裁判所に送ると、こういう御答弁でございましたが、この点は非常に重要な点でないかと思います。司法権の独立に対しまする大きな制約を與えることになるのではないかと思いますが、ただ現行法がそういうふうになつておるからそれで以てよろしいのだ、現行法におきましては、上告裁判所の場合において原判決を破棄して、原審裁判へ差戻すということもあり得ますが、これは大体において法律上の違反に基く場合が多いのです。ところが控訴の場合におきましては、覆審ではないにいたしましても、とにかく廣き範囲において原審裁判の適当ならざる場合にはこれを破棄して、最後の審判を第一審において行わしめる趣旨であろうと思います。そういうことになりますというと、何らかのそこに規定を以てむしろこの原裁判所に差戻すということは適当ではないのではないかとも考えますが、その点どうでありまするか。ただ現行刑事訴訟法において、上告審の場合における差戻しの規定があるから、それにただ則つたのだということだけでは甚だ不安だと思います。非常な司法権に対しまする一つの大きな制約を加えるようにもなりまするから、この点は、若しこの原審裁判所に差戻すべからざる新らしい規定をなす、その間の区別というものは、そういう曖昧な規定では如何かと思いまするが、その点どうでありますか。重ねて伺いたいと思います。
  216. 國宗榮

    ○政府委員(國宗榮君) お答えいたします。御説の通りに、この裁判の独立という問題につきまして十分愼重に考慮しなければならんことは、私も当然だと思うのであります。從いまして、裁判所の判断に対しまするところのこれを変改いたしますのは、これは上級審によるところの裁判によつてやらなければならないものだと考えております。で、裁判所法の第四條によりますと、この点につきまして上級審の判断が下級審を覊束するような規定がございます。從つて只今御指摘になりましたように、破棄する場合に、原裁判所に差戻さずに、他の裁判所にこれをやるということにつきまして、何らの規定がないという点で非常に御懸念でございますけれども、上級裁判所はその点につきまして、十分な判断を加えまして、そうして原裁判所に差戻すよりも他の裁判所へ差戻した方が妥当だと、こう裁判所は判断するのじやないかと考えております。この点は上級裁判所の自由なる判断に信頼を置いてもいいのではないか、かように考えておる次第でございます。
  217. 鬼丸義齊

    ○鬼丸義齊君 私の質問の趣旨が徹底しないかも存じませんけれども、現在の上級裁判所、下級裁判所を覊束いたします場合の規定、或いは又現在の破棄によりまする差戻しの規定は概して上告審でありまして、上告審或いは管轄違いという本案自体に関します判断は殆んどなく、この場合におきましては本案に触れることになるのじやないかと思います。少くとも裁判所は、第一審裁判においては、その良心の命ずるところに從つて、本裁判はかく裁判せねばならんということにして判決したのでありますが、それが控訴審の眠から見るならば適当でない、こういう結論を得たとするならば、少くも第一審裁判裁判とはその上に見解を異にして、第一審裁判は少くともその事件に対する見方が違つておる、違つておるということが、即ちやはりおのおのの見るところによる違いでありまして、それが私のいわゆる裁判の独立性を意味するのではないかと思います。少くも私は本案に対しまする判断は、司法権独立を確保いたします上において、たとえ上級審が下級審を覊束するといたしましても、これは制度の上においてむしろ私は禁じて置くことの方が、少くとも司法権独立に対しまする趣旨に適うのじやないか、かように思うのであります。例えば第一審裁判において、かくかくの程度において本件を処分すると仮にいたしまして、被告人が不服なりとして控訴し、控訴審において審理の結果、原判決は被告人の控訴申立てのごとくに不当である、この場合不当なるが故に原裁判はこれを破棄して、原裁判所に差戻すと、こう仮にいたしますならば、正しいものなりと信じて判決したものが、人の見るところによつてつておりますならば、第二回目の裁判というものは、本人いわゆる裁判官みずからが信じたところとは違つた結果になるのであります。これは私は裁判の上において一番大切なのではないかと思うのであります。覆審制度を廃止しまして、一審中心の裁判となるからにおきましては、一段とこの点を私は考慮して立法しなければならんものと思いまして只今伺つたのでありますが、お考えのごとき御答弁でよろしいかどうかを重ねてお伺いいたします。
  218. 國宗榮

    ○政府委員(國宗榮君) 誠に御尤もな御質問だと思います。併し、例えば本案につきまして量刑の問題、或いは事実の認定の問題につきまして、控訴審が原審の裁判に対して、それは不当であるとして破棄いたします場合に、原審はこれを正当なりと信じてやつたものにつきまして、原裁判所にこれを差戻しまして、原裁判所に更に上級審の覊束力によつて、これの範囲において裁判をさせるということが非常に困難を見られる場合もあろうかと思うのであります。從いまして、そういう場合を予想いたしまして、他の裁判所にこれを移送いたしまして、差戻しまして、そうして新らたなる裁判官によりまして相当裁判所で審判をする、かようにいたしましても、御質問のような御疑念は、これは解消しないものと私も思いますけれども、併し仮に控訴審を覆審といたしました場合におきまして、原審の判断を、控訴審におきまして、刑の点或いは事実の認定の点において変更する場合もあるのであります。この場合は、覆審の場合はそのまま控訴審において判決を下しまして、原審を変えて参りますが、今度の控訴審におきましては、事実の問題に関しましても、或いは刑の問題に関しましても、破棄いたしまして差戻す場合があるのでありますから、只今御質問のありました非常に御心配の点も、私共としてはあると存ずるのでありまするけれども、その場合は控訴裁判所が原審においてやるのが非常に不妥当だ、又原審をこれによつて覊束する、原審の裁判官の心情を覊束して行くのは穩当でないと考えました場合は、他の裁判所に移送した方がいいのでいないか、さように考えております。
  219. 鬼丸義齊

    ○鬼丸義齊君 控訴審のいわゆる判決範囲をそこまで拡めて置かなければならん理由があるでありましようか。現行の規定の上から行きまして、破棄、原審差戻しというのは、先程も申上げました通りに、量刑の点も勿論含まれておりますけれども、著しき誤認がなければ、その他はすべて法律解釈に対しまする点であります。この場合には事実の認定から量刑に至りまするまで、一切合切挙げて破棄の理由となるのでありますから、その場合にむしろ私は法律上の解釈に基く点、いわゆる違法の点、或いは又管轄違いという本案自体に係らざる場合においては、概して私は原審裁判所に送らずガ他の裁判所に送ることの方が、司法権の本当の自由意思に基く裁判を受け得られる立法となるのじやないか。立法上の点でありまするから……。併しながら、控訴審のどの裁判所に差戻すかを判定せしむるには、それだけの理由を控訴審に與えることが必要だという理由が特にあるでありましようか。その点を伺いたいと思います。
  220. 國宗榮

    ○政府委員(國宗榮君) お考えの点も、これは考えられる問題と私は考えるのでありますが、併し、この点につきましては、実はこの量刑の点或いは事実の誤認の点に関しまして、控訴審におきましてもみずから判決することができる場合もあるのでありまするから、直ちに控訴審におきましてみずから判決が熟した場合には判決をする場合があるのであります。併しながら、例えば原審におきまして、この点の証人取調べたならば、更にこの事態の明確を得て、そうして量刑その他にはつきりした点が出て來るのではないか、かような点になりまして、控訴審で直ちに判決できないという場合に、そういう点に関しましても破棄して、原審に差戻しまして、その点の調べを取りまして、更に原審の判決をするということも私は考えられると思うのであります。お説のように法令に違反した場合、或いは管轄違いの場合という、本案の裁判に係らないものだけにつきまして、破棄の理由を制限する必要もなかろうかと考えております。併し御懸念の点は十分あると思いますので、この点につきましては成るべく考慮したいと考えます。
  221. 鬼丸義齊

    ○鬼丸義齊君 私はこの際政府にお願いいたしたいと思いますのは、從來刑事訴訟法があります。現行刑事訴訟法に基きまする場合において、裁判所に対する忌避の申立です。これは現行刑事訴訟法が施行以來、一体今日までの間において裁判所が忌避の申立を認容したるような事実があるかどうか、この点を先ず伺いたい。
  222. 國宗榮

    ○政府委員(國宗榮君) その点につきましてはちよつと私はつきり記憶しておりませんが、これは後程調べてからでよろしうございましようか。
  223. 鬼丸義齊

    ○鬼丸義齊君 それではこの際刑事訴訟施行法施行以來今日までにおける忌避の申立の件数、その申立に対する結果についての統計を一つ提出して頂きたい。
  224. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 政府委員にお願いして置きますが、只今鬼丸委員の御要求になりました資料の御提出をお願いいたします。
  225. 鬼丸義齊

    ○鬼丸義齊君 尚回避の事件ありや否やということについて、若しあればその件数についての資料を提出して頂きたいと思います。
  226. 伊藤修

    委員長伊藤修君) 併せて回避の件数についても調査資料を御提出願いたいと思います。速記の関係がありますので、他の委員会で速記を待つておる関係がありますから、一般質問は大体この程度にいたしまして、次回は月曜から逐條審議に入りたいと思います。明日は裁判官の報酬並びに檢察官の報酬に関する法案の審議をいたしたいと思います。本日はこれを以て散会いたします。    午後三時四十一分散会  出席者は左の通り。    委員長     伊藤  修君    理事            岡部  常君    委員            中村 正雄君            水久保甚作君           池田七郎兵衞君            鬼丸 義齊君           前之園喜一郎君            宮城タマヨ君            星野 芳樹君            西田 天香君            遠山 丙市君   政府委員    檢 務 長 官 木内 曾益君    法務廳事務官    (檢務局長)  國宗  榮君