○
政府委員(
木内曾益君) 引続きまして御説明申上げます。
刑事訴訟法を改正する
法律案の提案の趣旨及び改正の最も重要な点、四点につきましては、
法務総裁代理として説明いたしましたが、更に私から本案の全編に亘りまして、改正の要点を、條文の順序に從つて説明いたしたいと思います。
裁判所の
規則制定権との関係について先ず申上げます。本案の内容に入る前に、本案の立案に当つて、憲法第七十七條に基く
裁判所の
規則制定権との関係を
如何ように考えられたかという点を説明いたします。憲法第七十七條によりますれば、
最高裁判所及びその委任を受けた
下級裁判所は、訴訟に関する手続について規則を制定する権限を與えられておるのでありますが、一方憲法三十一條は「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せなれない。」と規定しておるのであります。そこでこの両者の関係につきましていろいろの見解があるのでありまするが、政府におきましては、國民の
基本的人権に直接関係のある事項及び
刑事訴訟の
基本的構造に関する事項は、憲法第三十一條によつて当然法律によるものとしまして、この方針に基き本法案を立案いたしたのであります。併しながら他面憲法第七十七條が
裁判所に
規則制定権を與えておる趣旨を考慮しまして、
現行法上單純な
手続規定は、これを規則に讓り、本案はこれを削除しておるのであります。
次に全編に亘り順次改正の要点を御説明申上げます。
先ず事件の移送ということについて申上げます。第一編第一章
裁判所の管轄は概ね
現行法通りであるのでありまするが、新たに事物の管轄を同じくする他の
管轄裁判所への事件の移送の制度を設けたのであります。これは本案が極めて徹底した直接
審理主義、
公判中心主義を採用しました結果、
被告人の
現在地管轄を有する
裁判所において裁判するよりも、犯罪地若しくは
被告人の
住所地等を管轄する
裁判所において審判する方が
被告人の保護ともなり、又審理の便宜も得られるので、この制度を採用したのであります。これは第十九條であります。
それから次は
裁判所職員の回避の問題であります。第二章におきまして
裁判所職員の回避の制度を規定しなか
つたのでありまするが、これは、回避は單なる
裁判所の
内部規律の問題でありますので、
裁判所の規則に
讓つた方がいいというので削除したわけであります。
次に弁護の関係であります。第四章中
弁護人制度に関する改正の要点は次の六つの点であります。その一つは
被疑者の
弁護人選任権であります。本案におきましては、
應急措置法を更に一止進めまして、
被疑者は身体の拘束を受けておると否とに拘わらず、すべて
弁護人を選任できるものとし、その保護を図つたものであります。これが第三十條の第一項であります。その二は
弁護人の制限であります。本案においても
特別弁護人の制度はこれを認めておるのでありまするが、
特別弁護人を選任することができるのは
簡易裁判所及び
地方裁判所に限るのでありまして、且つ
地方裁判所におきましては、他に
弁護士たる
弁護人がある場合に限るものとし、著しく
特別弁護人を選任し得る場合を制限したのであります。これは、本案におきましては、
弁護人が独立して訴訟行爲をなし得る範囲を著しく拡張し、
公判準備及び
公判手続において
弁護人が行動するについては、
專門的法律知識を必要としておるので、原則として
弁護人は資格ある
弁護士たることを要し、
特別弁護人は例外的にこれを認めることとしたのであります。これが第三十一條であります。その三は
主任弁護人についてであります。本案においては、
公判準備及び
公判手続において
弁護人に通知をしなければならない場合が著しく多くなりまして、又
弁護人のなし得る訴訟行爲も甚だ多くなつているのであります。この場合に数人の
弁護人に対しましてすべて通知をしなければならないものとすることは極めて不便であり、又
弁護人のする訴訟行爲が相矛盾することは訴訟の進行にいろいろの不便がありますので、本案におきましては、
主任弁護人の制度を設けまして、
主任弁護人は、
弁護人に対する訴訟行爲又は
弁護人のする訴訟行爲について他の
弁護人を代表するものとしたのであります。併し証拠調べ終る後の意見の陳述はすべての
弁護人がこれをすることができるようにしてあるのであります。これが三十三條及び三十四條であります。第四は、
弁護人の数の制限であります。
弁護人の数は、各
被疑者については三人を超えることができないものとし、
被告人については、特別の事情があるときは三人までに制限することができるものとしたのであります。これは
司法法制審議会において激しい論議の末決定された答申に從つたものであります。これが三十五條であります。それからその五は貧困その他の事由による
弁護人選任の請求権は、
應急措置法と同樣にしてあるのであります。これが三十六條であります。第六は
弁護人の
被疑者又は
被告人との交通権であります。
被疑者又は
被告人が供述を拒む権利があり、又終始默祕する権利があることを考えると、
被疑者又は
被告人と
弁護人との接見に官憲が立会い、その会談の内容を聽取することは建前として許されないところでありまするので、身体の拘束を受けている
被疑者又は
被告人は、何人の
立会いもなく
弁護人又は
弁護人となろうとするものと接見をし、防禦の準備をすることができるものとし、又書類若しくは物の授受をすることができるものといたしたのであります。但し
監獄法その他の法令で、逃亡、
罪証隱滅又は戒護に支障のある物の授受を防ぐため必要な措置を規定することができるものとし、公訴の提起前におきましては、搜査との調整を図る必要上、搜査官は接見又は授受に関し、その日時、場所及び時間を指定することができるものといたしたのであります。この指定につきましては不服の申立てができるようになつているのであります。これが三十九條、四百三十條であります。
次は裁判についてであります。第五章裁判につきましては、單純な
手続規定を
裁判所の規則に
讓つた外、
現行法と変りがありません。
それから次は
公判調書、第六章書類及び送達の章におきましては、
公判調書について特別の規定を設けたのであります。その一は、
被告人にも、
弁護人がないときは
公判調書の閲覽権を認めた点であります。これが四十九條であります。その二は、
公判調書が次回の
公判期日までに整理されなかつたときは、
裁判所書記は
檢察官、
被告人又は
弁護人の請求により、次回の
公判期日において、又はその期日までに、前回の
公判期日における証人の供述の要旨を告げ、その際請求者から証人の供述の要旨の正確性について異議があつたときは、その旨を調書に記載しなければならないものとし、
公判調書の正確性の担保を
図つたのであります。これが五十條であります。その三は、
被告人及び
弁護人の出頭なくして開廷した
公判期日の
公判調書が、次回の
公判期日までに整理されなかつたときは、
裁判所書記は、次回の
公判期日において、又その期日までに、
被告人又は
弁護人に前回の
公判期日における審理に関する重要なる事項を告げなければならないものとし、
被告人の保護を
図つたのであります。これが五十一條であります。
次に
訴訟記録の公開。何人も、
被告事件の終結後、原則として
訴訟記録を閲覽できるものといたしたのであります。これは裁判の公正を担保する趣旨に出でたものであります。これが五十三條であります。
次は
公示送達の廃止であります。
刑事訴訟法におきましては
公示送達制度を全然認めないことといたしまして、
被告人の保護を
図つたのであります。但し
公訴時効の停止につきましては特別の規定を設けまして、
公示送達を廃止したために起るこの点の弊害を避けたのであります。これは五十四條であります。
次は期間であります。第七章の期間につきましては
現行法と変りがありません。
次は第八章、
被告人の召喚、勾引及び勾留について申上げます。本章は、
被告人の身柄を拘束する原由、
身柄拘束についての手続及び不当又は不必要な勾留に対する
救済方法を定めたものであります。本章中の規定の大部分は、
現行刑事訴訟法及び
刑事訴訟應急措置法中に見られるものでありますが、特に注意すべきものを挙げれば次の通りであります。その一は、
勾留原由を新たに規定したのであります。且つ
勾留期間に関する規定を設けなかつたことであります。
從來刑事訴訟法においては、如何なる程度の犯罪の嫌疑がある場合に、
被告人の身柄を勾留し得るかが法文上必ずしも明確でなか
つたのであります。
應急措置法におきましては、逮捕の原由としまして、「
被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」又は「十分の理由」というような條件が設けられてお
つたのでありますけれども、これが同時に勾留の條件とはされなか
つたのであります。即ち從來の
刑事訴訟法におきましては、勾留の原由は勾引の原由であり、
從つて住居不定というような事実があれば、極端にいえば、犯罪の嫌疑があつてもなくても勾留し得るという理窟があ
つたのであります。本案は、その第六十條におきまして、從來の建前を一擲しまして、勾留の原由としては常に「
被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由」があることを要件とし、全然嫌疑のないものが拘束を受けることのないように、
裁判官に対して審査の義務を課することにな
つたのであります。但し、逆に申せば、本案においては、犯罪の嫌疑のある者は、たとえ
住居不定にあらずとも一應勾留され得ることにな
つたのであり、この意味においては必ずしも勾留し得る場合を制限したとは言えないのでありまするが、そのような場合に関しましては、後で申述べまする
保釈制度等の活用によりまして、不必要な勾留を努めて救済しようとしておるのであります。次に從來の
刑事訴訟法においては、
勾留期間を二ケ月としてお
つたのでありまするが、これは
現行刑事訴訟法の百十三條であります。本案においてはこのような規定は設けなか
つたのであります。けだし從來の運用の実情を見まするに、二ケ月という期間の制限は、形式的な更新によつて多くの場合
有名無実となつておるのであります。本案におきましては実効の伴わない制限はこれを設けぬことといたしまして、保釈、
勾留取消等の運用によつて、不当に長期に亘る勾留を救済しようと考えておるのであります。
次にその二は、不当又は不必要な勾留に対する救済であります。右に申したごとく、本案においては犯罪の嫌疑があれば身柄を拘束し得ることが一應の建前となり、
勾留期間に制限がないのであるから、不当又は不必要の勾留を防止するため十分の
救済手段が設けられなければならぬことは当然であります。そこで次の規定が設けられたわけであります。一は
身柄拘束と
弁護人選任の規定であります。これは六十七條乃至七十九條であります。
被疑者たると
被告人たるとを問わず、苟くもその身柄が拘束された場合には、直ちに
弁護人選任権を告知され、且つこれを選任し得ることは
應急措置法において定められるところでありますが、本案においてもこれを全面的に踏襲したのであります。第七十八條及び七十九條は、
弁護士、
弁護士会又は
弁護人若しくは親族等に対する
通知義務を新たに定め、これによ
つて被告人が不当又は不必要の勾留を爭い得る途を開いたのであります。その二は
勾留理由開示の手続であります。これは八十二條乃至八十六條に規定されております。本手続は、憲法第三十四條の規定に基きまして
応急措置法中に設けられたものでありますが、本案においてもこれを規定したのであります。その手続によつて、勾留中の
被告人は自分が勾留された理由を知ることができるわけであります。その三は
勾留理由の不存在又は勾留不必要の場合であります。この場合における勾留取消、これは八十七條、勾留の理由又は勾留の必要がなくなつた場合には、請求又は職権にとつて勾留を取消すべきものとしたのであります。その四は保釈、これは八十八條及び八十九條、九十條であります。保釈については八十九條に若干の例外の場合を設けましたが、それ以外の場合には保釈を許すべきものとしたのであります。例外に当る場合でも
裁判所の裁量を以て保釈を許し得ることは言うまでもないのであります。更に職権によつて保釈を許し得る途を開くこととしたのであります。その五は不当に長期に亘る勾留の取消し又はその場合における保釈、勾留による拘禁が不当に長くなつたときは、
裁判所は請求又は職権により勾留を取消すか、保釈を許さなければならんものとしたのであります。
以上が拘留される場合の
被告人に対して設けられた救済規定の概要であります。
次は勾引、勾留の手続に関するいろいろの規定であります。次に本章中の勾引、勾留の手続に関する規定について一言申上げますが、これらは一見しますと、
現行刑事訴訟法、又は
應急措置法のそれと大差がないようでありまするが、詳細に比較檢討いたしまするならば、本案の規定が從來の
手続規定よりも詳細を極めておりまして、勾引状、勾留状の執行について嚴格な制限を課しておることがお分りのことと思います。ただ一つ、その中にあつて第七十三條第三項が、急速を要する場合に関し、令状をその執行の際呈示する必要のない例外を定めておることを御注意して頂きたいのであります。令状は執行の際常にこれを呈示するのが理想であることは改めて申すまでもないところでありまするが、この原則を徹底いたしますると、すでに令状が発せられておつても、たまたま状状を所持しておらなければ
被告人を逮捕し得ないという不都合な場合も生じ得るので、この例外を特に設けたわけであります。
以上が第八章中の重要と思われる規定の説明の概略であります。
次に第九章に入るわけでありまするが、その前にちよつと御注意をお願いしたいのは、本案においては、
現行刑事訴訟法が「
被告人の召喚、勾引及勾留」の章の次に設けておる「
被告人訊問」、この章を削除したということであります。本案においても、
被告人の供述を求める場合もあり得ることになつておるのでありますが、從來のごとき
被告人訊問は裁判手続の中心ではなくな
つたので、これを一つの章として規定せんことにいたしたのであります。
第九章押收及捜査の点について申上げます。本章は
裁判所の行う押收及び捜査につきまして規定を設けたものであります。而して本章の規定は、
現行刑事訴訟法の規定と対比しますと、次のことに諸点が特徴をなしておると考えられます。
その一は、令状主義の徹底、これは百六條であります。從來の考え方におきましては、
裁判所はみずから押收、捜査をなし得るのであつて、
裁判所の押收、捜査には令状は不要であるとも考えられたのでありまするが、本案はこの点に関し新たな見解を取りまして、
裁判所の行う押收、捜査についても令状を必要とすることにしたのであります。その令状は
裁判官以外の者がこれを執行すべきものといたしたのであります。これは百八條であります。けだし一方において
裁判官の地位、職分を考慮いたしますれば、
裁判官みずからが押收、捜査の現場において活動するというようなことは甚だ面白くないと考えたからであります。又他面、常に令状を要することが憲法第三十五條の明文にも合致すると考えたからであります。
その二は押收令状、捜索令状執行と人権尊重の規定であります。押收令状、捜査令状の執行は、これが乱暴に行われた場合、極めて人権を侵害する處があることは逮捕状、勾留状と些かも変りがないのであります。よつて本案におきましては特に次のごとき制限規定を設けまして、人権の侵害を防止せんことを企図したのであります。その一は、呈示義務であります。令状は、処分を受ける者の請求の有無に拘わらず、これを示さなければならんものとしたのであります。これが百十條であります。その二は夜間の執行であります。令状を夜間執行するためには、その旨を記載することを要するものとしたのであります。これが百十六條であります。言い換えますれば、
裁判官に対して夜間執行の許可を求め、その許可を得て初めて執行し得ることにいたしたのであります。その三は目録の交付、百二十條、押收したものは必ず押收品目録を交付すべきものといたしたわけであります。その四は運搬又は保管に不便な物の委託、これは百二十一條であります。從來の
刑事訴訟法におきましては、この種の保管の委託はこれを命じ得ることになつておるのでありまするが、本案におきましては相手方の承諾を條件といたしたものであります。
次は押收拒否権制度の合理化であります。これは百五條であります。これは後で申述べまするが、証人訊問の章の中、第百四十九條に対應する改正であります。
被告人、
被疑者の尋問が非常に制限された
刑事訴訟制度の下におきましては、傍証の蒐集が犯罪証明にとつて極めて重要なことは改めて申すまでもないところであります。特殊の業務に從事する者が、業務上委託を受けて保管し所持する物で、他人の秘密に関するものを無闇に押收することは、不当に人の秘密を侵害し且つ業務自体を冒涜するものである。併しながら、業務に基く押收拒否権は飽くまでも人の秘密の正当なる保護と業務の保護との点にその合理性が認めらるべきものであります。これが犯人隠祕或いは罪証隠滅にまで濫用されるものでないことは当然であります。そこで第百五條において、新制度の下における傍証の重要性に鑑みまして、從來の規定を多少合理的に変更することといたしたのであります。
次は第十章の檢証の点であります。本章におきましては、後で申述べまする鑑定の章におけると同樣に、身体の檢査をなす檢証につきまして特別の規定を設けたのであります。身体の檢査は、野外における犯罪現場の檢証等と異りまして、その方法如何によつては、その処分を受ける者の人権を侵害する程度が大きいからであります。と同時に、新制度の下におきましては、これが証人尋問と同樣に重要な証明方法となることもあり得ることを考慮しまして、正当な理由なく檢査を拒否する者に対しては制裁を科し得ることにいたしたのであります。これらは百三十二條、百三十三條、百三十四條、百三十七條、百三十八條の規定であります。但しこの制裁を科する裁判に対しましては、別に抗告の途が認められております。これは四百二十九條であります。
次は第十一章証人尋問の情であります。前申したごとく、本案におきましては、
被告人及び
被疑者に対して一切の供述を拒否する権利を認めました結果、今後の裁判におきましては、傍証の蒐集が犯罪の証明に極めて重要なものとな
つたのでありまするが、中でも証人尋問は特に重要な役割を果すことにな
つたのであります。他面、重要な証人はでき得る限りこれを
公判廷で尋問し、然らざる場合にも
被告人に対して十分に審問の機会を與えなれればならんというのが、憲法第三十七條に規定する原則でもあるのであります。このような観点から、本案は、從來の
刑事訴訟法中の証人尋問に関する規定を或る部分多少修正いたしまして、又新たなる規定を設けることといたしたのであります。
その一は、証言拒否制度の合理化、これは百四十六條及び百四十七條であります。從來の
刑事訴訟法の百八十六條及び百八十八條におきましては、一定の親族関係又はこれに準ずる関係のある者の間におきましては、全面的に証言を拒否し得ることになつていたのであります。言い換えますれば、この特殊の関係があることさえ立証されれば、
被告人に不利益な証言は勿論のこと、有利な証言でさえも拒否し得るということが理論的には可能であ
つたのであります。而も実際の運用におきましては、この規定の利用されたことは余りなくして、多くのこの種の証人は進んで
被告人のために有利な証言までも強いられるという例も少くはなか
つたのであります。これは証言の全面的拒否を規定し、そりを部分的に拒否し得るということに対して明確な考え方がなかつた結果と思われるのであります。如何に考えましても、有利な証言まで拒否し得るというのは合理的なものとはなし難いのであります。眞実の有利な証言は、これを得ることが、
被告人のためにも、裁判の公正のためにも望ましいことであるのであります。新法の下におきましては、証人に取調については、尋問の
一つ一つに対して異議を申立てる権利を認めたのでありまするから、
弁護人その他の者の異議申立により、証人が自己と親族関係にある
被告人に不利益な証言を強いられるということは十分に防止されるのであります。このような考えから、本案におきましては百四十六條、百四十七條において、自己又は自己と特殊の関係にある者が刑事訴追を受け又は有罪判決を受ける虞ある証言のみについて拒否権を認めることにな
つたのであります。次に本案第百四十九條は、前申しました押收、捜索の章における第百五條と相並んで、特殊の業務に從事する者は証言の拒否権についても規定の趣旨を合理的ならしめたものであります。
その二は宣誓制度の合理化、これは百五十四條、百五十五條であります。從來の
刑事訴訟法二百一條、二百二條におきましては、宣誓せしめずに尋問すべき証人の種類を極めて廣範囲に規定してお
つたのであります。その趣旨を察しまするに、これら証人はどうせ多少の嘘又は不正確な証言をするであろうから、むしろ宣誓せしめずしてこれを尋問し、虚偽と眞実との混合した証言の中から、
裁判官が眞実を発見しようというにあつたようであります。併しながら多少なりとも偽証を容認するがごとき制度は合理的なものと言い難いのであります。一方において不利益な証言はこれを拒否することを認め、他方においては証言する者に対して眞実を期待し又は要求することが正しいと思われるのであります。殊に從來の理論においても、宣誓した上の証言と、宣誓しない証言との間には、証拠能力、証明力等において法律上何ら、差異はなく、宣誓せざる証言のみを証拠として有罪を認定することも可能であつたことを思えば、或る種の証人に対しては宣誓させてはならんという理由が極めて乏しいと言わなければならないのであります。以上のような考慮から、本案におきましては、宣誓の趣旨を理解し得ざる者を除きまして、すべての証人に宣誓を命ずることといたしたのであります。
その三は証人を十分に審問するの権利であります。これは百五十七條乃至百五十九條であります。本案は、証人が
公判廷以外において尋問される場合に関し、立会権、尋問請求権を新たに規定したものであります。この三ケ條は読んで頂けば趣旨おのずから明瞭であると考えるのであります。
その四は、証人に対する罰則の強化であります。これは百五十條、百五十一條、百六十條、百六十一條で、すでに繰返し申述べましたごとく、新制度の下におきましては、証人が重要な証拠となる事実に鑑み、不出頭、不合理の証言拒否等につきまして、從來よりも重い制裁を科し得ることとしたのであります。尚これらの制裁の裁判に対しても抗告の途が認められておるのであります。これは四百二十九條であります。
次は第十二章の鑑定であります。本章には三つの新らしい規定が設けられました。一つは第百六十七條の留置状、二つには第百六十八條の許可状であります。又この両者は
應急措置法にも規定されていなかつたものであります。この種の重要な処分に令状主義を徹底しようという考えに基くものであります。その三は、本章においても身体檢査について特別に規定しまして、人権の保護に愼重を期することとな
つたのであります。これが百七十二條であります。
次は第十三章の通訳及び翻訳、本章におきましては新らしい規定はありません。
現行刑事訴訟法通りであります。
それから第十四章
証拠保全。本章は全然新らしい規定であります。趣旨とするところは、第百七十九條に明瞭であるように、
被告人、
被疑者が公判において使用すべき証拠を公判前に
裁判所に請求して保全することを認めたのであります。
次は第十五章訴訟費用。本章におきましては、百八十一條第三項の改正に御注意が願いたいのであります。これは
檢察官のみが上訴を申立てた場合に、その上訴が誤つていたことより生じた訴訟費用は、これを
被告人に負担させることができないとしたのであります。これに関連しまして、第百六十八條乃至三百七十一條におきましては、
檢察官のみが上訴して、その上訴が誤つていた場合に。費用の補償を規定しておるのであります。
次は第二編に移りまして、第二編第一章捜査要件であります。
先ず第一の司法警察制度であります。本法案におきましても、
現行法通り司法、警察の制度を存置いたしたのであります。併し新
警察法によりますれば、自治体の吏員である
警察吏員があるので、これを包含して從來通り
司法警察官吏という名称を用いるのは適当でないので、総括的名称としましては
司法警察職員とし、從來の
司法警察官に相当するものといたしましては
司法警察員、
司法警察官に相当するものといたしましては
司法巡査の名称を用いたのであります。而して
警察法上の
警察官及び
警察吏員は、本法案第百八十九條によりすべて
司法警察職員となり、森林、鉄道その他特別の事項についてのいわゆる特別
司法警察官は、本法案第百九十條に基く
司法警察官職員指定法によつて
司法警察職員として指定されるわけであります。本案におきましては、
司法警察職員は犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとすると包括的規定を設けているだけであつて、
司法警察員又は
司法巡査の権限の差異に関し特に定義的規定は設けなか
つたのであります。この権限の差異はこの章中にそれぞれ規定があり、要するに
司法警察員は個々の事件の捜査の主宰者であり、逮捕状その他の令状の請求権、及び逮捕した身柄を釈放すべきか、
檢察官に送致すべきかの決定権は
司法警察員に與えられておるのであります。尚捜査を遂げて事件を
檢察官に送致すべき義務も
司法警察員に負わされているのであります。
警察官及び
警察吏員中如何なる階級の者を
司法警察員とし或いは
司法巡査とするかは、各都道府縣國家地法警察及び各自治体警察の実情に即しまして、これを決定するのが適当でありますので、他の法律又はそれぞれの
公安委員会の定めるところに讓
つたのであります。これが百八十九條の第一項であります。
次は
檢察官の捜査指示乃至指揮権の問題であります。
警察法の根本原則であるところの警察の地方分権化の調整を図りますために、
司法警察官吏の捜査はすべて
檢察官の補佐又は補助としての捜査とする
現行法の建前を改めまして、
司法警察職員を独立の捜査主体と改め、これに第一次捜査責任を認めると共に、
檢察官の捜査指揮権を合理化しまして、公訴を実行するために必要な
犯罪捜査の重要な事項に関する準則を定める
一般的指示権、捜査の協力を求めるために必要な
一般的指揮権及び
檢察官の行う捜査の補助をさせるための指揮権の三つとしたことは、先程提案の理由の説明において御説明申上げた通りであります。
公訴を実行するために必要な
犯罪捜査の重要なる事項に関する準則は、現行の司法警察職務規範に相当するものであります。
一般的指示権は、かかる準則即ち職務規範を定めるものに限られるのであります。捜査の協力を求めるための
一般的指揮権とは、廣く一般的に
犯罪捜査計画方針を立て、これに協力を求めるための一般的指揮をすることができる範囲をいうのであります。
檢察官みずから犯罪を捜査している場合であると否とを問わないのであります。
檢察官の行う捜査の補助をさせるための指揮権というのは、
檢察官が特定の犯罪を捜査しておる場合に、直接その指揮下に加わつて捜査の補助をさせるための指揮権をいうのであります。捜査手続が國家刑罰権の実現を図る
刑事手続の第一段階であることは申すまでもないところでありまして、この捜査手続自体が法に適つて遂行されなければ、正義の顯現もこれに期し難いのであります。捜査手続自体を法に適つて執行せしめるためには、
檢察官の指示又は指揮は絶対に必要であります。殊に現在の
司法警察官の質的低下を考えると、本案のごとき指示又は指揮権は実情に即したものと考えられるのであります。尚檢事総長、檢事長、又は檢事正は、
司法警察職員が正当な理由がなく
檢察官の指示又は指揮に從わない場合において必要と認める場合、その懲戒又は罷免の訴追をすることができるようになつておりまして、この訴追とは單なる請求とに違いまして、この訴追があれば当然懲戒又は罷免の手続が開始されることを意味するのであります。
次は
被疑者の取調についてであります。本案におきましては、
檢察官、檢察事務官又は
司法警察職員は、犯罪の捜査をすることについて必要があるときは、
被疑者の出頭を求め、これを取調べることができるのでありますが、この場合
被疑者は、逮捕又は勾留されておる場合以外は出頭を拒み、又は出頭後もいつでも退去することができるものとし、更に
檢察官等は取調に際して
被疑者に対し予め供述を拒むことができる旨を告げなければならんものといたしたのであります。これは從來ややもすれば行われがちでありました自白の追求を防止し、憲法第三十八條第一項の趣旨に従い、
被疑者の人権を保障するために特に規定を設けたものであります。これは百九十八條一項、二項であります。
次は
被疑者以外の者の取調についてであります。本案におきましては、
檢察官、檢察事務官又は
司法警察職員は、犯罪の捜査をなすについて必要がありますときは、
被疑者以外の者の出頭を求め、これを取調べ、又はこれに鑑定、通訳若しくは飜訳を嘱託をすることができるのでありますが、この場合これらの者は、前申した
被疑者の場合と同樣に、出頭を拒み又はいつでも退去することができるものといたしたのであります。これは憲法の精神に從つてこれらの者の人権を保護するために規定を設けたものであります。併し犯罪の捜査上重要なる証人が出頭又は供述を拒んだ場合には捜査に支障を生じ、個人の人権を保障することによつて、却つて公共の福祉に反する結果を來すので、かかる場合は第一回
公判期日前に限り、
檢察官は、
裁判官にその者の証人尋問を請求することができるものとしたのであります。而して若しその者が
裁判官の尋問に対し、正当の理由なくして更に出頭又は供述を拒んだ場合には、総則第十一章証人尋問の規定に從い、罰則の適用を受けることになつておるのであります。更に
檢察官等の取調に際して任意に供述した者が、
公判期日においては、他から圧迫を受けて供述を飜す虞があり、而もその者の供述が犯罪の証明に欠くことができないと認められる場合には、証拠を保全するため、第一回
公判期日前に限りまして、
檢察官は、
裁判官にその者の証人尋問を請求することができるものとしたのであります。これが二百二十三條、二百二十六條、二百二十七條であります。
次は逮捕並びに公判提起前の
勾留期間であります。逮捕手続につきましては、令状による場合、緊急逮捕の場合及び現行犯逮捕の場合といずれも
應急措置法におけると同樣でありまして、逮捕より
公訴提起までの手続についても又同樣であります。ただ
應急措置法の下におきましては、
檢察官が勾留の請求をした場合には、その日から十日以内に公訴の提起をしなければ直ちに
被疑者を釈放しなければならないこととなつておりまするが、本法案では、止むを得ない理由がある場合には、この期間を通じて総計十日以内に限り延長することができるものとしたのであります。これは將來の捜査においては、自白の偏重を避け、傍証の集收に重点がおかれるために、捜査に從來よりも多くの日数を要する場合があることが予想されるので、止むを得ない事由ある場合に限り、
裁判官にこの期間の延長を請求することができるものとしたのであります。これは二百八條の二項であります。
次は準現行犯の点であります。準現行犯につきましては、改正案の規定するところは
現行法と趣旨において同樣であります。ただ
現行法の下におきましては、犯行時と逮捕時との時間的関係がやや廣く解釈せられておりますが、本法案では、
現行法の準現行犯たる理由の外、罪を行い終つてから間がないと明らかに認められるときに、これを現行犯人とみなすことといたし、犯罪時との時間的関係を明らかにいたしたのであります。これは現行犯の本質上、かように犯行と時間的に接着する場合のみを準現行犯とすることが相当であると思われますので、この点について
現行法よりやや狹く規定したものであります。これは二百十二條であります。
次は身体檢査令状の請求についてであります。
檢察官、檢察事務官又は
司法警察職員が
犯罪捜査のため行う差押、捜索又は檢証につきましては、
裁判官に対して令状を請求し、これによつて行わなければならないことは
應急措置法と同樣でありまするが、特に身体檢査を行う場合には、檢査を受ける者の人権を保護するため、身体檢査令状によることを要するものといたしたのであります。身体檢査令状を請求する場合には、身体の檢査を必要とする理由及び身体の檢査を受ける者の性別、健康状態等を
裁判官に示すことを要し、
裁判官は、身体檢査を受ける者の人権を保護するために、身体檢査に関し適当と認める條件を附することができるものといたしたのであります。これは二百十八條であります。
次は尊属親に対する告訴、告発の禁止の撤廃であります。
現行法におきましては、祖父母又は父母に対しては告訴又は告発をすることができないことになつておるのでありまするが、本法案におきましてはこの禁止規定を削除いたしました。尊属親に対する告訴、告発の禁止は從來は我が國の淳風美俗に基くものとされたのでありまするが、「すべて國民は、法の下に平等である」とする新憲法下におきましてこれを削除するのを適当と認め、本法案には規定しないことにいたしたのであります。
次は告訴の取消であります。
現行法におきましては、告訴は第二審の判決あるまではこれを取消すことができることになつておりますることは御承知の通りでありまするが、改正案におきましては、告訴の取消は公訴の提起前に限るものといたしたのであります。これは一旦被害者が告訴をし、これに基いて公訴が提起された以上は、事件は國家の手に移つたものであつて、その後において尚
裁判所における
訴訟手続の進行が告訴権者の意思によつて左右されることは適当でないというので、告訴の取消は公訴の提起前のみに限るものといたしたのであります。これが二百三十七條であります。
それから次は外國の代表者等の告訴又はその取消の特例に関する点であります。告訴又はその取消は、
檢察官又は
司法警察員に対してなされるべきものでありますが、刑法第二百三十二條第二項の規定によりまして、これは名譽毀損の関係でありますが、外國の君主又は大統領に代つてその國の代表者が名譽毀損の告訴又はその取消をする場合、及び外國の使節に対する刑法第二百三十條又は第二百三十一條の名譽毀損の罪についてその使節が告訴又はその取消をする場合には、特に外務大臣に対してこれをすることができるものとしたのであります。これは國際外交上の観点から、かかる特例を認めることが相当であると考えたからであります。これは二百四十四條であります。
次は第二章公訴の点について御説明申上げたいと思います。
先ず第一に公訴の時効であります。公訴の時効につきましては、刑法第百八十五條の單純賭博罪の短期時効を廃止し、これを通常の罰金に当る罪とし三年の時効期間に改めた外、拘留又は科料に当る罪の時效期間を六月より一年に延長いたしました。これは單純賭博罪につきましては、特に短期時効を認める理由に乏しく、拘留玉は科料に当る罪については、六月の時効期間は短かいものと認めたからであります。これが二百五十條であります。
次は時効の停止の点であります。
現行法におきましては、公訴の時効は、公訴の提起、公判の処分又は第二百五十五條の規定によりなされた判事の処分より中断されたのでありまするが、改正案におきましては時効の中断の観念を廃しまして、時効は公訴の提起によつてその進行を停止し、管轄違い又は公訴棄却の裁判が確定したときからその進行を始めるものといたしたのであります。但し
公訴提起の手続が法令の規定に違反したため無効であるとき、又は
起訴状の謄本が適法に
被告人に送達されなかつたために公訴の提起がその効力を失つたときは時効は停止しないということにしたのであります。尚犯人が國外にいる場合、又は犯人が逃げ隠れておるために有効に
起訴状の謄本の送達ができなかつた場合には、時効は、その國内にいる期間又は逃げ隠れておる期間は、その進行を停止するものといたしたのであります。これは現定法のごとく、公判の処分又は判事の処分により時効の中断を認めるときは、これらの処分によつて繰返し時効は中断され、
被告人に不利益であるのみでなく、手続も繁雜であるから、むしろ時効の中断の観念を排して、時効は公訴の提起によりその進行を停止するものといたしたのであります。尚時効の中断の観念を排する結果、犯人が國外におる場合又は國内において逃げ隠れておるため、
起訴状の謄本が送達できない場合、その間に時効が完成し、遂に
公訴提起が不可能となることを防ぐために、かかる期間は時効は進行を停止するものといたしたのであります。これが二百五十二條の一項、二百五十五條であります。
次は
起訴状であります。公訴の提起は、
起訴状を提起してこれをするのでありますが、
起訴状には
被告人の氏名、その他
被告人を特定するに足る事項、公訴事実及び罪名を記載し、公訴事実についてはできる限り日時、場所及び方法を以て、罪となるべき事実を特定して訴因を明らかにし、罪名については、適用すべき罰條を示して、これを記載しなければならないものといたしたのであります。而して公判の裁判は、後で申上げまするが、先ず訴因を明示して記載された公訴事実に対してなされるものでありまするから、
檢察官は、必要に應じ、同一公訴事実につきまして数個の訴因及び罰條を、予備的に又は択一的に記載することができることとしたのであります。更に本案におきましては、
公判中心主義を徹底し、且つ当事者訴訟主義を廣く採用いたしました結果、
公判期日前に
裁判官に、事件について予断を抱かしめることを防止するために、かかる虞のある書類等は一切
起訴状と共に提出することを禁じ、
起訴状は、現在行われているごとく訴訟書類を添附することなく、原則として單独に提出されることとし、その記載内容についても、かかる虞のある書類等の内容を引用することを禁じたのであります。これは二百五十六條であります。
次は告訴人、告発人又は訴求人に対する
檢察官の処分の通知であります。
現行法の下におきましては、告訴事件については、
檢察官は、その処分の結果を告訴人に通知することになつておるのでありますが、改正案においては、これを廣く告発人、訴求人にも拡めまして、更に若しその事件について公訴を提起しない処分をいたした場合においては、告訴人、告発人又は請求人の請求があれば、その不起訴理由を告げなければならないものといたしたのであります。これはかかる告訴人、告発人又は訴求人は、その事件の処分に対して種々の利害関係を持つておるのでありますから、その処分の結果を通知し、又若し請求があるならば、不起訴理由をも告げることが適当であると考えたからであります。これが二百六十條、二百六十一條の規定であります。
次は刑法第百九十三條乃至百九十六條の罪についての公訴の特例であります。いわゆる人権蹂躙事件即ち刑法第百九十三條乃至百九十六條の罪につきまして、告訴又は告発した者は、
檢察官の不起訴処分に不服があるときは、その
檢察官を所属の檢察廳の所在地を管轄する
地方裁判所に、事件を
裁判所の審判に付するべく請求することができるものといたしたのであります。この場合、当該
地方裁判所がその請求について審理した結果、若し請求が理由あるものと認めて、事件を管轄
地方裁判所の審判に付すべき旨を決定いたしますと、そのときにその事件について公訴の提起があつたものとみなされるのであります。而してこの事件につきましては、
弁護士の中から指定された者が、その公訴の維持に当るものといたしたのであります。これはかかる種類の犯罪については、
檢察官の処分が公正でない場合があるやも知れんことを慮るのでありまして、特に公訴に提起に代る手続を認めたものでありまして、その事件の公訴維持についても、これを
檢察官の責任において行わしめることなく、
裁判所によつて指定せられた
弁護士をして担当せしめることといたしたのであります。これが二百六十二條から百六十九條までの規定であります。
第三章公判。公判殊に第一審の公判が如何なる構造を持つかによつて、訴訟法全体の骨格が決まるということができると思うのであります。その意味におきまして、今回の改正に際しても、特に重点をここに置くと共に、
被告人の
基本的人権の保障と、実体的眞実の発見と、公平なる
裁判所の迅速なる公開裁判の実現との三つの要求を如何に調和せしめるかについて、愼重なる考慮を拂
つたのであります。從來の公判に関する規定は、
裁判官の識見と力量とに信頼を置いておる点が多く、その意味において、運用によつては勝れた裁判に期待することができたのでありますが、一面その運用よろしきを得なければ、公判の手続が形式的に流れ、書面審理の弊を生ずる虞があ
つたのであります。而も実際運用上に必ずしも弊なしとしない状態であ
つたのであります。そこで、今回の改正では、公判の手続及び証拠に関する規定に可なり根本的な修正を加え、その結果、從來の規定はその面目を一新したと申しても過言ではないのであります。
次にその内容の主なる点を、公判開廷前の手続、開廷の條件、
公判期日における手続及び証拠、その他に四項目に大別して、これを説明いたします。
第一の公判開廷前の手続。
起訴状の謄本の送達。
裁判所は、公訴の提起を受けたときは、遅滯なく
起訴状の謄本を
被告人に送達しなければならないことといたしたのであります。これは二百七十一條第一項であります。
起訴状は、その後の
公判手続の基礎となるものでありまして、
裁判所は、
起訴状に記載された事実の存否を審判するのであり、
被告人はこれに対し防禦の方法を講ずるのでありますから、
被告人の保護のためこの制度を採ることにしたのであります。勿論、すべての事件について必ず
起訴状の謄本を送達しなければならないということは論議の余地もないとはいえませんけれども、送達の方法については、具体的場合に應じて便宜な方法もとり得るのでありますから、敢てこの改正を行うことにいたしたのであります。
次は公判開廷前の勾留に関する処分。次に起訴後の第一回の
公判期日までの間に、公判
裁判所をして事件の内容に深く関與せしめることは、前申した通り
起訴状には証拠を添附し、又はその内容を引用してはならないという原則に反することとなりますので、起訴後の第一回
公判期日までに生ずべき勾留に関するいろいろな処分、例えば、勾留の理由の開示、保釈或いは勾留執行停止等の処分は、公判最初の
裁判所をして取扱わしめずに、他の
裁判官をして行わしめることとしました。これは二百八十條であります。
次は
公判期日の変更。次には
公判期日の変更について愼重なる手続を経なければならないことといたした点であります。現在公判の期日の変更は裁判長の自由裁量となつておるために、諸般の事情があるものとは思いますが、とかく変更が容易に行われ勝ちであつて、そのため審理の期間が長延く嫌いがあるのであります。併しそれは迅速な裁判を國民に保障せんとする新憲法の精神に反するのであつて、改正案におきましては、期日の変更は
裁判所が行うべきものとし、更に訴訟関係人の意見を十分聽かなければならないものとすると共に、
裁判所がその職権を濫用して期日を変更したときは、訴訟関係人から司法行政上の監督権の発動を促すことができるものといたしたのであります。これは二百七十六條、二百七十七條であります。
次は公判開廷の條件。公判開廷の條件についての主要な改正点は、
被告人又は
弁護人の出頭の要否に関する規定に重要なる変更を加えたことであります。
その一は
被告人の出頭の点であります。先ず
被告人の出頭でありまするが、現在は罰金以下の刑に当る事件については、すべて
被告人の出頭を要せず、又如何なる事件についても、判決宣告の際には
被告人の出頭を要しないことになつておるのでありまするが、判決の宣告は現在においても決して軽軽しく考えるべき問題ではなく、
被告人に対し
裁判所の最終の見解を示す意味において、
被告人の出頭を要するものとするのが望ましいのであります。そこで改正案においては、第一審の判決がいろいろな意味で著しく重要性を増すこととなる点をも考慮いたしまして、五千円以下の罰金又は料科に当る事件以外は、判決宣告の期日には必ず
被告人の出頭を要するものといたしたのであります。併し五千円以下の罰金及び科料に当る事件以外は、すべての
公判期日に
被告人の出頭を要するものとするのも妥当でないので、拘留に当る事件については、判決の宣告をする場合、長期三年以下の懲役又は禁錮に当る事件及び五千円を超える罰金に当る事件については、公判の冒頭即ち
起訴状の朗読及びこれに関する
被告人側の陳述の行われる場合の外は、
被告人が任意に出頭しなければ、不出頭のまま
公判手続を進行させることができるものといたしたのであります。この場合にも
裁判所は勿論
被告人の出頭を命じ得るのであります。その他の事件は、公判の冒頭から判決の宣告まで、すべての
公判期日に
被告人の出頭を要するのであります。これは二百八十四條、二百八十五條、二百八十六條。
次は
弁護人の出頭の点であります。次は
弁護人の出頭でありまするが、現在は死刑、無期及び短期一年以上の有期の懲役又は禁錮に当る事件につきましては、必ず
弁護人の出頭を要し、若し
弁護人がないか、又は出頭しないときは、
國選弁護人を附することになつておるのでありますが、これでは大多数の事件が
弁護人なくして開廷し得ることになるのであつて、
被告人の弁護が十分でない憾みがあるばかりでなく、今回の改正で公判の手続が可なり複雜となり、而も法律的知識を要する場合が多くなりますので、長期三年を超える懲役又は禁錮以上の刑に当る事件については、すべて
弁護人を要することといたしたのであります。これが二百八十九條であります。
次は
公判期日における手続及び証拠。
檢察官の
起訴状の朗読に始まり、証拠調を経て、論告及び弁論に終る手続の大綱は、改正案におきましても
現行法と大差はないのでありまするが、
公判手続に関する規定が複雜となつたために、
公判期日における裁判長の訴訟指揮権の適切なる運用に期待しなければならない点が極めて多いので、その法的根拠を明確に規定することとした外、証拠に関する規定即ち証拠能力及び証拠調に関する規定について可なり根本的な修正を加えることといたしたのであります。けだし証拠こそ事実認定の基礎をなすものであり、事実の認定こそ法令の解釈にもまして
刑事裁判の中心であるにも拘わらず、
現行法はこの点について極めて僅かな規定を設けているに止まり、他は挙げて
裁判官の自由裁量に委せた。而も
裁判官のこの点に関する自由裁量権の運用は必ずしもすべて適切妥当であつたとはいえないからであります。そこで先ず証拠能力に関する規定を説明し、その後で証拠調べに関する規定について一言いたします。
自白の点について、新憲法は強制、拷問又は脅迫による自白、不当に長く抑留又は拘禁された後の自白の証拠能力を否定しております。これは任意になされたものでない自白を証拠としてはならないという意味でありまするから、この趣旨を明らかにする規定を設けたのであります。これが三百十九條であります。
更に新憲法は自白を唯一の証拠として有罪の認定をしてはならないことを規定しております。この点につきましては、
最高裁判所の判例によつて、公判廷における自白にはこの憲法の規定は適用されないということになつているのでありまするが、仮に憲法の解釈が判例の言う通りであつたといたしましても、公判廷における自白だけで有罪の判決をすることは危險であり、又実際にも、
公判廷における自白以外に、犯罪事実の存否に関し全く他に証拠となる資料のない事件は殆んどないので、実務の上においても判例の解釈通りにしなければならない必要もないので、憲法の解釈は判例によるとしても、法律では
公判廷における自白であつても、それだけでは有罪とされないことを明らかにしたわけであります。これは三百十九條の二項であります。これに関連し、英米に行われている罪状認否、即ち公訴事実について有罪か無罪かを尋ね、有罪の申立があれば、証拠調べに入らず、そのまま判決の申渡しを行い、無罪の申立があつた場合に初めて証拠調を行うという、いわゆるアレインメントの制度は、その純粹な形のものは、その申立が自白でなく、民事訴訟法の認諾的性質を持つものでたるといたしましても、認諾ということは
刑事裁判の本質に反するばかりでなく、自白だけでは有罪の認定をしてはならないという憲法の規定の精神にも反しますので、今回の改正ではアレインメントの制度は採用しないことにいたしたのであります。
それから調書等の証拠能力。次にいわゆる聽取書又は尋問調書等の人の供述に代るべき書面の証拠能力については、從來から最も問題のあつたところでありますが、新
憲法施行前においては、聽取書と尋問調書を区別し、聽取書は区
裁判所の事件についてのみ証拠能力が認められるのでありますが、いずれにしても証拠能力がある限り、
被告人が如何に信用すべからざることを主張しても、それは
公判廷において有罪認定の資料とすることになつていたのであります。併し新憲法は
被告人に十分な証人を尋問する機会を與えなければならないことを規定しているのでありまして、
刑事訴訟法の
應急的措置に関する法律によつて、聽取書にせよ、尋問調書にせよ、
被告人から請求があれば、供述者自身を
公判期日に喚問し、
被告人に十分その供述者を尋問する機会を與えなければならないことを規定したのであります。併しこの場合においては、供述者の
公判期日における供述と、聽取書又は尋問調書の供述記載とが食い違つても、そのいずれを採るかは
裁判官の自由判断に委ねられていたのであります。憲法実施のための
應急的措置としては、それで憲法の要求する最少限度を充していると思うのでありますが、今回の改正に当つては新たな見地より再檢討することといたしたのであります。
傳聞証拠の禁止。御承知の通り、米英においては
傳聞証拠の禁止に関する証拠法上の原則があるのであります。本人の述べたことを記載した書面、又は本人の述べたことを聽き取つた者の供述を証拠とし得るのは、本人を喚問し得ない場合に限るのであります。それは本人を喚問する方が最も直接的であり、
被告人も又十分に反対尋問をする機会が與えられることになるからであります。本案においてもこの原則を採用すると共に、その例外に関する規定を詳細に定めることといたしたのであります。第三百二十一條以下の規定がそれであります。
次にその内容をやや詳しく述べることといたします。
参考人に対する聽取書。法律は三百二十一條一項であります。第一は、
被告人以外の者の作成した供述書、例えば始末書のごときものと、
被告人以外の者の供述を録取した書面でその者の署名又は押印のあるもの、例えば参考人に対する聽取書については、これを
裁判官の面前における供述を録取した書面と、
檢察官の面前における供述を録取した書面と、その他の書面の三種に分ち、いずれの場合にも、供述者を
公判期日又は
公判準備において取調べ得る場合には、必ず取調べることを要することとし、その上で前後の供述に食い違いがある場合には、
裁判官の面前におけるものについては、そのいずれを採るかは
裁判官の自由裁量とし、
檢察官の面前におけるものについては、前の供述即ち
檢察官の面前における供述の方が、後の供述即ち
公判期日、又判準備における供述よりも、より信用は公すべき特別の状況の存するときに限り、前の供述即ち書面の記載の方を証拠に取り得るものとし、その他書面、例えば
司法警察官の聽取書のごときは、供述者が
公判期日又は
公判準備において取調べ得る限り証拠とすることができないばかりでなく、取調べ得ない場合にも、その供述が犯罪事実の存否にとつて欠くことのできないものであつて、而もその供述が特に信用すべき状況の下になされたものでなければ証拠にはならないことにしたのであります。
檢証調書。三百二十一條の二項、三項であります。檢証の結果を記載した書面についても、
裁判官の檢証の結果を記載した書面と、その他のものと分ち、
裁判官の檢証の結果を記載した書面はそのまま証拠となるけれども、その他のものについては、
檢察官、
警察官等が証人に立ち、相手方の反対尋問を受け、尚その書面の眞正なことの証明ができなければ証拠とすることができないこととし、鑑定書も同樣としたのであります。
被告人に対する聽取書等。これは三百二十二條であります。
第二には、
被告人の作成した供述書、例えば上申書のごときものと、被告菊の供述を録取した書面で、
被告人の署名又は押印あるもの、例えば
被告人に対する聽取書のごときものについては、証人の場合とやや異り、その内容が
被告人に不利益な事実を承認しておるものである場合、例えば犯罪事実を自白しておる場合か、或いはその供述が特別に信用のできる事情の下になされたものである場合に限り、証拠とすることができるのであります。かように証人の場合よりも
被告人の場合の方が聽取書の証拠能力が廣く認められているのは、
應急措置法第十二條にもその例があるのでありまするが、証人の法廷において供述の義務があるのに反し、
被告人は完全な默祕権を有するので、
被告人のみが知つておる事実については、捜査の段階における聽取書に証拠能力を全然認めないとすれば、事実の眞相を発見するための手掛かりが全くなくなるということ、及び
被告人は捜査の段階においても、取調べの冒頭において供述拒否権があることを告げられるのであるから、その後自己に不利益な供述をしておれば、それは眞実であることが多いということにその根拠があるのであります。勿論かような
被告人の供述が、任意になされたものでない疑いがあるときは、証拠とならないのであります。又
裁判所は証拠調べ前に、この点を調査しなければならないことも、特に規定を置いてその趣旨を明らかにいたしたのであります。これが三百二十五條であります。
その他の人の供述に代るべき書面。第三に、その他の書面で、その性質上人の供述に代るべきものについては、公務員が職務上証明することができる事実について作成したもの、商業帳簿のごとき業務の通常の過程において作成されたものの外、特に信用すべき状況下に作成された書面、例えば日記帳のごときものに限り証拠能力を認めることとしたのであります。
次に傳聞の供述。人が
被告人又は第三者の供述を聽いてその内容を述べることは、文字通り傳聞であつて、前述の聽取書を提出する場合と異らないので、これについても聽取書の場合と同樣の制限の下においてのみ証拠となし得ることとしたのであります。
次に訴訟関係人に異議のない書面又は供述等。以上が新たに設けられた証拠能力に関する規定の最も重要な部分であります。訴訟関係人に異議がない場合には、勿論かような制限によることを要しないばかりでなく、
檢察官及び
被告人又は
弁護人が合意の上、或る文書の内容又は或る証人の供述の内容を書面に記載して提出すれば、その文書又はその証人を取調べないでも、提出された書面を証拠とすることができることにいたしたのであります。これは訴訟経済を図つた規定であります。
反証としてのみ使用できる証拠。以上の規定によつて証拠とすることができない書面又は供述であつても、証人等の供述の証明力を爭うためには、これを使用することができるのであつて、例えば
警察官の聽取書であつても、証人が法廷で前言を飜した場合には、その聽取書を提出して、法廷での供述の信用すべからざることを立証することができるわけであります。併し仮にかような立証ができるとしても、その聽取書を直接に事実認定に用いることはできない。單に反証としてのみ使用し得るに過ぎないのであります。これは三百二十八條であります。
次に物証。物的証拠が從來通り証拠となることは言うまでもありません。
次に証拠調について一言いたします。訴訟の形式が、從來よりも可なり当事者主義的になる関係から、証拠調べは、
檢察官、
被告人又は
弁護人の請求を待つて行われるのが、今までよりも強い意味で原則となるのでありますが、併し
裁判所も職権で証拠調を行うことは勿論できるのでありまして、当分新たな訴訟形式に習熟するまでは、職権による証拠調に期待すべき点も少くないと思われるのであります。
次は、証拠調請求の予告。証人等の取調いを請求するには、予め相手方に如何なる証拠の取調を請求するかについて、その氏名及び住居を知る機会を與えなければならないことといたし、証拠物、証拠書類については、これを閲覧する機会を與えなければならないこととしたのであります。相手方に異議を申立てる機会を確保せんとする趣旨であります。同樣に、
裁判所が職権で証拠調の決定をするには、両当事者の意見を聽かなければならないものといたしたのであります。
檢察官の冒頭陳述。かくして、請求により又は職権で証拠調を行うのでありまするが、
裁判所は事件の内容を深く理解せずして法廷に臨むため、手続の進行に混乱を生ずる虞がありますので、
檢察官は証拠調の冒頭において、これから何を立証せんとするかを明らかにしなければならないものといたしたのであります。これが二百九十六條。
証拠調の範囲、順序、方法の決定。又
裁判所も当事者の意見を聽いて、予め又は手続の適当な段階において、証拠調の範囲、順序、方法を定めることができることとして、以て手続の円満なる進行を期することといたしたのであります。これが二百九十七條であります。
証拠調の方式。証拠調の方式につきましては、いわゆるクロッス・エクザミネーションの方式を採用することも一應考慮いたしましたが、英米のごとき長い歴史を有するところでは相当なる成績を挙げておりまするが、これを今直ちに我が國に採入れることについては尚多くの研究を要する点もありますので、証人等は、一應從來の通り裁判長又は陪席の
裁判官が先に尋問し、次に請求した当事者が尋問することにいたしたのであります。併し場合によつてはこの順序を変更し、請求をした当事者をして先に尋問せしめることもできることとし、運用の妙に俟つことといたしたのであります。これは三百四條であります。
次は証拠書類及び証拠物。証拠書類及び証拠物の取調については、その性質に鑑み、請求者をして朗読せしめ又は展示せしめるのを相当と考え、從來の規定を変更いたしたのであります。これは三百五條、三百六條、三百七條であります。
次は
被告人尋問。最後に
被告人の尋問でありますが、從來のごとき形式の
被告人尋問は当事者としての
被告人の地位にふさわしくないので、これを改め、公判の冒頭において、
起訴状の朗読が終つた後、裁判長から黙祕権及び供述拒否権があることを告げた上、尚
被告人が供述を拒まない場合にみの随時その供述を求め得ることといたしたのであります。これは三百十一條であります。
以上が
公判期日における手続の大綱でありますが、尚公判に関連いたしまして二三の改正された点を申述べて置きたいと思います。
起訴状の変更。三百十二條。その一は、
起訴状の変更であります。
起訴状に訴因及び罰條を正確に記載すべきことは先程申しましたが、公判の途中において、公訴事実の同一性を害しない限度において、訴因及び罰條の変更を許し又は
裁判所が変更を命じ得ることといたしたのであります。これは或る訴因について証明がなければ、
裁判所は無罪の言渡をしなければならないのであるが、一旦無罪の言渡があれば、事実が同一である限り、再び別の訴因では公訴の提起ができないからであります。それは憲法第三十九條の一事不再理の規定から來る結論であります。例えば、詐欺を訴因として起訴した後、証拠調の結果恐喝と認められれば、
檢察官から訴因の変更を申出で、又は予備的に恐喝の訴因を追加すべきことを申出ることができ、又
裁判所も
檢察官に訴因を変更又は追加すべきことを命ずることとなるのであります。勿論かような訴因の追加変更等によ
つて被告人の防禦に実質的不利益を生ずることを避けるため、適当な期間
公判手続を停止して、
被告人に十分な防禦の準備をさせなければならないこととなつております。
次は第一審判決と保釈及び勾留。その二は保釈又は勾留の執行停止中の者について、禁錮以上の実刑の宣告があれば、その確定を待たず、保釈及び勾留の執行停止はその効力を失うことにな
つたのであります。それは三百四十三であります。実無罪、免訴、執行猶予等の判決があれば、やはりその確定を待たないで、勾留状の効力が消減することといたしたのであります。これが三百四十五條であります。これは一審判決があるまでは
被告人は無罪の推定を受け、多くの場合保釈を許される権利を持つが、一旦一審判決で有罪と決まれば、その後はかような推定を受けるのは妥当でないという思想に基くものであります。殊に今回の改正においては、第一審が從來にも増して愼重となる結果、かような考え方も許されるものと思うのであります。勿論一旦保釈がその効力を失つても、
裁判所の裁量によつて保釈を許すことはできるのであります。
次は仮納付の問題であります。三百四十八條であります。その三は仮納付の裁判であります。これは罰金、科料又は追徴の裁判を言渡す場合に、判決の確定を待つてはその執行をすることができないか、又はその執行に著しい困難を生ずる虞があるときに、判決確定前その金額の仮納付を命ずるのであります。判決が確定すれば、その限度において、仮納付の金額は確定判決の執行とみなされ、又超過金は返還されることは勿論であります。
次は第三編上訴のところを申上げたいと思います。
第一章通則の点であります。
被告人の法廷代理人又は保佐人の上訴権。
現行法においては、
被告人の法廷代理人又は保佐人の上訴権を、
被告人の意思如何を問わない独立上訴権を規定しておるのでありまするが、本案におきましては、これを
被告人の明示した意思に反することのできない
被告人のためにする上訴権に改めると共に、
被告人は、法廷代理人又は保佐人の同意を得なくても、上訴の取下ができることに改めてのであります。これは要するに
刑事訴訟の上訴においては、被告本人の意思を第一と考え、法廷代理人又は保佐人の誤つた措置によつて、
被告人がその意思に反して不利益を受けることを避けようとする趣旨に出でたものであります。これが三百五十三條、三百五十九條であります。
次は上訴権の抛棄の廃止。判決言渡期日には、軽微に事件を除き、必ず
被告人の出頭を要することとしたのは、特に
被告人の上訴権を保護する趣旨に出ておるのでありまするが、更にこの思想を徹底いたしまして、上訴権は抛棄を許さない権利とするのが、
被告人を保護するゆえんであるとして、上訴の抛棄という制度を廃止いたしました。尚、後に説明いたしますごとく、控訴及び上告の提起期間を十四日といたしたので、上訴の提起期間中の未決勾留の日数は、上訴申立後の未決勾留の日数を除き、全部これを本刑に通算することとしたしたのであります。これは四百五十九條であります。
次は上訴制度。控訴及び上告は、現行制度を改め、
控訴審はこれを
原判決の当否を審査するいわゆる
事後審とし、
上告審は、原則として、
憲法違反又は判決違反のみを審査する審級といたしたのであります。これは第一審において極めて徹底した直接
審理主義、
公判中心主義を採用し、第一審にすべての攻撃及び防禦の資料を集中し丁重にその審理をすることといたしたので、
控訴審を
現行法通り覆審とする必要が認められないからであります。右に伴い
審級制度もこれを改めまして、
地方裁判所又は
簡易裁判所の第一審の判決に対する控訴は、すべて
高等裁判所がこれを管轄するものとし、これに関する
裁判所法の改正
法律案は引続き國会に提出されると考えております。
次は控訴。改正
控訴審の要点は、次の諸点であります。一つは、控訴の提起期間を十四日といたした。三百七十三條であります。次は控訴の申立の理由は、次の通りであります。三百八十四條であります。一つは
訴訟手続の法令違反、絶対的控訴申立の理由となる場合以外は、判決に影響を及ぼす場合に限り控訴申立の理由となる。次は、判決に影響を及ぼす法令の適用の誤り。次は刑の量定の不当。次は判決に影響を及ぼす事実の誤認。次は再審の事由。次は判決があつた後の刑の廃止若しくは変更又は大赦であります。次に、
裁判所の規則で定める期間内に、
控訴趣意書を差出さなければならないということになつております。これは三百七十六條であります。次は、
控訴趣意書は、本案及び
裁判所の規則で定める方式に從わなければならないということになつております。これは三百七十七條以下三百八十三條までであります。次は、左の場合には、決定で控訴を棄却することができます。それは三百八十五條、三百八十六條であります。一つは、控訴の申立が法令上の方式に違反したとき。又は、控訴の申立が控訴権の消滅後にされたとき。次は、期間内に
控訴趣意書を差出さないとき。次は、
控訴趣意書が法令上の方式に違反しているとき。次は、
控訴趣意書に法律によつて認められた控訴申立の理由が記載されていないときであります。次は、附帶控訴を廃止いたしました。更に次は、
被告人のためにする弁論は、
弁護人でなければこれをすることができず、
被告人は必ずしも
公判期日に出頭するを要しないのであります。これは第三百八十八條、三百九十條であります。次は控訴
裁判所は、義務として
控訴趣意書に包含された事項を調査しなければならないが、更に職権で
控訴趣意書に包含されない事項をも調査することができるとしたのであります。これは三百九十二條であります。次は、控訴
裁判所は、
原判決を破棄するかどうかを決するのに必要な限度において、事実の取調をすることができる。これは三百九十三條であります。次は、
原判決を破棄したときは、原則として差度又は移送をするが、直ちに判決することもできるとしたことであります。これは三百九十八條以下四百條であります。
次は上告であります。改正
上告審の要点は、次の諸点であります。
一、上告の提起期間を十四日としたこと。二、上告の申立の理由は、
憲法違反又は
判例違反に限ることとしたことであります。これは四百五條であります。三、
憲法違反又は
判例違反がない場合でも、法令の解釈に関する重要に事項を含むものと認められる事件を
裁判所に規則に定めるところにより、みずから
上告審として受理することができるとしたことであります。これは四百六條であります。かくして受理した事件は通常の上告事件と変りがないのであります。四は、跳躍上告を廃止する。五は、附帶上告を廃止する。六は、
上告審においては、
被告人を召喚することを要しないといたしました。これは四百九條であります。それから七は、
憲法違反又は
判例違反のない場合でも、法令違反、重大な事実の誤認等があつて
原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認められた場合には、
原判決を破棄することができるとしたことであります。これは四百十一條であります。八は、
原判決を破棄したときは、原則として、差戻又は移送するか、直ちに判決することができるとしたことであります。これは四百十二條、四百十三條であります。九は、上告
裁判所に判決については、訂正判決の制度を認めたことであります。これは四百十五條乃至四百十八條であります。
次は特別抗告、第四章抗告につきましては、概め
現行法と変りはありませんが、ただ特別抗告の理由を應念措置法よりも拡め、
憲法違反のみならず、
判例違反もその理由に加えたわけであります。これは四百三十三條であります。
次は第四編及び第五編の再審及び非常上告であります。非常上告につきましては、現在の規定の余り変更はありません。再審につきましては、
被告人に不利益な再審に関する規定はすべて削除しましたが、これは
應急措置法以來すでに効力を失つていたのであります。
第六編略式手続。略式手続につきましては、二三
憲法違反の意見もありましたが、現在多くの
裁判所で実際に行われており、政府も
憲法違反ではないと考えているので存置することにいたしたのであります。ただ略式命令をなし得る限度を五千円以下の罰金及び料料に限り、且つ
被疑者が異議のない場合にのみ認めることといたしたのであります。更に正式裁判の申立権者を、從來は本人のみと解されておりましたが、一般の上訴権者即法定代理人、
弁護人等に認めて、正式裁判を求め得る途を廣くしたのであります。
第七編の裁判の執行の点であります。現在の規定に対して重要な変更を加えた点はありませんが、死刑の執行につきまして、今までは判決確定後、一定の期間内にその執行をしなければならないというような規定はなか
つたのでありますが、確定判決を尊重しなければならないという趣旨から、一應六ケ月の期限を設けることといたしたこと、及び貧困者のため訴訟費用の負担を免除する途を開いたこと、この二点が主な改正であります。
次は私訴の点であります。附帶私訴の制度は、これは廃止することといたしました。附帶私訴も実益のない制度ではありませんが、一般的にいつて余り利用せられることがなく、又
刑事裁判の迅速性にも障害となり、更に
裁判官の專門化の傾向とある今日、民事訴訟はやはり民事訴訟の手続によつて十分審理することを妥当と考え、廃止することにいたしたのであります。
以上で一應御説明を終ります。尚詳細の点につきましては、御質問に應じまして、又随時申上げることにいたしたいと思います。