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委員長(
伊藤修君) 他に御質疑ありませんですか。ではこの
法案に對する質疑はこの程度にいたしまして、次に
人身保護法案を議題に供します。
人身保護法案について一般的な
説明を私から一言申上げて置きます。
人身保護法は、
憲法の保障する基本的人權の中の最も重要な
身體の自由の保護を實現するために、
身體の自由を不法に奪われ又は制限された者に對して、刑事訴訟法の普通
手續を俟たないで、人身保護命令を以て、より實效的に、より簡便により迅速にこれを救濟する
目的を以て、何人にも容易に利用し得る
手續方法を
規定するものであります。これを端的にいえば、
身體の自由に對する不法拘束のあ
つた場合の急場を救うために、裁判所に駈込み訴えをする非常
手續を
規定したものであります。それ故に
身體の自由拘束に對する刑事訴訟法の救濟
手續、例えば勾留に對する上訴が事實上效果を收め得ないと思われる場合、又は急速に間に合わない場合に、本法の
手續が用いられるのであ
つて、刑事訴訟法の普通
手續に對する非常例外的措置であります。從
つて合法的に行われた刑事訴訟法の逮捕、勾留その他の
手續を否定したりこれを妨げるべきものではないのであります。
次に本法の
手續と刑事訴訟法の
手續とは、その適用範圍を異にする部面があります。即ち刑事訴訟法は、
犯罪あることを前提として行われる刑事事件に關する
手續であるが、本法は必ずしも刑事事件のみに關するものではない。
犯罪には
關係なく、又
犯罪があるとしても、それが刑事事件として取上げられる前に、例えば從前の強制檢束のような、強制
取締處分によ
つて不法な
身體の自由拘束があれば、これを排除して被拘束者を救濟することをもその
目的としているのであります。又本法は公權力によ
つて身體の自由が侵害された場合に限らず、私力即ち個人又は團體に力によ
つて、
身體の自由が侵害された場合、例えば
法律上の正當な
手續によらないで、精神病院又は私宅監置室に監置したり、未成年者をその監護權のない者が懲戒場に入れたり、坑夫を監獄部屋に入れて勞役に服させたり、その他政爭
關係、選擧の
關係、勞働爭議等の
關係から、反對側の要人を抑留したり、軟禁したりする場合にも、その不法な自由侵害を現實に排除して、被害者を救濟するために本法が適用されるのであります。
又刑事訴訟は
警察官又は檢察官の手で
犯罪の捜査をなし、檢察官の公訴提起によ
つて手續が進行されるのであるが、本法の
手續は、
身體の自由を侵害された者又はその親族友人その他
關係者等、誰でもが裁判所に對して不法な自由拘束を排除してその救濟を求めるのであるから、私人の訴によ
つて手續が進行するのであります。即ち私人訴追であ
つて、公の訴追によ
つて行われるものではないのであります。
以上
説明申し上げました
通り、本法による
身體の自由の保護救濟の
手續は、その本質において刑事訴訟とは異なるのであ
つて、本法は民法上の私權たる
身體の自由に對する侵害を現實に排除することを
目的として、私權保護の請求を行使する
手續と見るべきであります。即ち民法第七百十條は
身體の自由が侵害された事後においてその損害賠償の請求を
規定しているが、本法は
身體の自由に對する現實の侵害を排除して、被害者を救濟する途を與えたものであるから、私權保護の請求について新らしい途を開いたものと信ずるのであります。そうしてこの私權保護の請求は、被害者又は
關係者が原告の立場に立
つて裁判所に訴え、侵害者たる拘束者が被告の立場に立
つて答辯して、裁判所が取調べの上、不法な自由侵害が行われているか否かを判斷するのであるから、米國の或る州では特殊の民事訴訟の性格を有するものとしているのであります。
本法は英國の法制において「ヘイビアス・コオパスの
手續」、即ち「身柄を差出す
手續」として、一六七九年に發布されました人身保護
法律に倣
つたものであります。即ちこの
法律は人身を不法に拘禁した者に對して、被拘束者の身柄を直ちに裁判所に提出し、且つ拘禁の
理由を明瞭にせよという命令、いわゆる人身保護令状の
手續を定めたもので、人權の尊重保護を主眼とする民主主義
憲法の裏書をなすものであります。この人身保護令状の
手續は、アメリカの獨立戰爭當時にすでに確立された制度とな
つていて、一七八七年九月制定のアメリカ合衆國
憲法においても「人身の自由保護の令状の特權」として認められておるのであります。それ故にこの人身保護令状に關する法制は、英米法系の國に固有のものであ
つて、大陸法には存在しない制度であります。
日本國新
憲法は、民主主義
憲法として、基本的人權の尊重保護をその中核とするものであ
つて、殊に人の
身體の自由を保護することを極めて重要視して、これに對する侵害を排除して、被害者に救濟を與える
趣旨から、第十三條、第三十
一條及び第三十四條等の
規定を設けているのであ
つて、新
憲法の實施と共に、これらの
規定の
趣旨を十分發揮し得るような立法を必要とするのであります。殊に第三十四條後段は、如實に人身保護の方法を指示しているのであるから、この
規定の
趣旨を十分に實現し得るような
法律を制定することが要請されておるのであ
つて、本法はこの要請に應えて立案されたものであります。故に本法は新
憲法の直接附屬法として必須且つ不可缺の立法であることを特に御留意願いたいと存じます。
以下逐條に對しまするところの
説明は梶田專門調査員よりいたさせます。
本日はこの程度にいたしまして、明日午後一時から
開會いたします。
午後二時四十七分散會
出席者は左の
通り。
委員長 伊藤 修君
理事 岡部 常君
委員
大野 幸一君
齋 武雄君
中村 正雄君
大野木秀次郎君
水久保甚作君
鬼丸 義齊君
松村眞一郎君
星野 芳樹君
委員外議員 中野 重治君
政府委員
法務廳事務官
(檢務局長) 國宗 榮君