○
草葉隆圓君 二、三の点を伺いたいと存じますが、これは先に
山下委員からも御
質問がありました、重複するかも知れませんが、第
一條には、
國民の
宗教的感情に適合し、且つ
公衆衞生、その他
公共の
福祉の
見地から、支障なく行われることがこの法の
目的であるとありますが、ところが、この
法律は
事務的な
法律であ
つて、ただ
火葬、
改葬墳墓、
墓地云々こういうものであ
つて、これはこういうふうに
許可を受けて、そうしてその中に或いは死者なり、或いは
燒骨を納める
手続はこういうようにせい、
調べる場合は、それを拒んじやならないぞというだけであ
つて、余りにも
墓地、
埋葬等に関する
法律としては、
日本古來の宗教的な
國民感情というものをちつとも
取扱つていないので、ただ單に形式的にそれを扱うだけということは、
國民感情といわゆる
墓地埋葬というものとは合致しないと思います。
從つて或いは
墓地埋葬等の
取扱いというような点についても、
墓地等においても成るべきこの
國民感情に合うような、清楚な高潔なというような点は、
一つもここには現われておりませんが、それでも今後差支えないのか、又そういう点についてはどういうふうにお
考えにな
つておるか、これを更に私は、先にも御
質問がありましたが、どうも納得が行きませんので御
質問申上げたいと思います。
第二の点は、第十九條の、
都道府
縣知事は、
公衆衞生その他
公共の
福祉の
見地から必要があると認めるときは、
墓地、
納骨堂その他のものの
改造整備、又はその一部の使用の
制限、禁止を命ずることができるという、この「
公衆衞生その他
公共の
福祉の
見地から」というのがどういう
意味であるか。
それから第三は、
碑標というものの
建設は、
從來の
規則には出ておりましたが、今度は全然出ておりませんが、これは自由になし得るか、この点も伺いたいと思います。
碑標の中に骨を納める場合には、この
規定に当てはまるか、骨を納めない場合は自由であるかどうか、この点であります。
それから
墓地という点について、これも先程
山下委員から御
質問がありまして、聊か重複する点があ
ろうかと思いますが、
墓地は全部
許可を受けなければならない、そうしてその
墓地でないと、或いは死骸、或いはお骨を納めてはならない、
從來の場合におきまして
死葬埋葬の場合には、多くこのような
墓地というのにおいてお墓を作
つておりましたが、
燒骨を納める場合においては、
自分の
敷地内等に
單独に
一基を置くというような
風習が
地方によ
つては相当あるのであります。その場合にも
墓地として届を出して、そうしてその
墓地に対してお骨を納めるという届を出す。こういうことを相成るのでありまするが、それは余りにも單なる
事務的なことであ
つて、いろいろな点を
考えても、左程それを
取締る必要はないではないか、
死体の場合には
墓地以外に
埋葬するのは工合が惡いということが分るけれども、燒いておる、骨に
なつたものの場合においては、
地方によ
つては
只今申上げましたように、
家屋敷の一
部分に
自分の父の
遺骨を納めて、そしてそこで朝夕参拜するということにおいての、このいい
風習をこれによ
つて阻害する必要はないじやないか、かように
考えますが、この点も伺いたいと思います。
もう
一つ第四に、これも先に
山下委員からの御
質問の中にも幾分触れておりましたが、お骨を
寺院に預ける、そしてそのお骨がいわゆる
寺院の
佛堂の内陣に、或いは幾つでも大体三年間、或いは短かくて四十九日間預かる。それは
地方によ
つては
一つの
風習にな
つております。それは
宗教的行事から扱うのであ
つて、それを
納骨堂とすることは、これはもう全然
考えが違うのであります。そこで
最少限度四十九日間乃至長い時には三年間
寺院のところに預か
つて、それから
納骨をする、或いは
納骨堂へ納めるという、こういう
風習が相当
地方によ
つてはあるのであります。大きい寺程その預か
つているお骨の分量が多いという場合もありますが、これは全然ここでいうところの
納骨堂とはその趣を異にしてお
つて、
宗教的行事の
一つだと私は心得ておりまするが、それを尚
取締ろうとされるのであるか、その点も御伺いして置きたいと思います。
もう
一つは
附則の
最後の第二十
七條で「從前の命令の
規定により
納骨堂の経営について
都道府
縣知事の
許可を必要としなか
つた地域」、これはどういう
地域であるかということと、それからこれも外の
委員からも御
質問がありましたが、
從來の
寺院等の周囲には、大体において多数の
墓地があるのでありますが、その
墓地が嚴格な
意味において一應大体届出てあると思うんですけれども、或いは届出ないもの、或いは
認可を受けておらないもの、そういうものは今度の
法律の施行によ
つて全部届出、或いは
認可を受けさせる、私共の記憶によりますと、ずつと、以前に何かの通牒か何かによ
つて墓地を一齊に調査をし届出したことがあるように記憶しております。ところがその場合に実際や
つて見るとどうしてもできない
状態にな
つております。それは古いお骨は、或いはお墓は誰のものやら、もう何百年前のお墓を一々
調べて見た
つて、
書類もなければ、現実にそこに墓はあるけれども、それを一々今度届出の
書類を
作つてといつても到底困難なことにな
つて來て、なかなか面倒なことになるという
状態で、中途で完成しなか
つたやに記憶しておることがありまするが、若しや
許可を受け、或いは
認可を受けておらないような古い寺に
墓地がある、或いは
寺院の近くにあるものもありましようし、或いは塚のところにあるものもありましよう。そういうものを今ここでこの
法律によ
つて改めて、或いは
戰國時代の骨を
調べにかかるとかいうようなことをなさるということは、何も益のないことであ
つて、むしろ煩瑣に堪えんのではないか。もう少しこの
法律そのものが、先の御
質問にもありましたように、
國民感情に合
つた教宗的なものとして、そうして主として今後のそういう
意味においての
國民感情を現わすような
墓地の
取締とか、
火葬場の
取締というようなものに
法律の主眼を置くべきじやないか、かように
考えますが、こういう点についてお伺いいたします。