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1948-05-05 第2回国会 衆議院 文教委員会 第3号 公式Web版

  1. 会議録情報

    昭和二十三年五月五日(水曜日)     午前十時四十一分開議  出席委員    委員長 松本 淳造君    理事 水谷  昇君 理事 高津 正道君    理事 西山冨佐太君       圓谷 光衞君    冨田  照君       山崎  猛君    野老  誠君       松本 七郎君    久保 猛夫君       五坪 茂雄君    黒岩 重治君       松原 一彦君  出席國務大臣         文 部 大 臣 森戸 辰男君  出席政府委員         文部事務官   日高第四郎君  委員外出席者         議     員 石原 圓吉君         議     員 菊池 重作君         專門調査員   宇野 圓空君         專門調査員  横田重左衞門君     ————————————— 五月五日  理事花月純誠君の補欠として水谷昇君が理事に  当選した。     ————————————— 本日の会議に付した事件  理事補欠選任に関する件  朝鮮人学校問題に関する件   請願  一 久美浜農学校昇格に関する請願大石ヨシ    エ君紹介)(第三号)  二 師範附属校教官待遇改善に関する請願(    大石ヨシエ紹介)(第九号)  三 教員待遇改善に関する請願石原圓吉君    外一名紹介)(第八六号)  四 水戸市に綜合大学設立請願菊池重作君    紹介)(第一一七号)  五 志摩水産学校昇格請願石原圓吉君外一    名紹介)(第一四〇号)  六 六・三制完全実施のため全額國庫負担その    他に関する請願田口助太郎君外一名紹    介)(第一八七号)  七 盛岡農林專門学校昇格並び岩手綜合大学    設置請願野原正勝君外七名)(紹介第    二二八号)  八 定時制高等学校設置請願豊澤豊雄君紹    介)(第二五八号)  九 民間科学技術研究所研究費國庫補助の請    願(海野三朗紹介)(第三三七号) 一〇 國立女子大学設置請願押川定秋君外一    名紹介)(第三六五号) 一一 大学開放に関する請願豊澤豊雄紹介)    (第三七七号) 一二 中等教員免許状所有者の取扱に関する請願    (豊澤豊雄紹介)(第三七八号) 一三 聾、盲教育義務制実施に関する請願(廣川    弘禪君紹介)(第三七九号) 一四 同(久保猛夫紹介)(第三八〇号) 一五 聾、盲教育義務制実施に関する請願外三件    (船田享二君外一名紹介)(第三八一号) 一六 聾、盲教育義務制実施に関する請願辻寛    一君紹介)(第三八七号) 一七 岡山市に國立綜合大学設立請願大村清    一君紹介)(第三八八号) 一八 定時制高等学校設置請願豊澤豊雄君紹    介)(第三九四号) 一九 聾、盲教育義務制実施に関する請願水谷    昇君紹介)(第三九五号) 二〇 同(石田博英紹介)(第三九六号) 二一 同(花月純誠君紹介)(第三九七号) 二二 六・三制完全実施のため全額國庫補助請願    (岡村利右衞門紹介)(第四〇四号) 二三 書道必須科目復活請願早稲田柳エ    門君紹介)(第四〇六号) 二四 聾、盲教育義務制実施に関する請願(松澤    兼人君紹介)(第四一七号) 二五 同(庄司彦男君紹介)(第四一八号) 二六 同(原彪之助君紹介)(第四一九号) 二七 同(原彪之助君紹介)(第四二〇号) 二八 定時制高等学校設置請願苫米地義三君    紹介)(第四二一号) 二九 高知市に綜合大学設立請願黒岩重治君    外四名紹介)(第四二八号) 三〇 函館水産專門学校昇格請願川村善八郎    君紹介)(第四四二号) 三一 函館市に学藝大学設立請願川村善八郎    君紹介)(第四四三号) 三二 小学校教員恩給増額に関する請願(梁井    淳二君紹介)(第四五四号) 三三 岡山市に國立設合大学設立請願西山冨    佐太紹介)(第四六八号) 三四 書道必須科目復活請願竹尾弌君外    一名紹介)(第四九〇号) 三五 國立女子大学設立請願山崎道子君外一    名紹介)(第四九五号) 三六 第二高等学校跡地拂下請願庄司一郎君    紹介)(第五〇五号)     —————————————
  2. 松本淳造

    松本委員長 それでは会議を開きます。  この際委員諸君にお諮りいたしたいことがありますが、さきに文教委員を辞任されました花月純誠君は、理事でありましたので、その補欠を互選いたしたいと思います。
  3. 冨田照

    冨田委員 補欠理事の互選は、その追続を省略して委員長において御指名あらんことを望みます。
  4. 松本淳造

    松本委員長 ただいまの冨田君の動議に御異議ありませんか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり。〕
  5. 松本淳造

    松本委員長 異議なきものと認めます。それでは民主自由党水谷昇君を理事に指名いたします。
  6. 松本淳造

    松本委員長 続いて請願審査に入ります。請願審査に入るに先立ちまして、本日ここで御審査を願う諸件につきましては、あらゆる角度から慎重審議を要する点がありますので、これが採択、不採択等決定につきましては、しばらく留保いたしたいと思いますから、さよう御承知を願います。  では日程第四、水戸市に綜合大学設立請願菊池重作紹介文書表第一一七号。
  7. 菊池重作

    菊池重作君 文化日本建設教育の全國的普遍化にあると思います。今までの教育教育機関東京に集中されておつたきらいがあると考えられまするので、今日新教育態勢がすでに確立せられ、新制大学の基準、また決定を見ておる今日、教育機会均等及び学校地方分散の要はいよいよ切なるものがあると痛感するのであります。ここにわが茨城縣水戸市に綜合大学を建設いたしたいと思いまして、本請願をいたしたのであります。古來わが茨城縣の地は文化日本史上特異の存在を示し、わが國の文化の進展に幾多貢献をなしたることは歴史の示すところであります。殊に縣と水戸市を中心とする教育環境文教の府としてまことにふさわしいものであると思うのであります。ここに縣文化中心たる総合大学設置いたしたいと思います。現存する水戸工業学校茨城師範学校茨城青年師範学校多賀工業專門学校及び水戸市の私立女子專門学校等を総合することができれば、文夫茨城の名に反かず、必ずや文化日本の建設に寄與することは、期してまつべきものであると信ずるのであります。  殊に地元水戸市を初め関係市町村はもとより、二百万縣民はあげてこれが設立を待望いたしておりまして、学校民主的地方自治運営に協力の態勢を整えつつありまするがゆえに、何とぞ右實情を御賢察の上、ぜひとも本縣に総合大学設置せられるよう何分の御審議の上御採択をお願いしたいのであります。本請願茨城縣縣会全会一致をもつて決議をして請願に及んでいるのでありますが、茨城縣全縣民の要望でありますので、本委員会におきましても慎重審議の上御採択のほどお願いいたしたいと思います。
  8. 松本淳造

    松本委員長 ただいまの件に関しまして政府意見を承りたいと思うのでありますが、まだ政府側が出席しておられません。御質問があればしばらくお待ち願いたしたのでありますが、少し逆になりますが、この請願に関しまして委員諸君の御意見がございましたら御発言を願います。
  9. 高津正道

    高津委員 ただいまの菊池代議士茨城縣総合大学設置するという問題でありますが、何か資料があつたならばその資料をわれわれ委員に提供されることを希望いたします。
  10. 松本淳造

    松本委員長 菊池君にお尋ねいたしますが、各委員のところにも資料は出ていないのですか。
  11. 菊池重作

    菊池重作君 あらためて縣会の方から資料を取寄せてお手もとに配するようにいたしたいと思います。
  12. 冨田照

    冨田委員 水戸市に総合大学設立する御趣旨は拜聽いたしましたが、その審査に要します資料もお持ち合せがないようでありますが、せめて新たにつくられます総合大学の輪廓、そうして設置さるべき学部内容等につきまして、もしおわかりでございましたらお話願いたいと思います。
  13. 菊池重作

    菊池重作君 資料を持ち合わせてないのでありまして、ただちに縣の方から詳細なる資料を取寄せて皆さんの方にお配りをいたしたいと思います。大体水戸市は皆樣も御承知の通り昔から学問の府であるということはおわかりのことであろうと思うのであります。水戸学であるとか、あるいはその他の大日本史の編纂というようなところにも昔からの歴史があるわけであります。殊に水戸市は現在におきまして工業部市ではないのでありまして、非常に風光明媚の地でありまして、文教の地としては環境的にも非常によろしい。特に先ほど申し上げい通り、現在水戸市には幾つもの高等学校あるいは專門学校がありまするので、これを総合して一つ大学にもとめ上げたい、こういう縣の意向なんでありまして、その点御了承を願いたいと思います。
  14. 冨田照

    冨田委員 私のお尋ね申と上げておりますのは、そういう意味でなく、水戸市にたとえば高等学校がある、あるいはさらに高等工業学校がある。こういうお話を聽きますと、そこに文科系学校ができる、それからまた、理科系大学を御設置になる意思があるということが伺われます。そこで基本となるべく学部が何学部であるか、たとえば文学部かあるいは理学部、その中でも農学部あるいは水産学部といつたような、具体的なものが示されておりませんと、ただ漠然として文化的に恵まれた土地であるとか、風光が明媚であるということは、総合大学設置については、必ずしもそれが大事な要件でないのじやないか、こう私は考えますので、せめて学部の名稱だれでもおきまりになつておりましたら、それをお伺いできますればたいへんいいのじやないかと考えたわけであります。
  15. 菊池重作

    菊池重作君 まだそれまでに資料は集まつておりませんので、あらためて申し上げます。
  16. 松本淳造

    松本委員長 ちよつと速記を止めて……。     〔速記中止
  17. 松本淳造

    松本委員長 それでは速記を始めて……。     —————————————
  18. 高津正道

    高津委員 本員は前回すなわち四月二十八日の文教委員会において松本委員長に代つて委員長席についていたのと、時間も十二時半にもなつていたのて、あの際政府委員として日高学校教育局長の行われた文教委員会を軽視しまたは少くとも文教委員会権限を軽視するがごとき意見の発表に対し、反対意見を有するにもかかわらず、意思表示をしないままで、同日の委員会を閉じた次第でありました。同日伊藤委員が、一應日高政府委員意見に対して反対的な質問をされたのでありましたが、私は本日あらためて政府の所見を質すものであります。速記録がまだできてまいりませんのでそのままの語句を再表現できませんけれども、日高政府委員は、この文教委員会で何かを決議されようとも、それは本会議決議とは、おのずから價値が違う、どうしても政府としては本会議決議と同樣に受取るわけにはいかないという意味の見解を明らかにされました。いまさら申すまでもなく、國会國権最高機関であることは明らかに憲法の規定するところであります。これは言いかえるならば、主権在民國民を代表する國会は、行政の役所たる政府に対し、その行政を監督するのみでなく、かくのごとき方法において行政をなすべしと指示する権限をも有するという意味であることはもちろんであります。しかして國会はその権限を行使するにあたり、近代政治の複雑多岐なるに鑑みまして、議員かそれぞれの專門にわかれ、概してその部門の知識あるいは経驗所有者が、たとえばここに文教委員として本委員会を構成しておるのであります。すなわち本委員会の場合は、衆議院の文教部門を代表しているものであります。なるほど文教委員のだれか一人の発言が、常に國会文教部門の総意を代表するものであると言えないことば、本員のもとより承知しておることであります。しかしただ文教委員会一つ決議をいたしました場合に、この決議日高政府委員のごとく軽視することは、これはひとり本委員会に対する侮辱意味するに止まらず、國会に対する侮辱意味しておると思います。また実施されてすでに一箇年を経過している憲法つて、今日なおかくのごとく政府委員によつて解釈されることを知るならば、おそらく泣くのではあるまいかと私は思うのです。  もちろんこの文教委員会とても誤つた決議をすることがないとは申せません。すなわち憲法に矛盾するきらいがある決議とか、法律に背反する決議とか、もしそのような決議でもしたと仮定すれば、その場合政府がそれに氣づいて、文教委員会決議には從えないといつて、その理由なり意見を述べるというのであればわかるのであります。しかし日高政府委員前回の御発言はそういう特殊な場合を指したものではなく、教育及び教育行政に関する本委員会の行う何ら違法でない決議に対しての御発言であつたことは、本委員の記憶に新たなるところであります。私たち委員申合せ程度のものでなく他日何らかの重大案件について決議をする場合には、それぞれ所属の党に帰つて、党のそれぞれの機関にかけて、党議をまとめた上でそれを行うものでありまして、委員会決議は必ず本会議にかけてそのまま通過するとの自信に基くものであります。  ただ第一回國会で、炭鉱國営案審議の過程において、外部からの猛烈な運動や要請によつてでありましようか、委員会の多数決による決議にもかかわらず、それは本会議意思を反映していなかつたという一つ例外が発生いたしましたが、これは御承知のようにあくまでも例外的な事例であります。そして日高政府委員前回の御意見が、この例外の場合を指して言われたものでないことも明らかな事實であります。私はここに自分の考えを率直に申しますが、政府であれ、文教当局者であれ、日高政府委員の言のごとく、國会常任委員会意思を軽視する態度は、それは旧態依然たる非民主的な誤れる官僚の特権意識だと評されてもしかたがあるまいと思うのであります。私はまた申しますが、政府にせよ、文教当局者にせよ、常任委員会決議ないし意思は、國會決議ないし意思なりという常識をもつておるべきだと思うのであります。  さらに繰返すならば、本文教委員会が、憲法違反法律違反ないしは技術上不可能なることを決議するというような例外のある場合を除いては、本委員会文教当局がみずからの手で組織している数多く諮問委員会のどれに諮問して決定した案であつても、それを自由に否認しまた修正する権限を有するのであります。私はこのように考えております。以上の見地に立つて日高政府委員に対して質問するのでありますが、あの発言をお取消しになる意思ありや否や、明確な御答弁を得たいと存じます。またもしあの御発言が今もつて正当妥当であるとお考えになつているならば、その法的根拠をお示し願いたいのであります。この問題を決定しないで請願審査にはいつても、あるいは何らかの質問を試みて政府委員答弁を得たところで、いろいろ質問したいことがあるのであり、意見を聴きたいことがあるのでありますが、この点がまず明らかになつていないとしかたがないと思うのであります。この二つの質問に対して明確な御答弁を要求するものであります。
  19. 日高第四郎

    日高政府委員 前回文教委員会で私が申し述べましたことに、不穏当な点があることを私自身も認めますので、前会の発言の不穏当な点は取消したいと存じます。今御指摘のように、國会主権をもつて決定されることに対しまして、政府がこれを実行するだけでありまして、國会意思を軽んじたり、あるいは無視したりするような意図は、政府としてはないものと思いますし、私自身もそういう氣持はなかつたのであります。ただ文教委員会その他の特別の委員会と本会議決議との間に若干の逕庭があるようなことは、私として感じております点もありましたので、その点をもつとはつきり誤りのないように申し上げればよかつたのでありますけれども、言葉が足りませんで、また表現がまずかつたために、文教委員会の御意思まで軽んじたようになりましたことは、はなはで相済まないと思います。陳謝の意を表します。
  20. 高津正道

    高津委員 了承いたしました。委員長、それでは続けてください。     —————————————
  21. 松本淳造

    松本委員長 では先ほどの日程第四、水戸市に総合大学設立請願菊池重作君から提案の説明がありましたが、本委員会としましてはまだ資料菊池君の方から提出されておりませんので、資料をよく調査した上でということで話を進めているのでありますが、これにつきまして政府当局から一應御意見を承つておいた方がよいと思いますので、お願いしたいと思います。
  22. 日高第四郎

    日高政府委員 現在水戸市にありました水戸高等学校戰災遭つておりまして、附近の兵舎を借りて仮住いをしているような状態であります。茨城縣には多賀工業專門学校もありますし、また師範学校等もございますので、いずれに現実的な基礎のある大学を建てますかは、なお十分調査の上で決定いたさなければならないと思うのでありますが、傳統のある学校でもありますし、また、土地でもありますので、なるべく地方の御意思に副うような計画を立てて、大学設置委員会にかけた上で決定することにいたしたいと思つている次第であります。  但しここに総合大学とございますけれども、総合大学というのは現在のところでは、東京大学のようなものを模範的な、あるいは代表的な総合大学考えますと、必ずしもそういうものが全國にたくさんできるということは予想されませんので、ごく不完全な総合された大学、これはわれわれの間で複合の大学というように呼んでいるのでありますけれども、水戸のような場合には元の高等学校及び師範学校等を合わせまして、新しい性格の学藝大学のようなものをつくるのと同時に、多賀工業專門学校等工科大学に仕立てまして、その間の連合の形式でもとつて大学にするのでなければ、現実條件に合わないのではないかというふうに考えております。もつともこの点につきましては、学校当事者及び地方の御意見を参酌しまして、全体の計画の上からできるだけ仰せに副い得るような点は副いたいと思つているのであります。
  23. 菊池重作

    菊池重作君 あらためて資料を出しますから……。     —————————————
  24. 松本淳造

    松本委員長 では次に移ります。日程第五、志摩水産学校昇格請願石原圓吉君外一名紹介、第一四〇号。石原圓吉君。
  25. 石原圓吉

    石原圓吉君 私は紹介者の一人の石原圓吉であります。沿革を私が説明いたしまして、詳細な具体的なことは水谷君より説明を申し上げるということになつておりますから、どうかよろしくお願いいたします。  志摩水産学校三重縣の南部の太平洋に面した英虞灣の突端にありまして、その所在地は約四里の半島になつておりますその中間にありますので、明治初年に六箇村の組合学校として生れ出たのでありますが、その後郡立となり、また縣立となつて今日に及んでいるのであります。純然たる民主的に生れ出た学校であります。そうして全國のこの種の学校のうち、最も優秀なる位置にありまして、また設備も何ら戰災等には遭つていないのであります。すでに今日まで一万人に近い生徒を出しておりまして、それらの生徒は現在各重要な方面水産人として、また官吏として活動をしているのであります。特に申し上げておきたいのは、この学校相当数朝鮮人教育をされて、そうしてこの朝鮮人は卒業後朝鮮帰つて朝鮮水産の開発に当つておりまして、その業績も著しく見るべきものがあるのであります。  朝鮮人はとかくの批評を受ける点もありますけれども、実業教育を志す朝鮮人というものはまことに純眞、誠実でありまして、この学校よりも相当な表彰を受けた者がありまして、現実朝鮮水産業に非常な熱意をもつてつているのでありますが、將來この学校大学になりましたならば、続々朝鮮人の入学が期待されるのであります將來の日鮮融和の一つ産業上の非常な効果的な目標としてやり得ると思うのでありまして、この点よりも切に特殊の事情としてお聽きおきを願いたいのであります。なおこの学校所在地はちようど太平洋中間にありまして、しかも三重縣漁業日本全國の縮図と申してもいいような多種多様の漁業があるわけであります。ただ北海道、カムチャツカ方面の一部の寒流地帯の魚族以外のものは全部網羅されておるのであります。殊に眞珠のごときは、終戰後外人がその現状を見、また眞珠買上げ等ほとんど土曜、日曜には現在でも殺到するほど外人が現場に参るのでありまするが、この眞珠輸出終戰後日本において他に比類のない額が出ております。それはみなその学校中心とした地帯に生産するのでありまするが、最近資材眞珠を養成する稚貝、こういうものが減退をいたしまして、外人もこれが増殖繁殖相当関心をもつておるという実情なのであります。なおあわびの明胞、なまこ、ヴイタミン剤の原料として魚類の臓腑、かき、かんてん、さめのひれといつたように、輸出対象物としての水産物は全國に比類のない種類があるのでありまして、それらの中心地に存在するこの学校は、非常なる緊張した態度終戰前後現実教育されておるのでありまするが、太平洋中心でありまして、名古屋より数時間を費せば往復ができるという便利な土地であります。殊に食糧事情も惠まれておりまするので、現在たくさんの縣外の生徒が入学している次第でございます。  現在水産教育方面から申しますると、東京水産講習所という学校がありますが、この学校大学ではないけれども、まず大学に近いものと稱してよろしいかと思いまするが、その他には全國に高等水産学校函館にありましたが、終戰前戰災遭つて今は完全な教育ができていないという程度であります。大学にも水産科はありましたけれども、ほとんど研究に止まろ数名の人々が教育を受けている程度でありまして、日本が急速に水産に進出しなければならぬ非常な産業上重要な地位にありながら、現在高等程度学校大学もないということはまことに時代に合わないことと思うのであります。本水産学校は、すでにその位置も、設備も、また教育の方針も、周囲の状況も最も全國的にぬきんでたところの理由が存在すると思うのでありまして、どうか急速にこれが國費をもつて大学に昇格せられんことを切に希望する次第であります。なお補足として水谷君より申し上げるはずでありまするが、何分の御審議の上御採択あらんことを切に希望いたします。
  26. 水谷昇

    水谷(昇)委員 本請願者三重縣志摩郡船越村喜田喜太郎外九十七名であります。  ただいま紹介議員の一人の石原圓吉君からその沿革について説明がありましたが、私も紹介者の一人としまして本請願要旨並びに理由を御説明申し上げます。本請願要旨は、三重縣志摩郡和具町にある三重縣立志摩水産学校設備その他が相當に充実し、太平洋に面する外洋漁場中心として、また全國一の多樣性の漁場として、地理的にも絶好なる條件に惠まれておる。ついては本校を國費をもつて水産大学に昇格されたいというのであります。  本請願理由は、水産大学設置の必要、敗戰により縮小された國土に人口八千万の國民が生活しなければならない現状將來を思うとき、食糧問題の解決については未耕地の開墾による穀類の増産、家畜の増殖、酪農の拡充等考えられておるが、これらに多くの期待はできないのであつて。食糧問題の解決のかぎは一に水産業の発展にかかつておると思うのであります。水産業重要性は單に動物質蛋白を含む魚類増産のみではなく、輸出物資として加工水産物、肥料としての海産物、塩、眞珠等多くの点において重要性を有しておるのであります。しかるに從來においては水産に對する國家及び國民関心はきわめて薄く、四面環海日本でありながら、他の産業に比して水産業科学的調査研究等ははなはだ遅れており、殊に水産の第一線において活躍すべき人材を養成するための教育施設はまことに貧弱であります。現在の教育施設としましては中等程度学校が全國においてわずかに十四五、專門程度のものは二、三にすぎない。大学程度のものとしては官立總大学農学部水産科が設けられてはありますが、それはきわめて貧弱な状態であります。独立の大学としては一校もないというはなはだ心細い実情であります。かくのごとき有樣ては水産部面に多数の有能なる人材を補充することは不可能であつて水産業の発展のために大いに憂慮するものであります。  水産業重要性を認識する國家としては、この際あらゆる困難を忍んでも速やかにその認識を実践に移して國立水産大学設置し、水産業全般の調査研究教育機関とし、もつて水産業発展の一大推進力たらしむる必要があると思います。  次に、國立水産大学三重縣志摩郡和具町に設立することを最適とする理由は、地理的條件が最適であるということであります。志摩郡は本州中においても稀に見る出入屈曲の多い海岸線を有する志摩半島と、これに附属した多数の島嶼からなり、多くの内湾に臨む一方、太平洋にも面し、外洋漁業及び内海漁業の両條件を備えておることであります。また魚族、貝類、海藻類の種類が豊富であることと、魚族の種類としては熱帯性及び寒帶性魚族百四十八種に上り、眞珠貝、あわび、さざえ等貝類の繁殖に適し、またきわめて多種類の海藻類が繁殖しておるのであります。三番目に漁業形態が多樣であること。志摩地方漁業地帯として古い歴史傳統とをもつて、沿岸捕鯨漁業、大敷網、流し網、巻網、いわし網を初め、かつおつり、一本づり等多樣な漁業形態をもち、海女の潜水作業は有名なものであります。四番目に水産加工作業が発達しておるということ眞珠の生産を初め、かつおぶし製造、カン詰製造並びに輸出品としては眞珠、明鮑、なまこ、ふかのひれ、それからサージン、まぐろの油漬、寒天、かきの燻製、具類加工等、きわめて各種の水産加工業が発達しておるのであります。  第五番目に水産関係諸施設が完備しておること。水産大学教育において利用し得る施設が次のごとく整備しておる。三重縣立志摩水産学校、それから三重縣水産試驗場、宇治山田市立工業学校、これは造船の方。それから眞珠かき養殖場、これは志摩郡内海一帶であります。以上列挙しました條件は、水産大学教育上きわめて優秀なる條件であり、併せて交通の便、風光の明媚は、伊勢志摩國立公園として説明するまでもありません。これがために学問研究には最適地であると思います。  以上の理由によつて國立水産大学三重縣志摩郡和具町に設立することを請願するものであります。なお三重縣立志摩水産学校については請願書に添付の一覽表を御参照願います。希くは委員各位には一度ぜひ実地、御観察賜われまして、よろしく御審議の上御採択あらんことを切望する次第であります。
  27. 松本淳造

    松本委員長 ただいまの件に関しまして政府の御意見、伺います。
  28. 日高第四郎

    日高政府委員 御指摘になりましたように、日本における水産教育及び技術というものが、從來とかく閑却されがちでありまして、現在ありまする高等な教育というようなものもごくわずかのものでありまして、これでは日本の今後の発展のためにも大きなマイナスになるように私どもとしては考えておるのであります。現在の日本の状態でたくさんの大学をつくりますることは非常に困難でございますけれども、水産方面につきましてはむしろ特に考慮を加えて立派な学校をつくりたいようにつねづね考えておるものであります、ただいま両議員の御指摘のように、志摩水産学校等が大学に轉換する可能性がございますれば、その点を十分研究いたしまして、予算及びその他の関係を考慮いたしまして、御趣旨に副うように努力いたしたいと存じております。
  29. 石原圓吉

    石原圓吉君 ちよつと補足させていただきたいと思います。ただいまの当局の御説明につきまして、どうか志摩水産学校の從來の歴史現状について詳細の御調査を速やかにお願いしたいと思うのであります。その関連の問題といたしまして、なお御意見を承つてみたいことがあるのでありますが、それは、三重縣にはすでに医科大学設置されたのであります。そして高等農林学校大学にしたいといふ希望があるのでありまして、ただいま請願しておる水産大学ができるものとすれば、ここに総合大学の可能性が存在しておるのであります。しかるに仄聞するところによりますと、高等農林学校大学に昇格をして、どこか他縣の総合大学へそれを併置するというような説を聞くのでありますが、その点は事実どういうことになつておりますか。われわれ縣出身の参衆両院議員は、縣内に総合大学設置されることは非常な熱意をもつておるのでありまして、これが具体化につきまして近く協議をすることになつておるのでありますが、そういう関係上、高等農林学校大学に昇格して他縣の総合大学に併せるということは望まないのであります。またそういう先例もあるかないか知らないのでありますが、それに対する御所見を参考のために承つておきたいのであります。政府にそういう方針があるのかないのか、またそういうことはしてよろしいかよろしくないかというような点に対して、一應承つておきたいのであります。
  30. 日高第四郎

    日高政府委員 三重縣の三重農林專門学校が他の大学の一部分として轉換されるのではないかというお話でございますけれども、これは一部にそういう希望があつたことは事実でありますが、文部省としては強いてそれを結びつけようとは考えておらないのであります。これは多少私どもの高等專門学校会議のときに申し上げました趣旨が文徹底で、そういう説が出たかと思いますので、その本の事情を申し上げて御参考に供したいと思います。  昨年の夏以來しばしば高等專門学校長が集まりました会議の席上で、文部省といたしましては、從來の高等專門学校の一々が充実拡大されて大学になることは、日本の現在の経済及び財政の状態においてはほとんど不可能な状態にあるから、おのおの長短相補うというような形式で結び合つて、二つが一つになり、あるいは三つが一つになるような形式をとつて大学の規準に合うような計画を立ててほしいということを、私が再三申しました。そのために獨立で大学になれるような資格、施設をもつている学校でも、他のものと結びつかなければ大学になれないというような誤解を生じたかと思いますので、その点で本來はそれほど進んでおらなくても、大学になるためには他の学校と連絡する必要があるというふうな誤解の上で、他にも多少文部省から考えますと無理かと思われるような、連合の形式をもつて出てきておるものがあるのであります。おそらく三重の農林專門学校等におきましても、そういうような意向をもつた人が一部分あつたかと思います。それが他の大学と打合わせ、他の大学にも希望がありまして、そういううわさが出たと思うのでありますけれども、現在文部省としては、これを無理をして他の大学につける意向はもつておりません。ただし学校同士の間で特にそういうことが願わしいということを申してまいつた場合には、地方の御意見も伺つた上で、結びつけるようなことは考え得ることでありますけれども、現在のところはそういう事実はないのであります。
  31. 石原圓吉

    石原圓吉君 たいへん明瞭な御説明を売まして感謝いたします。御承知のように、師範学校を近く各府縣とも大学に改組したいという希望があるようであります。そうしたならば大体この師範学校を普通師範学校及び青年師範学校等を併せて大学とすることは、私ども非常に希望するものでありましてそれが実現する場合は、どの縣にもいわゆる師範教育中心とした大学ができるわけでありますから、このことを大いに考慮していただかなければならぬ問題と思うのであります。その場合に、私の縣は師範学校をもし大学としていくならば、水産学校、医学校、農林等、この四つが具備するわけであります。この点はどうかよく御考慮のうちに入れておいていただきたいと思うのであります。
  32. 松本淳造

    松本委員長 本請願に関しまして、委員諸君に御意見があれば御発言願います。
  33. 冨田照

    冨田委員 志摩水産学校の昇格に関する問題でありますが、日本には今まで水産科だけの單科大学というものはなかつたわけであります。今後もしこの志摩水産学校が昇格いたしまして、新しい制度の單科大学として設立を出願いたしました場合に、文部省といたしまして新たに日本に最初の水産大学という單科大学を御許可になる御意思があるかどうか。御意思と申し上げて失礼であるならば、大学設置委員会においてこういうものが取上げられる見透しがおありになるかどうか、その点をお伺い申し上げたい。
  34. 日高第四郎

    日高政府委員 水産大学というものの可能性は十分にございます。ただ文部省でかりに計画いたしましても、それが大学設置委員会審議に合格いたしませんければ、これはなれない場合もあるかと思います。私どもといたしましては、大学設置委員会に不合格になるようなものはかけたくないのでありまして、これは時期の問題もありまして、一般的に申して、必ず來年にならなければ大学になる機会を失つてしまうというものでもありませんので、十分現実的な基礎のある充実した計画をもつてまいりまして、將來水産の單科大学もできるようにいたしたいと思つております。
  35. 松本淳造

    松本委員長 御発議ありませんか。     —————————————
  36. 松本淳造

    松本委員長 次に日程第一七、岡山市に國立綜合大学設立請願大村清一君紹介、第三八八号。日準第三三、岡山市に國立綜合大学設立請願西山冨佐太紹介、第四六八号。この二つは同一趣旨の請願でありますので、一括して審議いたしたいと存じます。紹介議員西山冨佐太君から御説明願います。
  37. 西山冨佐太

    ○西山委員 岡山綜合大学設置請願理由計画の内容並びに計画の実施方針について説明させていただきます。これが資料はつとに皆樣に差出しまして御覧を願つておるのでありますが、なお本日あらためてここにごらんを願いたいと思つて、ただいま取寄せ中であります。この点御了承願つておきます。  請願理由でありますが、このたび岡山縣が國立総合大学設置請願するに至りましたのは、近くは六・三・三・四制の新学制の実施によりまして、大学の構造が一大変革に直面いたしまするとともに、その基盤荘なすところの六・三・三制の完成に伴つて、必然的に最後の段階である大学制度の合理的整備並びに配置ということがいやしくも新学制を眞劍に考慮するものにとつては必要不可欠に相なつてきたからであります。  從つてこのことは單に岡山縣に限つた問題ではないのでありまして、全國各府縣とも共通の問題であるはずでありますが、しかし岡山縣の場合は、この問題は今初めて起つたのではないのでありまして、すでに遠く昭和十三年以來懸案になつていたものであります。これが今回の大変革によつて改めて拍車をかけられたわけに相なつているのであります。  まず第一に大学の配置の合理費の要望でありまするが、すなわち國立総合大学の配置を全國的に見渡してみますると、その上が現在七箇所でありまして、ただ一つもないというところは中國、四國地区のみになつているのであります。わが岡山は早くからこの不合理に著眼いたしまして設置請願してきておるのであります。日本文化の健全なる普遍的発展という観点からいたしましても、また國民教育機会均等の観点からいたしましても、大都市集中の偏在を匡正しなければならぬと信ずるものであります。  さてこの際一度地図を開いてごらんをいただくならば、岡山は山陰山陽、四國交通の要衝に当つております。特に米子からは約三時間、高松からは頻繁にしかも僅々二時間という至便な地点にありまして、古來岡山が瀬戸内海文化の一結集点をなしたゆえんが御納得願えると思うのであります。  第二には文化的基盤の確立しておることについて申し上げてみたいと思います。今後の欄想は各ブロツクに限らず、各府縣ごとに総合的な大学設置せられることであろうと考えまするが、今全國にさきがけて新制総合大学の新設を岡山が熱心に請願いたしますのは、わが岡山は古くよりいわゆる吉備文化の発祥の地として古い傳統を誇つておるのであります。また明治以後においては早くから教育縣としてその名をうたわれ、義務教育はもちろん青年教育の普及した点におきまして、東に長野、西に岡山と称せられてまいつたものであります。さらに幼兒教育も早くより普及いたしまして、現在におきましても幼稚園の数は兵庫についで全國第三位であります。新制中学の設立につきましても、全國にさきがけて町村の組合立を勧獎いたしてまいりましたため、その充実は至つて良好であるとの好評を與えられております。中等教育、青年教育も從來よりその水準と普及率におきまして全國の優位を占めておつたのでありますが、今回の新制高等学校への切替にあたりましても、各町村とも至つて熱心でありまして、從來の中等学校が新制高等学校に移牒かるもの七十七校のほか、新たに設置せられるものが中心校と、分校で二十三の多きに達しておるのであります。もちろんこれらは下級の義務制小中学校の整備している町村にのみ認可しておるのでありますが、これをもつて新学制の進捗状況を察するに足ると存ずるのであります。かかる基盤の上に立つてこそピラミツド型の頂点をなす新制大学の完成を全縣民の熱愛をもつて計画するに至つて次第であります。大学高專につきましては岡山医科大学が中國、四國地区大学の先駆として誕生し、その設備研究実績ともに全國の優位を占めております。そうして大学の名にふさわしい、否なるほど大学だという感じを與える充実さを示しておるのであります。また六高はナンバー・スクールの雄として歴史傳統を誇つていることは、何人も承認しておるところであります。こうしたことのほかに縣民全般の文化水準の高いことは、いろいろの点から立証することを得るのでありまして、学位をもつ本縣人は七百五十人の多きに上つております。  なおここに岡山文化の誇りとして全國的に知られているものに大原孫三郎氏の残した倉敷市のもろもろの文化事業があります。こうした進歩した文化的基盤と零囲氣をもつがゆえに特に各縣に先んじて今回の総合大学設置請願をなしておる次第であります。  次は計画の内容でありますが、この計画の内容を申し上げますと、まずその校舎施設の点でありますが、これは本縣に既存しますところの岡山医大、第六高等学校岡山農業専門学校岡山師範学校岡山青年師範学校の施設を総合しますとともに、旧軍用施設の敷地が十九万坪、建物三万五千坪、そのほか倉敷市にあります大原農業研究所並びにあまたの縣有農林、水産、工業等の施設を活用し、これらを整備拡充してそれに充てたいと思つております。特に岡山大学の特色とする点は、旧兵舎は一万人に及ぶ学生を收容してなお余りあるところの厖大な施設でありまして、各学部を一箇所に総合して運営し得る点にあると思います。  次に組織、編成につきましては、いわゆる総合大学の実質を具備するもの、すなわち現在の東京大学や京都の大学におきますような大学院を備えた各学部をもつたところの完全総合大学たらしめたいと、拳縣一致の希望でありますが、最初から全部の学部を完全に設置するということは、なかなか困難なものがありますので、二十四年度の出発にあたりましては、総合大学として最小限度の学部より出発して、漸次学部を殖やして学科を増設し、最後に完全なものにつくり上げたいと考えている次第でありまして、すなわち第六高等学校を母体として法文学部岡山師範学校岡山青年師範学校を母体として教育学部岡山農業専門学校岡山青年師範学校の一部、大原農業研究所等よりして農学部、なおこれに岡山医科大学の医学部を加え、さらに農学部、医学部設置する関係よりいたしまして、これらの学部に最も密接なる関係をもち、また離すことのできない理学部の編成をもつて進みたいと思つているのであります。そしてこれらの五学部におきましては、それぞれ本縣の特質を十分考慮しまして、それらを生かした学科の講座をおくように、すなわち縣民性の趨向及び縣民より多数の有力なる先輩を出している点よりいたしましても、法文学部においては法律学、経済学に重点をおき、あるいは農学部においては本縣農業の特質を考えまして、農学、畜産学に重点をおき、医学部をもつ関係からして設置する理学部におきましては、生物学、化学に重点をおくというようにして、学科の講座を考えている次第であります。  さらに附属研究機関といたしましては、現在の農業研究所、放射能線研究所、氣候医学研究所並びに新たに教育研究所も設け、なお新制大学の基準に從いまして高等学校、中学校、小学校幼稚園を附設する計画であります。  次に、計画の実施方針でありますが、この計画の実施方針につきましては、校舎設備の点については、先にもちよつと触れておきましたが、現在の五つの大学、高専の施設に併せて、敷地十九万坪、建物三万五千坪の厖大なる旧軍用施設を充当いたす計画でありまして、この旧兵舎はすでに大藏省から使用の許可を得まして、現在六高と農専の一部が移轉いたしておりまして、今後各学校が移りまして、それぞれ新たにできる学部としての建物の整備、内部の模様替等種々手を加えつつあります。また図書や機械器具を取揃えたり、農場、畜舎の建造等を早急にいたすべく、すでに縣なり縣議会、民間團体その他の有志からなるところの岡山総合大学設立期成会の組織を通じまして、緊急施設整備資金として、さしあたり本年度前期において一億円を縣民より募金を求めることに着手するとともに、施設の整備を急いでいるような次第でありますが、さて設備充実には年次計画を立てまして、昭和二十七年度にその整備を完了する手はずを整えている次第であります。  次に、教育は教授に人を得るにありますことは当然であります。岡山大学が優秀な教授陣容を整えることにつきましては、最も関心を拂つている点でありますが、岡山総合大学設立を発意いたしまするとともに、時を移さずこの方面にそれぞれ手を通じまして、すでに着々成果を得つつあることを喜んでいる次第であります。續々内諾を得つつある状況であります。今後もこの点には一層の努力をいたしたいと思つております。  第三に、設立に要しまする資金関係でありますが、大学設置するには、経営費は別としまして、数億の金を設備費として要するのでありまするが、これは縣民の醵金にまちたいと思つております。大学岡山設置するのは縣民こぞつての熱望するところであります。縣内都内地はもちろん山村僻村に至るまで、大学設立に浄財を投ずることを喜んで覚悟いたしております。そうしてその完全なる総合大学岡山設置するためには、いくばくの金も惜しまぬから、最初から完全に学部をそろえてもらいたいと言つておるような次第であります。かくのごとくいたしまして本縣内町村議会議員連盟におきましては、誘致の計画なるやただちに各市町村議会毎に醵金の決議がなされており、先にも申しました通りすでに一部邁進には着手されているような次第でありまして、資金関係には十分なる確信をもつて邁進をいたしております。  以上簡單に岡山総合大学設立請願の趣旨、計画の内容、ならびにその実施方針を説明いたしました次第であります。岡山に國立の総合大学を誘致する計画は今回初めて起つたものではないのでありまして、從來幾たびとなく企図された宿願でありまして、特に今回の計画は百六十万縣民をあげての不退轉の熱願であり、強力な輿論に基いているのであります。われわれは十分なる確信をもつて設立理由を有し、愼重熱意して計画を樹立し、実施方針を確立いたしている次第でありまして、何とぞ皆さまの愼重なる御審議、御採択を煩わしたいと念願する次第であります。
  38. 松本淳造

    松本委員長 ただいまの件に関しまして政府の御意見を承りたいと存じます。
  39. 日高第四郎

    日高政府委員 岡山縣に國立総合大学計画しておいでになりますことは、文部省でも承知いたしておりまして、大体案は拝見いたしているのであります。これと多少連関があるのでありますが、中國地方総合大学一つつくるということを、昨年の十二月に司令部のある責任者が言われたのでありまして、それが岡山になるか、廣島になるかということにつきまして多少センセーシヨナルな問題になつたようであります。けれども、その後必ずしも総合大学というものが全國に幾つでなければならないということはきめられているわけではないようであります。もしそういう事情でございますれば、私どもが今まで調べましたところでは、特に制限があるわけではないようでありますから、岡山にも、廣島にも、從來の学校現実の基礎のあるところには相当大学ができることを期待いたしているのであります。もちろん國立の大学でありますから、政府が一切を賄うのが本案でありますけれども、御承知のような状態でありますので、全國に非常にたくさんの総合大学設立の希望がありますので、順序をつけますと、やはり地方の熱意の十分に盛られて、現実の基礎のあります計画が先に実施されるのではないかと考えているのであります。岡山も廣島も、そのお隣りの山口も、相当に具体的な計画が立つておりますので、これらのものについては私どもも十分檢討をいたしまして、大学設置委員会に合格しますような案をつくつてかけたいというふうに考えている次第であります。  大学設置委員会の大体の傾向は前にも申し上げましたように、現実的の基礎のあるものであつて、奥行の十分ある、背の高い学校をつくるというのが一つの標準になつているようでありますので、私どももそれらの点を考えまして、地方並びに学校の当局者と十分案を練つた上で、大学設置委員会にかけたいと考えております。
  40. 松本淳造

    松本委員長 この問題に関しまして、他の委員諸君に御意見があれば御発言を願います。
  41. 水谷昇

    水谷(昇)委員 大学昇格については各地からそれぞれ請願があります。その請願のおのおのを御説明を拜聽いたしておりますと、どれももつともなようで、われわれ拜聽しただけではすぐに賛成したいような氣がするのでありますが、非常にたくさんあるのでありますから、この際本委員会は各地に出張して実地に調査視察をいたしまして、愼重審議をしたいと思います。この動議を提出いたします。
  42. 松本淳造

    松本委員長 ただいま水谷君の御動議はまことにもつともだと私は思いますが、いかがでございましようか、これについて御意見を承りたいと思います。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  43. 松本淳造

    松本委員長 では本委員会といたしまして、これらの諸問題につきまして現地を観察する、こういうことに決定いたします。  なお岡山大学請願につきましては地元から御発言の御要求がございますが、ただいまは成規の委員会でございますので、一應委員会を済ませましたあとで懇談会の形で承りますから、その点御了承おき願いたいと思います。  なお請願がかなりたくさん日程はあるのでありますけれども、本日は時間の都合で爾余の請願は次会にまわしまして、本日は請願に関しましては一應これで止めたいと存じます。
  44. 松本淳造

    松本委員長 続きまして、朝鮮人学校問題につきまして一應政府の御説明を伺いたいと思うのでありますが、御承知のように、大阪、神戸地域におきましては本問題はかなり重大な問題を惹起してきたのであります。事柄は大阪、神戸だけの部分的な問題であるかのように考えられますけれども、これはただ地域的な問題ではなくて、文教の根本に触れる重大な問題ではないかと考えているのであります。從つてこの際本委員会といたしましては、この問題に対しまして政府のとられました今日までの処置並びにそれの結果、及び今後の政府の方針につきまして、一應御説明を願い、しかる後に委員諸君の御質疑なり御意見なりを承つておきたいと考えるのであります。ただいま文部大臣も御出席になりましたし、鈴木法務総裁も御出席の予定でありますから、この点についてまずお諮りいたしたいと思います。
  45. 高津正道

    高津委員 質問を先にやらしてください。
  46. 松本淳造

    松本委員長 それでは高津委員から質問がありますから、まず質問を承りました上で政府の御説明をお願いいたします。
  47. 高津正道

    高津委員 私は朝鮮人学校教育問題に関する質問をいたすのでありますが、まだ鈴木國務大臣の出席がありませんので、ただちにその出席を督促していただきたいと思います。  第一に、五月三日に文部当局と朝鮮人連盟との間に朝鮮人学校問題について仮調印が行われたことは、とにかく一應の解決でこれを喜ぶ点において私は人後に落ちるものではないということをこの際特に明らかにしておきます。第二に、しかしながら在留朝鮮人教育問題の処理の経過を見るに、その間朝鮮人日本に対する反感を必要以上に——必要ということはないのでありますが、非常に挑発したという事実をわれわれは認めるのであります。文部省の態度ないしは措置にも私は遺憾の点があつたと思います。  その実例を申しますと、これはしかしながら朝鮮人連盟に行つて私が調べたものであつて、権威をもつて調べたのでありませんけれども、向うの言い分であります。たとえば三月二十日に文部大臣に衆議院の文部省政府委員室で朝鮮人連盟の文教部の責任者である元容徳君と東京都の李殷直君ほか五人の人間が会見する場合に、秘書官が取次に出て、忙しいから二十分だけと言うたそうであります。私は大臣というものは忙しいということをよく存じておりますけれども、その二十分間をいろいろ話をしようと思つてつたところが、大臣は学校教育法の説明をくだくだしくやり出して、そしてちよつとそれはそうじやないといつているうちに、もう二十分だといつて何の收穫もなく引上げざるを得ない立場になつた。私から考えれば朝鮮の人に会う場合には殊に氣をつけてもらいたいと思うのであります。  またもう一点は、三月十九日に日高局長にも会つていろいろ説明をいつものように繰返さざるを得なかつたのであるが、第一、私たちが——私たちというのは朝鮮人であります。私たちが教科書をつくつて、それを司令部のC・I・Eのニユーゼント氏の檢閲許可を受けて、その教科書を使つているという事実さえ日高氏は知らなかつた。第二、日本内に朝鮮人学校がそんなにたくさん、五百も六百もあるというこれらの事実をも日高氏は知つていなかつた。第三、朝鮮人がどういう教育を今まで受けてきておつたかという事実をも知つていなかつた。七割も文盲であり、言いかえるならば学齢兒童の就学率が約三〇%であることも御存じでなかつた。第四、日本人が朝鮮で統治をしておる場合に、日本人は自分で別個の学校をつくつてつてつたという事実をも知らなかつた。第五、日本の教科書が完全に行き渡つていないから、それで在留朝鮮人は別個に学校をつくつて教えるよりしかたがないのだという事実を指摘した場合に、教科書は行き渡つているはずだと日高氏が言はれ、文部省の若い役人の言葉では、そうでもありません朝鮮側の指摘するような点もありますと肯定したというのであります。そこで朝鮮の人が。これらの実情を知らないで、どうして一月二十四日のあの指令が出せたのであるか。こういう問いを出すと日高氏はこれは司令部からの話があり、司令部と相談してこういう指令を出したらよからうということで出したのだ、こういう答弁でありましたから、朝鮮側としても唖然として、局長がそのように実情認識が不足しておられるくらいだから、G・H・Qはもつと事情がわかつていないだらう。從つて今私たちの信相を報告したことをG・H・Qに行つて話して、この指令をもう少し修正してほしいというような話をしておるのであります。  また、これは文部省についてただそれだけしか今私は実例を挙げませんけれども、兵庫縣の実例を申しますと、これはやはり文部省にも関係がありますが、私の筆記を短いからちよつと読み上げてみます。「兵庫縣の場合、日本学校を兵庫縣では私たち朝鮮人が神戸市において三つ借りておる。借りるときは昨春神戸市長と交渉して、正式に約束して借りたのである。その期日が昭和二十三年の三月三十一日であるため、学校を返却せよ、学校を公共團体以外のものに対して貸したら憲法違反だといふので、朝鮮人学校を公共團体として認めないのである。二月ごろから幾十日もの間何回も交渉した。こつちの要求である新しく学校を建てるまでの借用期限延長ということを初めは拒んだが、四月上句の朝鮮人大会の代表が行つて円満に交渉したところ、神戸市長も、それでは学校を早く建てられたし、いろいろ援助もしようと言つて、延期を承諾した。そして憲法違反云々を表面ふりかざしつつ、実は市長は六・三制で教室不足でこちらも困つておるという実情を訴えた。では私たちの方も急いで建てましようということになつた。しかるにそれと同時に市でなく縣廳から、学校教育法に從えとの指令が出た。二つの話がダブついて、それによつて四月十四日にわれわれが借りておる三つ学校に対し閉鎖令が出た。市長が貸してくれるのにこの閉鎖令が縣から出たのに驚いて、知事に何回も交渉に行つた。しかし知事はいつも逃げてばかりいて、ちつとも会わない。学務課長がいろいろ心配して、知事邸に行き、何日の何時に会うといふ約束はしてくれたが、そのたびごとにすつぽかされた。で代表七十三人がどうしても会うまで縣廳にがんばると言つた。すると退去命令を出した。それに應ぜず。日本の武裝警官が來て檢束した。そのとき七十三人全部檢束された。そのうち女と小さい子供とがはいつていた。その子供だけはすぐ釈放してくれた。女の一人は妊娠中だつたが、檢束騒ぎのため踏まれ、けられ、その結果流産するに至つた。これは四月十九日のことだが、二つの警察に收容された。新聞に大きく事件が起つたのはこの事件でなく、四月下旬のでき事であります。」私の筆記はこれだけでやめます。  もう一つだけ読ましてもらいましよう。「四月二十六日を期して神戸で人民大会をやることになつた。警察に集会届を出したら、知事やら縣の警察部長や神戸市長、神戸助役、裁判所の檢事正等首脳部十七名が、二十四日午前九時半ごろ知事室に集つてこの対策を練つていた。それまで何回面会に行くも、断わられたり逃げられたりしているので、その情報が傳わると、朝鮮人が続続集まり、あとは新聞に出ているような結果となつた。そのとき、みんな戸を閉め、かぎをかけて会つてくれない当局者がみんなそろつているんだから今会つてくれればよいではないか、と言つたけれども会つてくれない。從つて、そのとき簡單に会つて、誠意ある態度を示してくれたら問題はなかつたと思う。戸を閉めて入れさせないもんだからガラスを壊したり戸を破つたりすることになつた。それも新聞の報道するがごとき大げさなものではなかつた。皆わあわあ言つてるうちに、ああいうことになつたと思う。從つて計画的だとか、共産党が煽動したとかいう事実はまつたくなかつた。だからそれは口実だと朝鮮人側では見ている。」これで読みますまい。  今毎日新聞にチャーチルが第二次世界大戰回顧録を書いているのを私は非常に注意深く読んでおりますが、あの大きな大きな第二次世界大戰、あのくらい実は簡單に起らないで濟ませ得る戰爭はなかつたんだ。簡單なのであつたが、そのときの政治家の処理が悪かつたからああいう戰爭が遂に起るに至つたということをチャーチルが書いておりますが、私はむしろ朝鮮の人々に対する日本側の態度が、ここにあがつた実例だけではないのでありますが、もう少し親切であり、前もつて朝鮮に帰ることを選ばないで日本に残留することを選ぶ人間は、当然に治外法権などのあるはずもなく日本法律に從わなければならない。こういう指令が出ておるのだから、日本法律に——学校教育法にあるいは教育行政法に合わなければ、すぐに閉鎖だといつて押しつける前にそのことを政府としても新聞紙を通じラジオを通じ十分徹底させておいて、それから朝鮮に対して何回ものあらかじめ警告を発し、徐々にやるのであるならばよいのでありますが、急にああいうようにもつてつたために、今朝鮮人日本人に対する反感は非常に高まつております。  この間衆議院の本会議において野坂參三君が質問した場合に、各党各派から猛烈なやじが飛んだ。それを傍聽席におつた朝鮮の人が聽いて、日本人は朝鮮に來てずいぶん乱暴なことをしておいて、搾取しいじめ通したものであるが、今衆議院の議場に現わけたところを見ると、みんな朝鮮の血をすするおおかみのように見えたと、私に語るときも涙でその朝鮮人は語つたのであります。参議院において細川嘉六君がまた朝鮮の問題について質問を取り上げたときにも、同じやうな光景であつたと聞くのであります。私は日本人が朝鮮に対して反感をもつておるということはよくわかります。だがわれわれは大衆と同じような感情や同じようなレベルにあつてはならないと考えております。われわれ日本人大衆が朝鮮に対して現在反感をもつておるのは、終戰後に朝鮮の人があまりにも戰勝國民のような顔をして威張つて、いろいろ乱暴なことがあつたから、それに対する反感でありますけれども、われわれから考えればああいう反感が起きるのは起きるべき事情ががあつたと思うのであります。  すなわち第一には、日本朝鮮を統合しておる場合に、向うから言えば異國の神であるところの天照大神を向うへもつてつて、その神社に対していやがる朝鮮人をむりにもひつぱつてきて拍手をさせねば承知しなかつたといふことがあつたのであります。また朝鮮人日本人との間に法律上の係爭事件があれば、原告が日本人であれば、そして被告が朝鮮人であれば、その係爭は大抵は原告の日本人の勝ちになる第三には、朝鮮人は御承知のように古くから白い着物を着る習慣でありますが、この白衣の習慣を改めさせるために、お祭などの場合には、バケツに墨汁を用意していつて、水鉄砲でその白い着物を汚して、そういう習慣を改めさせて日本流にするというようなことさえも強行しております。また第四に、朝鮮人は非常に祖先を尊敬するのであり、從つて冠婚葬祭などは想像以上にはでに嚴粛にやるのでありますが、はでにやるくらいでありますから自分の先祖を尊重し、その姓名を尊重することはわれわれの想像以上であります。それなのに金だとか李だとか朴だとかいう姓をみんな日本流に改めさせる。改めない者があれば、反日派であると言つて、それを圧迫するというようなひどいことをさえも、日本人は朝鮮においてやつてきたのであります。あるいはまた朝鮮を最初に日本が合併した場合には、ずいぶん乱暴なことをして、朝鮮人の所有に属する田畑や山林や鉱山の権利なども非合法に取上げておるという事実も、われわれ日本人がよく知つておるところであります。それからまたおよそ民族にとつて大事なものは國語でありますが、朝鮮においてはいわゆる朝鮮語の新聞を禁じて、総督府だけが自分に都合のいいことばかりを出す朝鮮語の新聞を一つつて、あとは全部日本語の新聞で、押し通しておつたというような事実をも、われわれは反省してみる必要があると思うのであります。  であるから朝鮮の人が鬱積した憤懣を、この終戰によつて威張つてつた日本人が負けたのだという瞬間に、爆発させるということはあり得べきことであつて、われわれがそれを反省することなくして、朝鮮の人々が終戰後に汽車の中で、あるいはまた生活に困る関係もあり、もちろん中には悪い人もありましよう、そういう人々がいろいろな法律違反の悪いことをやつたり、やみをする人があるのが目にあまり、経済知識のない民衆に、今たくさんばら撤かれている新円は、朝鮮の人や支那の人が半分をもつておるそうだとか三分の一をもつておるそうだとか、そんなことはあり得べからざることであるが、そういうような流説と相まつて日本人の朝鮮人に対する反感が非常に高まつておるのであります。だがわれわれはそのような流計に巻きこまれて、大衆と同じような感覚て朝鮮人に対する問題を処理することは非常な誤りであります。私はこの際政府日本國民全部を代表して行政の措置をとつておるのであるから、日本人の中の低い感情を代表しないで、高い聰明に指導せられたような取扱いをして、今後も何らか朝鮮の人々がこの事件によつて抱いた感情を融和するような方策をとられるように私は切に希望するものであります。  ここにもう一つ資料がありますが、非常に短いから失礼ながら読ませていただきます。衆議院司法委員会は大阪、神戸に現地調査委員を派遣し、同委員会にてその調査報告を整理中でありますが、その一部明らかになつた部分、特に文教委員会に関係あると思う点だけを読み上げるのであります。 一、現地兵庫縣軍政部教育課長は「学校明渡しにつき強行命令は出さなかつた」と朝鮮人側に言明せるため、縣当局が苦境に追いこまれた事情があつた。 二、終戰後の混飢に乗じて朝鮮人が半ば占処に似た行為をもつて学校建設物を入手していたものを、当局は黙認的に貨與していた。しかるにこのたびの閉鎖命令である。これはすなわち貨與から明渡しまでの処理は司  法関係、閉鎖処理は行政関係、この二点が根本的な問題をなしており、今後の第三國人に対する処理方法に一つの示唆を含んでいると思われる。大阪において問題を起した十九校のうち六校が明渡しに應じたというのも、それは他に代りの建造物があつたからで、明渡し命令に服したわけではなかつた。読むのはそれだけですが、朝鮮の人人は、われわれは税金を拂つておるのだから教育費を補助せよという要求を出しておるのであります。またわれわれは納税者であるのだから、終戰前と同じように選挙権をもたせるべきではないか、こういうことも申しております。現在日本の農地委員会委員の選挙の場合には、朝鮮人にもやはり選挙権が與えられておるのであります。千葉縣の人から聽いたところによれば、税金はどんどん取立て、朝鮮人もそれに應じてどんどん支拂つておるというのであります。今後この問題を契機として朝鮮の人も日本内地に残留しておる間は日本法律に服さなければならないということが非常に徹底することになるでありましようから、今後朝鮮の人々の態度においても、いろいろ変つた点が現われようと思うのであります。從いまして日本政府は、今申したように、共産党が背後におるから、共産党が煽動するからああいう事件が起つてしようがないのだ、そういう意味でいよいよ強く当ることによつて、実際の結果は今言う参議院、衆議院の傍聽によつて朝鮮の人が受取つた印象と同じように、日本政府頼むに足らず、ほかの政府頼むに足らず、共産党こそは眞に自分らのためにはかつてくれる唯一の政党であるというように、動機はそうじやありますまいが、共産党をできる限り應援をして、共産党を太めておるのが、日本当局の現在のやり方ではあるまいが、問題は今度の事件だけではないので大事なことは朝鮮の人人が日本語を——随分朝鮮におる人々も日本におる人々も学んでおるのであるから、その語学というものが東洋の文化を高める上に、朝鮮の民族がそれによつて文化を吸收する上にどのように役立つかもしれないというような点もあるし、また六十万という大きな人数が日本におるのでありますから、関係は非常に深いので、この六十万がたとい朝鮮に引揚げましようとも、また内地におつて産業に從事するにいたしましても、あるいは勉強を続けるにいたしましても、この朝鮮の人々と日本との間に深い溝が今のようにできておるという実情は非常に嘆かわしいことでありまして、これをどういうようにしたら緩和することができるか。私は教育の部面を担当しておられる文部大臣が、文部省としてどういうような考えをもつておられるか、それらの点を承りたいのであります。  鈴木國務大臣がお見えになつておらぬ点は非常に遺憾でありますが、これはまた別の機会にお答えを聽くことといたしまして、以上申しました私の考え、またその私の話の中に現われた——はつきり一つ一つと算えて質問をいたしませんでしたが、あつちこつちに現われた質問に対し御所見を伺いたいと思うものであります。これをもつて私の質問を終ります。
  48. 森戸辰男

    ○森戸國務大臣 ただいま高津君から朝鮮人問題についての御質問がございまして、非常に多岐にわたりまして御感想の部面も相当にあるのでございますが、問題の重要性に鑑みまして、簡單な経過を申し述べながらお答えをいたしたいと思うのであります。日本におる朝鮮の人々の兒童の教育ということは、終戰後非常に重要な問題になつておりましたのでありますが、殊に昨年学校教育法が行われるようになりまして、朝鮮の兒童生徒をどういうふうに扱うかという問題は、関係当局との関連をもちながら愼重に考究されてもいつたのであります。朝鮮の人々としては自分の子弟を独自の形で教育をしていきたい、殊に朝鮮語を用い、朝鮮歴史朝鮮文化を教えていくようにありたいと考えることも、私はきわめて理由のあることであると思います。他面、しかし終戰後日本に留まつておる朝鮮の方々は、管理政策、殊に二十一年十一月に出されました進駐軍の命令に基きまして、帰還を拒んで日本に留まる限りにおいては、日本法律に從うことを承諾の上留まるのである、こういうことが出ております。その他日本の治安の関係、その他施策の実行の上からも終戰後日本に留まつておる朝鮮の方々は日本の法令に從つてもらわなければならぬ。学校教育についてもその範囲に属するのであるという見解が存在しておりまして、これをどういうふうに調和していくかということが問題であつたのであります。そこで問題の解決に向つて考究を進めましたが、各種学校として朝鮮学校を認めるということで経過的な措置をいたして、具体的な措置について考究いたしました結果、本年の一月二十四日に、実は官学五号というので大阪の府知事等に朝鮮人学校の取扱いについてというものを発したのであります。これはすでに御承知と思いますが、 一、現在日本に在留する朝鮮人は、昭和二十一年、十一月二十日附総司令部発表により日本の法令に服しなければならない。從つて朝鮮人の子弟であつても、学齢に該当する者は、日本人同樣、市町村立又は私立の小学校又は中学校に就学させなければならない。また私立の小学校又は中学校設置は、学校教育法の定めるところによつて都道府縣監督廳の認可を受けなけれがならない、学齢兒童又は学齢生徒教育については各種学校設置は認められない。  私立の小学校及び中学校には、教育基本法第八條のみならず設置廃止、教科書、教科内容等については、学校教育法における総則並びに小学校及び中学校に関する規定が適用される。なお、朝鮮語等の教育を課外に行うことは差支えない。 二、学齢兒童及び学齢生徒以外の者の教育については、各種学校設置が認められ、学校教育法第八十三條及び第八十四條の規定が適用される。 三、前二項の趣意を実施するため適切な措置を講ぜられたい。 これは大阪府のみならず朝鮮人の兒童のおりまする各府縣に通達されまして、これに基いてこの学校の問題の処理が各地方で行われたのであります。そうしてこれに通じて私立学校の場合には認可を申請されるよう、これは先ほど高津委員の申されるように唐突にしたのではなくして、大抵のところ再三くり返し認可の申請をするようにと通達をいたしたのであります。ところがこれに対してなかなか申請をされない。ところによりますと断固闘爭してもこういう申請はいたさない、こういう態度をとつた所もあるのであります。おそらくいろいろな問題が起つた所はそういう所でありまして、ただ申請が遅れたという所が中心ではないと思います。私もまた地方に参りましたときに山口縣、岡山縣等でいろいろな朝鮮の方々の代表に会いましたけれども、私どもは断じて日本の法令には從わぬというような強い言葉を使われた人々もあつたのであります。これでは困るのでありまして、また朝鮮の方々の大多数もそういう意思ではなかつたかと私は思うのであります。そういうような傾向もありまして、ともかく期日に申請がなされず、または申請が拒否されたというような事実がありまして問題が紛糾いたし、山口、岡山等にもいろいろな事件がありまして、私はこれは事態はなはだ憂うべきものであると考えて、政府においてもまた関係方面においても慎重なる考慮を要するということで、常に御注意をいたしておいたのでありますが、神戸並びに大阪においてあのような事件ができましたことは、教育関係を担当しておる者といたしましてはきわめて遺憾なことに存じておるのであります。中央におきましてはこの問題の処理に関しまして、朝鮮の方々、特にこの問題を中央で取扱つておられる朝鮮人教育対策委員会というのがあるのであります。これは朝鮮人連盟中央総本部、朝鮮人教育者同盟、朝鮮民主青年同盟、朝鮮人民主女青同盟、学校管理委員会技術家協会、文学者協会その他を含めた対策委員会であります。この代表であります崔君、その他朝鮮人連盟の教育部の元君等と数次に亘つてこの問題についてお話をいたしたのであります。その中には先ほど政府委員室のお話があつたのでありますが、あれはこちらで参議院の委員会か何かありまして、時が少しく遅れたわけであります。またあとにいくところがあつて十分な討議がありませんでしたが、お話はいたして、しかも学校教育法という問題がおもで、問題は学校教育法の問題でありますから、これが主題となつて、これよりほかに問題を多く論ずるときは殊に短かいときにはないのであります。ですから学校教育法の問題が取上げられておるということはものの本筋にはいつておるということの証拠でありまして、おそらくこの点で不満があるというようにお聽きになつておるのでありましようが、いつお聽きになつたかしりませんが、私の承知しておる限りでは、教育者、教育対策委員会の責任者である崔君、また元君とともに私ども折衝しておる限りにおいては、自分たちの主張は通らぬけれども、私ども折衝しておる限りにおいてはきわめて好意的であり、むしろ善意をもつて対應しており、決して反感等はもつていないと私は思つております。むしろこの点では、好意をもつということは言えないにしても、決して悪意はもたずに話が進められておるのであります。私も一度として面会を求めたときに拒んだことはなく、よく事情説明しておりますし、向うの人々も自分たちの要求を言うというところで、話は決して激論を交わさず、きわめて平穏に話が進んでおるのであります。ですからこの点ではおそらく初めの会のときの多少意氣込んできたときだけの印象であつて、数次お話をしたときのことではなかろうと思ふのであります。こういうことで話を進めてまいりました要点は、私どもは教育基本法と学校教育法に從つてもらわなければ、これは朝鮮の方々ももつともであるということでありまして、もつとも初めの方では日本法律に從わぬということが、地方で私はずいぶん聽いたのであります。これは神戸事件以來われわれの法律に從う、それでは法律に從いながら朝鮮人独自の教育をどういうようにやつていくかということに問題があつたのであります。初めはこれは朝鮮語を用いるということに関連いたしまして、私どもといたしましては学校教育における用語は日本語である。ただし私立学校の自主性の認められる範囲において、たとえば自由課目、選択課目、あるいは課外において朝鮮語を用いるということは差支えない。こういうことで私どもの態度を示したのであります。これは当然なことでありまして、日本法律に從う以上は、朝鮮人独自の教育ということは法律の許す範囲でやつてもらわなければならぬということであります。これに対しまして、朝鮮の人々の考え方は、日本語はこれはやむを得ないが、朝鮮語と併用というところで問題を解決してもらいたい。殊に大衆の要望も強いので、日本語でやるというような表現ははなはだ望ましくないということであります。この考え方も、またこれらの人々の立つておられる立場も十分了解できるのでありますけれども、しかし法律に基いて問題を解決しようとする限りはその考え方は変えられないけれども、表現においてはかような言葉はできるだけ避けてもよろしいというところから、一昨日の晩に私どもの協議の到達いたしましたところの覚書は、 一、朝鮮人教育に関しては教育基本法及び学校教育法に從うこと。 一、朝鮮人学校問題については、私立学校として自主性が認められる範囲内において朝鮮人独自の教育を行うことを前提として私立学校としての認可を申請すること。 こういう覚書が、私と朝鮮人教育対策委員会の責任者蔡溶根という人と、立会人として在日本朝鮮人連盟中央総本部文教部長元容徳という人の署名でできたのであります。この線に基きまして東京都の学校の問題も解決をいたしていきましたし、各地方におきましてもこの線で問題は平和裡に解決していくものと期待いたしております。  同時に私どもは高津委員の御指摘になつたように、この問題は民族性に触れる問題であつて、両國民將來にとつてはきわめて重大な問題でありますので、文部省といたしましてきわめて愼重な態度をとつたのであります。殊に刺戟的な感情を挑発するような態度は一切避けるとともに、現実に即した具体的な解決の方向に進めていくように考えまして、さいわい私どもは、いりました対策委員の方々の態度もそういう方向に向いましたので、実はある点憂慮をいたしましたけれども、期せずしていつかかような結論に達することができまして、平穏裡に問題が処理されましたことは、私どもとしてはなはだ喜ばしいと存じておるのであります。しかしこれは朝鮮の方々の側においても大いなる努力が必要でありまするし、日本政府の側においても大いなる努力が必要であると存じております珠に文部当局といたしましては、公立学校においては朝鮮の兒童生徒がはいることになりましよう。また私立学校の運営につきましても、從來あるいはララ物資の配給その他について十分考慮が足らなかつた点もあつたかも知れません。これらの事態を十分考慮いたしまして、朝鮮の兒童生徒につきましても、日本の兒童と同じように差別なく、場合によつては特殊の事情があるので、十分好意をもつた扱いをするように学校当局にも指示いたしたい、府縣を通して、学校監督官廳を通して、学校当局にもさような方向に努力するようにと示達いたしたいと存じておるのであります。実はこの問題はかようにして非常に重要な民族性の問題でありますので、私どもきわめて愼重な態度をもつて臨みましたし、また朝鮮の方方においても、かような態度を私は期待していたのであります。ところがこの食糧の問題と民族の問題は一番恐ろしい、場合によつてはこれを煽動し激発いたしますならば、驚くべき、恐るべき事態が起る問題でありますので、日本当局におきましても、朝鮮人の方方におきましても、その点を十分に考えて、愼重な態度をとることが私はきわめて適切であると確信いたしておるのでありますが、この点遺憾であつたことは一部朝鮮の人々の間にも、また日本の人々の間にも、この重要な問題を激化させるような方向に、民族闘爭と階級闘爭の線にこれを煽動するような氣配も全然ないとは言えなかつた、あるところでは相当にそれが強かつたという面もあるのであります。これは枯れた野原に火をつけるようなものでありまして、非常な恐ろしい結果をもつてくることを私どもは憂慮いたしておつたのであります。今後においてもかような危險が全然ないとは私は保証できないのであります。この点におきまして日本政府も、また愼重に、目下事態が殊に民族性に関係する問題でありますし、高津君の御指摘になつた從來古い日本のとつておりました対朝鮮人政策の誤つた罪滅しとしても、合理的なそうして友愛的な政策が行わるべきであると存じますし、他面朝鮮の方々におきましても、かような特殊的な事態を正しく認識して、両國民の間の協力と平和とが保たれるように非常な努力をしていただきたいことを私は心から願つておる次第であります。
  49. 高津正道

    高津委員 ただいま文部大臣の御答弁を聽いたのでありますが、その最後の言葉に、日本人が過去において朝鮮においていろいろやつた悪いことの罪滅しの意味においても、合理的な、友愛的な態度でもつて朝鮮人に接したい臨みたいと言われた言葉は、私非常に同感でありまして、満足するものであります。しかしながら今後どのような処置を講じて、現在日鮮両國民の間に発生しておる感情を解消するためにやられるのであるかという質問に対してそれは双方に努力が必要である、ララ物資の配給などで不完全な場合があつた、だから今度は好意をもつて学校への配給物などにも甲乙のないようにするのみか、むしろ向うに優先的に考えるくらいにしたいという答弁でありますけれども、ただその点だけを聽いたのでは私は満足できぬというか、非常に足りないものがあると思うのであります。  それからまた東京においては、その処理は自分は会えと言うときにはいつでも会つているんだし、崔君、元君、あるいは李君、そういうような責任者はみな満足して反感をもつていはいない、善意をもつているはずだ、こういうようなお話でありますけれども、文部当局と折衝しておる人々は朝鮮の間からあまりに腰が弱い、なまぬるいと言つて非常に功撃をされている。朝鮮人の反感というものは、文部当局が交渉の相手としておられる人の言葉の使いぶりとか、挙置進退態度というものに現われているような実情ではなくて、その人々をどんどん功め立てているという、そういう実情があるのであります。だからもう少し配給物資だけでなく、何らかの対策があるならばそういう具体的の問題をお伺いした次第であります。それから私がいつ朝鮮人連盟から調べたのであるが、ずつと古いのではないかというにおいが言外にあつたのでありますが、五月一日の夜であります。これだけ附け加えて私の補足質問とします。
  50. 森戸辰男

    ○森戸國務大臣 朝鮮人学校問題に関する具体的な解決策というのは、先ほども申しましたように、日本学校教育法に從い私立学校が許されておるその規定の範囲において、朝人鮮独自の教育をするということの前提のもとに認可の申請をしてもらつておる。その線に從うて私立学校が認められるということが具体的な解決策であります。それで学校教育法の線をはずすことは、私どもはこの問題を解決する正しいいき方ではないと思います。この線の中で朝鮮の人々の要望されておる民族独自の教育をやつていただきたい、こういうことであります。それから、これは制度ではありませんが、先ほど申しましたように公立学校に行つておる子供たちについては平等の原則に從うて扱われるように、また私立学校につきましても從來十分でなかつた点は改めて、これを平等の原則で扱つていきますように、優先的ということは強い言葉でありまして、そういうようには私は申さないのでありますが、十分特殊の事情があるので、好意をもちながら問題を解決していく、こういうような方向に進むことが望ましいと思つているのであります。つまりこの学校教育法を適用することによつて朝鮮の人々に教育上の不当な不利益が及ばないような形で、これが行われていくことが望ましいと思うているのであります。  なお私どもがお会した人々と違つた考えをもつた人々が多くあるということは、私はこれはよく知つております。それらの人々に会つたときにもその話をいたしたのであります。実はそれらの人々に対してもあなた方は指導者であられるので、この時局を正しく見て、ある点では大衆の自然的な要求もあるのであるが、これを現実に既するようにいろいろ指導してもらいたいということを再三申し上げているのでありますが、こういう人々も、いや私は全権を委ねられているのではないので、帰つてそういう人たちと相談をして返事を申し上げるより途はないのだということで、これらの結論はみな帰つてそういう人々と相談をした結果、私の所にもつてこられたものでありまして、二、三の人が勝手に自分たち一部の者だけできめたわけではないのであります。簡單でありますがお答え申し上げます。
  51. 松本淳造

    松本委員長 高津君にお諮りいたします。本日はかなり時間が経過しておりますので、まだいろいろ御質問もあることだと思いますし、問題が重大でありますので、特に將來の問題についても質疑その他の意見もあることと思いますが、関係者の一人である鈴木法務総裁は、今日司法委員会答弁をしておられるので、ちよつと席がまだ今のところあかないのであります。それらの関係で時間が非常に経過しておりますので、次会に鈴木法務総裁にも出ていただいて、さらに今日の続きをしていただくことにお願いしたいと思うのであります。他の委員各位も本問題につきましては、相当の御意見があるやに聞いておりますが、時間的の問題もありますので、本日はこの問題につきましては一應これで打切りたいと思いますが、いかがでしようか。     〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
  52. 松本淳造

    松本委員長 それではさよういたします。  本日はこれで散会いたします。     午後零時五十七分散会