○木内
政府委員 ただいま上程されました賣
春等処罰法案の提案理由を御説明申し上げます。
戦後における社会不安、道義の頽廃等の影響を受けまして、いわゆる賣春行為が著しく増加してまい
つたことは、すでに御
承知の
通りと存じます。この種行為は健全な性道徳を破壊し、善良な風俗を紊乱するばかりでなく、恐るべき性病を蔓延せしめるもととなるものでありますから、いわば反文明的行為として、その絶滅を期さなければならないと考えるものであります。のみならず、一九四六年一月二十一日附連合國
最高司令官の「日本における公娼廃止に関する覚書」によりまして、表面上は一應、公娼その他契約に束縛されたる私娼の制度は廃止を見たのでありますが、事実においては依然形をかえて娼家及びこれに隷属する私娼と認められるものが、なお跡を絶つに至らない実情にあるのであります。かかる存在は、一面身体及び意思の自由を拘束されて、日夜醜業に從事することを余儀なくされる女性があり、他面かかる白色、奴隷ともいうべき女性に寄生して、その肉体的苦業によ
つて利をはかる業者があることを
意味するものにほかならないのでありまして、これはただに右の覚書の趣旨に背反するばかりでなく、新
憲法が基本的人権を確立し、個人の自由と尊厳とを宣言し、その奴隷的拘束を排除している趣旨にま
つたく相反するものであります。わが國が、民主主義國家として鋭意その再建に努力を拙いつつありまするとき、他面において、未だかかる封建的な暗黒面の存在を許すことは、根本的に矛盾するばかりでなく、近く民主主義的先進國と肩を並べて、國際場裡に地位を復活しようとする矢先だおきまして、大いなる障害となるものと申さなければなりません。
しかしてその対策といたしましては、もとより
國民一般の民主主義的自覚と道徳的及び衛生的観念の向上にまたなければならない点も多々あるのでありますが、同時に賣春行為及びこれを助長し、慫慂し、またこれに寄生する諸行為も処罰すべき法令を整備、強化することによ
つて、法的措置を確立する必要も痛感される次第であります。從來の立法措置といたしましては、警察犯処罰令、
昭和二十二年勅令第九号婦女に賣淫をさせた者等の処罰だ関する勅令、花柳病予防法、同特例、刑法及び兒童福祉法等の諸法令があ
つたのでありますが、これらによ
つては、未だ十分な法的措置を講じ得たとは申しがたく、殊に賣春、その周旋及びその場所の提供等を処罰する警察犯処罰令は、本年五月二日廃止せられました。また花柳病予防法等も全面的に改正される運びとな
つておりますので、この際新たな見地に立
つて、警察犯処罰令の
関係規定及び婦女に賣淫をさせた者等の処罰に関する勅令を統合かつ整備し、その罰則も他の
関係法令と権衡を保ちつつ、必要に應じて強化することといたしまして、この
法律の立案を行
つた次第であります。
以下
規定の要点について御説明いたしますと、第一に賣春及び賣春の場所の提供その他賣春の周旋をした者に対する刑の引上げであります。これらの者に対する從來の刑は、三十日未満の拘留に止ま
つたのでありますが、かかる軽微な刑をも
つてしては、ほとんど
取締りの実効をあげることが至難であ
つた実情に鑑みまして、その刑を六月以丁の懲役もしくは五千円以下の罰金または拘留もしくは科料といたし、かつその常習者に対しては、さらに加重いたしまして、二年以下の懲役または一万円以下の罰金をも
つて臨むことといたしたのであります。
第二に、賣春の相手方とな
つた者も、賣春者と同様に処罰することといたしたのであります。從來のごとく、賣春者のみを罰し、その相手方を処罰しない建前は、公平の観念に反するばかりでなく、予防的効果も薄弱となりますので、特にかかる
規定を設けることといたしたのであります。
第三に、人を欺き、または困惑させて賣春をさせた者及び親族、業務、雇傭その他の特殊
関係を利用して賣春をさせた者について、それぞれ罰則を設け、前者は二年以下の懲役または一万円以下の罰金、後者は三年以下の懲役または二万円以下の罰金に処することといたしいかつ後者の
関係を利用して賣春の報酬の全部または一部を收受したときは、さらに加重して五年以下の懲役または五万円以下の罰金に処することといたしたのであります。これはもし脅迫または暴行により賣春をさせた場合には、刑法の強要罪にあたるのでありますが、か弱き女性をしてかかる醜行に陥らしめないよう、これを保護するためには、それ以外の不法な手段を用いて賣春をさせた者に対しても処罰
規定を設けることが必要と思われれますので、右のように予想される各種の不法手段の態様と、これに
感じ適当の罰則を
規定することといたし、なかんずく右の特殊
関係を利用して賣春の報酬を收受する行為は、最も悪質と認めて、特に重刑をも
つて臨むこととしたのであります。なお現存の婦女に賣淫をさせた者等の処罰に関する勅令におきましても、婦女を困惑させる行為に対し、罰則が設けられていることを申し添えておきます。
第四に、他人を娼婦とすることも直接または間接の
内容とする契約の申込みまたは承諾をした考及び娼家を経営しもしくは管理した者について、それぞれ処罰
規定を設け、前者は二年以下の懲役または二万円以下の罰金、後者は五年以下の懲役または五万円以下の罰金に処することとしたのであります。ここにいう娼婦及び娼家の定義につきましては、第一條に定められているところでありますが、かくのごとく他人を娼婦としようとする行為及び娼家を経営または管理する行為は、前述の
通り新
憲法の精神及び右連合國
最高司令官の覚書の趣旨に反するものであり、特に峻厳な
態度をも
つて臨む必要があると考えまして、かかる重刑を
規定いたしたのであります。
なお以上の罰則には、原則として情状により懲役及び罰金を併科し得ることといたし、実情に即した科刑を行い得るよう措置いたしたのであります。
以上立法の趣旨及び
規定の要点を御説明いたしたのでありますが、どうか愼重に御
審議の上、速やかに可決せられんごとを
希望いたす次第であります。