○長谷川(政)委員
昭和二十三年六月十日、衆議院規則第五十五條に依り、衆議院議長の承認を得まして、
北上川に於ける融雪災害の実情調査のため、
高田弥市君並に不肖
長谷川政友は、今野書記、桂主事補を帶同し、六月十八日より四日間にわたつてつぶさに現地を視察してまいりましたので、此処にその
報告を致します。
一、行程、六月十八日、夜行にて上野駅を出発、翌十九日早朝黒沢尻に致着し、此処にて、若林
北上川上流工事統合事務所長、重田工務課長、建設院伊藤技官、及川土木事務所長等の出迎を受け、一應の災害状旧を聽取して、一行とともに、ただちに被害の最も多い江刺郡へ向いました。現地にて地元民の切々たる陳情を聞きながら、人首川伊手川の惨怛たる被害箇所を視察致しました。更に午後より
北上川愛宕附近の復旧築堤工事及び羽田村の架橋工事を視察致しました。翌二十日、
北上川治水上多大の効果を有する
北上川五大ダム中、今年度より建設院にて着工せる膽沢川上流石淵堰堤工事の現場を雨中視察致し午後は南下して、松、木沢、白鳥川、井堰川、衣川の破損、流失せる堤防、並に
道路決壊の現場を視察致しました。二十一日、猿ケ石ダムを視察し、同日夜行にて帰任致しました。
二、視察状況、この度の水害は、主として
岩手縣南部、江刺、膽沢両郡に多く、五月二十七、八両日にわたる、四時間雨量一一七・五ミリと云う豪雨によるものであります。
一、人首川、伊手川(江刺郡)一月十五日の融雪洪水により、堤防が随所において破損したため、その應急修理工事中のところ、五月二十八日の出水によつて、修理箇所はもちろん、その他を合せ約五十ヶ所、総延長約五キロの堤防が破損決壊したのであります。破堤ヶ所は屈曲部に多く、流速の早い出水に破られたものと考えられます。
道路の流失延長一、5〇〇メートル、破損延長5、〇〇○メートル、橋梁流失数三六、破損数三二となつております。これによる耕地の理沒は約五百町歩であり、地元民の懸命な努力による復旧にもかかわはらず、約八十町歩は耕作不能のまま放置せねばならぬ、状態であります。
なお冠水のため、苗に悪病傳染し、約一千町歩にわたつて苗の植えかえを行つています。これらによつて、米の收穫は予想以上の減收と考えられます。又畑地の流失埋沒面積は六十四町歩となつております。家屋の浸水は床上一、○二四戸、床下三一九戸であります。
二、白鳥川、松ノ木沢、井堰川、衣川(膽沢郡)これらは
北上川右岸、水沢より一関に至る
中小河川でありますが、これらも同樣五月二十八日豪雨出水により、四十数ヶ所の堤防に溢水決壊を生じ、水田流失面積一六五町歩、植付不能面積八一町歩の被害を見たのであります。なお冠水による苗の被害は、江刺郡同樣莫大な面積になるものと予想されます。また
道路の流失破損十箇所、橋梁の流失破損六ヶ所という惨状であります。
三、損害 この度の被害は、(イ)家屋被害三千六百万円、(ロ)田畑山林被害八千万円、(ハ)鉄道通信その他三千万円、小計一億三千六百万円。また
道路、橋梁、
河川復旧費として約一億五千万円を要するものと推定され、総計二億八千万円の損害ということになります。(ニ)
河川そのものが原始
河川で全然
改修されていないこと等が考えられます。
四、これが対策といたしましては、(イ)水害復旧工事に対しては最優先的に、資金、資材を
補助支給することであります。この度は昨年度の復旧工事の不完全な堤防は盡く破堤し、このため、
河川流域地帶は極度に水害を恐れ、増産意欲の低下、耕作地の放棄等憂慮せられる状態にあります。昨年度
岩手縣下における査定災害復旧工事費は約七億円でありますが、政府よりは一億円弱の
補助が交付されたのみで、止むなく地元では融資、その他の非常手段により、辛うじて資金を調達し、ま應の復旧工事をやりつつあつたのでありますが、いかんせん、その構造が脆弱であつたため、このたびの災害を招來したのであります。相当強固なる復旧工事ができるように、
補助等の措置を構ずることが最も肝要であります。
(ロ)
北上川本流及支流の根本的な治水事業の断行であります。昨年以來、
北上川総合
改修計画が、本
委員会、及び建設院
東北地方建設局等において審議されておりますが、既に半歳になんなんとして、未だにその結論を聞かないのであります。私は今回の惨状を見るにつけましても、これが対策の樹立と、これが実施の一日も早からんことを切に希望するものであります。
元來
岩手縣人の性格は「忍從」と云う言葉で云い表はされておりまして、かかる災害はしばしばあつたのでありますが、それに反撥することなく、今日まで過してきたのであります。從つて
北上川本流及び支流の
中小河川のことごとくが、原始
河川のままであり、視察に行つたわれわれは実際にこれを見て一驚したのであります。たとえば人首川、伊手川合流点附近は、洪水時には毎祉の様に浸水するのでありますが、これに対する
改修工事は全然放置されています。また上流部においては堤防は殆んど見当らないといつた状況であります。おそらく、かかる原始
河川ばかりの縣は、他の府縣には余りその例を見ないのであります。
すなわち
北上川本支流の根本的
改修計画の樹立とその実施は、正に喫緊事であると再言いたします。
(ハ)砂防工事の促進であります。この度の出水は多量の土砂を上流部より排出しております。上流部においては砂防工事が皆無でありまして、この工事の促進もまた、根本対策中に取入るべきであると考えられます。
(ニ)開拓は治水の面を考慮して実施するべきであるということであります。農地の開拓でありますが、この開拓農地が、経営体として完全であり、すなわち土砂の流出を防止すべき諸施設を有し、保水力のある農地であるなら別でありますが、單なる裸の土地であるものが多い現状では、治水の上に重大なる影響があると考えられるのであります。治山治水を考えない無責任な開拓は絶対に排すべきであります。この現象は今まで幾度か耳にしてきたところでありますが、今回の調査により、さらに痛感いたした訳であります。
以上が現地視察の所感であります。
五、石淵堰堤、次にこの災害とは直接関係はありませんが、
北上川治水上、重大なる要素である石淵の堰堤を視察してまいりましたので簡單に御
報告いたします。
北上川改修事務所では
北上川の計画高水量毎秒九、〇〇○立方メートルを北上、雫石、猿ヶ石、和賀、及是石淵の五調節池によつて毎秒七、〇〇○立方メートルに落す計画をしておりますが、資材資金の面で、その実施は困難であり、猿ヶ石は工事中止、北上、雫石、和賀は未着手で、現在石淵の堰堤築造のみを今年度より着工しております。
石淵は瞻沢川の上流にありまして、ダムサイトとして好適であるのみでなく、その工法は日本で初めてのロツク、フイル、ダムであります。これは堰堤の中に岩石を填充してつくるでありますから、セメントは同規模のダムの三分の一で間に合い、約一万トンを要するのであります。
この貯水池によつて毎秒三百六十五立方メートルの洪水調節、一万キロワツトの発電及び
下流原野二千町歩の潅漑が可能になります。
現在段取工事として、排水隧道及び森林軌道が完成、今年度より、北堤の築造を初める予定であります。
北上川上流は文字通りの原始
河川であり、この
改修はもちろんのことでありますが、その洪水防禦の一環として上記五ヶ所のダムは早急に実現せねばならぬと痛感致しました。
六、以上簡單ながら、本視察の
報告を致しますが、最後に
岩手縣は昨年の大災害に引続き今春の災害、なおかつ目前に台風期を控えているという実情にありますから、本
委員会及び政府当局においても、災害復旧予算獲得のため、最善の努力を拂うべきものであることを強調して、本
報告を終り度い存じます。
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〔以下筆記〕