○松谷
委員 過般本
委員会に陳情のございました茨城縣村松村晴嵐莊における強制退莊の問題に関する実地調査の報告をいたします。
さる四月一日より三日間、当
委員会より民主党飯村泉
委員、社会党松谷天光
委員が派遣されまして、なお現地選出の石野久男議員、萬田五郎議員がこれに参加をされまして調査をいたしました。調査の方法といたしまして、まず莊側の代表、職員側代表、患者側代表を区分をいたしまして、おのおのの代表者と調査團との会見を行いましたところ、おのおののその報告に食違いが見えましたので、最後に合同
会議の形式をとつたものであります。なお参考までに晴嵐莊の沿革及び敷地などを簡單に御
説明したいと思います。
晴嵐莊の創立は昭和十年結核予防協会の手になり、同十二年國営に移管され、今日に至
つております。この点で他の國立療養所が戰時中の設立であ
つて、近々六七年より経
つておらぬのに対しまして、晴嵐莊は國営移管後もすでに十年を経ており、一つの歴史をもつたところでございます。
なお環境といたしましても、地理的には鉄道から約五キロほどを距てまして、附近の部落は割合に経済的に豊かな農家であるということであります。敷地は面積が約十三万二千七百余坪であり、建物の棟数は四百三棟、建物の延坪数は五千五百四十八坪という厖大なるものでございます。各病棟間及び職場の距離が非常に遠く配置されておるものでございまして、このためにいろいろ
運営上において、あるいは日々の生活上において不備な点も出る可能性もあるような
状態にな
つております。
まず第一に莊側の代表との懇談会におきましては、莊側の代表といたしまして莊長、庶務課長、
事務局長等の出席を求めまして、莊の紛争に関する経緯を聽取いたしました。その報告によりますと、ちようど莊長が
病氣のために二十一年の八月から二十二年の十二月まで、ほとんど不在がちとな
つておりまして、殊に現在の庶務課長は昨年の十一月に轉勤されて來られたということでありますが、終戰時に軍事保護院から移管されました物品等の問題につき、患者自治会は物品倉庫の公開を
要求して來たのでございますが、これに対しまして論議の結果、庶務課長立会いの檢査をいたしましたが、その結果は何らの不正をも認めざることが明らかとなりました。在庫の繊維品につきまして、患者自治会から個人支給を
要求いたしてきたということであります。この際に庶務課長の話によりますと、当時問題になりました軍事保護院から移管されましたえりまき百本につきましては、大体單價が十円であると申しておりましたが、これは近いうちに配給をするもくろみでおる、こういう話でございました。こういう
要求に対しまして莊当局といたしましては、その不法なることを
説明し、あるいは説得に努めまして、即時にこれに應ずることを拒否いたしましたが、患者自治会はさらに進みまして、莊当局と同等の権利をも
つて莊
一般の経営に参加せんことを
要求いたしまして、それが容れられないというので遂に莊長に不信任を決議いたしまして、
目的貫徹のために脅迫、騒擾、デモ、面会の強要などを反復いたしまして、また無断に脱柵をいたしまして、各
方面に連絡をとり、宣傳に努め、各労働組合へも働きかけをいたしたということであります。莊当局は誠意を盡して談合と説得に努力をいたしましたが、彼等が常に多数をも
つて会見を迫つたというので、全然妥協の意思を示さなかつたと申しております。たとえば二月の二十日、莊長が彼等の
要求に答えまして、面会の約束をいたしました際にも、突如として二百名の患者が集合いたしまして、莊長の一言一句を罵倒いたしましたために、これもまた妥結をみることができなかつた。さらに三月の六日は、夕刻から七、八名の者が、莊長の官舎及び庶務課長の官舎にデモを行いまして、面会を強要いたしましたり、戸を叩きましたり、罵倒いたしましたり、脅迫をしたしましたりして、さらに
会議中の医局員並びに医務、庶務両課長を徹夜脅迫に及び、莊内の治安維持のために莊長の立場から、——この晴嵐莊には十年ほど前に一つの騒擾事件がございまして、この場合においていくらかの怪我人を出さなければならなかつたという過去の
経驗から見まして、これはなんとか無事に収めなければならないという
考えから警察の協力を得まして、その首謀者、九名、縣警察に告発をすることに至つた。なお三月の六日、七日來、
要求貫徹の手段といたしまして開始されていましたハンストも、その筋の命令によりまして一時中止をいたしましたが、それにもかかわらず莊長に対する不信任案を撤回せず、
要求貫徹に努力をいたしておりましたので、厚生本省とも打と合わせまして、その
指示に從
つて療養所の入所
規定第七條に照しまして、逐次首謀者を命令退莊せしめることといたしました。三月十七日以來十一名の患者の家族に対しまして、引取り方來莊の打電をいたし、言渡し終了いたしました者が八名であると述べております。莊側の
説明は以上のようなものでございましたが、
委員会に陳情を受けましたいわゆる患者に対するところの給食停止、あるいはふとん取上げは、これはなかつたと言明をいたしておりました。
次にもちました懇談は莊の斡施によりまして、十数名の村
会議員あるいは村の代表との会見でございました。その席におきまして村民から訴えによりますと、村としては晴嵐莊のためにできる限りの便宜を與えておるにもかかわらず、村としては今日非常に迷惑な
状態に置かれておる。それは患者がしばしば野荒しに出てくる。あるいはその他村の平和を乱すような行為がある。あるいはやみの根源を病院の患者がつく
つておるというような
意見が開陳されたのでございます。
なおこれに続きまして、次は患者自治会との会見をいたしました。いわゆる患者自治会のこの騒擾に及びましたその
説明によりますと、患者としては療養者としての分を知らぬのでもなく、被保護者として他に対する感謝を忘れたのでもない。また流行現象のいかなる爭議的な行為を好んだのでも決してない。ちようど本年の一月十四日庶務課長との会談以來、一貫して平和裡に莊
運営の
合理化、明朗化及び現実に即應した療養生活の確立に対する当局の理解を要望した。ところが集團の断食、大衆的な陳情など、こうした五十日余の交渉の結果、患者としては他にとる方法を知らず、遂にやむを得ずしてとるに至つた。むしろ患者をしてこうした手段を選ばせるに至つた当局に対して、はなはで遺憾の情を禁じ得ない。その交渉の間において患者側からの
意見としては、全然莊当局に誠意がないということを
考えさせられる行為が一つ一つ重な
つておつた。闘爭形態を一應中止した後も、当局のとつた卑劣に行為に対して、第三者の嚴正な批判を切望するより途はなく
なつた。原因は今日始まつたものではなくい、むしろ一月以來のことであり、なおその根幹はもつと遠く、かつ深いところにあると見られる。患者の行動の一部分を取上げて、これを
理由に問題のすべてを押しつぶそうとする意図のもとに、代表者三十二名に対して退莊命令の発動を予想されておつた。すでに十名に対して強制処分が付されておつた。かかる行為のために当局の一方的な独善振りが明瞭にな
つてきたのであ
つて、殊に警察に対する出頭命令を促している点などは、
行政処分であきたらないで、刑事処分にまで発展させようとする一つの意図が明らかにうかがわれるものであるというのでありまして、特に患者側といたしましては、庶務課長なり、莊長なりに一人、二人代表を送
つたのではほとんど問題にされない。何度参りましても拒絶をされる。從
つて多数がともに庶務課長の官舎を訪れた。その場合にこの行為をデモとみなし、この行為を騒擾とみなすということに対して、患者としては承服のできない点がある。殊にそうした行為に対して首謀者とみなされるという点から、いきなり家族に対する退莊命令の言渡し、いわゆる電報一本をも
つて家族を呼び寄せ、即時に患者を引取れという命令があつた。殊にその中の訴えによりますと、四國から來ております一患者の家族は、その莊から受取つたところの電報の文面によ
つて、これはてつきり死んだのであろうというので、いわゆるお葬式の支度を整えて、その覚悟をも
つて悲しみのうちに莊に來たところが、事実はそうではなく、この事実を知
つて唖然とした。このほかに二、三の患者の家族が、これと同じような受取り方をして莊に來ておるという事実も被瀝されておりました。いわゆるその電文の
内容にいたしましても、非常に誠意のない打ち方をしておるということに対しての異議もございました。なお患者のその行動をした者に対して、中の二名はふとんを取上げられ、六名に対しては七日間の食事の停止があつたという訴えをいたしております。なお患者の不満の中には、いわゆる作業場に対する、勤労に対する——今日のインフレ
状態の中にあえぐ患者たちが作業をいたしましても、作業療法という建前に立
つておる莊からは、何らの報酬を受取ることができない。殊にそこに生み
出しました果実の分配などにあたりましても、これがどうも明朗でないという点も指摘いたしておりました。
次に職農組合との懇談を要望いたしましたところ、莊側といたしましてはぜひ々員代表と視察團との懇談会ということにしてわしてしいう
要求がございました。私
ども視察團といたしましては、職員組合と視察團との懇談会にしてもらいたいということを莊に
要求いたしましたが、この場合いわゆる職員側というのと、職員組合というのとの懇談会の段取りも論議があ
つたのでありますが、私
どもといたしましては、正式に認められておるところの職員組合との懇談会ということを強く要望いたしました結果、そこに出てまいりました懇談会からの
内容は、職員側との懇談会といたしました場合とは、おのずから結論が違
つておることを職員組合懇談会の中において、私
どもは見出さなければなりませんでした。職員組合との懇談会によりまして、いわゆる莊
運営の一つの連絡機関は、莊と患者自治会との連絡会、あるいはまた職員組合と患者自治会との連絡協譲会、あるいはまた職員組合と莊との懇談会、
運営協議会というような三者がこもごもに連絡をしておつたということがはつきりいたしました。この職員組合からの報告によりますと、倉庫公開の際、あるいはその他の報告につきましては、ほとんど他の懇談において得た報告と一致をいたしておりましたが、いわゆるこの職員組合の見方といたしましても、今回の患者自治会のとりました行動を騒擾である、こう見ます向きと、決して騒擾ではない、いわゆる患者として当然ああした空氣の中からはあの行動が生れたであろう、こう是認いたします向きもあ
つたのでございます。殊にそのデモと稱します際に、具体的に棒をもつたという
意見が一方にあり、あるいはあれは棒ではない、棒とは
考えられないという
意見が一方には出てまいりました。またこの職員組合の中に村
会議員であり、村会の議長を勤めておられる方がありまして、その方の
意見によりますると、村会では今度の問題に対しては全然触れないことにな
つておる、なんらの
意見も出てはおらないという報告がありました。殊に職員の中から、結果として出ておりました強制退莊の一十名への打電にいたしましても、なんら主治医に対して莊長からあるいは庶務課長から相談を受けなかつたということに、主治医としてはなはだ遺憾の意を表明いたしておりました。特にその際に
看護婦さん側からの訴えでありましたが、いわゆる特別手当が昨年の九月からほとんど支給されておらないという一つの不満の声もありました。
なお大体以上のような問題につきまして、次に職員側と患者側と莊側と私
ども調査團との懇談会をいたしました。その際に患者からの報告と、莊からの報告で食い違
つておりましたいわゆる給食停止の問題、これはその
内容におきましては、その命令を受けたという
看護婦さんも出てまいりましたり、あるいは食事係においては、いやそういうことは言わなかつたというような、三者懇談においていろいろ食違いが出てまいりましたり、また合致いたしますところも出てまいりましたりして、なかなか調査の明確性を得ることが困難ではありましたが、私
どもその繰り返えされる論議の中におきまして、一應休食命令は出たであろうということを予測しなければならないような
状態でございました。但しいろいろ患者の方にも、また
看護婦さんの方にも質してみましたところが、事実上は休食命令が出てお
つて食事は減らされておつたけれ
ども、しかし同じ病室の同僚たちの計らい、あるいは
看護婦さんの計らいで、食べることだけはとにかくほかのをへずりながら食べておつたいうことでありました。またふとんの取上げにいたしましても、一名は強制的にも
つていかれておつたけれ
ども、一名は主治医の計らいでまた貸し與えるようにした。その一名も
つていかれたというのも、何か感情的の行き違いで、退莊するというからもうふとんは要らないだろうという
意見で、決して莊としてはそれを強制的に取上げるというのではなかつた。要らないだろうと言つたところが、患者の方でも、も
つていくならも
つていけというような言葉があ
つたので、これをも
つていくように
なつたというような感情論まではいりまして、問題はなかなかはつきりした点を、これまた得ることができませんでしたが、一應六名に對するところの給食の停止、あるいは二名に対するところのふとんの取上げということは、種々なる側の一應の発言によりまして、私
どももあつたであろうということを推察せざるを得ませんでした。但し私
どもがまいりましたときには、すでにふとんももとに戻し、食事ももとに戻
つておりましたので、すでに過ぎ去つた過去の問題について、事実をキヤツチすることがなかなか困難でありました。また強制退莊あるいは告発の問題につきましては、患者側からの訴えそのままの数字を莊側でもこれを認められておりました。
細かい点は省きましたが、大体以上のような経過を経まして、私
どもの得ました結論といたしましては、私
どもがその調査の経過におきまして得ました第一のことは、莊全体にまだまだ非常に封建的な空氣が漂
つておる、官僚的な空氣が漂
つておる。一つのこまかい例でありますが、職員組合懇談会の場合において、莊とは違つた立場、いわば患者を擁護するがごとき発言をなしたお医者さまがありました。そのお医者さまは、その会合が済むとすぐに庶務課長から呼ばれて叱られたというようなことです。私
どもがいるそのうちに、そうした事実があつたということ一つから見ましても、非常に官僚的であり、封建的であるということが察知できたのであります。また私
どもがはなはだ遺憾だと
考えますことは、少くとも國立病院であり、患者が入院をいたしております間は、いわゆる莊が國家の責任においてこの患者を預からなければならない、療養に努めさせなければならないという立場にありながら、未だか
つて、おそらく國立病院ではかかる事実はなかつたと私
ども信ずるのでありますが、いわゆる療養を途中にあるところの患者を、いかなる
理由があるといたしましても、警察に騒擾あるいは脅迫というような点で告発をするということ自体が、私
どもとしては大変に遺憾に思う点であります。あるいはまた退莊命令を出すにいたしましても、それが主治医とはなんら交渉がなくして、一方的な点においてこれがなされたということに対して、妥当を欠くものであろうと
考えざるを得ないものであります。殊にまた予測できたところの給食の停止なり、ふとんの取上げというものは、私立病院であ
つてもこれは許されない問題でありましようが、殊に國立病院という立場にありながら、かかる病人の給食を停止と、あるいはふとんを取上げるという事態は、断じて
出してならぬ問題であろうと私
どもは
考えざるを得ないのであります。殊にこうした問題の起りました一つの原因が、最も大きな責任あるところの莊長が、疾病のために約一箇月半にわた
つて莊の一分なる
運営に当ることができなかつたという点にも、一つの原因があ
つたのではないかとわれわれは
考えます。またこうした事情からまいりまして、私
どもの
考えました結論といたしましては、そのときに莊と連絡を、また御了承を願つたことは、いわゆる告発は、莊長の
説明によりましても、過去に起したような障害を防止するために他に方法がなか
つたので、一應告発をしたのである、さいわいにそうした障害を出すことなくして平穏に済ますことができたのであるから、一應の
目的は達したのであるという莊長の御
意見もあり、告発は即座に取下げることに話を進めました。
なお私
どもといたしましては、問題にな
つておりました強制退莊にいたしましても、一應この際はこれを白紙に戻して、新たなる方法によ
つて運営の善後策を講じた方がよいであろうと
考えたのであります。と同時にまた患者の方に対しましては莊長に対するところの不信任が出ておりますが、この不信任も一應この際取下げてはどうかという交渉をいたしました。双方が一應白紙になりまして、新たに今日全國立病院の問題とな
つておりますところの長期患者で、ほとん
どもう療養は終了に近くなり、退院しても一向差支えないという病人が相当数療養所に收容されているにもかかわらず、病院外には相当の惡化した患者がたむろしている。かかる場合においても、病人の新陳代謝をやらなければならないという点からいたしましても、いわゆる健康に近くな
つて療養を終つたところの患者に対しては、その主治医の
意見を容れまして、徐々に退莊をするような方法を別にとらしてもらいたい。あるいはまた莊長の問題にいたしましても、この問題の結論というのではなくして、今後莊の一層の
運営を、あるいはこうした療養所の一切の
運営の面から見まして、当局としては一分にその責任を
考えて処理をしていただきたいということを当局に対して要望するものであります。私
どもが調査を終えまして帰ります際にも、莊側との懇談によりまして、告発はすぐに明日にも取下げますという
お話であり、また強制退莊命令の撤回につきましては、いわゆる上司からの命令であればこれを撤回するというような
お話もございました。これに対して当局は、その後どういう御処置をと
つておられましようか、また私
どもの
考えさせられました一つの解決の方法といたしましては、おのおのが白紙に還
つて、そうしてこの際新しい協議会的な——三者がともに
運営上におのおの
意見を反映させて、おのおのが十分な理解のもとに療養を続け、また莊の
運営をすることができるというような
意見で、三者の懇談会を何らかの形でつくるようにしてはどうかという
意見も附け加えてまいつた次第でございますが、その後の晴嵐莊に対する当局としてのとられた処置について伺いたいと思います。私
どものところには、もう二箇月にもなんなんとするけれ
ども、当局からは何らの御交渉もない。何らの処置もなされておらないということも聞いておるのでありますが、これに対する当局のその後の御報告を伺いたいと思います。
以上をもちまして簡單でありますが、晴嵐莊の調査の報告にいたします。