○冨田
委員 もともと
経済の法則を
法律の力で無理押しをしようとするところにいろいろな
統制経済の困難もあるわけでありますが、根を洗
つてしまえばこうした
違反事項の起るもとは、だれも喜んで
違反を起すのではない、面白半分に
違反をしておるのではない。いわゆる
経済違反と申しましても、これは物を盗むとか、火をつけるとい
つたような刑事的な犯罪意思をも
つてや
つておるのではない。むしろ自分みぞからが食わんがためであり、生きたためである。この現実の
生活の中からにじみ出してくるところのやむにやまれぬ犯罪が非常に多い。もちろん悪質のものもございましよう。すでに過去において
警察が
経済事犯に対して手を入れたときに失敗があ
つた。これは
法律の世界があまりにも
経済の世界に深入りをし過ぎたところに大きな
欠陥があ
つた。これから先はいわゆる政治論になりますからいくら申し上げてもむだでありますけれ
ども、むしろ
経済事犯のよ
つて起
つてくる根本を一日も早くなくすることが結局こうした煩瑣な手数をかけないで済むことになる。その手を打たずして、ただ権力をも
つて徹底的に
取締るとい
つた一つの権力国家的なものの
考え方は、あまりにも時代錯誤であり、あまりにも幼稚きわまるものの
考え方だと思う。口先だけで民主化と言い、あるいは主権在民と言
つても何ものでもない。結局官僚の手によ
つて、いざと
なつたら縛るぞ、罰金をとるぞというこの恐怖心が全
国民の背中におおいかぶさ
つております。たとえば税務署の税金のことでも、官庁の方からいえば大体活字で小さく書いた
最後の一行がどれだけ善良な民衆の身に針のごとく刺さ
つておるか、くぎのごとく刺き
つておるか。この痛手はやはり確実に税金を納められないところを無理をして納めておる人の気持にな
つてみなければわからない。一升の米を
やみ買いするという
違反でも、これをも
つてもうけようとか、不当の利益を得ようという気持ではなくして、やむにやまれない
経済的な事情から食わんがためにする犯罪も相当ある。それゆえにもつと根本を突きとめて、こうした事犯を一日も早く少くする。そのためには一つの
査察庁をつく
つて大勢の
役人をつく
つてその負担をまた
国民にかぶせて、ここに十億の金が要る。去年などは小学校の子供が学ぶのに、まどにガラスがない、机がないというのに、六億三千萬円の予算さえも文部大臣が泣いても泣いてもとれなか
つた。とうとう二十三年にもと越してようやくあの予算をおとりに
なつた。さてふたを開けてみたらことしの予算もとれそうもない。現実に小さな子供が教育を受ける場所を失
つておる。これだけのことを
考えてみると、なかなか十億という金はそう少い金ではない。しかもそれはたれが出すか、すべての裏づけは
国民の勤労の力である。すべての人の汗と膏の力である。日本銀行の中に金貨があ
つて保護してくれるのでもなんでもない。それを
考えたらこういう膨大な官庁をつく
つて屋上屋を架する
考え方をあつさり捨てて、もつと端的に根本に向
つてメスを揮うべきときではないが、私はこう
考えます。もちろんこれは政治上の意見でありますからこれ以上申し上げませんけれ
ども、よくその点をお
考えくださ
つて、たとえばこういう
経済察査庁というものができるといたしましても、そうした気持でこれを運営していかれるよう私は望んでやまないものであります。