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板谷順助君
只今議題となりましたる
海難審判法案に関する
運輸交通委員会における審議の経過並びに結果を御
報告申上げます。
この
海難に関するところの規定は、明治九年
太政官布告を以て
西洋形船船長運轉手機関手試験規則というのが、そもそも我が國における
海難に関する規定の始まりであります。その後十四年にこれが改正されまして、更に又現在の海員懲戒法は明治二十九年に制定されたのでありまして、その後一回も改正されておらない、現在においてはこの法案が規定されておるのであります。而してその内容は、海技免状を受有しております者が、その職務を行うに当りまして過失懈怠若しくは怠慢によりまして一定の
海難を惹起いたしました場合に、刑事訴訟法に準じた手続を以て審判等をなし、海員を懲戒することを目的として規定されておるのであります。
ところが、本年新憲法が新らたに施行されまして、これに伴いまして、現行海員懲戒法の一部の規定は当然これを改正する必要に迫られたのであります。我が國の海運が、
戰争の結果、船舶、船員、航路標識その他運航補修資材等の各
方面の
関係から、
海難事故が
増加の傾向にありまするので、この際現行海員懲戒法を廃止いたしまして、これに代えて新らたに
海難審判法を制定して、審判手続等も新憲法の要請に應じたものに改め、又
海難の原因を明らかにして、
海難の防止に寄與することを目的とすることといたしたのでありまして、海技免状受有者に故意過失がありました場合には、勿論必要に應じましてはこれを懲戒いたしまするが、その外に
海難が船員以外の者、即ち船主、造船所その他廣く海事
関係者の所爲に
基ずくことが明らかな場合には、これらの者に対しまして然るべき勧告をなし得るという新らしい途も開いたのであります。
政府が本法案を作成するに当りまして、予め
関係各
方面の
意見を参酌し、又公聽会等も東京及び神戸において開きまして、廣く国民の
意見を聽いたのであります。
次に、本案の骨子を申上げまするならば、第一に、審判の対象を、從來のごとく單に海抜免状受有者の故意過失、非行等に限らず、廣く
海難一般とし、海員の懲戒ということよりも、
海難の原因を明らかにいたしまして、その防止に寄與するということを目的といたしたのであります。從いまして名称も
海難審判法と改め、懲戒も情状によ
つてはこれを免除し得る途を開き、又勧告の制度も拘束力は持ちませんが、社会的には
海難の防止上相当の効果を期待し得る方法ではないかと考えられます。
第二に、審判の手続等につきまして申上げますれば、現行法では、審判に関しまして刑事訴訟法の規定を準用し、且つ高等海員審判所が終審として審判を行な
つていたのでありまするが、新憲法によりましては、行政
機関は終審として裁決をすることができないと同時に、被審人等を勾引、拘留し、又は押收、捜索等のこともできないことは勿論でありまするので、現行の海員懲戒法はこれを全面的に廃止をして、新たに
海難審判法案として審判所制度を整備することとしたのであります。而して審判には、審判官の外に民間人を参審員として審判官と同じ権限で参加せしめ得る途を開き、保佐人につきましては、これを登録して高等審判所の監督下に置くこととして、一定の秩序を立てるということにしたのであります。又軽微な事件については簡易審判の制度を設け、高等審判所の裁決に対しましては、東京高等裁判所に訴えを提起し得ることとした外、審判の管轄を、従來の船籍港主義から
海難発生地主義を採用することに改め、処理の迅速を期しておる等がこの法案の大体の骨子であります。
次に審議の経過を申上げます。八月十三日に
政府の提案理由の説明があり、その後予備審査を加えまして、本
委員会を五回開き、又
海難審判法案小
委員会を設けまして、小林勝馬君がその
委員長となられまして、小
委員会を三同開きまして、愼重審議いたしたのであります。
その質疑の主なるものを申上げますれば、参審員は忌避できるかどうか、又その人数は何人かという
質問に対しまして、
政府委員の
答弁は、参審員で忌避せられるような立場にある人は任命しないようにする、又政令でその点は規定することも考慮しておる。又人数は、地方審判所及び高等審判所共、全國で十五人位を考えておるということであります。
海難審判と司法事件との
関係はどうかという
質問に対しましては、受審人の勾引とか召喚という強制手続はできないから、過料に処するということによ
つて手続の進行を円満にする。又審判はその性質は行政処分であるが、海技免状の停止、禁止等重大な権利義務に関することであるから、審判に不服な者は東京高等裁判所に訴えの提起ができるということにな
つておるのであります。荷
海難審判と刑事事件とが競合した場合は、
海難審判の事実審判の方を先にするように、今後
政府では裁判所の方と了解を得ることにしたいという
答弁であります。法案の第四十六條で、地方審判所の裁決に対して不服な受審人は、裁決言渡の日から七日以内に高等審判所に第二審の請求ができるとあるが、七日以内というような短期間では、船員の職業柄から、又現在の通信
状況から考えて見て甚だ危險であるから、二十日間くらいにすべきではないかという
質問に対して、結局
政府委員からは、審判はなるべく受審人出席の上で行い、欠席裁決はやらんように努める、又口頭ででも電報ででも第二審の請求ができるようにするから御
了承願いたいという
答弁であります。審判において保佐人を依頼するのに費用が掛か
つて困る者が多数の船員や漁船の中にはある。又教養も十分でない者も相当あることであろうから、官選の保佐人制度について
政府はどう考えておるかとの
質問に対して、現在の國家財政の立場から遺憾ながら実現に至らなかつたが、財政上の
見通しさえつけば実現したいと考えておるとの
答弁であります。法案の第九條に、審判所の名称、位置、管轄等が政令で定めることとな
つておるが、これは法律で明定すべきではないかとの
質問に対して、
政府委員は、審判の性質が行政処分であるからいいのではあるまいかと思
つておるということであります。審判手続を法案の第四十五條で命令即ち政令又は省令で定めるとしておる点は、將來法律改正の際考慮するということであります。
海難審判法案は過去の
海難に対するものであるが、
政府は
海難の防止、航海の安全という点について、今後いかなる措置を採るか、その
現状と將來の
対策について聽きたいとの
質問がありまして、これに対して
政府委員から、現在我が國の船舶は老朽大破の船が多く、これによ
つて根本から
日本海運の振興並びに
海難を防止するということはむずかしい、先ず船舶の建造、改造、補修にあらゆる注意と
努力を佛
つて、船舶復興公團等により萎靡しておる海運界の船舶建造に救いの手をのべて行かなければならん。又船員の
方面においても優秀な者は
戰争において尊き犠牲者となられまして、残るところの者の多くは老朽疲労の者か、又は未だ若年で未熟な者が多いのであるから、これを改善するために、教育の面と福利
施設の面とを並行してや
つて行かねばならん。その他電波、氣象、通信、航路標識等の復旧整備を行い、又沿岸内海等における浮遊水雷その他を除去する掃海作業等も完全にする等、でき得る限り予算面においても、
関係方面との交渉においても、一日も早く目的を達成するために
努力して行きたい考えであるという
答弁であ
つたのであります。尚本法案の施行期日は政令で定めるということに原案ではな
つておるが、この点は、本法の附則に但書を附加して、「但しその期日は
昭和二十三年三月一日以後であ
つてはならない」と修正することとして、これに対し
政府委員も同意をせられ、且つでき得る限り早く実施の運びになるよう努めるという
答弁でありました。
次いで討論に入りまして、
海難審判の勧告の裁決は、衆議院でも附帯
決議が附せられ、社会的に重大な効果を予想せられることであるから、受審人の点を考慮すると共に、勧告を受ける者の立場をも擁護する必要がある。又本法案には非常に命令に讓つた事項が、多いが
政府において命令を立案する場合に当
つては、
國会の意思を十分参酌をする必要がある。且つ専門の
委員会において十分に案を練り、又その他公聽会等を開きまして
関係者の
意見を聽く等、遺憾なきを期せられたい。更に
海難予防の諸
施設等が現在極めて不備であるから、
政府において一層
努力をしてこれが整備に当られたいという希望があ
つたのであります。
かくて討論を終りまして、採決の結果、満場一致を以て可決すべきものと
決議したのであります。
尚重ねて申上げまするが、この法案は施行する期日は政令を以て定めるということにな
つておりまして、衆議院においてはそのまま通
つて本院に廻
つたのであります。ところが施行期日を政令によ
つて定めるということは甚だ不合理であるというところから、
関係方面といろいろ交渉いたしました結果、施行期日については三月一日以前にこれを行う。即ち二
月一ぱいにこれを行うということで、
政府もこれに同意をいたしました。衆議院におきましても必らず同意されることと信ずるのでありまするが、とに
かく只今申上げましたる
通り、施行期日は三月一日以後であ
つてはならんという修正をいたしたのであります。でありますから、本院におきましてもこの点は御
了承願いたいと存ずる次第であります。以上御
報告申上げます。(
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