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政府委員(佐藤藤佐君)
只今の御
質問は四点あ
つたように思
つて御答えいたします。
第一は現行
刑法の
罰金刑の額が、現在の経済事情に合わないから、一律にこれを増額してはどうかという御意見であります。誠に御尤もではありますが、
刑法がすべての刑罰
法規の基本となるいわゆる恒久法でありまして、この刑罰を
改正いたしまして、直く又時世に合わないからと言
つて改正するというようなことは、なかなかむずかしいのであります。又さように朝令暮改することは適当ではないと
考えるのであります。併しながら、現在の
刑法の
罰金額が現在の経済状態に合わないということは私共も承知いたしておるのでありまするが、現在の經済状態が然らば安定しておるかというと、非常にこれは不安定でありまして、今日の状態に合せて
考えて適当なものも、又一ヶ月なり数ヶ月経てば、それが不適当であるというふうにも
考えられまするので非常に不安定な状態にありますので、これを一律に現在の経済状態に合うように
改正するということは、やはり今日においては適当ではないのではなかろうかというふうに
考えられるのであります。又他面、刑罰
法規は、
刑法の外に幾多の刑罰
法規があるのであります。そうしてその幾多の刑罰
法規は、それぞれの
目的の下に立案された刑罰
法規でありまして、時代もそれぞれ異なる
從つてその時代に適應するような刑罰
罰金額を
規定しておるのでありましてその他の刑罰
法規についても、
罰金額の率は一樣ではないのであります。それでありますから
刑法を直す以上はどうしても他の刑罰
法規の
罰金刑も直さなければ合理的な
説明はできませんので、これを直ちに現在の経済状態に適合するように、
刑法並に他の刑罰
法規どれもまちまちな他の幾多の刑罰
法規を今直ちに
改正するということは事実上困難であるばかりではなく、時期としても、経済状態の不安定なる今日においては、不適当ではないかという
考えになりましたので、
罰金刑の刑を全般的に
改正することは、やはり全面的な
刑法の
改正の時期に讓りたいとかように
考えておるのであります。
次は、自由刑の
執行猶予をする場合に
從來二年以下の
懲役又は
禁錮に処せられるときは、情状によ
つて執行猶予をし得るという
制度であ
つたのを、更に三年以下の
懲役又は
禁錮に処せられる場合に
執行猶予をし得るというふうに緩和して、即ち
執行猶予をし得る範囲を拡張いたしたのでありまするが、この点について例えば、強盗傷人、又は強盗、強姦というような重い
犯罪についても、尚情状によ
つて執行猶予をし得るように、三年以下というのをもつと拡張する
意思がないかという御意見のように承
つたのであります。
從來の二年以下を三年以下に改めました一應の基準としては、永年
刑法改正調査会で練り上げました
刑法改正の仮案にも、三年以下とな
つておりますので、この例に倣
つたのであります、
刑法改正の仮案のでき上がるまでにはお説のように、どうせ拡張するならば、三年以下よりももつと緩めたらいいじやないかというような御意見もあ
つたのでありまするけれども、いろいろな方面から研究した結果、そういう極惡な重大
犯罪については、
執行猶予をなし得るように、特にその限度を拡張するということは却
つて不適当であろう、
執行猶予を認めた
趣旨から
考えても適当ではなかろうという結論に到達して、仮案のように三年以下とな
つたのでありましてこの度の
改正案についても、その仮案の基準によりまして三年以下と改めた次第でありまするから、今これをこれ以上拡張するということは
考えておらないのであります。
次は、
執行猶予取消について、現行法は二十六條に
規定されておるのであります。
執行猶予の期間内に更に
懲役又は
禁錮以上の刑に処せられた場合には、必ずこれを
取消さなければならないという
規定が二十六條にあるのでありまするが、更にそれに附加えて若し「
猶予ノ期間内更ニ罪ヲ犯シ
罰金ニ處セラレタルトキハ刑ノ
執行猶予ノ
言渡ヲ
取消スコトヲ得」というふうに拡張いたしたのであります。これまでは
罰金刑に処せられただけでは
取消すことはできなか
つたのでありまするが、
罰金に処せられた場合でも、情状によ
つては、折角與えた恩典に対して裏切
つたのでありまするから、そういうような惡性の者については、たとい
罰金であ
つても
執行猶予を
取消すことができる若し情状が軽いならば、それは
裁判所で、
罰金刑であ
つても
取消さないこともできるというふうに、
裁判所の自由裁量に任せたのであります。一面において
罰金刑の場合にも、
執行猶予を附し得る
制度に拡張いたしました結果、
取消についても拡張する方が当然であろうと
考えて、かように
規定を設けたのであります。「
取消スコトヲ得」という
規定では、非常に不安であるというお説もございましたが、
懲役、
禁錮の場合には、これは必らず
從來と同じに
取消さなければならないというふうに決ま
つているのであります。ただ
罰金刑に処せられた場合には、
裁判所の見るところによ
つて、情状が重ければ、
取消される情状が軽ければ、たとい
猶予期間内に罪を犯しても
取消されないこともあり得るのであります。
從つてこの
規定は一面において、
罰金刑についても
執行猶予の
制度を認めた以上は
取消原因についても拡張するのが当然であろうと
考えているので、二十六條にこの一項を追加することについては今のところこれを更に修正しようというようなことは
考えておらないのであります。
更に、
刑法第五十五條の連続犯の
規定を
削除したのは、捜査の便宜のために
削除したのではないかという御意見でありましたがこれはさようなことはないのであります。決して捜査の便宜のために五十五條を
削除いたしたのではないのであります。五十五條を
削除いたしましたのは御承知のように、新
憲法の三十九條に、同一の
犯罪について重ねて刑事上の責任を問われないという
規定を設けまして、基本的人権を尊重している、その精神を貫きますると、これまでの連続犯に対する
裁判の適用を見ましても、余りに廣く連続犯を適用しておりましたために、例えば軽い窃盗罪と重い強盗殺人罪と、こう二つ犯した場合でも、それは窃盗犯の連続犯である、又二つの
犯罪の間に半年なり或いは一年の隔たりがあ
つてもこれは連続犯であるというふうにして一罪の処断をした例があるのであります。そういう
考えを押し拡めますると、
犯罪発覚の当時、窃盗犯だけが発覚してお
つて、その後にその者が強盗殺人罪を犯したということが発覚いたしても、これを後で処断するということは絶対にできないのであります。かような不合理な結果が生じまするので、その不合理な結果を除去するがために、五十五條を
削除しようというのであります。五十五條を
削除いたしまするとこれまで数個の
犯罪が連続して行なわれた場合には、一罪として処断されたのが本來の数罪として処断されるから、いかにも犯人のために不利益のように
考えられるのでありまするけれども、これまでの
裁判の傾向から見ましても、時と場所が非常に密着して、同じような
犯罪が繰り返された場合には、連続犯というよりも、むしろ包括的な一罪として処断されている例が多いのであります。例えば玄関において書生の物を盗み、屋内に入
つて主人の物を盗み帰りがけに小屋で下男の物を盗んだというような場合は、これは連続犯ではなく、完全なる包括的なる一罪として処断しておるのであります。こういう例から見ましても、將來五十五條を
削除いたしました結果、包括的一罪の
考え方が時間と場所が接著しておれば、成るべく包括的一罪として犯人の利益のために適用される例が多くなるだろうというふうに
考えられまするので、五十五條を
削除いたしましても、俄かに犯人のために不当に不利益を負わせるというような結果にはならないで、却
つて連続犯を置くために連続犯を
從來と同じように存置することによ
つて生ずる不合理な結果、
從つて治安維持に影響するような不当な結果を予防することができるであろう、かように
考えまして五十五條は
削除いたした次第であります。