○
山下義信君 「
故意又は
過失によ
つて違法に」というあそこのところで、段々
同僚諸君から
質疑出ておるのでありますが、私は元來この
國家賠償法というものの
立法をなされる
本旨というものは、全く新
憲法によりまする
人権の
尊重である。それを
解釈して見まするというと、いわゆる
人民の
権利を
尊重するということは、一面におきましては
公務員側が
職務を
執行する上において余程注意しなければならんという、これは
一大警告の
立法でなくちやならん。それでこの
法律ができたことによ
つて、
人民がどんどんと
訴訟を起して、
賠償が求められることに
なつたから、非常によく
なつたのでなくして、この
立法あるが故に、
人民の
損害を與えるがごとき輕率なる
公務員の
職務の
執行が余程減少して來るということに相成ることが、
立法の要旨でなくてはならんというふうに
考えます。でありますから、その
意味におきまして、
政府当局がこれを無
過失賠償にするというと、
公務員が非常に
職務を行うのにびくびくするようになるということを大変御心配でござりまするが、そうなりますると、私は非常によいんじやないかと思います。むしろそう
なつてこそ、この
法律の
立法の價値があるのであると、こう思います。
公務員諸君も、今日の実際問題といたしましては、日夜
職務に精励されておるとは思いまするけれども、併しながら一部におきましては、誠にその
素質が低下いたしまして、殊に最近はいろいろなるところの
行政機関というものが、殊に末端に至りまする程、それが悉く
公務員制度というものに相成りまして、
國家の公権力を代表行使いたします者が増加しております。つまり言い換えますると、俄か仕立ての
官吏というものが非常に多く相成
つておりまして、
素質が低下いたしておるというような事実でござります。でありまするから、
官吏服務規律というようなことが果して嚴重に励行されておるかどうかということなぞを
考えますると、一面今日の
公務員の
職務執行の上におきまして、誠に寒心に堪えないような点もあるのでござります。そういうようなことから
考えまするというと、私共は
同僚諸君がしばしば
質疑しておられまするように、この点はむしろ緩やかに直された方が
立法の
趣旨に副うのではないかということを思うのでござりまするが、それにつきまして伺いたいと思いますのは、「
故意又は過矢」と「違法」というものの
関係が
主観と
客観の
條件であると仰せられましたが、そうなりまするというと、この
賠償責任というものは、
両者の
條件が揃わなければ
賠償の
責任がないということになるのでございましようか。これは念の
ために伺うのでございますが、私共は
故意又は
過失というものと違法ということは、この
両者の間に
原因と結果の
関係がありはしないかということも思うのでございます。
故意若しくは
過失ということが
原因になりまして、違法ということがそれによ
つて生ずる結果ではないかということが思われまするので、これはどういうふうに解釋してよろしうございましようか。私共
法律の素人の者に分り易いようにお
示しを願いたい。例えば
公務員が或る事態の
調査をいたす、その
調査が極めて疎漏でありましたが
ために、それに基いて
職務を行
なつた結果が、
人民に
損害を與えたというような場合には、これはどれに該当いたしましようか。例えば
職務を行う上におきまして、著しい
故意若しくは
過失というようなことではなくとも、その取扱いが非常に緩慢でありました
ために、知らず知らず時機を失して
関係の
人民に
損害を與えたというような場合には、どういうことに当りますでございましようか。これはお
示しを願いたいと思うのでございます。それが第一点でございます。
それから次には、先程お尋ねもありましたようでございますが、第
五條の「他の
法律に別段の定があるときは、その定めるところによる。」ということに相な
つておりまして、
郵便規則の
損害賠償の
條項は、その
規則にそのまま存置されてあるのでございます。これを見ますと、その
損害賠償の
金額というものが、いわゆる
從來の
規定の
通りでございまして、
從來の第百二十
五條によりますと、ああいうふうな
金額が
規定されております。十円でありますとか、そうい
つた金額でございます。これは先刻の御
答弁の中に、
刑事訴訟法の
賠償額の一定の
金額も今日の時代にはそぐわないから、或いはその
金額を
引上げる必要があるやに御
答弁に
なつたようでありますが、この
郵便規則によります
損害賠償額というものも、極めて不適当に低い
金額に相成
つておりますが、これ又関連いたしまして相当
金額にまでお
引上げになる御
改正の御意思がありますかどうか、この機会に伺
つておきたいと思います。