○安部定君 私ちよつと一つ希望を申述べたいと思います。私はこの間の關東
水害のときに群馬縣の上流の崩壞を見て來たのでありますが、同時にその視察が終
つてから大分縣別府に丁度これと類似の
個所がありますので、それの視察にも出たのでありますが、別府にあります境川の川を見ますと、丁度今度の赤城の
個所と非常に似ております。地質上果して似ておるのかどうか、私は地質學者でありませんから分りませんが、崩壞の
状態は、我々が見ますと全く同じような
状態であります。更に雨量を
調べて見ましたら、先般の雨が群馬縣では三百九十ミリであ
つたと思いますが、別府近郊におきましては、現に
調べたところによりますと、
昭和十八年の九月十八日から二十一日の雨量は九百五十ミリも降
つております。そうした多量の雨が降り、而も山の崩壞
状態も非常に似ておるのにぞつとしたのでありますが、別府市が砂の底に入らずに今日までおるということは、境川の川に六十四本の堰堤ができております。これは何でも
内務省の
努力によりまして、
昭和七年以來や
つたそうでありますが、非常に立派なものができております。而もその堰堤が全部滿ちて一ぱいにな
つておりまして、引續き第二の
工事をやらなければならんような段階に來ておるのだと思いますが、それにしても、要するにこの堰堤で赤城にも匹敵するような危險
状態を切拔けておる現場を見て非常に有難いことに思
つたのであります。最もひどい赤城の現状を見て、又最も救われた二つの
状態を見て、私は國民の一人々々が若しこういう立場に立
つて兩方を見ることができたならば、恐らくこれは一刻も早くできるだけこの
砂防の方に力を入れて頂きたいという感じを持つだろうと確信いたしたのであります。先程來の
大臣、
局長の
お話で隨分今後御
努力を願うようでありますが、更に異常な決心をお持ちにな
つて、一つ是非この計畫を最大限に實行して頂くようにお願いたしたい、こう思うのであります。以上であります。