○河崎ナツ君 私は御指令によりまして、廣島、
大阪、
京都で開かれました
兒童福祉法案を
中心にし、且又平生社会事業をしております仕事の上からのいろいろの感想、及び考えておる事柄を行
つて話合う、その墾談会と申しましようか。それらの墾談会に出ました問題を整理して、そうして御
報告申し上げるという御指令でございますので、簡單に御
報告さして頂きます。先程
山下委員が最初に御
報告になさいましたように、二十五日は九時から十三時まで、廣島の廿日市の戰災
孤兒育成所で墾談会がございました。
市当局の厚生課長さん、民生局長さん、副知事の方も非常にこのことにつきまして考えておいでになります。外に廣島
市内外の社会事業家の方もお集まりになりまして、熱心に御討議がありました。それから二十六日は午後二時から三時まで
ちよつと時間は短こうございますが、
修徳学院で市の厚生課長さん、事務当局の方の外に、市社会事業家の方がお集まりになりまして、この時は少し数も少く、時間も短こうございまして、十分にできなか
つたのですけれ
どもやはりお話いたしました。それから二十七日に
京都におきまして、午後二時からこれは確か五時半まで、もつとかか
つたかも知れませんが、府
市当局の方々の外に、無論こちらの委員の外に、大部分の社会事業家の方その外に
少年審判所、それから民生委員の方、それから警察
少年防犯課の課長さん、及び
少年保護学生連盟の方々、そういう各
方面からの
少年を中にしたそれぞれの立場の方々がお集まりになりまして、そうして墾談をいたしたのであります。最初に
懇談の時には、
山下委員から今の
懇談の
中心は
兒童福祉法を今度
制定いたしますにつきまして、いろいろ御
懇談申し上げる。從
つてそのことを
中心にしての
懇談でありましたが、最初
山下委員から、こちらの福祉法の動きにつきましてお談であり、又G・H・Qからこの問の交渉、こういう問題については司法の方との交渉のことも
宮城委員から御
報告がありまして、それから後
懇談に入りましたのでありますが、問題は三つ程どこでも共通に出ております。民生委員が
兒童委員を兼ねる。その問題につきましてのことが一つ、それから今度の福祉法におきましては十八歳までの
子供をその対象といたしておりますが、
少年教護法においては十四歳末滿、そういうような取扱の、いつも
宮城委員の御心配にな
つておる問題について
意見がありましたこと、それから
費用の問題につきまして多少
意見がありましたことこの三つとも何処でも共通の問題にな
つております。
京都におきましては大体それらの三つの問題を、綜合的に熱心に話合う機会があ
つたのでありますが、大分現在の民生委員、曾ての
方面委員につきましては御心配の箇所も大分あるようでありまして、
兒童委員と兼ねることについては大分異論がありまして、それにはもつと民生委員の指導が必要だということ、それからその民生委員に、結局
少年が対象であれば
学校の
先生、校長
先生を総動員して、殊に
不良少年のことについては協力して行かなければならんから、
兒童委員には少くとも
学校長を加えるという箇條も欲しいということ。それから
京都には
少年防犯協会ができておりまして協会委員ができておりますが、その委員の人
たちは民生委員の人もあれば非常に
子供に熱心な者も町の中にある。それから
少年保護司の方もある。そういう方々も動員して、
少年防犯協会の委員にな
つて貰
つておりますが、そういう委員の方もただ民生委員に限らないで入れることができるようにして欲しい。それから学生連盟の学生の方々が、先程草葉委員の御
報告にございましたように外國でもそういうふうなビッグ・ブラザース、ビッグ・シスタスーの運動が起
つておりますが、これは非常に欲しいことです。東京にもそういうことが少しございます。
京都では学生の方々が非常に大勢起ち上
つて、本当のよき兄とし、姉としてや
つておりますので、ああいう中にも適任者があ
つたならば
兒童委員にする。そういうことも考えて欲しいというような声がございまして、民生委員が
兒童委員を兼ねることにつきましては、そういうふうな声もありました。それを結論として、民生委員を指導し、養成するというとおかしいが、指導するという組織が要るが、それはどういうふうにな
つておるか。それにつきましても是非考慮して頂きたいという声がございました。それから十八歳までの今度の年齢のことにつきましては
不良少年をここからここまでは
不良少年とするというけじめがなかなかむずかしいが、一般としてはこれは十八歳まではいいけれ
ども、そういう特別の時に十八歳までを一應入れるということにつきましては、
自分達もまだ疑がある。これは十分に御研究願いたいということでございましたです。それから
費用の点につきましては、もう今までは特殊の考えでや
つておりましたけれ
ども、今度のこの経済的な一つの秩序の混乱によりまして、今までの篤志家がなくな
つて新円階級が上
つて來たけれ
ども、その新円階級は理解がむずかしいし、援護会、
少年会、社会協会、防犯協会、それらの
方面から力を盡し、学生連盟なんかも、亦基金のことにつきましては力を盡しておるけけれ
ども、なかなか方方から力を盡しておりますけれ
ども、力が弱い。又一方には社会の声といたしまして、そういう問題は篤志家の慈善事業的であ
つてはならないので、やはり國家の税金で以て、國家の負担において賄
つて行くべきではないかという、今までの慈善事業としての社会事業に対するやはり批判的な見方もあ
つて、そんな声も上
つておりますから、それらもお考え下す
つて、この負担のあり方について考えて頂かなければならんことにつきましては、共同募金なんかも、そういうときには重要な方法で、それをどういうふうにして各事業
團体に分けるかという御質問もございましたが、
費用の負担につきましてはこれを地方の負担になりますときに、地方ではその中の産院とか乳兒院、そういうふうなことはついいつでもできるというようなわけで以て、それだからそれはそこまで拵えないでもいいじやないかということで、割合軽く取扱はしないか。あれは大事なことなんだけれ
ども、軽く取扱はしないかというようなことを心配するという意味もございまして、殊に幼
少年に対する扶助とそれから乳兒に対する扶助との差が、乳兒の方は非常にお金がかかるにかかわらず、五円ぐらい少いので、つい経済的の方からも乳兒を預かることは今の負担においては困るというので十分に預かれない、断わらざるを得ないことにな
つておるが、これについては是非お考え願いたいと、そういうふうな声もございまして、殊に
子供の問題につきましては乳兒とか、先程三木委員からも
京都の
兒童院の御
報告がございましたが、
兒童院におきましては、やはり綜合的な
子供の育兒の研究とその指導と、それから一方出産の時からいろいろ指導しまして出産されて、それから一週間ぐらいの間に育兒の指導をして、退院しましてから一週間、育兒の指導をして行く、一方そういう研究したものを他の町のいろいろ母親の会に対して、或いは外の町の社会の
兒童関係の人達への講習會とか啓蒙運動をして行くとか、非常に綜合的な仕事をして居りましたが、そういうような所が何となし皆の心にありまして、やはり國立
兒童研究所というものがあ
つてもいいじやないか。その実践所が
兒童院であり、その一面を兼ねておるものが
兒童院の研究所であるということになると思いますが、そういうようなものをやはり
中心にして欲しいというような声もございますようでございます。大体戰災前の社会事業とこの終戰後の社会事業とはそう変りはないという草葉委員の御
報告なのでありますが、ただ今のところは終戰のために、戰災のために、引揚げのためにそういう
浮浪兒と
孤兒が多い。それに取り敢ずそれを放
つておくわけには行かない。各地の社会事業はその
施設に日もこれただならずというわけであります。つい他の
施設にそういう
子供が入
つておる。どの
施設もその
影響で非常にざわめき立
つておるようでございましたが、
兒童福祉法は無論そういう
子供のために、一方又思いがけない
兒童福祉法は役立つのでありますけれ
ども、ついそのことで
兒童福祉法中心に
視察に参りましたところが、見せる所もそういうような所だけを見せてくれましたが、
兒童福祉法といたしまして皆さんの御相談もついそういう
方面の方が、おいでになりましたが、
精神薄弱兒の方も又他の
施設の方もございましたけれ
ども、大体におきまして当局のお示し下さる多くの
場所も今申しましたような戰災地を
中心にしての
施設を主に拜見いたしましたのでありますが、今申しましたようなことは、併し相談の時には、
懇談会の時には三点のことが重きにな
つていたしますが、やはり
兒童の問題につきましては、福祉法で採り上げられて考えられる問題としては、そういう
浮浪兒及び
孤兒というものが大きな問題でございますが、尚そういうふうで産院から乳幼兒、殊に保育の問題とか、そういうこともやはり落さないように考えて、そうして
兒童福祉法の必要、一番將來の方向に
兒童福祉法はどこに重点をおいて行くべきかというようなことも考えて行かなけどならんということを、
施設を見せて頂くにつきましても、つい戰災の結果においての余波のところについ眼が奪われ勝でありましたから、尚更にそういうことにつきましても、
中心を蔽われないように考えさせられた次第でございます。以上皆さんの問題にな
つた点を御
報告申し上げます。