○豊澤豊雄君(續) まず第一番に、
政府は食塩の
重要性をどの程度にお考えにな
つておるかをお尋ねいたします。前
内閣も、現
内閣も、食糧増産には非常に力を入れられ、特に肥料増産については、貴重なる石炭と鐡を重点的に注ぎ込まれ、硫安のごときは昨年の一月に比較すれば、その量まさに数倍にならんとしております。われわれは、この方面における
政府の苦心と功績に対しては、滿腔の感謝をしておるものであります。
さらに過日は、野党の総裁たる吉田前総理は、この壇上から、食糧問題の
計画は自給自足を目標にしなければならぬと警告をせられました。これに対して、片山首相もまた、心からこれを肯定されました。われわれは、吉田氏の警告の中に、片山氏の肯定の中に、永遠の平和への強いあこがれと、國民を禍に近づけまいとする親心のあることを感じて、さすがにと、尊敬の念を深めたのであります。物資の極度に少くな
つておる今日といえども、永遠の平和への基礎問題には、歯を食い縛
つてもその貴重物資を出し、も
つて禍根を
將來に遺さないようにするのが、政治の大事な部面だと信じております。そのために国民が負わなければならぬ苦痛は、しばし忍ばなければならぬと思います。
では、このように日本國中が食糧問題を重大に
取扱つておりますが、その食糧に比較して、われわれが、えてして忘れがちのこの塩、すなわち食塩は、はたしてどの程度に重要なのでしようか。この間新聞を見ますと、水谷商工大臣は、裸で炭坑の中に入られて、そうして三時間も筋肉労働をせられたということをいわれております。その時に、炭坑から出てきて、初めて食塩水のうまさを知つた。炭坑夫が食塩を多量に求める
理由がわかつたということを言われております。私は、もしあのときに水谷さんが食塩水を飲まずに、一日懇談会に臨んだり、あるいは事務をとるなりしてくれたならば、どんなによかつたかと思うのであります。なぜならば、食塩が心身に及ぼす生理的な影響がいかに大なるかを、身をも
つて体驗することができたからであります。われわれは、一日に約十五グラムの食塩をとらなければ、生きていかれない。もし、われわれが食塩をとることが不十分であれば、いかに滿腹していても、筋肉労働を続けることはできません。
まず食塩は、精神方面に非常なる影響を及ぼします。意志の強固を破るということにおいては、食塩ほど大きな力をも
つているものはありません。学者の実驗によると、はとは三週間えさを與えなくても生きておるが、二週間塩分を断てば死ぬと
報告されております。人間も、おそらく三、四週間塩分をとらなかつたら、生命を失うといわれています。昔から、塩を持ち、これを大切にする民族は栄え、砂糖を濫費する民族は滅びると言われています。これは、食塩が心身に及ぼす影響を端的に表現している言葉で、われわれ政治家としても、國家の
將來を考えるとき、深く味わわねばならぬ言葉だと考えます。
このように、われわれの心身に限りない影響を及ぼす食塩の製造に対し、
政府は本年一月以來石炭の
配給を中止しております。今まで少くとも月二万五千トンの配炭があ
つたのに、一月もゼロ、二月もゼロ、三月も四月も、一塊の石炭の
配給もいたしません。浜に働く浜子たちは驚き、いや、それよりも心ある識者は、首をかしげたわけであります。しかし、ちようど時期が冬でありますし、製塩には比較的ひまなときでありましたので、石炭のストツクを食い延ばして、業者は、最盛期が來たならば石炭をまわしてくれるに違いないと、希望をも
つておりました。
ところが、春が來て、製塩の最盛期が來ても、石炭の
配給が十分でありません。
政府の発表を見ますと、五月には三千トン、六月には二百九十トンという、実に粉藥にもひとしい少量の割当しかありません。全國四千百九十八町歩の塩田は、最盛期を控えて、まさに休止という状態であります。美しき塩田風景の一つとされておつたあの釜屋からの煙も、今はどこにも見当たらないことは、皆樣御承知の
通りであります。これは、もう塩田で働いても、何の利益もないからであります。
千石もはいるというあの鹹水溜には、一番濃い塩水が滿ちあふれているのです。業者たちのある者は、薪を燃やして製塩したり、あるいは鹹水を賣つたして生活をしていますが、これらの方法では、とうてい問題の端緒すら解決することができません。彼らは、心のうちで、
政府はもう日本の塩田をつぶしてしまうのだ、そして
將來は安い外塩によ
つて賄うつもりだと、轉職を考えている者も相当数あるようであります。憂うべき現象だと私は思います。
代表者たちが押し寄せて、
政府の
意見を聽くと、いや、塩田をつぶすなどとは決して思
つていない。今は石炭が非常に不足しているので、これを重点的に大事な方面へまわして、食塩のように、外國から買入られるものは、この際買入れて、もし石炭がたくさん出るように
なつたら、塩田の方へまわそうと答えたと言われます。まことに、ごもつともな話であります。しかし、この答えの中には、大きな誤算があることを知らねばなりません。
すなわち、日本製塩法は世界に類のない塩田法であるということが、忘れられているのであります。日本の塩田は、石炭ができたら始め、なく
なつたら中止する。それでいけるというふうに、都合よくはできておりません。外國の岩塩のように、つるはしで掘つたり、鹹湖という湖があ
つて、すぐたけたり、天日製塩のごとく、海水を田の中に導き入れたら、すぐ塩ができるのとは、根本的に違
つております。
日本の塩田は、海水を塩田面に振りかけて、それが乾いて塩になるのだなどと考えていたら、それこそ大間違いであります。海水は呼び水であり、この呼び水によ
つて、厚さ七十センチもある砂の層を毛細管現象によ
つて上
つてきた水が、蒸発して「きられ」という特殊な砂の上について、その砂を業者が集めて、さらにこし箱の中で濃い鹹水をつく
つて、製造するのであります。塩田の良否は、実にこの砂層の毛管現象の良否によ
つてきまるであります。
もし、ここ数箇月間塩田を使用せずに捨てておいたら、この厚い砂層はどうなるでしようか。「きられ」という特殊の砂は、どうなるでしようか。まず砂層の機構が崩れて、毛管現象が起らなくなる。「きられ」という砂は、土著してしまいます。現に一月余り塩田を使用しなかつたために、有名な優良塩田の能率が惡く
なつたということを知
つております。ここ、しばらく捨てておけば、おそらく塩田面の所々に雜草が根を張るようになると思うのであります。塩田の生命がなく
なつたことになるのであります。このときにな
つて、それ石炭が出たと言つたとしても、それは死人の口に藥を注ぎこむようなものであります。
廃止塩田をまた元の塩田に直すことがどんなにむずかしいか。このように考えるときに、石炭ができるまで辛抱せよということは、塩田をつぶす結果になるのであります。食塩を外國に依存するという結果になるのであります。すなわち、今識者が、塩田業者が心配しておることが、事実とな
つて現われるのであります。平和を永遠に願うわれわれにと
つて、それがよいことであるか、惡いことであるか、
愼重に考えねばならぬ大問題だと思います。
われわれは、誤れる戰爭によつ破壞し盡された祖國を興すために、強い意思と肉体を必要とします。それには、食糧増産と相ま
つて、食塩の自給を
確保するということが、絶対に必要であります。われわれは、
憲法に誇らかにかかれた戰爭放棄を旗印として、世界平和へ邁進せなければならぬ。しかし、それが空文にならないように、具体的の準備をしなかつたら、いけないのであります。
今、世界はあげて永遠の平和へ懸命の努力を続けておりますが、
將來絶対に内乱あるいは紛爭が起らないと、神ならぬ身のたれが断言することができるでしようか。われわれは、平和へ進むために、禍に巻き込まれないために、生命に深い
関係のある食塩の自給を心から願
つておるのであります。これを必要でないというようなものは、少くとも政治性のないものであると、断言してはばからないのであります。
政治家は、眼前の現象のみにとらわれて急速に処置するのもよいが、國民が氣づかず、政治的なるがゆえに、それをないがしろにするというのが、今までの政治家の通弊であ
つたのであります。この観点から、現
内閣の責任者に、七つの点をお尋ねします。食塩の
重要性を認めるかどうか。
將來塩田を持続せしめるかどうか。もし塩田を持続せしめるとすれば、廃止塩田にならぬように、石炭の
配給を増すかどうか。石炭
配給がどうしても不可能とすれば、最低の作業を維持しなければならぬが、その維持費を
政府が補償するか否か。この期間中に、機械製塩に轉向する意思があるかないか。もし奬励するとすれば、今までは七割の補助を與へていたが、今後もそれを続けるかどうか。また資金の起債をしなければならぬが、
政府はこれを補償するか否か。現在全國にあふれておる鹹水の処分方法を科学的に研究しておるかどうか。なお、これらの問題に関連して、八幡の日鉄であるとか、その他のところに不良炭がたくさんあり、あるいは海没炭、規格外石炭がところどころに遊んでおると聞くが、この石炭を製塩用のためにまわすかどうか。これを使用するとすれば、わく内に入れられる。わく内に入れらるのであつたならば、よい石炭をもらわねばならぬ。と言
つておる。遊んでおる不良炭がたくさんあるというが、これらは製塩用には適当なる石炭であるから、これをわく外として配炭してくれるかどうか。以上七点いついて、良心的な、論理的な、誤謬のない御
答弁をお願いいたします。(
拍手)
〔
政府委員小坂善太郎君
登壇〕