○北
委員 私は
農民黨といたしまして、この
協同組合法案をつくることには兩手をあげて
贊成でありますが、しかしこの
法案内容を見まして、二、三の
修正をしなければ絶對に承服しがたいものであります。その
内容におきましては、第
一條に「この
法律は、
農民の
協同組織の
發達を促進し、以て
農業生産力の増進と
農民の
經濟的社會的地位の
向上を圖り、」とありますが、その次に「竝びに
農民の
生産物の販賣、
生産基準に關し、
農民が
團結する權利及び
團體交渉權その他
團體行動する權利を保障し、」を挿入し「併せて
國民經濟の
發展を圖る目的とする。」と
修正を必要とするのであります。なぜならば、憲法第二十八條によりまして
勤勞者の
團結權、
團體交渉權、
團體行動權が保障されているのでありますが、
法律で定められた機關以内で一時的に集團の行動が頻發する場合、社會的不安を惹起する憂いがあるが、現在あらかじめ國家機關が交渉する相手方がないから、この
法律で
協同組合を
農民の
團結の機關として確認するならば、常に
政府または行政機關はこれと交渉いたしまして、あらゆる問題を事前に解決することが容易であるのでありまして、幾多の
農民團體に對して諸種の複雜多岐なる折衝の必要がなく、
農業協同組合一本の交渉で解決ができるのでありまして、本
法案に絶對明文化することが必要なのであります。かつまた従来のごとき封建的農奴にひとしき官僚獨裁の
農民生活を
改善して、民主的に
農民を解放するには、
農民に
團結權行使の機關が絶對必要であります。もしまた
農業協同組合を
農民の
團結權行使の機關として明文化しないでも、
農民が協同の
組織で
團結權の行使、
團體行動權を行
つても、これを告發することは憲法が絶對に許さないゆえに、
農業協同組合が
團體行動の機關であることを明かにして置くことが複雜化を防ぎ、社會不安を除き、
農民の前途に光明を與えるものであるから、ぜひ憲法二十八條の
勤勞者の
團體機關であることを明文化しなければならない。けさほ
ども今年の米價に對して九州からこういう電報が参
つております。「米價二千四百五十圓、ほかにかます代百圓に定められたし、もし
農民の犠牲を強いるときは重大なる事態をひき起こすことあるべし、九州農青連盟」と書いてありますが、こういう電報は五通も六通も來ております。要は公正な價格が
生産物を出荷させ、物交を必要としない配給機構によ
つて生産者の
組織體に扱わせたならば、割當とか強權がなくてもきれいさつぱりと百パーセント出荷さます。官僚やこれと行動をともにする政治家たちの、
農民は奴隷のごとくたたきつければいいという考え方から、この未曽有の危機を生じたと言
つても過言ではないのであります。
國民の四分の一の眞に働く
農民が、萬苦を拂
つて強度の勞役に從い、しかも
國民の
食糧が十分にできないのであります。一人で三人分の
食糧すらできないのであるが、働く二千萬の
農民もその家族も、教養の時間もなく、新しい文化にも接し得ないのであります。また増産の研究も合理的な農法を考える餘裕もできるものではないのであります。徳川三百年封建
時代の武士に代る官僚にむち打たれて、酷使されている農奴的
農業では、いつまで經
つても一段あたり二石、しかもこれがさらに減じていくのであります。反對に
人口は殖え、領土は狹くなるのでありますが、解放された
農民農業であれば、今思わぬほどの増収ができるのであります。三石ないし四石の
生産はできる革新
農業となるのは何でもないのであります。
人口がたとえ一億になりましても、絶對に心配のない
日本の
農業となることができるのであります。しかし
農民のあの苛酷な勞働、その成果である農産物が、官僚の名づける二束三文の價格で強奪されている。インチキパリティ計算の價格、これで強權で多數の
農民が慘虐な策略に遇
つているのであります。たとえば硫安の消費者價格にいたしましても、一トン六千圓でありますが、
生産者價格は八千圓ないし九千圓になるかもしれないのでありますが、これでは硫安を使うよりも米を
肥料にした方がずつと經濟的なのであります。新物價
體系などと宣傳して、資本家の言うがままの値で、硫安にしても石炭にしても、この緊急なときでもなお四%の利潤を認めているのでありますが、今日のごときは一銭の利益がなくても我慢すべきであるのであります。こんなような國管とか國營とかでは大變で、この負擔はみな
農民や
勤勞者にくるのであります。先ほど言いましたパリティ計算にいたしましても、これは物價廰の中で勝手にきめるべきではないと思うのであります。民主的にこれこれと比較すると明らかにすべきでありまして、官廰獨裁のパリティ計算は何の値をなすか、国民の疑惑のないようにしなければならないと思うのであります。ま
つたく
農民を欺くパリティ計算としか思われないのであります。何ゆえ
生産者代表、消費者代表も加えた基準物價をきめたところの正しいパリティでやらないのか。そうしますれば、強權がなくとも今の割當がなくても、
農業生産調整法がなくとも、百パーセントの米が農産物が出るのであります。まだまだ
食糧は出まわると思うのであります。それがためには、どうしても増産をするためには
農村にこの
團體行動權を認めなければならないと私は思うのであります。
次に第十條の第五項でありますが、これは重大な、
協同組合連合會の金融
事業の分離でありまして、絶對に私
どもは反對するのであります。金融
事業を連合會よりと
つて連合會の資金の道を止め、連合會の運營をできぬようにする重大魂膽があると思うのであります。すなわち金融財閥、金融業者及び官僚によるところの中央金庫に金融權を掌握せしめ、
農民の
協同組合による
事業も金融によ
つて活殺自在にできるものであ
つて、今日の
農村民主化を根本から破壊するものであります。
次に第五十九條でありますが、これは許可主義でありますが、これは届出主義でなんら弊害なきことは、勞働
組合によ
つて實際にみるべきところにして、許可主義は官僚の勝手なり、あるいは政黨所屬の長官などにおいて御便宜主義となり、黨勢擴張をする資材に惡用される憂えがあるのであります。あるいは許可期限の制限とか、あるいは許可をしない場合の裁斷など、ま
つたくこんなものは無用でありまして、これは官僚の人員増加の手段にすぎないと思うのであります。殊に經濟行為をなす
團體でありますから、
組合員みずから十分考慮愼重にするもので、許可主義のごときは官僚が
組合員農民大衆を輕蔑するものでありまして、斷じて許可主義に反對するものであります。
次に第九十三條の監督機關でありますが、これは
組合の監督は依然また行
政府がやるようにな
つておりますが、私
どもの
意見といたしましては、監事がこれを行い、監事は
組合員の
事務、
業務、財産状況をいつでも檢査して、不正の疑のあるときは、監事は
總會を召集いたしまして報告すればよろしいのでありまして、監督は
組合員が自主的にやるべきであ
つて、行政廰にやらせることは
農民があくまで官僚に附屬することとなり、
農民民主化を害するものであります。以上の
修正意見を述べまして、
修正がされなければ私はこの
法案に斷じて承服しがたいものであります。