○
佐藤(藤)
政府委員 百八十三條の姦通罪の
規定を廃止するという
理由につきましては、この
規定があるがために姦通という道義的に罪悪とみなさるべき
行為が防止できるという確信がもてないのであります。そうして
従來姦通罪の事犯について、御承知のように告訴がなければこれを検挙し處断することができないのでありますが、一旦告訴があ
つて公訴を提起し處断しようとすると、その間に大
部分は告訴取下げということによ
つて事件が終結する。ただそれだけならば非常に単純のようでありますが、一旦夫婦喧嘩をした者があとで収ま
つて告訴を取下げたのであろうかというふうに外観では思いますが、裏面において告訴するまで、またその告訴の取下げに至る
事情をよく観察しますと、その間に恐喝、脅迫その他の
犯罪が取巻いておるのでありまして、告訴權が正當に
行使されたと思われる例がごく少いのであります。ほとんど姦通罪の告訴については、何らか
犯罪その他不正なる紛議がまつわ
つておるというのが実例なのでありまして、そういう点から
考えますと、特にかような
規定を設けても、あまり効果がないのではないか、かえ
つて弊害も
考えられるのであります。また飜
つて姦通罪そのものを
考えてみますと、姦通はなるほど夫婦の貞操の義務、あるいは夫婦の愛情を裏切
つた不
道徳な
行為ではありますが、これを
刑罰をも
つて取り締るということは、その性質上適しないのではなかろうか、かのイギリスその他非常に文化の進んでいる國においては、姦通罪を
刑法上の問題としない。これは宗教上の問題、家庭上の紛議の問題として、
道徳的にこれを解決しておるのであります。ただ
法律上は
民法において離婚の原因、あるいは損害賠償の原因として取り扱
つているにすぎないのであります。その点も参照いたしまして、この際夫婦平等の
原則に徹して、百八十三條の姦通罪の
規定を廃止して、そうしてこの姦通の問題はお互いの家庭の中の道義の問題として解決する方が理想的ではなかろうかという結論に到達したために、百八十三條を削除する案を
提出いたしたのであります。しかしながらこの姦通罪の
規定を廃止することにつきましては、世間で非常に反對があるということを承知いたしているのであります。それは、今まで姦通罪が
刑法上の問題とされていない場合ならばよろしいが、とにかく妻の姦通を
刑法上
犯罪として取扱
つているのに、いまこれを一挙にして夫婦平等の
原則を貫いて廃止するということになれば、これまで姦通を許された
行為、公認された
行為のように思われる。
従つて姦通の事犯が多くなるのではなかろうかという御心配なのであります。この憂えは
もつともなのであります。しかしながら、その点は先ほど申し上げましたように、
従來の姦通罪についての告訴の取
扱い方から推論いたしますと、この
規定をなくしても、将來姦通が殖えるというようなことはなかろうと思うのであります。また
國民一般に、姦通を
刑法上の問題としないから、それは
法律上許された
行為であるというふうにはおそらく
考える者はなかろうという
考えの
もとに、削除の結論に到達したのでありまするが、しかしこの点については有力な反對論がありまして、妻の姦通を罰するとともに夫の姦通も罰すべきであるという両罰の
議論が相當有力に唱えられておりますので、この現状に鑑みまして、
國民の輿論の代表である議員各位におかれましては、この点は十分に慎重に御研究の上、贊否の結論を拝聴いたしたいと存ずるのであります。しかしてこの百八十三條の
規定を設けた
趣旨は、ただいま
佐瀬委員の申されましたように、やはり善良なる風俗を保持する、道義を保持するという
意味から百八十三條の姦通罪の
規定が設けられたことは、それはまさにその通りでありますが、百八十三條を廃止しても、ただいま申し上げましたように、決して善良なる風俗を損し、また道義頻発に拍車をかけるものではない、かように信じておりますので、百七十四條、百七十
五條の
刑罰を高めて善良なる風俗を保持しようという
考えと、決して矛盾することはなかろうというふうに
考えているのであります。