○野村公述人 全國農業會の野村でございます。私は農民經濟の立場から本日の案件に對して若干御
意見を申し上げてみたいと思います。
最初に申し上げます點は農民の擔税力の問題に關連しまして、最近の特に
インフレーシヨンの激化しつつある條件の下における農民經濟の模様をごく概略申し上げてみたいと思います。實は資料が十分手にはいりませんために思うような
實情の御報告ができないのでありますか、私どもの手にはいり得る限りについての
一つの傾向を申し上げて御參考に供したいと思います。それは最近の農家經濟の
收支の
状況はどう
なつているかという問題でございますが、これは便宜上昨年の一月から六月までと、本年の一月から六月までの中間的な數字を申し上げまして、その同じ期間における
一つの數字を比較することによつて、私どもが現在農民經濟の動向を判定すべき
一つの指標にしたいと思うのであります。これによりますと、農業の收入は昨年に比較して六〇%の
増加を示しております。農業以外からの收入も大體六〇%の
増加をいたしております。
從つて農家の總收入と稱すべきものはやはり六割の
増加と
なつておりますが、これに對して農業
關係の支出は約二、七倍、三倍近い
増加と
なつております。家計費は別に申し上げますが、農業以外の支出が大體昨年と同樣であります。
租税公課は昨年の十一倍半に
なつております。これは臨時的な國税の徴收があずかつて力あると思うわけでありますが、以上合計しますと、農業
關係あるいは農業以外の支出竝びに
租税を入れた支出の合計をみますと、昨年の三倍強に
なつております。先ほど申し上げた農業收入から農業支出を差引きました農業
所得の合計は、昨年に比べてわずかに三割五分の
増加に過ぎません。この農業
所得でまかなうべき家計費の増勢振りはどうであるかと申しますと、家計費は、
生活上の支出は約二、三倍という形に
なつているわけであります。これはいわゆる農家の手から口への自給的な部面も
考慮してのものでありますが特に擔税力の問題の直接の
基礎となる現金の部分現金
收支のみについて考えてみますと、農業收入は前年に比べて六〇%の増、農外の收入は五〇%の増 合せて五五%の
増加に
なつております。現金についての農業の支出は昨年に比べて二、九倍、約三倍に近い
増加と
なつております。
租税公課は、これは全部が現金で納付されているようでありまして、前に申し上げた十一倍半の
増加に
なつております。總支出をみますと三・六倍の
増加に
なつておるのであります。農業
經營關係の
收支、すなわち農業
所得の概算をいたしてみますと、收入における六〇%の増に對して支出における三倍近い増の結果、農業
所得の概算はわずかに八%の
増加に過ぎないのであります。これによつてまかなうべき家計費の支出の
増加振りは、自給の部分までも含めた場合におきましては二倍とわずかでありましたが、現金についてのみ申し上げると三倍強の
増加と
なつておるのであります。これらの
事情を御説明申し上げますと、いわゆる手から口への犠牲的な一種の家庭によつて行います
價値評價を除いた現金の部面だけについて申し上げますと、これは農業收入の六〇%の
増加に對して農業支出は三倍に近い
増加振りを示しておる。農業
所得の概算はわずかに八%の
増加にすぎない。この
所得によつてまかなうべき家計費の
増加率は、昨年に比べて三倍を超える
増加の趨勢を示しておるのであります。これを見ますと、農民經濟におきまする
經營及び
生活の總結果というものは、昨年においては約二千六百圓
程度の黒字と
なつてお
つたわけでありますが、本年は逆に五千圓
程度の赤字を出しておる
現状であります。これは六月における中間結果でございまして、その後における
收支の模様は判明いたしませんので、數字そのものについての判断はできないわけでありますが、
一つの傾向として見ると、われわれはここに重大な問題の潜んでおることを考えさせられるのであります。このような
事實は何を物語つているかと申しますと、
インフレーシヨンの進行によつて農業收入は名目的には明らかに
増加しておる。しかし農業
方面の支出竝びに家計上の支出は、より急テンポの
増加を示しておるのでありまして、しばしば指摘されまする鋏状
價格差が
インフレの進行とともにますます擴大いたしまして、突極においては農業
所得の相對的な減少。ときには絶對的な減少をも來す可能性があるということを示しておると思うのであります。特に先ほど申し上げました農業
所得の性格でございますが、これは乙種
事業所得の場合においても相當問題となるべきものでありますが、日本の農業におきまして、いわゆる農業
所得というものは、實は見かけ上の
所得である。すなわち
所得は、先ほど申し上げました農業支出の中には家族の勞働は全然評價されてはいつていないのでありますが、この家族の勞働報酬になる部分、これは農業
所得の約八〇%に當つておる。家族の勞働報酬になる部分と農業資産からの
所得と見るべき部分——これは約二〇%と見ておりますが、この兩方から減つておるのでありまして、いわゆる利潤と申しますか、企業益というものに相當するものは、日本の農業においては成立し得ない
事情にあることは申し上げるまでもないのであります。しかもこのような農家の家族の勞働報酬はその地方の普通の日傭勞賃に比して七〇%
程度にしか當つていない
實情であります。
從つてもし農民が附近の
一般の農業日傭勞賃竝の報酬を要求するとすれば、農民經濟は絶對的な赤字になることは明らかであります。すなわち農業
所得の實態は、農業日傭勞賃の七〇%前後しか當らないところの
勤勞所得であつて、決して
事業所得としての性格はもつていないのであります。さらにただいま申し上げましたような
關係を、同じ農民と申しましてもピンからキリまであるわけで、大きい農民と小農あるいは貧農と申しますか、そういう農民の階層別に考えてみますならば、
インフレの影響は、先ほど申し上げましたような
事情は、小農なり貧農ほどはなはだしいのであります。それはなぜかと申しますと、農業支出なり家計費の支出におきまして、自給生産に依存する部分が小農によればなるほど少いのであります。また物々交換的な物資もきわめて少い。
從つて家計取引にさらされる面が非常に多いわけでありますから、
インフレーシヨンの影響は、よきにつけ悪しきにつけ非常に直接的であり、先ほど申し上げました
インフレーシヨンの農村に及ぼす影響は、農業が小さくなればなるほど露骨に出るものと見なければならないのであります。農業
所得の
勤勞所得的な性格——農業
所得が
勤勞所得であると私申し上げたのでありますが、そういう性格はさらに小さい農家において一層判然といたしておるのであります。ただいま申し上げましたような擔税力の問題を判斷する
基礎としての農家經濟の
實情を要約いたしてみますと、現在の農民經濟に對しましては、農民が
インフレーシヨンによる利得者であるというような見方が一方において相當あるのでありますが、それは實は一部の特殊の地方であるとか、あるいは相當裕福な農民であるとか、そういう特殊な事例に對する評價をもつて、全農民の經濟を類推しておるという誤りを犯しておるものでありましようし、また名目上の農産物の値上り、あるいは農業收入の若干の
増加をもつて、ただちにそれが農業
所得の
増加であるというような臆測をすることから來るのでありまして、その實態は決してそうでないことは以上申し上げた通りであります。農民經濟の中に新しい税源を見出そうとする意圖は、右のような誤
つた觀測に基いて、農民の擔税力が
増加しておるという認識によるものとするならば、このような考えには私どもとしては贊成し得ないのであります。
次にそれでは農民の負擔の
現状はどうであるかと申しますと、これは官廳
方面の統計を申し上げるわけでありますが、昨年一箇年の
租税と本
年度における
推算租税とを比較いたしてみますと、二十二
年度は農家の
所得が一五〇%に對して、
租税公課の率は二八八%、二倍強の
増加に
なつておる。農民の
所得に對する
租税公課の割合は三割六分の多きに達しておるのであります。さらに同じ官廳
方面の統計から業態別の
租税公課の比較をいたしてみますと、給料
生活者が
所得に對して
租税公課の割合が一二%、商業者が三三%、農業者が二九%、こういうような數字を得られるのであります。これはここ約一箇年間における
租税公課が三倍近く上つておる、そうして
所得の
増加率五〇%をはるかに引離しておるという
事實、またもう
一つは、このような税負擔の急増が、農産
物價格の問題と相まつて、農業
經營を一層縮小するような傾向をますます助長いたしておると見なければなりませんし、農地改革によつて行われつつある自作農化への
一つの危惧と
なつて現われていることについても、私どもはいろいろな
方面から聞いております。給料
生活者と農業
生活者との負擔の不
均衡の問題でございますが、これは特に重視すべき問題で、先ほど農業
所得が
勤勞所得としての實態をもつているのだということを申し上げたのでありますが、その點から見ると、農業者の税負擔は給料
生活者に比べて著しく不
均衡であるということが言えると思います。
そこで次に本日問題に
なつている
所得税改正の問題について、
意見を結論だけを先に申し上げてみたいと思います。
所得税については新圓
階級への
重課という趣旨に照して、原案よりも累進傘を一層
引上げていく必要がある。そして
税額の
最高限度をさらに
引上げていく必要がある。その一面
給與所得に對する
控除額を
最高限度に
引上げる必要がある。扶養家族の
控除額の引上けをもう少し考えていただきたい。農民の立場から見ての
勤勞所得の問題に觸れるゆえんは、ただいまの都市の勤勞者は農村からの二男、三男が相當多いわけでありまして、これらの人々の
生活の窮乏は、ただちに農民自體に影響をもつものが多いのであります。この
意味において
勤勞所得の問題につき、私どもは農民の立場からこのような
意見を申し上げるわけであります。
酒税の問題は、農民なり
一般勤勞者に對するいわゆる
大衆課税的な性質をもつていることは申し上げるまでもないのでありますが、特に農民の立場から考えますならば、清酒については
租税の總額をもつと低いものにしていく必要がある米の値段が非常に安いことを農村では強調しておりますが、その安い米と高い酒とが時價に比較されることにより、最近とみに普及しつつある自家用酒の密造を助長する危險となるのではないか。これはもとよりいろいろな方法によつて防いでいかなければならぬわけでありますが、少くともそのような農民の行為を現實に解決し得ない
實情を考えると、
酒税の増徴がさらにこの傾向に拍車をかける危險なしとしないのであります。
さらに
税制問題の
一つの項目として、
租税の賦課徴收について適性な
運營をはかるための措置を考えるというのがございますが、私どもとしてはこれはぜひ實現するように御心配をいただきたいと思います。特にそれと關連して乙種
事業所得の問題について、二、三賦課徴收の
運營を適正化する場合の希望を申し上げますと、農業
所得決定の方法を法規において明白にする。實は農業
所得の算定は非常にむずかしい問題でありますが、これが税務署の管區により非常にまちまちである。われわれは少い
租税を負擔することによつて、當然の義務を免れようとするのではないのであつて、要するに合理的な
基礎によつて
租税を出していこう。客觀的な
均衡の上に立つて納めるべき
租税を納めていこうという考えが根本をなさなければならないわけでありますが、農業
所得の調定をする場合におきましては、その
具體的な
徴税技術その他調定の問題を
技術的にも法規の上に明確ならしめる必要がある。それから
所得の調査
委員會がありますけれども、これは各種税別に
委員會を構成する必要があるし、さらにその委員は公選によつて職能代表的な性格に切り替えていく必要かある。すでに各地の
所得調査委員の
方々の職業なり、それらを見ますと、直接農民的でない人たちによつて占められている面が非常に多いのでありますが、そういう點をこの際の
改正において
考慮する必要があろうと考えるのであります。それらの
事情と關連しまして
課税の
基礎となるべきいろいろな數字が必ずしも公開的に扱われていない。このことは無用に問題を
複雜にし、摩擦を起させる途にも
なつておりますので、これらはいつでも公開できるような形にする必要があるのであります。ある税務署においては、官廳が調査に行きましても、祕密主義を守つて見せないというような
状況であります。これでは適正な
租税の賦課を期し得られないわけでありまして、今後いろいろな
意味において、相當
租税が多く
なつていくということを豫想します場合におきましても、その點をはつきりする必要があると思うのであります。
それから非
戰災者特別税についての問題を申し上げますと、私どもの
關係しておる農村においては、ほとんど全部が非
戰災者というふうに假定できぬわけであります。
賃貸價格をかりに五十圓と假定いたしてみますと、非戰災
家屋税で百五十圓、非
戰災者税で百五十圓、合せて三百圓の負擔となるのであります。これは前に申し上げた農村の擔税力の
現状に照して、私どもは決して農民の納得のいく新税ではないと思うのであります。それからこの税の創設の趣旨は、犠牲の不
均衡を是正しようというところにあるようでございますが、農民はたまたま家こそは燒かれなか
つたわけでありますが、
從來國民一般の共通的な戰爭の犠牲は當然負つてお
つたわけであります。そのほかに農業特殊の犠牲を今までいろいろ甘受して來たわけであります。その大きいものは馬等の徴發であります。形はただいま殘つておりませんが、大きな犠牲であ
つたわけであります。もう
一つより普遍的な問題は、地方の消耗、これは掠奪農業をやつてきておりましたために、非常に大きな地方の消耗を來しているわけでありますが、これは數字の上にも現われないし、
國民の常識にも通りにくい問題でありますが、農民としては實に重大な問題であるわけであります。こういうことを考えますると、農民の
家屋というよりも、一種の作業小屋に等しいような、あのような
家屋に對して、この際新税を創設するということについては、
税率のいかんにかかわらず、私どもとしては贊意を表し得ないのであります。要するにこの問題に關しましては、
國民の犠牲の
均衡をはかろうとすることが相當大きなねらいに
なつておるようでありますが、私どもがかりに建設的な政策をこの場合に創定し得るとしますならば、このような
税制の體系とは逆な方向が考えられると思うのであります。それはむしろ戰災によるところの——たとえば
家屋の燒失に對する住宅問題を積極的に解決することによつて戰爭の犠牲を解決する。
輕減する。こういう方向をとらずして、この政策におきましては、より低い、より犠牲の多いものを標準にして、そうしてわずかな作業小屋に對して
課税をする。こういうやり方は私は非常に重大な問題であると思うのであります。このような方向で今後の問題を處理していくとするならば、より犠牲のひどい、よりみじめなものがだんだんと新らしい基準に
なつて、そうして無限に税源が見つけられる危險があると思うのであります。これは私は決して建設的な政策ではあり得ないと思うのであります。
もう
一つは、國税が
地方税に對する指導的な役割をもつ。かりに國税がいろいろとこのような方向において新たな税源を求めるというふうな方向に向いますると、地方においてはそれに右へならえをしたり、あるいはそれに類するような方向にいくことは當然考えられるわけであります。
從つてその
意味においても、特に今囘のような場合におきましては、
租税體系全體とのにらみ合わせも考えて、十分新税の創設には十分愼重な
考慮を拂う必要があると思うのであります。私どもは先般問題になりました土地の登録税でありまするとか、使用税の問題については反對をいたしたのでありますが、傳えられるところにおいては、
地方税としてそういうようなものを取上げようという動きもあるようでありまして、これらについても、私どもとしては相當重大な關心をもたざるを得ないのであります。ちよつと長く
なつて恐縮でございましたが、以上で終ります。