○
参考人(米村
滋人君) 東京大学の米村と申します。本日、このような場にお招きいただきましたこと、大変光栄に存じております。
私は、序言のところに書かせていただきましたが、民法、医事法を専門とする法学者でございますが、元々は内科医でございまして、現在に至るまで医師としての診療業務を並行して行ってまいりました。そのような立場から、今回
提出されている
新型インフルエンザ等対策特措法、その他数個の
法律に対する
改正法案に関しまして
意見を申し述べたいと考えております。
二のところで、
改正案に関する
意見というところに進ませていただきます。
まず、(1)
改正時期に関する点でございますが、本法案の
改正点のうち幾つかの点、具体的には
宿泊療養の根拠
規定の不存在や
医療体制の不備などに関しては、既に昨年夏頃から複数の法学者が問題が存在するということを指摘しておりました。しかし、今日に至るまでその点に関する対応がなされず、本国会で初めて
改正案が
提出されたという
状況であったということは大変遺憾に思っております。
昨年末から今年にかけてマスメディア等で盛んに
医療体制の不備があるということが報道されるに至って、そういう対応がなされるということだったのだろうというふうに想像しておりますけれども、その結果として、昨年末から今年、現在に至るまでかなりの
感染者数が出現し、
入院の必要な
患者が
入院できないというような事態も
発生し、多くの命が失われるということが起こっているというわけであります。
私としては、昨年の早い段階でこういった
医療体制等の改善の対応が取られていれば、救えた命がかなりあったのではないかということを思っている次第であります。くれぐれも
政府には迅速な対応を
お願いしたいというふうに考えるところであります。
次、(2)特措法
改正に関する
意見のところに進ませていただきます。
まず、そもそも、現在の特措法において問題点として、私の方では、そこに書いてございますけれども、根本的な問題があるというふうに考えております。それは、
都道府県知事の
措置の
内容が事前に何ら限定されていない、その結果として、
感染症対策として有効な
措置が実施される保証もないという点であります。
もちろん、私権
制限がなされ得るというところも問題であるわけですが、それは必要性、許容性、相当性があれば認められるというのが一般理論の帰結でありまして、その
感染症対策としての必要性、許容性、相当性があるかどうかというところが最も重要なポイントであるわけであります。ところが、そこの点を保証する仕組みが特措法の中にないというところが最も大きな問題であるということであります。
都道府県知事に
措置の
内容を白紙委任すると言うに等しいような
状況があるとしますと、それは法治主義や罪刑法定主義との関係でも大きな問題があるわけですけれども、この点を克服するための制度的装置がかなり
法律の中に乏しいということであります。
大きく手続的な問題と国と
地方の関係性の問題の二つに分かれるということになります。
まず一つ目、手続的な問題として、やはり事前に国会が関与すること、それから
専門家が諮問に対して一定の応答をすること、それから事後的な救済の手続を設けられること、こういったことが先ほど申し上げた
感染症対策としての必要性、許容性、相当性を担保するための仕組みだと言えるわけでありまして、もちろん、事前に具体的な
内容を
法律に書き込むということができないというのは
感染症対策の性質上やむを得ないところではありますが、こういった手続を整備することによって実質的な
内容の適正性を担保するということがなされていなければ、
感染症対策としても人権
制限の観点からも問題があるという
措置が出てきてしまう可能性が高いのではないかというふうに考えております。そういった手続的な整備がきちんとされているかどうかというところが問題であるのが一点目。
それからもう一つは、国と
地方の関係性の問題であります。現在の特措法の枠組みで申しますと、
緊急事態宣言が出されると同時に基本的対処方針という国の
対策本部が作成する対処方針が
緊急事態宣言に従って改められるということが法定されておりまして、恐らくはその中で
都道府県知事の権限に外枠をはめるということが制度上は考えられていたのだろうというふうに思われます。
ところが、それが実際にどれぐらい機能しているのかということであります。その後に、実際に
緊急事態宣言が出された後に各
都道府県知事と
政府の間で認識の相違や方針の違いが表面化して、マスメディアで報道されるというようなことも続いております。実際に行われる
都道府県知事の
措置というのが
政府側から見て不十分だというふうに言われることもあれば過剰だと言われることもある。そういう
状況が立て続けに起こっているわけでありまして、国と
地方の権限関係の整理が十分ではないということを感じさせるところであります。
これは先ほど申し上げた
感染症対策としての適正性の観点からも大いに問題があるわけでありまして、やはり国がきちんと
緊急事態宣言であれば
緊急事態宣言の際に、そうではなく、この後お話しする
まん延防止等重点措置であればそれを定める際に、基本的対処方針等の中で、
都道府県知事の権限としてどういった方向性での
感染症対策を行うということが与えられるのかと、権限が付与されるのかということをきちんと定める必要があるのではないか。そういった運用が少なくとも現状の
法律でも可能であるというところがありますので、徹底していただきたいというふうに考える次第であります。
次、②
まん延防止等重点措置に関してですけれども、これは今回の
改正で新たに提案されている点でございまして、
緊急事態宣言発出前の段階で
事業者、一般
国民等への
協力要請や
命令ができるようにすることを意図するという
改正であると考えられます。
国会報告の欠如について問題視する
意見がありまして、それは
一定程度当てはまる批判ではあると思われますが、絶対的なものかどうかはやや問題かと思います。先ほどお話ししたとおり、幾つかの手続がその
対策の適正性を担保するためにはあり得ますので、国会の関与が仮に事後報告のような形になったとしても、ほかの手続が整備されていればそれでもよいのかもしれません。
したがって、その他の手続を含めて包括的に
内容の適正性が確保される仕組みが取られているかどうかということが問題でありまして、その点での運用の改善を
お願いしたいというふうに考えております。
今回の
改正法案におきましては、
まん延防止等重点措置の際には
専門家に対する諮問の手続が明確に
法律に書き込まれるということがされております。これに関しては一歩前進であるというふうに評価したいと思いますけれども、その
専門家に対する諮問の手続がやはり実質化される必要がありまして、もう形式的にごく一部の
専門家に
意見を聞くだけで進んでしまうというようなことがないように、運用として適正を図っていただきたいというふうに考える次第でございます。
次、③
事業者に対する
行政罰、
過料についてですけれども、危険性の高い
活動を行っている
事業者に対して制裁を科すということは許容されるわけですが、一律の
営業禁止等の
命令違反に対して制裁を科すことは、
行政罰であっても比例原則違反等の問題が出る可能性があります。
この観点から、現在の、今回の
緊急事態宣言においての
飲食店対応というのは、私から見るとやや問題があるように思われます。と申しますのは、一律の時短
要請というのが本当に危険な
飲食の場のみを
制限しているということになるのかどうかということであります。
先ほど
脇田参考人からのお話にもありましたが、分科会は
飲食の場を急所であるというふうに表現して今回の
緊急事態宣言下での
措置の
対象としているわけでありますが、全ての
飲食店における全ての
飲食機会が全てひとしく危険があるということになるのかどうかというのが問題であります。危険な
飲食とそうでない
飲食がやはりあるのではないか。人数もそうですし、その
飲食店の構造、設備によって換気の
程度がどうなのかということもありますし、様々な要素によって
感染の
リスクというのは違ってくるわけでありまして、その点を全て無視して一律の規制を掛けるということが許容されるかどうかというのがここでの問題であります。
罰則を科すという以上はその行為に実質的危険性があると、法益侵害の危険性があるということが言えなければならないということがこれは刑事法の原則としてあるわけでありまして、それは
行政罰であっても異なるところはございません。
したがって、そういった観点からも、きちんとその危険性の高い行為に限定した
命令が出るという形を取っていただく必要があるのではないか。今般の
改正案が可決、成立したとしても、その点に十分御注意いただいて運用していただきたいというように考える次第であります。
次、④
事業者に対する補償についてですけれども、やはりこれも先ほどの危険性の問題と関係がございます。
危険性の高い
活動に対してそれを制約する、規制するということを行ったとしても、補償の必要はございません。これは最高裁大法廷の昭和三十八年判決、有名な判決ですけれども、ため池条例判決と言われるものでありまして、ここで明らかにされていることであります。しかし、ここでも、この特措法上の
措置というのが果たしてそういった危険性の高い行為に限定して規制するという構造になっているのかどうかというところの問題であります。
仮に危険性の
程度によらず一律の
営業停止の
命令が発出されているといたしますと、危険性の低い
事業者にとっては、危険性が高くないにもかかわらず、単に規制の効率性や
国民の納得感のために
営業をやめなければならないという
状況に置かれているということになりますので、これは、憲法二十九条三項の特別の犠牲を払ったものとして損失補償が必要であると考えるのが合理的であろうというふうに思われるところであります。
したがって、この補償の点についても、従来の
政府見解が果たして妥当するかどうかということはよくよくお考えいただきたいというところでございます。
次、
ページ変わりまして、(3)
感染症法
改正に関する点でございます。時間の関係もございますので、簡単に進んでいくようにしたいと思います。
まず、
改正全般に関する評価でありますけれども、本
改正案にはかなり必要な法
改正が多く含まれておりまして、その点に対応していただいたということ自体は率直に評価を申し上げたいというふうに思います。
ただし、
内容的に子細に検討してまいりますと、不十分な点や、むしろ
改正趣旨に逆行すると見られる
改正点もあるところであります。率直に申しまして、かなり短
期間の検討で出てきた法案でありまして、十分に練られていないのではないかということを疑わせる法案の
内容になっているというところがございます。
やはりこれは早期の再
改正が必要ではないか、もう一度きちんと全体を検討し直して、本当にこれで
感染症対策にとって良い制度になっているのかということを検討していただきたいということを希望する次第であります。
個別的な点に進んでまいります。
②
宿泊療養、
自宅療養の取扱いであります。
宿泊療養、
自宅療養に法的根拠がないことで問題が生じているということは、昨年四月の
緊急事態宣言の段階から指摘されてきたところであります。今回、四十四条の三という条文でこれに対する
規定を追加するということがされているわけですが、このこと自体は適切であるというふうに評価いたしております。ただし、
宿泊療養等を拒んだ者に対して
入院勧告、
入院措置を行う仕組みにしているということはやはり問題があると思われます。
つまり、本来
入院が必要がないという判断されて、しかし
宿泊療養でということが言われたにもかかわらず、拒まれると
入院させなければならない、そういうような形になっているわけですね。必要であれば
宿泊療養、
自宅療養の義務化を検討するということが筋でありまして、
入院病床数の不足や
医療体制の逼迫が指摘される中、いたずらに軽症者で病床を埋める結果になりかねないこの
改正は問題があるというふうに思われるところであります。
宿泊療養、
自宅療養に対する直接の義務
規定の創設を是非御検討いただきたいというふうに思います。
次、③
入院拒否者に対する
罰則。これはマスメディア等でもかなり関心を集めた点でありますけれども、これについては二つの大きな問題がございます。
まず一点目は、
感染症法の理念に関する問題でありまして、旧伝染病
予防法とは異なって隔離政策を取っていない
感染症法の下で、強制
入院というのは
最小限度の
措置でなければならないということが
法律にも書き込まれているところであります。
入院拒否に対する
罰則を科すというのはこの
法律の理念に反するおそれがあるというのが一点目であります。
それから二点目、
罰則の存在を
理由にかえって
感染疑い者がPCR検査等を受けなくなる
傾向を生むということになりますと、
感染症対策としてむしろ有害であるというおそれが出てまいります。
結局、今回の
新型コロナウイルス感染症は、
発症者が
感染を広げているというよりも、無
症状者、未
発症者が大量に市中にいて、その方々が大変よく動かれるので、また
飲食の場にも行くので、それで
感染が広がっている、そういうようなことが一般に言われているわけであります。そうであるとしますと、本来
感染対策の中心となるべきはそういった無
症状者
対策であるべきでありまして、
入院者に対してこういった
措置をするというのは、かえってその無
症状者を掘り起こしにくくするのではないかということを私は懸念するところであります。
感染症対策全体を見据えて、目の前にいる
入院の必要な
発症者に対する対応が不十分になっているというところだけにとらわれて、実際に目に見えていない大量の
感染者、未
発症者が捕捉できなくなるというようなことは是非避けていただきたいというふうに思う次第であります。
次、④
積極的疫学調査拒否者に対する
罰則。
これもやはり、
調査自体を忌避する観点から受診を控える
傾向を生む可能性があって、
感染症対策に逆行する可能性があるということを指摘させていただきます。
さらに、一般的にこのプライバシーに関わる情報はあくまで本人の権利を害しないように慎重に取得、利用するということが原則になっているはずでありまして、こういった
罰則の裏付けを持って本人のプライバシー情報を無理やり聞き出すということが果たしてよいのか。もしこれが許されるのだとすれば、ほかの手段で情報を利活用するということも本来許されてよいはずでありまして、なぜその前段階の情報利活用は許されず、この
積極的疫学調査の
場面だけでプライバシー情報を強制的に出させるということが許されるのか、その辺りがやはりちぐはぐではないかというふうに思われるところであります。
⑤
医療関係者等に対する
協力要請、勧告でありますが、現在の
医療逼迫
状況の原因として
医療体制、関連法制度の不備があるということについては以前から指摘されてきたところでありまして、一定の対応がなされたことは評価できるところであります。ただし、行政側で全ての
医療機関の受入れ能力を把握しているとは限りませんので、各
医療機関の任意の
協力や人材派遣等を促進するということも大変重要であります。それが実現できるように、財政的支援を含めて運用による適切な対応を是非
お願いしたいということを考えているところであります。
以上が各論的な
意見ということになりますが、
最後に
新型コロナウイルス感染症全般に関する
意見として二点申し上げて、終わりにさせていただきたいと思います。
まず第一に、これは途中でも何か所か出てまいりましたが、現在の規制の在り方というのは危険性の高い
活動に焦点を絞った
対策になっていない、そこをやっぱり再認識していただく必要があるのではないかということであります。危険性の高い
活動に焦点を絞った有効な
対策ということを取る必要があるということであります。
対象が無限定であるということが法的制裁の障害、
罰則の導入の障害にもなっておりますし、
緊急事態宣言の法的許容性も具体的
対策の有効性が前提であるというところがございます。
その前提として、もちろん科学的なエビデンスが必要だということもございます。一体どういう
活動が
感染の危険性の高い
活動であるのかということを是非しっかりと科学的エビデンスを持って
調査分析していただき、その危険性の高い
活動に
対象を絞った形の規制を進めていただきたいというふうに考えております。
次、第二の点でありますが、
緊急事態宣言に依存した
対策から脱却することが必要だということを申し上げたいと思います。
緊急事態宣言、今回二回目になりますけれども、二回目はなかなか
国民の皆さんの
協力が得にくくなっていて効果が十分ではないということはマスメディア等でも報道されているところであります。そういった
緊急事態宣言のみを中心とする
感染症対策というのはやはり無理があるというのが私の見解でございます。むしろ、
緊急事態宣言に過度に依存する
感染症対策というのは
緊急事態宣言が解除された途端に
感染の再拡大を招くということにもなるわけでして、果たして
感染症対策として成立しているのかどうかすら怪しいというのが私の見解であります。
平時にも一貫した
感染対策を行うことが重要であります。危険性の高い
活動を割り出してそれに対する
国民の理解を求めるというのは、やはりその観点からも大変重要だということでありまして、丁寧な
説明と任意の
協力の
お願いということが重要なのではないかというふうに考えるところであります。
また、その一環としてCOCOAという携帯アプリがあるわけですが、これがほとんど
感染対策の効果を発揮していないというのが現状でありまして、これは極めて問題であります。情報利活用を通じて
国民の行動をある
程度誘導、制御することを含めて、強制
措置によらない
感染対策というのは多数ございますので、そういった様々な
対策を併用する形で
感染対策を全体として進めていくということを是非
お願いしたいというふうに考える次第でございます。
長くなりましたが、私からの
意見は以上でございます。