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参考人(
有馬純君)
東京大学の
有馬でございます。今日は、このような
機会をいただきまして、誠にありがとうございます。
私の方からは、
カーボンニュートラルに向けた
課題ということでお話を申し上げたいと思います。(
資料映写)
一言で申し上げますと、
カーボンニュートラルというのは進むべき
方向であることは間違いないということだと思いますが、我々として、それがやっぱり
コストが掛かるということは常に
認識をしなきゃいけないということだと思います。
この左側の
グラフは、私の
研究室で
計量モデルを回して計算したものですけれども、まだ総理が二〇五〇年
ネットゼロ
エミッションを表明される前でありますが、二〇五〇年八〇%減、それから二〇三〇年二六%減という前の
目標を前提に
モデル計算をやってみますと、
限界削減費用で見ますと二〇三〇年に向けて
削減コストがだんだんに上がっていくと。それで、二〇三〇年以降急速に上がっていって、二〇五〇年には
トン当たり六万円になると、こういう試算結果になりました。
これ、二〇五〇年八〇%減ということでありますけれども、これを更に上積みするということで
感度分析もやってみました。
モデルとして解ける最大の
削減幅というのが九五・三%というものでありましたけれども、これで見ると、
限界削減費用は、二〇五〇年時点で六万円の代わりに六十万円という数字になりました、
トン当たりで。これはやはり、二〇五〇年の
目標を八〇%から一〇〇%にするということにしたときに、その
コストというのは非線形的に上がるというふうに考えた方がいいということであります。
また、今、明日から開かれます
気候サミットを前に、総理がNDC、
日本の二〇三〇年
目標の引上げを表明されるというようなお話も伺っておりますけれども、二〇三〇年
目標の大幅引上げということになれば、当然二〇三〇年時点の
限界削減費用も大きく上がるということになると思います。
目標を引き上げるということになれば、恐らくそれは大多数その再エネを積み上げるという形になるだろうと思います。
足が速いのは太陽光ということになりますけれども、
日本の場合、
太陽光発電は相当もう既に入っていると。世界全体でいうと、絶対量では世界第三位ということでありますが、
日本の場合、平地面積が非常に限られていて、国土面積
当たり、平地面積
当たりということで見ますと、太陽光の発電
導入量というのは世界一ということになっております。今後、更に
太陽光発電を
拡大するということになりますと、日照条件の悪いところに設置をするということになりますと、
コストアップ要因になってくると。
また、太陽光パネルについては
コストが最近非常に下がってきているということがありますが、直近の数字を見てみますと、工事費が下げ止まっていて、それから、土地造成費あるいは接続費は
太陽光発電のシェアの増大に伴ってむしろ上昇
傾向にあるという数字もございます。太陽光に関する
コストというのはパネルの費用だけではないということであります。
また、自然
環境保全ということを目的として
太陽光発電の設置を抑制する条例を制定する自治体というのが最近非常に増えてきているということでありまして、最近五年間で五倍超に
拡大をしているということであります。
ですから、太陽光については、野方図に増やすというわけにはなかなかいかないということなんだろうと思います。
それで、洋上風力、これは経産省が昨年十二月に発表いたしました
グリーン成長戦略の中で非常に特筆大書されておりまして、今後の役割が期待をされているということなんでありますけれども、この
グラフで示しているのは
日本の、赤い点線でくくってあるのが、能代とか津軽とか、そういった
日本の洋上風力の有望
地域とされているところの風況であります、一月から十二月までの。それで、点線になっているのがヨーロッパの北海
地域の風況ということであります。
一見してお分かりになりますように、
日本の風は夏の間吹かないというのが非常に残念ながらそれが事実でありまして、冬の間は
欧州並みに吹くんですけれども。したがって、設備利用率ということで見ると、
欧州よりも二〇%ポイントぐらい低いということになります。そういう状況で、
欧州並みの発電
コストというものを
実現するのは極めて難しいと。換言すれば、相当高い買取り
コストを設定しないとなかなかペイしないということになります。
ですから、今後、二〇五〇年に向けて爆発的なイノベーションが起きない限り、洋上風力に依存した
温室効果ガスの
削減策というのは、非常に電力料金の上乗せ要因になる
可能性が高いということであります。
私、
コスト、
コストというふうに申し上げましたが、なぜそれが気になるかということを言いますと、それは
日本の
産業用電力料金が高いということであります。
再生可能エネルギーについてもう一つ。パネルの価格
コストが非常に下がっている、それから
風力発電の
コストも下がっている、これは事実であります。世界的に見るとそうだということなんですけれども、忘れてはならないのは、変動性再エネのシェアを増大するということになりますと、それを電力
システムに吸収するためのいろいろなインテグレーション
コストと言われるものがあります。そういったものが増えてくるということでありまして、ここの図でありますのは、全発電量に占めるそのシェアが一〇%から三〇%になったときに、それぞれの電源絡みでいわゆるインテグレーション
コストがどれぐらい
拡大するかということを示した図でございます。
一見して分かりますように、ガス、
石炭、
原子力、こういったものについてはほとんどそういう
コストは生じませんが、変動性再エネについてはそういった
コストが生ずると。しかもまた、シェアが
拡大するとその金額も上がってくるということであります。こういったものも併せて考えていかないと、単体の再エネの発電
コストだけで考えたのでは将来を見誤るということではないかと思います。
それで、先ほど、また
コストの話を申し上げましたが、
産業用電力料金が非常に高いと。これ、左側の
グラフに
日本の
産業用電力料金の国際比較がございますけれども、
アメリカのほぼ倍、それから
中国、韓国のほぼ一・五倍という水準になっております。これは、
日本の製造業の
産業競争力を非常にむしばんでいる要因の一つになっております。
しかも、
日本と比較的近い水準にあるとされているドイツについて実態をよく見てみますと、ドイツの場合は、電力多消費
産業の電力料金について、電気税とか再エネの賦課金とか、あるいは洋上風力に伴う電力の送電網の賦課金とか託送料金とか、そういったものが大幅に減免をされているということでございまして、右側の
グラフの左側でございますけれども、したがって、ドイツの電力多消費
産業が実際に負担している電力料金というのは、
日本の電力多消費
産業が負担している金額の約二・五から三分の一ということであります。表向きの
産業用電力料金よりも実際は物すごく安い
産業用電力料金が適用されているということであると。これは、ドイツはその分、消費者の家庭用の電力料金が非常に高いということになっていて、その意図するところは、やはりドイツにとって重要な
産業を保護するという意図があるということであります。
ですから、
日本の既に非常に高い
産業用電力料金ということを考えますと、電力料金が更にどんどん上がるということになると、製造業の
国際競争力、さらには
雇用に悪影響が出る
可能性が高いということであります。この点は、我々としてよく
認識しておかなければいけないということかと思います。
再エネの
拡大について、
国民の
皆様の支持は非常に高いと思います。ただ、再エネの普及賛成というのは、インター
ネット調査なんかを見ますと八割以上の人がもう賛成をしているということなんですが、その半分は電力料金に再エネ賦課金が計上されているという事実を知らないと。三六%は、計上されていることは知っているけれども金額は知らないと。計上と金額を両方知っている人の約七割は、今の賦課金金額が高過ぎるという見方を持っているということであります。
また、この左側の
グラフは、再エネ普及のための費用負担をしたくない人というのが全体の三四%いるということで、それで、残り、費用負担を受け入れる人というのは六六%いるわけなんですけれども、じゃ、その人が電力料金に占める賦課金の割合がどれぐらいまでだったら受け入れられますかということを聞かれると、一%未満、五%、これを合わせて全体のもう七割ぐらいがそういう水準だということであります。
ですから、現在の、今、家庭用電力料金に占める再エネ賦課金の割合というのはもう今一一%に達しているわけですけれども、更に再エネに依存した形で
削減目標を上積みするということになると、それが更に上がってくるということになって、
国民の負担感というのも増してくるということであろうと思います。これも我々としては忘れてはならないということかと思います。
そういうことを考えますと、やはり脱
炭素化に向けたオプションというのはできるだけたくさん持っておいた方がいいということでありまして、これはIEAの数字でありますけれども、原発の運転期間の延長というのはあらゆるオプションの中で最も費用対効果が高いということであります。
それで、
日本の場合には、運転期間上限四十年、延長は二十年を上限に一回限りという規制がありますけれども、こういった規制が設定されているのはもう
日本だけということであります。
また、
日本では、原発、安全性の適合性審査が遅れに遅れているわけですけれども、その期間もこの四十年運転期間の時計が回り続けているという状況でございます。これは原発は動いていないわけであって、それで、原発のやはり耐久年数というのはどれだけ放射線にさらされるかという炉年で考えるべきであって、その物理的な年数で測るべきではないということを考えると、これは合理的ではないんではないかというふうに思います。
また、今のような運転期間制度の下では安全性のための
投資回収の見通しが立たないということになって、廃炉判断をする事例というのも出つつあるという状況であります。
それで、欧米を見ますと、再エネも
拡大するんだけれども
原子力も使っていくというのが主流でございます。バイデン政権は、再エネも
原子力もCCSも、使えるオプションは全部使ってやっていくと、
カーボンニュートラルを目指すということになっております。それから、
EUの中でも、ドイツのように脱原発をしている国の事例が、
日本では非常に声高らかに紹介される事例があるわけなんですけれども、全体として見れば、
原子力は引き続き活用するという方針であります。
左側の
欧州電力マップというのがありまして、これは、一月一日から十二月三十一日まで、もう一日単位でキロワットアワー
当たりの
CO2の
排出量というものが出て、これは
グリーンになればなるほど
グリーン度が高い、つまり
CO2の
排出量が低いということになるんですけれども、年間を通じてほぼずっと
グリーンの状態が続いているというのは、安定的な非化石電源である
原子力、大規模水力を持っているフランス、ノルウェー、スウェーデンということになります。ドイツは、緑になったりあるいは茶色になったりというところがある。これは当然、風が吹く日と吹かない日があるからということであります。
それから、右側の棒
グラフですけれども、IEAが出しているワールド・エナジー・アウトルックですけれども、パリ協定と整合的な二〇四〇年のシナリオというのを見ますと、
日本の
原子力のシェアというのは現在よりも更に
拡大をするということが想定をされて、もちろん再エネについても増やすと、
原子力も増やすということになっていて、両者合わせて八割を非化石電源にしましょうという
方向性が示されているということでございます。
それで、脱原発が世界の流れであるという
議論がありますけれども、
カーボンニュートラルを目指している国、これは緑色で示している国ですけれども、非常に多くの
カーボンニュートラルを目指す国が、原発を将来にわたっても活用していこうという国が多いということであります。したがって、脱原発が国際的な潮流であるということではない。
特に、
日本のように、これまで営々として国産技術として培ってきた
原子力技術というものを使わないで脱
炭素化を目指すということは、私の目から見て、どう考えても合理的ではない。さらに、
エネルギー安全保障という観点から技術の国産度というものも重視をされるようになってきているということを考えれば、なおさら、なぜ国産技術である
原子力というものを活用しないのかという思いがあるわけでございます。
それで、各電源の
コスト競争力というのも国によって異なります。
アメリカなんかでは、特にテキサスなんかでは非常にいい風が吹いているということで、
風力発電の
導入量が極めて多いと。実際、
風力発電の
コストも安いというところがあります。それから、メガソーラーなんかについても、
アメリカのように非常に土地が広いところではメガソーラーもたくさん設置ができるということになって
コストが安くなるということになるんですが、この
日本の数字を見ますと、残念ながら
日本は土地が狭隘であるということと、それから海が深い、その他の事情があって、同じように再エネ
資源を持っているとはいっても、やはりその賦存量については国によって違いがあるということは、これは厳然たる事実であるということであります。
原子力の
コストというのは、他国と違って、
日本の場合にはまだ相対的に競争力が高いという状況であります。もちろん、これから再エネの
コストが下がってくるということによって、このメガソーラーなり風力の
コストは下がってくるでしょう。ただ、変動性再エネを増大させていくことに伴う
システムコストというものを上積みすることを考えると、下
方向だけではないということだと思います。
原子力についても、安全
コストが上積みされるということによって
コストが上がると思います。ただ、
原子力によって発電される電力量というのは膨大なものになりますので、キロワットアワー
当たりということで見ると、その増大量というのはそれほど大きなものではないということだと思います。少なくとも、オプションとして
原子力を排除するというのは合理的ではないと私は考えます。
それで、
日本としての役割なんですけれども、やはり
日本の
温室効果ガス排出量というのは世界全体の三、四%ということでありますので、むしろ
日本が考えなければならないのは、これから世界の
温室効果ガスの動向の帰趨を握っているアジア
地域においてどれだけ低
炭素化、脱
炭素化に向けて貢献ができるかということだと思います。
特に、これから引き続き二〇三〇年、四〇年にかけて
CO2が増え続けるのは、
中国、
中国は二〇三〇年でピークアウトすると言っておりますけれども、インド、ASEAN、これは二〇三〇年、四〇年、五〇年にかけて、このままだとどんどん増え続けるということになります。
ですから、どうやってこういった国々にとって受け入れられやすい形の現実的な低
炭素化、脱
炭素化のオプションというものを
日本が提供できるかということが非常に大事になってくると思います。
その際に我々が忘れてはならないのは、我々にとって非常に関心の高い
温暖化というのは、全ての国においてトッププライオリティーではないということであります。
これは国連がやっているマイワールドというアンケート
調査ですけれども、これを見ますと、スウェーデンのような国では気候行動がもうトッププライオリティーということになっておりますけれども、右側の
中国、インドネシアなんかを見ると、気候行動のプライオリティーというのはそれぞれ十五位だったり九位だったりするということであります。これは考えてみれば
当たり前の話であって、国の
経済発展段階が違い、それから貧困な人がどれぐらいいるかということによって、その国においてのSDG、十七のSDGのプライオリティーが違ってくるということは、これは当然であるということだと思います。
そういう中で低
炭素化、脱
炭素化というものを進めていくためには、そういった国々にとって受け入れられやすいような安価な技術であるということが絶対的に必要だということだと思います。
コストアップをしてでも何でも脱
炭素化をしてくれというのは、そういった国々では受け入れられない
可能性が高いということだと思います。
それから、我々として忘れてはならないのは、
中国はこの状況を極めてしたたかに活用しているということであります。
中国は、先進国における
温暖化対策、端的に言えばドイツのFITなんかを利用して
中国のパネル
産業というのは大きく
成長しました。また、二〇六〇年に
カーボンニュートラル表明をすることによって脱
炭素化の潮流というものをつくり、それによって、
中国製のパネル、蓄電池、風車、電気
自動車への需要が
拡大するということを期待しているところがあります。また、
中国発の
ネットワークみたいなものも提唱しておりますけれども、これは世界での
中国の影響力を増すことにつながると。
当面、しかし
中国は、
化石燃料に依存して
経済成長するわけですから、先進国が脱
炭素化をして
化石燃料の需要が下がれば、
中国が調達をする
化石燃料の
コストは下がるということになります。事実、
中国は、足下の
コロナからの回復策においては大量の
石炭火力の設置
計画を出しているということであります。また、先進国が
化石燃料技術からリタイアをして輸出をやめるということになると、その穴を埋めるのは
中国製の
石炭火力の技術ということになります。
日本の
原子力技術というものが衰退をするということになると、世界の
原子力市場において
中国、ロシアの商機が
拡大をするということになります。
このように、今の脱
炭素化をめぐる国際的な情勢というのは、どっちに転んでも
中国にとって非常に有利な状況にあるということは地政学的な観点から我々として
認識をしておいた方がいいと。今、ケリー特使が
中国の
目標引上げあるいは前倒しということを一生懸命働きかけておりますけれども、
中国はこれをいろいろな交渉材料として使おうと考えているということで、三月の全人代では
目標の前倒しみたいなことは一切発表されていないということであります。非常にしたたかだと思います。
最後ですけれども、したがって、私は、脱
炭素化というのは進めるべき
方向であり、ただし、それはやっぱり
コストを伴うということは忘れてはならないと。
環境保全と
経済成長というのは常に両立をするというものではなくて、やっぱりやり方を考えなければいけないと。そのときに、再エネ
資源というのはやはり国によってばらつきがあって、
日本のように国土が狭い、海も深いところでは、欧米とか中東に比べて再エネ
資源にどうしても恵まれていない側面があると。再エネだけに依存した形で二〇三〇年
目標を引き上げたり二〇五〇年の脱
炭素化を追求するということになると、間違いなくそれは高
コスト化を招くと。既に
日本の
産業界というのは世界でも最も高い
コストに直面をしていると。それが更に
コスト増に直面するということになりますと、
産業競争力、
雇用、さらには脱
炭素化に向けた技術開発の体力を奪うということになります。
翻って
欧州を見ますと、ドイツの事例にありますように、非常に崇高な理想を掲げつつ、ただ、足下では
産業を極めてしたたかに保護しているというところがあるので、そういったことを今後考えなきゃいけないのではないかというふうに思います。
したがって、
カーボンニュートラルを目指す場合に、既に非常に高い
コストを負担している
日本という状況を考えると、
エネルギーコストあるいは
温暖化対策コストというものを定期的に国際的に比較をしてレビューを行って、
日本経済が不均衡に高い
コスト負担をしていないかということをチェックするメカニズムというものが必要だと思います。
また、
日本の
温暖化対策コストというものをできるだけ抑えるという観点からは、使えるオプションは全部使うと。その観点で、国産技術である
原子力というものを長く使っていくということは、
エネルギー安全保障、
温暖化防止、それから
経済効率という面で合理的だというふうに考えます。
四十年運転期間、それで二十年に限り一回限り延長といった制約というものも見直すべきだと思いますし、更に言えば、第四次
エネルギー基本計画にあります
原子力のシェアを可能な限り低減をするということについても、こういった枠は私は取っ払った方がいいだろうと思います。その結果、
原子力が再エネよりも高ければ、それは使わなければいいのであって、少なくとも自らの手足を縛る必要は私はないだろうというふうに思います。
福島以降、
日本の
エネルギーの
議論というのは、原発か再エネかという二者択一的な非常に不毛な
議論が支配的であったわけなんですけれども、
カーボンニュートラルというまさに未曽有の野心的な
目標に我々はこれから立ち向かわなければならないと、そのとき使える打ち手は全部オープンにしておくということが合理的ではないかと考える次第です。
私からの報告は以上です。ありがとうございました。