○小西洋之君 立憲民主・社民の小西でございます。
まず、
集団的自衛権行使の問題について
質問をさせていただきます。
配付資料の二ページからでございますけれども、このいわゆる七・一閣議決定で容認されて、存立危機事態条項によって法制化されている
集団的自衛権の行使でございますが、安倍政権、菅政権になって累次の憲法
違反、法律
違反が繰り返されているところでございますが、これは実は次元を超えた暴挙でございます。
この
集団的自衛権行使の容認は、実は法解釈ですらございません。そして、私は、歴代の、新しい
防衛大臣や
外務大臣が着任されるたびにこの
外交防衛委員会の場でこの
質問をさせていただいて、このような武力を発動して自衛官や国民に命の危険を生じさせるようなことは絶対してはならないということを言っておりますので、今日はそうした
質問をさせていただきます。
まず、その解釈変更の
説明、簡単にさせていただきます。
二ページですね、七・一閣議決定の抜粋でございますが、まず(1)で解釈変更をするに当たっての
政府として踏まえるべき法原則を立てております。
政府の憲法解釈には論理的整合性と法的安定性が求められるので、よって、解釈変更をするのであれば、九条解釈、歴代
政府の九条解釈の基本的な論理の枠内で行わなければいけない。この基本的な論理の枠内であれば立憲主義や法の支配を満たす、そして合憲である、ここは正しいと思います。
問題は次の(2)でございます。安倍政権が
考える歴代
政府の九条解釈の基本的な論理、すなわち解釈の肝ですけれども、は何かというと、この(2)の文字の固まり、この自衛の
措置は、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない
措置として初めて容認されるものであり、そのための必要最小限度の武力の行使は許容される、これが基本的な論理だと。これが基本的な論理であって、四十七年十月十四日に参議院決算
委員会に対し
政府から提出された資料、
集団的自衛権と憲法の
関係に明確に示されている、ということが七・一閣議決定に書いてあります。
三ページがその四十七年
政府見解の原議でございます。当時の吉國法制
局長官らが参議院の決算
委員会での提出要求に基づいて作成し、参議院の決算
委員会、国会に提出したものの原議でございます。
これの四ページ御覧いただきますと、四ページの下の線を引っ張ってあるところですね、あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処しと、先ほど読み上げたものが一言一句書いてあります。つまり、元々四十七年見解にあるこの論理の文字の固まりを要はコピペしたわけですね。コピペして、七・一閣議決定に持ってきているわけでございます。
結果的に、安倍政権は
集団的自衛権の行使が合憲であると容認をしましたから、この九条の安倍政権が言うところの基本的な論理、これが
集団的自衛権を満たすものとして読めなければいけないわけでございます。
じゃ、この二ページの七・一閣議決定、文字が大きいのでこちらで結構なんですけれども、この二番の文字の固まり、どこが
集団的自衛権が読めるのかということなんですが、ポイントはこの外国の武力攻撃ですね。さっきの原議、四ページの資料の原議で四角にくくってあるこの外国の武力攻撃、たまたま誰に対すると書いてないんです。義務教育を受けた
日本国民であれば、あくまで
日本国に対する外国の武力攻撃によって国民、この国民が
日本国民であることには争いはありません。
日本国民の生命などが根底から覆される。
日本国に対する外国の武力攻撃で
日本国民が死んでしまうときに、それを阻止するために必要最小限度の武力だけは許されるという限定された個別的自衛権の文章でしかあり得ないはずなんですが、安倍政権は違うというふうに、こう言い始めまして、資料の五ページを御覧いただけますでしょうか、五ページですね、五ページ、ちょっと横にして見ていただいて、右の上に、この外国の武力攻撃というのは、
我が国に対するだけではなくて同盟国に対する外国の武力攻撃としても、この昭和四十七年
政府見解、もう今から四十九年前に作られたこの文章はそういうふうに読めるんだと言っているんですね。で、じゃ読めるとどうなるかというと、同盟国、アメリカに対する外国、北朝鮮の武力攻撃によって
日本国民の生命などが根底から覆される、アメリカに対するイランの武力攻撃によってタンカーが通らなくなって、ホルムズ海峡ですね、
日本国民の生命が根底から覆される。三人称、
集団的自衛権を許容する文章になるというふうに言っているんですね。
で、このことは、実は七・一閣議決定以降、八か月、まあ九か月くらいですか、国会でも分からなかったんですが、平成二十七年の三月二十四日、まさにこの
外交防衛委員会の場で当時の横畠長官に私が
質問したところ、横畠長官は、同盟国に対する外国の武力攻撃にそのような解釈、理解ができるという答弁を初めて国会でしたわけでございます。これが解釈改憲のからくり。
で、今申し上げた、外国の武力攻撃が同盟国に対する外国の武力攻撃とも四十七年見解作ったときから読めるという意味は、その左上ですね、四十七年
政府見解を作ったときから
集団的自衛権を許容する法理がこの中に含まれているということになるわけでございます。で、かつ、更にその下、さっき申し上げました、吉國法制
局長官らがこの四十七年見解を作成して作っておりますので、吉國法制
局長官らの頭の中に、安倍政権が言うところの
集団的自衛権を許容する九条の基本的な論理、
政府の九条解釈の基本的な論理なるものが頭の中にあって、それを書き込んだというふうに安倍政権は答弁せざるを得ない、しているわけでございます。
しかし、これは、この六ページを御覧いただきますと分かりますように、この四十七年
政府見解なんですが、四十七年の十月の七日に吉國長官らが決裁しているわけですけれども、その僅か三週間前に、参議院の決算
委員会で提出要求がされた
質疑が行われております。そこで、吉國長官らが、作成者のですね、吉國長官自らの答弁でございますけれども、従前から一ミリも変わらない、
集団的自衛権行使なるものは限定的なものも含めて絶対にできないんだと、違憲であるということを繰り返し言っております。
この四つの箱、全部同じなんですが、完璧なのが右上ですので、右上の、同じ日の九月十四日ですが、ちょっと御覧いただきたいんですけれども、憲法第九条の規定が容認しているのは、個別的自衛権の発動としての自衛行動だけだと、個別的自衛権しかできないと明言しております。これは、政策論、
安全保障環境が厳しくなるどうこうといった話じゃなくて、法律論、法治国家なので、国民の定めた最高法規の憲法の下で国政は行わなきゃいけませんと、その法律論を私は言っているんだと。
じゃ、なぜそういう法律論になるかというと、もう同じような
説明しているけれども、
我が国が侵略された場合に、
我が国に対する外国の武力攻撃が発生した場合に国民の生命、自由及び幸福追求の権利を守るためにその侵略を排除するための
措置をとるというのが自衛行動だという
考え方で、その結果として
集団的自衛権、これはできないと、そういう法律論、憲法論を言っているというふうに繰り返し繰り返し言っているところでございます。
なので、実は、両
大臣、安倍政権の行った
集団的自衛権の容認というのは、これは法解釈じゃないんです。何でないかというと、私が今手元に持っている、これがコピーでお配りした昭和四十七年
政府見解の原本なんですけれども、この中に
集団的自衛権を容認する論理が書いてある、だから
集団的自衛権は元々合憲だったと言っているんです。例えば、九条がこのマイクだとすると、安倍政権は、この九条に対して論理的な試み、作用は一切やっていないんです。九条を基に、昭和四十七年に作られた古い
政府見解を持ち出してきて、その中の外国の武力攻撃にたまたま誰に対するって書いていないので、この四十七年見解だけは
集団的自衛権を容認しているんだと言っているんですね。
何でだけかというと、これも私、
質問しているんですよ。じゃ、この四十七年見解以外に
集団的自衛権が合憲と読み取れるそうした
政府文書、あるいは国会答弁はあるんですかと聞きますと、
政府は当然、
一つもありませんと言います。ただ、この四十七年見解だけは認められるというふうに言っているわけでございます。
茂木大臣に伺いますけれども、今御覧いただいた事実
関係から、安倍政権、菅政権も踏襲していますけれども、この昭和四十七年見解の中の外国の武力攻撃という文言が、同盟国に対する外国の武力攻撃とも作成当時から読める。よって、この四十七年
政府見解は
集団的自衛権を許容した
政府見解である。よって、七・一閣議決定の
集団的自衛権の容認は合憲であり、存立危機事態条項も合憲であるという
政府の主張は、これは法解釈としては成り立たない違憲の主張であるというふうに思われませんでしょうか。