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須藤参考人 駒沢女子大学の
須藤でございます。本日はよろしくお願いいたします。
本日、このような
機会を与えていただいたことに大変感謝しております。
お手元にパワーポイントのレジュメ資料を用意してございますので、それを御覧いただきながら聞いていただければというふうに思っております。
私、長らく
家庭裁判所の調査官の仕事をしておりまして、二〇一〇年から現在の大学の方で大学教員をしております。大学の方に移りましてからは、刑事
事件の心理鑑定、専門的には情状鑑定と申しますけれども、情状鑑定を通じ、
少年の
刑事裁判にも幾つか携わっている経験がございます。
そんなところを踏まえて、今回の
改正案について
家庭裁判所の実務にどのような影響が出るのだろうかと、特に
特定少年をめぐる調査と処遇を中心にお話をさせていただきたいというふうに
思います。
最初に、現在の、
現行法の仕組みをある程度確認させていただきますけれども、
少年法の
目的そのものは、
少年の性格、環境に関する調査を通じて
非行の原因を明らかにして、それに相応する処遇を講ずるということで、将来の再
非行を
防止し、その
健全育成を期するということになっているかと
思います。そのために、
非行事実だけではなくて、その背景にある様々な事情、そこをきちっと調査し、しかも科学的に調査するということで、家裁調査官の社会調査及び
少年鑑別所の心身鑑別というのが行われているということです。そうした科学的知見が
教育主義とか個別性を基本原理とする
少年審判で活用されているというのが、現状ということになります。
では、社会調査はどういうことなのかということですが、社会調査というのは、
少年に対してどのような処遇が最も有効、適切であるか、これを明らかにするため、つまり要
保護性に関する
判断のために行われる、これが
少年法の実務講義案ということで、研修所のいわゆる教科書的なものとして使われているものですけれども、そういうふうに言われております。
要
保護性につきましては伝統的に三つの要素があるというふうに言われておりまして、
再犯危険性、矯正可能性及び保護相当性ということになっております。こうしたことについて、科学的な
犯罪危険性の予測、それから
教育的
可塑性、
教育的な働きかけによって変わり得る可能性、それから
少年の持つ将来の可能性、ここについては、本人の問題だけではなくて、本人の持っているポテンシャリティーというか長所というか、そういったところも踏まえてアセスメントをしていくということになるわけです。
調査の指針につきましては、
少年法の九条に記されているように、人間行動科学の知見を活用するということと、
少年鑑別所の鑑別結果、これは心身鑑別といいますけれども、これを活用するということになっておるということです。
社会調査の基本的な方法としては、面接というのが基本となっているわけですけれども、その中で、外形的な事実、それから心理的な事実、本人の主観的な事実、様々な事実を多面的に捉える事実の調査を行うということになります。ただ、それだけではなくて、その面接調査の中で、本人が行った
非行行動、それから、
被害者又は
被害者の御
遺族に与えた影響、そういったところも考えさせるというアプローチもしております。これを
教育的働きかけとか
教育的な
措置というふうに呼んでおります。その中で、
ケース・バイ・
ケースですけれども、心理テストを行って、本人の中の様々な傾向とか
問題点、若しくは本人の長所、そういった点についても明らかにして、その点を本人に伝えるといったことも行ったりもします。
それから、面接調査のほかには、社会奉仕活動等の様々な
教育的プログラムが
家庭裁判所には用意されておりまして、法務参考資料、こちらの百五十五ページに東京
家庭裁判所のプログラムが示されているかと
思います。
それから、保護者の監護能力を高めるような働きかけもしております。いろいろな働きかけがありますけれども、例えば、指導に自信を失っている保護者、疲弊している保護者等もいらっしゃいますので、そういった保護者に対しては十分ねぎらったり、あと、保護者の御努力の中でとても有効かと思われるところを拾い上げ、エンパワーメントしていくというような形で保護者に関わったりもしております。
それから、
教育的
措置は、試験観察の中でも行われております。試験観察といいますのは、中間的な
処分と言われておりますけれども、一定期間、本人の様子を見て、要
保護性の
判断をしていくために用いられるということです。通常、三、四か月で、最終的には審判で
結論を決めるということになります。
次に、
少年鑑別所の心身鑑別でございますけれども、
少年鑑別所には、心理を専門とする法務技官、それから、監護を担当する法務教官、こういった
専門家がおりまして、面接や心理テスト、それから行動観察、さらには医師の診断、こういったことを総合的に勘案しまして、鑑別結果通知書というのを作成し、それを
家庭裁判所に提出するということになります。
家裁調査官が行う結果を
少年調査票という報告書にまとめられ、さらには、そこに鑑別結果通知書が来る。これらは、一冊のファイル、ファイリングされまして、それを社会記録と呼んでいます。こういったものが裁判官の要
保護性判断の重要な資料となっているということです。
保護処分となった場合には、執行機関にこの社会記録が引き継がれるということです。次の七ページを見ていただきますと分かるように、執行機関の間をこの社会記録が行き来するということでございます。
さて、
特定少年に関する実務上の
問題点について申し上げます。
十八歳及び十九歳の者につきましては、従来の家裁への全件送致、これを維持する一方で、
原則逆送
事件を拡大しております。それから、
保護処分の選択においては、
犯情を考慮するといった刑事
事件の量刑概念が持ち込まれているわけです。これまで、
犯情という概念は、家裁の実務の中ではなかった概念です。
この十八、十九歳の者が十分に
成熟しておらず、
可塑性を有する存在と位置づけながら、こうした
特定少年としての特例というのは、
現行法における
少年の問題性に応じて処遇していく、そういう柔軟さを失わせる、つまり硬直化をもたらすものではないかというふうに考えております。この点について、後でまた申し上げます。
それから、この
犯情概念等々含めてですけれども、社会調査とか心身鑑別にも影響を与えていく。更に言うと、
教育的
措置や試験観察といった機能を後退させるおそれもあるというふうに考えております。
まず、
原則逆送
事件の
対象の拡大ですけれども、いろいろな方から御指摘が出ているかとは
思いますけれども、非常に、
対象事件の
非行態様とか、それから原因というのは多種多様でありまして、いわゆる
犯情の幅が広いという言い方をされるんでしょうが、こういったことからすると、現在の
非行の実情から申し上げますと、その処遇効果というのがとても疑問が出てくるということです。
それから、ただし書によって
保護処分もあり得るということになっておりますけれども、いわゆる平成十二年
改正の
少年法二十条二項の実務からある程度明らかになっておるんですけれども、いわゆる
犯情といった外形的な事実、これが重視されまして、ただし書の解釈も、特段の事情というくくりで限定的になっている現状があります。
それから、社会調査とか心身鑑別に関して、これは弁護士等からですけれども、内容面の形骸化とか個別性の軽視という側面が生じているという指摘もございまして、同様の問題が生じる可能性があるかなというふうに私も思っております。社会調査に関しては、全てがそういう形骸化しているとは私は思ってはいませんが、刑事
事件の鑑定を通じて、実際の現在の社会調査の
少年調査票を拝見する
機会が数多くありますけれども、残念ながら、そういう指摘が当たっているような報告書も散見されるというところがあります。
対象事件について、現状を若干触れさせていただきますと、
強盗については、いわゆる押し入り
強盗というのは少なくて、万引きやひったくり、こういう
事件の関連で
被害者に傷害を負わせてしまったため、そのために
強盗の認定になったという
ケースがございます。
それから、
強制性交ですが、性衝動や怒りのコントロールなどが主たる要因となっておりますけれども、その背景になっているのは、不適切な養育環境や親子
関係、例えば虐待とか、そういった背景があって、それゆえに発達上の課題を抱えている
少年が数多くおります。
次に、現住建造物等の放火に関しては、知的な問題や未
成熟さ、これが背景にある事例が多いわけです。こういう知的な問題、それから精神的な未熟さ、これに刑事罰がどの程度対応できるのか、甚だ疑問であるということです。
次に、
保護処分における
犯情概念の導入です。
犯情は、成人の量刑、つまり
刑事責任の軽重を基礎づける概念です。一方、
少年司法における
保護処分というのは、
非行事実を踏まえた上で、要
保護性を基準として決定されるということになります。先ほどの試験観察もそうです。そうした
保護処分の本質と
犯情概念は本来相入れないものではないかというふうに
思います。
犯情の概念が
処分の上限を示すものであって、実質的に変化はないと見る
考え方があるかもしれませんけれども、要
保護性の
観点が後退するのは明らかであろうというふうに思われます。
社会調査や心身鑑別において、これがどうなるかということですけれども、実務家は、与えられた法の枠組みで最善を尽くすというふうに努力すると
思います。ただ、従前と変わらぬ適切な分析がなされたとしても、それが調査官の処遇
意見とか
少年鑑別所における心身鑑別の判定
意見にダイレクトに反映されるとは思えないわけですね。つまり、分析結果と
意見の乖離が生じるだろうということです。結果として、社会調査と心身鑑別の形骸化をもたらすのではなかろうかというふうに懸念を持っています。
仮に、
犯情の調査の方に社会調査や心身鑑別がシフトするとすれば、それは、内容は従来のものから相当貧弱なものにならざるを得ないというふうに思われます。
犯情に基づいて、
保護観察とか
少年院の期間が限定されるわけです。これも大きな問題で、処遇の柔軟性が失われていくというふうに
思います。
ここで例を挙げますと、例えばということで、帰住先の調整に時間を要する
少年がいる、そういった場合に、
現行では、収容継続によって仮退院中の
保護観察期間を確保して、スムーズな社会復帰が図れるような対応がなされているということになります。
重大事件の
少年の多くは相当環境上の問題を抱えていて、実際の
少年院の教官からも話を伺うと、帰住先の調整というのは非常に困難だということです。社会的な受皿が、現在、そういう社会的なインフラと申しましょうか、そこが十分でないような現状において、こういったことが非常にできないまま社会に戻すということが起きかねないのではなかろうかというふうに思っております。
その他、十八、十九歳に対する試験観察や
教育的働きかけの減少といった問題も生じる。更に言うと、これは余りこれまで指摘されてはいないと
思いますが、十八歳に近い十七歳の
少年の調査と処遇、そこにも影響を与えてくるということです。
ちょっと図示しました。次のページを見てください。
特定少年の試験観察は減少するのかということです。
試験観察は、本来、要
保護性の
判断をするため、分かりやすく申し上げますと、
少年院か
保護観察か、どちらがふさわしいだろうと、迷う
ケースもあるわけです。そういった
ケースを、社会生活を送らせながら調査官が定期的に面接し、必要な
教育的な働きかけをする。その結果として要
保護性が
判断されて、
保護観察なのかそれとも
少年院なのか、こういったことが最終的な審判で決定されるというのが
現行の仕組みです。
ところが、審判では
犯情の軽重を考慮してということで、このところが連続性がないわけですよね。そうすると、十八、十九の
少年については試験観察が行われなくなるのではなかろうかというふうに思うわけです。
更に言うと、下を見ていただくと、十八歳近い十七歳、例えば十七歳十か月、この十七歳十か月の
少年が、十七歳のうちに審判を受けるのであれば従来の形で
処分が決まっていくということになりますけれども、この本
改正案だと、
処分時の
年齢が十八、十九であればということになっておりますので、十七歳例えば十か月、十一か月の
少年に対して試験観察を果たしてするんだろうかという、こういったところにも影響が出てくるというふうに考えます。
最後に、
虞犯を
対象から外したことについて申し上げます。
法務省の矯正統計二〇一九年版、それによると、
虞犯で
少年院に入所したのは、男子で十八歳七人、十九歳七人、女子で十八歳三人、十九歳一人というふうになっております。
それから、法務
委員会の資料の百九十一ページに
虞犯事件の
処分が出ていますけれども、八六・八%ですかね、
保護観察を含めた、
少年院若しくは
保護観察、いわゆる
保護処分ですね、
保護処分に付された
虞犯の
少年は八六・八%と極めて高い割合になっています。これはどういうことかというと、それだけ様々な手だてを加えなくちゃいけない問題を抱えている
少年が多いということです。
虞犯の多くは、家庭的な問題を抱えて、薬物に依存したり、時には暴力団の
被害者になったりする事例も散見されます。
御承知のように、十八歳になりますと児童福祉法の適用が離れます。こうした
少年たちを保護する手だてとして、
現行の
少年法がある
意味最後のセーフネットとして機能していたわけですけれども、これを失うことになるのではなかろうかというふうに
思います。むしろ、これは弊害が大きいというふうに考えます。
最後に、
保護処分は、
教育を柱として、社会的なつまずき、その他の問題を抱えている
少年たちの健全発達を促すものであると同時に、犯した罪に向き合わせていく作業でもあります。決して、その罪を許すとかというものではないということです。
少年法は甘いという言説が流布されがちではありますけれども、決してそうではないということを是非御理解いただきたいなと
思います。
当然、
非行は加害
行為でありますけれども、その一方で、多くの
少年というのは、被虐待経験とかそういった
被害者的な歴史を背負っているということです。
少年院に収容された、虐待を受けた経験がある
少年というのが、例えば男子
少年は二八・三%です。女子
少年は四三・六%と、極めて高いパーセンテージを示しています。
したがって、こういうことを踏まえますと、いわゆる厳罰化だけ、
責任を問うだけのアプローチは効果がないと考えていますし、この効果測定については世界的にも様々な研究がございますけれども、私が知り得る限り、厳罰の効果があるという研究のエビデンスはありません。ですから、
少年の中にある
被害者性も十分取り扱っていくことが必要であるというふうに考えます。
これは、誤解していただきたくないのですが、決して
加害者の面を許容せよと言っているわけではなくて、そうしたことを通じて、それが真の
意味での反省に結びついて、
被害に遭われた方や御
遺族への贖罪につながるというふうに考えるからです。
刑罰が決して
子供たちの
成熟を促進するわけではないということです。こういった点も踏まえて御審議していただければ幸いです。
ありがとうございました。(拍手)