○小宮山
委員 立国社の
小宮山泰子でございます。
まずもって、
令和元年の
台風十五号、十九号、またその後に続きます低
気圧におきまして、多くの、全国的に大きな
被害がもたらされました。
被害に遭われた
皆様にお悔やみとお
見舞いを申し上げます。本日の質疑を通じ、多くの
方々が早く
生活の
再建や、また
地域の復旧につながることを心から願って、
質問をさせていただきたいと思います。
さて、
台風が接近したさなか、私の
地元川越でも、
避難所が多く開設をされました。その様子を見に、私自身も行ってまいりました。近くの、徒歩で行けるところに、
避難所、小学校でしたけれども、行ってまいりました。
私の見た
避難所は、市内ということもあり、面積の関係が、敷地の関係があり、
避難所となる体育館が三階にある小学校でもあります。そのため、
浸水被害の予想された
地域から子供を連れた、多くの親子連れがマイカーによって小学校に
避難をしてきて、駐車場はかなりいっぱいの状態であり、これは市内あちらこちらで見られた様子でもありました。
しかし、気になったのは、高齢の女性の方が廊下でぽつっと座っていらっしゃる姿です。
高齢者の方にとっては、階段を上がる、そして、トイレは
避難所となる体育館の別の階しかない、そういった
意味で、なかなか
避難所というものにこういった
高齢者の方とかは適さないような
状況というのが今日本にはあるんだというのを痛感をいたしました。
また、用意していた毛布が、
被害が拡大していく、また雨量が増すごとに
避難者もふえてまいりますので、足りなくなっておりましたので、これは市役所の方から後から追加などしましたが、それでも足りなくなるというのが現状でもございました。
また、
災害の真っ最中というのは、
災害のさなかにいる方たちというのは、実は、何が全体として起こっているのか、
情報が得づらい。その一方で、もちろん、市役所、
対策本部は、全市の様子をとり、そしてそれに一つ一つ
対応しているということで、大変難しい
状況、そしてそれを更に
地域ごとにおろすということまではできないんだというのも、受付などを担当していた職員の方と話しながら、
意見交換もさせていただきました。
さて、本日お配りさせていただいております資料の方をごらんください。毛布一枚で板の間にいるというのは本当に厳しい
状況だなとは思うんですが、日本の
避難所というのは、最近よく言われますけれども、一番の写真にあるように、昭和五年の地震のときの
避難所も、やはり体育館に毛布なりで座り込むという状態、そして熊本地震の
避難所でも同じようになっております。七十年たっても、そういう
意味ではほとんど変わらないというのが日本の
避難所の姿でもあります。
二〇一六年の熊本地震では、地震後に体調を崩し死亡に至った
災害関連死のうち、四五%に当たる九十五人が、
避難所生活や車中泊を経験をしたとNHKの調べでは出ております。劣悪な
避難所生活が
避難者の健康状態を害する要因になっているとも言えます。
避難所にどのような機能、設備、サービスなどを設けていくかについては、近年引き合いに出されることもふえてきたのがスフィア基準であります。スフィア基準は、
もともと、赤十字やNGO団体が
中心となって、難民キャンプなども想定して
議論され、積み上げられた基準でありまして、最新版は二〇一八年版。先ごろようやく日本語訳が示されておりますが、一つ前のスフィア基準二〇一一年度版からどのように変わったかといえば、方向性などを大きく改めたというよりか、より細かい記述や、一部には具体的数値の入った項目の充実が図られたところであります。
そこで、まず、スフィア基準で示されている方向性、基準の類いと、国内で設置、運営されている
避難所の実情との比較の上、どのように捉えていくのか、また、日本の国内で
災害避難所の運営に対してスフィア基準から参考にしていくなど、
対応の有無並びに今後どのようにしていくのか、お伺いさせていただきたいと思います。