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小川敏夫君 言葉は丁寧だけど、中身的には全く私の要望はむげに断られたというような答弁でありましたけど、でも、理念的には、
法科大学院でしっかりトレーニングしているはずだ、予備試験の合格者は
法科大学院と同等レベルのはずだと、だから変わらないという論理かもしれませんけど、だけど、予備試験の人はそんな実務のトレーニングをやっていないというのは客観的事実ですから。だって、やる場がないんだから。
法科大学院に学んでいる人は、そうしたカリキュラムの中で入るかもしれないけれども、予備試験の人はただ単に試験に受かればいいんだから、そうしたトレーニングなんかしていないわけですよ。
ですから、今の実際の実情の中では、ロースクールに行って受験資格を取る人よりも、若くして予備試験に受かった人の方が優秀だと、何か主流扱いされているような風潮もありますけど、そうした人たちが、実は大事な、つまり
法律知識の
法律屋じゃなくて、幅広い教養や倫理観を備えた
法曹だという、質の良い
法曹を生み出すための必要なトレーニングやそうした教育を受けていないというのは大変いびつな構造になっていると思うんですよね。ですから、そうした対応もしっかりするべきではないか。
どうも、
大臣の御答弁、これからは予備試験を、今度のこの新しい在学中受験
制度ができれば、予備試験受験生も減るんじゃないかという予測のお話がありましたけど、私はもう少しうがった見方していまして、予備試験を、そうした受験生を減らすために、優秀な
人材が予備試験に流れるのではなくてしっかり
法科大学院に結び付けるために、
法科大学院の利益、それから、そうした若い
人材が
裁判所や検察庁に入ってくるようにという、そうした利害から優秀な
人材を
確保しようということ、そして、予備試験ということではなくて、むしろそういう優秀な
人材が予備試験じゃない道に行こうという、予備試験いじめみたいな感じでこういう仕組みをつくったんではないかといううがった見方も私は心の片隅には思っています。
実際、例えば経済的に困難な人という方がいらっしゃれば、それは本来の
制度の趣旨で予備試験を受けるでしょうけれども、そうじゃない優秀な
学生ですと、今現在、大学四年生で予備試験に受かる人もいると。だけど、今度は、大学四年で予備試験が受かる人もいても、大学四年で予備試験受かっても、
司法試験に受かるのは卒業した翌年のことであると。そうすると、今度は、四年生になる前の三年生で
法科大学院に進んでしまうと。一年を経て二年目に入れば
司法試験受けられると。
つまり、大学に入学してから五年目で
司法試験受けられるわけですよ。そうすると、現在の四年生が予備試験受かって、しかし
司法試験受かるのは大学に入って五年目だから、同じなんですよね。優秀な
学生は四年生で予備試験を受けなくたって、今度は三年
コースで
法科大学院に行けば五年目に
司法試験受けられるから、だから予備試験受けなくたっていいよと、早くちゃんと
法科大学院にいらっしゃいと。こういう仕組みで、私は、結局、予備試験退治のためにこういう
制度も考えたのではないかといううがった見方も心の片隅にあります。
ただ、そうはいっても、しかし、そういう
制度もつくっても、大体、予備試験という
制度があれば
学生は両方取りますよ。つまり、三年
コースを進んで
法科大学院行って在学中に
司法試験受けられるという
制度をつくっても、しかし、予備試験が併せて併存して受けられるんだから、予備試験も受けるんじゃないですか。両方受かれば大変いいし、どっちか受かればどっちか受かった方で
司法試験にチャレンジするということになるから、決して予備試験合格者がなくなる、受験生がなくなるとか激減するということには結び付かないとは思うんですが。
ただ、いずれにしろ、予備試験の人間は、合格者は
法科大学院の修了者と同程度の能力、研修を学んでいるはずだといったって、現実にはロースクールで学ぶようなカリキュラムを予備試験で合格する人は受けていないわけですから、そうすると、
司法修習生の前段教育を
法科大学院で既に行っているはずだという論理は予備試験合格者については私は成り立たないと思うと。そうすると、そうした人たちに対する
司法修習の
在り方も考えるべきではないかと。そうすると、私は言いたいのは、
司法修習生というものを年に一律に、年に一回にまとめて採用するということにこだわらずに、もっと柔軟な扱いもできるのではないかなというふうに思うところであります。
あと、今日はもうこの点だけにちょっと議論してきたので、この点に関連して多少お尋ねします。
こういう優秀な
人材を
法曹に
確保するという仕組みはいいんだけれども、しかし一方で、
法曹の理念として、
司法制度改革の理念として、やはり点で選抜するのではないと。
法曹というものは、
法律知識や
法律の勉強だけで足りるものではなくて、幅広い倫理観や幅広い判断力、そうしたものを広く養うと、そうした能力を、力を身に付けた人が
法曹になってもらいたいというのが大きな理念だったと思います。
そうすると、このまず
法学部を三年で終えてしまって
法科大学院に行くという、当然これはそこでしっかり勉強しなくちゃいけないということになると、どうも勉強にばっかり走ってしまって、そして
法科大学院に進んでも、やはり優秀な人間、成績がいい人間しか在学中の受験ができないというと、どうもそっちの受験のための勉強にばっかりに走ってしまって、本来求められていた豊かな人間性を備えた
法曹というところから外れて、また点数ばっかりの
法律屋が出てしまうんではないかという懸念もあるわけでありまして、つまり、こういう成績がいい人については優遇するという仕組みが、逆にそういう優遇を受けようという努力でまた点数取りの勉強に走ってしまうということを私はすごく懸念しているんですけれども。
それで、一つ文科省の方にお尋ねなんですけれども、これは文科省じゃないかな、
法科大学院ですね、失礼しました。じゃ、文科省じゃなくて
法科大学院。受験資格のことですから、済みません。
法科大学院の所定の要件を満たした人に、在学中であっても受験資格を与えるわけですよね。
法科大学院の在学中の人に受験資格を与えるといっても、一律にその最終学年になったら与えるわけじゃないですよね。ですから、じゃ、
法科大学院の在学者に対して受験資格を与えるという場合のその与える要件は何ですか。一律なんですか、その最終学年になったら一律に与えるんですか。そうじゃなくて、成績がしっかりと、少なくともそこら辺のところの要件的な判断基準があると思うんですが、そこのところを教えてください。