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参考人(今津綾子君) 東北大学の今津でございます。大学では、
民事訴訟、
民事執行といった
民事手続法の分野を専攻しております。
本日、このような場で意見を述べる機会を頂戴いたしましたことを心より感謝申し上げます。
さて、今般の
民事執行法等の
改正ですけれども、今、松下先生からもお話ありましたように、幾つかの異なる内容を含むものとなっております。全体的な内容については今御
説明いただいたとおりということですので、私の方からは幾つか限定してお話をしたいと思います。
債務者の
財産状況の
調査に関する点と、それから子の
引渡しの
強制執行に関する規律、こちらは
民事執行法とともに
ハーグ条約実施法の
改正とも関連しておりますけれども、これを特にお話をしたいと思っております。
初めにお断りしておきたいんですけれども、私自身は今回の
改正に関する法制審等の議論には関与しておりませんで、外からその
改正作業を見ていたというだけの立場でございますけれども、そういった立場の一研究者としての意見として今回お話をさせていただければと思っております。
まず、
債務者の
財産状況の
調査に関する規律ですけれども、
制度の内容については今お話をいただいたとおりなんですけれども、一点、従来の実務での対応との関係ということでお話をしたいんですけれども。
従来、
民事執行法の中に
債務者以外の
第三者から
情報を
取得する手段というのが用意されていないということがありましたので、一般には弁護士法の二十三条の二の第二項というところに定めております弁護士会
照会という
制度が活用されてきておりました。この弁護士会
照会といいますのは、弁護士会がそこに所属する弁護士からの申出に基づいて公私の団体に対して必要な事項の報告を求めるというものであります。
金融機関の中には
照会に応じて
情報を出してくれるところも最近では増えつつあるということを聞いておりますし、また、各地の弁護士会において大手の
金融機関との間で独自に協定を締結して
照会に応じてもらえるような体制を整えるような動きも見られているということであります。
他方で、
金融機関の中には、
債務者、つまり
金融機関にとっては顧客ということになりますけれども、顧客の、本人の承諾がないと
照会には応じられないといって拒まれるというケースもまだ見られるという
状況にあると。
これに対して、従来、弁護士会
照会の
実効性を
確保するという方向に向けて、いろいろ学説でも、あるいは
裁判例なんかでも争われてきていたところなんですけれども、最近になりまして最高裁の方で判例が続けて出されまして、弁護士会
照会の拒絶に対して不法行為に基づく
損害賠償をするということは基本的にできないということ、それから、弁護士会
照会に応ずる義務が
照会先にあるということの確認を求める訴えについてもやはり認められないということが明らかにされたということがありますので、これまで使われてきた手段というのがなかなか
実効性という面では不安が残るという
状況にあります。
そんな中で、今回、法
改正の作業の中で、
第三者から
裁判所が介在して
情報取得するという仕組みが採用されるということを伺いまして、非常に画期的なことだと非常に歓迎をするものであります。
現在の実務で使われている弁護士会
照会の
制度自体に意義とか役割があるということ自体否定するものではありませんけれども、
強制執行の準備
段階というものを、実質的にそういった機能を有しているものを今まで
民事執行の
手続の外でやっていたということがありますので、それをきちんと正面から
執行法の中に入れるということについては非常に
意味のある
改正だというふうに感じております。
次に、子の
引渡しの
強制執行に関してですけれども、これも今回の
改正の非常に重要な点かと思っております。
少し遡ってお話をしますと、かつて
子供が親の間で言わば取り合いになるというケースに対しては、人身保護
手続というのが盛んに利用されてきたことがあります。人身保護
手続といいますのは英米法に由来するものですけれども、
日本では昭和二十三年に
法律ができまして、翌二十四年には既に子の
養育をめぐる争いに用いられていたということであります。
人身保護
手続の特徴としまして、これは保護請求が認められた場合の
実効性が非常に高いというところに特徴があります。保護請求の審理の際に、現在の
養育者である親、
手続上の拘束者ということになりますけれども、その拘束者は必ず
子供、被拘束者を
裁判所に出頭させなければならないということになっておりますので、審理の結果請求が認められた場合、つまり現在は子と別居している親に
子供の解放をさせるという判断が出ますと、事実上その
裁判所に出頭している
子供がそのまま請求者である親に引き渡されて一緒に帰ることができるという形の運用をしていたので、非常に好んで用いられていたという経緯があります。
ただ、平成五年になりまして、最高裁が人身保護
手続の利用に歯止めを掛けるような判断を出したこともありまして、現在ではそちらの
手続を取るということは例外的な場合になっているという
状況にあると。
で、家事事件
手続を基本的に利用するということになるんですけれども、家事事件
手続の場合は、子を引き渡せという審判が出ましても、その場で
子供を引き取って帰れるということではありませんで、別途その審判を
実現するための
手続というのが必要になると。
その
手続というのが
民事執行の
手続なんですけれども、先ほどもお話ありましたように、現在の
民事執行法の中には直接それを定めた
手続がないということになっております。かつては、そういった直接の規定がないということもありまして、
強制執行をそもそもできないという
考え方もありましたし、あるいは、できるとしてもせいぜい間接強制というやり方しか認めないというのが実務でも一般的だったというふうに聞いております。
ただ、間接強制ということになりますと、
実効性の面で非常に心もとないということがありますので、次第に直接強制というものを認めてくる動きが出てまいりまして、現在では動産の引渡
執行に言わば借用するような形で、その
手続の枠の中で、現場の
執行官の方を中心にいろいろと工夫を重ねてこられたという
状況にあるというふうに理解をしております。
こういった
状況に対しては、既にもう実務家や研究者の間から直接の根拠規定を置くべきであるという主張は繰り返し述べられてきたところでありまして、今回の
改正でそういった条文が設けられる、そういう見通しが立ったということについては非常に意義のあることだと思っております。
その上で、具体的な
手続に関して幾つか申し上げますと、今回の
改正の中で重要な点として私が
考えておりますところは、
一つには、直接的な
執行方法として、
執行裁判所が関与して、その上で
執行官が現場に臨場するという、そういう仕組みが取られたということ。それから、間接強制なしに直接的な
執行方法を取り得る余地が認められたということ。それから、
執行に際して、
債権者の出頭が必要的なものとなったと。この三点というふうに
考えております。
第一の点、直接的な
執行方法の仕組みが具体化されたということですけれども、
執行裁判所の
決定によって
執行官が現場での行為を行うという仕組みが採用されたと。これは、現在のやり方、つまり動産の
引渡しに準じて処理しているという現在のやり方の下では、
執行の場面では
裁判所というのが出てきませんで、
執行官が
執行機関として
手続を主宰するという形になっております。これは、
強制執行ができるかできないか、あるいはできるとして具体的にどういったことをするかという点について、当然法文上の手掛かりもありませんし、それから
裁判所の命令というものもない中で、現場の
執行官がその判断を全て担っているということで大変な負担であったというふうに思います。
その
意味で、今回、
執行裁判所の関与というのがきちんと定められたという点、それから
執行官にどういった職務ができるかということが明確化された点については、非常に重要なものというふうに理解をしております。この
制度を生かすためには、今後、
執行裁判所と
執行官の連携について、あるいは
執行官の人材育成等の面についても配慮をしていただければと思っております。
それから、先ほど二つ目に挙げた点ですけれども、間接強制の前置という現在
ハーグ条約実施法に規定されている方法を取らなかったという点、これも非常に重要な点かと思っております。
ハーグ条約実施法の規律、これは国際的な子の返還の
強制執行を定めたものですけれども、そこでは、
強制執行の方法として代替
執行と間接強制という二つの方法が用意されておりまして、その二つについて、まず間接強制をしてみると、それがうまくいかなければ代替
執行をするというような形になっております。
民事執行の一般的なルールとしては、複数の方法が選択できる場合、
債権者が自由に選択するというのが通常の
考え方なんですけれども、子の
引渡しということを
考えますと、やはり
債権者だけの判断で方法を選択するというのはまずいのかなと。つまり、子の利益ということを
考えないといけませんから、全くの自由というのは少し問題があると。
他方で、必ず間接強制を前置するというのも、やはり
事案の性質が様々であることを
考えますと、やはり硬直的に過ぎるのかなと。その
意味で、今回
改正法案で提案されております、
原則は間接強制を置くんだけれども、例外的にそれがなくても直接的な手段に出ることができる場合を認めたという規律の定め方というものについては、
手続に柔軟性を持たせるという
意味で、子の利益というものを配慮するために必要な仕組みであろうと思っております。
それから、三つ目に挙げた点ですけれども、これも
ハーグ条約実施法との関係で大きな変更点と言えるものと思いますけれども、
債務者のいわゆる同時存在の
原則というものが取られていない点が重要な点かと思います。
ハーグ条約実施法では、
債務者と
子供が一緒にいる場合しか
執行官が権限行使できないとなっておりましたので、いろんな弊害があるということが
指摘されておりました。元々、その同時存在を要求する
理由として挙げられていましたのが、
債務者が
執行官の説得を受けて自発的に
履行する機会を
確保するとか、あるいは
債務者がいないところで
執行すると
子供が恐怖あるいは混乱を感じると、それを防止するために存在を要求するというような
説明がされておりました。
ただ、後者の点、つまり
子供が混乱するという点については、
債務者が立ち会うという手段でなくてもそれを回避することは可能であろうと。つまり、
債権者を立ち会わせるということによっても可能であろうと
考えられますので、今回の
改正法の定めるように、
債務者の存在ではなくてむしろ
債権者の出頭を必要的なものとしたという点、これも従来の
考え方とは規律が変わっていますけれども、これ自体不合理なものではないというふうに理解をしております。
それから、子の
引渡しの
強制執行については、今回条文が設けられましたけれども、
事案の性質上、画一的な
手続規律にはなじまないという
側面もやはりあるかと思います。その
意味で、今回、百七十六条として、
執行機関において
強制執行が子の心身に有害な影響を及ぼさないように配慮すべきであるという規定を設けていると、この点も非常に重要なところであると
考えております。
実務において、この条文の趣旨をよく酌んで、これに沿うような運用がなされることを期待しておりますとともに、研究者の側としても、引き続き、どういった
手続であれば子の
引渡しあるいは子の福祉というのを
実現するために望ましいのかということについて引き続き
検討してまいりたいと思っております。
最後にもう一点だけ、今回の
改正とは直接関係のないところなんですけれども、子の
引渡しの問題と並んで同じように重要な問題として、面会交流の問題があります。
この点、従来、子の
引渡しというと、あたかも今生の別れのようなイメージを持つ
債務者も少なくなくて、それが
執行の場面での非常に強い抵抗を生んでいたというふうに思っております。ただ、本来ならば、子を相手方の親に引き渡したとしても、その後、
子供とその関係が絶たれるわけではなくて、面会交流を通じて成長を見守るということはできるわけですので、その面会交流の確実な
実施ということが保証されれば、翻ってその
引渡しの円滑化ということにも資すると思いますので、そちらの面に関しましても引き続き御
検討いただければ幸いに存じます。
私からの意見は以上になります。御清聴ありがとうございました。