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参考人(安藤光義君) 東京大学の安藤と申します。
このような意見陳述の場を与えていただきまして、大変感謝しております。
農地中間管理機構についての私の評価を以下述べさせていただきたいと思っております。
農地中間管理機構が創設されて五年目を迎えましたが、その成果は決して芳しいものとは言えないと思っております。そうした結果になることは当初から予想されていました。歴史的に振り返ってみると、担い手への
農地集積はこれまで市町村や農協が担ってきたのですけれども、それを都道府県レベルで動かそうということ
自体にそもそも無理があったということでございます。
初年度に政府が期待した県の実績は最下位に近い成績に終わったと、そういう結果がその証左でありますし、それを踏まえた検討会でも、市町村の
重要性が声高に叫ばれていたにもかかわらず、制度の根本的な問題は見直されないまま現在に至ってしまいました。
農地集積の鍵を握っているのは地元の取組なのですけれども、それを
前提に制度は組み立てられませんでしたし、これまで見直しがされることもなかったということでございます。
最初に、
農地中間管理機構の仕組みと狙いを確認しておきたいと思います。
農地中間管理事業のポイントは、機構が
農地を借り受けるプロセスと
農地を貸し付けるプロセスを切り離した点にあります。これは機構のレーゾンデートルであります。一般的な
農地の貸し借りは、貸し手と借り手の間でまとまった話が利用集積計画にのせられる、そういうものでございますけれども、この方式によって、誰に
農地を貸すかは機構に白紙委任されることになりました。
機構は、
農地の借り手を公募し、適切と判断した相手に
農地を貸し付けることになります。その際、これまで別々の借り手に貸していた
農地を入れ替えて面的に集約することができるようになるわけです。また、機構集積協力金によって
農地の貸し手が増えれば、担い手への
農地集積を面的にまとまった形で
推進できることになります。さらに、
農地の貸付先の決定が機構に一任されたことで、企業の
農業参入の促進という効果も期待されたと、こういうことでございます。
しかし、農村の現場では、誰に
農地を貸すかは相手との信頼関係が決定的に重要であり、機構への
農地の貸付けも、借り手が事前に内定している場合が多く、当初の想定どおりにはならなかったというのが実際のところでした。
そうした中、幾つかの県は実績を上げてきました。共通しているのは、集落営農の
推進に熱心に取り組んできた点でございます。富山県は初年度トップの実績でした。ここは、非常に集落営農が盛んな県でございます。集落営農の設立は地元での話合いが不可欠で、そこに中間管理
事業が導入されて、集落営農の法人化と同時に機構に
農地が貸し付けられたということでございます。また、
土地改良
事業の実施地区では話合いの場が設けられているので、ここに積極的な働きかけを行って成果を上げたところもあります。秋田県などがこれに当たるわけです。
最近、機構の実績が伸び悩んでいるのは、こうした成果を出しやすい地区が少なくなってきているためではないでしょうか。残されたのは
農地を動かすのが難しいところばかりだとすると、制度を見直しても、実績を上げるのは残念ながら容易なことではないと考えるわけです。
機構が抱える根本的な矛盾について
お話をしたいと思います。
最初に
お話をしましたように、機構は現地での実動部隊を持ちませんので、市町村や農協と業務委託契約を結んで
対応してきました。制度の設計当初からの問題が顕在化しないように手を尽くしてきたというのが幾つかの県の機構を回った私の印象です。中央が設計した制度の不備を農村の現場が必死に補ってきましたが、しかしながら、それにも限界があるというのが率直なところではないでしょうか。
市町村は農政担当職員が不足しております。これまで
農地集積に取り組んできたところは別ですけれども、そうした蓄積のない市町村に動いてもらうのは大変なことです。市町村合併以降、地方自治体は弱体化しており、そこに大きな負担を押し付けるのは無理があるということです。今後、重要な役割を担うことが想定されている
農業委員会の
事務局体制についても同様のことが当てはまります。制度から外されていた農協も、
農地利用集積円滑化
事業に熱心だったところは引き続き頑張っていますし、
農地を守るという組合員のための仕事でもあるので業務の委託先にもなっているわけです。しかし、円滑化
事業を廃止してしまえば、今後、農協からの協力も得られなくなってしまうかもしれません。すなわち、現在の業務委託体制がうまく機能しなくなる可能性が高いということです。
それを避けるためにも市町村や農協が主体的に動ける制度にしていく必要があるのですが、そうなると、もし本当に市町村、農協、現場に権限を移譲してしまえば、都道府県レベルの機構は不要で、そうしたものを市町村に設置すればよいということになってしまいます。現在の機構は廃止という結論になってしまうわけです。最初からボタンを掛け間違えており、その問題は早くから
認識されていたのに問題がここまで放置されてきたというのが
参考人の機構に対する評価でございます。
もちろん、機構の実動部隊を市町村に設置する制度も整備されてきました。
農業委員会制度の改革です。これによって、
農業委員会は機構と連携して
農地利用最適化の
推進のために働くことが義務となり、
農地利用最適化
推進委員が設置されることになりました。しかし、
農業委員会が市町村や農協、機構が現地に置く専門員らとの連携関係を構築することは容易なことではないようです。また、
農地行政の進め方は地域によって異なるため、ひな形を示すことも難しいというのが実際のところです。このように期待薄ではありますが、政府にとっては、機構の実績不振の責任の転嫁先となってくれるという点でメリットがあるのかもしれません。かなり意地の悪い見方ですけれども、御容赦ください。
この後直面することが予想されるであろう機構の制度的な問題点でございます。
二〇一五年
センサスは、
日本農業が縮小再編過程にあることを明らかにしました。それは、一方では、担い手への
農地集積が急速に進む可能性が生じていることを意味しています。利用最適化
推進委員が縦横無尽の活躍をする市町村が増えるかもしれないと、こういうことでございます。
そこで、今後、機構の実績が順調に伸びた場合に生じるであろう制度的な問題点ですけれども、
一つ目です。これは、借り手からの地代の減額請求への
対応と地代の未収の問題です。貸し手が
農地を貸しているのは機構であり、借り手が
農地を借りているのは機構からであり、地代は両者別個に機構との間で決まっています。そのため、借り手から地代の減額請求があった場合、貸し手と地代引下げ交渉を行うのは機構となります。また、借り手から地代を徴収し、貸し手に地代を支払うのも機構の役割です。機構への
農地集積が進めば進むほどそうした責任を負う
農地は増えることになりますが、現在の機構の人員体制で
対応できるのでしょうか。今後、どこかで米価が下落したときに、地代の未収問題が頻発し、地代減額のための貸し手との交渉に追われることになると思いますが、そうした業務に機構は耐えることができるのでしょうか。
もう
一つが、貸し手への地代の円滑な支払です。貸し手が死亡すると相続が発生し、地代の振り込み口座を改めなくてはなりません。この仕事は原則として機構が行うべきものです。機構が取り扱う
農地が期待どおり増えた場合そうしたケースが増えると考えられますが、
対応できるのでしょうか。地代が現物支払のときもどのように
対応しているのでしょうか。原則的に地代は機構が支払うべきものだからです。使用貸借の場合は地代の支払はありませんが、その結果、契約終了時になって、貸し手が死亡していたり行方不明になっていたり、相続人の確定ができないといった問題が判明して貸し手の確定に手間取り、借り手への契約更新ができないといった問題が生じる可能性もあるように思います。
これらは、いずれも機構が
農地を借り受けるプロセスと
農地を貸し付けるプロセスを切り離したというこの
事業のポイントに起因する問題であり、解決は難しいように考えております。
制度改正に関しての論点は、次の四つであります。
一つ目は、協議の場の実質化とはどういう範囲であるかという問題でございます。
地域における
農業者等による協議の場の実質化を図ることは重要なポイントです。この点に着目したのは高く評価することができます。ただし、これを
政策として進める場合、一定程度共通の
理解となるような場をあらかじめ示しておかないと
事業は進捗しない可能性があります。以前であれば集落を単位とすればよかったのですが、担い手の経営規模が拡大し複数集落で
農地を集積しているような
状況を考えますと、その場をどのように設定するかは大変難しい問題だと思います。
大規模な担い手が複数展開しているような地域では、地区を設定するよりも、担い手を組織化し、彼らの間で経営地を交換して
農地の面的な
集約化のための合意を形成し、その結果を地権者に話して了解を取り付けていった方が、もしかすると
事業は進みやすいのかもしれません。
二つ目ですが、機構への利用
状況報告義務の廃止の限界です。
機構を通じた場合、解除条件付の賃貸借契約となるため、これは企業への
農地貸付けを
前提とした制度としてスタートしたためそうならざるを得ないということですが、機構への利用
状況報告義務は廃止されたものの、
農業委員会への利用
状況報告義務は引き続き残ることになるわけです。もし
中間管理機構を使わないこれまでの仕組みの賃貸借であれば、
農業委員会への利用
状況報告義務も不要となるわけです。
三つ目が、機構集積協力金についてでございます。
農地の
集約化を地域ぐるみで進める
観点から、集積、集約タイプに重点を置く方向のように見えますが、それにフィットするような集落営農は既にこれまでの機構の
事業に動員されてしまったということです。言わば立ち毛は刈り尽くされた状態にあって、もう一度種をまくところから始めなければならず、思うほどの成果は出ないのではないでしょうか。そうした事態は分かっていながらも、機構のメリットは
農地集約、面的集積の実現にあり、これを全面に出さないと制度の存続は難しい
状況にあったのではないか、そうした交渉が財務省との間にあったのではないかと
参考人は推測しております。
しかしながら、繰り返しとなりますが、
事業に動員できる集落営農はほとんど残っていないので、実績が伸びるかどうか大変心もとないというのが率直なところです。例えば、大分県の機構の実績を見ますと、集落営農の利用実績は近年
減少傾向にある一方、個人経営の利用実績は大きく増えています。地域集積協力金の出番はなくなってきているというのが分析のようでございます。
また、今後、後継者を
確保できない
大規模経営の離農が多発することが予想されます。そうした
大規模経営の間での
農地の貸し借りが今後増えていくのではないでしょうか。これまでのような集落単位での
農地集積という
時代は終わろうとしているのかもしれません。
また、中山間地域では要件を緩和されるようですけれども、担い手がいなければこの緩和も意味を持ち得ません。中山間地域での担い手育成、
農地の受皿づくりは具体的にどうすればよいのか、これについては私も回答を持ち合わせてはいないのですが、機構の
事業とは別に考えなくてはならないと思っております。
また、機構が言うところの担い手と人・
農地プランの中心経営体、この両者が必ずしも一致していないケースが見られるようでございます。中山間地域では、これが一致していないがために、中心経営体はいるんだけれども機構が対象とするところの担い手がいないので
事業が使えない、こういうふうな
指摘が、愛知県中央会の方から私いただいておりますので、ここで述べさせていただきたいと思います。
最後になりますが、地代の統一に立ちはだかる壁ということであります。
農地の交換を行って面的集積を実現するためには、地域内での地代の統一が不可欠です。数千円程度の違いであれば何とか調整はできると思いますが、問題は地代無料の貸し借りが増えていることです。これは
農地の需給バランスを考えればやむを得ないことかもしれません。通常は低い方の地代に統一していくのですが、さすがに無料に統一することはできませんし、かといって有料にすると、無料で借りている担い手の了解を得ることは難しいわけでございます。
都市近郊、中山間地域では、こうした
農地が増える
傾向にあります。この地代の無償化
自体は担い手の負担を減らす方向に働くので望ましいと言えるのですが、
農地の交換にとってはマイナスに作用する可能性があります。
また、地代が無料ということは、言わば地主が身銭を切って
農地を維持してくれているということを意味します。しかし、世代が交代すればこうはいかなくなり、結局どこかで眠っていた問題が噴出することにならざるを得ません。
日本農業自体がそうなっております。ある意味で私たちの親の世代を頼りにすることはできなくなってきているということです。村や農協に、ある意味で現場にただ乗りしてきた
政策も限界に来ているということなのではないかと思います。
以上で私の意見陳述を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。