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参考人(
土田和博君) おはようございます。
早稲田大学で
経済法、
独占禁止法を担当しております
土田と申します。
本日は、
独占禁止法改正案につきまして
意見を述べる
機会をいただきまして、誠にありがとうございます。お礼申し上げます。時間が限られておりますので、早速ですけれ
ども、管見を述べさせていただきたいと思います。
今回の
独占禁止法改正案は、
課徴金制度導入から四十年以上、不当な
取引制限に対する
課徴金の
算定率を
引き上げ課徴金減免制度を
導入した二〇〇五年の
改正から数えますと十四年が経過して、現れてきました様々な問題に対処しようという重要な
改正であると考えております。
結論を先に申しますと、このような
改正案は、多少積み残しとなる
課題もありますけれ
ども、現れてきた種々の問題に
対応して独禁法の
違反抑止力を
強化しようとするものでありまして、基本的に
賛成いたします。
以下三点、その理由を述べたいと思います。
まず第一に、二〇一七年四月に公表されました
独占禁止法研究会報告書は、
課徴金制度や
課徴金減免制度をめぐる問題を洗い出しまして
対応を必要とするものを指摘したわけですけれ
ども、そのうちかなりの項目が今回の
改正案に盛り込まれているということであります。
改正案は、不当な
経済的利得さえ徴収できていない場合に
対応するため、
課徴金の
算定期間を十年に延長するとともに、
業種別算定率を廃止したり、
談合金ですとか下請として仕事をする形で不当に得た
協力金を
算定の
基礎に含めたりしております。
また、
改正案は、
調査協力度合いに応じて
課徴金を減額する一方、他の
事業者に対して
資料を隠蔽させるなどした場合に
課徴金を増額することとして、
調査協力への
インセンティブを高め、あ
るいは
調査妨害を行わないよう動機付けることとしております。
さらに、
企業グループ単位での
事業活動が増えているということから、
グループ単位で
違反の
繰り返しを認定したり、不当な
取引制限の
禁止に
違反した
親会社に売上げがない場合でも、
完全子会社が
親会社からの指示を受けて販売していた場合等に
親会社に
課徴金を賦課できるようにしたりしています。
これらはいずれも、二〇一七年の
報告書が求めていた
事項に
改正案が
対応しているものでございます。
他方、
国際市場分割協定に対する
課徴金、
外国の
競争当局が制裁金等の
算定の
基礎とした
売上額は控除する旨の規定の
導入、あ
るいは、入札
談合は具体的な
競争制限効果が発生することを要件としないで
課徴金を課せることとするといったようなことは、
報告書が求めていたものでありますけれ
ども、今回の
改正案には盛り込まれていないわけでございます。
このように、二〇一七年の
報告書が指摘していた項目で
改正案に取り入れられたものとそうでないものとがあるわけですけれ
ども、
報告書が指摘しました相当多数の項目が
改正案に取り入れられており、また、積み残しとなった
事項の中には
改正の必要性ですとか緊急性が他の
事項に比べますと必ずしも大きいとは言えないものも含まれていましたので、そういったことを考えますと、全体としては、重要な
事項はおおむね
改正案に盛り込まれているものと言うことができると思います。
これが
改正案に基本的に
賛成する第一の理由でございます。
第二に、
改正案は、密室の犯罪と言われる
カルテルを
早期に発見し、その立証を容易にして、
違反が認められた場合には厳正に対処しようという方向、すなわち、独禁法の
違反抑止力を
強化する方向で一段ギアを引き上げるというものだと思います。
違反抑止のためには不当な
経済的利得を上回る
課徴金を課すことが理論的には必要になりますけれ
ども、先ほど申しましたように、これまで不当な
経済的利得さえ徴収できていない場合があったわけであります。その典型例は、五年、十年と続いた
カルテルであっても三年分の
売上額をベースにしてしか
課徴金を課せないというものでありますけれ
ども、
改正案は
課徴金の
算定期間を十年に延長いたしまして、その間の
売上額に基づいて
算定することによりまして
違反抑止に必要な
課徴金を課すことができるようにしております。
また、
現行の小売業の
算定率三%、卸売業の
算定率二%というのは、通常の
事業活動によって得られる売上高営業
利益率を基に定められたものですので、通常の
事業活動ではない
カルテルという違法
行為の
利益率とは無関係であります。したがいまして、これを廃止するということにも合理性があると考えます。
さらに、
カルテルの一種であります入札
談合の場合、
現行法では、
談合によって受注
予定者に決まった
事業者が発注者と契約をして売上げが生じたときに、
課徴金はその
事業者に課されるだけでございますけれ
ども、
改正案は、入札
談合に参加しまして受注
予定者が受注できるように
協力をした
事業者が
談合金を受け取っていたり、落札者の下請として仕事をすることで不当に
協力金を得たりした場合には、
課徴金の
算定対象とすることとしております。それによりまして、
課徴金が賦課される
事業者の
範囲を拡大しているということでございます。これらは、いずれも
違反抑止力を改善し
強化する方向の
改正でございます。
もっとも、
課徴金を課すためには、当然のことですけれ
ども、
違反行為が発見されなければなりません。この点、今回の
改正案は、
調査協力度合いに応じた
課徴金の減算を可能とすることによりまして、
違反行為の発見、立証をより容易にしようとしています。
現在は、公取委への
申請順位だけでほぼ自動的に
課徴金の
減算率が一〇〇%、五〇%、三〇%と決まるわけでありますけれ
ども、これは私の理解では、
日本の風土には必ずしもなじまないのではないかというふうに言われていた
課徴金減免制度を定着させるために、あえて自動的、機械的に
申請の順位だけで免除や減額を
決定してきたものでございます。
しかし、リニエンシー
制度の
導入から十四年が
たち、この
制度が相当によく利用され、ほぼ定着をしたと考えられます現在、
提出する
証拠の価値にかかわらず、基本的に公取委への申告の早さだけで
課徴金の
減算率が決まってしまうということになってしまっております。あ
るいは、一定の順位を
確保すればあとは
調査に
協力しないという
事業者も現れるようになってきたため、
調査協力の度合いによる減算ができることといたしまして、公取委の
実態解明への
協力を促そうとしているものであります。
繰り返しますけれ
ども、これらは
カルテルの発見、立証を容易にし、
違反行為が存在する場合にはより広い
範囲でより重い
課徴金を賦課しようという重要な
改正案であると考えております。
第三に、
弁護士・依頼者間
通信秘密保護
制度の
取扱いについてでございます。
これは、
弁護士・
依頼者間秘匿特権、あ
るいは長いので単に
秘匿特権とも申しますけれ
ども、この言葉はややミスリーディングであります。実は、
弁護士ではなく依頼者の
利益を保護する
制度的保障であります。
これにつきましては、二年前の
報告書では、
秘匿特権は、
課徴金減免制度の利用を促す
観点から、公取委の運用で、新たな
課徴金減免制度の利用に関する依頼者と
弁護士のコミュニケーションに限定して配慮することが適当であるとされていたわけでございます。
これに対しまして、今回の
改正案が
成立した場合には、公取委の運用ではなく、公取委を拘束する規則に明記することとし、またリニエンシー
制度を利用するという
観点だけではなくて、適正手続を
確保するという
観点も加えることによりまして、
課徴金の
減免を
申請しない
事業者についても
通信の
秘密を保障することとしたわけで、
報告書よりは手厚い手続保障になっていると思います。
しかし、
秘匿特権は規則ではなくて
法律に書くべきだという御
議論もあるかと思います。
この点につきましては、仮に
法律に規定するとしましたならば、いろんなことを書き込む必要が出てくるように思います。例えば、そもそも依頼者とは正確には誰のことか、
対象物件の
範囲はどのようなものか、
弁護士には社内
弁護士を含むのか等々、細かな点を詰める必要があると思います。
また、仮に
法律に規定を設けるとしますと、単に依頼者が
弁護士との交信の一部を国などに対して秘匿できるということだけではなくて、どのような場合に依頼者が
秘匿特権を放棄したと認められるか、あ
るいはいかなる場合に
秘匿特権が認められない例外に当たるかということも書き込まざるを得ないかと思います。そのことを強調しておきたいと思います。
この
秘匿特権と言われるものは、主に英米等の判例法国で、判例の積み重ねでルールが形成されてきたものであります。したがいまして、国によりましてその
内容は完全に同じではありませんけれ
ども、今も申しましたように、
秘匿特権の放棄ですとか
秘匿特権が認められない例外も
秘匿特権に関するルールを構成しているわけでございます。
多少具体的に申しますと、
秘匿特権をどのような場合に放棄したと考えられるかにつきましては、依頼者が
対象物件を開示することに同意した場合だけではなく、依頼者が故意又は自発的に
対象物件を開示するなど秘匿と矛盾した
行動を取った場合には
秘匿特権を放棄したものとされるのが一般的でございます。
また、
秘匿特権の例外ないし限界につきましては、犯罪・詐欺例外、お手元に
資料が行っているかと思いますけれ
ども、クライム・フロード・イグゼンプションというふうに書いてしまいましたけれ
ども、これは、クライム・フロード・イクセプション、イグゼンプションではなくてイクセプションの間違いでございます。失礼しました。犯罪・詐欺例外というものがございます。
これは、過去に行われた被疑
行為に関する交信は
秘匿特権の
対象になりますけれ
ども、現在行われている
違反行為あ
るいは将来行われる
可能性のある
違反に対する
通信は
秘匿特権の
対象にならないというものでございます。要するに、現在
違反行為が行われているならば
弁護士さんはそれをやめさせなければならないわけで、それにもかかわらず
違反行為を継続させるというような助言をした場合には、それは
秘匿特権の
対象とならないわけでございます。
以上言いました点、今申しました点は、言い換えますと、
事業者の手続保障と
公正取引委員会の
実態解明機能の
確保は互いにバランスの取れたものでなければならないと言えるわけで、そのような
観点からいたしますと、具体的に何をどのように規定すべきか、
改正に至るまでのプロセスにおいては表立っては
議論されることはほとんどなかったと承知しております。
そのようなわけですので、
法律に書くということにするためには
議論が残念ながら不十分なのではないか、そのように考えております。したがいまして、今回提案されておりますように、
公正取引委員会の規則に必要最小限の規定を設けるというやり方には一定の合理性があると思います。
まとめますと、第一に、この
改正の出発点ともいうべき二〇一七年の
報告書が求めていた
事項の相当多くのものが
改正案に反映されているということ、第二に、独禁法の
違反抑止力を一層
強化する方向の
改正案であるということ、第三に、現状では提案される
秘匿特権の
取扱いに合理性が認められるということから、私は、この
改正案に
賛成するものでございます。
以上でございます。