○下村
委員 自民党の下村博文です。発言の機会をいただきまして、ありがとうございます。
まず、
柴山大臣、この
大臣の所信で、冒頭、児童虐待の問題を最初に掲げられて、そして今国会でも新たに
法律を用意をしているということでありますが、しっかりと、児童虐待の防止について、
社会そして親御さんの意識が更に大きく理解され、また、よく変わるように、先頭に立って、今までも
大臣として大変フットワークが高く活躍されていますが、更に期待申し上げたいと思います。
このことについては後で
義家さんが取り上げられるというふうに思いますが、ぜひお願い申し上げたいと思います。
私は、民主党政権は、
教育問題については成果がいろいろ、高く評価できるものがあると思います。高校
教育の授業料の
無償化の問題とか、先ほど
吉良さんが取り上げられておりましたが、二〇一二年に国際人権規約の十三条二項(b)、(c)の保留撤回を行ったということは、これは確かな見識だというふうに思いますし、本当に評価申し上げたいと思います。
その後、民主党政権で、特に
教育について力を入れていました。そして、その後の安倍政権でも、やはり
教育というのは我が国における重要な
政策課題であるということで、かなり力を入れてきたつもりでございますし、今国会でも、幼児
教育の
無償化や、真に必要な家庭における高等
教育の給付型の奨学金等を含めた軽減
措置を図っているわけでございます。
ただ、それ以上に、きょうの午前中からの
議論でも、それぞれの
大臣始め
質問の方々が言われたように、世の中はもっと激変しているということの中、確かに国連規約については撤回はしたけれども、着実に
無償化に向かって進めているというのは、
政府の答弁はそうかもしれないけれども、でも、世の中の流れはもっと大きく変化をしていて、ついていけなくなっている部分が逆に出ているのでないか、それを撤回して努力するからいいということでは済まない部分があるのではないかということの中で、自民党としては、思い切って、これはもう
法律だけではできないだろうと。
他党においても、いや、それは
法律によって対処できるというふうな意見を持っておられる方もいるというふうには承知しておりますが、我々は、
法律の
基本である憲法の中で、あるべき形、この国の方向性ということを明記することが、
教育立国としてよりふさわしいのではないかというふうに考えております。
お手元に資料を配付させていただきましたが、現行憲法二十六条に「すべて国民は、
法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく
教育を受ける権利を有する。」、二項として「すべて国民は、
法律の定めるところにより、その保護する子女に普通
教育を受けさせる義務を負ふ。義務
教育は、これを無償とする。」というのがあります。
これは一九四六年のときにつくったものであるし、このときは、敗戦の、ある意味では瓦れきの国土から復旧復興するという意味で、まず
教育についての権利、そして義務
教育を受けさせる義務がある、また、無償とするということが、当時はこれが必要であったと思いますが、今の
時代、七十三年もたって、これはもう当たり前のこととして、それ以上に、
教育におけるいろいろな
課題があるのではないかというふうに思います。
その中で、きょう資料を用意させていただいて、実際、この七十三年間といいますか、このわずか二、三十年間でもいいんですが、特に
教育における変化が、どれぐらい変わってきているかということについて、まず冒頭、
指摘申し上げたいと思います。
一枚目の資料の、高等
教育をめぐる
状況の変化ですが、昭和三十年代は高等
教育の進学率は一〇%だった、今は八〇%を超えているわけでありまして、国民的
教育機関に高等
教育はもう既になっている。
それから、これは昭和五十年からの高卒の就職者数の割合ですが、昭和五十年のころはまだ半分ぐらいの高校卒業生が就職していたわけですが、今はもう二〇%を切っている
状況がある。
そして、きょうもいろいろな方が触れられておりましたが、今後十年ぐらいたったとき、人工知能やロボット等によって今働いてる人の仕事が代替されてしまうだろう、
日本では四九%、あと十年たったときに半分仕事がなくなる
時代になるかもしれないということであります。
そして、二ページ目でありますが、これだけ高等
教育における進学率が高くなっているのにもかかわらず、授業料も相当高額になってきており、家計負担となって、逆に今、少子化の最大の
ネックとなっているということであります。左上のところが授業料の国際比較ですが、諸外国に比べても
日本は高い。
また、国立
大学、私立
大学の授業料の推移とあります。
このデータは
平成元年と
平成二十六年ですが、
平成五十年から現在までで一般消費者物価が一・八倍にふえているので、授業料がどれぐらいふえたのかということを、ちょっとこのデータにはないんですが、調べましたら、昭和五十年のときの国立
大学の授業料が三万六千円でした。ですから、今、授業料が十五倍にふえている。それから私立
大学は、昭和五十年のときの授業料が約十八・三万円です。これも四・七倍にふえている。つまり、消費者物価よりも授業料の方がはるかにふえているということです。
その結果、右上にあるように、
子供一人世帯の平均貯蓄率ですが、
子供が
大学に進学する際に家計の貯蓄を切り崩さなければ
大学に行かせることができないということであるし、その結果、理想の
子供数を持たない理由として、子育てや
教育にお金がかかり過ぎる、六〇・四%、また、子育てにかかる経済的負担が
要因として、
学校の
教育費が高い、五五・六%とあり、さらに、右下にありますが、
子供二人を
大学まで卒業させるために必要な
教育費、小中高は公立、幼稚園と
大学は私立と一般的なパターンにした場合、二千七百万円もかかるということですから、今現在、普通の家庭の
子供を私立の
大学に行かせるということは大変な経済的な負担で、ほぼもう限界に来ているということだと思います。
そして、次のページを見ていただきたいと思いますが、今現在、家庭の経済
状況が
教育格差、経済格差につながっていて、両親の年収が
子供の進学先にも影響している、両親の年収が高いというのが
子供の高校卒業後の進学率にも大きく影響しているということと、それから、最終学歴が高い方が失業や貧困のリスクが低い。また、これは厚労省の方の
調査ですが、大卒と高卒の労働者とでは生涯賃金が約七千万も開きがある。
こういうことを考えれば、できるだけ親は
子供に対して進学をさせたいと思うのは、どこの家庭の親であっても当然のことだと思いますが、しかし、近年、予想以上に経済的な格差問題が深刻になっているということでございます。
そして、民主党政権から自民党政権、安倍政権も力を入れているとはいっても、本当に漸進的な
無償化に向かって進んでいるのかということを考えたとき、実はそうでない部分もあるんですね。これは自民党政権の反省でもあると思います。
どこの政権というよりは、ずっと最近の
日本における経済
状況の中で、ちょっと確認したいんですが、まず
一つは、二〇〇五
年度から準要保護の就学
支援に関する国庫補助が一般財源化されたわけですね。このことによって、それぞれ
自治体が判断することになった。結果的に、これによって私は後退している
自治体も相当あるんじゃないかと思いますが、ちょっと事実関係について
説明していただきたいと思います。