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参考人(
河上正二君) 青山学院
大学の
河上と申します。
こうした
機会を与えていただいたことについてはお礼を申し上げたいと思います。
実は、私自身は、
内閣府の
消費者委員会で
成年年齢引下げに対する対応のワーキング・グループというのをつくって、そこで
報告書を取りまとめたり、その後の答申の発出に関与していたということもありまして、この問題に対しては非常に強い関心を抱いておりました。反対論、賛成論かと言われると、慎重論ですというところになろうかと思います。
あらかじめ
意見書をお配りさせていただきましたので、少し省略しながらお話をさせていただきたいと思います。
最初の方は今回の
法案が出るまでの経緯等について書いた部分ですが、これは既に御承知のとおりと思われますので省略いたしますけれども、一言だけ申し上げるとすれば、今回の改正への直接の契機が
選挙権年齢の十八歳への
引下げにあったということは私も承知しているところですけれども、先ほどももう既に指摘がありましたけれども、私法上の
成年とそれから公法上の
成年というのは、必ずしも一致させる必然性はないということであります。個々の
法律ごとに、その
立法目的、
立法趣旨に照らして
成年の
年齢設定を異にすることが合理的であることは少なくないわけであります。
民法の第四条の
成年という、二十歳以上という数字、これは明治三十一年の
民法施行以来のものでございますけれども、御承知かと思いますけれども、太政官布告の中で、強壮のときにあたる
年齢、あたるというのは丁という字を書きますけれども、この丁の年と書いてあったこの言葉を
成年というふうに置き換えたんだというふうに言われています。
日本では、
社会的に
一人前であるというふうに考えられる労働能力とかあるいは戦闘能力ですね、これは伝統的にはもう少し若くて、おおむね十三歳から十五歳前後でいわゆる元服式とか
成年式を迎えていたとされていたわけですけれども、
成年年齢を二十歳と定めたこの太政官布告というのは、諸
外国の例を
参考に、諸
外国では当時二十四歳から二十一歳ぐらいだったわけですが、その例を
参考にして、
日本でももう少し成熟した
判断力を求めたというふうに考えられるところでございます。
先ほど
鎌田先生からもお話ありましたけれども、諸
外国ではもう十八歳が圧倒的に多くなっているということでしたけれども、諸
外国で一九七〇年頃から二〇〇〇年ぐらいにかけて
成年年齢の
引下げが行われて、かなり多くの国で十八歳にされたということでございます。実は、この十八歳になったということの前提には、必ずしもそれだけではないのですけれども、徴兵制が絡んでいたということであります。つまり、戦闘能力があるということで、もう既に徴兵に掛かっている十八歳の子たちが、自分たちはこういうことがあるのになぜこの
成年年齢が二十一歳であったり二十四歳であったりするんだというような
意見があって、それにも応えたと。まあ一筋縄ではいきません、いろんな要素があったわけですが、そういう声に応えたものだということであります。
ただ、現在では、
若者の身体あるいは
精神年齢の成熟度、あるいは本人の意思の尊重と
社会的責任への
自覚を促すという声に応えたものだというふうに言われていることが多くて、昔はどちらかというと家の財産である家産を守るために親が財産管理をするというところに重点があったところが、今は
親権者による財産管理よりも本人の意思決定を尊重するというところに裏打ちされて
年齢が下がってきているというのが
現状かと思います。
既にお話ありましたけれども、
法制審議会が十分
議論をした上で
平成二十一年に取りまとめた答申では、十八歳に引き下げるのが適当であるということと、ただし書がございまして、現時点で
引下げを行うと、
消費者被害の
拡大など様々な問題が生じるおそれがあるため、
引下げの
法整備を行うには、
若者の
自立を促すような
施策や
消費者被害の
拡大のおそれ等の
解決に資する
施策が実現されることが必要であるというふうに書いておりまして、その時期に関しては
国会の
判断に委ねるということにしてあったわけであります。
その基になった最終
報告書では、
消費者保護の具体的
施策として、例示ではありますけれども、
若年者の
特性に応じて
事業者に重い説明義務を課すこと、
若年者の
社会経験の乏しさによる
判断力不足に乗じた
契約の
取消し権を付与することなどを例として挙げていたとおりでございます。後に述べますように、この点は非常に重要な指摘であると考えています。
人の能力の成熟度を
制度に反映させようとする試みは、これはもう古くローマの時代から存在いたします。ローマの時代、三十一歳でございました。いずれにしても、人間が
社会的に見て
一人前になったかどうかについて、古くは、どちらかといえば生殖能力、戦闘能力というものが問われたわけでありますが、現在では、身体的能力よりも
精神的能力、つまり自分の独立した意思を形成する能力を重心に移して私法上の能力が問題とされているわけであります。
民法は、基本的に、能力をその人の一定の法的資格というふうに考えて、そのうちの
精神的能力、
判断能力に着目した
制度をいろいろと用意しております。人は生まれながらにして権利義務の帰属点となり得る能力、すなわち権利能力が備わるわけですが、行為の法的効力を考える場合には、その背後にある意思活動に対する評価が加わりまして、成熟した意思能力あるいは事理弁識能力が必須であると。さらに、完全で単独で有効な
法律上の行為をなすには、成熟した財産管理能力、
判断能力としての
行為能力が必要であるというふうにされて、これが
民法の成人という概念と結び付けられているわけでございます。
この
行為能力が制限されている
未成年者の行為に対しては、原則として
取消し権が付与されておりまして、これが
未成年者取消し権と呼ばれるものでございます。他方、
未成年者であっても、法定代理人の個別の同意があったり、あるいは包括的な同意を受けますと、
行為能力者と同様に認められる場合があります。つまり、
未成年者取消し権制度には、法定代理人の包括的同意によって、その時々の本人の成長段階に応じた能力制限の緩和措置があらかじめ組み込まれているというものでございます。婚姻による
成年擬制で
親権から解放されることとか、あるいは営業許可によって
成年擬制が行われるといったようなこともこの観点から説明されることが可能であります。その
意味では、現行の
未成年者取消し権制度というのはかなりよくできた
制度であるというふうに思われます。
未成年者取消し権が果たす機能というものには幾つかの側面がございます。第一は、その
経験未熟な子供あるいは
若者の財産を守るということでありまして、自らの軽率な
判断の誤りを是正して致命的
被害に陥ることを回避する、そういう
機会を付与する財産保全機能というのがございます。第二は、
親権者等の法定代理人による財産管理機能と、これによって
未成年者の不適切な
判断を是正する
教育的機能でございます。また、幾つかの例外的措置を設けることで段階的に
未成年者の独立的
判断を支援し尊重する措置を組み込むことで
社会取引安定との調整を図るという機能を
未成年者取消し権制度全体が果たしていると、こういうふうに言えるかと思います。
ですから、基本は本人を
保護するというところが
未成年者取消し権の目的ではあるわけですけれども、結果として、
未成年者取消し権があることによって本人の
行為能力は制限される。相手はそんな
取消し権がある相手とまともに
取引をしようとはしないというようなことがあるのかもしれません。しかし、完全に有効な
法律行為をなし得る能力を認めるということは、本人の意思を尊重するということと同時に、自ら一旦なされた意思決定について責任を取らせると、そしてその決定に拘束されることを
意味します。それゆえ、
若者に対する攻撃的で不当な
勧誘行為があった場合、これに対して、これまでは
未成年者取消し権が非常に大きな防波堤になっていたという事実は、これは間違いないことでございます。
もっとも、
若年者の具体的成長過程は多様でありまして、二十歳という
年齢で画一的に
保護の要否や
程度を考えるということは本来的には困難でありまして、その要
保護状態については、実はむしろ一定の幅を持って検討されるべきだろうと思います。その結果、十八歳から二十二、三歳の幅を持った
年齢に対する配慮による若年成人の
保護と支援というものが必要だというのが実態に即しているように思われるわけでございます。
消費者委員会で
消費者問題について扱っていたこともあって、
消費者法の世界でこの
若年者がどういうふうに位置付けられるかということを更に申しますと、
消費者法の中では、成人を前提としても、やはり情報の質、量、
交渉力の格差というものが非常に強く考慮される、
取引に際しては、
消費者の
知識、
経験、財産状況への配慮というものが基本法によっても要請されているところでございます。
これらは、
精神的能力を考える上での前提となります認知能力、あるいは理解力、分析力、
判断力と、そのための情報収集能力や意思貫徹能力というものが問われると同時に、自らの財産を管理する財産的能力、資力、その背後にあるいろんな力があるということに法が配慮していることを示しております。
従来、
消費者政策の
課題は、どちらかと申しますと、高齢
消費者の財産
被害あるいは身体的危険からの
保護や見守りが重視されておりまして、
消費者教育に関しても、高齢
消費者を
念頭に置いた
消費者啓発というものに重心が置かれてまいりました。しかし、翻って考えてみますと、相対的に弱い
立場にある傷つきやすい
消費者というものには、
高齢者のみならず、児童、少年、障害者、そして
若年者層が存在するということでございます。
特に、成長期にある
若年者は、
知識、
社会経験が乏しいためにトラブルに巻き込まれやすく、身体的にも成人のような体力がないために思わぬ事故に遭遇することがございます。
取引とか
社会のリスクに対する耐える力、耐性と申しますが、耐性の乏しさを始め、これらの点は、ちょうど
高齢者問題とパラレルに考える、あるいは語ることが可能であります。その差は、衰退途上なのか成長途上なのかという差にすぎないと思われます。
意見書の六ページのところに、
高齢者の場合とそれから
若年者の場合で一覧表にして左右に書いてありますけれども、こういうふうに対応してそれぞれの弱さというものがございます。財産管理能力の弱さ、攻撃的な
勧誘に対する耐性の乏しさということを考えますと、こうした者を守るということは、
高齢者、若年成人に共通
課題というふうに考えられるわけでございます。
これまでのところは、
高齢者に比して
若年者はまとまった財産を有しないことが多いために欺瞞的
取引のターゲットになることは比較的小さくてあったわけですけれども、それに対して、やはりこれからこの
若年者に対するいろんな措置が必要になると。
これについて、
消費者教育が重要な
課題になるということはいろんなところで論じられておりますけれども、ただ、この
教育に関しては、やはり実際に育て上げていくためには少なくとも五年
程度の猶予期間は必要だというのがワーキング・グループでのヒアリングの実感でございました。
それからもう一つ、
制度的な手当てとしてですけれども、
インターネット被害、あるいはマルチ
取引被害、エステティックサービス
被害、サイドビジネス
商法など、
若年者に特有の
被害に対処するための特
商法のような特別法上の手当てと、それから
消費者契約法において、
年齢に配慮しつつ、
高齢者、子供、
若年者を含めて
判断力、
知識、
経験不足に付け込まれた脆弱な
消費者一般を
保護する形での受皿的な
取消し権の付与、そして、こうした脆弱な
消費者を
念頭に置いた説明義務、情報提供義務の強化が必要であろうと考えております。
今般の
消費者契約法改正では、実は必ずしも十分な対応をしていただいていないというふうに認識しております。十八、十九の
若者から
未成年者取消し権を失わせるに当たって、一定のセーフティーネットを張っておいてやるということは、これまで
未成年者取消し権の恩恵を受けて生活をしてきた
大人たちの
若者に対する義務であろうとさえ私は思います。
その
意味で、今後、そうした
制度的な支援というものを是非考えていただいて初めて
成年年齢の
引下げということに向かっていただければと思います。
少し時間が超過してしまいました。どうもありがとうございます。