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吉田参考人 おはようございます。早稲田大学で
民法を担当しております
吉田克己と申します。
本日は、大変貴重な
機会を与えていただきまして、どうもありがとうございます。
私は、大きくは二つの
内容でお話をさせていただきたいと思っています。
最初に、第一点として、やや大きな
観点から、
相続法改正に関して現在どのような点が課題になっているかを整理してみます。いわば総論的な
検討でございます。次に、第二点として、今回の
改正法案の
内容につきまして、総論的な
検討も踏まえながら、若干の
意見を申し述べたいと思います。いわば各論的な
検討でございます。レジュメを用意いたしましたので、御参照いただければ幸いでございます。
まず、総論的な
検討でございますけれども、ここでは、歴史的な視角と比較法的視角という二つの視角から、
日本における
相続法改正の現代的な課題を整理してみます。
歴史をごく簡単に振り返りますと、
相続法が
対象とする
相続現象は、大きく二つの時代に分かれるのではないかと思います。
第一の時代は近代で、ざっくりとまとめますと、西欧の十九世紀から二十世紀初頭あるいは中葉までの時代でございます。ここでは、
相続の
対象は、主要には生産、経営の基盤となる大土地所有でございました。それはまた、所有者の社会における政治的
活動を支えるものでもありました。そして、そのような財であるがゆえに、世代を超えたその一体的
承継が要請されました。大規模な経営財、政治財に関する単独
相続の時代でございます。
第二の時代は現代で、この時代は、二十世紀に始まり、とりわけ二十世紀後半期をカバーいたします。その特徴は、
相続の
対象財産が小規模化するとともに、
相続が問題となる
家族の数が大幅に
増加してくるというところに求められます。その
背景にあるのは、
一つには、勤労者等を主体とした消費
家族が、持家等の資産を形成して
相続法の世界に登場してくる、もう
一つには、小規模な生産と経営の主体も資産を形成するようになることでございます。後者の典型は、戦後
日本の農地改革でございました。
このような経緯を
背景としながら、
相続法においては、均分
相続が主流になってきます。消費
家族においては、単独
相続への動因が基本的には存在しないからでございます。しかし、小規模生産経営
家族においては、経営財の一体的
承継への要請が存在いたします。そこで、均分
相続を
前提としながらも、例えば農家
相続に関する特例法などの試みがなされることになります。
現時点での
相続法は、この現代という時代に属する
相続法です。つまり、消費財と小経営財を
対象とする
相続法なのでございますけれども、これまでと異なる新しい
状況がつけ加わっている点に注意を要すると思います。新たな
状況というのは、
家族的結合の
多様化と少子
高齢社会の進行、そして人口減少社会の到来でございます。
まず、前者の
家族的結合の
多様化です。
家族的な
人間の結合は、現実のあり方においては極めて多様です。しかし、近代
民法は、多様な
家族的結合のうち、
法律婚を特に取り上げて、それに特権的な地位を与えてきました。そのような
考え方が、近時、西欧諸国において大きく揺らいできております。いわば、
法律婚の相対化が進展しているわけでございます。
そのような中で、
法律婚以外の
家族的結合における
財産承継をどのように考えていくのか。狭義の
相続法に限定されず、
相続代替
制度も含めた幅広い
検討が要請されているように思われます。
次に、少子
高齢化の進行ですが、この現象に伴って、被
相続人の死亡年齢の
高齢化と
相続人の
高齢化が生じています。
まず、被
相続人の
高齢化に伴いまして、被
相続人に対する
生活支援及び
介護問題の重要性が増大してきております。そういたしますと、それらへの
貢献を
相続に際してどのように考慮するのかという問題の
検討が求められるようになるわけです。対価
相続あるいは扶養と
相続と呼ばれる問題の登場でございまして、
日本の
相続法に即して言いますと、
寄与分制度の再定義が求められております。
次に、
相続人の
高齢化に伴いまして、
相続の
意味が
変化してきます。
配偶者の
高齢化に伴う
生活支援の
必要性が増大している、それがその
一つでございます。子供につきましても、
相続の
意味の
変化が見られます。従来は自立への経済的支援という
意味が強かったわけでございますけれども、
相続時の年齢の上昇に伴って、自立後さらにはリタイア後の経済的支援へと
相続の
意味が変わってきます。
人口減少社会到来との
関係では、
相続財産の資産価値の低下が大きな
意味を持ってきています。
相続財産は、場合によってはマイナスの
財産、つまり負財化いたします。それに伴って、
遺産の事実的あるいは法的な管理不全問題が顕在化してくるわけでございます。近時、喫緊の政策的課題として
議論の
対象になっております所有者不明土地問題は、まさにその端的なあらわれでございます。
次に、比較法的視角から
日本の
相続法を見ますと、そこにはかなりの特殊性が存在していることに気づきます。三点ほど指摘したいと思います。
第一点は、
財産承継の基本的
考え方でございます。世界の
相続法システムは、この点に関して、積極
財産承継主義と包括
承継主義との二つの対照的なシステムが存在いたします。
積極
財産承継主義は、イギリスなどのコモンロー系の国が採用するシステムで、
相続処理に当たる
専門家が
債務を弁済し、その後の積極
財産だけを
相続人に
分割する
仕組みでございます。
これに対して、包括
承継主義は、ドイツ、フランスなど大陸法系の国が採用する
仕組みでございまして、
債務を含めた被
相続人の全
財産が
相続人に包括的に
承継されます。
日本もこの主義を採用しています。
しかし、現実には、ドイツやフランスでは、
遺産裁判官や公証人などの
専門家が関与して
債務をまず弁済するというコモンロー的な処理が行われているようでございます。ところが、
日本はかなり純粋の包括
承継主義を保持しています。その点で、ひとり取り残されているという印象を受ける次第でございます。
第二点は、
日本の
相続法においては、包括
承継される
財産が
遺産から流出していく可能性が大きいという点でございます。換言いたしますと、
日本では、
相続において
遺産分割手続の持つ
意味が小さいということでございます。
レジュメには三点ほど記載しておきましたが、ここでは、可分債権の当然
分割主義だけ触れておきます。
つまり、可分債権は、
相続開始とともに、
法定相続分の割合で当然に
共同相続人間で
分割されますので、
遺産分割の
対象である
遺産から流出していくわけでございます。これは、他の大陸法系の
相続法とは異なる
日本独自の特徴でございます。それによって
遺産分割の
対象が狭まりますので、
遺産分割の柔軟な処理が大いに妨げられます。
最も重要な
預貯金債権については、二〇一六年の大法廷決定によって別扱いが認められましたので、大きな
変化が生じました。しかし、可分債権一般については、やはり当然
分割主義が
維持されております。
第三点は、
相続のインフラストラクチャーの不十分性という点でございます。
相続は、複雑な法的処理が必要な分野ですので、なかなか素人である
相続の当事者だけでは問題を処理することができません。
専門家の助力が要請されます。イギリス、ドイツ、フランスとも、この点についてはそれなりの体制が準備されています。しかし、
日本の場合には、この点が極めて弱いと言わざるを得ません。家裁の調停
制度はこの点で評価される
制度ですが、
相続全体の中では、ごく一部に対応できているにすぎません。
次に、今回の
法案につきまして、若干の所見を申し上げます。
最初に全体的な評価でございますけれども、
一つには、
家族的結合の多様性への対応が必ずしも十分ではないことを指摘できると思います。
今回の
改正作業の契機は、婚外子
相続分差別違憲の大法廷決定にありました。この違憲決定に対して、
法律婚を強化しよう、
配偶者の法的地位を強化しようというのが、
改正作業のそもそもの出発点にあった問題意識でした。
配偶者の法的地位の強化は、それ
自体は、先ほどの
相続法の現代的課題においても指摘した重要な課題でございますけれども、
他方で、
家族的結合の多様性への対応が置き去りにされていることは否定できないように思います。これは、単に置き去りにされているというだけではなくて、それへの対応が相対的に弱くなってしまうというような危険もあると思います。
相続法外の対応も含めて、今後の
検討が望まれます。
もう一点指摘したいのは、
日本相続法の特殊な構造の克服へ向けての端緒的な対応も見出されるということでございます。これは確かに端緒的な対応にすぎないのでございますけれども、今後、この方向を大事にして、今回の
改正が今後のさらなる
改正への第一歩となることを期待しております。
次に、
法案の個別的提案に対する所見でございます。時間の
関係もあり、全面的に
検討することはできません。何点か
ポイントを絞って、重要な点を申し上げるにとどめざるを得ません。
第一に、
配偶者居住権を
保護するための
方策を見てみますと、これは、今回の
改正法案のいわば目玉ともいうべき構想でございます。生存
配偶者の
生活保障という
観点から、積極的に評価すべき提案だと思われます。
この
制度の基本的
考え方は、一定の場合に、生存
配偶者に長期の
配偶者居住権を付与するとともに、
居住権を取得した
配偶者はその
財産的価値を
相続したものと扱うというものでございます。この
考え方にかかわって、なお何点かの
検討事項があるように思います。
最初に、
居住権の
財産的価値の評価をどのようにして行うのか、これが重要な問題となります。一応、事務局から示された評価に関する
考え方もあるわけでございますけれども、これにつきましては、
共同相続人の納得を得られませんと、
制度はうまく動かないと思われます。この点に関して、
制度を動かしながら、一層の
検討を期待したいと思います。
次に、この
居住権には、
財産的価値があるはずですのに、譲渡性が認められません。そこで、
居住権の付与を受けた
配偶者が転居したい場合にどうするかが問題になります。確かに、譲渡性が認められても、
終身の場合にはその
配偶者の死亡までに限定される
居住権が、容易に譲渡できるとは思われません。しかし、
建物所有者との
関係で、残存価値の償還等を考える余地はあるのではないかとも思えます。この点については、さらなる
検討を期待したいと思います。
さらに、レジュメには、この
居住権の法的性質に関する所見も述べておきましたけれども、これは省略したいと思います。
第二に、特別の
寄与の
制度の新設について触れます。
この
制度は、
相続人以外の者の被
相続人への
療養看護等の提供に対して金銭的に報いる
制度でございます。先に整理しました
相続法の現代的課題にかかわる
改正で、基本的には、積極的に評価してよろしいと考えます。ただし、多少の点を指摘する必要はあるでしょう。
まず、
法案は、
現行の
寄与分制度と同様に、
財産の
維持又は
増加についての特別の
寄与を要求しています。しかし、この
制度において重要なのは、実質的に
無償で
療養看護等を提供しているかどうかということでありましょう。
財産の
維持又は
増加が、それに加えた独自の要件になっていると解するとしますと、
制度の硬直的な運用につながらないかが危惧される次第です。
さらに、
改正法案は、
無償性を要件としています。
寄与分制度については
無償が明示的には
規定されていませんので、少し気になるところでございます。この要件につきましても、それを厳格に形式的に解すべきではないと思われます。つまり、多少のお礼があっても、実質的に
無償であることを妨げられないことを明確にすべきだと思われます。それは、
不動産等の
利用関係について、多少のお礼があっても
使用貸借と法性決定することを妨げないのと同じでございます。
第三に、共同
相続における
権利承継の
対抗要件に関する
改正案を取り上げます。
改正案は、
相続承継について
対抗要件が必要である
場面を拡大しようとするものでございます。現在の
判例法理のもとで、
相続登記の
対抗要件としての機能が大きく
減殺されています。とりわけ問題が大きいのは、
相続させる旨の
遺言による
権利承継を登記なくして
第三者に対抗し得るとした
判例理論でございます。
改正法案は、この
状況を改善しようとしているわけで、支持し得るものでございます。更に指摘しますと、この
改正は、
相続未登記問題という現下の喫緊の課題への対応としても
意味があることと思われます。
しかし、多少の
検討事項もなお残されているように思います。
改正法案は、
相続分指定についても、この扱いを貫徹することにしています。その結果、
相続人は、指定
相続分による
承継についてまず登記を要求され、その後、
遺産分割による
承継についても登記を要求される。つまり、二重の登記を要求されるということになります。これは、過重な
負担になる危険もあります。この措置を
導入するのであれば、登録免許税を始めとする
相続登記のための金銭的
負担に関する軽減措置をリンクさせる必要があると考えます。
第四に、
改正法案は、
遺産分割前の
遺産に属する
財産の
処分があった場合について、
遺産分割時に
遺産として存在するものとみなすことができるとする
規定の新設を提案しています。
遺産から
財産が簡単に流出するという
日本相続法の特殊な構造への対応を行うもので、支持し得る提案でございます。
私といたしましては、この
制度改正をそのような
性格を有するものと捉えて、他の問題の
検討にもつなげることが望ましいと考えています。これは、根本的には、
遺留分制度とか持ち戻し
制度の再定義にもつながる問題です。しかし、現実には、これらの
制度に手をつけることまで行くのは難しいだろうとは考えております。
最後、第五に、
法務局における
遺言書の
保管制度の新設について触れたいと思います。
これは、
日本の
相続法システムの弱点である
相続インフラストラクチャーの不十分性に対する一定の対応という点で、注目すべき
制度改革であると考えます。公的支援ということでは、
相続未登記問題との関連で、法定
相続情報証明
制度が既に動いております。このような方向を更に追求することが望ましいと思われます。
しかし、
相続インフラストラクチャーの不十分性への対応の中心は、
相続の処理を援助する
専門家をどこにどのように求めるのか、公証人や司法書士、弁護士などをどのように位置づけるかでございます。これらの問題につきましては、なお今後の
検討に委ねられる
部分が大きいように思われます。
以上でございます。御清聴どうもありがとうございました。(拍手)