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参考人(
村井敏邦君)
一橋大学名誉教授の
村井です。
一応、肩書、
弁護士というのも付いておりますが、ほとんど
弁護士の
活動らしいものをしておりませんので、今日の肩書は名誉教授というだけで、刑事法を専門にして
研究してきた者の立場から、この
法案に対する反対の
意見を述べさせていただきます。
お手元にレジュメを配らせていただきました。
まず、基本的なところですね。刑法の原則は何か。
行為主義原則というのが刑法の原則です。
行為者を中心とする
行為者主義というのもありますけれども、戦後の
体制は
行為主義原則を取っております。これはなぜかというと、戦前における反省に基づくものです。戦前、
日本及びナチス刑法が、
行為者の危険性を
処罰するということで、
行為がなくとも
処罰するという刑
法体系あるいは治安法というのを持っておりましたが、これに対して、いかにそれが人民の、人々の自由を侵害し、恐怖に陥れたかということに対する反省から、刑法は
行為がなければ
処罰しないというのを基本原則とするというように多くの
人たちが、刑法学者が考えてきたところです。
これに対して、最近、先ほど
参考人の発言にもありましたけれども、
危機管理、あるいは危険が横溢しているというようなところから、危険予防の
観点から
処罰を早期化すべきであるという
議論も起きてきております。その
観点から、
行為がなくても
処罰をするというのが
現代に適応しているんだと、刑法も
現代に合わせて考えを変えなければいけないという
議論が一方であります。
しかし、基本原則を変えて
現代に適応する、まあ
現代をどう見るかというのはこれ
自体議論が分かれるところではありますが、危険だからということで、その
危機管理だけで刑法の基本原則を変えるというのは、これは我々刑法を専門として
研究してきた者にとっては言わば学者の良心を捨て去るようなもので、この考え方に基づいた
立法に賛成するわけにはいきません。
そして、いや、この
国会の
審議の中で
政府が主張することには、必ずしも
行為を無視しているわけではない、従来の
共謀罪と違って単に
内心を
処罰するのではないんだ、
準備行為とか
計画というのは一種の
行為なんだと、だから、
行為を待って
処罰するんだから原則を変えるわけではないという発言もされておりますが、この場合の
行為主義におけるところの
行為とは、
犯罪の実行
行為を待って
処罰するというのが
行為主義であって、その前の準備とか
計画で
処罰するのが
行為主義に合致するわけではないので、準備、
計画という
言葉に変わったところで
行為主義原則をないがしろにするという点においては変わりがないというふうに言わざるを得ません。これが第一点ですね。
それから、提案されている
テロ等準備罪は、先ほどの発言にもちょっと出しましたけれども、
共謀罪とは異なるんだというように主張されています。法
構造も違うんだというように主張されておりますが、これに対しては大きな
意味で二つの疑問がある。形式的な点での疑問と実質的な点での疑問です。
形式的な点での疑問の第一は、
山下参考人からも出ましたけれども、
条約の要請に合致するのか。
TOC条約、私はこれを越境的
組織犯罪防止条約というので国際的というようには言っておりませんが、トランスナショナルですので、インターナショナルではないから越境的と訳すのが妥当であろうということで言っておりますが、一々そういう
言葉を使うのはややこしいので
TOC条約というので省略してお話ししますけれども、
TOC条約の要請は、第五条において、
共謀罪又は参加罪を設けることと。これが義務的であるかどうかということについてはこの議会における
審議においても
議論がされてきたところでありますけれども、いずれにしても
共謀罪又は参加罪を設けるということが五条で要請されているわけですが。
テロ等準備罪、これも構成
要件としては
計画というのが構成
要件、
計画した者ということになっておりますのでそれが構成
要件と考えざるを得ないんですけれども、刑事局長は
準備行為も構成
要件だと言って主張してきている、主張なんですが、それが通るのかどうか。この条文構成からいってそうは見れないだろうと思うんですが、構成
要件としては
計画ですね、
計画で
処罰するということですが、
計画罪ということになるとこれは
共謀罪と違うのか違わないのかよく分かりません。
実は、後でもちょっと触れますが、いわゆる東京裁判で、侵略
戦争の罪と侵略
戦争を
共謀したあるいは
計画した罪、この両者で
処罰されているのが東京裁判です。この点は御存じの議員の方々には御存じだろうと思いますが、
共謀罪というのが言わば
日本人に適用された数少ないといいますか、唯一、
日本で行われた裁判においては唯一と言っていい、東京裁判において侵略
戦争の罪という実行した罪と併せて
準備罪あるいは
計画罪というのが
処罰されております。併存して
処罰できるんだという形で
処罰されておるんですが、そうなると、
共謀というのと
計画というのと準備というのはどういう関係になるんだ、違うということになるのか、そうすると
条約の要請には合致しないということになってしまうという、形式的な
議論をしますとそういうことになり得る。
第二番目には、今も言いましたように、
共謀罪と異なるということになると
共謀罪との二重
処罰は可能であるというようなことになってしまう。
日本では
共謀罪は設けない、
計画罪だけだということになると
日本での二重
処罰はないということになりますが、これはあくまでも
条約との関係で設けられる罪だということになると国際的には二重
処罰ができると。他国において
共謀罪で
処罰された者が
日本においてもなお
計画罪で
処罰されると、あるいは、他国では
共謀罪で無罪になった者が
日本で
計画罪で有罪になるということもあり得るのか、こういう問題が出てきます。違うのか違わないのか、形式的な
議論を前提とするとそういう疑問が出てくるわけです。
実質的な点では、既に
山下参考人の中でも指摘がありましたが、
目的規定に
条約批准のため、
TOC条約批准のためとしかなくて、
テロ対策は
目的にはないんですね。にもかかわらず、これは
テロ対策のための
法案であるということが主張されている。どうしてなんだろう。
テロ対策が
目的ならば、
テロ対策というのを第一条、
法案の、
法律の
目的の中に書くべきであります。書いていない。それは書けないわけですね。やはり
TOC条約の受けた形での、その批准のための
法案であるということであるわけでしょうから、そうするとそこに
テロ対策というのを入れるわけにいかない。
テロ対策というのは、この
条約を制定するときに
日本も反対して、それを項目として入れるのは、入れなかったと。その入れないことについての
理由はあるというのは
審議録を見て分かりますけれども、しかし、いずれにしても、
日本は入れることに反対したといういきさつからすれば
目的の中に
テロ対策を入れるわけにいかない。にもかかわらず、
テロ対策法案なんだということを主張する。それは一体どういうことなのか、私には理解できません。
それから、先ほど言ったように、
計画という
言葉に変えたから
共謀とは違うんだと、その根拠は何なんだ。実質的に考えてみると、
審議の中でもだんだんやはり具体的、個別的な
計画、
計画というのは合意なんだと。結局、合意ということに行き着く。とすると、
共謀と異ならないということになります。一体そこはどうして
計画というのが出てきたのか。
計画という
言葉についての
法案の中での定義は一切ありません。したがって、刑事局長がそれは具体的なんだと言っても分からぬですね。
国民には分かりません。私にも分かりません。もし
計画が
共謀とは異なるんだったら、ちゃんと
計画についての定義をすべきです。その定義規定さえない。
さらに、
準備行為を要求する
意味ですけれども、この点について、先ほどの
山下参考人の発言にもありましたけれども、刑事局長は最後のところでちょっとそこが曖昧になっているんですが、
計画と準備、備わって初めて成立するんだ、この罪は成立するんだというので、
準備行為は構成
要件であるという考え方を示しておりました。ところが、
捜査の問題になってくると、
計画したことに十分な嫌疑がある場合には
捜査が可能であると。そうすると、
計画の
段階で
準備行為がなくても
犯罪は成立しているということになるのか。この発言もよく分かりません。
計画と準備との関係というのは非常に曖昧であります。
作成された
法案の形式からいいますと、
計画が構成
要件であって、準備があったときに
処罰するという、オーバートアクトですね。英米のコンスピラシーという
概念にのっとって、まさに
共謀罪におけるところの合意を顕現する、外に出す
行為を要求するという
意味でオーバートアクトというのを
処罰条件として加えた、それが法形式を見てみますと素直な解釈だろうというふうに思います。
準備行為がなければ成立しないという刑事局長の発言は、そういうように
運用される、厳密な形でそこまで構成
要件に入れると
捜査機関が考えるならば、いや、少なくともこの
法案形式よりいいかもしれないとさえ思ってしまいますが、そうはいかないでしょうね。そこが大変に危惧されるところです。
例えばオーバートアクトで、
日本では余りなじみのないオーバートアクトという
言葉ですけれども、これはロス疑惑のときに、三浦和義氏が
日本で
共謀共同正犯、妻を殺害したという殺人罪についての
共謀共同正犯が無罪が確定した後にロス地検に、ロス地方裁判所に起訴されたのが、殺人の
共謀罪ということで起訴されておりますが、その起訴状によりますと、オーバートアクトがたくさん書いてあります。その中の
一つは、保険金を掛けた、妻に保険金を掛けたというのがオーバートアクトということになっております。
これは
日本の場合でも準備的
行為に入ってくる
可能性はあります、
組織的殺人というのが今回の
法案の対象
犯罪になっておりますけれども、
共謀罪の対象
犯罪になっているので。
組織的殺人の
一つの準備的
行為として保険を掛けた。保険を掛ける
行為というのは全く誰でもできることであって、それを準備的
行為とするというのは、これは結局オーバートアクトというのは何のために要求するのかというと、本体である実行
行為、殺人罪なら殺人罪を証明する間接証拠の
意味しかないんだというふうに言われておりますけれども、まさにそういうようなものだろうと。ただ、間接証拠にしろ、間接証拠というのは本体の実体的
行為を推認させるようなものでなければならないので、準備的
行為というのが全く関連性のない、推認力もないようなものだと準備的
行為には当たらないということになるはずです。もうその辺り、どうも刑事局長の発言を聞いていてもはっきりしない。
先ほど来、さらに
計画と準備との関係はどうなんだということを言ってきましたので。その関係がどういう関係になるのかが不明確である。
内容も不明確だと。
準備行為についても、例としては挙げられておりますが、花見で顕微鏡を持っていったかどうなのかというばかばかしい
議論をするような問題ではないはずなんですが、それは例であって、単なる例でしかない。
いずれにしても、この辺りの
概念が一切定義がなく非常に曖昧で、構成
要件なのか
処罰条件なのかさえ明確でない
法律構成、条文構成になっているという点、これがどうしてなんだという疑問です。
それから、
テロ団体は……