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二之湯武史君 自由民主党の
二之湯武史でございます。
今日は、
土壌対策の
法律につきましての
質問をさせていただきたいと思います。
昨今、
土壌汚染問題というのは社会的な注目を集めているというふうに
認識をしております。
報道でも
築地市場の
豊洲移転の問題が取り上げられておりますけれども、
土壌の
汚染状況に関する様々な
調査結果、これをどのように受け止めればいいのか、どこまで
対策を
実施すれば実際安全なのか、また、
一般の
国民の方には、非常に専門的な分野でもありますから、
理解することが容易ではないというふうな難しい問題であるというふうに思います。本日は、この
土壌汚染問題の
特質を踏まえながら、この
法律の一部を
改正する
法律案について
質問をさせていただきたいと思います。
まずその前に、
リスクコミュニケーションのことについて、少し私は
問題意識を持っておりますので、いろいろと
考えを述べたいと思うんですけれども、今まさに
築地市場の
豊洲移転の問題があるわけです。これはマスコミの
報道のテンションにもよると思うんですけれども、
専門知識を持ち合わせない
国民の
方々からすると、物すごく
汚染をされて、そしてあたかも人体にすぐに
影響があるかのような印象を持っておられる方も私は少なくないのではないのかなというふうに思っておりまして、まさにこういう
科学が発達して様々な
調査分析技術が向上すればするほど、一方で
リスクコミュニケーションという、いかにアプローチするかということが非常に重要になってくるんではないのかなというふうに思っております。
私も、
子供の頃に
光化学スモッグとか、ああいうような、ありましたよね、その
濃度が超えると
校舎に黄色い旗が掛かって、そうなると
子供がみんな
校舎内に避難といいますか、帰ってこいと言われて、全然変わらへんのに何でこれ急に帰らなあかんのかなと
子供心に思っていたのを思い出しますけれども。
例えば
大気中の
ベンゼンの
濃度、これ、今
環境基準というものがございますよね。
環境基準というのは、これは
科学的に安全な
基準とは少し性格を異にしていると私は
認識をしておりまして、安全と
安心の問題のまさに象徴だと思っています。安全というのは、これは
科学的な
根拠で安全か安全ではないかということが測れると思いますが、
安心というのは、これは多分に主観的な問題だと思っております。ですので、ある人がこれは怖いと思えば、
安心か
安心でないかと言われたらこれは
安心ではないわけですね。でも、
科学的に安全であっても
安心ではないという
状況が今の例えば
築地の問題ではないのかなというふうに思っております。
例えば
ベンゼンについても、今の
環境基準というのは
水道水と同じ〇・〇一ミリグラム・パー・リットル、これは一日に二リットル七十年間飲み続けて
発がんリスクが十万分の一上がるという水準だということだそうです。同時に、
豊洲で問題となった各
物質、
シアン、
ヒ素等々についても同じような、
ヒ素についても同じ一日二リットル七十年間飲み続けると障害の出る
可能性が十万分の一上がる、
シアンについても
安全基準のこれ一万リットルを一気に飲むという仮定の下に、仮に飲んだとすれば
リスクが
致死量になりますよと、こういうとんでもないといいますか、非常に
科学的な
根拠からはかなり高いハードルがこの
環境基準というものでありまして、これの何倍だとかこれを超える
基準が発見されたということで、あたかも大パニックといいますか、こういうようなことになっているわけですね。
もっと言うと、この
ベンゼンというのは水の中に
存在をしていたわけでありまして、これがもし気化して
人間が吸えば、そういう健康問題にもなるわけですが、水の状態のまま
存在をしているのであれば、これを適切に処理し、要はそれについて接しなければこれは全く
被害がないわけでありますので、こういった
リスクコミュニケーション、安全と
安心の大きな
乖離といいますか、こういったものについて私はこれからあらゆる
場面場面でこういう問題、問題といいますかこういう
課題が出てくるような気がするんですね。
これを仮に、ある意図を持って政治的に利用すれば、これ非常に大きな
世論の誘導にもなりかねないですし、そういう本来あるべき安全という
科学的な
根拠から逸脱したものというのは望ましくないと、はっきり言えばそう思うんですけれども、この
リスクコミュニケーションということについて、どのような点にこれから留意していき、また今
行政上どのような配慮というものがなされているのかということをまずお聞きしたいというふうに思います。